人界から遥かに隔絶した深い山奥、魔法の結界で守られた中に、龍人達の暮らす龍王の隠れ里はある。

龍族の住居に相応しい巨大で堅牢な建物が並ぶその隠れ里の中でも、一際目を引く巨大で荘厳な城、代々里の長である龍王を務めてきた
ゴドゴラス家の、その威光を称える居城の屋根に座って、龍王の次期後継者であるミロ・ゴドゴラスⅤ世は眼前に広がる景色を茫洋と眺めていた。

彼の見下ろす先には清澄な水を湛えた広大な湖が広がり、陽の光に湖面を煌かせている。
その向こうには緑の木々が茂る深い森が続き、更にその奥には万年雪を頂いた巨峰が蒼く連なり天に向かって聳える。
見る者を驚嘆させずにはいられない、美しい光景だった。が、屋根に座ったミロは、目の前の壮麗な景色には目もくれず、彼の興味は
ひたすら絶景の上を通り過ぎていく雲と、雲たちの流れていく行方にだけ向けられていた。

「ミロ様!またその様な場所に上がって!」

悲鳴にも似た叫びが下から聞こえる。
その方を見ずとも、ミロには声の主が誰なのかわかった。彼付きの召使のランズ・セルベラドだ。

「危のうございます!
 お坊ちゃまの玉体に万一の事があれば、このランズ、龍王様に申し訳のうて生きてはおれませぬ!」

屋根の上の主にむかってランズは殊勝な言葉を吐くが、それは彼が真にミロの事を心配しているからではなく
ミロが怪我をするようなことがあれば御付であるランズの監督責任が問われるからである。
しかしそんな下僕の諫言にも内心にも注意することなく、ミロは大声で叫んだ。

「ランズ!」
その目は、変わらず雲の流れへと注がれている。
「ぼくは、あの山のむこうのせかいにいきたい!」

「な、何をおっしゃる!? この里の外世界へ出るなどと、何故左様な途方もないことを!?」
狼狽するランズに、雲を見つめたままミロは応える。
「としょ室にかくしてあったそとのせかいの本をよんだぞ。
 そとのせかいにはここにはいないヘンテコな生きものや、みずうみよりも大きい水たまりや、ふしぎなたてものがたくさんあるんだ。
 ぼくは、じぶんの目でそれをみてみたい!」

「為りませぬ!」
即座にランズから否定の言葉が返ってくる。
ここに来てようやく、ミロは空から目を離し、眼下で口の端から焔を上げている御付の龍人に向きあった。

「どうしてだよ!いまはむりでも、いつか森や山をひとりでこえられるようになるんだ!そしたらぼくはそとのせかいを見にいく!」
「為りませぬ為りませぬ!外世界は恐ろしい場所なのです!この里から出る事は、己から死に行くと同じ事!」
「ぼくたちドラゴンはせかいでもっともすぐれた、さいきょうの生きものだっておしえてくれたのはランズ、おまえじゃないか。
 さいきょうのドラゴンのなかでもさいきょうの、りゅうおうのむすこであるぼくが、なにをこわがることがあるっていうんだ!」
ミロの問いに、ランズは一瞬ぐっと言葉に詰まった。
だがしばらくすると、落ち着いた、諭すような声でこう言った。

「宜しいですかミロ様。この隠れ里より外の世界は、『人間』というサルの一種によって支配されているのです。
 『人間』は恐ろしい生き物です。凶暴で、自分たちと異なる姿の生物に無条件で襲い掛かる性質を持っています。
 斯様に危険な生物が外の世界の至る所を闊歩しておるのです。故に、この里から出ることは危険なのであります。」

完全論証終了。とばかりに自慢げに焔煙を鼻から吐き出すランズ。だが彼の与えた答えに、ミロは納得しなかった。

「ニンゲン? サルのいっしゅ? ははは!
 ドラゴンがサルにまけるわけがないぞ。もしもぼくをおそってくるようならば、かえりうちにしてギタンギタンにしてやる!」
自信満々なミロの言葉に、ランズは再び渋い顔になる。

「確かにミロ様のおっしゃるとおり、我等誇り高き龍の血統がサルごときに力負けするなど、絶対に有り得ません。
 しかしミロ様、『人間』は我々ドラゴンが思いもよらないほど卑怯な事をする生き物なのです。
 奴等は平気で嘘をつき、欺き、裏切ります。我等龍族の遠い昔の英雄たちの中にも
 捧げ物として出された酒を飲んで酔った所を騙まし討ちされたものや、魔法で眠らされて抵抗できなくなった所を討たれたものなど
 正々堂々とした戦いで勝てぬ人間の仕掛けた姦策に嵌められて命を落とした者たちが大勢おります。
 また、人間は卑怯なだけでなく狂暴な生き物です。際限ない欲望を満たすために物を奪い、食用でなく生き物を殺し、天と地と水を汚し
 時には同じ人間の仲間同士ですら殺し合うのです。
 彼奴等こそ冥府の神が地上にばらまいた災いそのもの、地獄からまろび出た悪魔そのものなのです。斯様な悪魔に支配された世界のことなど
 お気に召されるな。何よりミロ様は私の元で勉強し、いずれは里を支配する龍王になるという定めが――」

