「今日辺り、登ってくるかもしれんねぇ。」
グランダルト帝国、ヤークロ=ネネツ自治管区。
行政府『サンクトウラスノルクス』の港湾部に位置するネネツ漁業連合庁舎のラウンジで、初老の漁師が秋空を見ながら呟く。
「登ってくるって・・・ラソースィエーリですか?」
ラソースィエーリ、大陸北東部の海に多く生息し遡河回遊をする魚である。
初秋のこの頃、大きな群れを成して産卵のために自治管区内の多くの川に帰ってくるのだ。
「あぁ、船の用意をしておけよ。」
「もちろんです、貴重な儲けどきですからね。」
ネネツには高山が多く作物はあまり育たない、そのため管区民の食糧事情を支えているのはラソースィエーリだと言ってもよかった。
干物にしたり燻製にしたりと保存の方法が多いこともあり、自治管区で特に冬期に最もよく食べられる食材の一つである。
単価は安くとも消費が多いため儲けに繋がりやすく、ネネツ漁業連合に属する漁師たちにとって一年で最も収入が見込める漁が秋のラソースィエーリ漁であった。
海に面したネネツ漁業連合庁舎からは一つ明らかに異質な構造物が飛び出している、まるで軍隊で多用される艦載機射出機のようなソレはその用途も軍のソレと酷似していた。
「用意できましたよ!」
「やっとか、遅せえぞ。」
彼らの言う船、それはどう見ても飛行機械そのものであった。
帝国軍の緒戦期の快進撃を支えた傑作戦闘機「マコラガ」、その改装型である。
帝国軍の戦闘機の急速な発達により不良在庫と成り果てていたマコラガは、そのほとんどが正規の手順を踏んで廃棄または生体機関を取り出して再利用されていたが一部は武装を取り払った上で民間へ払い下げられたり手癖の悪い士官が廃棄予定のものを掻払って横流ししたりされ、一部がネネツ漁協組合へとたどり着いていた。
長年帝国軍の戦線を支え続けてきた彼らに与えられた新たな名前は、「マ型高速漁業艇」。
機体下部に投網射出機構をポン付けされただけの機体であるが、自治管区の食糧事情を支えるという新たな戦場に彼らは赴いていた。
「射出用意よし!行きます!」
「おう!大漁旗ぶら下げて帰ってこい、そぅれ・・っ!」
射出された機体が高く晴れた秋空へ滑り出す。
今日もネネツ自治管区は平和であった。