第4章(151-)

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151:カイロ
……俺達が普段過ごす魔ヶ原学園の近隣には一般の住民の生活する市街地が複数存在する。そして、非常時には屍達の侵入を防ぐため、そこの外周部分を覆うように結界が張り巡らされる。結界とは
言っても術者などが作り出しているのではなく科学的な技術によって生み出されたシロモノだ。秘匿事項だとかで詳細は知ることができないが。ともかくコレによって大抵の屍からの侵入を防ぐ事が
ある程度できる。だが、この結界も弱点は存在する。各所に結界発生の基部があるのだがこれを破壊されると結界も消えてしまうらしい。しかも一部の基部は地脈の関係で結界外部に設置されている
らしく、これに頼るのは危険すぎる。気休めとでも言った所だろう。それに基部を破壊せずとも街へ侵入できる屍も中にはいるはず。結局の所、街を、住民を、守れるのは俺達退魔師だけなのだ。
「みんな!まずは屍の大群が侵攻して来ている北側の住民達の方へ向かうぞ!」学園から既に市街地へと向けて走り出している俺達は歩を止めることなく改めて作戦を確認する。「帯刀達が前線にいる
以上は撃ち漏らしが出る事は無いかもしれないが、可能性はゼロじゃない。屍が出たら編笠と井崎で遠距離攻撃を、接近されたら手が空いてる奴らで総攻撃だ!」リーダー気分に浸る俺へと阿倍野が
話し掛けてくる。「いやあ、張り切ってるッスねぇカゼタロー。そんな心配しなくても"先輩達が負けて大量の屍が街へ向かってくるなんてありえない"ってはっきり解るッスけどねぇ」


152:ウツケ
* * *
"屍"は突然現れる。これに対し建物の敷地内に各人が小さな忌避結界を張ることで屋内の発生とそこへの侵入を防いでいる。屍は皆獰猛かと問えばそれ程でもなく、陽の光を嫌い動物のように陰から
ひっそりと獲物を狙う個体の方が多い。そして屍が出没する度、腕利きの退魔師が速やかに討伐していく。そんなわけなので、安心して夜眠れる場所といえば建物の中、というのが現代の常識である。
帯刀日向の趣味は、散歩である。
彼が戦地に立っている最大の理由は、所詮たまたまに過ぎない。彼の景色を覆う影を、帯刀はただ祓うのみ。ただ今日は一寸ばかり数が多い。それだけである。「すごいな……」「ええ……あいつ、
あんな刀だけで私たちより速く屍を倒してる……」「どうやら普通の刀じゃないみたいだけどねぇ~、とにかく、後輩が頑張ってるんだから僕らがサボる訳にもいかないでしょ!」


153:SDT
バシュッッ!!「グアァッ!?」魔ヶ原学園高等科3年生、弓道部主将。大門寺聖也(ダイモンジ セイヤ)から放たれた光の矢が、 屍の脳髄を溶かす。「グェェアァ……」「あり?ミスったかな。
もう一発、と」バシュゥ!!大門寺の周囲を漂う無数の矢は、その一本一本が必殺の威力を持っていた。「おーーーい!そっちはどうだ ~?」「……片付イタ」身の丈ほどもある、巨大な鎌を携
えた男。魔ヶ原学園高等科3年生、鬼頭業火(オニガシラ ゴウカ) は静かに応える。「うおっ!!ゴウちゃん、いきなり現れるんだもんな~」「……済マナイ。」学年が一つ上がるごとに生徒数
が10分の1になるとも言われている魔ヶ原学園において、3年生は選びに選び抜かれた精鋭たちだ。既に超一流の退魔師と同格の力を備えている者すらいる。刀一振りでその3年生と比肩する帯刀日
向は…まさに天才であった。「グギャアァァア!」「終わりだ」ザシュッッ!!―――「これで全部かな~」「案外早く片付いたわね。」「…あ、帯刀っち!やるねぇキミ!」帯刀は口を開かず、
ただぺこりと頭を下げる。「もしアレだったら、弓道部に…」ピリリリリ!ピリリリリ!そのとき、大門寺の携帯が小うるさく鳴り響いた。「ん、Bブロックからか?」ピッ。「……大門寺!た、
大変だ!仲間が…ぎゃあぁっ!!」ブツッ!


154:カイロ
「……ドウシタ」「うん、Bブロックの方で緊急事態っぽい。あそこは結界の基部の防衛も兼ねた編成だから、かなり厳重な守りだったはずなのに」その上先の連絡から察するに、かなり危険な状態。
大門寺達に緊張と焦燥が生まれる。だが、休む間も無く屍の第二波が迫り来る。「こっちも当分片付く気配は無いし、他のトコも似たような状況だろうし、ヤバイねこりゃ。あはは」軽い口調で笑い
ながら矢を放つ大門寺。倒れ崩れる屍も多いが、迫り来る者は更に多い。しかもその上いつ結界が消え、街が危険な状態に晒されるかわからない。どうするべきか大門寺が頭を悩ませていると。
「俺が行く」帯刀が短くそう言い放つ。「……確認しておくけど、一体どこへ行くつもりだい?」「結界だ。ここはお前たちで事足りる。」そう言い残し、帯刀はBブロック、結界の基部へと向かい
駆け出す。「……若イナ。勇気ト無謀ハ別物ダト言ウノニ」「まあまあいいじゃないの。もしかしたら何か考えがあるのかも知れないし」実際、この程度の相手なら足止めくらいはできる。期待された
程度の働きはしたいものだなぁ、そう考えながら大門寺は弓を引き絞った。


155:ウツケ
Bブロック。街の北に位置する周辺は工業などを担う地域だが、そんなことは帯刀に関係ない。結界の装置までまだ離れている。全力で駆け抜ける帯刀だが、到着まであと5分ほどであろう。
そんな速さにも関わらず彼の視界の端には惨状が映り続けていた。市民の姿は見当たらず、避難は済んでいる様子だが、退魔師……だった物はそこらに転がっている。死体は皆、絶望に歪んだ顔で、
急所を抉られたまま時を止めていた。中には身体を真っ二つにちぎられ、数十尺は引き離されたような遺体も見えた。これだけでもなかなか想像を絶する被害であることを十二分に理解できる。
そして、元凶はいよいよ近付いてきた。帯刀の足は徐々に気配を殺す物に切り替わり、鞘からは目映い閃光が抜き放たれる。近付くに連れ、敵の気配は強まっていくに連れ、帯刀の殺気は空気と
同化する――姿が見えてきた。屍は裸の男性型、体長はおよそ二間。真後ろを向いているが警戒を緩めてはならない。距離は縮み、首筋に焦点を当て、加速する。一間……一尺……一寸……一太刀。


156:SDT
ズバアァァッッ!!標的の頚動脈は見事に切り裂かれ、ドス黒く濁った血が溢れ出る。「……???」自分が斬られたことにも気づいていないような表情で…屍は、力なく倒れた。「ァ…アァ……
」――さすがの帯刀も、これには多少の物足りなさを感じた。周りに転がっている死体。その大半は、魔ヶ原学園の上級生たちのはず。こんな雑魚に、上級生たちが蹂躙された?それとも、魔ヶ原
学園の教育は所詮その程度ということか?……考えたところで答えは出ない。ともかく、標的は始末した。あとは好きにやらせてもらおう、と。そう思った刹那。帯刀のレーダーが…自分に向けら
れた、明確な"敵意"をキャッチしたのだった。しかし。少なくとも。視認できる範囲内において、屍の姿はない。あるのは"骸"。今は亡き退魔師たちの亡骸だけだ。「…………」帯刀は居合いの構
えを取り、神経を研ぎ澄ます。あらゆる方角からの攻撃へ対応するために。五感に頼るのではなく、ただ気の流れのみに集中する。………………「ガァアァッッ!!」カキィィィン!!帯刀が弾い
たもの。それは、帯刀の傍らで横たわっていた退魔師の剣。つまり……"骸"は。何がしかの理由により"屍"へと変貌を遂げたのであった。


157:カイロ
見れば自分に襲い掛かって来た者だけでなく、五体が繋がっており損傷の少ない他の死体がヒクヒクと動き出している。だが、それだけではない。起き上がろうとする死体の他にも近くに何か居る。
視認できないが、恐らく屍が近くにいる。「カァァッ!」叫びと共に退魔師、いや屍が剣を振り下ろす。だがその動作はあまりも遅く、まるで子供が振り回しているかのようだ。帯刀は用意に避け、屍
の背後に回りこむ。「見苦しい」首への一閃が頭部を刎ね飛ばす。直後屍は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。「……蚊か、吸血鬼か」視えない屍の正体。それは恐らくこのどちらか。なぜ視えない
かのトリックは不明だが、死体が屍へ変貌したのはそういう理由からか。視えない屍の気配のする場所に立ち塞がろうとするかの如く、元退魔師の屍が立ち上がり行く手を遮る。しかし、帯刀にはそれ
は関係ない。「屍は切る」機械が命令を確認するように、冷酷に。それだけを言い放ち、居合いの構えを取る。元が例え何であろうと、敵は切る。それだけなのだ。そう、例えどんなものであっても。


158:ウツケ
この変異屍連中は一様に呼吸をしていない。その癖ずるずると物音を立てるから見分けも捕捉も瞬時に可能。そのことに帯刀は既に気付いていた。ならばそれ以外の気配に集中すればよい。
自分の呼吸音を聴き、己が心音を感じ、死体が引きずる身の音を耳にし、遠くでの騒ぎ……いや、もっと近くから……かすかに音がする。「う、うぁぁあ……!敵……て、敵……」帯刀はすかさず
声の方を向き直る。怯えた顔をした退魔師の女だ。生存者……いや無事ではない。右腕が骨だけのようになっている。しかし、それ以上に奇妙な点がある。何故この声が、左手のナイフが、視線が、
敵意が、すべて帯刀に向けられているのか。「うぐっ……ぽぁっ」最後は、声と言うより何かが弾けたような音――瞬きの間に女はナイフの射程まで距離を詰めてきた!だが……「遅い。」女の首は、
ぼとりと音を立てて落ちる。その顔はおよそ元の人物がわからないほどに凄まじい形相をしていた。そして……「見つけた。」帯刀が次に女の背後に回り、空を斬る。すると空間がぱっくりと割れ、
赤々とした液がはじけ飛んだ。「ム!」何か直感した帯刀は服を翻し、赤の水を回避。遂に、それまでいなかった物は姿をさらけ出した。「チュシャ、クィ、シャアア……」蠅男ならぬ、蚊男……
無色の姿で大層血を吸ったらしい。ぶくぶくと膨れた肉塊がもがく様は、実に醜い。帯刀は仰向けに倒れるそいつに刃を突き刺し、穢れた上着は脱ぎ捨てた。


159:SDT
グッ。ブシャアアァァァッッッ!!帯刀が屍から刀を引き抜くと、おびただしい量の血が辺りに飛び散る。これは、屍の血ではない。屍に蹂躙され命を落とした、哀れな退魔師たちの血だ。……しか
し、帯刀にとって。そんなことは何の関係もなく。屍の血も、人の血もまた、一様に。彼にとっては、自分の手を穢れさせる汚水程の価値も持たなかった。「…………」刀をピッと振り、刀身に付
いた血を払う。Bブロックを壊滅にまで追い込んだ蚊男は始末した。残るは。「ウ、ウォオォアァ…」「ゲゲゲゲ…」「死ね」ザシュウウゥウウッッ!!血で血を洗うように、帯刀は戦い続ける。彼
の心に満ちた、黒い霧が晴れるまで…永遠に。
* * *
「……はい、はい。了解しましたわ」ピッ。「なんだって?」「もしかしたらこちらにも屍が来るかも知れませんので、厳重注意を。とのことです」俺たちはEブロックの避難誘導を終え、時計台が
ある広場で待機していた。そこに今の電話がかかってきたというわけだ。でもなあ…「注意しろって言われても。ここに屍が来るってことは、先輩たちはそいつにやられたってことだろ?そんなやつ
相手にどうすりゃいいんだよ」「ま、時間を稼ぐくらいなら何とかなるさ。最悪の場合はな」黒葛が不吉なことを言い出したぞ。


160:カイロ
「おいおい後ろ向きな事言ってんじゃねーぜ!何にしたって、街に入ってきた屍は倒さなきゃだろうが!一般人守れんのは俺らだけなんだぜ!」左門の檄が、俺達の少し暗い思考を吹き飛ばしてくれた。
結界を抜られるような屍ともなれば確実に強い。俺達全員の力を合わせても歯が立たないかもしれない。それでも、か弱い人々を放り出し逃げるなどもってのほかだ。「……そうだな。左門の言うとおり
だ。 みんな!負けた時の事は考えるな!屍を倒して平穏な生活を守るんだ、俺達の力でっ!」「「おうっ!!」」左門に続いた俺の言葉にみんなも答えてくれる。みんなを一つに纏め上げた快感に
浸る中、再び阿倍野が口を挟む。「おーおー熱いッスね。今んとこ屍も見当たらないッスし、このまま無事帰れる事を祈りたいんッスけどねえ」そう言った直後、近くの茂みから屍が飛び出してきた!
「……おい、阿倍野」「ぐ、偶然ッスよ。それに一匹だけならどうにでもなるッス」今度はいたる所から屍がぞろぞろと這い出てきた。「ち、違うッス。わざとじゃ……」阿倍野が少し涙目になって
きた。「わかった!わかったからもうそれ以上喋るな!!」


161:ウツケ
「ふむ、どうも自由に制御が利く力ではないみたいだな……」「冷静に分析せんで良い!」漫才を始めつつも俺たちの身体は自然と迎撃態勢に移っていく。柄が光の刃を吐きだし、二丁の銃はくるくる
回る。「さーいくですヨ!」「やりますわよ!」拳がこきり、こきりと鳴り、でんでん太鼓はたたんと響く。「目に物見せてやる!」「ち、多すぎんだろ、めんどくせ。」軽やかに振られる四尺棒に、
ぶぅんと廻るは重たそうな釘バット。そして……「サポート頼むぜ、お前ら。」残った奴らが皆こくりと頷く。今、先の好戦的な6人が残りの6人を囲い、四方からにじりよる屍たちを迎え撃つ陣形
になっている。うなり声をあげる屍もいれば、身体の武器を打ち鳴らして威嚇する屍、ただ静かにこちらを睨む屍、対処法がまるで想定できない実に個性的な奴らだ。時間の感覚が伸びていく。
己の腕が震えるのは恐怖心からではない。仲間たちの呼吸が徐々に揃っていく。考えることが――一つになる。「かかれェ!!」アミガサが鶴の一声をあげる!