しかしランズが言葉を終える前に、ミロは屋根から飛び降りていた。
ランズが思わず悲鳴を上げる中、彼は怪我一つすることなく見事にバルコニーへと着地していた。

「ふん、なにがニンゲンだ!
 そんなやつらちっともこわくない。そいつらがなにしようが、なん百人なん千人でかかってこようが
 ぼくがぜんいんまとめてやっつけてやる!やっつけてみんなみんなぼくのしもべにしてやるんだ!」

そう言うと、後を追うランズの叫びには耳も貸さず、ミロは城の廊下を走り抜けていった。

きっと父上も母上も、自分が外の世界に出る事を反対するだろう。
今はまだ、一人であの険しい山脈を越える力も持っていない。
だがいつの日か、必ず外の世界に出て、外の世界を冒険してやる。それで人間が襲ってきたら、全部退治してやるんだ。

「ぜったいに!ぜぇ~ったいにだ!」

両手を振り回しながら、ミロは夢を誓うのだった。


 ✲ ✲ ✲


どうしてこんなことになってしまったのだろう?


目の前をずしずしと歩いているミロ・ゴドゴラスV世の背中を必死に追いかけながら
水芭ユキは負傷した右足に走る激痛と息切れする思考の中で、もう何度目にもなる自問を再び繰り返していた。

「ミロさん、ちょっと待って――」
「うるさい!おまえはもうしもべじゃないんだからついて来るな!」

決別宣言をした後、ミロは取り付く島もなく、歩みを止めてユキに向き合おうともしない。
その足の向かう先に、おそらく目的地などないのだろう。
ただ恐怖を誤魔化し、苛立ちを解消し、忌々しい場所と煩わしいユキから逃れるためだけに、彼の足は動きを続けていた。

(私のせいだ――)

そんなミロの様子を見て、ユキは取り返しのつかない後悔に襲われる。
自分がもっとちゃんとミロに向き合い、彼のことに気をかけていれば、今のこんな状況にはならなかった。
それが分かっているからこそ、彼女はミロから離れることができない。彼女の責任感がそれを許さなかった。

(どうしよう――
 こんなことしてる場合じゃないのに――
 早く夏実とルピナスを見つけなきゃいけないのに――
 舞歌と約束したのに――舞歌、舞歌は大丈夫かな? あの軍服ゾンビを倒せたかな? 酷い怪我をしたりしていないかな?
 怪我といえば、あの時狙撃されて倒れた音ノ宮先輩はどうしただろう? 彼女のことも――)

ああ、駄目だ。
またこうやって自分の事情ばかり考えている。
こんなだから、自分はミロに信用されなかったのだというのに。

「ミロさんお願いだから落ち着いて。話を聞いて。
 今の私たちは傷を負って、体力も消費してる。こんな状態で一人になるのは危険でしょ。
 私たちはこれからも一緒に――」
「うるさいうるさいうるさい!」

駄目だ。駄目だ。ダメだ。
こんな言葉や理屈ではミロを止められない。

こんな時、お父さんならどうするだろう。どんな言葉を彼に掛けるだろう。
社会経験の豊富な半田さんや鵜院さんたち大人なら、ミロの心の扉を再び開ける術を心得ているのだろうか。


いや、駄目だ。

人ならどうするかとか、そんな自分には出来ない事の上っ面だけを真似たところで、ミロの心に響くはずがない。

今の自分に出来ることは、ただ誠心誠意ミロに謝ることだ。自分の思いにばかり捉われて、彼のことを蔑ろにした事に。

「ミロさん!」

痛む右足を無視して、ユキはミロの前に回りこむ。

「ミロさん、本当にごめんなさい。私――」
「だまれ!」

しかし、彼女の謝罪の言葉が届く前に、ミロの拳が振るわれた。

確かにミロは怒っていた。自分の感じている恐怖を紛らわせるために、そして最強の龍王の息子としての誇りを傷つけられたことに。
ユキに対して腹を立てていたのは、半分くらいはそれらの八つ当たりであった。
だから、彼にユキを本当に傷つけるつもりなど無かったのだ。
彼が拳を振るったのはただ喧しい彼女を振り払うための脅しとしてであり、精々が彼女に尻餅をつかせてもう追ってこないようにするためだった。

だがタイミングが悪かった。

ミロの歩みを止めようと急に動いて位置を変えたユキ。
そして未熟さゆえに、初めて会った人間という生き物に合わせた力加減のコントロールが出来ないミロ。

不運が重なり、振り回されたミロの右腕が、ユキの顔面を強かに打った。


 ◇ ◇ ◇


「きゃあっ!」

悲鳴と共に、ユキが道路に倒れ伏した。
体長2mの巨体であるミロの腕はまた材木のように太い。
ミロの感覚では軽く振られたそれは、ユキの体を殴り飛ばすのに充分な威力を備えていた。

「あっ……」

自分の拳が齎した予想外の結果に、ミロは思わず足を止める。

ユキは道の真ん中に倒れたまま起き上がろうとしない。
横たわった彼女の瞳は閉じられ、鼻孔と口端から流れ出した一筋の赤い血が、彼女の氷のように真白な肌の上を汚していた。
無理矢理引き千切られて捨てられた花のように、彼女の身体はピクリとも動かなかった。

それを見て、ミロは自分の仕出かした事が急に恐ろしくなってきた。
腹を立ててはいたものの、ミロはユキの事が嫌いにはなりきれなかった。
それに本来、ミロはわがままで聞かん坊だが、本当は素直で心優しい性格なのだ。

