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戦争を知らない大人たち

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戦争を知らない大人たち  ◆shCEdpbZWw




スーパーの駐車場の脇。
丁寧に手入れされた植栽の一部を引っこ抜き、そこに簡素ながらも二つの土盛りが出来上がっていた。
先刻、ここで悪の権化たる巨大な怪物、ネメアの手に掛かり命を落としたドクオと麦茶ばあちゃんの墓である。
ジッとその前で二人の男女が手を合わせる。
大柄な男性である照英の目からは一滴の涙が静かに滴り落ちていた。
そして、もう一人の女性である801の姐さんはすっかり憔悴しきった表情で手を合わせていた。
そんな二人を同行者であるT-72神は、手を合わせる術を持たない為にただ後ろで見守ることしか出来なかった。

(私が……私がしっかりしなければ)

そう自らを責めるT-72神の前で、そっと照英が横にいる801の姐さんの肩を抱き寄せた。



実はここに至るまでの間、二人と一台の間には一悶着あったのである。





 *      *      *





(……お二人を埋葬する前に、やらなければいけないことがあります)

口火を切ったのはT-72神であった。
何だろう、と残る二人がT-72神に視線を向けた。
そして、次にT-72が発した提案が大きな波紋を呼ぶこととなる。

(……今の私たちがこんな殺し合いを強制させられているのはどうしてでしょうか?)
「どうして……ってそんなの知るはずないじゃない」

801の姐さんが口を尖らせる。

(……ふむ、質問の仕方が悪かったですかね……?
 その気になれば、こんな町からはすぐに逃げ出してどこか遠くへ行ってしまえばこんなことにはならずに済んだかもしれない。
 でも、我々はそれが出来ない……何故でしょうか?)
「それは……この首輪、ですか……?」

照英が自分の首にも嵌っている首輪をチョンチョン、とつつきながら答えた。
首輪は徐々に昇りつつある朝日に照らされ、照英の首で、801の姐さんの首で、そしてT-72の砲身の根元で妖しく輝いている。

(その通りです、照英。この首輪があるせいで我々は逃げ出すことも許されず戦火にその身を晒す羽目になっている)
「それは分かるけど……だから何なの?」

801の姐さんが訳が分からない、といった表情を見せる。

(つまりは、この首輪さえ何とか外すことが出来れば、少なくとも我々が取り得る選択肢は大きく広がるのです。
 この後設定されるという禁止エリアにも構わずに侵入することが出来るはずです。
 傷ついたらそこで休むもよし、どこかへ急ぐ時に回り道をせずに向かうことも出来るでしょう)
「なるほど」

照英が得心したようにポツリと漏らした。

「そうは言うけど……じゃあ、戦車さんはこの首輪を外す方法を知っているの?」
(いえ、残念ながらまだ……そして恐らくは一筋縄ではいかないでしょう)

ガッカリした表情に変わる801の姐さんを横目に、T-72神が推論を並べる。

(私が主催者なら……参加者の行動を縛るこの首輪をただ爆発するだけのものに留めるとは思えません)
「爆弾以外の機能がある、と……?」
(ええ。例えばもうすぐ迫っている運営からの告知……そこではすでに命を落とした参加者の名前を発表すると聞いています。
 では、運営はどうやってそういった参加者の生死を把握しているのでしょうか?)
「うーん……この辺りのそこかしこに監視カメラを仕掛けてる、とか?」
「いや、それじゃ不十分だろう。うまく死んだフリでもしているとか、気絶しているだけではパッと見では見分けがつかない」
(その通り。ということは、目視よりもっと確実な方法で我々の動向を把握していると見るべきでしょう)
「それが……この首輪ってわけ?」

801の姐さんが自らの首輪に手を当てる。

(禁止エリアに入れば自動的に爆発する、というのも目視だけで管理するには限界があるでしょう。とすれば……)
「たとえばこの首輪にGPSのようなものを仕込んでいれば、より確実、だと……?」
(恐らくは。GPSに加えて、あるいは人間の脈を取るような機器も付いている可能性が高いです。
 それによって生死を判断しているのではないでしょうか……?)
「脈、って……戦車さんとかはどうするの?」
(それは分かりません……今のは全て推測にすぎないのですから)
「しかし、こんな小さな首輪にそんな機能が詰め込まれているとは……」
(いや、まだまだあるでしょう)

