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メンタルヘルス  ◆m8iVFhkTec




―――E-6、海上

渡し舟のデッキに並べられた木製の椅子に、アロハ調のワンピースを着た中年女性が静かに腰掛けていた。
傍らに置かれているのは、オレンジジュースの入ったペットボトル一つ。
これだけを聞くと、陽気に夜の船旅を楽しんでいるような情景が浮かび上がるかもしれない。
しかし、彼女の心境はそんなものとは真反対。
悲痛で暗い表情を浮かべ、大きくため息をついていた。

……まだ、血の臭いが残ってる気がする……
その手から、全身から、意識すればするほど、強く強く返り血の臭い漂ってくる。
肉を切り裂く感覚もはっきりと思い出せる。……こんな短時間で忘れられるわけがない。
自分が何故こんなにも辛い目に合わなくてはいけないのか。カーチャンは自分の不幸を呪った。

(あぁ、どうして私たちはこんなに理不尽な目に合わなくてはいけないの…… 悪いことをした覚えはないし、不相応に裕福な生活したわけじゃない……
 女手一つでタケシを育ててきて、色々不自由があったかもしれないけど、ごく普通の生活を送ってきたはずなのに……
 いつものように朝早く起きて、息子のお弁当を作って、朝食を食べて、息子を見送ってから家事に取り掛かって……
 当たり前で、そんな小さな幸せがあるだけの日常、それをどうして奪われなくてはならないの?)

あの男の言うように、誰もが心のどこかに『人を殺したい』という感情を持っているのかもしれない。
それでも、少なくとも自分は、本当に人を殺したくなんてなかった。
ただタケシに喜んで貰いたい、立派になって貰いたい……それだけのために力を尽くしてきた。
どんなに貧しくても、誰かを殺したりして幸せになろうなんて考えていなかったのに。
そんな私たちが、どうして殺し合いなんてしなきゃいけないの? どうしてこんな悲しい思いをしなきゃいけないの?
……心の中で、何かドス黒い物がぐるぐると渦巻いており、それがとてつもなく不快感を煽られる。

星空を眺めて少しでも気を紛らわそうとする。
何処までも暗い夜空にはっきりと星々が散りばめられ、少し欠けた月は何処までも白く輝いていた。
……いつ以来だろうか、これだけ美しい夜空を目にしたのは。
確かタケシが2歳くらいの時、トーチャンの車でドライブに行った帰りだったか。
田舎のパーキングエリアで3人で見上げた夜空はどこまでも澄み切っていて、どこまでも輝いていて、肌寒さなんて忘れてしまうほどだった。
きっとトーチャンと二人で息子を育てながら、時々思い出す光景になるんだろうな、なんて考えていた。
……それからすぐだった、トーチャンが死んじゃったのは。

(……あぁ! ……なんでまたマイナスな事ばかり考えてるの……!)

月の輪郭がじわりとぼやけた。
首を左右にぶんぶんと振り、ネガティブな思想を振り払う。
彼女は今、どうにも心細くて仕方がなかった。



―――D-6

月明かりに照らされる波間に、黒い影が見えた。
あまりはっきりとは見えないが、それはとてつもない大きさだと思われる。
防波堤か何かかしら……? いや、こんな海のど真ん中にあるのはおかしい……
だとしたら、あれはいったい……
年齢のせいか多少低下気味の視力で必死に目を凝らし、どうにかその正体を掴もうとする。
やがて、その物体の大まかな形状や、工場のようにごつごつと様々な部品が取り付けられているのを視認した。
その物体が何かを理解する。
(……あれは巨大な船……多分、戦艦か何かだわ……)
『戦艦』それは海上における武力の結晶、それを目前にしたカーチャンは徐々に焦りと恐怖が湧き上がるのを感じた。

(もし、あの戦艦から狙撃されたらどうしましょう……! どうか、攻撃されませんように……)
その戦艦の大きさは彼女が今乗っている小型フェリーと比べると、ネコとゾウほどの圧倒的な差がある。
狙撃されるのももちろんのこと、ちょっとぶつかっただけでも間違いなくこちらが転覆するだろう。

その威圧的な姿を前にカーチャンに出来ることは船の灯りを全て消して、ただ祈ることだけだった。
渡し舟と言う隔絶された空間の中で、目の前にある脅威にいつ襲われるかというプレッシャーは、気が狂いそうなほどに耐え難いものであった。
彼女はただ一人、その不安と戦う事を強いられていた。

次の船着場までの、たった30分程度の船旅がとてつもなく長い時間に感じた。



―――C-6

渡し舟の所々に設置されているスピーカーから、機械的だが、ゆっくりした口調でアナウンスが流れる。
『まもなく、C-6船着場、ゴミ処理場エリア。C-6船着場、ゴミ処理場エリアに到着致します。
 ご乗船いただきましてありがとうございます。お降りの方は殺し合いに備え、準備をなさいますようお願いいたします』

(よ、良かった……)
カーチャンは少しだけ安堵のため息をついた。
結局戦艦はこちらに対して何もせずに離れていってくれた。カーチャンの心配は杞憂で済んでいた。
とはいえ、まだ完全に安心してはいられないのだが……。
彼女が次に向かう方角、陸地方面にその戦艦は向かっていったからだ。
つまり今度は自ら、アレへと接近していかなくてはならない。
もしかするとこれまで運が良かっただけで、次に近づいた途端に攻撃される可能性はゼロでは無いのだ。
そう考えるとげんなりした。