「お、おい。だいじょうぶか……?」

ミロは恐る恐る意識を失ったままのユキに近寄り、起こそうとする。

ユキは目を覚ますだろうか。
目も覚ましてくれたら、今までの事は全部水に流して、またしもべにしてやってもいい。
その為なら、偉大なる龍王の息子である自分がごめんなさいしてもいいとすら、彼は思っていた。


「その子から離れろッ!」


完全に目の前のユキに気をとられていたその時
鋭い叫びと共に頭に衝撃が走り、ミロの脳を揺らした。

そしてユキに伸ばした手が彼女に触れる前に、ミロの身体はその場に崩れ落ちていた。


 ☆ ☆ ☆


埃っぽい室内に日焼けした窓ガラス。
お世辞にも景気がよさそうには見えない探偵事務所の中に、鉛筆を走らせる音だけが響いていた。
音の主である一人の白人男性は、スチールデスクに広げられたノートに素早く、しかし異国人にも読み易いような筆記体で文字を連ねていく。

そこには彼、ロバート・キャンベルが――正確には彼の分身がだが――F-1エリアの洞窟内で遭遇した
邪神リヴェイラと名乗った生物に関する報告が、余す所なく記されていた。
奴の怪力と強靭な生命力、そして詠唱と共に発動する魔術、それに対するには狙撃が効果的ではないかというロバートの私見
またリヴェイラが『神々』『封印』といったキーワードに怯えの反応を示したことまで、彼は細大漏らさず支給されたノートに記録していった。

ノートに記されているのはリヴェイラの情報ばかりではない。
ヴァイザーをはじめとする『組織』の殺し屋ども。
国際的テロ組織『ブレイカーズ』の大首領と大幹部。
犯罪結社『悪党商会』の首魁と構成員。
更には案山子、鴉、アサシン、クリスといった犯罪者たち。
そしてこのバカげたバトルロワイアルの主催者を名乗るテロリスト・ワールドオーダーに至るまで
ロバートが今まで収集した、この場にいる犯罪者・危険人物に関する彼が知る限りの全ての情報が、この一冊のノートには書き連ねてあった。

このノートはいざという時のための保険だった。
もし自分がこの場で死んでも、自分の情報を正義のために生きる他の参加者に役立ててもらいたい。
彼が書き連ねている数多の情報は、云わば彼の長大なダイイング・メッセージだった。

「――こんな事をしても、無駄かもしれんがな」

自嘲と共に最後の情報を記し終え、ロバートはノートをデイパックにしまう。
自分が斃れるとしたら、それはこの場にいる悪人か怪物に殺される時だろう。
そいつ等がこのノートを見つければ、たちどころに破棄してしまうに違いない。
だからそうなる前に、誰か信頼できる人物にこの記録を渡したかった。そう、例えばこの事務所の持ち主である探偵のような人物に。

ロバートは一部テープで補修してある窓ガラスに目をやった。そこには『剣探偵事務所』と白字で書かれている。
この事務所――まさか本物の事務所をこの島に移築したわけではあるまいが――の主、剣正一とは以前
日米に跨る巨大な国際犯罪シンジケートを叩き潰す際に協力してもらったことがある。
モノローグで「まだ探偵連中のほうがましだ」と言ったのは彼の存在によるところが大きい。

「それに、今回も助けてもらったからな」
たった今自分の身を包んでいる色褪せた探偵服を見て、ロバートは苦笑する。
彼が現在身につけている衣服のほとんどは、この事務所に置いてあった物を勝手に拝借したのである。
何故なら、数十分前にこの探偵事務所を訪れた際には、ロバートはデイパック以外はボクサーパンツだけを身につけた
ほとんど真っ裸といっていい姿だった為である。


ロバート・キャンベルに支給された『サバイバルナイフ・裂』。この不思議なアイテムを使ってロバートは分裂し
リヴェイラとの遭遇を生き延び、逆に幾許かのダメージを奴に食らわせることができた。
だが、このナイフには使用回数以外に一つの制限がある。
それは、このナイフを使って分裂した対象の『持ち物までは分裂しない』ということ。
つまりナイフを使って分裂した時、片方のロバートは丸きり素っ裸の状態だった。
その後の自分と自分による協議の末、裸のロバートA(今生きているロバート)は下着とデイパックを持って軍事要塞跡へ向かい。
洞窟を探索するロバートBはその他の衣服と爆弾、防弾チョッキを着用していくことになった。
その後ロバートBがどうなったかは、以前に述べられた通りである。

裸の方のロバートは軍事要塞跡を探索した後、他にも放送局や灯台など気になる施設はあったものの、それらを全て無視して
この探偵事務所へとやってきた。何故なら、ここがこの付近の施設の中で最も衣類のある可能性が高かったためである。
やはり下着一枚というのはどう考えてもまずい。これでは他の参加者と接触しても変質者と間違えられるのがオチだろう。
軍事要塞跡から探偵事務所まで、一人の参加者にも遭遇しなかったのは幸運というべきか
こんな格好で外をうろつき人に話しかけるなど、彼の祖国だったら射殺されても文句は言えない。

「おかげで大分移動が強行軍になったが……そのお陰で爆弾から解放されたのだからよしとするか」

そう言ってロバートは首筋を撫でる。
そこからは、参加者に科せられているはずの首輪が無くなっていた。


『分裂した対象の持ち物までは分裂しない』
このルールは参加者たちを縛る首輪にすら適応された。
そして首輪が嵌っていた方のロバートBが死んだため、現在のロバートは首輪の呪縛から完全に解き放たれている。
つまりロバートの支給品である『サバイバルナイフ・裂』は、使いようによっては(かなり強引な手段ではあるが)首輪を外すことができるのだ。

