秘封☆ 08まで 書き起こし

 

  01 「序章」

 

 紫  「この世、現代には

    幻想を探せど、それはどこにも存在しない。

    求めるは、夢と幻。

    希望を為すため、幻想郷を渇望する。

    たった一人の人間のために、

    私は人であることを捨て、妖怪となった」

 紫&メリー「夢を見る。楽しかった、過去であり未来の出来事

      どうでもいい馬鹿話や、くだらないインターネット番組の話題を話し

      専門の違う彼女と、学問の押し問答を唱う。

      とてもきらびやかで、華々しく美しい学生時代の事。

      その渦中にいる時には気づかないものだが

      と、思い出という過去になった途端、それが

      非常に美しい出来事と成る。

      懐かしい心象風景。そんな心の風景を懐かしく思い浮かべながら」

 メリー「わたしは」

 紫  「わたくしは」

 紫&メリー「目の前にある食事を再開する」

 

 

  02 「大学のカフェテラス①」

 

 

メリー「いつものカフェテラスで、いつもの何気ないひととき」

店員女1「いらっしゃいませ。ご注文は?」

蓮子 「アイスコーヒー!砂糖、ミルク、アリアリで!」

メリー「私もアイスコーヒー」

店員女1「かしこまりました」

蓮子 「うっ、うーん、今日もいい天気」

メリー「ほんと……」

蓮子 「どうしたの?なんだか元気ないみたいだけど」

メリー「んーん、なんでもない」

蓮子 「なんでもないって言う時は、大抵隠し事をしている時なんだよねぇ」

メリー「はぁー……。お見通しかぁ……」

蓮子 「そりゃあ、長い付き合いだからねぇ、私たち」

メリー「ふふっ、そうね」

蓮子 「大船に乗ったつもりで話してみなさい」

メリー「大船は大船でも、あなたの大船は泥船のイメージ」

蓮子 「そうだね、でも泥は、美容にいいんだよ」

メリー「意味がわからないわ!」

 

 メリー「私は近頃、毎夜見る夢の話を彼女に語った

     私の持つ境界が見える能力が、境界を操る能力に変化したこと

     妖怪となってしまったこと

     全ては、断片的な夢。だけど、感覚がとてもリアルなのだ

     日が暮れ始めてきた。夕暮れの空はとても綺麗で太陽はとても真っ赤だ」

 

店員女1「アイスコーヒーがお2つ、お会計462円になります。」

 レジスターの開く音

蓮子 「ごちそうさまっ!」

メリー「また来るわ」

店員女1「ありがとうございました」

 

蓮子 「あっ、そういえば、駅前に新しいブティックがオープンしたんだって」

メリー「そうなの?」

蓮子 「せっかくだから見に行こう?」

メリー「はぁー……。勝手ねぇ……」

蓮子 「ほぉらっ!はやくはやく!」

メリー「あっ、待ってよ!ねぇーえー」

 

 メリー「デジャブ。前にも経験した事のある、この既視感

     体が動かなかった。

     まるで、この後に起こる出来事を全て受け入れなければいけないかのように」

 ドスッ

 メリー「ドスッと、何かがぶつかった音がした

     体が勝手に動く。自分の意志とは無関係に

     まるで、体に意思があるかのように

     私はゆっくり、彼女の元へ歩いた

     そして、私は真っ赤な水溜りの中でしゃがみこんだ」

 

 

  03 「死人の村」

 

 

 メリー「気づけば私はどこかわからない平野に居た

     周りには何もない。ここはどこなんだろう?

