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神々の戦い

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神々の戦い  ◆shCEdpbZWw




ゴトン、と音がして牛乳瓶が滑り落ちてきた。
しゃがみ込んで取り出し口に手を伸ばし、慣れた手つきで蓋を取る。
そして、腰に左手を当てると、右手で瓶を握りしめて中身を一気に喉へと流し込んだ。
ごく、ごく、と数回喉が鳴る。

「……ぷはぁっ! やっぱり銭湯には牛乳に限りますねぇっ!」

朝から陽気に髪の子ファヌソが呟く。
今の今まで朝風呂を満喫していた彼が、火照った体を冷やすかのように牛乳を一気飲みする。
うっすらと白くなった口角を左手で拭うと、チラリと脱衣所にかかる大時計に目を遣った。
長針が間もなく天辺へと達し、短針は文字盤の「6」を指そうとしていた。

「ふむ……そろそろ時間のようですね。
 哀れな仔羊の命など私には興味などありませんが、情報として把握しておくに越したことはないでしょう」

万全の状態であれば、自分以外全員の命を小一時間もあれば奪うことなど容易い……それだけファヌソは自分の力に自信があった。
首に巻かれた忌々しい枷と、それが原因と見られる力の不調を除けば、自分を縛るものは何もない……ファヌソはそう考えている。
高みの見物としゃれ込み、時に場をかき回ししつつも最後はひろゆきも含めて神の力を見せつける、その方針に揺らぎはない。
それでも、本来ならば一顧だにしない他の参加者の生死の情報をファヌソが得ようとしたのには訳があった。

「十五人、ですか……決して悪くないペースでしょうかね。
 そして、殺しに乗ったのはしめて八人……この八人はまだ全員生存しているようで」

ファヌソはPDAを弄りながらしみじみと呟いた。
少なくとも、この八人ならしばらくは放っておいても場をかき乱してくれるだろう、ファヌソはそう考える。
勿論、自分に火の粉がかかるようならばその時は……とファヌソは気を緩めない。

「そして……フッ、やはりまだ生きているようですね、竹安佐和記よ」

ファヌソが最もその安否を知りたかった男、数刻前に自らの力(といっても支給品の力だが)で殺し合いの舞台に無理やり引き戻した男。
その竹安佐和記の生存を確認したところで、ファヌソはニヤリ、と口元に笑みを浮かべた。

「さすがにこれだけではあの男がどう立ち回ったのかは分かりませんが……まぁ、生さえあれば何かしらのことはするでしょう。
 命あっての物種、という言葉もあることですし……フフッ」

全てを救え、そう命じた男がとりあえずはその手を血に汚していないことが定時カキコからは読み取れた。
ここまでは全てが自分の思惑通り、この殺戮の舞台でさえ自分の手のひらの中の事であることを改めてファヌソは確信する。

「それにしても……」

ただし、そんなファヌソでもままならぬことがある。
死者と下手人の発表に続いて発表された禁止エリアがそれだ。

「渡し船とやらにいれば無効化はされるようですが……恐らくは私のヘリは対象外でしょうねぇ。
 折角の機動力も今後行動範囲を歪に狭められれば使いづらくなることは間違いないでしょうし……」

ファヌソは先だって台場を調べておいた自分の判断を正しいものだったと再確認する。
台場を取り囲むようにして三つものエリアが禁止エリアに指定されていたからだ。
決して小回りが利くとは言えないヘリコプターでは、風向きの具合一つで禁止エリアに抵触する可能性は否めない。
かと言って、定時カキコで存在が示唆された渡し船が台場に泊まるという保障はどこにもなかった。
少なくとも、台場を探索した時に船を横付けできるような場所は見かけなかったはず、とファヌソは改めて思い返した。

「……さて、あまりグズグズしているのもいけません。そろそろ行かねば……
 何せ、私の力にひれ伏した仔羊はまだ竹安一人だけ……彼一人では八人もの殺人者から全てを救うのは荷が重すぎるというもの。
 なれば、また仔羊を探し出して私が導いてやらねばなりませんしねぇ」