162:SDT
「おぉおおおおおお!!」ガキィィイイイン!!ざっと見たところ、敵の数は10体程度。その中で俺が標的に選んだのは、最も頑丈そうな竜人型の屍だ。……が。さすがに硬い。俺の一太刀を浴びても
なお、その竜鱗には一片の傷も生じなかった。「…ガアアァッ!!」「うおっ!?」寸でのところで反撃を避け、屍の手刀が空を斬る。空振ったというのに、凄まじい衝撃波が俺の骨髄をビリビリと揺
らした。「ぐっ……!」こちらが攻撃を当てても、向こうは無傷。対して向こうの攻撃は、当たれば必殺。しかし、どんなに絶望的な状況であったとしても。負けるわけにはいかない。俺のすぐ後ろで
、跡追が黒葛に泣き縋っている。避難所では、力のない人々が屍の脅威に怯えているだろう。「……俺は、負けられねぇんだよ!!」空振りによって生じた、僅かな隙。屍の脇腹に掌底を打ち込み、続
けて呪文を唱える!「畏怖の象徴たる焔よ、我が敵を灰燼に帰す灼熱の風となれ!!」ゴウゥッッ!!屍の体が一瞬にして黒い炎に包まれ、メラメラと燃え盛った。「へっ…どんなに硬くてもよ、内側
から燃やされたらどうしようもねぇだろ!」――勝った。そう確信した。だが。「キシャァアアアァッッ!!」…どうやら、この炎は。奴にとっては、"少し暖かい"という程度の。取るに足らないもの
だったらしい。「バキィィ!」…俺のアバラ骨が折れる。さすがに全力で魔術を撃ったあとじゃ反撃も避けられない、か。朦朧とした目で周りを見ると、編笠が俺と同じように倒れている。他の奴らは
どうなったんだ?……わからない。黒葛、跡追……逃げてくれ……………………俺の意識は、そこで途切れた。


163:カイロ
* * *
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。跡追はそう考える。周囲には無数の屍、そして自分達は黒葛と自分を除いてほぼ戦闘不能。敵の数が二体三体程度ならば、自分の法具で相手をできた
だろうが、それ以上の数となると厳しい。数は減るかもしれないが全滅させなければ結果は変わらない。黒葛も同じようなところだろう。「ふふっ。八方塞がり、と言うのが相応しいような状況だな」
案の定、跡追の予想を肯定するかのように黒葛は笑った。諦めの境地、と言う奴か。二人の内どちらも、この状況を打開する術を持たない。もはや二人にできる事はただ、祈り、願う事だけだった。
「いや、だよ…… まだ、死にたく、ないよ。だれ、か、助けてよ……」屍達がにじり寄ってくる。まるでこちらをあざ笑うかのようにゆっくりと。一歩ずつ、一歩ずつ。その度に跡追は強く強く、
願った。「助けて、助けて、助けて……!!」これ以上無いと言う程強く助けを求めた、まさにその時である!突如として跡追の体が眩い輝きを放ち、周囲に群がる屍を吹き飛ばしたのだ!


164:ウツケ
明かりは次第に失せていき、やがてその光の正体が明らかになる。「はぁーっやっと来たっ!」いやに元気な声を発したのは少女であった。それもとびきりフリフリな衣装を着飾った可愛らしい少女。
これには黒葛も目を点にして驚く他ない。これまでの戦いの緊張感とか言った空気は屍ごと何処かへ飛んで行ってしまったようだ。「き、君はいったい……誰だ?」黒葛がやっとの思いで絞り出した声
に少女はよくぞ訊いてくれましたと言わんばかりに目を輝かせる。しかし一切不要の自制でも効かせたか「名乗る程の者でも、ないっ……」とそっぽを向く。「そ、そうか……とにかくここは危険だ。
早くここからッ!?」たんっと大きな足音を鳴らし、少女は人差し指を起き上がった屍に指す。「あまねくはびこる悪党よ!常にあなたの先を行き、どこへも追い掛けアナタを禊ぐ!うつつに降り立つ
願いの使者、魔法少女フォロ・ランナがっ懲らしめてあげるっ!」「名乗ってるじゃないか!」「な……何バカ言ってんだ……お前あとお」「当て身」杖渕は死んだ。
「……あ、ヤっちゃった。」「何をやったって言うんだ!」「ま、まーまー落ち着いて落ち着いて。こういう時は深呼吸っと。すぅー……はぁーっ」すると、不思議なことが起こった。辺りに花園を
歩いてるかのような心地よい雰囲気に包まれたと思えば、なんと倒れている者たちの傷がみるみる癒えていくのだ。「えーっとこの子は……らーらー♪」唐突に歌い出すと今度は杖渕が息を吹き返す!
「ごほっヴッ……すー……」「3秒ルール☆」3秒はとうに過ぎているが、一応それが蘇生のルールらしい。「君は……」「安心して、"つづらチャン"。」「えっ」「屍たちには、生け捕り作戦の刑よ!」


165:SDT
「バカな!1対1で戦うのすらやっとだったんだぞ!生け捕りになど、出来るハズが……」「さぁ、懺悔しなさい!!」もはや聞いちゃいない。無茶苦茶だ。「とりゃーーっ!」フォロ・ランナの手の
ひらから無数に伸びていった光の鞭が、屍たちをきつく縛り上げる。「グァッ!?…グググ…」さらに、一本の長々とした鞭が出現。フォロ・ランナはそれを握り締めると、大きく振りかぶって……
「えいっ!」ビシッ。一発。「とぉっ!」ビシッ。二発。「とーーーーーーーーりゃとりゃとりゃとりゃとりゃとりゃとりゃ!!!」ビシビシビシビシビシィィッッ!!凄まじい勢いで屍たちを叩き
始めた!「とりゃとりゃとりゃとりゃ!!」ビシビシビシビシ……同時に、凄まじい勢いでブルンブルンと揺れる乳房。「…………」あまりにも現実離れした光景に、黒葛はただただ茫然自失として
いる他なかった。――――数分後。「ふぅーっ、制!圧!完!了!キラッ☆」いったい誰に向かって決めポーズを取っているんだ。しかもパクリ。「……フォロ・ランナとか言ったな。制圧完了とい
うことは、彼らはもう抵抗しないのか?」「うん、大丈夫だよ!ほら見て!こぉ~んなに良い顔になったじゃない!」そう言って、フォロ・ランナは屍の「良い顔」をこちらに向けさせる。……価値
観は人それぞれだな。「さてと。じゃあ私、そろそろ行くね!」「行く?まさか、前線にか?」「……うん。」「落ち着け。君がいくら強かろうが、前線の屍と渡り合える保障はない。ここで力を合
わせて撃ち漏らしの撃破に努めるべきだ。」黒葛は、あくまでも冷静かつ客観的に現状を分析した結果。それをフォロ・ランナに突きつける。だが。「本当は、そうしたかったけどね…でも、"私が目
覚めた"以上は、やらなきゃいけないの。ごめんなさい!」それは、彼女を引き止めるほどの理由とはなり得なかった。理屈ではない、何か。それが彼女を彼女たらしめている要因らしい。


166:カイロ
「う、うぅ……」気付けば倒れていた仲間達が意識を取り戻し始めている。「あ、もう行かないと!私皆に正体を知られるわけにはいかないの!」「な、何故にッ!?」思わず疑問を口に出し、黒葛は
走り去ろうとするフォロ・ランナへ質問を投げかけていた。「だってそれは、魔法少女のオヤクソクって奴だもの」バッティーン、と言う音がしそうなウインクと共にそう答えるフォロ・ランナ。「
だから、黒葛ちゃんも皆には内緒にしてね」続けてそう言い残し、今度こそ本当にフォロ・ランナは行ってしまった。それと入れ違いになるように、完全に意識を取り戻した仲間達が起き上がりだす。
「……ん? あれ? ここは、天の国なのか……?」「い、生き、てる……?」「いやあ、死ぬかと思ったッスよ」「誰のせいだと思ってますの!?」皆混乱した様子ではあるが、自分達が無事である
事に気がつくと共に少しずつ冷静さを取り戻していく。そうなると当然、なぜ助かったのかについて説明するべきなのだが。さてどうしたものか、と黒葛は悩む。何と言えば皆を納得させられるか。


167:ウツケ
「えーっと、今しがた魔法少女フォロ・ランナとか名乗る妙な格好の退魔師が突然現れてだな……」まぁ凄腕の退魔師と言うことにでもしとけば間違いないだろう、と黒葛は考え、話し始めた。
「魔法少女ってそんな、今時名乗るほど珍しいモンでもないだろ。」「いやそれがなんていうか、アニメから飛び出してきたような魔法少女だった。」「なんだそりゃ。」「私に訊かれても困る……」
「魔法少女……?くっ、なんか忘れてるような……まぁ、忘れてんだから大したことじゃねぇかぁ」のんきなことを言っているツエブチ。つい先ほどその魔法少女に殺されたわけだが、それについての
記憶はすっぽり抜け落ちてしまっている様子であった。「がぅぅ……」「うおっ!?さっきの屍共じゃねぇか!何こいつら大人し!」「魔法少女フォロ・ランナがやったんだ。生け捕りだって。」
「これ全部その人がやったっていうの?」「躾けられとる……ちょっと凄すぎと違う?」「彼らはもう安全らしいが……」そのとき、井崎があることに気付いた。「あれ、アトサキちゃんはどこです?」


168:SDT(改訂)
「えっ?」「ほ、本当だ!いねぇぞ!」「食われたんじゃないわよね……」ザワザワ……。安心しきっていた中に一つの不安要素を放り込まれ、突如どよめきだすクラスメイトたち。しかし、黒葛の一
言でそのどよめきは収まった。「みんな、安心してくれ!跡追は私が避難所に逃がしただけだ。特に負傷もしていない。」「なぁ~んだ、そうだったのかよ」「人騒がせッスね~」……これでいいんだ
ろう、跡追。黒葛は心の中でそう考える。信じ難いことだが、消去法的に考えてあの"魔法少女"の正体は……跡追以外にありえない。彼女が私の名前を知っていたことが、何よりの証左だ。そして魔法
少女フォロ・ランナ……つまり、跡追さきがけは。自分の正体を隠したがっていた。どういう理由があるのかは知らん。ただ、暴露するのはいつでも出来る。ならば私も、当面は共犯者として彼女の秘
密を守ることにしよう。「…………」黒葛は更に思考を続ける。……さて。秘密を守るに当たって、一人黙らせなければならない奴がいるな。「おい、編笠。ちょっと話が……」「……その必要はない
。"あのこと"なら、俺は前から知っている」…?今、私の心を読んだというのならわかる。だが、以前から知っていただと?跡追に隠された、真の力のことを?「……そうか。」思えば、気になってい
た。なぜ跡追が、この学園に入学できたのか。この学園へ入るためには屍を撃破しなければならない。しかし、跡追の数珠は、屍を縛り上げて拘束する以上の力を持っていないはず。跡追が入学できた
のは……"あの力"を解放させたからに他ならないのだ。
* * *
魔ヶ原学園第31期高等科、特別編入クラス。その13人が顔を合わせた、運命の日。
「う……うぐっ、ひっぐ……」「おい。どうしたんだ?」「ふぇ……?」校舎の前でむせび泣く少女に、少年は手を差し伸べる。これが跡追さきがけと編笠金次との出会いであった。


169:カイロ
「見た所、お前も新入生のようだが」あまり他人とのコミュニケーションを得意としない編笠ではあるが、それでも女性が涙を流しているならば助けない理由は無い。「え、あ、あの、その。……はい
、そ、そうです。私、新入生で」「そうか、それは丁度良い。だったら俺と一緒に行くか?」と、編笠自身は優しく聞いたつもりだったのだが、あまり会話をしないせいか口調が少し荒くなってしまっ
たか、表情を作り間違えたか、跡追はひっ、と短い悲鳴を上げて後ずさってしまう。顔が青ざめ、怯えているという表現が正しい状態だ。「い、いえ、あの、大丈夫、ですっ。じ、自分でいけますから」
そう言い残し、逃げるように校舎の中へと跡追は入っていった。追い掛けた方がいいか、とも考えたがそれでは余計に怖がらせるだけだと判断し、鉢合わせないようにとしばらく待つ事にする。それに
今の女も自分と同じ新入生との事。謝罪は次合った時にでもすればいいか。そう考えながら、数分程時間を置いてから校舎へと入る。まあ、思っていたよりも早く跡追とは再会する事になったのだが。


