お茶会草稿

L
Saluton!(こんにちは)
はじめてのエスペラント から来ました、ザメンホフの娘のリディアです(*゚ー゚)
今日は人工言語アルカのお茶会にお呼ばれしました♪


さる~とん☆ミ
いらっしゃい。アルカの解説をしているレイン=ユティアです。
ほんとはアルカのネイティブだけど、作者さんのご都合主義により一時的に日本語が話せるようになりました=・ω・=


(小声)ねぇ、レイン。この子の顔グラ、私たちより可愛いよ……?
ほら見て、髪の塗りとか、陰影とか。


もう紫苑たら、ひがまないのヾ(;´▽`
「はじめてのエスペラント」は「はじめてのアルカ」を元に作られたんだから、単に絵師さんの腕が上がっただけだお。


soonoyun(こんにちは)。君たちの言葉だとこのように挨拶すると聞いたのだが。
エスペラントの創始者、ルドヴィコ=ザメンホフと申します。


あら、偉人に挨拶していただけるなんて光栄ですわ。
Tre agrable, majstro(はじめまして、大先生)
Mia nomo estas Ŝion Hazki(私は初月紫苑といいます)


あら、こちらのお嬢さんはエスペランティストのようね。
私たちはあまりアルカという言語に詳しくないので、よければ簡単にご説明願えるかしら。


アルカはこの子、レインの世界で話される言葉で、物語の中で使われる架空の言語です。
トールキンの『指輪物語』に出てくるエルフ語や、スタートレックのクリンゴン語と同じような感じです。
最近ではハリーポッターの中にヘビ語(パーセルタング)が出てきましたね。あれもその一種です。

L
ってことは、地球では使ってないの?小説の中だけ?


あ、そうじゃないのよ^^;
作者さんとその周りの人は日常的に使ってるの。
そこがエルフ語など、ほかのファンタジー言語との違いね。


我輩が興味を惹かれたのは、レイン君の世界ではアルカが国際語として普及しているということだ。
確かアルカも人工言語のはず。国際補助語を目指すエスペラントとしては興味深いな。


あくまで私の世界はファンタジーの世界ですからね。魔法もあるし、神や悪魔も存在するのです。
地球とは事情が異なるので、エスペラントにはあまりご参考にならないかもしれません。
それより、エスペラントは地球でどの程度普及しているのですか。


学習者は100万人程度いるけれど、それはエスペラントだけで満足に暮らせる人口という意味ではないわ。
英語を使っている人口が10億人以上と考えると、現実はまだまだ厳しいわね。


ただ、日本語と違ってワールドワイドに使えるという意味では、十分国際補助語だと思いますよ、私は。
商人よりも知的階級の人々に学習者が集中してしまっている点は残念ですけど。


あ、みなさん、よかったら紅茶をどうぞ。
ケーキもありますよ。


sentant!(ありがとう)……で、いいのかな?
まぁ、そういうわけで、今日は色んな話題を皆さんとしていきたいと思います。


  • 国際語の思想


あら、この紅茶おいしいわね。


私の国アルバザードは紅茶文化なんです。
これはアリディアという国から輸入しているお茶で、ミルクと合いますよ。ミルクもどうぞ。


ところでレイン君に質問があるのだが、君の世界は我々のものとどの程度違うのだ?


神と魔法が存在すること以外は、ここと変わらないですよ。リアルに作りこまれていますからね。
私の住んでいる世界はアトラスといいますが、地球と異なる点を探すほうが難しいくらいです。
ちなみに、私の時代は既に神と魔法が無いも同然なので、ハッキリ言って私と紫苑の生活環境はほとんど変わりません。
ただ、アルバザードのほうが現在の日本より科学的に発展しています。


アルバ……ザード。変わった名前。
そもそもアトラスってどんなところなの?地球と似ているって言ってたけど、イメージが湧かなくて……。


リディアちゃん、アトラスの世界地図見る?


