装甲鼠

 荒野の夜は寒い。
 暖かい飲み物だけが救いだ。

 クソマズの豆に、クソマズのスープ、クソマズの名称不明の食べ物。
 干し肉には少しカビが生えている。
 保存の為に食べられるカビを添加したと技術局の人間はいっているが、このカビを食った勇敢な連中は死にかけた。

 俺は絶対に食わないので、ナイフで削ぎ落とす。

 天下の連邦様の食事は地獄だ。
 ただ今日は激辛で殺菌作用のある香辛料の粉があるだけ運が良い。
 最悪の中の最悪の味と、中毒を気にせず栄養を摂取できる。

「メッツ軍曹。野菜の缶詰いります?」
「食っとけ。俺はこのあいだ食って、スカイバードと一緒に飛んだ」
「それ、死にかけてますよ」

 ボン上等兵が、開けた缶詰に香辛料をブチ込む。
 缶詰は香辛料で黒一色となった。

 連邦軍の糧食に慣れたものは、味覚音痴だと恋人や女房に嫌われるらしい。
 仕方ないじゃないか!
 こちとら毎日、腐ってるも同然の糧食を食わないといけないんだぞ……。

「ボン上等兵。車体に寄りかかるな──」
「うわあああぁ! 肌に張り付きましたぁ!」
「──くっつくぞって……何やってんだ、お前は」

 俺は温めておいた湯を使って、くっついてしまったボン上等兵を剥がしてやった。
 まったく、気を抜きやがって。
 夜は氷結しているのを知らないほど、素人でもあるまいに。

「ビックリした。超ビックリした」
「馬鹿やってないで寝ろ。寝てなくても時間が来たら蹴り起こすぞ」
「……」
「おい」

 もう寝てやがる。
 タフな奴だ。
 いや、ただの馬鹿だろう。
 頼りになって信頼できる相棒で、馬鹿だ。

 大切な仲間を、もう一人忘れていた。
 
 ディスガイア装甲偵察車。
 増加装甲を溶接したせいでトロくなったが、それでも時速五○地理で走れるとにかく頑丈な仲間だ。
 旋回砲塔には対装甲貫通弾を込めた大型奇環砲が据えてあったが、とにかく使えないので、今は対装甲銃が代役だ。
 ようするにちょっとだけ大きな小銃だ。
 ないよりはマシであるし、長距離からの狙撃に使えないこともない。
 まともな歩兵隊相手では圧倒されるだろうが。
 
 厚手の毛布にくるまっていても、手や足の先が痛い。
 吐く息は白く、先程まで温かかったスープはすっかり冷めた。
 俺は残っていたスープを全て飲み干した。

 夜は、まだまだ続く。
 
 ブリキの缶を開け、噛み煙草を口に放り込む。
 口の中で噛み煙草を噛み固めると、甘い味覚が鼻を抜けていった。
 サン=テルスタリ皇国に自生している、フミフミ草の天然ものだ。
 高級品だが、保管庫から頂戴した。

 これくらいの楽しみがないと、偵察なんてやっていられない。
 皆やっていることだが、誰一人として、少しくらいなら咎める者はいない。
 例え、将官であってもだ。

 ここは最前線なのに、静かなものだ。
 こうしていると、本当に戦争をしているのかわからなくなる。
 そういえば、どうして戦争が続いているのか考えたこともなかった。

 まぁ、考えるだけ無駄か。
 俺は、頭が悪い方だ。
 時代の流れに身を任せることしかできない。

 それでも、ふと、空を見上げると、どうして戦地にいるのか考えてしまう。
 戦争なんて苦しいばかりだ。
 悲しいし、痛いし、辛い。

 俺は、ここから逃げ出せないでいる。
 
 国家を守るためとか、帝國が憎いからとかじゃあない。
 戦場に仲間がいるからだ。
 戦友たちは今も傷つき、助けを求めている。
 同じ苦労を分かち合い、同じ飯を食らってるだろう戦友たち。
 俺には、そんな戦友たちを見捨てるなんて真似はできない。

