【登場人物】
源憲尊(みなもとのたけのり):
古風な夏束帯をつけ、おいかけも眩しき姿の男性。
太刀持たぬ超戦士。目は涼やかで淡い絶望で瞳を飾っている。
何が楽しいのか、いつでも微かな笑いを浮かべている。
秋毫も犯さず、神仏にももはや祈らず、ただ民のために戦い続けるその姿から
民衆からは、武勇輩(ぶゆうのともがら)と呼ばれている。
巨大人形である三日月に乗る。 太刀を虫を愛する姫の下に置いてきた。
ちなみに・・・。
源満季の子孫に、致任がおり、その子孫に源憲尊という人が実在したと言う。
虫を愛する姫:
芋虫をこよなく愛する姫君。それゆえにおぞましがられている姫。
憲尊の思い人のように思えるが・・・。
天狗(てんぐ):
相模湾に襲来した空から落ちる星、、星は地上で爆ぜる時に狗の遠吠えのような音を立てる事から「天狗」と呼ばれる。
襲来した天狗の数は400を超える。
鼻の長い天狗出ない事に注意
鬼(おに):
相模湾に襲来した「天狗」より出現した鬼、身の丈10丈ほどあるらしい。(1丈は約3.03メートルなので約30メートル。巨人である)
猿と呼ばれた娘:
巨大な人形である三日月に乗る憲尊に握り飯を届ける娘。
鼻が利く。仕草は猿のようである。
【用語】
香を焚き詰める:
平安時代に、香料が多種輸入されるようになった。
香料を選んで練り合わせ、その香気を楽しむ「薫物(たきもの)」
衣服に香をたき込め、そこに移った香りを楽しむ「移香(うつりが)」「追風(おいかぜ)」 「誰が袖(たがそで)」
部屋に香りをくゆらす「空薫(そらだき)」などの優雅な習慣が日常生活に現れ始めた。
おのこ:
成人の男子
古風な夏束帯:
公家武官夏束帯
(http://www.iz2.or.jp/fukushoku/f_disp.php?page_no=0000028)
平安中期五位の武官夏の束帯。
冠は巻纓(けんえい)、 緌(おいかけ)、袍は緋(ひ)紗の闕腋で、その下に
二藍色穀織(こめおり)の半臂、忘緒(わすれお)、下襲(したがさね)、紅単、表袴、紅大
口、襪、靴(くわのくつ)、石帯、魚袋、笏、桧扇、帖紙。太刀は平緒で佩び、平胡 (ひらやなぐい)に矢、弓を持つ。
おいかけ:
武官の正装用の冠の左右につける飾り。馬の尾の毛で編み,もとを束ね半月形にひらいたもの。ほおすけ。
相模の国(さがみのくに):
現在の神奈川県。
武士団の成立にかなり影響のある要所。 行き来の要所でもある。
武士団は要所を警備する自衛団より発展している。
源氏名(げんじな):
源氏名とは、源氏物語にちなんで女性に付けられた(あるいは女性が名乗った)名前のことである。
六尺(ろくしゃく):
1尺の6倍。一間(いっけん)。曲尺(かねじゃく)で約1.8メートル。
秋毫を犯さず(しゅうもうをおかさず):
秋毫(秋に抜けかわった鳥獣の細毛→)微小な物事.
秋毫无犯(成語)
軍紀が厳しく守られ少しも大衆の利益を侵さない.
民草:
人民を草に例えた語
武勇輩、ぶゆうのともがら:
武勇の仲間のことと思われる。
輩は、(ともがら) 元々「戦争でならんだ車」という意味でそこから、
その後、「同じ戦場にならんだ」ことから「同類の人々」「仲間」と派生していったとされる。
燎原(りょうげん):
野原を焼くという意味。 野原に火がつくと、勢いよく燃え広がって手がつけられなくなることから。
舎人(しゃじん):
皇族や貴族に仕え、警備や雑用などに従事していた者。その役職。
郎党(ろうとう):
中世日本の武士社会における主家の一族や従者。郎等とも。
雷弓:
何かの弓であると思われるが不明。
わが妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世に忘られず:
万葉集20巻にある歌。 作者: 若倭部身麻呂(わかやまとべのみまろ)
意味は、「私の妻は、とても私のことを恋しがっているようです。飲む水に妻の影さえ映って、忘れられないのです。」
防人歌の1つである。
三日月:
憲尊が操る巨大な人形の事。
甲:
三日月の人形の装甲の事。
操者の間:
三日月を操る間、ロボットで言うコックピット。
元気を充し:
三日月の構造はどうなっているかは不明
木之子:
キノコの事。
導索(どうさく):
三日月を固定する導線だと思われる。
鉞(まさかり)
マサカリのこと。
鋭い刃先をもつ鉄部に細長い柄を取り付けた道具、原始的な武器。
ただし、巨大な人形三日月が操るのだから長大な武器になる。
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今は昔、虫を愛する姫君がいて、多様な芋虫を集めて並べて顔を近づけてみていたところ、
それもう大層な評判にて、垣根の先には求婚を申し込むでもないのにおのこが並んでおりました。
おお、なんと恐ろしく、なんとおぞましきこと。
眉を描くこともなく、香を焚き詰めるでもないその様子に、おのこたちは恐れました。
一方の姫はそんな様子など気にもせず、芋虫の様子を瞬きもせずに紙に描きとっておりました。2
そこに風でも吹いたかのごとく、さわりときたるおのこが一人。
古風な夏束帯をつけ、おいかけも眩しき姿にて、特に挨拶もなしにて姫の横に座り、笑って睨みをきかせました。
傍に置いた太刀を見て、おのこたちは我先に去り、庭は春の静けさを取り戻しました。
3
風に吹かれ悠然と待つこといくばくか。顔をあげて姫君は驚きました。
ーー源憲尊は何故ここに?