わ、これがそうなんだ!?
ほんとだ……どことなく地球に似てるね。
でも、やっぱり地球ではないみたい……。


なるほど、これは面白い。となると、架空は架空でも、君の時代はほぼリアルな世界になっているわけだね。
リアル異世界ファンタジーとでも呼ぶべきか……。面白い分野ではあるな。
なら、君の世界でひとつの国際語が広まった結果、言葉の壁は消え、差別はなくなったのだろうか。


うーん……難しいですね。少なくとも惑星アトラスでは国際語ができた後も争いは絶えませんでした。
それに、アトラスではアルカができてからもう300年以上経ってますから、地方ごとに方言が発達しています。


レインはこの左上の……フランスにあたるところに住んでいます。ここがアルバザードです。
一方、この地図の右側、カナダに当たるところがルティアという国です。
アルバザードとルティアではずいぶん発音が変わっていて、私が聞く分にはルティア語は理解できません。


ふむ、やはりな。
いや、実は私も国際語だけでは差別は取り除けないと考えていたのだ。
だからレイン君の話には首肯できる。


ザメンホフさんは晩年、言語を越えた平和研究をなさっていたそうですね。やはり私も言語だけでは差別は根絶できないと思います。
それでも人類史として見ると、ザメンホフさんの偉業は歴史に残るものだと思います。


偉業……か。
残念ながら、私は人工言語史の中では始点ではないし、終点でもないのだよ。


え……おとーさん、それってどういう意味?

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  • 人工言語史


ねぇお父さん、エスペラントって人工言語の代表じゃないの?


知名度から考えれば、代表ではあるだろう。だが始点ではない。
ビンゲンのヒルデガルトは12世紀に既に人工言語を作っていたし、17世紀には国際的に人工言語ブームが起こっていた。
エスペラントはブームが収束したころに作られた、むしろ当時としては後発の言語だったのだ。


お父さんの前にはヴォラピュクという人工言語が流行っていたころもあったのよ。
逆に、エスペラントの後にはエスペラントを改良したイドやインテルリングアといった言語も出てきたけど。


17世紀当時はラテン語に代わる国際語(正確にはこの時点で求められていた言語は普遍言語と呼ばれる)の需要があったのよ。
でもフランス語が台頭してしまったから、人工言語ブーム自体がおじゃんになってしまったの。
その後フランス語から英語に国際語が移って、今に至るというわけ。


エスペラントは国際語ブームが去ったころにできたの??


1866年にパリ言語学会が普遍言語に関する論文を受理しないことにしたの。
これで完全にアカデミックの世界では熱が冷めてしまったのよ。
一方、エスペラントができたのは1887年でしょ?


それで未だに言語学では人工言語を研究対象として扱わないのよ。
人工言語はアカデミックから分離されてしまったから、平和思想など、思想に基づいた運動になってしまったの。


もっとも、その状態でもエスペラントはここまで勢力を伸ばしたのだから、それだけ共感する人が多かったということですね。
今は英語が完全に支配的だから必然的にエスペラントも下火になってしまい、人工言語界全体が元気のない状態になっています。
作者さんたちは非常に残念がっているようで、だからこそこういうサイトを作っているみたいですね。


失礼だが、作者さんというのは何のことかね?


  • 新生人工言語論


紫苑君、「作者さん」は人工言語界が下火なことを嘆いているといったが、それは一体誰のことかね。


失礼しました。アルカの作者のことです。セレンさんといいます。
81年生まれの男性で、日本とフランスの混血児で、人工言語には10歳から携わっているそうです。
「はじめてのエスペラント」の4人の作者のうちの1人です。


すると、我輩の遠い後輩に当たるということだな。
しかし、なぜアルカの作者の彼がエスペラントをやっているのだろうか。


もともとセレンさんは 新生人工言語論 というサイトから出てきた人です。
ここは人工言語全般を解説したり、人工言語の作り方について説明したサイトです。
言語論ができた当時は地球語など、個別言語に関するサイトしかなく、言語の作り方を解説したサイトはありませんでした。
そういう意味でちょっと珍しい人だったんです。


あぁ、要するに人工言語そのものに興味があるからエスペラントもやっているということなのね。
最初はアルカじゃなくて新生人工言語論を書いてたんだ?


確か、アルカは05年のころは言語論の1コンテンツに過ぎなかったよね。
アルカのほうが言語論より歴史が長いのに。


それはそうと、10歳から人工言語というのは驚きだな。
混血児というからふつうの日本人よりは外国語に接する機会が多かったのだろうな。


あと、セレンさんは大学院で言語学を専攻していたのも特徴的です。
前述のとおり言語学では人工言語を扱わないのですが、人工言語も言語の一種なので、作るときにはそれなりに言語学の知識が必要になります。
特にアルカのように作り込みに命をかける言語では、言語学の知識は必須になります。
しかし言語学専攻ほど人工言語をやらないという矛盾のせいで、なかなか言語学の知識のある作者がいないのです。


作者さんは高校のときに人工言語をやるために文系に転向して、そのまま大学で人工言語のために言語学を学んだそうです。
人工言語をやろうと思って大学に進むことも非常にレアだと思います。
また、彼が大人になったころはちょうどインターネットがブロードバンド化し、こういったサイトを作りやすい環境が整いました。
そういう意味で、言語論が出てきたのは時代の必然だったのかもしれません。


今後はこういったサイトを読んで育った若手の中から、もっと凄い人が出てくるんでしょうね。
なんだか楽しみだわ。


うん、作者さんもそれを望んでいるみたいだよ。
アルカを作りこんで人工言語の限界に挑戦するとともに、次世代を育てたくて色んな解説サイトを作っているんだって。


ふむ、彼についてはよく理解できた。
では、そのセレン君の作ったアルカは、我輩のエスペラントとどう違うのかね?

