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ちはやぶる たらちねの  ◆shCEdpbZWw




「ぐ……あぁ……」

一人の男の呻き声が、夜の街に空しくこだまする。
男の名は一等自営業。先刻、黄色い色をしたニートの男に、そのどてっ腹に風穴を開けられたところだ。
風穴から漏れ出した血は、彼の服の色を紅へと染め変えている。
銃声が響き渡ってからすでに小一時間が経とうとしていた。
一等自営業にとっては不運なことに、ごく近くに他の誰もいなかったらしい。
銃声を聞きつけ、駆けつけて助けてくれる者も、自らを襲った賊を追いかける者も、どちらもいなかった。

「実際に……銃で撃たれると……こう……なるんだな……
 クソッ……身をもって……味わうとは……思わなかったぞ……」

誰にともなく呟きながら、一等自営業は立ち上がろうとその手と足に力を込めようとする。
だが、銃撃によるダメージは思いのほか大きく、彼が立ち上がることは叶わない。
体を引きずるようにして街道沿いに立ち並ぶ塀に這い寄り、その背中を預けるように座り込むのがやっとだった。

「血が……止まらない……動脈でも……やっちまったかな……?」

撃たれた場所から自分の居るところまで、ずぅっと赤い筋が伸びている。
傷口を抑えた掌からは、心臓の鼓動とシンクロするようにドクドクと血が溢れ出してた。
銃撃の直後に比べればその流れはずっと緩やかになったものの、既に彼は血を流しすぎていた。
出血性ショックの症状を引き起こしかけていた一等自営業の意識は、少しずつ薄れていく。

「……もう……ここまでか……? ち、畜生……」

自分の厚意を無碍にしたあの黄色いニートへの怒りが再び一等自営業の心中にこみ上げる。
グッとその拳に力を込めようとするが……やはり力が入らない。
少しずつ視界も霞み始めてきた彼が、いよいよ最期を覚悟したその時だった。



「……なん……だ……? この……音は……?」

薄れゆく意識の中で、一等自営業の耳は微かに物音を捉える。
だが、その物音というのが彼のいる街道の中にあっては明らかに異質なものであった。



キュラ……キュラキュラ……



「キャ……キャタピラ……だと……?」

一等自営業が認識した音は、キャタピラがゆっくりと回転していく時に立てる独特の音。
トラクターかブルドーザーでもいるのか、そう一等自営業が考えた次の瞬間だった。
音の正体が、街道の四ツ辻からその姿を現した。
それを目にした一等自営業が、震える手で自分の目を擦る。

「げ……幻覚……か? なんで……こんなところに……」

徐々に口が回らなくなる状況、朦朧とする意識の中で一等自営業が声を漏らす。
彼の常識からすれば、"それ"がここに現れることなど到底あり得るものではなかったからだ。
迷彩柄を施し、重厚な砲身を携えた"それ"は――一言で言ってしまえば「戦車」であった。

並の人間なら、それがどんなものであっても十把一絡げにおなじ「戦車」として扱うところ。
だが、軍事に纏わる創作のプロたる一等自営業は、おぼろげな意識の中でもその戦車の正体を認識した。
ゆっくりと開かれたその口から戦車の正体が紡がれる。





            =tニr====rtニ;===;ニ;=
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       lニニニニ:i:i   i:       ',iニニニ '
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     ,r‐=r:==r:'====;―:――――― :‐==::===::===::==―'-、
    ,. = 、=‐-‐r=ャ:‐--------‐,:=、:‐--------‐r=ャ‐--,,、‐=:、
   i'   :!  ._ ゞ''  ,r;‐l::二二 ゞi' 二二::l=:ュ  ゞ'' _  i゙ o ゙:
   ヾ ‐ ' :'´ `: . :'´ `: . :'´ `: . :'´ `: . :'´ `: . :'´ `:ヽ、,,_,ノ  ) ) )
     `''‐ ヾ,._,,ソ,、ヾ,._,,ソ,、ヾ,._,,ソ,、ヾ,._,,ソ,、ヾ,._,,ソ,、ヾ,._,,ソ-''"       キュラ キュラキュラ……
       `~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~´




