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 ――これは、ユメだとチェシャ猫は嘲笑った。
 事実、そうなのだろう。
 自分の住んでいた世界とは乖離した風景、行ったこともない場所。
 空気のにおいも、どこか違う。
 きっと此処は、深層心理が作り出した夢幻のセカイ。
 巨人もいない、哀しいことも辛いこともない、ユメのなか。
 ……なのに、クリスタ・レンズを待ち受けるのは――またしても、血腥い争いだった。
 猫は哂った。
 此処から出たけりゃ、アリスを殺せ。
 このセカイに迷い込んだ、哀れなアリスを独り残らず殺せ。
 そうしたらカギが手に入る。
 ああ、尤も――〝帰ってもお前の居場所があるかどうかは知らねえが〟。

 「…………」

 その最後の一言が、まるで刺のように心へ深々と突き刺さっていた。
 己は、ずっとずっと誰にも必要とされない生涯を過ごしてきた。
 妾として生まれ、家から放逐され、軈て心に芽生えたのは自滅的願望。
 消え去りたい、なくなりたいという弱さだけが膨れ上がっていき、気付けば兵士になっていた。
 巨人を駆逐したい。
 死んだ仲間の想いを果たしたい。
 そんな大層な目的なんて、彼女にはない。
 ただ、死にたかったのだ。
 己の身を消滅させたかったのだ。
 だから極めて危険、死亡率の高い調査兵団へ入った。
 でも、未だ自分は生きている。
 死ぬ気配なんてなく、生きている。

 「…………」

 どうしてだろうか。
 どうして、こんなユメを見るのだろうか。
 理由はわからない。
 そも、チェシャ猫の言葉が真実なのかどうかも。
 これが本当に出られないユメなのか、知る術などありはしない。
 無知なる蒙昧。猫は、さぞや可笑しく思っていることと思う。
 それとも、これもまた、自分の願いが生み出したセカイなのかもしれない。

 死にたいなら死ね。
 ――しかし、ユメ。
 すべてユメで、虚構(いつわり)。
 なんて厭なユメ。
 クリスタは嘆息を零し、自嘲するように微笑む。

 「ねえ、わたしは――」

 足元には、小さなナイフがあった。
 本来果物を切るために使うはずのそれ。
 猫が、わざわざこれを残していったわけなど一つだ。
 つまり、選べと云っている。
 アリスを殺してユメから覚めるか。
 自分自身を殺してユメに消えるか。
 どちらを選んでも、チェシャ猫は笑うに違いない。
 だって、どちらもクリスタ・レンズにとって都合のいい風にしかならないのだから。

 墜ちた女神は、ひとり笑う。
 なにを思うでもなく、笑う。
 彼女は病んでいた。
 元々破損していた心が、更に罅割れ崩れていく。
 決壊が進む。
 崩壊が淀む。
 ――彼女は、ただ不運だった。
 その出生から、こうして悪夢に囚われることまで、すべて。
 そして。
 最大の不運は、向こうからやってくる。

 「あれ? 誰かいんじゃん」

 クリスタが今居るのは、家の中だった。
 どこか御伽噺の世界を連想させる、薬などが沢山備蓄された家。
 魔女の家のよう、ともいえる。 
 簡素な扉が外側から開かれ、見えるのは少女の姿。
 年は少し上だろう。
 派手な様相に身を包んだ、桃色の髪をした可愛らしい少女。
 クリスタの常識からすれば〝異装〟と呼んで然るべき、別の世界でギャルと呼ばれる人種。
 男受けもそれなりにあろう整った顔立ちを微笑みに彩り、彼女はクリスタへ近付く。

 「へー、可愛い顔だね。
  アンタあれでしょ? あの猫が言ってた〝他のアリス〟ってやつ」
 「た、多分……そういうあなたも?」
 「らしいね。ま、この通りアリスなんてガラじゃあないけどさ」

 髪をたくし上げながら、少女は笑う。
 ……チェシャ猫の言葉が確かなら、殺し合う関係にある筈の他人。
 恐れるのが当然だ。しかし、クリスタは不思議と恐怖を感じなかった。
 なんといえばいいのだろう。
 ――強いて言えばカリスマ、という形容が一番近しいか。
 惹きつけられる。
 一挙一動が、心を捉えて離さない。

 「私、クリスタ・レンズっていうの。あなたは?」
 「あたし? あたしは江ノ島盾子」

 江ノ島盾子。
 余談だが、クリスタのいた世界では東洋人は既に希少な存在と化している。
 言わずもがな、彼女の名前は東洋人のそれ。
 変わった名前だな、とクリスタは素朴な感想を抱いた。

