「クソ不味い」

 荒廃し、建物そのものが崩れかけた、かつて病院だっただろう場所。
 医者が座るべき椅子に座り、溜め息を吐きながら手元を弄るのは異様な風体の男だ。
 黒いジャケットを着用した容姿は整っていると言えなくもないが、髪の毛は天を衝くように逆立っている。
 地味でありながら派手さを内包した違和を醸す人物。
 彼の職務が何であるのか推測するのは、彼の手元を見ていれば容易かろう。

 ――銃。ありふれたデザインのリボルバーを、手慣れた手付きで整備する。
 かちゃかちゃと奏でる金属音は美しい音色ですらあった。

 彼の名はガストロ。
 俗に云われる〝プロ〟……正真正銘、凄腕の殺し屋だ。

 (依頼ですら無え。
  好き勝手に殺して回るなんつーのは、専門外だってのによ……)

 殺し屋とは、当然ながらヒトを殺す職務だ。
 過程や方法、標的(ターゲット)の身の上事情など聞く耳持たず。
 依頼者(クライアント)の希望に添えて、己の利潤も考慮しつつ、確実に仕留める。
 それで金を稼ぎ。それで飯を食う。
 金さえ積まれれば必ず動くという訳でもないが、心情と仕事は割り切って動く、それがプロ。
 ガストロはその点、紛れもなくプロの呼び名に相応しい。

 ――そんな彼が、何故こうも気乗りしない様子を見せているのか。

 理由は一つ、単純明快。
 殺し屋(アサシン)と殺戮者(マーダー)は、イコールでは決して結ばれない。
 似て非なるもの、なのだ。
 後者は状況も条件も関係なく、言ってしまえばただ数を殺せば良いだけだが。
 自分達暗殺者は違う。
 様々な土地で、あらゆる条件を想定して、数ではなく質を極めて一人を殺す。
 この通り、響きこそ似ていても本質は真逆。
 忍ぶことを知らない殺戮者に精密な殺しが出来ないように。 
 数殺す術に欠けた暗殺者に作業的な殺しをすることは至難。
 それが、ガストロを困らせる最たる理由であった。

 (マッハ20の超生物なんてモンが実在すンだから、ユメのセカイがあってもおかしくねえ、か。
  ――いやいやいや、可笑しいだろ。いつからこの世はファンタジーになったんだよ)

 止めとばかりに、舐め腐った態度の不気味な猫が語った言葉。
 曰く、世界ならぬ〝セカイ〟。ユメのようなもの。
 言い方からするに、ただのレム睡眠が見せる幻でもないようだった。
 ガストロとて、猫が喋るという非現実的光景を除いても、易々と信用はしなかったろう。
 彼に信じることを余儀なくさせたのは、ひとえに客観的な事実。
 如何に睡眠中、無防備な状況であったとしても、簡単に拉致を許すほど自分は腑抜けていない。
 僅かな振動でさえも鋭敏に鍛え上げられた殺し屋の神経は感知し、返しの手で速やかに返り討ちにする筈だ。

 (アリス、カギ。覚めたかったら殺しまくれってか。
  ……不味いなあ、ホントに不味い。虫も食わねえ不味さってのはこのコトだぜ)

 此処で死ぬつもりは、無論ない。
 早々に片付け、次の大きな依頼をこなすつもりだ。
 カギを手に入れる。問題はその手段。
 不慣れな分野で狙うのか――それとも、猫の示した道筋に叛くか。
 どちらも気乗りしない、というのが正直なところ。
 まず、あの猫からしてガストロは素直に信じられずにいる。
 言わずもがな、胡散臭い。アレはペテン師の類だろう。
 カギを巡り必死こいて殺し合って、最後に騙されてましたでは済まない。
 他のアリスとやらがどうなっても構わないが、己が脅かされるのだけは勘弁願いたい。

 「どうしたものかね――――っと」

 やれやれといった風に呟き。
 つい先程まで整備していた銃を、己の口に突き込み、美味そうに咥える。
 プロの殺し屋ともなると、皆一様に何かしらの拘りを有しているもの。
 たとえば、素手。
 たとえば、洗練した毒。
 そしてガストロのそれは、〝その日一番美味い銃を使うこと〟。
 美味い銃は即ち、最も手に馴染む。

 「……美味え、な。仕事やる上で、差支えは無さそうだ。寧ろ絶好調ってやつか」

 チェシャ猫の残していった銃。
 味は相当の上物だ。この分だと、犬死には晒さない自信がある。
 殺すにしろ抗うにしろ、襲ってきた輩を仕留めるには十全だ。
 どうしたものか。いっそ猫を殺せば出られるというんなら、やることも明確でいいが。

 (脳天ブチ抜いて死ぬんなら楽だけどな。
  妖精だの悪魔だの、そんなもん殺すどころか見たのも初めてだ。
  ま、次見たら一応殺りにかかってみるけどよ)

 やはり、不味い。
 標的のしっかりしない殺しは、不味い。
 美味いのは銃だけだ。
 ふう。銃を咥えながら再び溜め息を吐いて、ガストロは一先ず転機を待つことにした。
 ――その物腰から、確かなプロの凄みを醸して。


【B-2/廃病院/一日目/深夜】

【ガストロ@暗殺教室】
[状態]:身体の状態、または精神的なものについても
[装備]:S&W PC M629(6/6)@現実
[道具]:S&W PC M629予備弾薬(24/24)
[思考-状況]
基本:どうしたもんか。ただし、ユメからは絶対に出る。
1:襲って来るなら容赦はしない。
2:チェシャ猫を次に見た時には、一応殺してみる。
[備考]
本編登場前からの参戦です


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Open the Nightmare ガストロ :[[]]

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最終更新:2014年01月02日 14:04