「"チハ"が……いるんだ……?」





 *     *     *





時刻は一時間少々前に遡る。

F-2エリア――そこは海岸に面する一角であった。
こういったところには得てしてこんなものが多く立ち並んでいる。
そう、そこは古ぼけた倉庫街であった。

真夜中の倉庫街、場所が場所ならこの時間であっても荷物の積み下ろしがあったのかもしれない。
だが、今の倉庫街は不気味なほどに静まり返っていた。
……足音がコツ、コツと辺りに響き渡る音が鮮明に聞こえるほどに。
ベージュのスウェットに、青のジーンズ、そして薄汚れたスニーカー。
まるで近所のスーパーに買い物にでも行くような出で立ちの一人の女が辺りを見回しながら歩いていた。
彼女にももちろん真の名前は存在する……が、どうにも思い出せない。
システム上登録されているのは畜生マッマ――それが彼女の名前である。

J( 'ー`)し 「どういうことなのよ……いったい……」

訳も分からずに殺し合いを命じられたマッマが、デイバッグを抱きしめながら呟く。
一介の主婦でしかない彼女からすれば、何故殺し合いを命じられるのか、人気の無い倉庫街に放り出されるのか……
今の自分を取り巻く状況全てにクエスチョンマークをつけざるをえなかった。
そんなマッマが意識を取り戻した時に佇んでいたのがこの倉庫街であった。
状況を理解できずにはいたが、ひとまずは安全な場所に行こうということだけは決めて動き出したのだ。

マッマが目をつけたのは手近なところに建っている倉庫であった。
壁の塗装もいくらか剥げかかったその倉庫は、シャッターこそ閉ざされてはいたものの通用口らしきドアが僅かに開いているのが見える。
時折吹き抜ける海風がそのドアを揺らし、錆びついた蝶番はギギギ、と悲鳴をあげていた。

「……とりあえず、あそこに行ってみようかしらね」

マッマはそう言ってゆっくりとドアに近づく。
なるべく音を立てないように気をつけてドアを開けたが、それでもドアは軋む音を辺りに響かせる。
ようやく無理なく通れる程度にドアを開けた彼女は、その体を倉庫の中へと滑り込ませた。
そして、もう一度慎重にノブを握り締めてドアを閉める。
もう一度嫌な音が辺りに響き渡るが、最早自分の手ではどうしようもないと、彼女は諦めた。

ようやくドアを閉めて一息ついたマッマが倉庫の中を見回す――が、当然ながら視界は闇に包まれている。
月明かりすらロクに差し込まないこの場所では何も見ることが出来ない。
仕方なく、彼女は抱きかかえていたデイバッグをゴソゴソと漁り、中からランタンを取り出す。
手探りでスイッチを見つけ出し、パチッとスイッチを入れた次の瞬間だった。

「うわっ!?」

マッマは思わず悲鳴をあげてしまった。
無理もない、ランタンの光が照らし出したものとは……





      __          __
     _l\ \―――― _'\_ `,,_
     `ヽ l´ ̄、、 `lヘ,rl´、,, _,,゙l‐'-/ヽ
    /ヽ、\ ヾll ,/゙ト 、`,,_ ‐'' _,,'ソ
     l  l;;ヽ、ヽ,,/\ l ` ‐ ̄ r_―_,、'l' \
    ヽ ' ,. 、,,!、,\ \、,,_ ll_(,ヽ、llノ ―' \
      ヾ,l |;l、、ヽ \ \,,_  ̄_ヽo_`_‐ ,,ヽ
      ヾ,'l |;l、、,,!、,\/,_ ` '' ‐.‐_‐:"l (( 、) i_',、
        ヾ,'l |;l、、ヽ、,\゙' ‐、'ー‐'"  ̄ `' 、 \
         ヾ,'l |;l 、、,,!、,ヽ、、\  _ 'O,_ \ ヽ
           ヾ,'l |;l、、,,ヾ‐ ` ''l        ̄ヽ ´=ヽ
            ヾ,'l |;l| |;;三;;l  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /,l l;;三;;l
              ヾ,'_,,、ノ爰;;/‐' ̄ ̄ ̄ ̄ヾ,‐',ノ爰;;/
                  ̄´            ̄´



どう見ても戦車です、本当にありがとうございました。

「……な、何コレ……こんなものまであるっていうの……?」

驚きながらもマッマは戦車を照らしながら一歩ずつ歩みを進めていく。
まさか、乗り回すことも出来るのかしら、そんなことを思いながら近づいていったその時だった。

(……誰?)

