携帯に映る名前は、ただ一人の男の子。
履歴には残らず、けれど記憶には残るほど。暇さえあれば見つめるその名前は少女の心を火照らせる。
憧「……」
穏乃「……」
ギシリと空気が一欠片。割れては落ちて消えていく。
ひとつふたつと、思い出を削り取るように。
憧「アンタさ、京太郎とサッカー見に行ったんだって?」
穏乃「うん、楽しかったよ…憧は、映画と買い物行ったんだよね」
殊更明るい声はまるで、冷えた心を隠すように大げさに響く。
お互いへの敵意の角を透明な包みで覆ってしまえば、あとは傷つけることは無く、透けて見えるだけのもの。
だからこそ。お互いを傷つけ合わないからこそ。二人の気持ちは剥き出しで。
憧「ほんと嫌…アンタって、私の居ないトコで私のできない事するわよね。楽しくも無いのにさ」
穏乃「あははっ、私も憧の事むかつくなあ。買い物とか、全然楽しくないじゃん」
憧「そんなんだから、京太郎もアンタのこと友達扱いなんじゃない?」
穏乃「そんなんだから、京太郎も憧のこと友達にしか思わないんだよ」
零れる笑顔はいつもの笑顔。
卓の上、部室、教室で、一人の男の子の傍で。二人が見せる笑顔と寸分変わらない色の笑み。
嗤いあう二人の間にあるのは、一つの絆。
憧「あはは――ほんっと、しずのこと、大嫌い」
穏乃「あはっ――私も、憧のこと、大っ嫌いだ」
何度も何度も絡み合い、複雑に結びあげられた絆は。
この場に居ない男の子が見れば――ひどく歪んで見える、信頼と親愛の糸で紡がれていた。