170:ウツケ
「う……うぐっ、ひっぐ……」「またか……」「ふぇ……?」廊下のど真ん中でむせび泣く少女に、少年はあきれかえっている。「俺は怪しい者じゃない。」とここまで言っただけで警戒されている。
「随分と信用がないな……」「あっ……す、すみませぇん……」「敬語は良い。俺も新入生だ。」「え、あっそうだったの……そ、それじゃ、入学式の場所は……」ここで痛いところを突かれた。
実を言うと、彼も集合場所など知らない。尤も、学校側も校舎の場所くらいしか伝えていなかったのだが。「……すまない」「えええーっ!!」さしもの編笠もこうも叫ばれては驚かずにいられない。
話を聞けば校舎で既に他の男生徒と出会っていたらしく、そいつも場所をしらなかったと言う。男にはそこで突き放されてしまったらしい。確かに多少面倒な性格に感じるが、なかなかどうして冷たい
人間も居た者だ、などと編笠は思う。互いの名を知った二人は行く当てもなく校内を彷徨う。「えへ、へへ、でも、良かったぁ。私、ひ、1人じゃ何も、できなくって」「そうか。」「それで、へぶ」
跡追の歩みは編笠の背に止められた。「どうしたの……ッヒ!」跡追の眼前には厳つい形をした拳銃。編笠の悪寒は、間違いなくそれを捉えている。何故屋内に、ましてこの退魔師を育てる学校に、
奴が忍び込んでいるのか。暗闇でよく見えなかったそれは……少しずつ姿が露わになっていく。そう、「それ」とは……「"屍"だ。」編笠は静かに跡追を自分の背後に回り込ませる。


171:SDT
「隠れてろ。すぐに終わる」「え?う、うん…」誰かを守りながらの戦いというものは難しいが、幸い、敵はまだこちらに気づいていないようだ。「グ、グゲゲゲゲ」…ならば、先手必勝。一発で蹴り
をつけさせてもらおう。そう考え、編笠は屍に銃口を向ける。「…………」照準が合っていることを確認し、慎重に引き金を"引こうとした"。だが。「……?」グッ、グッ。どれだけ力を入れても、引
き金を引くことができない。「え?ど、どうしたの……?」まるで、何かにひっかかっているような感覚。その元凶は――――「!?」編笠の腕…いや、体全体を。いつの間にか絡め取っている、「糸
」のようなものだった。「ちっ……!!」糸は前後左右から張り巡らされていて、まったく身動きが取れない。それどころか、解こうとすればするほどその糸は複雑に絡みつき、強度を増していく。こ
んな罠が用意されていたとは…!「ふざけやがって!!」ギリギリギリ……。編笠は、腕に絡みついた糸を歯で食いちぎろうと試みた。しかし、屍が手元の糸をピィンと弾くと、編笠の顎からは一気に
力が抜け落ちる。「ぐっ!?」編笠の手に絡みついた、強靭な糸。それが指を切り落としたのだ。「ヒヒヒヒ……」「に、逃げろ……お前、だけでも……がぁっ!!」激痛に耐えながらの、必死の訴え
。「あわ、わ、わわわわ……」


172:カイロ
だが、跡追は動かない。いや動けないのだ。突如として現れた屍に恐怖し腰が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。「早く……!立ち上がれ、逃げろ……!」ブツリブツリと嫌な音を立てながら
編笠の体の至る所に巻き付く糸が体内へと食い込んでいく。「……、……!」もはや編笠は声も出せない。喉から、ひゅうひゅうと空気が漏れ出す。「だ、駄目……!助けて……!助けて……!」
跡追はただ、助けを願うばかりだった。逃げてくれれば、少なくともお前だけは助かったのだがな。そう考えるも、やはり声にはならない。編笠は己の無力さと情けなさを痛感し、跡追は自身の強く
願った思いを踏みにじられながら、死んでいく。  ……はずだった。編笠が死を覚悟した瞬間、突如として眩い光が後方の、跡追のいる辺りの場所から放たれたのだ。その直後、編笠の体を縛りつけ
ていた拘束が突如緩み、後方より誰かの声が聞こえる。「お、ま、た、せ!」跡追の声か、そう考えるも編笠は違和感を覚える。何かが違うのだ。声の方へと振り向くと、そこには見知らぬ少女が
立っていた。


173:ウツケ(さらみ改訂)
編笠にとって、声も姿もまるで経験したことのないようなもの。要するに初対面のようだった。少女がすたんっと片足を前に突き出し、戸惑う屍に人差し指を向ける。「身体の自由を奪って
じわじわとなぶり殺すその所業!許せない!そんなの臆病者のすることよ、この臆病者!アナタはこの魔法少じょ……」「……がはっ!!」「あわわわわ!!それどころじゃなかった!」編笠
の体は、既に限界へと達していた。最後の力を振り絞り、魔法少女とやらに語りかける。「折角、来てもらって何だが…………もう、ダメらしい……」「そんなこと、二度と言わせない!」
「……!」「わた……女の子を護ってあげるその姿、見てたよ。」編笠のうつろな眼に、宝石のように輝く眼差しが映った。「だからその勇気を私が消させない!静かに燃える炎を消させ
ない!」「グゲガァー!」「うるさーぁい!!」その声と同時に、巨大な閃光が闇を消し飛ばした。しかし、決して暴力的ではない。あくまでも、すべてを温かく包み込むような柔らかい光。
「グギャァァアアアアァ!!」迸るオーラが失せる頃、屍が正体を晒した。その姿はさっきまでの威圧感も覚えさせない、しなびたもやしのような何ともみすぼらしいものだった。「……逃がすか!」
よろけながら立ち去ろうとする屍に、魔法少女の力で完全回復した編笠の銃弾が打ち込まれる。標的に開いた銃痕から、その姿がヒビ割れていき……やがて屍の姿は微塵も残らなかった。
「……合格ダ。」「!?な、アナタは……」魔法少女はその声に動揺する。気がつくと強面の大男が立っていた。「二人ガカリトハ言エ、上位種ヲ倒セル新入生ガイルトハナ……」
「ちょっ嘘でしょ……」「地図ダ。コレガ無ケレバ永遠ニ教室ヘ辿リ着ケナ」「わ、忘れんぼフラーッシュ!!」黒い廊下が真っ白けに染まる。

――「ム……」「おはよう、先輩」彼の目の前には先ほどまで監視していた筈の二人がいた。跡追さきがけの方は倒れている。「地図、ありがとうございます。」編笠の手には二人のための地図が。
彼には何が起こったのかサッパリわからなかった。だが、状況からして後輩たちは合格したのだろう。彼はそう納得することにした。「跡追クンハドウシタ?」「さぁ、俺もよく覚えてないんで。
何やら恐ろしい形相でも見て卒倒した。なわけないですね。それでは。」編笠は跡追をおぶり、地図を頼りにその場を後にする。「ウゥム……」皮肉を吐かれ傷心の鬼頭業火はぽつり取り残された。

説明しよう。"忘れんぼフラッシュ"とは、人の都合が悪い記憶を手軽に消去できる閃光である。光を目に浴びた者はたちまち魔法少女のことを忘れてしまうというわけだ。
もっとも、そんな宇宙外交秘密組織みたいな小細工も編笠には通用しない。あまりやらないことだが、眠った彼女の記憶をうっかり覗いてしまったのだ。


174:SDT
* * *
俺は、あいつに命を救われた。だから今度は……俺があいつを守ってやる番だ。編笠の決意は、鋼のように堅い。「跡追は前線に行ったんだろう。……俺も行く。止めるか?」「ああ、止めるな。君
が前線に赴いたところで何になる。彼女の足を引っ張るだけだ」黒葛は、あえて冷徹に。編笠がただ一匹の屍に翻弄され、敗北したという事実を突きつける。前線に行ったところで、何も出来ないだ
ろう。そのことは編笠にもハッキリと予見できた。「……かもな。」それでも、編笠の意思が揺らぐことはなかった。フォロ・ランナと同様に、彼もまた。理屈ではないものに突き動かされている一
人なのだ。「足手纏いだったとしても、役立たずだったとしても。……あいつを庇って死んでやるくらいのことは出来るさ」「はぁ……馬鹿しかいないのか、この組は……」黒葛は頭を抱える。「で、
どうなんだ。行かせてくれる気になったのか?」「……ああ、もはや何を言っても無駄のようだからな」「恩に着る。」そう言って、立ち去ろうとする編笠。しかし。黒葛の一声が、それを引きと
めた。「待て。誰が一人で行けと言った?」「……どういうことだ?」「……人のことを言えないな。一番の大馬鹿は、私だったということだ」――跡追を一人で前線に向かわせたときから、ずっと
私の心には靄(もや)がかかっていた。なぜ、もっと強く引き止めなかったのだろう。なぜ、付いて行ってやらなかったのだろう。後悔ばかりが身を蝕み……それはやがて、跡追の"死"のイメージへ
と直結する。前線に行ったところで、足手纏いかも知れない。何も出来ないかも知れない。編笠に言った言葉は、私が自分自身に言い聞かせた言葉でもあった。だが、例え何も出来なかったとしても
。私はもう……『後悔したくない』んだ。「待っていろ、跡追……!」――それぞれの決意を胸に、三人は前線へと向かう。元々前線に居た帯刀を合わせて四人。他の九人の与り知らぬところで、運
命の歯車が回り始めた。
* * *


175:カイロ
帯刀の振るう刀が屍を裂く。四方八方から迫り来る屍は皆等しく、帯刀に触れる事も無く大地に倒れていった。もはや周辺一体は屍の死体で足の踏み場も無いほどになっているが、いまだ屍の攻勢に
終わりは見えない。「……」それでも帯刀は無言で刀を振り抜く。焦る事無く確実に確実に、屍達を断ち切る。「……!」その最中、帯刀へと向けられた屍達の敵意の中から、それのより巨大な物を
感じ取った。「あれか」帯刀の現在位置より百数メートル程度離れた場所。砲台の様な形の屍が、帯刀へとその丸い砲口状の口を向けている。見るからに遠距離射撃を行うタイプ。あんなものを放って
置いては結界の基部を破壊されかねない。雑魚は一旦無視し、奴を撃破する。一瞬の思考で答えを導き出した時には既に足は砲台型屍へと向け動いていた。10秒とかからずに、砲台型屍は射程距離に
収まり、刀が砲塔を両断したと同時に、帯刀は自身の失態に気付く。「謀ったか」先の蚊の仲間か別働隊か。ほぼ透明な体の屍が結界基部へと肉迫し、基部を破壊せんと拳を振り上げていた――!


176:ウツケ
しかし”それ”もまた目的を成すことなく活動を停止する。刃が屍の腕を通ってその脳髄を貫いている。そう、帯刀の手から放たれた刀が屍を射貫いたのだ。そして、「チッ……」
彼にはこれ以上結界を護る手立てがない。手詰まり――いいやそれにはまだ早い。帯刀は砲台型屍から角のような部品をむしり、手近な屍を屠った。先ほどの刀と違い切り口は歪。
痛みに苦しむ屍は、より醜悪なうめき声で崩れ去った。ナマクラ刀にも劣る使い勝手だが、一応殺傷に足る威力。勢いそのままに屍の群がり始めた基部の基へと突進する……が、
やはり間に合いそうもない。即座に意識が刀の回収へと切り替わったところへ……刀が死骸から抜き放たれ、基部を取り囲む屍共を一気に両断した!「やあ、危なかったね~」声の主は、大門寺聖也。
「やっぱりいくら強くてもこう~数で来られちゃキツいよね~」「……」「あ、なんでこんなところに居るのかとか思ってる?やだなぁ、未来の無敵な弓道部員を放っとけるわけないじゃん」


177:SDT
「ほい。これ、大切なものでしょ?」大門寺が投げてよこした刀を、パシッと掴み取る帯刀。「……あれ?お礼はなし?ま、いいけどさ。」片手間に屍を倒しながら、大門寺は話を続ける。「レーダー
によると、屍は次の波が最後みたいだよ。頑張ろうぜ」「………」帯刀は、大門寺とは対称的に押し黙り。ただ、目前の屍を斬ることだけに心血を注ぐ。「ホントに喋んないねキミ。社会に出たら苦労
するよ」大門寺との相性の悪さもあってか、このときの帯刀日向は……常日頃よりも、一段と寡黙であった。「ん?」そんな折、一風変わった屍の姿が大門寺の視界に入る。なにか鉄球のようなものを
腹に抱えた人型だ。周りを見ると、他にも似た個体が複数いる。動きは鈍重で、お世辞にも強そうとは言えない。「なんだありゃ。よいしょ」バシュッ。大門寺の放った矢が、屍の腹を突き刺した、そ
の瞬間。―――ボッカァァァアアアアアアァン!!!という、凄まじい轟音が大地を揺るがした。「うおぉっ!?」「……!?」無慈悲なまでの衝撃により、屍の周り一帯が更地となる。奴が腹に抱え
ていたもの。それは、爆弾だったのだ。「いやぁ~凄い威力だ。帯刀っち、大丈夫だった?」「………」「大丈夫そうだね」爆発の規模は大きかったが、距離が離れていたこと。それに、帯刀が咄嗟に
回避行動をとったことにより、二人は特にダメージを受けなかった。……しかしながら。「ま~、俺は今くらいの爆発なら余裕だから、他の奴は俺がなんとか……」大門寺がふと視線を上げた、その先
には。少なく見積もっても直径10メートルはある、"巨大すぎる爆弾"を携えた屍が。空中から、ゆっくりと街に飛来していたのだった。「……いや、アレは無理でしょ」


