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涙の中にかすかな灯りがともったら  ◆shCEdpbZWw




嗚咽が、噛み殺したような鳴き声が、うらぶれた雑居ビルの間に響き渡った。
吹き抜けるそよ風は、錆びついた鉄の匂いを帯びており、空虚な雰囲気に拍車をかける。
そんな錆びついた非常階段には三つの人影が並んでいた。
二人の女に見下ろされるような格好で、二頭身の黒服男――クラウドさんがむせび泣いている。

「……くっ……うぅっ……」

涙はこぼすまいと努めるも、そんな理性を上回るほどにクラウドさんの心中は無念さに支配されていた。
それをオロオロと見つめるばかりの日本鬼子に、少しばかりの苛立ち交じりに見つめるのは鬼女だ。

三人が出会ってものの数十分。
その間に転機となるべき定時カキコが行われた。
進入禁止となるエリアの発表に加え、行われたのがここ六時間での死者の発表だった。

既にその目の前でMSKKの死を見届けたクラウドさんが、最もその生命を案じていた男。
レベル男の名を、居並ぶ死者の中に見つけたその瞬間、クラウドさんは膝からガクッと崩れ落ちた。
そのまま鉄サビなど意に介することもなく突っ伏して、声を殺して泣き続けた。

ほんの僅かの間とはいえ、生死を共にした男の死。
それはクラウドさんに言いようのない悲しみと、自信に対する慙愧の念を同時にぶつけてきた。
「例え悪い結果だとしても気を落とさないこと」、これは先刻鬼女が発した言葉だ。
それはクラウドさんとて重々承知はしている……しているが、事実として自分が護れなかったことはそんな言葉も吹き飛ばしてしまった。



「あ、あの……クラウ……」

見るに見かねた鬼子が言葉を絞り出そうとしたその時だった。

「いつまでクヨクヨしてんのよっ!!」

怒号を叩きつけながら、鬼女が首根っこを掴むようにしてクラウドさんを引き起こす。
クラウドさんのその小さな体に合わせるように、片膝を突いて鬼女が真っ直ぐクラウドさんを見据えた。
対するクラウドさんは、涙を浮かべながらも決してその視線を外そうとはしなかった。

「私言ったわよね!? 殺されちゃった時はもうどうしようもないって!
 卑屈になるのは間違いだって!! 悪いのは全部……全部殺した人なんだって!!!」

一つ言葉を並べるごとに、鬼女はその語調を強めていく。
決してそれはクラウドさんにだけ叩きつけられたものではない。
この忌むべき殺し合いに乗った連中に向けてぶつけられたようなものだった。
それは目の前のクラウドさんも、そして傍らの鬼子も分かっていた……だからこそ、二人とも言葉を挟むことは出来なかった。

「アンタは……アンタはどうせこう思ってるんでしょ……!
 『ボクが護れなかったから、あの人は殺されちゃったんだ』、って……!」

クラウドさんがコクリと小さく頷く。
事実、鬼女の言葉は図星であったからだ。

「正義の味方気取ってるけど、所詮一人だけの力でやれることなんて限られてるのよ!
 アンタがどれだけ力を持っていたとしても、一人だけで全員を護れるだなんてのは思い上がりもいいとこよ!」
「そんなの……そんなの分かってるよ!」

ついにクラウドさんもせき止めていた感情を爆発させるかのように口を開いた。

「だけど、自分の力で出来るだけのことをやろうと思うことの何が悪いっていうの!?
 ボクは、ボクの力で出来るだけの人を護りたかった……それが出来なかった自分を責めることぐらい……」
「それが現実だって言うのよ!」
「現実……?」

鬼女も一歩も引かない。
ここでクラウドさんの精神が崩壊するようでは、戦闘能力に乏しい自分たちの危機をも意味するからだ。

(冗談じゃないわよ……! 荒療治かもしれないけど、この子にはシャンとしてもらわないと困るのよ……!)