「一体ワールドオーダーの奴は何故、こんなナイフを支給したんだ。
 自分から自分の計画を破綻させるようなものを配るなど、理解できん」

ロバートはそうぼやくが、この理解できない支給品のお陰で首輪の恐怖から解放されたことは間違いない。
そしてサバイバルナイフ・裂が使用できるのは後二回だけ。慎重に使用しなければ。
勿論、サバイバルナイフ・裂の使い方や特性、使用回数といった情報の全ても、ロバートはノートに記録してある。


「もっとも、首輪を外せたからといってすぐに脱出できるわけではないが……」

首輪を外した後も問題は山積していた。
島外へ脱出する方法の模索、島内にいる民間人たちの保護、リヴェイラ及びその仲間の怪物の撃滅
そして、この島に集められた悪党どもの逮捕――

ロバートの目は探偵事務所の古びてスプリングが飛び出したソファの上に放り投げてある古新聞へと走っていた。
紙名は照影新聞。日付は2月9日号とある。
そこには一面で「秘密結社ブレイカーズ、悪党商会と全面抗争勃発か!?」と大見出しが書かれており
その記事の最後には『四条薫』とスクープ記事をものにした記者の署名が入れてあった。

ブレイカーズ 悪党商会 抗争

ロバートのハリウッド俳優顔負けの貌が、苦虫を噛み潰したように歪む。
この狭い島に、幾つもの組織の悪人どもが集められているのだ。
連中の間で争いが勃発していたらまずい、無辜の人々がそれに巻き込まれていたりしたら最悪だ。

「本当は何が武器になりそうなものが欲しかったんだがな――仕方がない」

現在のロバートの特別支給品で残っているは、その性質上武器になりにくいサバイバルナイフ・裂のみ。
この装備で動くことは危険かもしれないが、それは何もせず悪を放っておくことの言い訳にはならない。

「とにかく、ここから街の方を探ってみるか」

ロバートは探偵事務所を後にする。
今度は必要以上に人目を気にせずに済むのがありがたかった。




だが、他の参加者との出会いは探偵事務所を出てから程なくして訪れた。
野太い男の声と若い女性の争っているような声を聞きつけ、ロバートは気配を殺して
物陰に隠れつつ声のする方の様子を窺う。
まず彼の目に飛び込んできたのは、身長2mを越える巨体を鱗で覆い、竜の頭を頂いた怪人の姿だった。

(あれは――ブレイカーズの改造人間か!?)

その異形に、思わずロバートは息を飲む。
世界各地で犯罪・破壊活動を行なうテロリスト組織ブレイカーズ。元は日本の一弱小組織に過ぎなかった奴等が近年急激に勢いを伸ばしてきたのは
現大首領である剣神龍次郎の手腕もさることながら、それに協力する狂科学者・藤堂兇次郎が組織に齎した改造人間技術の存在が大きい。
いまや改造人間といったらブレイカーズというほど、怪人はブレイカーズの十八番となっていた。
ロバートもブレイカーズの大首領である龍次郎と大幹部の大神官ミュートスについてはある程度知っていたが、流石に全怪人のデータまでは
網羅していない。あの二人の他にも、参加者の中にブレイカーズのメンバーが紛れ込んでいたのだろう。

それに対峙する女性の方に目をやり、再びロバートに電流が走る。
声の通り、彼女はまだ少女というべき年齢に見えた。
だがその少女の雪の様に白い肌と、触れたら溶けて消えてしまうような儚げな面影に、ロバートは見覚えがあった。

(水芭ユキ―――!!)


水芭ユキ。ロバートは彼女の名を、犯罪組織悪党商会の一員として知っている。

ロバートは正義感の強い人間だ。彼は犯罪行為を憎み、それを為す犯罪者にも普通は断固として厳しい態度で接している。
しかし彼はこの島に集められた悪党どもの中で唯一、ユキだけは怒りの対象にすることができなかった。
彼女は、水芭ユキは騙されて利用されているだけなのだ。
悪党商会のボス、ドン・モリシゲ――森茂によって。

ドン・モリシゲは表向きの顔として孤児院を営んでいる。
それは社会貢献活動、慈善活動などと併せて悪党商会社長という裏の顔を覆い隠すためだが、実はもう一つ
奴が孤児院を経営するのには実利が絡んだ理由がある。

おぞましいことだが……ドン・モリシゲは孤児院に引き取った子供たちを洗脳し、悪党商会の駒として操っているのだ。
幼い頃から悪党商会の理念と忠誠心を教え込まれた子供は、やがて悪党商会の命令なら死をも厭わない狂戦士へと成長する。
だが、ドンの本当の目的は成長した戦士を手に入れることではない。
幼い脳に狂った教義を完全に刷り込まれた、まだ小さい子供こそがドンの求める貴重な資材だった。

どんな強すぎるヒーローでも、貴方のファンですと駆け寄ってくる子供の前では無防備になる。
あまりにも凶悪な力を持つ悪党といえど、街で子供とすれ違う時には警戒などしない。
彼らヒーローとヴィランを暗殺するのに、子供はうってつけの凶器だ。
役割が終わったら、暗殺方法が明るみに出ないよう使った子供は処分される。
他にも身体の小ささや警戒され難さを利用しての破壊工作や、送り込んで『不適切な関係』を演出することによって邪魔者を社会的に抹殺するなど
幼い子供には色々と利用法があるのだ。ドン・モリシゲの中では。