     頭が痛い。ここがどこなのか、自分は誰なのか

     今まで何をしていたのか

     それら全てがあやふやで曖昧な意識の中

     私は、抱きかかえたまま歩き続けた

     やがて日が暮れ、夜になり、朝になり

     それを幾度繰り返しただろうか

     喉は渇き、腹は飢えを訴え続け

     視界はおぼろげになっていった

流水の音

 メリー「川があった。どうしようもなく喉が乾いていた

     汚れた土砂の混ざった川の水を啜る

     お腹を壊し、下世話な話

     上から下から嫌というくらい吐き出してしまう

     私は一体、何をやっているのだろう?」

 

 メリー「ふと、意識の根底で気が付いた

     想像をする。想像をした分類を逆の分類にする想像」

魔法SE

 メリー「川の水を私にとって飲める水に変えた

     単純な能力。物事の境界を弄る

     単純であるがゆえに、力は大きく作用し、その反作用も大きい

     次にこの枯渇した体で力を行使すれば、肉体と精神が保てないだろう

     それにしても、私はいつこんな力を得たのだろう?」

 メリー「食べ物もなく、飢えを耐えるこの現状を幾夜繰り返したことか

     いつしか私は、死を覚悟した。もうダメかと諦めかけた時

     遠くに、集落が見えた

     助かった!

