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unknown  ◆czaE8Nntlw




古い話。
ある日、村に妖怪がやって来た。どうしてやって来たのか、誰も知らない。
ある日、妖怪は村に封じられた。どうして封じられたのか、妖怪は知らない。
ある日、妖怪は男を取り殺そうとした。どうしてその男だったのか、誰も知らない。
ある日、男は村から逃げた。どうして逃げたのか、妖怪は知らない。
ある日、妖怪を封じていた地蔵が壊された。妖怪が何処へ行ったのか、誰も知らない。

ある日、妖怪は――――。




妖怪は、揺れていた。
今まで感じたことのない感情が頭の中に渦巻いていた。

ここは何処?
隣に立ち尽くしている男は誰?
目の前で倒れているのは?

何もかもが分からない。ついさっきまで分かっていたはずなのに。
良く分からない感情が頭を支配し、自分自身を“よくわからないもの”へと転化させていく。

この感情が何なのか分からない。
こんな感情を抱く自分が、分からない。

不意に足の力が抜け、そのまま崩れるように座り込んだ。この動作の理由さえ、自分には分からない。

なんだろう?
分からない。
どうして?
分からない。

妖怪は、地面の上でただひたすら自問自答を繰り返す。





泣いていた。
何故、と問われれば特に理由はない、と答えるだろう。
目の前で事切れていた男とは親しかった訳ではない。それ以前に、殆ど面識は無かった。ただ、ここに来てから少し話しただけ。
あくまでも赤の他人に過ぎない。他人の死に一々涙を流す者など居ない。
それなのに、泣いていた。
最初は落胆しただけだった。勇敢な男は死に、野生の狂戦士は生き延びた。彼は無駄死にだ。
だが、彼は笑っていた。これで良かった、言いたげな満足したような笑み。
その笑顔を見た瞬間、泣いた。涙が止まらなかった。
どうして?
分からない。ただ、“悲しい”だけじゃなかった。悲しいというだけでは、赤の他人の死に涙は流さない。

なら、どうして?
分からない。





妖怪は、考えた。
考えて考えて考えた。でも、分からなかった。
今までこんな感情を抱いたことは無かったから。
今までこんな経験をしたことは無かったから。
いくら考えても、到底答えの出るものではなかった。
無慈悲に自らを染めあげていく分からない感情。
動揺と言うには複雑過ぎ、かつ喪失感と言うには単純過ぎるそれが頭を、身体を支配する。
その感覚は、妖怪の記憶を呼び起こした。

……そういえば、あの人が居なくなった時も似たような感覚がした。

ただ、男が好きだった。だから連れて行きたかった。だが男はそれを拒絶し、村から逃げた。村から出ることのできない自分にはどうすることも出来ず、去って行く車の後ろ姿をただ眺めていた。
身体を内側からざわつかせる虚しさと締め付けられるような苦しみは、あの時の感情によく似ていた。

妖怪は知らない。人間がその感覚を“悲しみ”と呼ぶことを。






男の頭の中では、Tさんの台詞がひたすら繰り返されていた。
――――俺の心配より、自分の心配をするべきだぜ?
――――お前ら、裏から出ろ! 出たら、一目散に逃げるんだ!!
格好付けておきながら、結局は無駄死にしたTさん。にもかかわらず、彼は笑みを浮かべたまま事切れていた。
どうして?
どうしてそんな顔ができる?
理不尽な理由で殺し合いに参加させられ、理不尽な理由でその命を奪われたというのに、どうして笑っていられる?
ああ、やっぱり分からない。

「ぽぽ…ぽ……ぽぽぽ」

呼び掛けるような声に顔を上げると、いつの間にか隣に移動した女が自分を見つめていた。
女は泣いていなかった。涙の一粒も流してはいなかった。だが、涙の浮かんでいない真っ暗な瞳はとても複雑なものを映し出していた。