まだまだある、T-72のその言葉に二人は目を見開く。

(私が主催者なら、と先ほど言いました。
 もし私が主催者なら、反乱の意思を持つ参加者を管理しようとするはずです。
 その言動、行動を絶えず見張れるような、そんな機能だって搭載しようとするでしょう)
「例えば……盗聴とか?」
「盗撮とかもあるかもしれないわよ」
(そのあたりが妥当な線でしょうね……もっとも、こればかりは実際にどうなっているかが分かりませんが)

思いのほか自分たちの行動が縛られていることを改めて思い知らされる格好になる。
照英は大きくため息をつき、801の姐さんは力なく俯いてしまった。

(いずれにしても、この首輪を外さないことには我々に自由はありません)
「でも、その手段が分からないんじゃどうしようもないんじゃ……」
(確かに今は何も分かりません……ですが)

口を挟んだ801の姐さんに対し、それが織り込み済みであったかのようにT-72神が反応した。

(この首輪を調べてみれば……何らかの糸口が掴めるのではないでしょうか?)
「調べる……と言われたって、どうすればいいのよ……?」
「……まさか」

照英が何かを察したのか、驚いた様子へと変わる。
そんな照英を不思議そうに801の姐さんが見つめる。

(照英は気が付いたようですね……そうです、二人を埋葬する前にやらなければいけないこと……それは)





(死んだ二人の首を落とし、首輪を外して持っていくことです)





801の姐さんの顔色が変わった。
コイツは何を言っているんだ、そう言わんばかりの表情でT-72神を睨みつける。
T-72神もその視線には気づいている……気づいているが、努めてそれを排除するかのように言葉を並べた。

(我々にとって未知の枷であるこの首輪を調べるにはそうするしかありません。
 自分たちに着いているものを外せない以上は……あとは分かりますね)
「でっ、ですが……!」

照英が狼狽えるが、T-72神は取り合わない。

(四の五の言っている猶予は最早ありません。
 先程のような者がいると分かった以上、ここは紛れもなく戦場です。
 一瞬の躊躇で命を落としかねない、そんな場所なのですから)
「それは分かりますが……しかし、他に方法は無いんですか!?」
(まず無いでしょう、かかる時間も考えれば今ここで首輪を手元に収めるにはこれしか方法はありません)

照英が唇を噛む。
辺りには奇妙な沈黙が流れ……しばらくの後にそれをT-72神が破った。

(異存はありませんね……? それならば、早速……)
「……バッカじゃないの」

T-72神の言葉を遮るように声を発したのは801の姐さんだった。
俯きながら肩を震わせ、一つ一つの言葉を噛みしめるように並べ始めた。

「さっきまで……さっきまで一緒にお喋りしてたドク君とお婆さんだよ……?
 そんな二人の……首を切り落とせ……? そんな事……出来る訳ないでしょぉ……?」

終わりの方は声も震え始め、耳を凝らさなければ聞き取れないほどになっていた。

「お姉さん……」

801の姐さんを落ち着かせようと、照英が声をかけようとしたその時だった。

(出来る訳ないなどと泣き言を言っている場合ではありません。
 これ以上、あの二人のような犠牲者を出さぬためにも、これは今やらねばならぬことなのです)
「戦車さんは……! 戦車さんは人間じゃないから分かるわけないっ……!」

顔を上げ、T-72をキッと睨む801の姐さんの瞳からはとめどなく涙が流れ始めていた。

「目の前で人が殺されたばかりなのに、そんなすぐに切り替えて二人をよけい傷つけられるわけないでしょっ……!」
(言っているでしょう、ここは戦場です……死者を悼む気持ちは大事ではありますが、今はそれよりも優先すべき事項が……)
「戦場、戦場って……知らないわよそんなの!」

801の姐さんの声は、最早叫びに近いものへと変わりつつあった。
照英は二人の言い争いを止める術を持たず、ただオロオロと視線を801の姐さんとT-72神の間を行ったり来たりさせるしかなかった。