     だが、この集落には死体しかなかった

     カラカラに乾いた枯れた井戸、鼻を突くような腐臭

     見渡す限り、ひび割れた乾燥した地面には

     赤黒く虫の集った何かが、あちらこちらに散乱している」

妖怪 「」クチャクチャ

 メリー「何かクチャクチャと音がする

     見ると目がギョロリと飛び出しかけた男が一人、死体を食べていた

     『ああ、これはひどい』と思った

     そして私は、そいつに食われるイメージが容易に想像出来た

     こんな凄惨な描写は、ゲームやアニメの中だけにして欲しい

     現実には、コンティニューなんてものは出来ないのだ

     人であるならば、吹き飛ばされた足は、復元なんてできないし

     2L程の血を体外に失えば、命を失う

     致死量を流しながら戦うバイオレンスヒーロー

     そんなものをかっこいいと憧れるのは、二次元の世界だけで沢山だ」

 メリー「私はまだ、あの生々しい音が耳について離れない

     ギュウっと強く抱きしめる(恐らく蓮子の首級を)」

妖怪 「」クチャクチャクチャ

   「む、ふ、ふ、フワ~、ふひひひ、新鮮な肉が来たぁ

    ハエの集る腐り落ちた食事には正直飽き飽きしていた所だった」

   「」涎を啜る音

 メリー「いきなり私は食材として認定された 

     目の前の男は、先程人間と称したが、観察するとそうではないようだ

     体は異様に大きく、赤黒いカサカサとした肌

     ところどころ皮膚が毛羽立っているのかと思ったが

     よく見ると鱗のようになっている。まるで、人が龍や魚に変化するが如く

     あくまでこれは、私の勘でしかないが恐らく

     彼は、人間を食らううちに、妖怪か何かに変態してしまったのではないか」

メリー「私たちは人間なんですけど」

妖怪 「俺も人間だ」

メリー「嘘つきね、嘘つきはオオカミさんに食べられちゃうわよ」

妖怪 「俺は食らう方だ!嘘つきを食らうのは狼ではなく

    (スゥッ)この俺だぁ!」

ブゥンと腕を振り風を切る音

 メリー「突然、彼は襲いかかってきた

     男は、人間とは思えない速度で殴りかかってきた

     あまりに突然過ぎたので、反応が遅れた」

体を捻る音

 メリー「どうにか反射的に体を捻って回避しようとするが間に合わない

     私は無事だったが、抱えていたボーリング玉大の彼女が

     直撃を受けた」

蓮子の首級が殴られ壊れる音

メリー「キャー!」

 メリー「私は声にならない悲鳴を上げる

     腐敗の進んだ彼女の頭部は、崩れやすく脆くなっているというのに

     大事に、大事に。壊れないように大事に抱きかかえてきたのに

     私は粉々に吹き飛んだ欠片を拾い集めながら

     それらが全て肉塊になってしまった事を悲しく思った

     唯一、右の眼球だけは原型をとどめたまま無事だった

     それを見ながら、ホッと安心しながら笑みが浮かぶ

     気持ちを切り替え、私は頭を上げ目の前の男を睨んだ

     こいつを殺したくて、殺したくて仕方がない」

妖怪 「フヒヒ、フヒヒヒヒヒ、女の肉は久しぶりだからなぁ

    嬲り殺して、しっかり楽しんでからバラバラにして食べてやるよ、ヒヒヒヒヒ」

 メリー「赤黒い男が浮かべる、楽しそうなニヤニヤとした笑顔

     それが余計に、私の神経を逆撫でする

腕を振るう音

 メリー「再び奴は、大きな右拳で殴りかかってきた

     人間というより、こいつは妖怪だ

     同族でないのだから、妖怪は殺してもいい種族だと思う

     だから殺そう。自己防衛なのだから、綺麗事はいらない

     殺さなければ、慰み者にされた上に、食い殺されてしまう

     彼女を大切にポケットにしまい込み、私は素早く妖怪の動きを観察する

     彼女を抱きかかえていないから、両手が開いている。どうにか対応はできる

ブンッ

 メリー「右拳を後方に避け、相手の右上腕二頭筋にそっと手に触れ」

魔法SE

 メリー「イメージをする」

グシャッ、パァン!

妖怪 「ああん?」

 メリー「途端、パックリと体と腕が離れた」

妖怪 「ギャー!」

 メリー「妖怪は悲鳴を上げて、のた打ち回っている

     頭がクラクラとした。恐らく、力の反動であろう

     力を行使する度に、自分の何かが削られている気分だ

     強いて言えば、魂がガリガリと削られているイメージだろうか」

メリー「体は一塊だと思うかもしれないけど、そんなことはない

    幾らでも細分化することができるわ。それこそ、素粒子のレベルまで

    幾らでも、ね」

妖怪 「や、やめてくれぇ、ああああ」

メリー「やめないわぁ、脅すために説明した訳じゃないの。私はただ

    口に出して確認しただけ」

魔法SEと体が分けられて行く音

妖怪 「ウワー!」

 メリー「妖怪は私をバラバラにすると言ったけど

     バラバラにしたのは逆に私の方だった」

 

 

  04 「食事」

 

 

 メリー「懐かしき心象風景。放課後の大学構内にあるカフェテラス

     オシャレで優雅にアイスコーヒーを注文し

     カラン、コロンっと四角い氷をストローで弄り遊びながら

     目の前の少女と談笑をする楽しい一時

     正直な話、私は記憶を失っていた。記憶喪失という奴だ

     心象風景の登場人物である、彼女の名前がはっきりと思い出せない

     この地にいた時に抱えていた頭だけの彼女が、その彼女だ

     今は、この右眼球のみ

     私はなぜだか、彼女のためにも、死ぬわけにはいかない気がした

     だからこそ、目の前にある食事を再開する」

咀嚼音

 メリー「私の体と口元は返り血で真っ黒に汚れていた

     人間というものはどうしようもない状況に陥ると何でもできる生き物なのね

     そうまるで他人事のように考えた」

 

