電話越しの声。聞き慣れた声が向こうから響く。
『おーい、聞こえてるか?』
私を促す声。早く、早く答えないと。
「っ、大丈夫。ちゃんと聞こえてるから」
うん、ちゃんと聞いてる。けれど聞いてるのは他の女の子の事で盛り上がる話じゃなくて、アンタの声。
名前も顔も知らなくて。ホントに高校生かすら知らないけど。
『そっか。そうそう、昨日ソイツと映画見に行ったんだけどな』
思わず力が入って、指が沈む。自分の指なのに突然分け入ってくるソレが、電話相手の指に思えて。
「ひっ! あ、ぅ…」
ゾクゾク背中を走る感覚に、ぎゅうっと締め付けてしまう。漏れてしまった声は、きっと濡れきっていたけれど。
『? おいおい大丈夫か? 調子悪いならもう切った方がいいか?』
「まっ! 待って、大丈夫だから…」
『そーか? それならいいけど…少しでも体調悪くなってきたら言ってくれよ』
荒くなる息を押さえ込むように、携帯をそっと口から離す。でも私を心配してくれる声を遠ざけたくない。
奥へ奥へ、入りたがる指と頭に響く声に泣きたくなるくらい。
「うん…あ、りがと…映画だっけ。私も行きたいな…」
アンタと。
言葉にしては言えないから、心の中で思うだけ。
『おー、いいんじゃないか? 今やってるアレ、ほんと面白かったぜ。行ってみろよ』
ああ……一緒には行ってくれないんだな、って。当たり前の事なのに、やっぱり泣きたくなった。
「うん…そうする。それじゃまた、明日ね」
『おう。また明日』
こんな約束、ただの口約束。電話の相手なんていつ面倒になられてもおかしくないのに。
たったこれだけの約束が嬉しくて、昂ぶってしまう。
…うん、電話はちゃんと切ってある。もう…いいよね。
「う、あああっ! ひっ、ん…うぅああああ!」
どんな顔をしてるのかは分からないけど、見られたら幻滅されちゃうんだろうな…
それでも止められない。
一番大きい波が来て、終わってからベトベトの手を見ても、私の口端は嬉しそうに歪んだままで。