「私は……私は、戦車さんなんかが必要ないそんな平和な国で生まれ育ってきたの!
 戦場なんて行く必要なんてなかったし、そんな危ないところに興味なんて無かった!
 ただのんびり生きて、気が向いた時に同人誌を書いたり読んだり出来ればそれでよかったの!」
(801の姐さんよ……その平和を享受出来ている裏で、どれほどの血が世界で流れているかを考えたことはありますか……?
 今まではどこかで誰かがやっていたその役目を……今は貴女が受け持つ番になったのだと……)
「知らない! 知らない知らない知らないっ!」

801の姐さんが頭を抱え、そのままブンブンと押し寄せる現実を振り払うように振り回した。
そして、そのまま泣きながらその場から駆け出した。

「あっ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」

照英が止めるが、その声は801の姐さんに届かない。
駆け出した801の姐さんはあっという間にスーパーの建物の陰へと消えていった。
後には照英とT-72神が取り残された。



「……」
(……)

辺りを再び沈黙が支配した。
徐々に白み始めた空が照英の顔とT-72神のボディを染め始めていた。

「僕だって……僕だって戦場は知りません」

ポツリと言葉を漏らしたのは照英だった。
そのままゆっくりとT-72神の方へと向き直る。

「あなたの言うように、僕らが平和を謳歌しているその裏で数えきれないほどの血が流れているのは事実でしょう。
 だけど、僕らはそれを映像や文字で知ることが出来ても、それを自分の肌でリアルに感じたことは無いんです」
(……照英よ、正直な事を言うならば、私はお前たちが羨ましい。
 私はお前たちとは逆だ、戦場を駆けるしか能が無く、そのような平和を自分の肌で感じたことなど無い)

ゆっくりと、それでいて力強い調子でT-72神が言葉を連ねる。

(悪を粛清し、平和を勝ち取るために造られた私たちだが……一度悪を粛清すればそれで戦いが終わるわけではない。
 またすぐに次の悪との戦いにその身を投じなければならない……束の間の平和さえ味わうことも出来ないのだよ)
「……」

照英はただ黙ってT-72神の言葉を聞いていた。

(だが、決して私は自分が不遇であるなどと考えたことは無い。
 私の闘いの先で民が平和な暮らしを送る……それこそが私の喜びなのだから)
「それは分かりますが……」

照英が口を挟むと、T-72神はまるで人間が首を振るかのように砲塔をゆっくりと回した。

(戦争しか知らない私は、今更戦争を知らないお前たちにそのまま合わせられるような在り方を取れません……
 ただ、私はこのやり方こそがこの理不尽な闘争を一番少ない犠牲で終わらせられると固く信じている)
「……分かりました」

そう言って照英は顔を上げた。

「僕らとあなたとの間にはすぐには埋められない……境遇の差からきた、そんな意識の違いがあります、だけど……」

そこまで言って照英は少しばかり微笑んだ。

「今すぐではない、少しずつでも時間をかけて歩み寄る……そんなことは出来ませんか?」
(フッ……相互理解など、一度武器を手にしてしまえば出来るはずなど……)

T-72神が照英の言葉を一蹴しようとする。
が、それも構わずに照英が続けた。

「さっきのような人が相手なら話は別かもしれませんが……
 でも、僕らとあなたとの間で……今武器を向け合うようなことなんてないでしょう……?」
(しかし照英よ……)

T-72神が照英の言葉を制する。

(照英、お前に歩み寄るつもりがあったとして、もう一人……801の姐さんもそうであるとは限らないでしょう……
 今はそんな相互理解などに時間をかけている暇など……)
「急がば回れ……そんな言葉がありましてね」

そう言うと、照英は鍛えられた自分の胸板を一つドン、と叩いた。

「ただ最短距離を走るよりも、遠回りでも必要な事を片づけておいた方が後々になって最善だった……なんてこともありますよ」
(しかし……)
「彼女とあなたとの間は僕が出来る限り取り持ちます。
 正直、僕だってお婆さんたちの首なんて落とさずに済むならその方がいいに決まってる。
 でも、それ以外の手段も思いつかないならあなたの意見へ歩み寄ります。
 その代わりに……あのお姉さんにも自分を納得させられるだけの時間をください。
 僕らのような戦争を知らない大人っていうのは……すぐに割り切れるような兵士とは違う……それだけは理解してください」