 メリー「烏はなんでも食べる雑食である。その鳥の肉は非常に臭みがあり味も不味い

     人間は、それ以上に多くの生き物を殺し、食べる

     もちろん、それに比例して、烏の肉以上に人肉は臭みを増しているし

     味も不味さという感覚を超えて、全身の肉体が全力で拒絶する味だった

     カニバリズム。食べるという行為は、生存本能の上で大事なことだが

     同種同族を食することは禁忌とされている

     それをした時点で、その種族をやめるということにほかならない

     目の前にある、まだ人の形をかろうじて残している血なまぐさい肉塊

     この肉の塊は、飢えと渇きで死に直面した私を

     無理やり食い殺そうとしたのだ

     食われる感覚は味わいたくないし

     嬲りものにされるのも身震いするほど気持ちが悪い

     その上で殺されるのは嫌に決まっている

     だって私は死にたくないし、彼女のために何かやることがあるのだから

     私は、腐敗の始まった眼球を取り出し、彼女に微笑みかけた」

 メリー「故に、私はその妖怪を殺した。所謂、正当防衛という奴だ

     正直、私の方が割に合わないと思う

     私はその妖怪を食べ、飢えを凌ぎ、血で渇きを癒やした

     最初は生臭くて不味くて、何度となく嘔吐してしまった

     でも私は死にたくなかったから、力を行使し、味覚を調整し

     それを我慢して、ちょっとづつ食べて、ちょっとづつ飲んだ

     何度か食すうちに、食べやすい部位があり、慣れると美味しかった

     太腿の内側の辺りとか、筋肉の少ない比較的だらしない贅肉のある部分は

     そこそこ食べやすい

     繋ぎ目を想像し、食べやすいように小分けにする

     血でベタベタになった手で欠片になったそれを見る」

 メリー「『今の私は、死体の腐れかけの肉と血の残りカスだけで生き繋いでいる』

     そう言いながら、ムシャリと生のままの骨付き肉を頬張る」

ムシャムシャ

 メリー「生き物というものは、生き物の命を喰らって生きるもの

     私は無理やり自分自身を納得させ、肉を飲み込む

嚥下音

 メリー「『私、落ちるところまで落ちたのだろうか』

     すぐに、そんなことはないはずだと思い直す

     だって落ちるということは、死ぬことだ

     死ぬということは、無に等しい。つまり、何も残らないということだ」

 メリー「肉は土に帰り、血は風化して天に還る

     後世に意思や言葉が残ったり、食われ血肉として残ることもあるだろう

     だが全ては、最後には何もなくなるのだ

     私は、死後の世界などないと想像する

     死んだことがないからわからない。でも、そんな世界があるのなら

     実際に見てみたいものだ。実際にこの目で見ることが出来るのならば

     私は、信じるだろう

     数百年の後、それを証明する者が現れるが

     それはまた別のお話である」

 

 

  05 「名医」

 

 

メリー「時代錯誤も甚だしいわね、何よここ……」

メリー「誰か、医者を!誰か、医者を!」

 メリー「腐敗を防ぐ術を私は早急に欲しかった

     彼女は少しずつ腐敗している。早く何とかしなければ」

メリー「なんで誰も掛けあってくれないの!?