ーー何。この荒家ならば心静かに休めると思ったまででして。
ーーそうなの? そうだ。聞いて私、見つけたの。芋虫は足が六本なのよ。
ーーははぁ。姫君は昔から目の付け所が違いますな。
4
おのこがまろやかに笑うと、姫君は我が春が来たかのように笑いました。
ーーそんなことを言うのは憲尊だけよ。皆それがどうしたというのだもの。
ーー分かっておらぬのです。世の人々は、貴方の事も。貴方の笑顔も。
ーーいけない。私、今日も顔を隠して笑うのを忘れていたわ。
5
おのこはひとしきり笑った後、居住まいを正しました。
ーー姫。私と共に相模の国にでも行きませぬか。
ーー何故?
ーー私がそこに行くからですが。
ーーそうなの? きっと大出世ね。おめでとう。でも
返事の全てを聞く前に。おのこは席を立ちました。
6
姫君は何が起きたのか分からぬまま、前髪を乱しました。ただ置き忘れた太刀が一つ、傍に侍っておりました。
8
Aの魔法陣 Ver5
今は昔、相模国に朝廷より遣わされた一人のおのこがおりました。
姓は源氏名は憲尊、六尺に近づく身の丈を持った太刀持たぬ超戦士にて、目は涼やかで淡い絶望で瞳を飾り、何が楽しいのか、いつでも微かな笑いを浮かべておりました。
9
秋毫も犯さず、神仏にももはや祈らず、ただ民のために戦い続ける憲尊を民草口を揃えてこう呼びました。
武勇輩、ぶゆうのともがらと。
相模湾に、一際星の振る夜の事でした。
落ちてきた天狗の数は四百を数え、既に多くの村が、畑が、火を吹いて燃えておりました。天狗とはよく言ったもので、星は地上で爆ぜる時に狗の遠吠えのような音を立てるのでした。
11
遠く、燎原の勢いで燃える炎に横顔を照らしながら、一人の舎人が声をあげました。
ーー御大将、今一度、出陣はできませぬか。
舎人見上げる巨大な人形、戸の開いた操者の間にて、憲尊はそっと指に這わせた虫を木に戻し、操者の間を
照らす青く淡い光にて、その瞳を輝かせました。
ーー何度でも戦おうぞ。民は悲しんでいる。
相模にて郎党となった者たちは朗々とした憲尊の声に生気を得て、手にした雷弓を掲げて再び戦いの誓いを立てました。
ーーわが妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世に忘られず
だから戦うのだ、命をかけて。
13
ーー御大将、三日月の元気を充し、また甲を変えますゆえ、しばしお待ちを。糧食を猿に持って行かせまする。
操者の間の中で頷く憲尊は、木を伝って小柄な人影が寄るのを見ました。手を伸ばし、操者の間の戸に降りれるよう、手助けをします。
14
操者の間の中で頷く憲尊は、木を伝って小柄な人影が寄るのを見ました。手を伸ばし、操者の間の戸に降りれるよう、手助けをします。
猿と呼ばれた娘は、憲尊の顔を見て顔を曇らせた後、すぐに皮肉そうな直面にて口を開きました。
ーー大将、いつも笑ってるね。
ーーそうか?
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ーーそうだよ。あと、今日も虫を触ってたでしょ。匂いする。
ーー鼻が効くな。
憲尊は涼やかに笑って、握り飯を受け取りました。猿は猿のように座り込み、憲尊が飯を食う様を眺めました。
ーーなんで笑うの。今日も、いっぱい死んでる。敵も、味方も。大将だって何日も寝ていない。
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ーーだから、楽しいことを思い出すのだ。下で妻を歌う者たちと俺は、いくらも変わらぬ。不思議なことなど、なにもなかろう。
猿は考えた後、憲尊にそっと声を掛けました。
ーー大将にも楽しいことあるの。
ーーあった。だからもう、それでよい。今より出陣をする!
17
今、ひとしきり大きな天狗が地に落ちました。空が明るくなり木之子のような煙が不気味に照らされました。赤黒い煙を背に身の丈十丈ほどの鬼が三体、前進するのが見えました。
猿が三日月から降りるのと、導索が引き抜かれるのは同時でした。
18
甲を交換した三日月の操者の間の戸が閉まり、ゆるりと立ち上がるのが見えました。
一本の鉞を持ち上げ歩くその様は、猿の目から見ても鬼と余り変わりがないようにも見えました。
19 Aの魔法陣 Ver5