178:カイロ
帯刀達に迫り来る爆弾屍達の数十倍のサイズの爆弾。となれば威力も範囲も同じく数十倍のはず。そんなものが街で爆発しようものなら周辺一体は粉微塵に吹き飛び荒野と化すだろう。だが、今なら
まだ街との距離は少しある。「打ち抜け」完全に命令口調で帯刀は大門寺に短く言い放つ。「アッハハハ。やってもいいけど、多分もうあいつの射程距離だと思うよ。……街も、俺達も」大門寺の声
にはどこか諦めが混じっていた。「街全てが、か?」「今スグやればちょっとは残るんじゃない? ポテチの袋の隅っこに溜まった破片ぶんくらいなら、だけど」ハハハ、と大門寺は笑う。「あーでも
結界が残ってれば街への被害はちょっとは減るかもね。あのデッカイ奴は手出しすると危険だろうし、ちょっとでも雑魚を減らしておこうか?」先程から大門寺の言葉には憶測が多い。長年の退魔師と
しての経験から来る勘と言う奴だ。帯刀はあまりそう言う物を信じはしないが、不用意な行動が危険なのは先程の爆弾屍で理解している。大門寺の言葉に軽く頷きだけ返し、屍達に向けて刀を構えた。


179:ウツケ
* * *
屋根から屋根へ跳び回る私。どこぞのバトル漫画みたいなことをやっている。このわき上がる高揚感はどうしても止められない。普通は街の変わりように心を傷めるところだけれど、
でも、だからこそ私一人だけは笑顔のまま。そのまま頑張らなくちゃ。いつもの私にはできないことをやらなくっちゃ。戦いが終わってみんな笑えるように。折角できたお友達を護るんだ。
「たーっ!」屍を見つけるたび、この追っかけライトウィップで捕まえていく。倒すこともできるけれど、そうするときっとあの娘は悲しむんじゃないかな。屍と呼ばれる生き物は、正直恐い。
でも、それでも屍とわかり合えると言う娘がいた。きっと強い人なんだって思った。屍たちを従えて戦う人がいた。私はあの娘の話を信じようって思った。私にできることなら手伝いたい。
「急がなきゃ……!」前線には怪我してる人もいっぱいいる。私の力。私にできること。一人でも多く救うんだ。決心を固めて足を更に速めようとしたところに、遠くですごく大きな球体を見つけた。


180:SDT
「何、あれ……!?」目を凝らしてよ~く見てみると、少しずつこっちに近づいてくる……ような気がする。それになんだか、ものすご~~く嫌な予感!「あわわわわ……ほ、本当に急がないと!」
「追いついたぞ!!はぁ、はぁ……」えっ……?聞き覚えのある声に、ふと後ろを振り返る。そこに立っていたのは……「編、笠…くん…?」「わ、私もいるぞ……」「黒葛ちゃんまで……」
見知った顔が現れて、少しホッとした。だけど。……それ以上に私は、怒っていた。「どうして……」「ん?」「……どうして、来ちゃったの!?じっとしてれば安全なのに!!あんなに怖い目に
会ったんだよ!?死ぬのが怖くないの!?お願いだから、大人しくしててよ!!」二人を失いたくないという気持ち。その思いで、言葉に力が込もる。今までこんな大きい声、出したことないかも。
でも、編笠くんは……そんな私を止めるでもなく、優しい口調で……こう答えたんだ。「お前と同じ理由だ。」「え……?」「俺たちも、誰かを助けたい……いや、魔法少女フォロ・ランナ。お前を
助けたい。ただ、それだけなんだ」「………………」や、やだ……顔が熱い。何か思い出したような素振りで、慌てて後ろを向く。「だ、だ、どぁ、だからって、
わざわざ危ない目に会うようなこと……」「それがな、跡……おっと、フォロ・ランナ。どうやらじっとしていれば安全というわけでもないらしい」黒葛ちゃんが会話に入ってきた。
「どういうこと?」「先輩方から連絡があった。あの球体が見えるだろう」「うん……それだったら、今ちょうど見てる……」「あれは巨大な爆弾だ。何とかして止めなければ、街は粉々に消し飛ぶ」
「…………!?」


181:カイロ
黒葛ちゃんが先輩から聞いた(というか、班長のサファリナちゃんと先輩が話しているのを盗み聞きした)話では、この街のほぼ全域が爆発に巻き込まれるって。「え、う、嘘でしょ……!?そんな
の……!」熱くなった顔の熱が一転、冷却されていく。そして冷静に考えれば考えるほど私の頭の中は混乱していった。「……落ち着け、フォロ・ランナ」そんな私のショート寸前になった思考回路
は、編笠くんの一言で冷静さを取り戻し始める。「うむ。今は確かに非常事態中の非常事態だ。だからと言って慌てているだけでは何も解決はできないな。……一旦落ち着いて、私達の力で何ができ
るかを考えてみようじゃないか」続け様の黒葛ちゃんの言葉で、熱くなったり冷たくなったり忙しい私の頭はやっと落ち着いた。「……うん、そうだね黒葛ちゃん。私達に何ができるか、考えよう」
私の言葉に従って編笠くんが銃を挙げる。「俺はコイツくらいだ」"他の"は今回役には立ちそうもない、と付け加えた。続いて黒葛ちゃん。「言いだしっぺで何なのだが、私の力も有効範囲が狭くて
な。あのデカブツには届きそうもない」「…………」……二人とも、私を助けるために追いかけて来てくれたのは嬉しい、けど、これはつまり……「す、すまん」そんな事を考えていると何故か編笠
くんが頭を深く下げた。「えっ、なっ何も言ってないよっ!?」なんだか心の中を見透かされてしまっているような気分。


182:ウツケ
「いや、ちょっと待って欲しい。」ここでつづらチャン。「キミは携帯とか持ってないか?離れていても情報が共有できれば、お互いにできることが増えるはずだ。」なるほど、つづらチャン賢い!
「それならコレとかどうかな!」つい手をぽんと打つ私。服にいっぱい付いている黒い珠、コレを1コずつ二人に渡した。「これは……」「もしもしトランシーバー~テッテレテッテッテーテテーン♪(だみ声)」
「なんの真似だよ」すると珠はインカムのような形に変わっていくの。「おお。」「これを着ければ半径200kmくらいまでお話ができるはずだよ!」「範囲が出鱈目すぎるだろう……」
早速二人はトランシーバーを装着してくれた。「あー、あー、マイクテースっ」『うん。きこえるぞ。』『こっちも問題ない。』近いけどトランシーバーを通してあみがさクンのシブカッコイイ……
じゃなくて二人の声が聞こえてくる。「何をにやけている?」「……そっとしとけ。」私は人差し指を巨大な屍に向け、「さぁ、あのふわふわ爆弾の元へ行くわよ!」うう、緊張感無いなぁ……。ん?


183:SDT
「あの爆弾………泣いてる?」「は?爆弾が?」「うん、ほら…見て…」例によって黒い珠をもう一組引きちぎり、二人に渡す。珠は見る見るうちに双眼鏡のような形へ変化していき……
「もはや何でもありだな。名前はさしずめ、『お見通しゴーグル』とでも言ったところか」「すごい!黒葛ちゃん、どうしてわかったの!?」「……さて、泣いているとは……一体……」
ああ、そうだったそうだった!「ほら、二人とも。球体の表面をよく見ると……顔みたいなものがいくつも浮き出てるでしょ?」「顔みたいなものというか、顔だな。
そして、確かに……泣いている。」黒葛ちゃんは見えたみたい。あの爆弾の零している、"涙"が。音までは聞こえないけど、その悲しみの感情は……ここにいる私たちにまで伝わってくる。
編笠くんは見えたのかな?「ねぇ、編笠くん……」「……ぐっ!??」その時。ガシャン!!というゴーグルが床に落ちる音と共に、編笠くんが頭を抱えてその場にうずくまった。
「えっ!?ど、どうしたの!?」「ぐ、ぐぉおおぉ……あ、あ……」「おい!編笠!!」ど、ど、どうしよう!ものすごく苦しそう!!こんなときどうしたら……そうだ!
「お願い、治って!えいっ!」「ぐはぁっ!?」「あああ!!間違えた!!」回復しようと思ったのに、ライトウィップで編笠くんの頬を殴っちゃった!も~!私のバカバカバカ~!!
「……いや、今ので目が覚めた。助かったぞ、魔法少女」「え?ホント!?良かったぁ~、えへへ」……あれ?編笠くん
が正気に戻ったっていうのに、黒葛ちゃんはまだ……何か、深刻そうな顔をしてる。「編笠……君は、まさか……」「…………」「えっ?なになに?」「―――あの屍の心を、読んだのではないか?」
「…………」「意識的だったのか、無意識なのかは知らん。ただ、その頭痛は。あの巨大な屍の心を読み、頭の中へ一気に負の感情が流れ込んできたために起きたものではないのか?」
「…………さぁな。」「誤魔化そうとしても駄目だ。はっきり答えてもらおう。君の個人的な事情とこの街全体を天秤にかけたとき、どちらが重要かはわかるはずだ。」
「ちょ、ちょっと黒葛ちゃん……」


184:カイロ
「いや、いい」編笠くんが私に手を翳し、黒葛ちゃんへ向き直る。「……質問に答えると、まあ、そんなところだ」やはりな、と呟き黒葛ちゃんはうなづく。「度々、疑問を感じてはいたよ。
それらしい言動を何度か見たからね」黒葛ちゃんの話を聞く編笠くんの顔は、まるで苦い物を噛み潰しているかのようだった。「その反応から見るに、あまり知られたく無い事だったのかい?」
「……ああ。詳しくは言わんが、心と言う奴は蛇口ではなく滝だとでも思ってくれ」「なるほど、わかった」他の皆には内密にしておこう、と黒葛ちゃんが付け加えて編笠くんがそれに頷く。
……どうしよう。編笠くんの例えが全然わかんないしその上私かやの外だよ。どうにかして私も話に入らなきゃ。「そっそれで黒葛ちゃん!編笠くんが心を読めるとして、
一体どうするつもりなのっ!?」その質問を待っていたとでも言いたげに大きく頷き、黒葛ちゃんが口を開く。「うむ、あの爆弾が破壊できない、してはいけないモノなのは理解できるな?」
「うん。それでどうするの?」「難しく考えなくていいさ。押すのが駄目なら引けばいい。つまり」そこで一旦切り、黒葛ちゃんが私と編笠くんを指差す。「編笠、君にあの屍の"通訳"をして貰う。
そして私とランナであの屍と"お話"をして、平和的に街から出て行って貰う」


185:ウツケ
「しかし……できるのか?」話を聞いたあみがさクンは納得できない様子。「対策があれば先輩たちが何か手を打ってる頃じゃないか?それがないから今も手放しになっている。」
「そうじゃない!」珍しく声を荒げるあみがさクンに、私びっくりしちゃった。「……体力測定の時、十二番……あの狐のような屍を覚えているか……」「あぁ……途中で退場してしまったが……
確かそんな奴もいたな。」「あっ私もおぼ……っ!」い、いけない!「お、お盆に……狐ちゃん見たことあるよ!」うっかり喋っちゃうところだった~!ごまかせたよね!ごまかせたよね!?
「あ、あぁ……それでだ。」多分、セーフ……「奴から感じたのは"ただ強い憎しみの感情"だけだ。……今回もそう。感情が深すぎる……!そんな奴に、まして言葉もわからん連中に話なんか……」
「それを聞いて尚、安心したよ。」「何……?」「やはり彼らに"心はある"んだな。だったら屍たちと理解し合える世界はあり得る!」あれれ、余計なこと考えてたら更に置いてけぼり感~!
「奴の心が絶望に染まっているなら、それを塗り替えてやらなくてはいけないな!そうだろう?魔法少女フォロ・ランナ!」「えっ!う、うん勿論!あの子が悲しんでるなら助けてあげるの!」
急に話しかけられてつい勢いに乗っちゃった!「だからっ……喋りすぎたな。」そう言ってからあみがさクンは口を閉じてしまった。「決まりだな。」「好きにしろ。」ああ~!絶対怒ってるよ~!