 「でさ、一つ聞きたいんだけど」
 「いいよ、なに?」
 「――アンタ、〝カギ〟が欲しい?
  誰かを殺してでも、手に入れたいって思う?」

 江ノ島の瞳が、クリスタの知らない感情の色彩を湛える。
 誰だって生きたい。こんなユメのなかで死ぬなんて、御免だと思うのが普通。
 チェシャ猫の言葉を信じるか信じないかは別としてだ。
 そこで、生の欲望に従うか抗うか。
 それがこの悪夢における、最大にして最重要の分水嶺。
 お前はどうするかと、江ノ島は問う。

 「…………私、は」
 「別に咎めたりしないよ。ただ、アンタのありのままを聞きたいだけ」

 やさしく、江ノ島は笑っている。 
 クリスタは、答えねばならないと思った。
 ここで逃げてはいけないと、心の中のなにかが叫んでいた。
 破滅したい。消えてなくなりたい。
 そんな願いを抜きにして、考える。
 殺すか、死ぬか。


 セカイのカギを手に入れる手段が猫の言ったもの以外にもあると、希望的観測に縋ってみるのか。
 その確率は、あまりにも低い。
 そも、あるかどうかすらわからない。不明瞭だ。




 だから。
 クリスタ・レンズは、当たり前のように其れを選び取った。




 「私は――殺さない」

 破損を抱えていても、クリスタが人より遥かにやさしい心の持ち主なことは変わらない。
 その彼女に、他人を傷つけ自分を最優先するなんて身勝手は選べなかった。
 女神、神様、天使。
 仲間から様々な形容を受けるのは伊達ではない。
 優しさと愛慕の心は、生を求める黒い欲望を包み込み消し去って。
 彼女に、戦う未来を選ばせた。

 「難しいことだと、思う。
  でも、可能性はないわけじゃない……カギを手に入れる手段が、他にも」

 江ノ島は、何も言わない。 
 じっと、クリスタを見ている。

 「だから私は、戦うよ。
  ユメから覚める為に、カギを見つけ出す」
 「……誰も殺さずに?」
 「もちろん」

 へえ。
 そう言って江ノ島は、面白いとばかりに喜悦を示した。
 彼女にとっては予想外だったのだろう。
 クリスタが消沈しているのは一目で見分けられた、恐らく内に秘めたる願いもすべて。
 なればこそ、悪徳の道を往くのは自明と考えた。
 が、その憶測は外れ。
 彼女はこの絶望へ反抗し、希望的観測でもってユメを出ることを宣言した。

 「……あなたは、どうするの?」
 「アタシは――んじゃ、飽きるまでアンタについてってみようかな。
  なかなか面白いやつみたいだし、ね。気に入ったよ」

 けらけらと笑い声が響く。
 安堵がこみ上げてきた。
 いくら何でも、やはり一人は心細い。
 己の非力さなど痛いほど承知しているし、まして此処は未知のセカイ、ユメだ。
 仲間は多いほうがいい。
 ――探し物をするなら、なおさらの話。

 「じゃあ、よろしくね。えーと……」
 「盾子でいいよ、こっちこそ宜しく、クリスタ」
 「うん。盾子」

 〝希望〟が、花開いた瞬間だった。
 チェシャ猫にとっては予想外のことか。
 弱さを孕んだ少女は、悪夢で開花する。
 その背中に刻んだ紋章に誓い、絶望に屈さない。

 帰るんだ。
 残酷なセカイに抗って、勝利し、自由を勝ち取ろう。

 (だって、私達の背中には――)

 〝自由の翼〟が、あるんだから。
 そう、クリスタは思った。
 それが最期だとも知らずに、淡い希望を胸に抱いたまま。



 ――――クリスタ・レンズは、背後から放たれた凶手に胸を穿たれた。




 かは、と気の抜けた声が小さな口から漏れた。
 声をあげることも忘れて、目を見開きながら後ろを振り向く。
 そこにあるのは、三日月の形に口許を歪めた、江ノ島盾子の顔。
 なんで。どうして――疑問に答えは出されぬまま。
 絶望の右手が引き抜かれると同時に、夥しい量の血潮が噴出して。
 女神と呼ばれた少女は、儚くも生命の華を散らした。