『到着いたしました。お降りの方は足元にご注意ください。
 次はB-5船着場へと向かいます。B-5船着場には約15分ほどで到着致します。
 なお、ここでお降りいただいた場合、次の渡し舟が到着するのは約90分後となっております。』

女性の篭ったような声のアナウンスが流れる。
……ゴミ処理場エリア。ここにタケシがいる可能性はある。
カーチャンは船から降りて、息子の名前を大声で呼んだ。
船が停船する時間はたったの15分。その間にゴミ処理場の奥まで回ることは不可能。
だから大声を上げるリスクを覚悟の上でも、港周辺で見つけることにしたのだ。

無論、次の船に乗ることにしてここに留まる選択肢もある。
しかし、大きな陸地の方がタケシがいる可能性も、タケシを知っている人もいる可能性もずっと高い。
ここで90分を使っている間に、タケシが危険な目に遭うかもしれない。カーチャンはそう考えたのだった。



―――瞬く間に10分が経過。呼びかけも虚しく、息子からの返事はなかった。

「もうすぐ15分……船に戻らないと……」

渡し舟へと引き返す。
船の中へ入っていく時、カーチャンは港を振り返った。
やはり、ここに留まっておきたいと思った。
声が届かなかっただけで、もしかすると港に隠れているのかもしれない。
もしかすると、タケシはゴミ処理場の中で動けない状態になってるかもしれないし……

「……それに、戦艦の姿が見えなくなってからの方が……」

……そこまでつぶやいたところで、ここに留まるという選択肢はタケシのためではなく、自分の安心のためでしかないと気が付いた。

「……言い訳まで作って、結局自分のことしか考えてなかったね。……やっぱり母ちゃんバカだよね……」

タケシがここにいるかもしれない。……その可能性は少なからずある。
しかし、少なくとも今自分がここに留まろうとしているのは、戦艦の脅威から逃れたいがために過ぎなかった。
『息子のためなら命を惜しまない』だなんて言ったくせに、未だに私は死ぬのを怖がっていたのだ。

あの戦艦がなんだと言うのだ。
狙撃されるのをビクビクと怯えていて、そんなことで息子を生き残らせることが出来るのか?
例え渡し舟を壊されたとしたら、泳いででも渡ってやろう。
こんな程度のプレッシャーなんかに屈していたら、きっと後悔してもしきれない結果になる。

『まもなく渡し舟は発船いたします。次の船着場までは約15分程かけて到着致します』

アナウンス。そして船は出航する。






巨大戦艦の影が少しづつ、少しづつ大きくなっていく。
私はもう腹を括ったのだ。恐れたりはしない。
進行方向的に激突することにはならないようだ。
だったら問題ない。

……と、次の瞬間に不可解な現象を目の当たりにした。


消えた。

瞬き一つする間に、その巨体は跡形もなく視界から消え去っていた。
(……嘘!? さっきまであったはずなのに……!?)
真っ先に疑ったのが沈没の可能性だが、それにしてはあまりにも不自然すぎる。
自分をあれだけ苦しめた存在が、虚空の中へ消失し、静かな波間だけがそこにあった。
まるで最初から存在しなかったかのように……

何かの間違いかと思ったが、彼女の中で一つの結論が導き出された。
……あの戦艦は、『最初から幻覚だった』、という結論。
自分は有りもしないものに怯え、有りもしないものに惑わされ、有りもしないものに騙されたのだと。

「……私もこの世界の空気に毒されちゃったのかしらね……」

深く、深くため息をつく。
必死にこじ開けようとした扉を、壁の一部だと知らされた虚無感が。
自分の苦悩も決意も、何もかもすべて無に返されたような、そんな喪失感がそこにあった。
……いったい自分は、何と戦っていたのだろうか?

カーチャンはフラフラとした様子で備え付けの化粧室に行き、洗面台で顔を洗った。
キンと冷たい水をいくら浴びても、この立ちくらみのような感覚を振り払うのには足りないように思えた。


―――目的地のB-5はすぐ目の前に迫っている。その先で彼女を待ち受けているのは何か……



【B-5/海上・渡し船船内/1日目/黎明】

【カーチャン@ニュー速VIP】
[状態]:健康、強いストレス
[装備]:アロハ調館内着@現地調達、匕首@現実、ベレッタM92(15/15)@現実
[道具]:基本支給品一式×2、PDA(忍法帖【Lv=01】)、不明支給品(武器無し)×1~2、防弾ベスト@現実、壁殴り代行のチラシ@ニュー速VIP
[思考・状況]
基本:タケシを生き残らせる
1:頭がおかしくなりそう……
2:海を渡って、タケシを探す
3:タケシの害になりそうな参加者を排除する
4:3の為なら自分の命も厭わない



No.49:銭闘民族の特徴でおまんがな 時系列順 No.55:暇を持て余した神々の馬鹿騒ぎ
No.50:心の闇 投下順 No.52:おっぱいなんて、ただの脂肪の塊だろ
No.24:この愛を、世界に カーチャン No.67:feeling of love