入念で慎重な捜査活動の末にこの事実を知った時、ロバートは怒りのあまり目の前が真っ赤になった。
ロバートも私生活では、愛する妻との間に授かった子供を世界で一番愛する一人の平凡な父親である
それだけに、身寄りのない子供を利用する悪党商会とドン・モリシゲは、彼にとって絶対に許すことのできない『邪悪』だった。

水芭ユキ――冷気を操る能力を持った少女。
彼女がドンの孤児院に引き取られたのは、おそらくその強力な超能力が目当てだったのだろう。
ドンを信じ、悪党商会の理念を信じる彼女を憎むことは、ロバートにはできない。
彼女は……ユキは悪党商会の被害者の一人なのだ。


ブレイカーズの怪人と悪党商会の少女。
二人は何やら言い争っている。
こちらはほとんど丸腰だ。どうする? 今すぐ割って入るか、それとももう少し様子を窺うか……?

だがロバートが素早く決断を下すより前に、状況が急速に動いた。
龍型怪人の振るった腕が、水芭ユキの顔を打ち据える。
吹き飛ばされた少女が地面に転がった。
少女は動かない。その目は閉じられ、鼻と口からは血を流している。
怪人が、倒れたままの少女に近寄り、止めを刺そうと手を伸ばす――――


その瞬間、ロバート・キャンベルは一切の打算保身を捨てて走り出していた。

彼の同僚に、上司に、そして妻に、彼という人間について尋ねればこう答えが返ってくることだろう。
彼は正義感に溢れ、優しく、強く、タフで誇り高く、悪には厳正な態度で臨み、決して諦めず弱音を吐かず、正義のために命を懸ける男だと。
なら彼に欠点はないのかと聞いたら、彼らはやや顔をしかめてこう答えるに違いない。
彼は『正義感に溢れ過ぎている』。そしてそれ故に『時々暴走する』。それが彼の唯一の欠点だ――と。


  ◇  ☆


「その子から離れろッ!」
このバケモノ野郎と心の中で付け加えつつ、ロバートは助走の勢いで飛び上がり
ブレイカーズ怪人――その正体はブレイカーズとは何の関係もない龍人種のミロ・ゴドゴラスV世――の顎目掛けてハイキックを叩き込んだ。

「あ―――が――――?」

蹴りは見事に命中し、脳を揺すられたミロは地面に跪く。
どんなに改造されていても元は人間である以上、脳を攻撃することが有効だ――ロバートが苦し紛れに考えた手は当たっていた。
その前提である元は人間という部分は大間違いだったが。
ミロが行動不能になっている隙に、ロバートはユキを抱き上げると走り出した。

「おい!大丈夫か!目を覚ませ!」
頭を揺すらないように気をつけながら、ロバートはユキを抱きかかえて走る。
再三の呼びかけにもユキは応えない。呼吸はしているが、もしかしたら脳震盪を起こしているのかもしれない。
自分がもっと早く割って入れば――ロバートの胸に後悔と共に、この少女に暴力を振るった龍怪人への怒りが込み上げてくる。

「まてぇ――――!!」
凄まじい地響きに振り返ると、そこには二人を追ってくるミロの姿があった。
「かえせえぇ――――!!それはぼくのだぁぁぁ――――!!」

ミロの叫びを背に受けても、ロバートは止まらない。
全身に傷を負い、脳を揺すられてなお追いすがってくる驚異的な生命力。
そして取り上げられた自分の獲物に対する執念。
(流石はブレイカーズの改造人間といったところか……知能は低いようだがな)
しかしこのまま、ユキを抱えたままでは奴から逃げ切ることは難しい。
(対決するしかないか。あの怪人と――――!!)
生身の自分でどこまで戦えるか、それは分からない。だが、この意識を失った哀しい少女を怪物の手に渡すわけにはいかない。

しばらく走った先にある建物の陰にユキを隠すと、彼女のデイパックの中から一振りの剣を借り受ける。
「すまないが、少し使わせてもらうぞ」
風のように軽い見事な剣を携え、彼はユキの元を離れる。

そして、FBI捜査官ロバート・キャンベルは、彼らを追いかける怪人の前に自ら姿を現した。




「かえせえぇ――――!!それはぼくのだぁぁぁ――――!!」
ユキが、ユキがさらわれた!
ぼくのしもべのユキがさらわれた!
ユキがたいへんだ。はやく見つけてあのニンゲンのおとこからたすけなきゃ!


