「京太郎」
「優希か」
近寄ってくる優希は一歩ずつ、軽やかな足取りで。
ぴったり1メートルの間を置いて立ち止まって、クリクリと丸い瞳で見上げてくる。真っ暗な瞳のまま、無邪気に笑いながら。
「のどちゃんも、咲ちゃんも、邪魔だったら言うんだじぇ?」
「…ばーか、そんなわけねーだろ」
手の平で優希の頭を撫でる。いつもみたいに、ゆっくりと。
くすぐったそうに笑う優希はいつもの優希で。
「くすぐったいじょー! もっと優しくしろ、犬!」
「ほーれほれ、してほしかったらいつもみたいに言ってみな」
……ああ、そんな目するようになったの、いつからだったっけな。
指の隙間から見えるお前の目が、そんな風になっちまったのは。
「……」
「優希」
手をそっと離す。ガクンと糸が切れたように優希の頭が垂れさがって、微動だにしなくなって。
たっぷり数分…日に日にこの時間が長くなっていく。
「……のどちゃんと咲ちゃんは、友達だじぇ」
色のない声。腹の底から湧き上がる低い声は、まるで呪詛のようだった。
「だから……」
「優希!」
「……………………何も、したりしません」
それでいい。それでいいんだ。その言葉が口から出れば、今日の所はいつもの優希になれるから。
そうすれば、顔を上げた優希の顔はいつもの無邪気で楽しげな笑みに戻るから。
「優希、部活行くか?」
「おう! さっさと行ってみんなと麻雀打つじょ!」
いつまで、いつまでなら大丈夫なのか。この方法がいつまで通じるのかすら分からない。
けど今の俺には何の考えも無くて。くすぶる焦りだけを腹に抱えたまま、優希と歩調を合わせるしかなかった。