手のかかる子供を相手にしているかのような苦笑をファヌソが見せた。
そして、自らに気合を入れるかのように自分の尻をバチィン、と一発引っ叩いた。
生まれたままの姿で定時カキコを確認していたファヌソが、悠然と白衣を着込む。
そして、颯爽と外に飛び出すと、銭湯に横付けしてあったヘリコプターへと優雅に乗り込む。
けたたましくプロペラが風切り音を立て、神の子が空へと飛び立った。
哀れな仔羊を探し求めて。





 *      *      *





「クソッ……クソッ……クソがぁっ……!!」

思い通りにいかない。
そんな苛立ちがA-10神を支配していた。

先刻はパシリに出来そうな輩をみすみす逃がしてしまった。
苛立ちからぶっ放した貴重な弾薬も使い切ってしまい、イライラを発散できない。
おまけに、自分の武器を探すよう命じた二人のパシリも戻ってくる気配が無い。
いつしか、太陽はずいぶんと昇っており、A-10のその胴体をジリジリと照らしつける。
空はまさに日本晴れ、そんな中を雄大に飛び回ることが出来れば、その苛立ちも少しは抑えられたかもしれない……が。

「大体が、こんな狭っ苦しいところに俺を押し込めやがって……これじゃ、飛ぶにも飛べねえじゃねえか!!」

病院の駐車場は、ビル群に囲まれた周囲からすれば多少は開けた場所だ。
とはいえ、その程度のスペースでは軍用機たるA-10神が飛び立つにはまだまだ足りないというのが実情である。
武器もぶっ放せない、かといって自分でどこかに行こうにも飛ぶのは厳しく、走るにも狭いのでスピードを出し切れない。
夜神月とダディクールが収穫を得て帰って来ない限りは、八方塞りであった。

「奴らは何をしてやがる……! たかが武器探しに何時間かけてると思ってんだ!!」

怒りの矛先は未だ帰らぬ二人へと向けられた。
だが、矛先を向けたところでその場にいないわけだから如何ともし難い。
これがイーノック(こと竹安佐和記)やひろゆきをはじめとする主催者連中へと順々に矛先を向けるが結局は同じ事。
それがまた月とダディへと向けられ……A-10神の中では怒りが無限ループに陥っていたのだった。

A-10神も直情的ではあるが決して脳筋の愚か者ではない。
冷静になってこの閉塞感に満ちた状況を打破する方法を色々と模索するが……結局はそれも見つけられない。
彼が人の姿を取っていたのならば、まず間違いなく地団駄を踏んでいたであろう。
憤懣やるかたない、そんな思いをA-10神が抱いたその時だった。

「……ん?」

ふと、A-10神が何かの気配を感じ取った。
澄み渡った青空、その向こうから豆粒のような影がこちらへと近づいてくる。
それとともに、少しずつプロペラ音も辺りに轟き始めた。

「……チッ、なんなんだいったい……奴らが武器でも見つけて帰って来たんならいいんだがな」

僅かばかりの期待を込めて、A-10神は徐々に近づいてくるヘリコプターを認識する。
何の迷いもなくこちらに一直線に向かってくるあたり、間違いなく自分の存在を把握しているであろうことをA-10神は理解した。

「あのヘリは間違いなく俺に用があるんだろう……だが臭うな」

戦場を駆け巡ったA-10神の勘が、ついさっき抱いた期待を否定する。
傍から見ればただの戦闘機にしか見えない自分だ、その躰目当てに近づいてくる者だろう、A-10神はそう推測する。
そいつを体のいいパシリにでも出来ればいいが、先程から出会う連中の事を思えば素直な輩の方が少ないだろうと考えた。

「……ちょうどいい、俺のイライラの捌け口にでもさせてもらうとするか」

溜まりに溜まった鬱憤を晴らすための餌がホイホイやって来たとA-10神は考えることにした。
ヘリコプターが駐車場に降り立つのをA-10神はただジッと待ち構える。
まるで感情を爆発させるために、グッと溜めを作るかのように。