いきなり聞こえた自分以外の声に、マッマは慌ててキョロキョロと辺りを見回す。
ランタンの光が倉庫中をあちこち照らすが、人影は見当たらない。

(ここだよ、ここ)

マッマは、耳をそばだてて声の聞こえる方を特定しようとして……そして息を飲んだ。
どう考えても声の正体は先程照らした戦車の方から聞こえてくるからだ。

「誰、って……それはこっちのセリフよ……その中に誰かいるの?」
(中に? ……だれもいないけど……)
「……どういうことよ?」

殺し合いをさせられているだけでも訳が分からないというのに、さらに目の前で起こっていることもよく分からない。
まさか、戦車が喋るわけでもあるまいし、と思ったマッマが思わず口調を強める。

「変な冗談は言わないでちょうだい……これじゃ話にならないの、早く出ていらっしゃいよ」
(いや……だから……)

声の主はなおも出てくる気配を見せないのに、徐々にマッマの苛立ちは募っていく。

「だから、何だって言うの?
 出てこられないわけないでしょ、どこかの誰かさんみたいな引きこもりとかじゃあるまいし」

マッマは自分の不出来な息子を思い浮かべながら、ついつい口調が強くなりかける。
対する声の主は責められていることで少しずつしどろもどろになる。

(だ、だって……本当に、誰もいないんだもん……う、嘘じゃないもん……)

その返事を聞いたマッマは大きくため息をついた。
そして、キッと戦車を見据えながら言い放つ。

「分かったわ。アンタがその気なら、こっちだって実力行使よ。
 引きこもりの部屋への突入ならお手の物なんだからね」

言うが早いが、マッマはキャタピラに手をかけてよいしょ、と声を出しながら戦車を登り始めた。

(えっ!? ちょ、ちょっと待っ……)

困惑するチハを尻目に、マッマは肩で息をしながらも一番上まで登りつめた。
そして、砲塔の上にあるハッチを乱暴に開け放つ。

「さぁ、出ていらっしゃい!」

そのまま顔を突っ込んで、戦車の中を見渡すが……そこには誰の姿もない。

「……え?」

色んなレバーやボタン、ハンドルの類はあるが、生物の姿はどこにも見当たらないのだ。
お世辞にも広いとはいえない空間だけに、隠れられるスペースだってほとんどない。

「じゃ、じゃあ……こっちかしら」

そう言うとマッマは砲塔を諦めて、一段下にある機銃担当が入るハッチをこじ開ける。
……が、そこにも人っ子一人見当たらない。

「……そ、それならスピーカーか何か使ってどこか物陰から見てるんでしょ!
 大人をバカにするのもいい加減にしなさいよっ!!」

マッマが一喝するが、その声は空しく倉庫内に響き渡るだけだ。

(……どうすれば信じてくれるのかなぁ……)

戦車から発せられる不安げな声を無視し、マッマはしばらくの間ランタンを片手に倉庫の中をあちこち探し回る。
……が、倉庫には人の姿はおろか、スピーカーのような装置の類さえ見つからなかった。
家捜しに疲れたマッマが肩で息をしながら、再び戦車の下へと近づいてきた。

「ほ……本当に出て来られないみたいね……」
(……だから言ったじゃない)
「マンガや映画じゃあるまいし、喋る戦車……? そんなものが本当にいるって言うのかしら……?
 本当に訳が分からないわね……」
(ボクにだってよく分からないよ……)

そこまで呟いてマッマは自分の首元に手を当てた。
そこにひんやりした金属の首輪の感触を感じ取って、再び大きくため息をつく。

「まぁ、この首輪も本物っぽいし、こんなに疲れるのも本物っぽいし……
 信じなくちゃいけないのかしらねぇ……」

首輪、という単語に謎の声の主が敏感に反応する。

(ね、ねえ……その首輪ってボクにも付いてたりするの……?)
「はぁ? なんで戦車なんかに首輪が……」

そこまで言葉を発したマッマだったが、よくよく目を凝らしてみると迷彩柄の戦車の中にあって異質な輝きを放つ一点があるのに気付く。
主砲の根元の部分に指を入れる隙間もなくピッタリと嵌っている輪っかは、見ようによってはかなり滑稽に見えた。

「……なんなのよこれ……うわ、しっかりと溶接されてるじゃない、ビクともしないわよ」

そのまま、首(?)輪をマッマがチョンチョンとつっつく。
一方で、戦車から発せられる声はたちまち震えを伴ったものとなる。

(じゃ……じゃあ、アレって夢じゃなかったの……!? ボク……こんなことで死にたくないよ!?)