    私がこんなに困っているっていうのに!」

永琳 「当然ね、そんな血まみれの格好で、死人の眼球を見せびらかす狂人に

    誰が話しかけられると言うのかしら?」

メリー「彼女は生きているわ」

永琳 「お嬢さんが生きていると言うのなら、そうなのでしょうね

    まぁ、どちらでもいいわ。私にとって、生死は些細な問題では無いもの」

メリー「あなた、誰?」

永琳 「お嬢さんが求める医者よ」

メリー「本物かしら?」

永琳 「本当に本物よ。月の都の賢者は、この地上の医者より名医なの」

メリー「月の都って何よ?ほんとに胡散臭い

    でも、信じるわ」

永琳 「あら、信じるのね」

メリー「ここに来て見たいろんな人間と違って、私に近い感じがするから

    まるで、大昔の日本にタイムスリップした気分

    どの人間も古臭い格好をして、時代遅れも甚だしいし」

永琳 「お嬢さん?今は何年かしら?」

メリー「西暦二千……ってなんでいきなりそんなことを聞くの?」

永琳 「年号を聞かれて、西暦を言うなんて……

    あなたは外界を知っているのね」

メリー「なによ、それ」

永琳 「今は朱鳥(しゅちょう)元年、おめでとう

    お嬢さんは時間旅行に成功したようね」注:朱鳥は686年の1年のみ使われた元号

メリー「冗談……いえ、信じるわ」

永琳 「あら、信じるのね」

メリー「あなたが嘘を付いているようには見えないわ

    それに多分、今の私にはそれがわかる

    真実と虚偽の境目は非常にわかりやすいから

    じゃぁ、彼女の腐敗を止める術はこの時代では用意できないのね……」

 メリー「愕然とした。彼女が朽ち果てる姿なんて、見たくはない」

永琳 「いえ、準備できるわ」

メリー「本当に?」

永琳 「ええ、私は名医なのよ。まぁ、最もただの賢者だけどね」

 メリー「彼女の名は八意永琳

     この都に来ているとある貴族の付き人をしているそうだ」

永琳 「まぁ、それもあと数日で終わるのだけどね」

メリー「そうなの!?」

永琳 「少々事情があるのよ

    こっちへ来て、必要な物を取り揃えるから、私の部屋に行きましょ」

メリー「わかったわ」

二人の歩く音、そしてノブを回し軋んだ音を立て開くドア

永琳 「さて、と。ここがそうよ」

 メリー「言われるがままに、私は研究施設のような不思議な部屋に通された」

メリー「ホントに飛鳥時代?さっきと別の意味で時代錯誤なんだけど」

永琳 「月は文化が進んでいるのよ」

メリー「興味深い話ね。1億ドル有ればこの目で見ることが出来たのかしら?」

永琳 「一億ドル?」

メリー「月面ツアーの資金が丁度それぐらいなの」

永琳 「へぇー、人は月に来るのね。今からどれほど先の話?」

メリー「十何世紀も先の話」

永琳 「私にとっては、そっちの方が興味深い話だわ」

メリー「そうかしら?それじゃあ、そのうちお話して上げるわ、未来の話を」

永琳 「じゃぁ、少し彼女を借りるわね」

 メリー「そう言って医者は彼女を丁重に扱った

     早くしなければ、根腐れしてしまう。魂が摩耗してしまう」

永琳 「これはもうダメね」

メリー「どうして!あなた、名医なんでしょ!」

永琳 「かろうじて機能しているかもしれないけど

    この眼球は既に腐ってずいぶんと時間が経ちすぎている」

メリー「そんなぁ!」

永琳 「でも、一つだけ手が有るわ。栄養をちゃんと与えてあげればいいのよ」

メリー「栄養?」

永琳 「普通の人間じゃあ、苗床としてはダメね

    もっと生命力のある苗床でなくては、そう、あなたみたいな力のある妖怪にね」

 メリー「私は了承した

     彼女が彼女として形を残すのであればそれはとても喜ばしいことだから」

 メリー「数日後、私は右目を摘出し、彼女と私を繋ぎ合わせた」

 

 

  06 「私と宇佐見蓮子」

 

 

 メリー「彼女の目はとても面白かった

     辺り一面、星々がきらめく夜空が広がっている

     左目を閉じ、右目だけどこの夜空を見上げた

     星々を見ると、自分が今どこにいるのか、が意識的に理解できた

     月を見ると、今が何時何分なのかが日本時間にて意識的に把握できた

     面白い、これがいつも彼女が見ていた世界なのね」

メリー「蓮子……」

 メリー「私は彼女の名前を思い出していた

     夢に見るのだ、彼女との生活を。でも私はそれを全て夢とは思わない」

 

 メリー「胡蝶の夢。あれは全てが現実なのだ

     一方で、未だに私は自分の名前を思い脱せないでいる

     気持ちが悪い

     彼女を移植してからというもの、気分が悪くなり

     しばしば意識が混濁することもある

     頭がグワングワンと揺り動かされ

     脳みその内側から響く声、耳元に囁きかける声

     誰かが私に語りかけてくるような不思議な感覚

     ほらっ、また私は今意識が混濁してきている

     私が、私でなくなる感覚とでも言うのだろうか?」

紫  「そうね、そもそも私の居た時代と、人の流れに食い違いが出来てきている

    そうだ、知るかぎりだと、彼女の父親もそれだ

    佐藤義清、出家した後に西行法師と呼ばれた男

    彼は、私がもともと居た時代 では

    河内の国、弘川寺にて建久元年に亡くなっているはずだ」

      注:建久元年は1190年5月16日~12月29日

        史実では西行法師は文治6年2月16日(1190年3月31日)に亡くなっている

紫  「私が蓮子とあの地へ赴く際、色々と調べたのだから間違いない

    それが、私と関わった西行寺様はどうだったかしら?