T-72神もここまで言われてはもう返す言葉もなかった。
沈黙を肯定の証と照英が捉え、クルリとT-72神に背を向けた。

「彼女を迎えに行ってきます、まだそう遠くへは行っていないでしょうから」

そう言うや否や、照英は801の姐さんの後を追うようにスーパーの建物へと駆け出していった。





 *      *      *





「……なんでこんなことになっちゃったのかなぁ」

スーパーの裏口、商品の搬入口として使われている大きなシャッターに寄り掛かるようにして801の姐さんは座り込んでいた。
泣き腫らしたその目は真っ赤になっている。
801の姐さんは、これまで妄想に耽ることで死への恐怖を紛らわしていた。
だが、二つの死を目の当たりにしたことで、妄想という名の堤防は敢え無く恐怖の濁流に呑まれて決壊してしまった。
前向きに生きようとしても、すぐには二人の死を糧にして立ち上がることなど、一介の女子には出来なかった。

「……よかった、こんなところにいたんだ」

ふと、声が聞こえる。
その声のする方に801の姐さんが顔を向けてみると、軽く息を切らしながら安堵の表情を浮かべる照英がそこにいた。
泣いて取り乱したところを見られたという気恥ずかしさと、T-72神から何か言われて来たのではないかという疑念。
そんな二つの感情がない交ぜになっていた801の姐さんは、慌ててプイと照英から視線を逸らした。

そんな801の姐さんなどお構いなしに、のっしのっしと照英は歩を進める。
そして座り込む801の姐さんの前に陣取ると、そのままそこに屈んで目線を合わそうとした。

「……さ、帰ろう。きっと戦車さんも心配してる」
「……やだ」

短く吐き捨てると、801の姐さんは膝と膝の間に顔を埋めた。

「……どうせ私のことなんて心配してないに決まってるよ。
 戦争に明け暮れた戦車さんからすれば、私なんてただの足手まといだもん」
「そんなことないって」
「もう……もう私のことなんて放っておいてよ」

一切顔を上げようとしない801の姐さんを前にして、照英が小さくため息をつく。
だが、それは決して失意に満ちたものではなく、まるで出来の悪い妹を相手にした時のようなものであった。

「僕だってお姉さんと同じさ、お婆さんとあの少年が殺されたことなんてまだ信じられないし、受け入れられない。
 そんな時に追い打ちをかけるように首を落とすだなんてことは出来ることならしたくないよ」
「……」

801の姐さんは黙りこくったままだった。
改めて他人の口からドクオと麦茶ばあちゃんの死を語られ、再び死への恐怖に苛まれようとしていた。

「……でも、このままこうしていたんじゃ、あの二人の死が何の意味もない、ただの犬死にになっちゃう。
 ……そんなことにはさせたくない、二人が遺してくれたあらゆるものを使ってでも僕たちは生きなきゃいけないんだ」
「無理だよ……私や照英さんだけじゃない、あの戦車さんだってそうだった……
 あんな怪物相手じゃどうしようもないに決まってるじゃない……」

再び涙を浮かべ始めたのか、801の姐さんの声がまた震え始めた。
一方で照英は、そうじゃないと言わんばかりに首を横に振ってからさらに言葉を続ける。

「どうしようもない……それは誰が決めたって言うんだい?
 まだ出来ることはあるかもしれないのに、それを探しもしないで諦めちゃうのかい……?」
「だって……」

なおも801の姐さんが否定の意思を並べようとしたその時だった。



照英の鍛えられた二本の腕がスッと801の姐さんの方へ伸びたかと思うと……



そのままガッシと包み込むように照英が801の姐さんを抱きしめた。



「……えっ!? ちょ、ちょっ……」

突然の抱擁にさすがの801の姐さんも狼狽えた。
そんな801の姐さんの頭を、照英が優しく撫でる。
まるで父親が娘にそうするかのように。

「怖いのは分かるよ……でもさ」

そう言って照英は801の姐さんを抱きしめる腕にさらに力を籠めた。

「一緒にいる間は僕がお姉さんを守ってみせる。独りでいるよりも、その方がお姉さんも安心できるでしょう……?」
「そ、その……私は……あの……」

801の姐さんがあたふたと慌てふためく。

(どどどどうしよう! いきなり抱きしめられちゃって……私どうしよう!)