 *      *      *





夜の空中散歩も趣があるが、東から昇る朝日を背に受けてのフライトもまた趣があるものだ。
ファヌソはそんなことを一人ごちながら、ヘリコプターを一路自らのスタート地点の方角へと向けていた。
遥か眼下に広がる街並みを見下ろすと、改めて自分が神であるという自覚をファヌソに持たせた。
耳をつんざくプロペラ音がいささか邪魔ではあったが、その程度で心を乱すほどファヌソは狭量な心の持ち主ではなかった。

ヘリコプターは海を渡り、工場地帯を横切る。
ファヌソがふと横を見れば、竹安と出会い、その命を強制的に引き戻した近鉄百貨店が聳え立っていた。
あの哀れな男は今どこで何をしているのやら、と他人事のようにファヌソは呟く。
そして、視線をちらと下に落としたその時、思わずファヌソは目を丸くした。

「ほぉ、戦闘機……ですかね」

周囲の建物からはぽっかりと空いた空間は恐らく駐車場であろうとファヌソは当たりをつけた。
そこに横たわる飛行機はあまりにも無骨な外観を露わにしていた。
少なくとも旅客機の類でないことはファヌソにも容易に想像がついたのである。

「誰の支給品か知りませんが持て余してしまったんでしょうかね……ちょうどいい、アレも私が貰っていくとしましょう」

ファヌソがここまで出会ったのは、人間・竹安佐和記と死体となって見つかったウララーだけ。
故に、眼下に停まっているA-10神が参加者であるなどとは夢にも思っていなかった。
ウララーの造形自体が既にヒトのものではないが、それでも少なくともウララーは生物のような形態をとっていた。
まさか無生物である飛行機が参加者ではないだろうという考え、そしてヘリコプターという大型の支給品が割り当てられたという事実。
その二点がファヌソの判断を誤らせた。



開けた場所とはいえ、ヘリコプターを周囲の建物に接触させないように着陸させるのには神経を使う。
万一の事があろうと、自分が助かる自信があるファヌソではあるが、貴重な移動手段が奪われる可能性は否めない。
慎重に慎重を期してゆっくりとヘリコプターを駐車場へと着陸させた。
プロペラがゆっくりとその回る速度を落としていく。
キュゥン、とエンジンが沈黙する音を確認してから、ファヌソは白衣をなびかせて駐車場に降り立つ。
……次の瞬間、耳に響き渡る声にファヌソは思わず目を丸くした。



「……なんだァ? そのふざけた格好は!?」

不意に敵意をぶつけられるような格好となり、ファヌソは思わず辺りをキョロキョロと見回す。
どこから誰かが自分を見下ろして言葉を放ったのだと考えたが、誰かの気配を感じることは出来ない。

「なにをキョロキョロしてやがる! テメエだよ! そこの白衣着込んだテメエだ!!」
「……まさか」

ファヌソが声のする方に目を向けると、そこには自分が鹵獲しようと目をつけていた戦闘機――A-10神が鎮座していた。
理解の早いファヌソは、この戦闘機もまた参加者の一人(ヒトであるかどうかは置いておくとして)であることを受け入れる。

「いつまでも帰って来ないもやし野郎や猫耳野郎といい、さっきの妙な格好した野郎といい……ここにはロクな奴がいやしねえ!!」
「ぎゃんぎゃん五月蝿いですねぇ、子供じゃあるまいし」
「んだとぉ!?」

自分の力に絶大な自信があるファヌソは、たとえ泣く子も黙るA-10神に凄まれようと怯まない。
そして自らの力に絶大な自信があるのはA-10神もまた同じである。
自分が元いた世界で自分に忠実だった部下はもちろんのこと、ここに来てからも自分に対してここまで不遜な態度に出る者はいなかったのだ。

「キサマ、初対面の相手……それも目上の相手に対する口の聞き方も分からんようだな」
「あなたこそ、初対面の相手にずいぶんな物言いでは? 一度鏡でもご覧になればよろしいのでは?」