 俺ぁ、馬鹿だから、そばにいつも頼れる仲間がいて、必要としてくれているだけで、戦場に残るだけの理由になってしまう。

「あっ、流れ星」

 天から星が零れ落ちた。
 赤い尾を引きながら、流れる星の輝き。
 大気の影響だろう。
 今日は、赤い流星が幾つも落っこちた。
 
 もしかしたら星ではなく、飛行機かもしれない。
 人知れず消えていく命もあるだろう。
 それはどこか、流星の輝きに似ている。

「ボン上等兵。寝たか」
「寝てますよ」
「答えるな、寝ろ」
「誘導尋問だ……」

 まったく、寝不足になっても知らんぞ。

「メッツ軍曹」
「何かようか?」
「俺たちは今、勝ってるんですかね」
「そんなこと知るか」
「え~」

 俺が生まれた時には、すでに戦争は始まっていた。
 そして今でもずっと変わることなく殺し合っている。
 勝っているのか、負けているのか。

 それさえもわからないほど、多くの血が流れすぎた。

 これだけはわかる。
 今の状況は数十年前から、兵器こそ変われど、戦線は何一つ変化していない。
 ただ、効率よく人の生き死にが加速しただけだ。

「眠れないから、子守唄でも歌ってよ、ママ」
「バカやろう。俺のカミさんはお前だろうが」

 このバカをさっさと眠らせるためにも、歌ってやるか。
 どっちにしろ、ジッとしていても暇なだけだ。
 俺の知っている歌なんて、たいしてないが、一曲だけ覚えているのに自信がある。

「子守の竜」
「それ、一万回くらい聞いたんですけど。いつも鼻歌混じってますし」
「黙れ。お前の希望の子守唄だ」

 子供の頃、ずっと聞かされてきた子守唄だ。
 いまでもふと、口ずさんでしまう。
 父と母も、そのまた前の両親に教えてもらったらしい。

「歌うぞ。はやく寝ろよ」
「わかったよ、ママ」
「ちゃかすな」

 みんなが緑の森で眠ってる。
 幸せそうだけどそうじゃない。
 いろんな考えあって悩んでる。
 でも何も変わらないから眠ってる。
 子守の竜に全てをたくして。
 みんなはただ眠ってる。
 ある日眠りから覚めた子がいた。
 その子はとってもお腹が空いていた。
 起きた子は、他の眠ってる子を食べちゃった。
 子守の竜は怒った。
 子供と竜は戦った。
 何もかもがガラスになってなくなった。
 緑の森は、ガラスの平原に。
 子守の竜は眠りについた。
 子供たちが目を覚ますことは無い。

「酷い歌だな」
「……」

 思わず苦笑する。
 まだ幼い頃は、この歌が怖かった。
 
 それもこれも、祖父が竜と子の争いをオドロオドロしく言ってきたからだろう。 
 人を食う子供。
 世界を焼き尽くす竜。
 純粋だった頃の俺には、何もかもがおぞましくて仕方なかった。

「ボン上等兵、寝たか?」

 返事はない。
 今度こそ、本当に寝たか。
 手間をかけさせるやつだ。

「寒い……」

 いざボン上等兵の話し声がなくなると、急に寒気を感じだした。
 やはり、一人は寂しいな
 
 ……何、ガキみたいなこと言ってんだか。
 大人失格だな。
 本当の大人は、孤独なものだ。

 心に鎧を纏って、真の自分自身を守るものだ
 俺には無理だ。
 ディスガイアのお陰で物理的な鎧はあっても、心はすっかり貪られてしまった。
 
 戦争兵器は、何も人や機械だけを壊すのではない。
 盾や装甲を貫くことなく、人の存在そのものを打ち抜くこともある。
 きっと、俺はもう、戦場以外ではまともな思考はできない。
 
 俺の指は、目は、耳は、すでに「機械」だ。
 体に流れているのは油かも知れない。
 そう錯覚するほど、機械との同化はすすんでいる。
 勿論、精神的に、だが。

 空の連中が羨ましい。 
 俺は生まれてこのかた、ずっと大地と付き合っている。
 そしてそのまま死ぬだろう。
 地上以外を知らぬまま、朽ちていく。
 ただ、それも悪いものではない。

 人は地上で生まれ、土に還るものだ。
 俺はこの大地が、大好きだ。
 ただ大地が俺を好いてくれているかはわからない。

 今は、この土に体を預ける。
 土に還るその日まで、俺の一方的な片思いだ。
 これも悪いものではない。 

最終更新:2015年01月30日 14:57