もし、自分の言葉に打ちのめされてしまうようならば、それまでの人間だった……鬼女はそう割り切ろうとしていた。

「そう、アンタ一人じゃ、全員を護りきれっこない……それが現実よ……
 そして、それをアンタは受け入れなきゃいけないのよ!」
「だからって……! それを認めちゃったら、ボクがボクである存在意義が……!」
「人の話は最後まで聞きなさいよ!!」

クラウドさんの言葉を遮って、鬼女がもう一度ジッと見つめた。
まるで吸い込まれそうな瞳に、思わずクラウドさんも言葉を詰まらせた。

「どうして一人でなんでもかんでも抱え込もうとするのよ! そんなに私や鬼子ちゃんが信用できないの!?」
「だ、だって……」
「そりゃ、私たちはアンタみたいにあの猫妖怪を正面から撃退できるだけの力は無いわよ……
 でも、それが出来るアンタだって、結局殺しまくってるクズたちの前じゃ私たちと五十歩百歩よ!
 何も出来ていないってことにかけては、アンタと私たちに大した違いは無いわよ!」
「そんな……」

自分のアイデンティティを真っ向から否定されたクラウドさんは、もう心が折れそうになっていた。
ただでさえ痛感していた自分の無力さを、ここまで容赦なく突きつけられることなど、今までに経験していなかったのだ。
レベル男を喪った悔しさから流した涙と、別の種類の涙がうっすらとその瞳に浮かび始めた。

「……だからさ」

それを押し留めたのは、先ほどまで忌憚ない言葉を浴びせていた鬼女だった。

「一人じゃどうにもならないんだったら……みんなでなんとかするしかないでしょ!?」
「みんな……で?」
「そうよ……"みんなで"、よ」

自分が皆を護るという意識の強いクラウドさんからすれば、皆で手を取り合って立ち向かうという発想はすっぽりと抜け落ちていた。
浮かびかけた涙もすぅっと引いて、キョトンとした目で鬼女を見据えた。

一方で、鬼女からすればそれこそが当然の思考であった。
所詮は一介の市民に過ぎない鬼女は、それ単体の力だけを見れば大したことは無い。
だが、時として皆を戦慄させる"鬼女ネットワーク"を駆使し、彼女たちなりに巨悪へと日々立ち向かっているのだ。
時にそれが行き過ぎになるきらいこそあるものの、一人一人ではとても出来ないことを皆で手を取り合えば出来ることを鬼女は誰よりも知っている。

「……いい? 誰かに頼るなんてことは別に恥ずかしいことじゃないのよ?
 人には誰にだって得手不得手ってものがあるんだから……自分一人でなんでも出来るなんてのはただの思い上がりよ」
「思い上がり……か」
「誰かを支えて、そして誰かに支えられて生きている……それが社会の理ってもんなのよ。
 猫野郎みたいな殺し合いに乗ったクズはそんな簡単な事さえ忘れちゃってる奴なの。
 そんなクズに鉄槌を下すならね……そんな社会の道理ってもんを叩きつけてやりゃいいのよ!」

クラウドさんにとって、このバトルロワイアルは今までの自分というものを粉々に粉砕するだけのイベントだった。
自分は誰かを護れるほどじゃないという現実を突き付けられ、それに思い悩んだりもした。
だが、ここにきて新たな考えを示してくれるようなそんな人物との邂逅を果たすことが出来た。
それは、今までなら単に護る対象でしかなかったような、そんな人物。

「ボクにも……出来るのかな?」
「アンタ一人じゃ無理よ……だからこう考えなさい」

そこまで言った鬼女が、初めてその口元にうっすらと微笑を浮かべた。

「"みんなで"やれば、何でも出来るって」

すると、鬼女の勢いに乗せられたかのように、今度はこれまで沈黙を守っていた鬼子が一歩前に進み出た。

「クラウドさん……もう忘れちゃったかもしれませんがもう一度言わせてくださいね」

そして自分の手をそっとクラウドさんの手と重ねた。

「私も協力出来ることがあれば協力します……だから、一緒に頑張りましょう……ね?」

そう言って重ねた手をギュッと握りしめた。
クラウドさんは思わず赤面すると同時に、コクリと頷くことしか出来なかった。
そんな二人の様子を見て、やれやれと言わんばかりに鬼女は小さくため息をついた。

