春の小川はサラサラかもしれないが、夏の川床はどっどどどどうって感じだ。
衣「見ろトーカ! 鮎の成魚が竹床で七転八倒だ!」
透華「衣、そんなに急ぐと転びますわよ?」
トテトテ走りよる天江さんは…なんというか、周りではしゃぐ子供たちより、更に。
あ、滑った。転んだ。びちょびちょになってる。
衣「う゛あ゛ああああん!」
京太郎「あーあ…ほら、立てるか? 結構滑るから気を付けないと」
泣き声は甲高く、周りの子供が心配して寄ってくる。
俺が手を差し伸べる前に駆け寄る、小学生の少女たち。いいねえ、世の中優しいもんだ。
俺に出来る事と言えば、タオルで体や頭を拭ってやって、ワンピースの裾を軽く縛ってやるだけ。
京太郎「うし…こんなもんだろ。ほら、さっきの子達も待ってるし行ってこい」ポスン
衣「…衣は子供じゃない。年嵩の離れた小娘らと遊ぶ時間なんて無いんだ」チラチラ
素直さの欠片も無い仕草! しっかしどうしたものか…っと。
透華「まったく、おどきになってくださいまし…」
透華「衣? ここは鮎を取って、店員の方に焼いていただくのですが…ハギヨシでは取れなかったようですの」
ハギヨシ「申し訳ございません。不徳の極みでございます」ヒュパッ
指と指の間に挟んで、片手に四匹くらい捕ってきそうだけどな。
透華「だから衣が捕ってきてくださいませんこと?」
衣「うん! あ、でも…捕り方が分からない…」シュン…
透華「あら、簡単じゃありませんの。先客が、あそこにいるでしょう?」
スッと白い指が指す、その先に。
楽しそうに鮎を捕まえる子供たちと、こちらを見つめる少女たちが居た。
透華「知らないことの教えを乞うのは当然の事。それを嫌がるなんて、年長者の行いではありませんわよ?」
衣「…うんっ! 仕方ない、衣が行かないと駄目のようだからな!」
透華「ええ、いってらっしゃい……さ、私たちは休みましょうか」
京太郎「お見事っすね…お供しますよ」
笑みを浮かべる透華さんの顔は、とても優しくて。
自然と隣に寄り添いたくなって。
手を、握りたくなった。
透華さんと二人、安っぽい机を挟んで畳に座る。といっても二人きりじゃなくて、畳の大部屋にたくさん机が並べてあるだけなんだけどな。
これはこれでなかなか、風情があって良い感じだ。
京太郎「結構人いますね」
透華「ええ…まったく、夏だから川床だなんて、単純も単純ですわね」
京太郎「俺達も同じなんですけど…」
衣と似た、白いワンピース。
華美な感じこそないものの、透華さんの雰囲気がそうさせるのかどこか目を引くものがある。
別に引かれるほどの膨らみは無いんだけどな…って。
京太郎「いっ…てぇえ…!」
透華「どこを見ていらっしゃるのかしら? まったく…」
ぎゅむううううう。俺の手の甲ってこんなに伸びるもんですか。そうですか、ちょー痛いんですけど。
ぺちんともう一度手の甲をはたいて、透華さんが腰を上げる。流れる金髪が、俺の目を引いて。
透華「衣が何匹か捕まえたみたいですわ。焼いていただいて来ますから、貴方はそこで待っていてくださいな」
京太郎「あ、はい…」
よく見てるなあ…確かに、川床では嬉しそうな天江さんがこっちに向かって歩いてくるのが見える。
お、透華さんが出て…ああ、籠に入れるのか。手を繋ぐとホント兄弟っつーか…うん。
京太郎「そんじゃ、俺もなんか買ってきますかね…」
人も多いけど、店というか、売り物も多い。
おにぎり、みたらし、五平餅。お茶もあるし…鮎だし、塩焼がメインだろうな。
適当に三人分買って戻ってみるも、まだ戻ってはいないようで。
パーティーさながらに並べると…うん、いい感じだ。こういうのって非日常感というか特別感あるよな。
衣「キョータロー! 鮎が塩に塗れてその身を焼いた! って、うわー!」
おしおし…天江さんの顔がめっちゃ輝いてるぜ。これは嬉しいね…後ろの透華さんの呆れ顔はアレだけど。
透華「鮎が三人分ありますのよ? 買いすぎですわ」
京太郎「まあ、余ったら持って帰ればいいかなって思いまして」
透華「仕方ありませんわね…さ、どうぞ。衣の取った鮎、これが一番大きいですわね」
衣「む! それは衣の! キョータローは一番年下だから、一番小さい奴だ!」
京太郎「ありゃ。それじゃおにぎりは一番大きい奴食べようかなー」
衣「あー! ずるい! 衣も食べるっ、はんぶんこ!」
透華「ほらほら…衣、わたくしとはんぶんこしましょう。それなら二つ違う味が食べられますわ」
やれやれ。三人しかいないってのに、賑やかもいいとこだよな。
カリカリと焦げ目の付いた皮。しかししっかり処理してあるおかげで、臭みもなくパリパリと海苔のように香ばしい音を立てる。
更に歯を突き立てれば…ふわっとほぐれる熱い身が。ほろほろ崩れるのは焼き立てだよな。
衣「はふ、んっ…トーカ、美味しいか?」
透華「ええ。さすが衣の取ってきた鮎ですわね」
衣「ふふん…キョータロー。美味しいか?」
奥歯で噛みしめる。鮎の淡白な味が、香りと共に広がって口の中を泳ぎまわるぜ。
京太郎「ああ、すっげー美味い。ありがとな」ナデナデ
衣「んー…ふふん! 当然至極、衣が捕ってきた鮎は天下一品だ!」
くすっ、と笑う透華さんが目に入る。すると見られたことに気づいたのか、かるーく指を一本、唇に当てて。
内緒ですわと言わんばかりに天江さんの頭を撫でる、ふりをする。
京太郎「それじゃ俺からは…天江さんはどっちがいい?」
選択肢は二択。みたらしか、五平餅か。醤油味の甘味か、味噌味の甘味かだ。
京太郎「こっちはお団子、しっかり絡んでるぞー。おっと、五平餅も味噌のいい香り…」
衣「あうっ、あうー…」
面白い。右に振れば右に目が揺れて、左に振れば首ごとカクンと揺れる。
それじゃあ今度は……あれ?