A-10神が凄んでみても暖簾に腕押し、ファヌソはどこ吹く風である。
自らの怒りをさらりと受け流すかのようなファヌソの態度に、A-10神も我慢の限界を迎えようとしていた。
……だが、怒りに身を任せてみたところで、今のA-10神には何も出来なかった。
自慢のアヴェンジャーはひろゆきによって弾を奪われている。
本当なら使いたくもないチンケな(あくまでA-10神の基準である)MINIMIも先刻イーノックこと竹安佐和記を巡るいざこざで打ち尽くしてしまった。
いくら戦場で数々の輝かしい功績を打ち立てたA-10神と言えど、弾薬なしではただの飛行機である。
燃料があるだけ、まだマシであるとも言えるのだが。

「……フン、見た目によらず度胸だけはいいようだな」
「それはどうも」

忸怩たる思いでA-10神は矛を収めようとした。
下手に出るつもりなど毛頭無いが、それでもこの目の前の白衣男もパシリにして弾薬を捜させねば未来は無いことをA-10神は自覚している。

「口の聞き方についてはこれから叩き込まねばならんが、そのぐらい気骨のあるやつでないと俺の命令にはついてこれんだろうな」
「はぁ……命令?」
「そうだ、俺はあのたらこ唇のクソッタレをブチ殺してやるつもりでいる」
「それはそれは」

話半分にファヌソは聞き流す。
それはA-10神も悟っていることではあるが、構わずに持論を並べ立てる。

「それに向けて、今は忠実な下僕二人に奴を跡形も無く吹っ飛ばせるような武器を探させている」
「武器って……あなた、自分の立派な武器をお持ちではないので?」
「ケッ! 兵装は全部剥ぎ取られてんだ! 兵装の無い戦闘機なんて最早戦闘機じゃねえ!」

兵装が無い。
その言葉を耳にしてファヌソが少しばかり口角を上げ、にんまりとした笑みを浮かべる。

「戦闘機のプライドをズタズタにされてんだよ……これは最早宣戦布告以外の何物でも……おい、何だその笑顔は」
「あぁ、いえ、すみませんすみません。あまりにもあなたと私が似すぎていまして」
「はぁ?」

ファヌソは余裕綽々と言わんばかりに両の手を広げてみせる。

「実は私もちょっとした力を持っていましてね……それがあのひろゆきによって些か封じられてしまいまして」
「力だぁ? 言っとくが、俺はオカルトだのファンタジーだの、そんなのは信じねえからな」
「あなたが信じるかどうかはともかく、とにかく私もあの男には宣戦布告されたようなものだと思っていましてね。
 一泡吹かせる……いや、それでは足りませんね、奴を地獄に叩き落してやろうと考えてはいるのです」
「ほぉ、そいつはいい心がけだ」
「そこで、です」

そこまで言って、ファヌソがずい、と一歩前に踏み出る。
ファヌソとA-10神の距離、およそ十数メートル。

「あなたがお探しの、ひろゆきを跡形も無く吹っ飛ばせるような武器……心当たりがありましてね」
「なにぃ!?」

もし、A-10神に表情というものがあるのならば、まさしく目を丸くしていただろう。
概ね想像通りの反応が返ってきたことで、ファヌソはますますその笑みを濃くしていく。

「よーし、キサマの話は分かった。それではさっさとその武器とやらを……」
「おっと、その前に」

身を乗り出すようにわずかに車輪を前に進ませたA-10神をファヌソが手で制する。
そして、次に放った言葉が二人が決して手と手を取り合うような関係でないことを浮き彫りにした。



「誰かに物を頼む態度というものを示していただけませんかねぇ?」



ファヌソとしてはA-10神の軍門に下る気などさらさらない。
むしろ、A-10神を自分が乗り回して、この下らぬ催しにさっさとピリオドを打ってしまってもいいと思っていた。
しかし、神の子としてのプライドにかけて軍門に下るどころか、対等な関係すらも拒絶する。
ファヌソからしてみれば、自分以外の参加者はすべからく自分の意のままに動くものと考えている。