「ありがとね、鬼子ちゃん……途中で止められたらどうしよう、って思ってたわよ」
「私も鬼女さんの文字通り鬼気迫る態度にはビックリしちゃいましたけど……」

すると、鬼子は鬼女に顔を向けて柔和な笑顔を見せた。

「別に鬼女さんはクラウドさんのことをただ単に責めてたわけじゃないってことは……なんとなく分かりましたから」
「……へぇ」

思わず鬼女が感心したような表情を見せる。

「鬼女さんと会ってからまだそんなに経ってませんけど……そんなことする人じゃないってことはなんとなく分かります。
 人の心に棲む鬼と対峙してきた私には、それがなんとなく分かるんです」
「さっきは、鬼気迫るって言ってたじゃない」
「人は時に、心を鬼にしてでも事を為さねばなりませんから……それが今だった、というだけのことですよ」
「鬼子ちゃんには敵わないや」

そう言って二人は思わず笑い合った。
つられるようにして、クラウドさんもまた涙の跡の残る顔にうっすらと笑顔を浮かべたのだった。
未だに涙で滲むその瞳に、新しい光が微かに灯った、そんな瞬間だった。





 *      *      *





「……それにしても本当にふざけてるわね」

PDAを手に鬼女が吐き捨てた。
画面には定時カキコの情報が映し出されている。
この六時間で脱落……即ち命を落とした参加者十五人の名前が煌々と映し出されている。
だが、その名前のどれもが凡そ人の名前とは思えないものばかりだったのだから。

「ゆうすけ、ってのはまだギリギリ分かるわよ……でも他の連中はどれもこれもそうとは思えないじゃない」
「……ということは、鬼女さんみたいに自分の名前を忘れさせられてるということですか?」
「その可能性はあるわね……」

そこまで思考を巡らせ、鬼女はチラリとクラウドさんへと視線を向けた。
クラウドさんは鬼子に抱きかかえられるようにして、鬼女のPDAを覗き込んでいた。
時々鬼子が顔をほころばせながら「……もふもふ」と呟いては、それを「やめなよ」と窘める様子が見られた。
段々鬼女としても止めるのが面倒になって来たので、もうそれをそのままにしてある。

だが、よくよく考えてみれば、二足歩行とはいえこんな大きさで動き回って人間と意思疎通をする動物を鬼女は見たことがない。
それはクラウドさんだけじゃなく、鬼子に関してもそうであったのだがひとまずそのことは思考の片隅に留めておくことにした。
鬼女がここまで出会ってきたのは鬼子にモララーというクズ猫(名前はPDAで把握した)、そしてこのクラウドさんの三人。
その全員が自分のような人間――ホモ・サピエンスとはまるで姿形の異なる生き物なのだ。

しかし、鬼女は見ている。
あのひろゆきがこのバトル・ロワイヤルの開幕を高らかに告げた会場には自分以外にももっと多くの人間がいたはずだと。
そんな人間と、未知なる生物をごった煮にして殺し合わせるのはどういうことだろう……鬼女はそう考えていた。

「……ねぇ」
「何?」

たまらず鬼女はクラウドさんに問いかけた。

「さっきあなたが言ってたモノウルッテレ……なんだっけ、まぁいいわ。
 それってここに載ってるレベル男、って人の事でいいのかしら?」
「多分……そうだと思うよ」

レベル男はMSKKと同じようにモララーの手にかかっていたことが読み取れた。
あの時自分が相手を無力化しておけば、とクラウドさんはまた自分を責めそうになるのをグッとこらえた。