顔が熱っぽくなっていくのを801の姐さんは感じた。
今の自分を鏡で見れば、さぞかし顔が真っ赤になっているのだろうと考え、その思いがさらに自分の顔を紅潮させた。

野暮ったい眼鏡にルーズな服装の801の姐さん。
街中でいわゆるイケメンを見つけたとしても、自分とは別世界の人間だと処理していた。
好意を持つよりも先に、そのイケメンが受けなのか攻めなのかを考えて楽しむ、そんな人間だった。

そんな自分が無防備にも妄想の種に過ぎないはずの男性に抱きしめられて顔を真っ赤にしているという事実。
いつもの妄想で高鳴る思いとは全く別種の感情が、今801の姐さんの中で渦巻こうとしていた。
それがいわゆる吊り橋効果のようなものだとしても、簡単にそうだと処理は出来なかった。

(や、やめてよ……! そんなことされたら……勘違い……しちゃうじゃない……!)

きつく抱きしめられているおかげで、顔を直接見られていないことだけが、801の姐さんにとっての救いだった。



「さ、行こうよ」

照英がハグを解いた。
慌てて801の姐さんがまた顔を背けるが、気にせずに照英は手を差し伸べた。

「どうしてもお姉さんが出来ないんだったら……その分の泥は僕が全部被るよ。
 このまま独りでいるよりは、一緒に来てくれないかな……?
 戦車さんには僕からちゃんと言っておくからさ、ね?」

差し伸べられた手を、801の姐さんは俯きながら握った。
真っ赤になった自分の顔を見られたくなかったから。

(年頃の男の人の手って……初めて握ったかもしれない)

ついさっきまで照英を受けに設定して妄想に耽った801の姐さんからすれば、逆にグイグイと自分の心中に踏み込まれて複雑な思いもあった。
たとえその相手が妻子持ちであろうと、今の801の姐さんには関係が無かった。
男同士の禁断の愛、性別という高い壁など気にせずに妄想し続けた彼女からすれば、相手が既婚かどうかなど些細な問題にすぎない。



闘争と同じく、自らの色恋にも疎かった801の姐さんの中で今、赤い実がはじけた。



気恥ずかしさから顔を上げられない801の姐さんの気持ちを、照英は察することは出来なかった。
ただゆっくりと801の姐さんの手を引いてT-72神の待つ駐車場へと足を進め始めた。

殺し合いの最中だというのに、そして先程行動を共にした仲間が命を落とし始めたばかりだというのに……
801の姐さんからすれば、恐怖に怯える自分を包み込んでくれた男と歩く道のりはたまらなく愛しいものになりつつあった。





 *      *      *





駐車場に戻っても、801の姐さんとT-72神の間にはぎこちない空気が漂っていた。
お互いに分かり合うにはまだまだ時間がかかりそうだな、と照英は思った。

照英は二人を残して足早にスーパーの中へ入ると、すぐに目的のものを見つけて戻ってきた。

「鮮魚売り場の作業所から持ってきました、出刃包丁」

首を落とせるための道具を持ち合わせていなかったがために、探し回ったものがこれだった。

「とりあえず二本持ってきたけど……お姉さんはどうする? 無理なら僕が……」
「……いいよ、やる。やれば……いいんでしょ?」

T-72神の方には顔を向けることなく、それでいてT-72に向けるかのような言葉を801の姐さんは口にした。
そして、俯きながら照英の持つ出刃包丁のうちの一本を手に取った。
向き直った先には変わり果てた姿となったドクオと麦茶ばあちゃんがいた。