アレ、というのは恐らくさっきどこだか分からない場所で3人ほどが殺されてしまったことだろう。
有名なスポーツ選手もその中にいたかしらね、とマッマは思い出す。

「死にたくないのはこっちだって同じよ……戦車の癖にメソメソ泣いてんじゃないわよ……」
(だ、だって……)

そこまで言ってしばらく口ごもる戦車。
もし戦車に表情というものがあるとするならば、きっと俯き加減だったのかもしれない。

(お、おばさんには分からないんだよ……)
「だぁれがおばさん、ですって!?」

マッマが敏感に反応し、戦車の車体を思いっきりひっぱたく。
謎の声が思わず(痛っ!?)と悲鳴を上げた。

「見ず知らずのレディーに向かっておばさん、とはずいぶんね。
 ……で? 何が分からないっていうの?」
(それは……)

戦車は口ごもる。
この戦車――その通称をチハというのだが、1930年代に登場し太平洋戦争でも日本軍の主力となった戦車だ。
チハの触れてきた世界はそれこそ死屍累々の戦場だ。
鉛玉が飛び交うその地では、まだ年端も行かない若者が次々とその命を投げ出していった。
人間ばかりではない、チハの仲間達もまた戦場に飛び出しては、次々と破壊されていったのだ。

戦車の無い相手ならいくらでも無双することが出来たチハだが、対戦車となるとそうはいかなかった。
そもそも、戦車との戦いを想定して作られたわけではなく、火力も装甲も明らかに敵国の戦車からすれば一枚格落ちしている。
自前の物資に乏しい国で作られたからという状況はあるにせよ、チハにのしかかる運命は悲哀なものである。

明日はわが身、それを誰よりも実感しているのがチハだ。
国を、国にいる女子供を護るがために戦うのが使命とは分かってはいる。
だが……やはり死ぬのは怖い。チハは覚悟が出来ていないまま新たな戦場へと放り出されたのだった。

何も言い出せないチハを前にマッマはまた一つため息をついた。

「ま、いいわ……どういうわけかしらないけれど、とにかく戦車があれば百人力ね」
(……へ? どういう、こと……?)

困惑気味のを声を出すチハに対し、マッマがピシャリと言い放つ。

「どういうこと、って……こんな馬鹿みたいな殺し合いやめさせる、ってことよ。
 あのひろゆき……だっけ? 見つけ出してたっぷりおしおきしてあげるんだから」
(……それはいいけど、どうやってやるの?)
「どうやって、って……そんなことはおいおい考えればいいでしょ。
 とにかく、こんなじめじめして暗いところなんてさっさと出て、殺し合いに乗っかった人を止めないと。
 最初は安全なところに隠れようかとも思ったけど、やっぱり引きこもりなんてバカなことはやってられないの」

何を言っても聞かないどら息子の顔がちらついて、少しばかり苦々しげな表情をマッマが見せる。

(でも、おば……)

マッマがチハを蹴り上げ、ゴン、と鈍い音が倉庫に響いた。

(お、お姉さんは大丈夫だったけど……外には殺し合いに乗った人がいるかもしれないんだよ……?
 もしも何かとんでもない武器でも振り回していたら……)
「戦車の図体していて情けないわねぇ」
(いくら戦車だからってボクは……)

呆れた顔になりながらマッマが続ける。

「だいたい引きこもっていてどうする気なの?
 あのひろゆきってのが言ってた……禁止エリア? ここがそれに指定されちゃったらどうするの?」
(それは……)
「遅かれ早かれここは出なきゃいけなくなるんじゃない?
 それに、グズグズしている間に誰か死んじゃうかもしれないのよ?」
(うぅ……)

マッマの強力な押しについにチハが折れた。

(わ、分かったよぉ……ボクみたいなのがうろついてみんながビックリするかもしれないけど……それでもいいなら……)
「その時は私がなんとかしたげるから」
(そ、それじゃおb……お姉さん……?)