「その人は……その人間だったの? 私みたいな」
「……え? そうだったけど」
「じゃあ、最初に殺されちゃった、っていうMSKKって人は……」
「う~ん……身長はお姉さんの半分くらいかな。お饅頭に胴体と手足が付いて歩いてるようなそんな感じの人だったよ」
「何よそれ……」

思わず鬼女は呆れ顔に変わる。
目の前の鬼子が「お饅頭……」と目を輝かせるその暢気さもまた呆れを加速させた。
何はともあれ、この殺し合いに招かれた者たちの姿形はまるで統一感のないものであることを鬼女は痛感したのだった。

「……なんにせよ、あのクズ猫みたいなのが他にもいるわけだからね……
 たとえ相手が人間に見えなくたって、注意するに越したことは無いわね」
「そうですね、どうやらクラウドさんのおっしゃってたお二人以外にも、あのモララーという猫は別に一人手にかけたようですし」

クラウドさんを弄る手を止めずに、それでいて真剣な表情で鬼子も鬼女に続いて発言した。
定時カキコではここまでの殺害者も公開されていた。
十五人の命を奪った参加者の数はしめて八人。
鬼女たちからすれば、それは当面注意しなければならない者たちの名前でもある。

「でも、裏を返せばこの八人さえなんとかしちゃえば当分は安心かしらね」
「……そうだといいんだけどなぁ」
「どういうことよ」

思わずポツリと呟くクラウドさんの言葉に鬼女がすかさず反応する。

「だって、あの猫みたいに自分から仕掛けてくるようなのばかりとは限らないじゃない。
 もしかしたら、ある程度人数が減るまでは力を温存するために殺し合いに反対するフリをしている人だって……」
「待ちなさいよ、もしかして私たちがそうなんじゃないか、って言いたいの?」
「いや、二人がそういう人じゃないだろう、ってのは分かるけど……」
「……でも」

鬼女が噛みつくところを割って入ったのは鬼子の言葉だった。

「クラウドさんの言うことも分かるんです……
 心に巣食う鬼を巧みに言葉や態度で包み隠しながら、その牙を研いでいるような人がこの世には確かにいるのです。
 ましてや、今は状況が状況です……そんな人がいるかもしれないと心に留めておくだけでも危険はかなり回避できるのではないでしょうか」
「鬼子ちゃんの言うことも一理あるんだろうけどさ……そんなの注意しようがないじゃない」
「そのあたりは私にお任せくだされば」
「……鬼子ちゃんなら、そんな奴を見破れるってこと?」
「……たぶん」

縋るにはずいぶんとか細すぎる蜘蛛の糸を前にし、鬼女は再びため息をつく。
それでも、ここでいつまでも立ち止まっているわけにはいかなかった。
立ち上がって、尻のあたりを軽く叩きながら、二人を鼓舞するように鬼女は言う。

「……とにかく私たちがあの猫野郎のようなクズに立ち向かうにはもっと仲間が必要よ。
 きっと三人でもまだ手に余ると思うもの」
「では、誰と接触するかは私にお任せできますか?」
「そうね……そこまで言うなら鬼子ちゃんに任せてもいいかもね。
 そこから相手の本音を探るのは私の役目かしら」

クラウドさんとの接触を決めたのも(半ば可愛さに目が眩んだとはいえ)鬼子の意思によるものが大きかったということもある。
それ故に、結局は鬼女も鬼子の進言を容れることとなった。
その相手の真意を見極めるのは、物怖じせずに言葉をやり取りできる鬼女自身が手を挙げた。

「それじゃあ、ボクは何か危ないことがあったら真っ先に立ち向かう役目、かな?」
「……でも、捨て石になろうだなんて考えないでちょうだいよ?
 死んじゃったらどうにもならないの、最悪の場合は逃げの一手を選んだって誰も責めやしないわよ」
「……分かってるよ」