神の子ファヌソとA-10神。
互いに神の名を冠する者同士は、似た者同士である故に激しく反発しあう。
まるで磁石の同じ極を近づけた時のように。



「……ふざけるなよ」

A-10神はその怒りの限界をついに突破した。

「この俺に頭を下げろだと? 俺がいなければ戦場で戦えない人間風情が!? 舐めるなッッ!!」
「この私を人間風情と同列に扱うとは、戦闘機風情が大した度胸ですね。
 所詮弾薬の尽きたあなたは鉄屑に片足突っ込んでるようなものだというのに……」
「鉄屑……!? キサマ、許さんぞ……上官命令に背いたものに命があるとでも思ったか!!」
「自分の立場もわきまえずに命令などと……しかるべき罰を加えてやる必要がありそうですねえ」

前哨戦となる舌戦が幕を閉じる。
最初に動いたのは……兵装の無いA-10神だった。

「ミンチにしてやらあっ!!」

その巨躯を以って、一直線にファヌソへと突っ込んでいく。
アヴェンジャーもMINIMIも使えないA-10神に唯一残されたのは己が体だけである。

「おぉ、危ない危ない」

しかし、決して小回りが効くとは言えない。
おまけにほぼ停止した状態からの発進である。
ファヌソがこれを易々とかわしたのも当然の帰結であった。

「ちっ、どいつもこいつもちょこまかと……!!」

怒りに身を任せるA-10神はすぐさま方向転換を仕掛ける。
その速度は、ファヌソが想定していたよりもずっと速いものであった。
再び突っ込んでくるA-10神の前に、ファヌソの顔から余裕の色が若干失われた。
今度は機敏な動きで横に飛んでその突進を避ける……が、それをA-10神は織り込み済みだった。

「この俺から逃げられるとでも思ったか!!」

ファヌソが避けたかどうかというタイミングで、既にA-10神は方向転換の動作に入っていた。
180度回転をかける拍子に、その胴体も大きな弧を描いてファヌソに追撃をかける。

「おぉっと!」

素早く屈んでファヌソがこの攻撃もかわす。
しかし、立ち上がる前にA-10神が次の攻撃態勢に入る。

「しゃらくせえっ!!」

三度、突進を仕掛けるA-10神に対し、ファヌソの取った行動は……

「はっ!!」
「んだとぉ!?」

まっすぐ後方にジャンプして距離を取る事であった。
普通に考えれば無理な体勢であるが、神通力を使えば造作も無いこと。
風の流れを作り出し、それに身を任せる形でA-10神から離れる。

「ケッ、そんなことをしたところで、キサマの死ぬのがちょっとだけ延びただけだ!!」

それでもA-10神は怯まない、止まらない。
ますます速度を上げ、ファヌソに迫る。
そのファヌソはというと、病院の壁を背負うような格好であった。

「死ねやぁっ!!」

これまでの最高速に達したA-10神の巨躯。
それをファヌソはギリギリまで引き付け……そして再び風の流れに乗って横へと飛び去った。
さながら、猛牛を相手にする闘牛士のごとく、猛るA-10神をあしらってみせる。

もうA-10神は止まらない。
そのまま一直線に病院の壁へと突っ込み……



ドカーン!



轟音を上げて病院の壁の一部が崩れた。
コンクリートの破片が、ガラスの破片も交えて辺りに飛び散る。
それを冷静にファヌソは避けていった。

「やれやれ、まったくたいしたじゃじゃ馬です。これで少しは大人しくなってくれれば……」

呆れた笑いを浮かべながら、ファヌソがゆっくりとA-10神へと歩み寄ろうとしたその時だった。

「逃がさねえぞ、このオカマ野郎がっ!!!」

声とともに沈黙したはずのA-10神の機体が動き始める。
周りの壁が崩れるのもお構いなしに、その期待をぐるん、と一回転させて再びファヌソと正対する。

「!?」

さすがのファヌソも驚愕の表情へと変わる。
なにせ、目の前のA-10神の機体は、ぶつけた所の塗装があちこち剥がれていたり、少し凹んでいるとはいえ、普通に動いているのだ。
どうしてか意思の疎通が図れるとはいえ、ここまで目の前の戦闘機をただの戦闘機としてしか見ていなかったからだ。
コンクリートの壁に突っ込みさえすれば機能を停止させる、そこで神通力をもってして自らの忠実な僕へと変える。
その手はずだったところで、わずかに計画に狂いが生じる……そこでファヌソの顔に一筋の汗が伝う。