「ああ……」
「ぽぽ…」

溢れ出る涙を必死に抑え、何事もなかったように見せ掛けようとした。だがそれは上手くいかずに、ただ嗚咽を響かせただけだった。

「ぽ…ぽぽ……」
「…大丈夫だお」

近寄ろうとする女を制し、向き直る。
改めて眺めた彼女の瞳は底が見えない程に深く、恐らく彼女の中にある感情は一言で言い表わせるものではないだろうと思った。

「…悲しいかお?」

女は返事をしなかった。
所在ない様子で佇む女は確かにそこに存在しているはずなのに、どこかぼやけて見え、彼女がまるで別次元の生き物のように思えた。
とても弱い自分と、とても儚く思える彼女。二人が生きていられるのはとても強い男の貴い犠牲によるものだった。
彼は自分達の為に命を投げだした。彼にも生きたいという思い、生きる目的があったはずなのに。


生きる目的?


それを知覚した瞬間、男は自らの抱いていた全ての疑問が氷解していくのを感じた。
何故自分は泣いている?
何故Tさんは笑っている?
その全ての答え。

理不尽に命を奪われたTさん。彼が笑っている理由。それは、Tさんの目的が生き延びる事ではなかったからだ。
ひょっとするとTさんは自分達を先に逃がした時点で死を覚悟していたのかもしれない。
いくら不思議な力を持っていようと、野生の熊が相手では到底勝ち目などなかっただろう。彼とてそれには気付いていたはずだ。
だが、彼は逃げなかった。逃げて助かろうとする道ではなく、戦って死ぬ道を選んだ。死を恐れて熊から逃げた自分には出来なかった選択。
己の頬を伝っていた涙は悲しみではなく、悔しさの涙だった。
あの時、熊から逃げなければ。
あの時、Tさんと共に戦っていれば。
そんな起こった“かもしれない”幾多の可能性が容赦なく胸を締め付け、男はまた泣いた。涙の相手は目の前の死体ではなく、弱過ぎる己。
恐怖から、死から逃げた臆病者の涙。
それは悲しみの涙よりも悲しいものなのかもしれない。






妖怪は自らを支配する感覚を理解した。
男が発した「悲しい」という一言。
その言葉には聞き覚えがあった。家族を奪われた者達の抱く感情であることも知っていた。
だが、その感情がどのようなものであるかは知らなかった。
胸の奥をざわつかせる空虚な感覚。

これが――――“悲しみ”なのだろうか?
誰かを失うことが“悲しい”ことだなんて分からなかった。
自分は、妖怪八尺様は、どれほどの悲しみを生み出してきたのだろう?
何人もの人間を家族から奪った。
何人もの人間を悲しませた。
数え切れない程の死と悲しみ。
初めて“悲しみ”を知った妖怪は、因果にも初めて己の大罪を知覚した。
その罪はあまりにも重く、妖怪はどうすれば良いのか分からずにただ己の因果に打ちのめされることしか出来ずにいた。

「話…いいかお?」
「ぽ…」

泣き腫らした目ではあるが、幾分落ち着いた様子の男が妖怪へ話し掛ける。
彼女が聞いてくれるかどうかは分からずとも、自らの決意は話しておきたいと男は思った。

「…僕、実は役者みたいな事をしていたんだお。異世界を冒険したり、兵士として戦ったり、いろんな役を演じてきた…でも、自分自身の意志で何かの役割を得た事は無かったんだお。」

他人の作った物語の中で、ずっと役を演じてきた自分。いつしかそれがあたりまえになっていて、自らの意志で動いてみようとは思わなくなっていた。

「…でも、そういうのとは違うんだお。これは今までのお芝居とは違って、僕が演じなきゃいけない役は無いんだお。だから、自分で役目を決めなくちゃならない」

Tさんが笑っている理由。
それは、己の役目を果たせたから。
男が泣いている理由。
それは、己の役目を見つけられなかったから。
だが、もう涙は流さない。己の役目を見つけたから。