    娘を残し、それよりもはるかに若い年齢で亡くなっている

    だから、私は気付いてしまった」

メリー「何を?」

紫  「つまり、私は理解した」

メリー「だから、何を?」

紫  「蓮子を救おうと世界の抑止力に抵抗した

    自らの持つ境界を見る能力を、境界を操作する能力に昇華させた

    私は、因果律を歪めてしまった、世界的に、蓮子は死ぬはずだった

    その事実を歪めた、生と死の境目を、あるべきこととなかったことの境目を

    あらゆる境界をいじくり回し、蓮子の死を回避した

    それは同時に、莫大な因果と世界の情報が私の脳内に取り込まれた

    莫大な情報量は、とても処理できるものではなく

    私の肉体と精神がそれら全てを拒絶し、暴走した

    能力の暴走。恐らく、時間軸というものの境界が関与されたと思われる」

メリー「何よそれ、蓮子は死んでしまったのよ!

    ていうか、あなたは誰?」

紫  「あなたの名前は、八雲紫よ」

メリー「言葉のキャッチボールって知っている?

    私はあなたの名前を聞いているの!」

紫  「あなたの名前は、八雲紫」

メリー「話にならないわね」

紫  「そうね、よく言われるわ」

メリー「変な人」

紫  「んふふふっ、それもよく言われるわね」

 メリー「愉快そうに彼女が笑う」

紫  「それでは、ごきげんよう」

 

 メリー「私は、そんな曖昧なよくわからない夢を見たその日より

     八雲紫と名乗ることにした。理由は特にない

     自分の名前を思い出せない故

     この世界で名乗る名義がないのは、非常に不便だからだ」

 メリー「適当に決めた名前にも関わらず、なぜだかとてもしっくり来た

     それから私は、その名前で肌身まだ馴染まぬ彼女とともに生きた」

      注:ここからメリーの一人称が「わたし」から「わたくし」になっている

 メリー「この日本を、何百年、何千年という長い年月を」

 

 

  07 「西行寺幽々子」

 

 

鳥のさえずり

 メリー「あるとき、不思議な少女に出会った」

幽々子「近寄らないで!