「テメエも、さっきのクソ野郎もそうだ!! ちょこまかと逃げることだけは出来るようだがな……」
「さっきのクソ野郎?」

ファヌソが聞き返すと、A-10神は矢継ぎ早に言葉を返す。

「白い服にジーパンを着込んだ妙な野郎だ! 奴も口だけは回る奴だが、俺をどうこうすることは出来なかったがな!!」

A-10神が忌々しそうに先刻の出来事を思い出す。
……だが、それを聞いてファヌソの顔に再び笑みが戻った。
そのまま腹を抱えて笑い転げそうになる。

「……おい、キサマ何のつもりだ」

いきなり目の前で笑い出したファヌソを前に、さすがのA-10神も気味悪さを感じずにはいられなかった。
一方、ファヌソは愉快で愉快で仕方ない。
白い服にジーパンを着込んだ……こんな妙ちくりんな格好をした男はそう何人もいるわけではない。

(そうですか、そうですか、竹安佐和記……お前もコイツと出会っていたのですね!!)

全てを救えと命じた男が、この猛々しい戦闘機と出会っていた。
そればかりか、激昂させるような行動を取っていたという。
恐らくは、竹安もまた安易にこの戦闘機の軍門には下らなかったのだろう、ファヌソはそう推測する。

(全てを救うには強大な覚悟が必要、少なくともこのような野卑な戦闘機の言うことなど聞いている時間などありません!)

竹安が自分の意のままに動いているということを、この戦闘機を通じて知ることが出来た。
それがファヌソには愉快で愉快で仕方なかったのだ。

一方で、その反応からA-10神も目の前の優男と先刻の男に何らかの繋がりがあるであろうことを察した。

「キサマ……まさかさっきのクソ野郎の知り合いじゃねえだろうなぁ!?」
「そうだ、と言ったらどうします?」
「知れたこと!!」

結果として、日に油を注ぐような格好となった。
車輪から土埃を巻き上げ、A-10神が再び突進を仕掛ける。
鬼ごっこ第2ラウンドの開幕である。

しかし、戦況は変わらない。
追いかけるA-10神をヒラリヒラリとかわし続けるファヌソであるが、ファヌソにもまた攻め手は無い。

(しかし弱りましたね……私の神通力も少なからず封じられています。
 下手な攻撃ではあの戦闘機に傷を負わすことは出来ないでしょう……むしろその際の隙を突かれかねません)

ファヌソの手元にあるのはお医者さんカバンと、幾ばくかの弾薬だけ。
その弾薬も、仔羊に与えてやるためのもので、ファヌソ自身にそれを打ち出す手段は無い。
神通力もあるにはあるが、戦闘機に通じるとは考えづらかった。

(かと言って、ここでそのまま逃げるのは私のプライドが許しません……なにより)

それまでの柔らかな表情に、一瞬だけファヌソは真剣味を込めた。

(哀れな仔羊が頑張っているのならば、少しだけ手を差し伸べてやろうではありませんか)

ファヌソは、A-10神を手なずけることを諦めた。
それならば、後々の憂いをここで絶ってしまおうと決めたのだ。
相手が見た目は無生物であるということも、ファヌソにその道を選ばせる一因となった。
……もっとも、この遊びに飽きたらファヌソも全員を手にかけるだけの意思はあったのだが。