  【クリスタ・レンズ@進撃の巨人  死亡】



  ×  ×

 噎せ返る血液の匂いが立ち込める中で、江ノ島盾子は満足げに眼前の惨状を見下ろしていた。
 この手で貫いた少女は、最期まで何が起きたのか分からない、そんな顔をして朽ちている。
 信じた紋章。自由の翼の中央を、魔性の腕(かいな)に貫かれて。
 希望は、絶望に蹂躙され、染め上げられて死んでいった。
 其れを、江ノ島は美しいと思う。
 実に絶望的だ、無情で非情で甘美で美麗だ。
 うっとりと。見蕩れるように見つめ、江ノ島は歓ぶ。

 「やっぱり、イイなあ……やめらんないよねぇ……」

 彼女の名前は、江ノ島盾子。
 肩書きを、〝超高校級の絶望〟。
 ひとつの世界を、己の愛する絶望で塗り潰した人類史上最大最悪の絶望的事件が首謀者。
 彼女は、本来死んだ筈だった。
 自身の主催したコロシアイ学園生活の最果て、学級裁判で〝希望〟に〝絶望〟は敗北したのだ。
 伝播する希望。かき消される絶望。
 敗北した自分が味わう、死の絶望。
 それにエクスタシーを感じ、召される最期の〝オシオキ〟が降り注いだ刹那。

 世界は一変し。
 彼女の前には、異形の案内人がいた。

 江ノ島とて、童話の一つや二つは知っている。
 たとえば、不思議の国のアリス。
 それに登場する、チェシャ猫のような存在だと思った。
 彼は江ノ島を見るなり、さぞ可笑しそうに哂った。

 なんだこれはと。
 こいつは、とんでもねえのが紛れ込んだと。
 楽しそうに、愉快そうに。
 猫の話を聞いて、江ノ島も愉快だと感じた。
 ――面白い。今際の際のユメだとしても、今世の終焉に味わうだけの価値はある。

 何よりも彼女をそそらせたのは、チェシャ猫に与えられたある情報。
 〝超高校級の絶望〟の対極にある、〝超高校級の希望〟の才覚を宿した少年の存在。
 苗木誠。この自分を破り、絶望学園から外へ歩き出した彼は、いったいどんな顔をするだろう。
 考えただけで、頬が緩む。
 見てみたいと思う。
 その顔を。
 希望を唱えた少年が、滅ぼした筈の絶望に膝をつく様を。

 「うぷぷぷ……ねえ苗木くん、キミはこんなところでも〝希望〟であり続けるんだろうね。
  じゃあ、アタシはいつも通り〝絶望〟であることにするよ」

 平常運転。
 江ノ島にとってのそれは、絶望を振り撒くこと。
 絶望に染め、引っ掻き回して楽しんで、希望を潰して悦とする。
 亡んだ魔物は舞い戻り。
 悪夢を増長させる絶望として歩き回る。
 たまたま、クリスタ・レンズはそれに行き遭ってしまった。
 ただ。もし彼女が殺し、生き抜く道を選んでいたなら、未来は変わっていたかもしれない。
 クリスタにとって真の幸福ではないにしろ、ここで死ぬことはなかった。
 絶望の嬰児として。
 超高校級の絶望に、ゆっくりと育て上げられていったことだろう。
 希望を輝かせてしまったから。
 その芽を摘み取り、絶望の餌となった。

 ――当の江ノ島盾子でさえも預り知らぬ話だが。
 クリスタ・レンズの本名は、ヒストリア・レイスという。

 彼女の住んでいた世界において、重要な意味を持つ人類の最終防衛線〝壁〟。
 それについての秘密を、彼女は知っていた。
 紛れもなく重要なファクターになるであろう、壁の秘密。
 しかし、クリスタは死んだ。
 ユメの中であっても、潰れた魂は帰らない。
 永遠に。
 壁の秘密は、失われた。
 こことは離れた、江ノ島の手の届かぬ世界に、こうしてひとつの絶望が芽生える。
 これぞ、絶望。
 江ノ島は楽しそうに微笑む。

 悪夢は、まだ始まったばかり。



【D-3/チェルシーの祖母の家/一日目/深夜】

【江ノ島盾子@ダンガンロンパ】
[状態]:健康、気分高揚、服が血まみれ
[装備]:なし
[道具]:不明1、果物ナイフ@現実
[思考-状況]
基本:絶望を振り撒き、このユメを掻き回して遊ぶ。
1:生還に興味はない。
2:苗木誠との再会が楽しみ。
[備考]
死亡直前からの参戦です。
チェシャ猫から〝苗木誠の存在〟を教えられました。

※家屋内部に、クリスタ・レンズの死体が放置されています




004:蜃気楼 時系列順 006:不味
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