「何?」と返事をするマッマに対してチハは主砲を動かしてシャッターの方角を指す。

(倉庫のシャッター、開けてくれない? 体当たりなんかしたらすごい音が出ちゃうし……)
「世話が焼けるわねぇ……ま、ドア開けたら外に出てくれるだけ、誰かさんに比べたらずっとマシかしらね」

マッマはぶつくさ呟きながらチハから降りたち、ランタンで辺りを照らしながらシャッターのスイッチを探し当てる。
電気は通っているらしく、「開」のボタンを押すとギシギシと音を立てながらシャッターが開かれた。
月明かりが差し込み、海からの潮風が吹き込んでくる。
シャッターが全開になったのを見計らって、キュラキュラとキャタピラを鳴らしながらゆっくりとチハが前進する。
誰もいないのに勝手に動く戦車に奇妙な思いを抱きながら、マッマがチハの下へと駆け寄る。

「ちょっとちょっと!」
(……何?)

眼下のマッマがキャタピラの音にかき消されないように大声を張り上げる。

「何?、じゃないわよ。乗せていきなさいよ」
(え、そ、それは……)
「アンタにさえ乗せてもらえれば私はひとまず安全なんだからね……よいしょっと」

呼びかけに応答してその動きを止めていたキャタピラを踏み台にし、再びマッマがチハに登り始める。
最上部のハッチを開け、マッマはその体を車内へと滑り込ませる。

「……うわぁ、チハの中ってあったかいのね」
(……あんまりあちこち触らないでね)
「分かってるわよ、変なとこ押して自爆でもされたらたまったもんじゃないわ」
(そんな機能は無いと思うけど……)

ぶつくさ言いながら、チハが再びその巨躯をゆっくりと進め始めた。
その振動が多少なりとも中にいるマッマの下へと伝わってくる。

(どこに行くつもりなの?)
「そうねえ……とりあえずこのまま海岸線沿いに行ってもらおうかしら」

そう言いながらマッマは自分のデイバッグの中身を適当に探る。
そして、取り出したPDAとしばしにらめっこをした後、付属の説明書と格闘し始めたのだった。





 *     *     *





周囲を警戒しながらの行軍とあって、本来の速度とは程遠い歩みのチハであった。
そんなこんなで小一時間が経とうとしていた。

(……誰もいないね)
「そうねぇ」

張り詰めた緊張の糸もそろそろ切れかかったその時だった。
四ツ辻の角の先に、壁に背を預けて座り込む男の姿を見つけたのは。
チハの存在に気づいた男と同様に、チハもまた男に気づいて思わず声を上げる。

(おb……お、お姉さんっ!! ひ、人がいるよ!)
「え?」

チハの声に反応したマッマがハッチを開けて辺りを見回す。
程無くして、力なく座り込む男の姿を見つけると、一目散に飛び出していった。

(あっ、ちょっとお姉さん!!)

慌ててチハが角を曲がろうとする。
だが、街道とはいえ決して十分に広い道路というわけではない。
車体を擦らぬように慎重に転回しようとするために、チハはしばらくてこずることとなった。

そんなチハを尻目にマッマは一等自営業の下へと駆け寄る。
辺りのアスファルトに広がる血溜まりに一瞬言葉を詰まらせたが、まずは救命と声をかける。

「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

マッマの呼びかけに対し、一等自営業は力なく首を横に振るだけだった。
呼吸も大分弱くなっているらしく、視線も焦点が合っていないのかかなり虚ろなものになっている。

「と、とりあえずどこかで手当てをしないと……」

逡巡するマッマの背後から、チハのキャタピラが近づいてくる音がした。
振り返ったマッマが声を張る。

「この人も乗せて行くわよ! どこかで包帯とか、何か……そういうもの見つけないと!」
(の、乗せるっていったってどうやって……)