ファヌソが再び風の流れに乗って距離を取る。
それを舌打ち混じりにA-10神が見据える……が、様子がおかしい。

「……何のつもりだ?」

目の前のファヌソは何やらロープのようなものを手にしていた。
これまで避けることだけしかしていなかったファヌソが初めて見せた行動である。

「そんなチンケな縄なんかで俺が止められるかよっ!!!」

構わずに突っ込むA-10神。
それを避けながら、ファヌソがロープの一端をA-10神に投げつける。
が、それは胴体にかすることも無かった。

「ハッ! このヘタクソが! 西部のカウボーイの方がもっとマシな……」

一笑に付そうとして、A-10神は違和感を覚えた。
その脚部に僅かに重さを感じたのだった。

「まさか……」

UターンしたA-10神の目に映ったのは、自分の脚からロープが一直線にファヌソへと伸びていたことだった。
だが、A-10神は怯まない。

「それがどうした!! その程度で俺が止められるとでも……」

再び前進しようとしたその瞬間だった。
ファヌソが再び風に乗ってまっすぐ後方へと飛ぶ。
もう何度も見てきた光景だった。

「馬鹿の一つ覚えみたいにそれしか出来ねえのかよっ!!」

突進ひとつしか出来ない自分を棚に上げ、A-10神が再び攻撃態勢に移ろうとする。
その瞬間、ファヌソの手にしたロープが、ピン、と張り詰めた。





次の瞬間だった。





ブーッ! ブーッ! ブーッ!



「!?」

けたたましいアラーム音が鳴り響く。
それも、A-10神の足元からだった。
前を見ると、してやったり、といった表情でファヌソがこちらを見ていた。

「き、キサマ何をしやがった!!」

種明かし、とばかりにファヌソが口を開く。

「何、って分かりませんかねぇ、首輪ですよ、く・び・わ。
 もっとも、あなたの場合は首……機首ではなく脚の付け根にかかっているようですがね」

その一言でA-10神は何が起こったのか、そして何が起ころうとしているのかを察する。

「私が神通力で生み出したこのロープの先端には強力な磁石を付けています。
 本当なら首輪にロープを巻きつけて引っ張れればよかったんですけどねぇ、そんな隙間はありませんでしたし」

何度も何度も自分のすぐ近くを通り過ぎるA-10神の機体。
その脚に付けられていた首輪に、ファヌソは目を付けたのだった。

「確か、無理やり外そうとすれば爆発するんでしたっけ?
 いくらあなたの機体が頑丈でも……」

ファヌソの演説が続く。
だが、A-10神の耳には決して届かない。

(この俺が……爆破だとぉ? ハッ、そんなこと出来るわきゃねえだろ!!)

こんなちっぽけな首輪ひとつで自分を破壊できるなど露とも感じていない。
それは、神の名を冠するが故の驕りだったのかもしれない。
けたたましくアラームが鳴り響くが、それがどうしたと言わんばかりに、悠然とA-10神は佇む。
それは、ファヌソの浅知恵などその体で打ち砕いてみせようという意思の表れ。



……だが。
バトルロワイアルの鉄則は、たとえ神が相手でも容赦なく牙を向く。



三十秒間にわたり、アラームが鳴り響いたその果てに、一つの轟音が駐車場に轟いた。
その爆発は、A-10神を呆気なく飲み込むほどの強さであった。



【A-10神@軍事 死亡】
【残り 47人】



 *      *      *





轟音とともに爆風が駐車場を包む。
もっとも、それそのものはファヌソにとって決して脅威ではない。
A-10神の攻撃をあしらうために何度も風の流れを作り出したのと同じ。
自分の周囲には決して累が及ばないように神通力を使ったのだ。

……だが。
ファヌソは肩を押さえ、息を荒げていた。
爆風の衝撃も、熱風も、飛び散ったA-10神の残骸さえも受けていないのに、どうして?