突然の出来事に混乱しながらガムシャラに追いかけるミロの前に
ユキを攫った男が自ら姿を現した。その片手には、元々ミロの支給品である風の剣が握られている。

「おまえ!それもぼくのだぞ!このどろぼう!」
それがまた頭にきて、ミロは叫んだ。
『人間は卑怯なだけでなく狂暴な生き物です。際限ない欲望を満たすために物を奪い――』
ランズの声が聞こえた気がする。でも今はそんなの気にしてる場合じゃない。ユキを助けなきゃ。

「FBIのロバート・キャンベル捜査官だ。無駄な抵抗は止め、大人しくしろ」
剣を構えつつ、ニンゲンの男はそう言った。

「えふ……びぃー……なんだそれ!そんなもんしるかぁ!」
怒りに任せてミロは自分に残された右腕を力を篭めて振り回す。
ミロの拳は巌の硬さだ。振り回すたびに周りのコンクリートやアスファルトを破壊していく。
しかし、ニンゲンの男には当たらない。

「ぐっ!えいっ!このぉ!」
焦って更に腕を振り回すミロの拳に、焼けるような熱と痛みが走った。
思わず腕を止めると右手の指が何本か無い。
指が切り落とされた切断面から、龍族の青い血が噴き出していた。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」




「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

指を切断されたことに気付いたミロが悲鳴を上げると、ロバートは風の剣の切っ先をミロに向けて突き付けた。

「改造されてもいない普通の人間に負けるわけがないとでも思っていたか?
 これで分かっただろう、貴様に勝ち目は無い。これ以上の無駄な抵抗は止め、速やかに武装解除し投降を――」
「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

しかしロバートの再度の警告にもかかわらず、ミロは先程以上に無茶苦茶に暴れ始めた。
周囲の建物がまた破壊される。しかし、その攻撃の全てを避け続けるロバートの顔に動揺はない。

(確かにコイツの力は強い。脅威的だ。
 だが動きはてんで素人だ。対応は問題なく出来る)

よくプロの型通りの訓練では素人の出鱈目な動きに対応できないというが、そんな事はない。
どんな動きにでも瞬時に臨機応変に対応出来るようになる為に、プロは型を身体に覚えこませるのだ。
それはFBI捜査官であるロバート・キャンベルとて例外ではない。
恐慌を起こして暴れまわるだけの怪人相手に不測をとるような軟な鍛錬を、彼はしていない。

(と言っても……厄介なのは奴の鱗に覆われた皮膚だ。
 これでは斬撃が通用し難い。となると狙うべきは――)

しかしロバートの思考は、ミロのまだ血を噴き出している右腕に出現した光の眩さによって遮られた。

「きえろぉ―――――――――――!!!!!!」
「ッッ!!」

ミロの指先から雷光が迅る。

(これは――プラズマ兵器か!!)

電撃を操る装置が体内に埋め込まれているのか、それともこうした超能力の持ち主なのか。
何れにせよ、あの雷が直撃したら待ち受けているのは死だ。
ロバートはどうする? 後ろに下がるか? 左右に逃げるか?

否、ロバートは前に、ミロに向かって突撃した。

「YAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 WHIZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ!!!!

ロバートの気迫と共に刀身から放たれた一陣の疾風が、雷撃の行方を逸らした。
強い光と熱が過ぎ去り、オゾンの強い匂いだけが後に残される。

「ひぃ!!」

その様子を見て、ミロの動きが止まった。
彼はロバートの行動を見て思い出してしまったのだ。数刻前に戦い、彼に傷と屈辱と恐怖を与えた船坂弘のことを。
その隙に、ロバートはミロに向かって跳ぶ。そして――――




「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!?????????????」

先の悲鳴とは比べ物にならないミロの絶叫が、周囲に響いた。
悲鳴を上げるミロの顔から左目が失くなっていた。
剣により眼球が斬り抉られた眼窩から、際限なく青い血が噴き出す。
それはまるで、絶叫を続けるミロが片目だけ滂沱の涙を流しているようにも見えた。




「チェックメイトだ」
悲鳴を上げ続けるミロに、ロバートは冷厳に告げる。
自分が少女のパックから持ち出した風の剣については、ちゃんと説明書を読み、多少ではあるが性能も試していた。
この剣が自分にある限り、奴の電流攻撃には対抗できる。
そうなった場合圧倒的に不利なのは、既に全身傷だらけで疲労し、今また左目と右指数本を失ったミロのほうだ。
それに、先程放たれた雷の一撃は、ミロにとって渾身最後の切り札の一撃だった――とロバートは読んでいた。
何発も放てるようなら、奴はもっと早くこの攻撃を仕掛けていたはずだ。
とっておきを使い切った今――奴にはもう、戦う力は残されていない。

「これが最後の警告だ。
 私はFBIのロバート・キャンベル捜査官だ。少女を暴行した傷害の現行犯でお前を緊急逮捕する。
 無駄な抵抗は止め――――!!」

しかしロバートの読みは外れた。
ミロの指先に再び光が集まっていく。
しかしその明かりは、先の攻撃に比べると小さく、弱々しかった。
おそらく今度こそ最後の力を振り絞った攻撃だ。

「言っても聞かないか!悪党!」

ロバートは三度剣を構える。
怪人でも元人間である以上、できることなら殺したくはない。だが、今度こそ再起不能になってもらおう。
左目跡から血を噴き出させたミロが、意味の通らないわめき声を上げながら雷撃を放とうとする。
それより早く、ロバートの剣は動き、雷を吹き飛ばす――――


「駄目ぇ――――――――――――――――――――っ!!!!」


少女の叫び声と同時に、ロバートが持つ風の剣が凍り付いた。
「なっ……!!?」
剣だけではない。ロバートの腕も、足も、全身が氷で止められて動くことが出来ない。




ミロが最後の力を振り絞って放ったのは、船坂との戦いで覚醒した上級魔法とは比べ物にならないほど威力の小さい中級の雷魔法だった。
しかし、氷で動きを止められたFBI捜査官ロバート・キャンベルの肉体を焼き尽くすには、それで充分だった。


 ✲ ✲ ✲


どうしてこんなことになってしまったのだろう?