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  • アルカ


さて、アルカとエスペラントの違いはなんだろう。


私から見ると両者はまったく対極にある言語です。
エスペラントは国際補助語として統合的な方向に向かい、より簡単な文法を目指し、文化の壁を崩し、知名度の高い言語から語彙を流入させます。
なるべく世界をひとつに繋ぐために、英語やフランス語など、メジャーな言語から作られています。


一方アルカの場合、アトラスという世界をどれだけリアルに作れるかに力点が置かれています。
言語はリアリズムの一環で、文化の一部に過ぎません。アルカは世界平和を目指すツールではなく、芸術作品として作られているんです。
だから文法はより自然言語に似せて適度に複雑になっていて、簡単さよりも表現力の豊かさを重視し、文化すらゼロから創造し、独自の語彙体系を持ちます。
エスペラントのdekstro(右)はラテン語から来ているので西洋語の知識がある人にはわかりやすいですが、アルカのmik(右)はまったく地球の言葉と関係ない語源から来ています。


そういう無語源のアプリオリ言語はうちの人も若い頃に考えていたわね。
概念に適当に音を当てはめていくやり方だと覚えられないし、語彙も作りきれないという結論に達したと思うけど。
それとも、mikにも語源があるのかしら?


mikというのはmirokkorから来ていて、「神の方向」を意味します。
私の世界では右が神の方向で、左が人の方向という考え方があります。
左はlankで、「人の方向」を意味するlankkorが語源です。
アルカには万単位の単語がありますが、そのすべてが語源を持ち、恣意的な語源を持つものは少ないです。


ちょっと待って。あの……恣意性が少ないって……。いや、レインお姉ちゃんは分かるよ、ネイティブのアルバザード人だから。
でもセレンさんたちは文化的に裏付けられた語源を持った単語をひとつひとつ覚えられないんじゃないかな。
そんな複雑なものを大人になってから実際に理解して操れるものなのかしら。


――と、思うでしょうけど、どっこい操れるのよw
ここ数年の付き合いのネットのアルカユーザーですら、セレンさんの書く内緒話や難しい話をアルカで読んでしまうわ。
読めるどころかセレンさんの誤植を指摘したり、文化的に矛盾のある記述を指摘したりするレベルにまで達しているわ。
さらにネットを離れれば、私と同じくらいの人が何人もいるの。


セレンさん曰く、アルカの特徴的なところは、ユーザーが作者より有能という点だそうです。
実際私が見ても、人材に恵まれていると感じます。


なるほど。
それにしても、1万以上の単語に語源を付しつつ文化的な裏付けを取りながら造語していくという作業は想像を絶するものがある。
ぜひトールキン氏とも茶会を催すべきと思う。


ただ、それはあくまでエスペラントとコンセプトが違うというだけの話です。
国際補助語を目指すには、エスペラントのやり方がもっともです。


ということは、アルカは国際補助語は目指さないのね?


うん、コンセプトが違うからね。
こうして公開しているのは、文化コンテンツを一緒に作ってくれる協力者を見つけるためよ。
既に複数人で作業しているものの、まだまだ仲間が足りないから。


んー……そういう人って集まるものなのかな。


ふつうは集まらないと作者さんも思ってたんだけどねw
でも私たちの顔をこうして書いたり、語学的な指摘をくれたり、史料をまとめたり、文化を作ったりする協力者がいるから、今のアルカがあるのよ。


なるほどね。
うん、アルカとエスペラントの違いはよく分かったよ。
拡大指向のエスペラントと、縮小指向のアルカだから、まったく違うタイプの人工言語になるんだね。


言い換えれば、外交的なエスペラントと、内向的なアルカ。
なにげに作者の気質を反映してたり……(;´∀`)


人工言語に興味のある人は、これら両方をやってみるのがよさそうね。
タイプが正反対なおかげで、どちらの視点でも見ることができるようになるわ。


私もやってみようかな。
とりあえず「はじめてのアルカ」を読んでみるよ。

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最終更新:2012年07月25日 13:01