ドクオの身体は、その正面がズタズタに切り裂かれていた。
人の手では決して与えることのできないような傷口を前に、801の姐さんは改めて戦慄した。

まだ人としての形を保っていたドクオはよかった。
怪物の巨躯に押し潰された麦茶ばあちゃんの身体は、それが人のものであったかどうかが分からないほどに原型を留めていなかった。
とりわけ、潰されて脳漿が飛び出した頭部は見るも無残な有様であり、801の姐さんは思わず吐き気を覚えた。
そして、これだけ身体がメチャメチャなことになっているにも関わらず、嵌っていた首輪は確かに原型をそのまま留めていた。

(……あれだけの力をもってしても、この首輪を壊すことは出来ない……ということですね)
「戦車さん、今はそういうことは……」

現状を冷静に分析するT-72神を照英がたしなめる。
そんなT-72神の前で、吐き気をこらえるように801の姐さんが口に手を当てていた。

「今更こんなことを言うのもなんですが……ドライバーか何か探してネジから外せばいいんじゃないですか……?
 ネジがあるのかどうかすら、まだ確かめてはいませんけれども……」
(いや、やめた方がいいでしょう)

そんな照英の提案をT-72神は一顧だにしなかった。
(対象者が命を落としたとはいえ、首輪を爆破するための……恐らくは爆薬がそのままあるはずです。
 下手に首輪を弄って起爆させては、こちらの身が危ういだけ……ならば首を落として首輪をそのままてにしなければなりません)
「それなら……せめてどちらか片方だけというわけには……」
(首輪の解析に失敗して首輪が失われるかもしれない……保険は用意するに越したことはありません。
 戦場を知らぬ人の子には酷な事ではありますが……二人とも首を落とすのです)

改めて現実を突きつけられ、照英はため息をつかざるを得なかった。
そして、もう一つ大きく息を吐くと、覚悟を決めたようによし、と一声あげた。

「大丈夫かい? どうしても無理そうなら二人とも僕が……」
「ううん……いいの、私にもやらせて」

力なく首を振って801の姐さんが照英の提案を拒絶した。



損傷の激しい麦茶ばあちゃんの死体はさすがに801の姐さんの手に余る、照英はそう判断し、ドクオの方を801の姐さんに任せた。
801の姐さんが見下ろすドクオの顔には倦怠感が満ちていた。
苦痛に満ちた死に顔というわけではない、ただただ生きることを諦めざるを得なかったという諦観に満ちた表情だ。

しばらくの逡巡の後、801の姐さんは震える手でドクオの首元に包丁を入れた。
ズブリ、という不快な感触が包丁越しに801の姐さんの手へと伝わる。

包丁が刺さっても痛いとも言わない、泣きわめくこともない、ただの肉塊と化した同行者。
悲しさと悔しさと申し訳なさと……色々な感情が801の姐さんの中で渦巻く。
感情の奔流は涙という形となって、外に発露した。

「ゴメンね……ドク君、ゴメンね……」

涙ながらに謝罪の言葉を並べ、801の姐さんはゆっくりと包丁を動かした。



「……終わりました」

照英の手には二つの首輪が握られていた。
一つはドクオの、もう一つは麦茶ばあちゃんに嵌められていたものだ。

(ありがとうございます……出来ればこれを調べられるようなところに行きたいものですね)

T-72神も当初の成果を収められたことから、少しばかり口調も柔らかいものへと変わった。
801の姐さんは、まだ二人の亡骸の傍で涙に暮れていた。

(二人の荷物も忘れずに持っていきましょう。
 特に、ドクオのPDAは重要です……危険人物に会うことをこれからは未然に回避できるのですから)
「……分かってます」

そう言って照英はドクオと麦茶ばあちゃんのデイパックを拾い上げる。
そして、ドクオのデイパックの中からPDAを取り出し、問題なく操作できることを確かめた。
次に801の姐さんのところへ歩み寄って、優しくその肩を抱き寄せた。

「……そろそろお別れ、しないとね」

801の姐さんは黙って頷いた。





 *      *      *





植栽を引っこ抜き、共に小さな体だったとはいえ人が埋められるほどの穴を二つ掘る。
そんな力仕事は結局ほとんど照英がやる羽目になった。
だが、それを照英は不服には思わなかった。