そして、結局護衛役には一番腕の立つクラウドさんがなし崩し的に収まることとなった。
護ることに強いこだわりを持つクラウドさんに、鬼女は一抹の不安を感じてはいた。
だが、それ以外の役目をこれといって思いつかなかったばかりに、これも受け容れざるを得なかった。


「とにかく、モララー以外の七人のクズの情報を集めるためにも、人を選んでどんどん接触しないとね」
「そうですね……きっと私たち以外にも同じように集団で行動を共にする人もいるはずです」
「そんな人たちに会えたらいいのかな」

思い思いの考えを口にしながら、三人が短くも濃密な時間を過ごした雑居ビルを出たその時だった。





――見るも無残な左手をした、直垂に袴姿、烏帽子を被った男が倒れているのを見つけたのは。





 *      *      *





ズルズルと、足を引きずるようにして一条三位は夜明けの街中を彷徨い歩いていた。
彼からすれば、見るもの全てが新鮮なこの街を楽しみながらも、ただ無為にふらついているわけではなかった。

「……ひとまずはあの高い塔のようなものを目指すとするかの」

視線の先にあったのは、周囲のビル群より一際存在感を放っていた建物――近鉄百貨店であった。
彼の住まう都では決して存在し得なかったほどの高さで聳え立つ建物に、一条三位はとりわけ心魅かれていた。

「あれだけ大きい建物ならば……籠城できる場所などごまんとあるはずでおじゃる」

実際、その内部は幾度かの抗争により滅茶苦茶になっていることを、一条三位が知る由もない。
ただただ、まるで火に吸い寄せられる夏の虫の如く、一心不乱に一条三位は近鉄百貨店を目指した。

……だが、レベル男とモッピーとの戦いで一条三位が受けたダメージは甚大なものであった。
とりわけ、イオナズンによるダメージは急所こそ外れていたとはいえ、本来ならば行動不能に陥ってもおかしくないものだ。
それでも、勝利への意志……即ち生還しzipの桃源郷を創るという強い意志と、見ず知らずの街並みに対する強い憧憬。
その強い精神力で今の一条三位はどうにか体を動かすことが出来るという状態だった。
必然的にその歩みはのっそりとした重苦しいものへとなっていく。

愛用の日本刀を杖代わりにしてゆっくり、ゆっくりとその歩を一条三位は進める。
ゲームキューブを切りつけ、モッピーを突き刺した日本刀は確実にその切れ味を失っていた。
さらに、イオナズンの爆破の衝撃で、左腰に挿していた鞘はその用を成さぬほどにボロボロになってしまっていた。
その結果、抜身の刀を知らずとはいえアスファルトに突き立てながら歩くものだから、刃こぼれはさらに加速する。
目指す近鉄百貨店が徐々にその姿を大きくする頃にはすっかり日本刀はなまくらと化してしまった。
しかし、一条三位はそのことに気付かない。

気付かない、といえばもう一つ。
一条三位は時刻が六時を過ぎたにもかかわらず、未だに定時カキコを見ていなかった。
zip蒐集を生業とする彼がPDAの扱いを知らぬというわけはない。
ただ単純に、時間も忘れて近鉄百貨店を目指していたばかりに、大事な情報が流れているのにも気づいていなかった。
これが、後からでも見返すことのできる"定時カキコ"というスタイルであることが一条三位にとっては幸いしてはいる。
が、自らの所業が晒されているということには、今の一条三位は完全に無自覚であった。

「ま、まだでおじゃるか……?」

当の一条三位は、いつまで足を動かしても近鉄百貨店に辿りつけないことに苛立ちを感じつつあった。
確かに見る景色に心を奪われたりすることはあったものの、寄り道の出来るような身体ではない。
一直線に近鉄百貨店を目指していたはずだが、一向に目的地に近づいているような感覚が無かった。
それはつまり、本人の想像を超えて体力が失われていることの証左でもあるのだが。