透華「なにを遊んでるんですの。みたらし団子はわたくしが頂きますわ」
ありゃ…んじゃ俺は五平餅…あれ?
衣「それじゃあ衣は五平餅だ! わーい、おっきい!」
京太郎「…あのう、俺の分は」
プイッと逸らされる天江さんの顔。なんてこったい…
透華「……まったく、ほら、口をお開けなさいな」
京太郎「へ? むぐっ」
団子一つをいきなり放り込むのはちょいしんどいっすよ…
つーかその食べ方というか、透華さんって団子を全部串から外すのな。焼き鳥みてえ。
透華「あら、文句でもありまして?」
京太郎「なんでもないっす…」
透華「……さ、行きましょうか」
京太郎「そっすね」
ほんの少しの間。食べ終わってからそんなに時間は経ってない、と思う。
陽はまだまだ高いし、子供の歓声も止むことが無くて。それなのに畳に足を延ばして、透華さんと並んで座るといつの間にか時間が経っていく気がした。
透華「…行きませんの?」
京太郎「透華さんこそ」
あいにくまっすぐ伸びた俺の足は、天江さんの抱き枕。動くに動けないのが辛いところだ。
そんでもって、透華さんの膝も動くに動けない。天江さんの頭がのっかてるのがツライところだろう。
透華「少し、疲れますわね…背もたれが欲しいところですけど」
京太郎「そんな気の利いたものはなさそうっすね」
透華「ええ…あなた、もう少しこちらへ寄ってもらえません?」
京太郎「うっす」
なるべく揺れないように慎重に尻で動く。しかしもともと近かったせいか、意外と大きく動くことになって。
透華「……」
京太郎「……」
身体の横が熱い。夏の熱気のせいかは知らないけどな。
しかしなんつーか、セミの泣き声や子供の声、川の音。なんか心が落ち着いてくる気がする。
だからかね…体が少しずつ、横へ崩れていく人がいて。
透華「ん…すこし、肩、お借りしますわ…」
京太郎「どうぞ」
二人分の寝息を守らないといけないのが、男のツライとこだよな。
一「純くん純くん、あれってどう見える?」
純「親子連れだろ、どーみても」
智紀「金髪…若夫婦と子供」
一「家族プレイっていいよね。夫婦の定番感と親子の背徳感がハンパないよ」
純「そういや車は回したか?」
智紀「準備万端…後部座席はカーセ仕様…」
純「カメラは?」
一「バッチリだよ。間違いが起こったら困るからね」
智紀「そう…間違って、撮れてなかったら…困る」
一「ホントだよ、あー、なんとか冷やし透華が終わる前に仕向けられないかなあ」
純「いつもの透華だと須賀もいつも通りのツッコミに戻るからなあ」
透華「ん…あら、おはようございます」
京太郎「おはようございます…透華さん?」
透華「…そろそろ帰りましょうか。そろそろ帰らないと…」
京太郎「あ、そうですね。もういい時間ですし」
透華「そろそろ帰らないとミニスカポリス再放送に間に合いませんわっ!」
京太郎「それってそこまで大切っすかね」
衣「……」ムクリ
京太郎「天江さん? 起きたんならそろそろ」
衣「…トーカはまた、呆けはじめたか」ハア…
京太郎「はは…まあ、いつもらしいけどな」
衣「それもそうだ…けれど、楽しかった」
京太郎「俺もっすよ」
透華「――私も、とても楽しめましたわ」
京太郎「……え?」
透華「くす…なんでもありません」
そう言って、指を一本唇に当てて。
俺は少しの間後姿を見送って、天江さんに呼ばれて立ち上がるのだった。まる。
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