全身を雷で焼かれたロバート・キャンベルの死体を前に、水芭ユキはただ呆然と座り込んでいた。


ミロさんは泣きながら何処かに走っていってしまった。

追いかけなきゃ

でも、もう立ち上がることも、私にはできない。

目の前で焼け死んでいるこの人は、私のせいで死んだんだ。
この人がFBIの捜査官だと名乗るのを聞いた。
きっとこの人は勘違いをしていただけなんだ。ミロさんに最初に出会った時、私がミロさんのことをブレイカーズの怪人だと勘違いしたように。
私は、ミロさんと話し合うことで誤解を解けた。
でも今度は、この人は私を守ろうとして、ミロさんも私を助けようとして、それで――――

咄嗟に、ミロさんが斬られると思ってこの人の動きを凍らせた。
そんな事をしなければ、この人が死ぬことはなかった。ミロさんが、いや、私達が人を殺すことも……


「ごめん……なさい……」

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。



少女はもう動かない人型に向かって、涙を流して謝り続ける。
彼女は以前にも人を殺したことがある。だがその相手はブレイカーズの怪人たちであり、生かしておいたら多くの犠牲者が出るような奴等だった。

この人は違う。

勘違いしただけの人間を殺してしまった。
その罪悪感が、今は恐ろしい氷塊のように、彼女の心を押し潰そうとしていた。


「ごめんなさい。ゆるしてください。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

ただ壊れた機械のように、ユキは謝罪の言葉と涙を流し続ける。


その時、死体の腕が動いてユキを掴んだ。





絶叫した。

黒焦げの手を振り払い、へたり込んだままで後ずさる。

そして恐怖でそれ以上動けなくなったユキの前で、男は――ロバート・キャンベルは微かに呻くと、熱で白濁した瞳を開いた。

(ウソ……生きてる……?)

信じられなかった。
雷撃の直撃を受けて全身を焼かれて、なお命を保っているなど。
それは強靭な肉体と精神力の持ち主であるロバートだからこそ為し得た奇跡だった。

「水……芭……ユキ
 無事……か…………」

「は、はい!」

しかしその奇跡が繋いだ命は、今にも途切れようとしていた。
だがロバートは恐れることなく、ゆっくりと焼け爛れた口で言葉を紡いでいく。

「君が……気に病むことはない……
 どうやら……ミスをしたのは……俺……」
「おじさん!しっかりして!」

今にも息絶えそうなロバートの手を握り、ユキは必死で話しかけた。
されど彼の魂は、無情にも彼の身体から過ぎ去っていく。

「邪神…………」
「えっ」
「邪神リヴェイラ……そう名乗る生物に……洞窟で遭遇した……
 奴は……危険だ…………人間同士で……争っている場合じゃない……
 あいつを倒せ……さもないと皆……殺される……」
「そ、そんなこと――」
「俺のデイパック……ノートとナイフを……」

ロバートに指示され、ユキは彼のパックを開けてみる。
彼の言ったとおり、中には支給品のノートと一本のナイフが入っていた。

「そのノートに……詳しく書いてある……
 ヴァイザー……他の連中……危険…………」
「おじさん!目を閉じちゃ駄目!寝たら駄目だよ!」
「ナイフ……切る……分裂……
 身体だけだ……物はそのまま……
 上手く使えば……首輪を外せる…………」
「おじさん!」

再びロバートの意識が途切れそうになり、ユキは悲鳴を上げる。
だが、ロバートは再び踏み止まった。
彼にはまだ、伝えるべき言葉が残っている。
焼かれ盲いた目は見えないが、肌に感じるこの雫は、ユキの流した涙だとわかる。
この少女に伝えなければならない言葉が、俺にはまだ残っている。

「水芭、ユキ」

自分の名前をはっきりと呼ばれたことに驚き、ユキは涙で覆われた目を瞬く。
瀕死の男の声は、それでも強く、強く、彼女へと向けられていた。

「水芭ユキ……君は……騙され……利用されている……
 ……あの男に……君が……慕う…………
 君も……被害者……だから…………」

ロバートの焼かれた瞳が彼女を見る。何も映らないはずのそれに、ユキはしかし何かの輝きが見える気がした。

「奴に……囚われるな……
 正しく……生きろ……正しい……行いを……自分の…………
 殺し合い……止め……力を合わせて……い……き……」

その輝きも、徐々に消えていった。
だが最期の瞬間まで、ロバートはユキが握った手を力強く握り返し、その瞳は彼女を見据えていた。

「頼……む…………正義……を…………」

それが最後だった。
ロバートの瞳は再び閉じられ、二度と開くことはなかった。
彼の力強い手は力を失い、ユキがいくら呼びかけても、いくら泣いても、二度と再び応えることはなかった。


最後に彼の瞼の裏に浮かんだのは、仕事帰りの彼を迎える愛する妻と子供の姿か、それとも先に逝った彼の誇りである父親の微笑みか。
FBI捜査官ロバート・キャンベルは、その正義の道の半ばにて、永遠の眠りについた。