「まったく……麿が何故に歩かねばならぬでおじゃるか……
 普段ならば従者に牛車でも引かせて雅に動くところで……」

少しずつ愚痴も漏れ始めたその時だった。



「……でクヨクヨしてんのよっ!!」
「!?」

ビル街に響き渡る女の怒声に、思わず一条三位は辺りを見回した。
声の発信源は遠くない……むしろすぐ近くであるように思えた。

「……むふふ、場も弁えずに大声を張り上げる間抜けがおるようじゃな……
 ちょうどよい、この刀の錆にしてくれようか……それとも先程手にしたあの南蛮風の槍で……」

屍を築き続けることが、zipの桃源郷を創る最短ルートと信じて疑わない一条三位は、思わぬ獲物の出現に顔を醜く歪ませた。
ひとまずは声のする方へそろり、そろりと忍び寄ろうとして……



そこで体力の限界が訪れた。



裏路地にその体を滑り込ませたその時に、何でもない段差に一条三位が躓く。

「うおっ!?」

膝から崩れ落ちるように地面を舐めた一条三位は、すぐさま体を起こそうとする。
……が、身体に力が入らない。

「ど……どういうことで……おじゃるか……?」

左手の一部を吹き飛ばされただけではない。
イオナズンの爆発による衝撃は身体全体にもダメージを与えていた。
そんな身体で、アスファルトを歩くにはお世辞にも適したとは言えない靴で数時間も歩き続けたのだ。
最早、精神力で肉体をカバーするには足りないほどに、一条三位は消耗しきってしまっていた。

「こ……こんなところで……!」

最後の気力を振り絞って数m這いずるが、それが精一杯だった。
目標とする雑居ビルを目の前にしたところで……一度一条三位はその意識を手放したのだった。





 *      *      *





「ちょ、ちょっとどういうこと!?」
「だ、大丈夫ですか!?」

変わり果てた姿で倒れる男を目の前にし、思わず鬼女と鬼子が驚きの声を上げる。
鬼子に至ってはすぐさま駆け寄って助け起こそうとしたその時だった。

「……ちょっと待って!」

二人に出会ってから、一番大きな声を張り上げて制したのはクラウドさんだった。
地に伏せる一条三位に駆け寄っていた鬼子もピタリとその足を止めて振り返った。
勿論、鬼女も同様に傍らのクラウドさんを見下ろすような格好で視線を向ける。

「待って、って一体なんのつもりよ……」
「そうですよ、早く手当をすればまだなんとかなるかも……」

鬼子が焦りの色を濃くする。
先刻、この雑居ビルに入る時にこの男は倒れていなかった。
とすれば、ここ数十分の間にこの男はここに現れてそして倒れたのだということは容易に推測できた。
つまり、今ならまだ手を尽くせば助かるかもしれない、そう鬼子は考えていた。

「よく見てよ……その人が持ってる刀」

クラウドさんが指さす先には、一条三位が杖代わりに握っていた日本刀があった。
すっかりモッピーの血は乾いており、まるで赤錆のように刀身にまとわりついている。
それを見て鬼女は思わず目を丸くし、鬼子は小さくひっ、と悲鳴を上げた。

「な、なによ……じゃあこいつも人殺しのクズってこと……?」
「分からないよ……?
 モララーって猫妖怪みたいな人と会って、交戦せざるを得なくなったけど大ダメージを追って逃げてきたのかもしれないし」
「で、ですがこのまま放っておくわけには……」

思わずオロオロとする鬼子に対し、鬼女は意を決したかのようによし、と呟く。

「それじゃあ、そいつのPDAを見させてもらいましょ。
 確か、本人の名前が出るはずよね……それでそいつの名前があの八人の中にあればクロ、ってことじゃない」
「それはそうですが……もしクロだとしたらその時はどうするんですか……?」
「決まってるじゃない、その時は……」