戦場しか知らないT-72神と、戦争をしらない801の姐さん。
照英自身も戦争は知らないわけだが、この場にいるただ一人の人間の男として自分がなんとかしなければ。
照英はそんな使命感に駆られて身体を動かしていた。

自分も手伝う、という801の姐さんの申し出を、もう少し落ち着いてから、とやんわり断った。
T-72神と二人っきりにするのが少しばかり不安ではあったが、今はそんな贅沢など言っていられないと照英は考えた。

いつしか額に大きな汗を浮かべ、上着を脱ぎ捨てて照英は作業に勤しんだ。
それは使命感に駆られたのと同時に、二人の死の悲しみを振り払うという意味合いも込められていたのかもしれない。



かくして、スーパーの駐車場の片隅に二つの墓が築かれ、冒頭のシーンへと至る。
しばし手を合わせ、ドクオと麦茶ばあちゃんに別れを告げるその時に、ついに照英の瞳から涙が零れ落ちた。
T-72神と801の姐さんの間を取り持つために強くあろうとする男が、唯一見せた弱さがそこにはあった。



戦場しか知らない戦車。
戦争など知らない腐女子。

決して噛みあうことの無い二つのピースを埋めるのは、戦争は知らずともそれを理解しようと努める男。
願わくば、男の流した涙が二つのピースとの間の潤滑油にならんことを。



【B-2・スーパー駐車場/1日目・早朝】
【801の姐さん@801】
[状態]:健康、深い悲しみ
[装備]:グロック17(16/17)
[道具]:基本支給品×2、PDA(忍法帖【Lv=00】)、ドクオのPDA(参加者位置探知機能搭載)、出刃包丁@現実
     アイスピック@現実、うまい棒@現実、不明支給品×2(801の姐さん視点で役に立ちそうに無い物)
[思考・状況]
基本:生き残って同人誌を描く
1:二人を弔った今、どうしようか
2:照英さん……この気持ちは一体なんだろう? まさか恋?


【照英@ニュー速VIP】
[状態]:健康、使命感、悲しみ
[装備]:金属バット@現実
[道具]:基本支給品×2、PDA(忍法帖【Lv=00】)、首輪×2、麻雀牌@現実、出刃包丁@現実
     冷蔵庫とスク水@ニュー速VIP、サーフボード@寺生まれのTさん、不明支給品0~1
[思考・状況]
基本:殺し合う気は無い。皆で生きて帰る
1:801の姐さんとT-72神を仲直りさせないと……
2:いざ闘うとなると、やっていける自信がない……けど、やるしかない


【T-72神@軍事】
[状態]:装甲の一部にヘコミ、燃料満タン、カリスマ全開、悲しみ
[装備]:125ミリ2A46M滑空砲(0/45)、12.7ミリNSVT重機関銃(0/50)
[道具]:基本支給品、PDA(忍法帖【Lv=00】)、煙幕弾@現実×3、親のダイヤの結婚指輪のネックレス@ネトゲ実況
[思考・状況]
基本:人民の敵たるひろゆきを粛清し、殺し合いを粉砕する
1:手に入れた首輪を解析しましょう
2:私は、保護対象を守れなかった……
3:弾が欲しい……
※制限により、主砲の威力と装甲の防御力が通常のT-72と同レベルにまで下がっています。
※制限により、砲弾及び銃弾は没収されました。

※ドクオのデイパックは801の姐さんが、麦茶ばあちゃんのデイパックは照英がそれぞれ回収しました
※スーパーの鮮魚コーナー作業所から出刃包丁を2本回収しました 801の姐さんと照英が1本ずつ持っています
※801の姐さんの恋心は現時点では一方的なものです


No.71:知らない方が幸せだった 時系列順 No.73:キバヤシで学ぶバトルロワイヤルの忍法帖システム
No.71:知らない方が幸せだった 投下順 No.73:キバヤシで学ぶバトルロワイヤルの忍法帖システム
No.50:心の闇 801の姐さん No.100:究極の味、究極の代償
No.50:心の闇 照英
No.50:心の闇 T-72神

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