【ロバート・キャンベル 死亡】






「無理だよ……」

ロバートの遺体の前にしゃがみ込んだまま、ユキは小さく呟いた。

正しく生きろとこの人は言った。
正義を頼むと、この人は言った。

だけど、私は悪党なんだ。
この人を殺した悪党なんだ。
自分のあるじに人殺しをさせた悪党なんだ。

仕方ないことだと悪事に加担し続けた悪党なんだ。
悪いやつだったけど人間を何人も殺した悪党なんだ。
友達を、本当に大切な友達を失って、探して、見つけられなくて、でもやっと会えて、そんな友達と交わした約束を果たさなきゃいけないのに
この人の前から動けない、動かない、どうしようもない、最低の、最悪の悪党なんだ。

そんな悪党に正しいことなんて、正義なんてできない。


「できないよ……」

再び、ユキの目から涙が零れた。
それは地面に着く前に雪の結晶に変わり、風に飛ばされて何処かへと飛んでいった。

「舞歌……舞歌……」

再会し、再び別れた親友の名を呟く。
彼女に会いたい。また彼女に抱きしめてもらいたい。また昔みたいにキスしてもらいたい。
だけどもうきっと二度と、こんな自分を舞歌は友達だと思ってはくれないし、自分にはそんな資格はないんだと、彼女は理解していた。

「お父さん……」

だから、彼女はこの世で最も信頼する人を呼んだ。
いつも自分を温かく迎えてくれる人を呼んだ。
いつも自分に正しい道を教えてくれる人を呼んだ。

彼女の『お父さん』を。
悪党商会社長ドン・モリシゲを。

「お父さん……助けて…………」

彼女が遺体の前でしゃくりあげる度に、その目元から生まれた雪が、風に乗って空へと舞っていった。


もうすぐ『第一回放送』が始まる――


【C-4 探偵事務所付近/早朝(放送直前)】

【水芭ユキ】
[状態]:頭部にダメージ(中)、疲労(大)、右足負傷、精神的疲労(大)、深い後悔
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1~3(確認済)、基本支給品一式、クロウのリボン、風の剣
    ロバート・キャンベルのデイパック(武器の類なし)、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:悪党商会の一員として殺し合いを止める。
1:私はどうすればいいの
2:お父さん(森茂)に会いたい
3:舞歌……夏実……ルピナス……


【ロバート・キャンベルのノート】
現地調達品。ロバート・キャンベルが彼の基本支給品であるノートに記述した。
このバトルロワイアルに集められた悪人に関する、彼の知っている限りで全ての情報が書き記されている。
また邪神リヴェイラに関する情報と、サバイバルナイフ・裂の使い方及び使用回数についても記してある。


※ロバート・キャンベルのデイパックの中に軍事要塞跡で発見した物品が入っているかどうかは次の書き手にお任せします。





 ◆ ◆ ◆


いたい

いたい

いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいいい

めがいたいみれないいたいいたいいたいいたい

いたいこわいたすけてたすけてこわいこわいたすけてたすけてたすけてよおおお


『宜しいですかミロ様。この隠れ里より外の世界は、『人間』というサルの一種によって支配されているのです。
 『人間』は恐ろしい生き物です。凶暴で、自分たちと異なる姿の生物に無条件で襲い掛かる性質を持っています。
 斯様に危険な生物が外の世界の至る所を闊歩しておるのです。故に、この里から出ることは危険なのであります。』


ああああああいつかランズのいっていたことはほんとうだった
そとのせかいにでたいなんておもわなきゃよかったここはいやだいやだいやだ

めがいたいてがいたいからだじゅうがいたいいたいいたい

こわいにんげんがこわいこわいこわい

あいつらがぼくのめをぼくのてをぼくのからだをああああああああいたいいたいいたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい


『ミロ様、『人間』は我々ドラゴンが思いもよらないほど卑怯な事をする生き物なのです。奴等は平気で嘘をつき、欺き、裏切ります。』


ユキはたすけてくれなかったぼくはユキをたすけようとしたのにぼくがめをつぶされてもゆびをきられてもたすけてくれなかった
ぼくはたすけようとしたのにユキはたすけてくれなかったユキはゆきはゆきゆきゆきゆき

ゆきも


『際限ない欲望を満たすために物を奪い、食用でなく生き物を殺し、天と地と水を汚し
 時には同じ人間の仲間同士ですら殺し合うのです。
 時には同じ人間の仲間同士ですら殺し合うのです。
 同じ人間の仲間同士ですら殺し合うの
 人間の仲間同士ですら殺し合う
 仲間同士ですら殺し』


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


もういやだ
かえりたい
うちにかえりたい

うちにかえってちちうえやははうえといっしょにあったかいごはんをたべてあったかいベッドでねむりたい
かえりたい
りゅうのさとにかえりたい

かえして
ぼくをかえしてよお

ちちうえたすけて
ははうえたすけて
ランズたすけてみんなたすけて


たすけて
たすけて
たすけて

【C-4 草原/早朝(放送直前)】

【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:左目完全失明、左腕損傷、右指数本喪失、ダメージ(極大)、疲労(極大)、魔力消費(極大)、恐慌状態、人間への恐怖
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム0~2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:いたいいたいいたいいたいいたいいたい
1:うちにかえりたい
2:にんげんがこわい
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。


057.vsジョーカー 投下順で読む 059.友のために/国のために
時系列順で読む 060.金色の眠りから覚めない
邪神降臨 ロバート・キャンベル GAME OVER
長松洋平は回想する/音ノ宮・有理子は殺さない 水芭ユキ 氷柱割
ミロ・ゴドゴラスV世 護ろうと思った子は、オトコの娘でした

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最終更新:2015年07月12日 02:53