風邪


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茶色の髪。ツーサイドアップっていうのか、束ねた髪の一房を手に取ってみる。

…うん、いい感じの匂いがする。どこか頭がグラつくようで、何かを考えることもできなくなるような…

 

「きょ…たろ…だめっ、アンタ風邪なんだから…!」

 

耳を打つのは遠い声。ほとんど胸の中と言っていいくらい近くにいるのに、なんでこんなに遠く聞こえるんだろう。

必死…いや、焦りか? 余裕のなさそうな真っ赤な顔の中で、瞳が揺れている。

 

「やっ…だ、ぁ…そんな嗅がないでよ…」

 

身体がだるい。力が入らなくて、壁にもたれかかるみたいな体勢にならないとシンドいと来た。

自然と顔は憧の髪に埋まって、呼吸の時には外気を通すフィルターみたいになって。肺を通じて、頭の中が全部憧で占められていく。

 

「ふきゅっ…! あ、熱いよ京太郎…お、重い…きゃっ!?」

 

壁に突いた手にも力が入らなくなってきた。朦朧とする意識に伝わってくるのは、柔らかい肩の感触。

思わずしがみつくけれど、一緒にバランスが崩れてしまったみたいだ。

 

「京太郎…? 京太郎! 大丈夫!?」

 

ああ…なんか、腕も動かない。ダルすぎて目を開ける事すら億劫だ。

下半身は固い床に投げ出されたのか、ズボン越しでもえらく冷たい感覚。

上半身は柔らかくて暖かい。枕に埋めた顔が、熱い。けれど…心地よかった。

 

「…大丈夫、今しず達に連絡したから…このまま、休んでて」

 

声が遠い。もう、何を言ってるのかも曖昧で。

ただ、頭の後ろに回された腕が、優しくて気持ちよかった。

 

 

 

ちょっと風邪っぽいのは分かってた。様子がおかしいのも、分かってた。

 

「京太郎? ちょっと大丈夫? 調子悪いならもう帰った方が」

 

話してる途中から、どんどん顔が赤くなって、目が座り出して。

とにかく心配になってそう言った直後だった。

 

「憧」

 

乱暴に、顔の横に突き立てられた腕。壁と京太郎の間に私を閉じ込めるようなそれ。

突然すぎて、何がなんだか分からなくて。それでも顔を見れば、普通じゃないことは分かった。

 

「いい匂いがする…」

 

ダメって言っても耳を貸さなくて。定まらない視線が私を見つめるのが、少し怖かった。

どんどん息が荒くなって、体ごと私に押し寄ってくるから逃げられなくなった。

…きっと、逃げようとは思ってなかったけれど。上も下も、目の前も。目に入る全部が京太郎で占められていった。

 

「ごめ…ん、だめだ…」

 

耳元で吹きかけられる声。ゾクゾクと背筋を走る感覚に気を取られて何を言ったのかは分からなかったけど、多分、ごめんとかそういう言葉だったんだと思う。

だって、その直後に押し倒されたんだから。

 

「う……」

 

抱きすくめられるように倒されて、顔を胸に埋められた。男の人の体重は私には動かせなかったけれど、そもそも病人を押しのけようなんて思わない。

……もしかしたら、病気じゃなくても…なんて思ったりはしないけど。

とにかく、誰かが大変な状況ほど、自分は冷静になるもので。京太郎の熱が上がっていて意識が朦朧としてるのが分かると、落ち着いてしず達に連絡できた。

ここまで来るのにそう時間はかからないはず。それまでに出来る事なんて、残念だけど私には分からなくて。

ただ…少しでも京太郎が楽になれば。そう思ったら、自然と私の腕は京太郎の頭を抱きしめていた。

もう少しだけ、って思いながら。