186:SDT
「……おい?さっきから様子がおかしいが、何か気になることでもあるのか?」「えっ!う、ううん!全然そんなんじゃないから!!気にしてたとしても、作戦とは関係ないことだから!」「ならば
いいが。」うう、黒葛ちゃんからは疑われてるっぽいし……「編笠の力が作戦の鍵なら、その鍵を握っているのは……おそらく君だ。頼むぞ、フォロ・ランナ。」「あ!?そ、そう!?」なんかよく
わかんないけど期待された!よ~し、頑張っちゃお!!……って、何を頑張ればいいんだろ?「黒葛ちゃ~~ん……」「案ずるな。策ならちゃんと考えてある。まずは現在Bブロックにいるという、
帯刀が所属している班に電話をかけよう。番号はさっき"班長"がかけているところを盗み見て覚えておいた」私たちの班長って、サファリナちゃんのことだよね。「電話か……」「そうだ。私たちだ
けが単独で行動を進める意味はない。まずは協力者を集めることが最優先だ」……ん?でも、それって……「編笠くんの秘密を、バラしちゃうことになるんじゃ……」「む……」「それは大丈夫だ。
まあ見ていてくれ」そう言って黒葛ちゃんは電話をかけ始めた。スマートホン、すごい使いこなしてそう……。『……はいもしもし~。こちらBブロック、大門寺。どなたですか~?』「こちらは
Eブロック救護班、ルーブルベインですわ」「「ぶっ!!」」えっ、何!?なんなの!?その喋り方?!『え~と、ルーブルベインさん?さっきも通話しなかったっけ?番号が違うような……』「あの
携帯はバッテリーが切れましたので、予備のものを使っていますの。」『あ、そうなんだ。それで、何の用事?』こ、こらえなきゃ……笑っちゃダメ……「それが、聞いてくださいまし!わたくしたち
の班に、あの爆弾を解体できるという者がおりましたの!」『すごいじゃん!』「今、護衛を含めた3人でそちらに向かわせておりますから、着いたら協力してやってくださいまし!」
――ピッ。「くくく……」「ぶっ!あははははは!!」「……笑うなっ!!折り返しの連絡を防ぐためには、班長を装うしかないんだ!」


187:カイロ
黒葛ちゃんは顔を赤らめてプンプンしている。私も編笠くんも笑いを堪えきれずに息が漏れてしまう。「まったく、私は至極まじめだと言うのに。……まあ、それはいい。Bブロックへ向かおうか。
作戦の詳細は走りながら伝えよう」そう言って黒葛ちゃんはマジメな顔に戻り、Bブロックの方へと走り出した。私と編笠くんも気持ちを切り替え、黒葛ちゃんに続いて走る。「まず、はぁっ、はぁっ、
や、奴にちかづっ、はぁっ、あ、編笠、キミが、うっ、ゲホッ!ゲホッ!!」「つ、黒葛ちゃん!?」苦しそうに咳き込み出した黒葛ちゃんに驚き、私達は足を止めてしまった。「す、すまない……
は、走りながら喋るのは、思ったより難しいな……」「む、無理しなくていいよ……普通に歩きながらでいいから」そういいながら背中をさすってあげると、黒葛ちゃんはそれ頷いて歩き出す。
「……作戦の詳細だが、多少ムチャな事をして貰うつもりだ。できません、やれませんは聞くつもりも無いよ」「前置きはいい。内容を」編笠くんの言葉を聞き、申し訳なさそうに黒葛ちゃんが言葉を
続ける。「わかった、では編笠。キミには一番のムチャを任せる。……心を読む力で、私達の言葉をあの屍の心の奥底まで響かせてくれ」


188:ウツケ
「ああ無理だな。」「ええ~早いよあみがさクゥン……」「そこでだ、編笠金次。」即否定してきたあみがさクンに全く動揺してないつづらチャン。流石……「訊いておきたいことなんだが、君は
如何にして人の気持ちを探っているのか。」「……」少し考え込むあみがさクン。「実際はもっと簡単だが、例えるなら、鰙釣り……いや、洞穴でも掘り返してるような情景だな。」
「なるほど、空けた穴から感情が溢れ、先ほどのように苦痛を味わった……と。」「まぁ……そうなる。」つづらチャンが理解していく度苦い顔をするあみがさクン。まるで推理小説で謎を
解き明かされていく犯人みたい。「あ……ごめん!」あみがさクンに睨まれちゃった……やっぱりホントなんだなぁ。……!!!ってことは!私のあみがさクンへの気持ち全部バレてる~!?
ひぃぃーどうしよう!「となるとやはり、フォロ・ランナの出番だ!」「ふぇっ?」私の混乱をよそに話しかけられた私は変な声をあげちゃった。


189:SDT
―――黒葛ちゃんが言うには。どうやら私は……編笠くんが空けた穴から、人や屍の精神に入り込める可能性が高いみたい。理由は、聞いても難しくてよくわかんなかったけど。(それに黒葛ちゃん
がどうしてそのことに気づいたのかも……)とにかく、私と編笠くんなら!あの巨大爆弾を何とか出来るかも知れないんだって!!「……作戦は以上だ。いいか、この作戦は君たち二人にすべてがか
かっている。気を抜くなよ」「う、うん!私、がんばるよ!」「ふっ……」「なんだ、編笠。何がおかしい?」「いや、お前は今……こう言ったな。俺たち二人に全てがかかっている、と」「それが
どうした?」「……それは違う。この作戦の指揮官は黒葛、お前だ。作戦が成功するか否かは、俺たち"三人"にかかっている」「……そうか。そうだな。私も気合を入れなければな」「ああ。頼りに
してるぜ」「む……」ちょ、ちょっと!黙ってたら、なんかいい感じになってない!?「ほら、和んでる場合じゃないよ!!行こう!早く!」「わ、引っ張るな!!」なんかいい感じの二人を急かし
て、帯刀くんたちのところへ向かう。成功する可能性はごくわずか。失敗したら死んじゃうかも。でも、私は。二人と一緒なら……怖くないよ。
* * *
「ん?ああ、アレかな?お~~~~い!!」「ぜぇ、ぜぇ……」「まったく、遅いよキミ!一体どこでサボってたの!?」「はぁ、はぁ……サ、サボってはいません……」20分19秒。私が電話をかけ
てからBブロックの最前線へ到着するまでに、実にそれだけの時間がかかってしまった。「ほら!君以外の二人はもうあそこでお茶なんか飲んでるよ!」そう言って大門寺先輩は前方を指差す。「あ
っ、黒葛ちゃん!お~い!」……そこでは、跡追とフォロ・ランナがガレキの上でペットボトルのお茶を飲んでいた。どうやら我々の頭上の巨大な奴を除けば、屍はすべて片付いたようだな。

 


190:カイロ
「念のため確認しとくけど、君らがさっきのルーブルベインさんとの通信で言ってた爆弾処理班……でいいんだよね?」大門寺先輩の言葉に頷きを返し、全員簡単な自己紹介を済ませる。「……うん、
なるほどね。爆弾の処理はあっちの編笠クンとフォロ・ランナちゃん? が、主にやってくれるわけね。 そんで黒葛ちゃん、僕らは何をすればいいんだい?」「……先輩方には二人の作業中、屍達の
妨害が入らないよう二人の防衛をお願いしたいのですが、引き受けてくれますか?」私がそう聞くと大門寺先輩は、「わかった」とだけ言って先輩達の仲間であろう人達と二人の守りについてくれた。
……しかし周辺に屍の気配は既に無く、先輩達には少々無駄な事を任せているようにも感じる。だが、無駄とわかっていても万が一など決して許されない。……きっと、大門寺先輩もそれを察して黙っ
て従ってくれているに違いない。「不快だな」先輩達の行動に感謝する私に帯刀が不快感――と言うより殺意に近いもの――を言葉と表情でぶつけてくる。「……ふん。心配はいらないさ。私が信用
できないと言うならその辺に座って眺めていればいい。私達が街を守るその勇姿、よーく見ておくのだな」そう言ってやると一瞬帯刀の殺意がより強まるが、良いタイミングでランナが割って入って
くる。「ほ、ほら二人とも! もう時間ないんだからその辺にしといてよぉ!」


191:ウツケ
「うん、そうだな。早急にふわふわ爆弾を無力化しなくては。」「それで~、あのふわふわ爆弾くんは遙か空を浮いてるけど、どうやってあそこまで行くのかな?」帯刀の視線が逸れたと思えば先輩が
何気なしに疑問を投げかけてきた。「その点についても心配無用です。頼んだ。フォロ・ランナ。」「がってん!ずばっとウィング!」大仰なポーズを取り、フォロ・ランナはスカートの上部をまるで
童話に出てくる妖精の様な羽根に変えた。「さ、掴まって」と、差し伸べられた手を編笠と共に取る。景色は光に包まれ、すぐさまふわふわ爆弾の上に移った。「ここで大丈夫だよね!」空気はぐっと
寒くなり、風が私の髪をなびかせる。「助かる。可能な限り近い方がやり易いからな。」「よし、始めてくれ。辛いかもしれないが、耐えてくれ。」編笠がふっと笑う。「簡単に言ってくれるな。」
「大丈夫。私が付いてるから。」ランナが編笠の肩に手を乗せ、先とはまた別の光が私たちを包み込んだ。暖かい……気持ちも軽くなる。「始めるぞ。ふわふわ爆弾の心をこじ開ける。」
「あのー、そのふわふわ爆弾って名前、それでいいのかな……?」


192:SDT
―――「ぐ……!ぐ、ぐおぉおおおぉ……」「頑張って!」精神の壁を破壊しようとした編笠にまず訪れたのは、猛烈な痛み。ただでさえ頭が割れるかと思うほどの痛みが、瞬間ごとに2倍、4倍、8倍
……と倍増していく。「がぁああぁっ!!がはっ、ぐ、ぐああ……」もはや立っていることなど到底出来はしない。痛みに耐えかね、爆弾の上をのたうち回る編笠。……これはまずいぞ。「おい、あま
りジタバタするな!!爆発する可能性がある!」「無茶言わないでよ、黒葛ちゃん!」「無茶だろうが何だろうが……」そう言いながら、私は……「やってもらうしか、ないんだよっ!!」編笠の太も
もを思いっきりつねる!「痛っ!?はぁ、はぁ……」「酷い、黒葛ちゃん!どうしてそんなことするの!?」私の行動が完全に想定外だったらしく、ランナは凄まじく動揺したようだ。……一応、説明
しておいてやるか。「まあ落ち着けランナ。編笠の顔色がさっきよりも良くなっているのがわかるか?」「え?……た、確かに!」一箇所の痛みに集中するよりは、痛みを分散させたほうが楽になる。
神経学に基づいた合理的な処置だ。「私に出来るのはこれくらいだ……頑張ってくれ、編笠……」「う、うううぅうおぉお……」「黒葛ちゃん、私もやるよ!」「そうか!助かるぞ!」…………

* * *

白い。ひたすらに真っ白な世界。俺はその中で、ただ一人立っている。「すぅー、はぁー……よし。」深呼吸をし、目の前の巨大な扉に手をかけた。この扉を開いたら、凄まじく強い負の感情が流れ込
んでくるだろう。……正直言って耐えられる自信はない。だが、やらなければなるまい。跡追や黒葛たち、級友のために。自分のために。そして誰よりも、俺を絶望の淵から救い出してくれた……あの
人のために。「……ぬぅうう!!」グッと手に力を込め、扉を押し広げる。


193:カイロ
重々しい音を響かせながら扉がゆっくりと開いていく。そして、その扉が開ききると同時に――「っ!? ぐっ、う、が、ああああああっ!!」俺の体に憎悪が、憎しみが、黒い感情の全てが闇の奔
流と化して押し寄せて来る! 「おっ、ああぁ、があああああっ!!!」身体の全身を、まるですり潰されているかのような激痛が襲う。意識を手放さぬようにと必死に耐えるも、それを嘲笑うかの
ような黒い感情が絶える事無く俺の体をつらぬき、俺の意識を飲み込み取り込もうとせんとばかりに喰らいついてくる。「……ぁ、……ぁ」……声が出ない。目を開いているはずなのに何も視ることが
できない。手が脚があるはずなのに、その感覚を認識できない。――やはり、俺の力ではどうする事も出来なかったか。そんな事を考え出す。俺一人で巨大爆弾屍をどうにかしようなど、土台無理な話
だったのだと。そして、自分が生きているのか死んでいるのかさえもわからなくなり始めたその時。「――――?」"誰か"が、自分の身体に触れている。いや、自分を支えてくれている。それは――


194:ウツケ
『やったよあみがさクン!』魔法少女――ここまで来るとは、やはり滅茶苦茶だな。『なんか必死になったらできちゃった。ねぇ、あともうひとふんばりだよ!』確かにな。迫る黒い感情の中に隙間。
目標、心の内側まで、そう遠くないだろう……だがこれ以上はきついな。『そんな……』そもそもこんなことはやったことがなかった。俺は最初から、ただ閲覧者ってだけなんだからな。もう、
この手に力が入らない。『諦めちゃ……ダメーッ!!』なっ……黒のみの景色が……吹き払われて……これが魔法少女の精神力か……?『できることを、やろうよ!』意識が明瞭さを取り戻す。
『行ける。一人で、いつもこうしてるんでしょ?今度はこっちが必死になれば、きっと届くよ。』――想いが、か。魔法の言葉に乗せられゆっくりと手を伸ばす。『その先へ――』精神の奥底まで――
見せてみろ。『教えて!』ふわふわ爆弾、その想いを!