初老とはいえ、男一人を女性一人で戦車に担ぎ上げるのは相当に困難なことだ。
一等自営業の両肩を抱えるようにしてなんとかマッマは運ぼうとするが、ずるずるとその体を引きずるのが精一杯。
とてもではないが、持ち上げて戦車へと引き上げることなど出来そうになかった。

「も、もういいですよ……どうやら……そんなに体がもちそうに……ない……」

途切れ途切れに一等自営業が呟く。
が、それをマッマは叱責する。

「そんな簡単に物事を諦めるんじゃないの! そんなのはウチのバカ息子でもうウンザリしてるんだから!」

マッマは気勢を上げる……が、現実はあまりに残酷だ。
どれだけ頭を回転させても、怪我を負った男を戦車へと乗せる手段が思いつかないのだ。

「そ、そうだ! あのバッグの中に何かあれば……」

一度一等自営業を放り出してマッマはチハの中へと舞い戻る。
そして、ひとしきり自分のデイバッグを漁るのだが……その中にケガの治療に使えるような物は無い。

「そんな……それなら……!」

そういうと今度は下部のハッチを開ける。
中にはもう一つ――チハのデイバッグが無造作に置かれている。

(あっ! それはボクの……)
「緊急事態よ! これくらい大目にみなさい!」

どうせ自分の手じゃ開けられないんだから、と毒づきながらマッマはチハのデイバッグも検める。
……が、こちらにもまた目当ての品は見当たらなかった。
思わずチハのなかでマッマはうなだれてしまった。

落ち込みを隠せないまま、再びマッマが外に出る。
アスファルトに横たわる一等自営業の息遣いは、先程よりもいっそう弱くなっていた。

「……ゴメンね、アンタを助けられそうなものが無いのよ」

その声に対し、一等自営業は首を力なく横に振った。
そして、マッマを小さく手招きする。

「……私はもうダメそうです……」
「だからっ! そう簡単に諦め……!」

もう一度叱責しようとするマッマを一等自営業が手で制する。

「自分の体のことは……自分が一番分かります。
 ただ……ここで会ったのも……何かの縁……。
 見ず知らずではありますが、あなたに言い遺したい事が……」

もうマッマは何も言うことが出来なかった。
目の前の男が最期を覚悟したこと、そして何も出来ない自分の無力さがそうさせていた。

「わ……私をこんな目に遭わせたのは……若い男です……」
「若い……男……?」

その返事に一等自営業は小さく頷く。

「人の厚意を……踏みにじっていった……畜生のような奴でした……。
 出来るなら……私がその手でぶち殺してやりたいが……そうもいきそうにない……」
「そいつは……どんな……どんな奴なの……?」

マッマの問いかけに対し、一等自営業はその視線を虚空へと彷徨わせる。
忌まわしきあの男の姿をもう一度思い出してから、吐き捨てるようにポツリと呟く。

「目が……ギョロリと飛び出したような奴でした……。
 体の色は黄色で……」

一等自営業が告げる下手人の特徴を聞いて、思わずマッマは顔を強張らせる。
そんなマッマの表情の変化も、最早しっかりと見ることが出来ないのか、一等自営業はさらに続ける。

「関西弁を話す……そうだ……確かニート、だと……」

マッマは思わずゴクリと生唾を飲み込む。
頭の中に、まさか……という思いがよぎった。

「こんなことを頼むのも……筋違いかもしれない……ですが……どうか……お願いします。
 あの黄色い化け物に……どうか天誅をくだしていただきたい……!」

そんな力も残っていないが、一等自営業はもう一度その拳を握り締める。
瞳からは悔しさのあまりうっすらと涙が滲みかけていた。
そして、ゆっくりと首を傾けてチハの方へと視線を向ける。

「アレが……あなたの武器、ですか……?」

マッマは「いや、アレは……」と口にしかけて……その言葉を飲み込んだ。
こんな切羽詰った状況で実はあの戦車が生きていて言葉を話すだなんてことを説明するわけにはいかなかった。

「アレは……九七式中戦車……通称を"チハ"と言いましてね……。
 第二次大戦の時の日本の主力戦車のひとつ……だったんですよ……。
 まぁ、負け戦だったわけですから……アレの性能も推して知るべし……なんですが」

軍事の類にかけては一日の長がある一等自営業が、まるで玩具を前にした子供のように目を僅かに輝かせる。
本当ならば、滔々と喋り続けるのかもしれないが……命の灯火が尽きかかった今は、その声さえもか細い。