「……どういうことです?」

ファヌソは怪訝そうな表情で、自分の手を見つめる。
その手のひらからは自分の生み出したロープが伸びている。
そして、すぐ数メートル先で焼け落ちて跡形もなくなっていた。

「……まさか」

一つの仮説をファヌソは立てた。
そして、再び神通力で新たな物体を生み出す。



それは小さな小さなシャボン玉。
吹けばすぐに飛んで行ってしまいそうな小さなシャボン玉を、ファヌソはおもむろに指で突いてみる。
パチン、と音を立ててシャボン玉が割れたその瞬間だった。
ファヌソはなにか引っぱたかれるような感触を覚えた。

「……おのれひろゆき」

これまで余裕の表情だったファヌソが憤怒の表情へと変わる。
制限されているとはいえ、苦も無く使えると思っていた自らの神通力。
当然、何を生み出しても問題なく使えるだろうと考えていた……それもまた、神の名を冠するが故の驕りであった。
神の力を制限できている時点で、もう少しファヌソはひろゆきを警戒すべきであった。
他の参加者と同じく、ひろゆきを過小評価していたツケが回ってきたのである。

神通力にも制限がかけられていた。
それは強力な力の行使が出来ないというだけのことではなかった。
先刻、竹安に行ったような装備の製作が可能であれば、無尽蔵に兵器を生み出すということに等しい行いである。

しかし、A-10神との戦い、そして今の実験。
これを通じてファヌソは悟る。



"神通力で生み出したものが損傷を受けると、生み出した自分もまたダメージを受ける"



ファヌソの背中を冷や汗が伝う。
なにせ、ロープと磁石が吹き飛んだだけで肩に痛みを覚えるほどだ。
そこでファヌソは嫌な予感を感じ取る。



「……もし、竹安の身に何かあったならばどうなります?
 身を覆う装備の全てが崩されたその時……私の命に保障はあるのでしょうか?」

ここにきて六時間あまり。
ファヌソが初めて焦りの色を前面に見せる。
目の前で燃え上がるA-10神の機体が、その焦りを加速させる。
明日はわが身、これを目の前で見せられているのだ。

「こうしてはいられません……!」

痛む肩を押さえてファヌソが駆け出す。
こうなった以上目的はただ一つ。



「竹安を早く見つけて保護せねば……! 最悪、装備にかけた神通力だけでも解き放ってしまえば私に怖いものなど……!」

並の参加者が自分に襲い掛かってもどうにかできるだけの自身がファヌソにはある。
だが、竹安ならどうかと問われた時に、全幅の信頼を置けるほどではなかった。
今や、ファヌソと竹安は一蓮托生、そんな存在へと自分が誘ってしまったのである。


ファヌソはヘリコプターをすぐさまデイパックへと仕舞い込んだ。
空からはA-10神のような存在は見つけられても、人一人を見つけ出すのは困難である。



朝焼けに染まる街をファヌソが駆け出す。
全てを救え、そう命じた男を自分が救わねばならない。
そんな皮肉な運命を自らに課すような形で。



【C-3 病院・駐車場/1日目・朝】

【髪の子ファヌソ@ゲームサロン】
[状態]:肩に痛み、疲労感(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、PDA(忍法帖【Lv=01】)、お医者さんカバン(4/5)@ドラえもん、ヘリコプター@現実
    12.7mm弾×25、25mm弾×5
[思考・状況]
基本:気まぐれに行動する
1:竹安を探し出して保護する
2:ひろゆきをゆくゆくは地獄に落とす
3:手に入れた弾薬は、相応しい仔羊に与える
4:『裏ワザ』(死体やヘリをデイパックに収納できること)を誰かにひけらかしたい

※神通力が制限されています。自分が生み出したものが損傷を受けると、ファヌソにもダメージが及びます。
 竹安の装備が損傷を受けた際のダメージの程度については次以降の書き手の方にお任せします。

※ファヌソが立ち寄った小さな公園の中に、弾薬箱とわさび@オラサイトが放置されています。
 ファヌソが入手した物以外にも弾薬はあるようですが、種類と量は不明です。
※デイパックに参加者の亡骸を入れて持ち運べることを知りました。生者にそれが適応するかは次の書き手の方にお任せします。

※C-3の病院を発信源とする爆音が響き渡りました。


No.85:茶鬼 時系列順 No.:[[]]
No.85:茶鬼 投下順 No.87:試される……
No.64:feeling of love A-10神 死亡
No.69:ちょっとした発見をしたんだけど需要ある? 髪の子ファヌソ No.99:Thank you for...

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