195:SDT(補足byウツケ)
―――「ウ、ウ……ア、アアア……」「……何だ?これは……」屍の心の奥底。俺の予想では、そこに"屍の心"があるはずだった。人間と同じように。屍にも、心はあるのだと。だが、そこで俺が見た
ものは……「タ、タスケテ、クレ……」鎖に繋がれた、無数の"人間たち"だった。心などという概念的なものではない。現実に生きている人間たちだ。「え、編笠くん……ど、どういうこと?来る世界
を間違えちゃったとか!?」「いや、それはない。あの場には俺とお前、それに黒葛とふわふわ爆弾だけだ。間違えようがないさ」「じゃあ、これって……」「……そもそも、精神世界に人がいること
自体がおかしいんだ。俺たちのような存在は、例外中の例外……」人間が屍に化けた例は多いと聞く。この光景も、そういった例を裏付けているものだと考えるのが合理的かも知れない。……しかし、
それならば、なぜ。この人間たちは、ヒトの姿を保てている……?それに、あの鎖は一体……『なるほどな。話は概ね読めてきたぞ』「黒葛!?お前……」周りを見渡すが、どこにも黒葛の姿はない。
『無線で話しているだけだ。驚くな』「あっ、黒葛ちゃん!繋がったのね!」「ああ。君たちの話は聞かせてもらった」どうやら黒葛は、魔法少女から受け取った例の無線子機とやらで俺たちの話を
聞いていたらしい。普通、精神は現実とは比べ物にならないほど速く動いているものだから、まずそこに驚いた。……さっきの弱音も、聞かれていたのか?『編笠、ランナ。時間が惜しい。早いところ
そこにいる人間たちに聞き込みを開始してくれ』「あ、ああ……」ともあれ、俺たちは"屍の心"との対話を始める。相手が人間なら言葉は通じるはずだ。「おい、大丈夫か!?」「ア、ア、ウ、」
……そして。"対話"を始めて、すぐに。俺たちは、驚くべき言葉を耳にすることとなった。「ウノ、サ、カ……」ウノサカ、宇乃坂―――?「え……」「なっ……………」「…………」


196:カイロ
宇乃坂、と。そう聞こえた。地名か人名か。それともただの呻き声だったのでは? ……だが、人名だとすれば一人、心当たりがある。「しかし……そんな、筈は……」俺達のクラスの担任、宇乃坂
並紀。……まさか奴が、この爆弾を街に向かわせていたとでも言うのか? あの屍達の大軍団も? そうだと言うのならそれは一体何の為に? 「お前っ! 今のウノサカと言うのは、宇乃坂並紀の
事なのか!?」想定外の言葉を耳にし、動揺でもしたか。俺は思わず荒々しい声音で屍の心へ問いかけていた。「オォ、オ……!?」それに対し屍の心が、恐れる様な声を発したと同時に俺の体全体を
砂嵐のような雑音が包み込む。「キャッ! な、何これ……?!」否、俺だけでは無い。フォロ・ランナも俺と同じような感覚を味わっている。『馬鹿者! 不用意に刺激するような事はよさないか!
……いいか、宇乃坂については気になる。だがまずは街からの退去を優先に行動すべきだ』……そうだった。先ずは爆発の射程外へとこの爆弾を誘導する事が先決。「……すまん、動揺していた」
『ははは、それは私も同様さ。――さて。それでは早いうちに本題を片付けるとしよう』


197:ウツケ
吹き上げるような砂塵の音をかいくぐり、再び接触を試みる。「コァ、ア、ア、ア、ア、ア……」できるのか……とても理性を残してる状態とは思えないが……「……俺の声が聞こえるな……。」
「タスッ、タスケ、テ……」一応、反応を返してくるくらいはもうわかっている。「まず落ち着け。俺は編笠。編笠金次だ。」「ア、ア、ア、アミ、アミガ、サ……」よし、いけるな。
話はここから……「お前、たち……は何をしている?」「コワイ」「コアイ」「コヤイ」不意に他の口が次々と開く。「コワィ」「コワ」「ニゲ、テル」「コワイ」何……逃げている、と言ったか?
「コワイコワ」先からこいつらの言葉が頭に響いて消えないが……「コワウ」なんとか平気だ。話を進めよう。「何が……そんなに恐ろしい?」「あ、あみがさクン……大丈夫なの?」「コワヒ」
付いてきたフォロ・ランナに気付かなかった。「悪いが邪魔しないでくれ……」「コワイ」これをどうにかしなくては俺たちは終わりだ……。「アソ、コニ、ゲナ、キャッ」


198:SDT
「逃げるとは、どこにだ?」「ニ、ニゲ……」「だから、どこにだ?」「ヒィッ!!ア、ア、…………」駄目だ。埒が明かない。……この後も数分ほど尋問を行ったが、同じようなことを言うばかり
だった。そもそも、この行為に意味はあるのか?屍の心を読み。そこで生きた人間を見つけ。人間には、明らかな異物……"鎖"が纏わりついている。今までの俺の常識では、到底予測し得なかったこ
と。それが三つも。何か、とんでもなく大きな力が働いているに違いない。俺に出来ることなど……無い、のではないか?…………終わるのか?俺たちは、ここで……?「弱気になっちゃダメ!!」
「――――!!」魔法少女の声が、頭にこだまする。「お話が通じなくても、まだ方法はあるよ!編笠くん!!」「……ふ、ふふふ……」まったく……自分の不甲斐なさが嫌になる。いったい何度助
けてもらえば気が済むんだ?「さて……」「えっ、どうしたの?拍手?」男として、これ以上跡追や黒葛に助けられるわけにはいかないだろう。爆弾を止めるのは……俺だ!
「ばちぃぃいいいぃいいいぃん!!」……そう決心し、俺は両手のひらで自分の顔を思いっきり引っぱたいた。「聞かせてくれ。その方法とやらを」「……あ、う、うん!えっとね……」
『その話は私がしよう。』「あ、黒葛ちゃん……」「すまんな。君は編笠と話したいだろうが、時間が惜しい」「えっ!!なんで!?全然、そんなことないけど!??」「……話を始める。」
跡追……帰ったら、ゆっくり話をしよう。「まず、編笠。君が尋問で得た情報を思い出してくれ」「……"タスケテ"、"ウノサカ"、"ニゲナキャ"。こんなところか?」普通に考えたら、あの人間たちは
"ウノサカ"に怯えていることとなり、鎖をかけたのも"ウノサカ"だと推測されるが。『問題はそこではない。逃げるということは、何者かに追われているということだ』「……だから何なんだ?」
『わからないか?発想の逆転だよ。』「…………まさか!?」『そうだ。その"何者か"を、街に連れてきてやればいい。そうすれば爆弾は勝手に街から逃げ去っていくだろうよ』


199:カイロ
「……そういうことか」確かに、その方法なら爆弾をこの街から追い出す事も簡単ではあるだろう。だが。「だが、随分と簡単に言ってくれる物だな。まずその"何者か"がどこにいるかもわからんし、
仮に見つけられたとして街まで連れてくる程時間に余裕も無かったと思うがな」ここに入る前に見た爆弾と街の距離から考えるに、残り時間はあって十数分程度と言った所か。……到底、人探しなど
している暇は無さそうだ。『その心配はいらんさ。探し物はそこですぐに見つけられる筈だ』そこ、とはつまりここの事か。「まさか、この世界の中にその"何者か"がいるのか……!?」『んん、
まあそうといえばそうなのだが、少し違うかな』……? どういう、事だ? ここにはいるがここにはいない? 黒葛の言葉の意味を考え出してすぐ、俺は嫌な予感を感じ取る。「……また、無理難題
か」そうだな、と俺の言葉を肯定し、黒葛が続ける。『ようは姿さえ同じならカカシとしては十分だからな。……編笠、今度はそいつの記憶を"読んで"貰おう』……全く、かぐや姫だってもっと
優しい問題を出してくれるだろうに。


200:ウツケ
* * *
「いっくしッ!」「どうした月道。風邪か?」「いえ、多分大丈夫……」「まさか誰かの噂とか言うですか~?」「近い、と思うけど……人違いじゃないかしら……」
「ハァ?……意味わかんねぇけどさ、アレ、どうすりゃ良いんだろうな。ふわふわ爆弾とか言うの。」「私たちも大概悠長ですネ。」「ってーか、諦めっつーの?もう、すぐ頭の上じゃん。」
* * *
精神。心と記憶をそれぞれ内包し、感情を産み、送り出す場所。これまで覗く程度のことしかやってこなかったが、よもや俺の精神ごとその中に入ることになるとはな。それも屍の精神の中だ。
ここでは、あらゆる事柄が俺の予想を遙かに上回っている。いくら魔ヶ原に入ると言っても、こんな覚悟を決めた覚えはさらさらないと言うに。依然、頭の中でこいつらの呻き声が反響している。
だいぶ動くのも怠くなってきたが……「ねぇ、本当に大丈夫なの?」「……平気さ。」強がりを言わなくてはやってられない。失敗したらどうせ終わりだからな。彼女の目に俺はどんな風に映っている
だろう。まぁ今はどうでもいいか。精神の壁に扉を作り、開けばさっきのように感情が噴き出す。もっとも、毎度あれでは堪ったものではないのだが。だが相手が人であればなんてことはない。
いつもと同じようにやればいい。わざわざ入る必要も無い。この鎖に繋がれたうごめく塊の中から、比較的話せる奴の精神を、覗かせてもらうことにした。「ここからは俺の独壇場だな。」
* * *
視覚、聴覚、触覚、どの知覚においても説明し難い。ただ感じることができる。それが記憶。今感じているこの景色。見慣れない、何か精神の姿と、それを心配そうに見つめるあの魔法少女がいる。
これはこいつの今感じていること。現在進行形の記憶だ。意識を逸らし、辺りを探るといくつもの施錠された錠前があった。鍵は……良かった。近くにあるな。「さぁ、悪いが思い出してもらうぞ。」


201:SDT
記憶というものは、得てして。忘れたいことほど忘れられないものである。忘れよう、忘れようと押し込んだら押し込んだだけ……逆にその記憶は精神の表層へと浮き上がる。この人間にとっても、
それは例外でなかったらしい。俺たちが探している記憶……つまり、「彼」がここに囚われる直前の記憶は、入り口から最も近い場所にあった。「ここは……?」記憶と同化した俺がまず見たものは
、小さな農村のような場所。ここで何かが起きるのだろうか?……記憶が馴染んでくるにつれて、無色だった景色が少しずつ本来の色を取り戻していく。木々の緑。土の茶。空の青。そして…………
"炎"と、"血"の赤。「………………!?」何かが起きるのではない。"何か"は、既に起きていたのだった。骨組みを焼かれ、倒壊する家屋。泣き叫ぶ人々。その中には小さな子供もいた。「……くそ
っ!!何なんだ、一体!!」いくら過去のこととは言え、胸糞が悪い!何が起きているんだ!?この惨事を引き起こした元凶は!?「くくく……」――――と、その時。背後から、なにやら聞き覚え
のある笑い声が聞こえてきた。記憶の持ち主が振り返ると同時に、俺の視点も切り替わる。……そこにあったのは。「宇乃、坂……?」紛れも無い、俺たちの担任。宇乃坂並紀の顔であった。「……
あ~、今日は暑いなぁ。君もそう思うだろ?」これは単なる記憶だ。何が起きたとしても、現実の俺たちに影響はない。それなのに……なんだ、この凄まじい恐怖感は……!?まるで首根っこに鎌で
もかけられたかのようだ……「さて、それじゃあ始めるとしようかね。君たちを芸術品にしてあげるよ、ふ、ふふふふ……」……芸術品?もしや、あの"爆弾"を作ったのは……この男なのか?