    私はこれ以上、誰かを殺してしまうのは嫌なの!」

 メリー「その人間は触れたもの全てを死に導いてしまうそうだ

     難儀な能力である

     私は、生と死の境界を操り、その力が自分に作用しないように仕向けた」

幽々子「あなたは、なぜ死に誘われないの、どうして?」

メリー「私は、色々と特別な存在だからよ、そう、あなたと同じ」

幽々子「私と、同じ?」

メリー「そう、似たもの同士仲良くしましょう?」

 メリー「彼女は驚き、涙を流しながらとても喜んだ

     私は、その女性と友達になった

     人ならざる力を持った者同士のフィーリングなのか、話の相性が合った」

幽々子「ふふふっ。紫、あなたのお話はとっても面白い」

メリー「あらっ、私もあなたが喜んでくれて嬉しいわ

    長すぎる年月は退屈そのものなの

    こうやって誰かに話を聞いてもらえることは、私にとってとても得難い幸福よ」

幽々子「もっとお話を聞かせて!あなたの物語を!」

 メリー「少女の名は、西行寺幽々子

     多くの従者を殺し、友達を殺し、親兄弟をも殺した

     全ては彼女の思いとは裏腹に、自身が持つ、その力のせいで

     恐ろしい異質な力を畏れ、幽々子の両親は彼女を座敷牢に閉じ込めた

     本来それは、触れるだけで力が発生する物だったが

     日に日にその力は強まっていった

     幽々子が触れたわけでもなく、同じ屋敷に居ただけで命を落としてしまった

     まるで、空気感染するウィルスのよう」

幽々子「私は、一人になってしまったわ

    でも、よかった。最後に紫、あなたという友人を持てて」

 メリー「彼女の望みは、自らの死

     これ以上、膨らみ続ける力は、いづれ自身が望まぬ形で

     もっと多くの命を奪ってしまうことだろう」

 メリー「私は、彼女の望みを叶えてあげた

     苦痛を伴わない、心穏やかな眠りを与えるつもりでいた

     だが、幽々子はそれを拒絶し、苦しみを求めた

     今まで自身が犯した罪を罰してもらいたいかの如く

     苦痛を求めたのだ

     彼女の力は毒そのもの

     その、自らの毒と同様の苦しみを、私は彼女に与えた

     半日ほどじっくりと、じわじわと猛毒が広がり

     最後には、とても酷い苦悶の表情を浮かべ、絶叫し、事切れた

     一時も離れず、一挙手一投足、全てをこの目に焼き付ける

     自分はなぜこんなことをするのだろう?

     あの時のことを忘れないようにとでも言うのだろうか?

     記憶が風化して、蓮子のことを忘れてしまうことが

     ただ怖いのだろうか?

     私は最低な人間なのだな」

 

 

  08 「大学のカフェテラス②」

 

 

メリー「いつものカフェテラスで、いつもの何気ないひととき」

店員女2「いらっしゃいませ。ご注文は?」

蓮子 「アイスコーヒー!砂糖、ミルクは要らないわ」

メリー「私はアイスモカ」

店員女2「かしこまりました」

蓮子 「それにしても、今日は生憎の天気だねぇ」

メリー「そうねぇ……」

蓮子 「どうしたの、メリー?なんだか元気ないみたい」

メリー「ん?んーん、なんでもない」

蓮子 「なんでもないって言う時は、大抵メリーは隠し事をしている時なんだよねぇ」

メリー「お見通しかぁ……」

蓮子 「そりゃあ、長い付き合いだからねぇ、私たち」

メリー「ふふっ、そうね」

蓮子 「大船に乗ったつもりでこの蓮子様に話してみなさい」

メリー「大船は大船でも、あなたの大船は泥船のイメージ」

蓮子 「そうだね、でも泥は、美容にいいんだよ」

メリー「意味がわからないわ、蓮子」

 メリー「私は近頃、毎夜見る夢の話を彼女に語った

     私の持つ境界が見える能力が、境界を操る能力に変化したこと

     記憶喪失になってしまったこと、妖怪となってしまったこと

     全ては、断片的な夢。だけど、感覚がとてもリアルなのだ」

蓮子 「面白いね、その話。ちゃんとした作家さんに書かせたら

    物語として完成したものに成るんじゃない?」

メリー「そうかしら?」 

蓮子 「中途半端な作家が書いたら、言いたいことだけ先走って

    グダグダな話になりそうだけどね」

メリー「そうねぇ……。ホントにそう」

 メリー「日が暮れ始めてきた。夕暮れの空はとても綺麗で太陽はとても真っ赤だ

     まるで血に染まったような、鮮やかな赤」

 

店員女2「アイスコーヒーがお1つ、アイスモカがお一つ

    お会計506円になります。」注:アイスモカはアイスコーヒーより百円高い331円

 レジスターの開く音

蓮子 「ごちそうさまっ!」

メリー「また来るわ」

店員女2「ありがとうございました」

 

蓮子 「あっそういえば、駅前に新しいブティックがオープンしたんだって」

メリー「そうなの?」

蓮子 「せっかくだから見に行こう?」

メリー「はぁー……。勝手ねぇ……」

蓮子 「ほぉらっ!はやくはやく!」

メリー「待ってよ、蓮子ぉー」

SE

 メリー「デジャブ。前にも経験した事のある、この既視感

     体が動かなかった。

     まるで、この後に起こる出来事を全て受け入れなければいけないかのように」

メリー「やめて、やめてよ!誰か助けてっ!もう嫌!いやー!」

 ドスッ

 メリー「ドスッと、何かがぶつかった音がした

     体が勝手に動く。自分の意志とは無関係に

     まるで、体に意思があるかのように

     私はゆっくり、彼女の元へ歩いた

     そして、私は水溜りの中、真っ赤な蓮子の頭を抱きしめた」

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最終更新:2015年02月05日 21:27