「……戦車相手なら……分が悪いかもしれませんが……。
 普通の人間相手ならどうとでもなるでしょう……。
 どうか……アレで……奴を……!」

再びマッマの方を向き直って、視線と合わせて訴えかけた。
マッマは、ただただ頷くことしか出来なかった。

(おじさん……)

一部始終を見ていたチハが小さく呟くと、一等自営業は微かに反応を見せた。

「はは……死に際の幻聴……って奴かな……。
 なんだかチハの声が聞こえてくるような……そんな気がしましたよ……」

そして、もう一度虚空に視線を彷徨わせた後で、一等自営業は呟いた。

「せっかくの……機会だ……ここはチハのいた戦争で散った若者たちのように……
 ひとつ辞世の句でも……詠んでみましょうか……」

そう言うと、目をしっかり見開いて、弱々しい声ではあるが……噛み締めるように詠み上げた。



  ちはやぶる 神の車は たらちねの 母を守りし 武器となるかな



意味も分からず呆然とするマッマを尻目に一等自営業は続けた。

「枕詞を二つ使うのも……本当ならよろしくないようですが……最期くらい構わないでしょう」

そう言って、スッと目を閉じた。

「軍事ものを……扱う人間からすれば……戦車に見守られて逝くのも……悪くない」





……それきり、一等自営業が再び瞳を開くことは無かった。





 *     *     *





しばらく無言だった。
再び引きずるように街道の端へと亡骸を動かしたマッマは、両手を合わせて黙祷した。
そして、踵を返すと血に汚れた一等自営業のデイバッグも拾い上げた。
そして中身に一通り目を通すと、武器の類が残らず奪われているのを確かめた。

無言のままマッマはチハの中へと戻った。
沈黙を先に破ったのはチハだった。

(お姉さん……? これから……どうするの?)

殺し合いが行われているという現実を、一人の死を看取ることで目の当たりにした。
そのことに対する恐怖感もあったが……チハにはそれ以上にやるせなさも感じていたのだった。

「……ここはどこだっけね」

マッマが小さくポツリと呟く。
そして、手元のPDAから地図を読み出す。

「F-1……全体の端っこも端っこね」
(どこに行くの……?)

チハの問いにしばし地図とにらめっこしながら考え込んだマッマが、結論を出す。

「とりあえず……ずぅっと北に向かってちょうだい。
 また誰かに会えるようなら……その時にまた考えましょ」
(……分かったよ)

チハがゆっくりとキャタピラを動かし始めた。
乗用車とは比べ物にならないほどの大きな音を立ててチハは北上し始めた。

車内には再び沈黙が訪れた。
耐え切れずに、今度はマッマが沈黙を破る。

「あの人の……最後の短歌、だっけ……?
 あれはどういう意味……なのかしらね……」

マッマは独り言のように小さく呟いた。

(枕詞……ってあの人も言っていたけど)

やるせなさを紛らわすようにチハが語り始めた。

(「ちはやぶる」っていうのは、その後に神とかそういう言葉を繋げて情緒を加えるためのものなんだ)
「……なんだか、大昔に国語の授業で聞いたような気もするわね」

マッマの言葉を受け取って、チハが続ける。

(「たらちねの」もそう。これはその後に母とか親とか……そういうのが続く言葉なの)
「その枕詞がどういうことなの?」

マッマの投げかけた疑問に、チハが「たぶん……」と前置きする。

(ボクたち二人のことを詠もうとしたんじゃないのかな?
 あの人の悔しさとか、無念とかを……ボクたちに託すために)
「私……母親だとかそんなこと言ったかしら?」
(確か一度「バカ息子」がどうこう、って口走ったよね? 多分そのせいじゃないかな……)

チハの推測にマッマが「ふーん」と相槌を打つ。

「……で? アンタは自分のことを神だとでも言うの?」
(い、いやそんなつもりじゃ……ただ、ボクの名前と"ちはやぶる"をかけただけだと思うんだけど……)