202:カイロ
その宇乃坂らしき男の姿を見た記憶の持ち主は男の異常な恐ろしさを感じ取ったのか、男に背を向けすぐさま逃げ出した。「あれあれ逃げちゃうの~~? 逃げられるといいねぇ~」ねっとりとした
声が後方から聞こえてくる。だが記憶の持ち主は走り続けているはずなのにその声はまるで遠ざかる事無く、常に一定の距離から聞こえてきた。記憶の持ち主の走り方は滅茶苦茶で、視点すら定まっ
てはいないが決して遅くは無い。男がどういう状態なのか見る事ができない為断定はできないが、何かの術か。「ほらほら~ もっと速く走らないと死んじゃうよ~~」再び聞こえた声もやはり一定。
そして男の煽りに体が動揺したのか、記憶の持ち主は脚が絡まり、滑り込むように地面と激突してしまった。「あははは、頑張ったねぇ~ 距離で言うと8メートルくらい?」今度の声はすぐ前から。
恐る恐る顔を上げるとそこには、おぞましいと言う表現が相応しいであろう邪悪な笑みを浮かべた男が立っていた。「いやあ、残念だったねぇ、捕まっちゃったねぇ。 これから一体どんな酷い目に
合わされちゃうんだろうねぇ」口を開く度、男の表情は人ではなく、異形の怪物のそれに近付いていく。


203:ウツケ
唯一変わらなかったのは、恐怖の元凶足る、その笑顔。「もう頃合いだねぇ。始めちゃおっか~」男が記憶の持ち主の頭を掴み、持ち上げる。その握力は尋常ではなく、鮮烈な痛覚が俺の精神を蝕む。
「うぐっ……うううぅ……!」呻き声が記憶の持ち主と重なる。男は、片方の掌を左側の胸元に当て耳元で何かわからない言葉を唱え始める。心音が、異常を伝えてくる。「うあっ……!あ……!」
焦燥が、確かな感触に変貌を遂げていく。「がぁっ!……あっあぁ……」鈍く、侵食するように大きくなる痛み……!やがて、ついさっき人生最大と思われた苦しみを軽々と凌駕していく……!!
男の声は恐ろしくも優しく、とうに聞くだけで鳥肌が立つほど刻みつけられた筈なのに、次々と耳に、耳に、耳に耳に耳みにみみにみみみみみみ「うっぐ……!!ああぁあああぁぁああぁあぁぁぁああ
* * *
うぁああああああああああああああああああああああああああああああ「な!何!?どうしたのあみがさクン!あみがさクン!」あぁああああああぁああああああぁあぁあぁああああぁあぁあぁあああ
* * *
ああああぁぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁああぁ!!!!!!!」「!!編笠!おい!!」マズい……失敗か!?編笠は突如目を開けたかと思えば……普段寡黙な彼からは想いも
付かせぬけたたましい叫び声を上げ始めたのだ。「どうしたのだ編笠!しっかりしろ!」呼びかけるも、瞬間爆音の中に埋もれていく。息継ぎすら忘れたかのように、今度の編笠は暴れることさえなく
ただ絶え間なく叫び続ける。「くっ……!フォロ・ランナ!聞こえるか!!」『あ!つづらチャン!大変なの!あみがさクンが!』やはりそっちで何かあったのだな……会話はできるが、通信は
先よりもノイズが入り乱れている。「急げ!編笠を引っ張り出すんだ!!」『で、でも!まだ記憶を覗いてる!良いの!?』「このまま放置するよりはマシだ!早く!」『う、うん……!!』
耳が割れるような声を数秒聞かされるうち、やがてそれが唐突に鳴り止んだ。「ぶぁ!外の空気美味しいッ!」魔法少女フォロ・ランナが光と共に帰還し、「か、あ、あ、あ、」正気を失った編笠が
意識を……取り戻したのか?「はっ!あみがさクン!た、大変!」「退くんだ!私が戻す!」即座に編笠の体を抱きかかえて……いや……「ダメだ……このやり方ではこれまでが無駄になって……」
「何やってるの!つづらチャン、こんな時に!」魔法少女が私から奪うように編笠を抱き、淡い光が二人を包み込む。「あ、あ、あ、あ、あ、あ、」「……お願い……あみがさクン……治って……!」
光が一層強くなるが、編笠は依然奇怪な呻き声をやめない。「……うっ!なんで、そんな……」きらびやかに輝いていた瞳には、今にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。
* * *


204:SDT
――――どれくらいの時間が経っただろう。一年?一ヶ月?一日?それとも、ほんの数秒か?時間の感覚がない。今の俺を支配しているのはただ一つ、痛覚のみ。「◎△■×○$……」なんだ?何を
言っている?宇乃坂のような男が何かを言っているが、わからない。……宇乃坂とは誰だ?「△××!◎◎、□△■×……」わからない。……そもそも、俺は誰だ?どうしてここにいる?「○■△…
…」なぜこんな目に合わなければならない?「…………」意識が徐々に遠のいていく。……………………ああ、ようやく理解した。死ぬのか、俺は。それならこの痛みも納得だ。もはや何もかもどう
でもいい。早く開放してくれ――――「ポタリ。」俺が死を覚悟したその瞬間。頬に何か、暖かいものが落ちた。妙だな……感覚は既に無いはずだが。不思議と感じることの出来る、その暖かさは。
「…………」俺の心に力を取り戻してゆく。「う、う……」初めはゆっくりと。そして……溢れんばかりに勢いよく。「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」記憶がなんだ。過去がな
んだ。そんなもの……「今」を生きる、俺たちの敵ではない!!「消えろっっっ!!」バァンッッッ!!!拳銃を右手に構え、銃弾を打ち出す。打ち出された弾丸は宇乃坂の幻影の眼前で拡散し、忌
まわしき記憶を切り払った。


205:カイロ
すると俺の体を取り巻いていた"死"のようなものが消え去り、奪われかけた感覚が徐々に戻ってくる。闇に堕ちんとしていた体が、今は輝かしい光にのようなものに包まれている。その眩さに、
俺は思わず目を閉じてしまった。「……ん、……くん……! 」と、目を閉じた刹那。俺の耳に誰かの声が聞こえてくる。「あ……んっ! ……さ……っ!」誰かに呼びかけるような声。いや、そう
ではない。これは俺を呼ぶ声だ。「編笠くん、編笠くんっ!!」俺を呼ぶその声に応えるように、ゆっくりと閉じた目を開く。そこに広がっていた光景は――――  「あ、編笠くんッ!」魔法少女と
黒葛が心配そうに俺を見つめていた。特に魔法少女の目からは大粒の涙が幾つも零れ落ちており、ぐしゃぐしゃだ。「あ゙、あ゙ん゙ばざぐゔん゙!!」……訂正、声もぐしゃぐしゃだった。
「……魔法少女、黒葛。すまん、世話をかけた」「……それは私の台詞だよ。済まなかった、編笠。幾度も無理を押し付けた」謝罪、と言うにはいくらかぶしつけだったが、黒葛なりの心からの侘び
のつもりなのだろう。気にするな、と軽く返してやる。「そうか。……それで、あの爆弾が恐れている者は、視られたか?」「……ああ。だが、あいつを街に連れてくるとして、はいわかりました等
と素直に従うとは思えんがな」と俺が言うと、その言葉を待っていましたと言わんばかりに黒葛が口を開く。「案ずる事は無い。姿さえわかればそれで良かったのだ。……後はランナ、君に頼むよ」
「……ふぇ?」魔法少女が素っ頓狂な声をあげた。


206:ウツケ
* * *
「お前、その格好は……」「くくっ……なんとかならんのか?」「しょうがないでしょー!この服じゃないと力が使えないの!」二人の目には魔法少女フォロ・ランナ……の格好をした宇乃坂先生が
見えていると思う。これがなりすましメタモルの力!……なんだけど……あみがさクンのドン引きとつづらチャンのこらえた笑いを見てるだけでものすごく恥ずかしい。「いや、問題ないはずだ……
可愛いぞ。」最後の一言だけひそひそ声だった。「そうだな、格好はともかく見た目は紛れもなく宇乃坂だ。」「よし、行ってくるんだ!」つづらチャンが肩をぽんぽんしてきた。「う、う~
大丈夫かなぁ……」「お前しかいないんだ。頼んだぞ。」「うん!私頑張る!ずばっとウィング!!」羽を展開して急いでふわふわ爆弾のお顔の元へ……「わかりやすい……しかし声も宇乃坂なのだな……」
――『いいか、頭を見つけたら教えるんだ。そしてこれから私の言う言葉を復唱してくれ。』もしもしトランシーバーからの通信だ。「うん、わかったよ!」ふわふわ爆弾の周りを探っていると……
早速見つけた!「ぐぉぉぉぉ!?ぐぉぉぉぉ!!!」私の姿を見てふわふわ爆弾はうろたえ始めたのか、動きが激しくなる!……でも学校に向かっているのは変わらない。私は大きく息を吸い込んだ。


207:SDT
「聞きなさいっっっ!!!!!」「ぐぁあっ!?」宇乃坂先生そっくりな怒号が、中空にこだまする。ふわふわ爆弾もさすがに驚いたみたいで、こっちを向いてくれた、けど…………口調もマネしな
きゃダメじゃない!!わ~、今のナシナシ!えーっと、宇乃坂先生の喋り方って……「……ゴホン。あ~~、キミタチ。こんなところで何をやっているんだい?」こんな感じかな?「ぐおぉおおぉお
……?」私は、宇乃坂先生のモノマネをさらに続ける。「こんなところに来いと言った覚えはないよぉ?よ~~~く思い出してごらん、自分たちがどこへ向かうはずだったか……」「………………」
あっ、静かになった!これはいけちゃうかも!「さぁ、あの夕日に向かって走るんだ!!目指すは宇宙!太陽だよ!!」「ぐぁるるるぅぅっっ!!!」ガチンッッ!!「わわっ!?」その途端、私と
お話していた爆弾の顔が不意に噛み付こうとしてきた!えっ……なんで!?私のモノマネ、完璧だったよね!?『はぁ~……』ほら、黒葛ちゃんだってモノマネの完成度に感動してため息ついてるも
ん!!『もういい!失敗だ、引き上げろ!』「わかったよぉ~……」しぶしぶ翼を畳んで、地上へ戻ろうとする私。自信あったんだけどなぁ…………って、あれ?「ぐるぉおぉおっっ!!」「うわ!
!」ガチッッ!!……もしかして……「ぐぅおおぉぉぉぉぉぉぉおぉおおおおぉ!!!!!」「うわうわうわわわわわわわわわわ!!!」ガチガチガチガチガチガチンッ!!お、お、追いかけられて
る~~!?「た、助けて~~~~~!」『何っ!?おい、戻って来るな!!』


208:カイロ
うわわわわどうしようどうしよう! 爆弾が私を追い掛けて来る!「きゃああああああ~ッ!」『ら、ランナッ! 私達の方に向かって逃げるな! 逆だ逆!!』……そ、そうだった。 私の役目は
この爆弾を街から遠ざける事。だったら同じ逃げるでも街から離れるように進まなきゃ! ……って、事はわかってるつもり、なんだけど……「や、やっぱり怖いよぉ~~~!」爆弾の口が開くたび
にその中でウジャウジャとうごめくまっ黒い腕のようなものがいくつも見える。きっとあれに身体のどこかを掴まれたら、そのままひきずり込まれて私も爆弾の一部になってしまうか、バラバラに引
き裂かれてしまうのだろうか。……あ、あれにだけは捕まりたくない! でも、このまままっすぐ進み続けたら、もっと大きな被害が出ることになっちゃう。怖いけど、それだけは避けなくちゃ!
私は出来る限りふわふわ爆弾を引きつけつつ、右へ右へと逃げる方向をそらしていく!『……おお、やればできるじゃあないか! よし、好機だ。そのまま少しづつ街から離れていってくれ!』


209:ウツケ
……よしっ……今ふわふわ爆弾が向いている方向は学校とは逆向き……!今度は爆弾のお顔の周りを回るように、噛みつき攻撃を避ける!避けるッ!避けるゥ~!「ぎ、ぎりぎりすぎるっ!」
『くっ……よし、街の中心から離れている……の、乗り心地が悪いが、その調子だ!うっ酔う……』よかった!このまま順調に誘導しようと……思った瞬間!「わっ!?」『うわっ!?』突風!
それもものすごい向かい風!『馬鹿な……さっきまですっかり凪いでいたのに……!』『!?避けろ!魔法少女!』「えっ……」あ、目の前が、真っ黒……あの腕が、手が、指が、私に届きそう……

――敵を裂く闇の刃よ……障に空(くう)穿つ火柱を成せ……!!――「でやぁぁぁああああ!!!!」「わっわっわあああああ!?!?!?」何かが凄い勢いでぶつかってきた!?「だっ誰!?」
……ふわふわ爆弾はなんにもない空間をかみ砕いた。「大丈夫だったか?先生!……ってその格好、大丈夫か?」前もこんな風に助けられた気がして、顔を上げると……「い……いちやなぎクン!?」
「おう。事情はヲビナタの奴から聞いたぜ。意外だよな。急に出てきたと思ったら大事そーなことすんなり吐きやがったんだぜ、アイツ。」をびなたクン……ふわふわ爆弾を下から追ってたんだ……。
「そういや一緒に来てたダイモンジ先輩はいやにバツが悪そうな顔してたんだが、まぁんなこたどうでもいいか。」「そ、そうだよ!このままじゃふわふわ爆弾が風で街に飛んでドカンてそれで……」
「?……先生、なんか口調おかしくねぇか?その変態みたいな格好も……」あ、しっしまった~!私今先生の姿だったんだ!このままじゃ先生の威厳が~ってその前に~「いや、爆弾が先だな。おい、
やれそうか!」よく見たらいちやなぎクンはイヤホンを着けて、誰かと話してる。ハンズフリー通話かな?
* * *
「やってますケド!なんですこの風~~普通じゃないです!」井﨑深緋の起こす風は、爆弾を不自然に押しやるそれには及ばない。ほんの僅か、カウントダウンを引き延ばすのが彼女の精一杯である。
「ほなやったら……これでどうやーーーーっっ!!」「イクヤマ!」郁山今日亮は物理的な影響を及ぼす程に莫大な霊力を保有する。そして彼は爆弾を包み込むような巨大な壁を形成したが……
「ぬぅぅ……ぬぬぬぬぬぬぅ~~!だ、ダメや、全然保たへんでこれ~~!!」精々十数秒。彼もまた、限界にほど近い無理を強いられていた。
* * *
ビルの屋上に揺られる髪。月道輝夜は易を切る。「足止めになれば良いけれど……"網引きの相"!」爆弾はみるみる減速していくも、追い返すことは愚か、動きを止めることすらままならない。
「くっ……下手に刺激を与えられないってのに……何か決定打は……」
* * *