鬼女が口を開こうとしたその時だった。



『ひろゆき討伐PT募集Lv70以上@5まず後衛優先、とるあえず近鉄百貨店集合、詳細きぼうhさ、参加希望者はテルしてくあさい』



「「「!?」」」

突如として響き渡る男の声に、三人は思わず辺りをキョロキョロと見回す。
気絶した一条三位はそれでもなお、目を覚ます気配さえなかった。

「ちょ、ちょっと何!?」
「ぼ、ボクに聞かれても……」
「な、何か拡声器のようなものでも使っているんでしょうか?」

三人の狼狽えなど知る由もなく、声の主はさらに三度同じ言葉を発した。
合計で四度その声を聞けば、さすがに発信源はある程度特定することが出来た。
雑居ビルからほど近いところに聳え立つ近鉄百貨店……その屋上だ。

「な、何を言ってんだか半分くらいよく分からなかったけど……」

屋上の声の主の独特の言語センスに加え、やれレベルだの後衛だのという言葉を並べられては鬼女には成す術もない。
それはまた鬼子も同じ事であった。

「と、とりあえず『ひろゆき討伐』とか言ってたよね……?」
「はい……ということはこの人は味方、でしょうか?」

クラウドさんと鬼子が顔を見合わせながら呟くが、鬼女はそれを一蹴した。

「バッカじゃない!? あんなの罠に決まってるじゃない、罠よ!」
「わ、罠……ですか?」
「そうよ! あんなことしたら確かに人は集まってくるかもしれないわよ……
 でも、それで集まってくるのは私たちみたいにひろゆきを何とかしようって人たちだけとは限らないのよ!?
 モララーみたいなハイエナが獲物が集まってくるところを狙ってくるかもしれないのよ!?」
「それは分かりますが……」

思わず表情を曇らせる鬼子などお構いなしに、鬼女はさらに言葉を並べる。
わざわざ裏路地を選んでまで慎重な仲間を集めようとしただけあって、鬼女は警戒心を緩めない。

「仮にアレが言ってるひろゆき討伐が本当の事だとしてもよ……?
 私はそんな後先考えられないバカと行動するなんて真っ平御免よ!」
「う~ん……何だかあの声の人に、ボクと似たような匂いを感じるんだけどなぁ……」
「だとしたらなおのことよ……」

クラウドさんの嗅覚までも一顧だにせずに、鬼女はいそいそと荷物をまとめ始めた。

「ホラ、二人とも急いで! さっさとこんな危ないとこ離れるわよ!」
「え……それじゃああの人はどうなっちゃうの?」
「だから言ってるでしょ! なんでもかんでも護れる、ってわけじゃないのよ!
 自分でバカやってる奴なんて自己責任よ! そんな奴護るくらいなら、もっと別のまともな人護るのに力使いなさい!!」
「あ、あの鬼女さん……」
「何よっ!?」

焦りからついつい鬼女は語気を荒げてしまう。

「この人はどうしましょうか……」

鬼子の指さす先には、倒れたまま目覚める様子のない男がいて、思わず鬼女も言葉を詰まらせた。
そもそも、まだ生きているかどうかさえ確認出来ていないその男は、殺人の禁忌を犯したかもしれないわけで、鬼女にとってはお荷物でしかない。
だが、目の前で倒れている男をそのまま捨ておくことは流石の鬼女とて出来なかった。
もし何かあったとしても、相手は傷だらけだし、こちらには腕の立つクラウドさんがいるということも鬼女の判断を変えさせた。

「……仕方ないわね、そいつは私とクラウドさんが交代で担いでいくわよ。
 鬼子ちゃんは、そいつの荷物を持ってて。もしコイツが人殺しのクズだとしても、こんなボロボロで武器も奪われたら何も出来ないでしょ」
「分かりました」
「あなたも、それでいいわね?」
「分かったよ」