そこまで言って再び沈黙が訪れた。



チハは気が重かった。
殺し合いは止めたい……でも、自分には荷が重いのではないかと。

チハの装甲は「神」……いや、「紙」と言った方が近い。
紙とは大袈裟かもしれないが、実際に戦時にあっては敵国から「ブリキ」と揶揄されたほどだ。
あえて自嘲するならば「神の車」とは程遠い「紙の車」である自分が、どれほどこの女性を守れるのか、チハは不安であった。

少なくとも、あの初老のおじさんを殺した誰かがこの先にいるのかもしれない。
それを思うと、チハは怖くて仕方なかった。
虚勢を張ってバンザイと叫ぶことが出来れば、精神的にはいくらかマシだっただろうが……
先程看取った死は、とてもではないがチハをそんな気分にはさせてくれそうにも無かった。



一方でマッマもまた気分が重かった。

今わの際にあの男性が伝えた、犯人の正体。
それにあまりにも心当たりがありすぎたからだ。

アイツには社会に出て行く度胸も無いくせに人を殺す度胸なんてあるわけが……と必死にそれを否定しようとする。
が、現実と非現実の区別もついていないようなところもあるだけに、ソイツがあっさり一線を越えてしまう可能性も否めなかったのだ。

彼女は針路を北に取った。それは闇雲に選んだ道筋ではない。
はるか北方に存在する一つの施設――野球場に彼女は目をつけたのだった。
もし、殺人犯の正体が息子だとしたのなら……その行動原理は至極単純だ、母親からすれば先読みは容易い。

(……バカバカしい、まだあのバカがここに来ているとも決まったわけじゃないのに)

いくらなんでも……という思いと、もしかすると……という相反する二つの思い。
それを胸に抱えながら、マッマは一路北を目指すのだった。




【一等自営業 死亡】
【残り 59人】



【F-1・街道/一日目・黎明】

【畜生マッマ】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式×2、PDA(忍法帖【Lv=00】)、ランダム支給品1~3(治療に使えそうなものは無いようです)
[思考・状況]
基本:殺し合いを止める
1:野球場方面へと向かう
2:もしバカ息子がいたら……どうする?


【チハ】
[状態]:損傷無し、燃料残り97%
[装備]:一式四十七耗戦車砲(残弾無し)、九七式車載重機関銃(7.7mm口径)×2(0/20)
[道具]:基本支給品一式、PDA(忍法帖【Lv=00】)、ランダム支給品1~3(治療に使えそうなものは無いようです)
[思考・状況]
基本:死にたくない
1:とりあえず北へ
2:殺しに乗った人に遭ったら……どうしよう


※チハは大戦中に改良が施された、所謂「新砲塔チハ」での参戦です。
※チハは自分の武器の弾薬が無い事にまだ気づいていません。

※一等自営業のデイバッグ(基本支給品とPDA)は畜生マッマが回収しました。
※やきうのお兄ちゃんの忍法帖のレベルが上がりました。


<<支給品紹介>>

【一式四十七耗戦車砲@現実】
新砲塔チハの主砲。
一式徹甲弾を使った場合、1キロの距離から5センチの防弾鋼板(第一種)を貫通するというデータが出ている。
元々の主砲では、チハより一回り小さい軽戦車すら貫通できなかったために換装されたものである。
これでどうにか対戦車でもそれなりには戦いになるようになったというもの。
というのも、当初チハは対戦車を想定して作られたものではなかったからである。

【九七式車載重機関銃@現実】
チハのいわゆるサブウエポンにあたる武器。
機関銃にしては装弾数が少ないが、これは弾幕による制圧を想定していないためである。
あくまで、当時の日本では戦車での車載機関銃は自衛のための精密射撃が出来るものがよしとされたためである。
なお、地上戦の際は付属の二脚にセッティングして取り外して外で使うことも出来る。
最大射程は3420m、有効射程は540mとなっている。



No.34:こんな加賀は嫌だ! ~安価でトランスフォームする~ 時系列順 No.36:すべては、セカイ動かすために。
No.34:こんな加賀は嫌だ! ~安価でトランスフォームする~ 投下順 No.36:すべては、セカイ動かすために。
No.07:街道上のぐう畜 一等自営業 死亡
畜生マッマ No.52:おっぱいなんて、ただの脂肪の塊だろ
チハ No.52:おっぱいなんて、ただの脂肪の塊だろ