210:SDT
「……クソっ!井崎も、月道もダメか!!なあ、なんとかなんねぇのかよ先生!」「えっ!?ああ、う~ん……そうだなあ……」一柳くん、完全に私が宇乃坂先生だと思ってるみたい……。でも、どう
しようもないよ~!やれることは全部やって、その結果が今だもん!これ以上、他に方法なんて……「………………はっ!!」「うおっ!!な、なんか思いついたのか?」そうだよ!!宇乃坂先生!本
物の先生なら、何か知ってるかもしれないじゃない!!どうしてもっと早く気がつかなかったの!??「一柳くん、先生はどこ?」「は?」「早く!!」「いや、目の前だけど……」「そうだけど、そ
うじゃなくて!!あ~もう!」「あぁ?」「……呼んだかい?」「きゃぁっ!!」宇乃坂先生の話をしていると、背後から急に"本物の"宇乃坂先生が現れた。まあ、それはそうだよね……一柳くんです
ら最前線に来てるのに、先生が来てないわけないよね……。「ど、ど、どういうことだ!?やっぱり変態のほうがニセモノだったのか!?」激しく動揺する一柳くんは置いといて。先生は、私ひとりに
向かって話しかける。「……見たんだろう?屍の、心の中を。」「……はい。」「そうか、見ちゃったか……」決まりが悪そうに、ポリポリと頭を掻く先生。私はニブいから、あの光景が何を意味して
るのかなんてわからない。だけど……先生が、何かを隠していたことは確か。話してほしい。先生が本当に悪い人でないのなら、話せることをすべて。でも、今は。「ふわふわ爆弾を止めるのが先です
。話は後にしましょう」「……そうだね。」自分でもびっくりするくらい冷静な声が出た。これはきっと、私の良いところ。単純で、余計なことに気づかないから、目標だけに向かって走ることができ
る。……待ってなさいよ、ふわふわ爆弾!絶対に爆発なんてさせないんだから!!「まずは集まれるだけ大勢で集まろう。あのクラスの生徒でも先輩でも、誰でもいい。とにかく数を集めてくれ」


211:カイロ
「はい!」 ――先生の指示にしたがって、みんなが私と先生の所へと集まる。クラスのみんなと、負傷の少なかった先輩達数人。「……うん、まあギリギリってところかな」ふわふわ爆弾との距離も
もうほとんどないって言うのに宇乃坂先生は随分と落ち着いた表情でうなづいている。「そっ、それで先生! 私達はどうすればいいんですかッ!?」一方の私は爆弾が少しずつこっちに迫ってくる
のを見てはビクビクしてる。他のみんなも私と同じみたいで、どこか落ち着いてない気がする。「そうだね、それじゃあまずはあの爆弾にこっちの方まで来てもらう事にしよう」……えっ。そ、それ
って。「し、死ねって事ですかっ!!?」もうどうしたって止められないから、私達が特攻して、結界が街を守ってくれる事を祈れって言う事なの!? ひどい! 「いやいや、そうは言ってないよ。
そうじゃなくてさ、死ぬ寸前の位置まであの爆弾をひきつけて欲しいんだよ」まあ失敗したらなんにせよ死んじゃうかもだけどね、と乾いた笑いと共に先生が言う。ぜ、全然笑えないよ……


212:ウツケ
「ともかく時間は全くない、知っての通りちょ~~~……どあの辺から強めの結界が張ってあるね」宇乃坂先生が上を指さすけどアバウトすぎてよくわかんない……でもふわふわ爆弾の位置的に
ものすご~く焦らなきゃいけないことは、わかっちゃった。いさきチャンが今も頑張ってるけどこのままじゃあ……「あれを解除するわけにもいかないんで……それじゃよろピク!」……!
さっきも思ったけど、今日の宇乃坂先生……ちょっと怖い……ううん、こんな大変な日だもん当然だよね!「それと黒葛ちゃんと編笠くんは……逃がしておかないとね」「えっ、あっ!ハイ!」
私はずばっとウィングを展開!すかさず空を飛んでいく!「……んで、あの偽ウノサカは結局誰なんだ……?」
* * *
この風は一体……ただわかること、これには強大で、不気味な力が働いてる!「編笠!立てるか……」「くっ……さっきよりはな……」「この戦い、妙な力が働いている……明らかに!露骨に……!」


213:SDT(修正byウツケ)
「編笠くん!黒葛ちゃん!!」「ランナ!どうしたんだ、何が起きている!?なんだこの風は!?」「風の原因はわかんないけど、大丈夫!……だと思うから、とりあえず落ち着いて。地上に降りてか
ら話そ!」「あ、ああ……編笠、行くぞ!しっかりしろ!」「よいしょっ!」魔法少女は私と編笠を両の脇に抱え、再び空中へと飛び立つ。「それにしても……」「?」「お前、意外と力あるな……」
「えっ!…………やだ、恥ずかしい!!」全く、編笠が口を開いたと思えば変わらずデリカシーのない減らず口を……「編笠、女性に対してそういうことは……」「……すまん。失言だった」編笠は
そう言いながら、顔から意地悪な笑みをこぼしている。まぁ、存外元気な様子で多少安心したよ。「はい。地上に着いたよ……」「ああ、ありがとうな」「っ!……とと……」ふわふわ爆弾の上に
長いこと立っていたせいか、地上に降り立ったとき少しばかり足下がぐらついたが、じき慣れた。見回すと、見慣れた面々が目に映る。「うおっ!偽ウノサカと同じカッコ!女だったのかよ!」
残念なことに残念な男もいた。「……みんなここにいるようだな。それに……」「…………!??」「わっ!?屍!?」「まぁ待て。あの屍……見覚えがあるんじゃないか?」「……あっ!!
そうだ、ドッヂボールのときの!カエルさんにウサギさん、クマさんヒツジさん鳥さん……キツネさんも!」正体を隠す気があるのかこの女は。「彼らがいるということは、宇乃坂も来ているのだな?
そして人手を集めようとしている。となれば、やることは……」「……おい、俺は状況がわからん。」おや?編笠にしては勘が悪い。おっと、睨まれてしまった。おお怖い怖い。「教えてもらえるか」
「えっ!?あ、は、はい!喜んで!!えっとね、まず……」「おーーーーい!黒葛ちゃーーーーーんッス!!編笠くーーーーーんッス!!あとなんか魔法少女の人ーーーーッス!!こっちで全員参加の
作戦会議ッスよーーーーー!!!」「…………」「……行くか」「うん……」こうして、ふわふわ爆弾を止める最後の作戦……『力づくで止めてる間に中の人たちを救っちゃおう大作戦』が始まった。


214:カイロ
ランナが爆弾に近付いていくにつれて、正体不明の風が弱まっていく。そしてランナが爆弾に肉薄すると同時、どういうわけか風は完全に止んだ。作戦第一段階、必ず成功させてくれ、ランナ!
「ほらほら、こっちよ爆弾さん!」ランナはふわふわ爆弾の目の前スレスレの所を飛び回り、下の方へと誘導していく。宇乃坂の考えた作戦通り、まずは皆の付近へとおびき寄せる。「ぐぶおおぉぉ
ぉおぉぉ!!!」よし、ランナへ着いて来た! 「そうよ! そのまま、こっちっ!」爆弾のかみつき攻撃を紙一重の距離でかわしながら、少しずつ地上に近付いていき…… "射程距離"へと
入ったッ!「みんな、今だよ!」井崎、月道、皿井、それから行動妨害系の術を使える先輩達が一斉に爆弾へと術を発動させる! 「こんなデッカイの相手じゃ長くは持たねぇですよッ!」「いいんじゃ
ないの、一かバチかの賭けって奴よッ!?」「きぃひひひ、面白いねそういうの!意外と好きかもッ!」之が作戦の第二段階。そして三つ目。次が最後の段階。「行くぜぇお前ら! この一柳風太郎
が先陣切らせてもらうぜぇッ!!」風太郎が爆弾へと突撃する。皆が後を追いかけ、私もそれに遅れんとばかりに続いて行こうとし、「……ん、どうした編笠」立ち止まる編笠の姿を見つけた。


215:ウツケ
「先はあれ程苦労したのに……今はなんてこともない。容易に心の中がわかる……」「……何?」「恐らくこの作戦は成功するだろう。だが納得のいかないことがある。お前はわかっているはずだ。」
……確かに……ひとつやふたつ、どころではない。しかし……「……今はそんなことを考えてる場合ではないと思うが……」「黒葛は屍と共に暮らすと……そう言っていたな。」編笠の言葉が胸に
刺さる。私の言葉は、現実に目を背けた世迷言にしか聞こえないだろう。そして、いま私たちがやっていること、いや私がやってきたことは真逆だ。「……勿論だ……。それで、何が言いたいんだ。」
「なら、看過できない点がある。」――真実。私が理想を追い求める限り、私はこれに直面しなければならない。幾度も……幾度も……。理想が大きいほど、真実の壁はより高く聳える……


216:SDT
「屍の精神、人々の記憶……何故、あの中に宇乃坂がいたと思う?」「それは……おそらく、他人のそら似というか……」「……俺に誤魔化しは効かん。もうわかっているんだろう、宇乃坂がこの件に
何か関わっていることは」「…………」「……質問を変える。あの記憶の中で、まだ"人間だった"記憶の持ち主が最後に見たものは、宇乃坂だった。これが意味することは?」「………………」答えら
れるわけがない。答えたら、私はあの先生を……「……許せなくなってしまう。そうだな?」―――そうだ。編笠が記憶の中で見たものは、間違いなく"人間を屍にする瞬間"。そして、宇乃坂がそれに
一枚噛んでいるのなら……私の家族を屍にした存在、それが宇乃坂かも知れないというのなら……「許せるわけがないさ。まして、彼の指揮下で行動するなど……出来ようはずもない」途端に、体から
力が抜け落ちる。ああ、ついに……ついに私は、体制に逆らう側となってしまった。自分の真意を暴かれた以上は、もう涼しい顔をしてあの先生のクラスに戻ることなどできない。今日から寝床はどう
すればいいんだ……「確かめればいい」「何?」「宇乃坂が、本当に極悪人なのか……それとも、信頼に足る人物なのかをな」「信頼……」成る程。編笠から記憶の話を聞いただけの私ですら、あの記
憶が気がかりになっているのだ。直接あの記憶を"感じた"編笠なら。顔には出なくとも、相当の懸念になっているはず。こうして私を焚きつけ、共にあの記憶の真実を探らせる……それが編笠の狙いか。
「……いいだろう。どの道、他に手段はない。宇乃坂が何者か、確かめてやろうじゃないか」「話が早くて助かるな。行くぞ、時間が惜しい」「ああ」こちらの駒は二人だけ。仮に宇乃坂が凶暴な本性
を隠し持っているのだとしたら、無謀すぎる賭けだ。だが……後戻りは出来ない。制服の上から胸元のネックレスに手を当てると、不安が少し和らいだ。……必ず、真実を明らかにしてみせる!


217:カイロ
* * *
爆弾の口の中へと飛び込んだ俺達は、この爆弾の精神世界とやらに無事侵入する事に成功した。宇乃坂の提案した作戦通りにコトが進んではいるのだが、それはそれでどうにも釈然としない。何故に
コイツの口の中がこんなところに繋がっていると知っていたのやら。ううむ、思い返してみると他にも納得のいかない事がいくつかあったような……「おい一柳、編笠と黒葛が見えねえぞ!」「ゲッ、
マジじゃねえか! あいつらこんな大事な時にッ!」左門の声で思わず我に返る。いかんいかん、今更そんな事を考えたってもう引き返せる状況でもない。今は宇乃坂の作戦に従うのが最善だろう。
「……ま、いないモンは仕方ないな。 俺らだけで作戦続行だ! 先に進むぞ!」編笠と黒葛の別行動に関しては後で根も葉もないふしだらな噂を振り撒く程度で許してやるとして、立ち止まっている
訳にもいかない。俺達は精神世界の先へと進んでいく。宇乃坂の話通りなら、この先に爆弾を構成している"鍵"のようなものがあるらしいのだが。


218:ウツケ
――う~む、ないな。何十分と探したかわからんが、こう、気味の悪いところにずっといては気が遠くなるというもの。「だーっ!どこにあるってんだよ!どこにもねーじゃねぇか!」この通り、
気の短い左門が真っ先に音を上げることだって容易に想像できた。こんな赤黒い生物的な背景では鍵なんて人工的なものぐらいすぐ見つかると思っていたが……「……待てよ?」俺が一言漏らすと、
近くの数人が振り返る。「何も、宇乃坂先生の言ってることが全てではないかもしれないぞ……。」「な、何を言いますの?」構わず言葉を続けると食い付く者が徐々に増えていく。
「ちょっと、うのっちは私たちよりずっと屍に詳しいですよ?」「いやいや、その先生が授業で言ってたことを考えてみろよ。」「はぁ……?」「えっと、何かひらめいたの?いちやなぎクン……」
――――
――
「とまぁ、”屍”への対抗策が確立した今でも、多くの被検体が捕獲されている今でも、謎は謎を呼び、わからないことの方が多い。僕の使役する屍たちもそう。我々の知識だけを範囲にしてたら
到底対処できない者も多いんだ。屍に相対するなら地上における常識を捨ててかからなきゃ勝てないね!我々も一般の常識を凌駕した武器で戦うのだから。」
――
――――
俺は両手に握りしめた柄を高く掲げ、「だから俺は……”こう”考えるぜ!!」光を刃の型に変えて振り落とした!肉でできたような床は豆腐のように斬れ、壁、天井が連鎖するように弾け飛んだ!
「そうら、見てみろ!」それまでに見えていた世界はみるみる崩れていき、新たな様相をさらけ出す。

 

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最終更新:2014年07月21日 03:44