まず鬼子が、続いてクラウドさんが小さく頷く。

そこからの行動は迅速だった。
鬼子が、一条三位の傍らに転がったデイパックを拾い上げ、周りに零れた基本支給品をかき集めた。
鬼女とクラウドさんは倒れた一条三位がまだ生きていることを確認すると、二人で協力して鬼女の背中へと担ぎ上げた。

「準備はいいわね? 一刻も早くここから離れるわよ。
 もし途中でこっちに向かってくるような善良な参加者がいれば、なんとかして止めるんだからね」
「うん」
「分かりました」

互いに頷きあって、三人は傷だらけの男を抱えて足早に雑居ビルを後にした。
その男の正体が白日の下に晒された時、果たして三人はどういった道を選ぶのだろうか。



【B-4・雑居ビル周辺/1日目・朝】

【鬼女@既婚女性】
[状態]:健康、疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、PDA(忍法帖【Lv=00】)、ランダム支給品0~2、閃光手榴弾@現実×3
[思考・状況]
基本:殺し合いを打破する
1:鬼子とクラウドさんを信頼、協力する。
2:クラウドさんのやたら責任を抱え込む性格をなんとかしたい
3:殺し合い打倒派の協力者を集める(バカは願い下げ)
4:殺し合いに乗ったクズに会ったらその時は……
5:屋上の男から一刻も早く離れる
※自分の本名がわからないため、仮名として『鬼女(おにめ)』と名乗ることにしました


【日本鬼子@創作発表】
[状態]:健康、疲労(中)
[装備]:グラットンソード@FF11
[道具]:基本支給品一式、PDA(忍法帖【Lv=00】)、ミキプルーンの苗木@ミキプルーンコピペ、一条三位のデイパック
[思考・状況]
基本:殺し合いを打破する
1:鬼女さん、クラウドさんと協力する
2:クラウドさん可愛い
3:倒れていた男(一条三位)が心配


【クラウドさん@ゲームハード】
[状態]:健康、疲労(小)、悲しみ
[装備]:バールのような物@現実
[道具]:基本支給品一式、PDA(忍法帖【Lv=00】)、エルメスのティーカップ@電車男、大盛りねぎだくギョク@吉野家コピペ
[思考・状況]
基本:みんなと協力して、殺し合いから脱出する
1:鬼女と鬼子と行動。助け合いながら二人を護る
2:誰にも死んで欲しくない
3:モララーと男(一条三位)を警戒
4:屋上の男が気になる


【一条三位@AA】
[状態]:気絶、全身にダメージ(大)、左腕機能停止、ススだらけ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:優勝して、全てのzipが手に入る桃源郷を創る
1:ある程度回復するまでどこかに身を隠す
2:見た事のないこの町に興味
3:やっぱりzipが欲しい
【備考】
※イオナズンを習得しました


※一条三位の持ち物(日本刀@現実、基本支給品一式、PDA(忍法帖【Lv=01】)、グングニル@FLASH「グングニル」、きゅうり×10@なんJ、イオナズンの巻物@FLASH「イオナズン」 、ライター@現実、不明支給品×0~2)は日本鬼子が回収しました。
 中身の分配に関しては次の書き手の方にお任せします。
※一条三位がモッピーとレベル男のPDAを回収したかどうかも次の書き手の方にお任せします。
※一条三位の持っていた日本刀@現実は鞘がイオナズンで破壊され、刀身もボロボロのなまくらになりました。

※鬼女、日本鬼子、クラウドさんはブロントさんの呼びかけを聞きました。
※一条三位はまだ定時カキコを見ていません。


No.78:存在があまりに大き過ぎた 時系列順 No.80:絶望ダディ/壊れた救世主
No.78:存在があまりに大き過ぎた 投下順 No.80:絶望ダディ/壊れた救世主
No.38:Bump of Belgianeso 一条三位 No.:[[]]
No.63:良識を持って行動してきた結果www クラウドさん No.:[[]]
No.63:良識を持って行動してきた結果www 日本鬼子 No.:[[]]
No.63:良識を持って行動してきた結果www 鬼女 No.:[[]]