「だから、僕も役目を果たすお。僕はあの熊を倒す。あんたは…どうするお?」

妖怪は直感した。
彼は死を求めている、と。死を覚悟した人間は皆同じ表情をする。幾多の人間を殺めてきた妖怪だからこそ感じ取れる微妙な表情。
この男が死ねば悲しみが生まれる。それは止めなくてはならない。もう悲しみを生み出すのは沢山だ。
今まで自分は、数え切れない悲しみを生み出した。なら今度は悲しみを減らす番だ。






住宅街にぽつんと建っている民家。そこの庭に吹く風は、どんどん強く吹き付けていた。その風の中に、優しい男の声が響く。

「おいおい、仏さんをほっぽり出してちゃ成仏できるもんも成仏できないぜ?」

いつもと同じように突然現れたその声は、間違いない。

「Tさん!?」
「よう、無事だったか。良かったな」
「どうして!?まさか怨霊に…」

取り乱す男に、Tさんは優しく告げた。

「何、ちょっと寺生まれの力をな……なあ、内藤。お前の役目は死ぬ事じゃないし、熊を倒す事でもない。仇打ちなんて馬鹿な真似はよせ」
「仇打ちとは違うお!これは僕が自分で決めた役目だお!」
「落ち着け。…頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」
「…何だお?」
「俺の親父に謝ってくれ。親より先に死ぬのは最大の親不孝だからな。…その為にお前は生き延びろ。ついでに俺の代わりに困ってる人を助けて貰えると嬉しい」

男は少しだけ考えてから答える。

「…わかったお。でも、熊は必ず倒すお。それが僕の決めた役目だから」
「…死ぬつもりはないんだな?」
「もちろんだお」
「なら良い。よろしく頼む……さて、そろそろ行くとするかな」

Tさんの声と同時に、また風の音が大きくなっていく。

「…さよならだお」
「ああ。じゃあな」

それを最後に風は弱くなり、後には男と妖怪だけが残された。





「こんなもんかお」

民家の片隅に盛り上げられた土。それがTさんの墓標だ。火葬は出来なかったが、花は添えておいた。

それに向かって、男は一礼する。

「約束は守るお、Tさん」

それを見ながら妖怪も最後の挨拶をした。

「ぽっ…ぽぽぽ……ぽ」



「…ありがとよ」
「ぽ?」
「?」

風の中にまたTさんの声がしたような気がして、二人は振り向いたが、そこには何もなかった。
でもそこに何があったのか、誰がいたのか――――二人には分かったような気がした。

ある日、妖怪は悲しみを知った。どうして悲しみを知ったのか、誰も知らない。
ある日、男は強い生き方を求めた。それはどのような生き方なのか、誰も知らない。







妖怪“八尺様”は老若男女の声を自由に真似出来るという。
男の聞いた優しい声の正体。
それは残酷な妖怪の優しい嘘か、寺生まれの不思議な力か。

――――その答えは、もう誰にも分からない。




【D-2・市街地/一日目・早朝】

【内藤ホライゾン@AA】
[状態]:健康、クマーに対する強い恐怖と敵対心
[装備]:木刀@現実
[道具]:無し
[思考・状況]
基本:生き残り、Tさんの父に謝る
1:クマーは必ず倒す
※数多くのSSに参加した経験が有ります
※荷物を全て落としました

【八尺様@オカルト】
[状態]:健康、深い悲しみと後悔
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、PDA(忍法帖【Lv=00】)、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本: ぽっぽぽ……
1:“悲しみ”を少しでも減らす

※D-2市街地のブロック塀のいくつかに、ヒビが入っています
※Tさんの支給品(基本支給品一式、PDA、不明支給品×1~2)は、遺体近くの民家内に放置されています
※D-2民家の庭にTさんの墓があります

No.67:feeling of love 時系列順 No.69:ちょっとした発見をしたんだけど需要ある?
No.67:feeling of love 投下順 No.69:ちょっとした発見をしたんだけど需要ある?
No.43:希望的観測 八尺様 No.84:それを食べるだけで力が得られるとしたらお前らどうするの?
No.43:希望的観測 内藤ホライゾン No.84:それを食べるだけで力が得られるとしたらお前らどうするの?