『フォウ王国政治学概要』より抜粋

 ではフォウ王国はアーキル連邦と政治的に親しかったかというと、そうとも言い切れないのがこの時代の複雑な部分である。形の上ではアーキル連邦はフォウ王国に対し友好条約を結んでいるように見えるが、実際結んでいたのは不可侵条約だけであり、クランダルト帝国によるアーキル連邦への侵攻の際にフォウ王国は一定部分までアーキル連邦が押し込まれると軍を出動させるという形式を取っている。これは当時のフォウ王国の極地探索への膨大な予算投入によって軍備増強を怠った結果というのが現代の総評である。
半ば無断で越境してグランタルト軍と戦闘を行うフォウ王国にアーキル連邦も良い顔はしていなかったが、必ずグランダルト帝国を一定空域まで押し返して帰っていくフォウ王国空軍に助けられていることは周知の事実であり、表立って不平をフォウ王国に投げかける者は皆無であった。アーキル連邦の一般国民からフォウ王国の軍隊は絶大な支持を集めていたのである。
 アーキル連邦の上層部の興味は当時膨大な予算を投入してフォウ王国北方の極地の捜索をしている事一点に絞られていた。フォウ王国は、凍土から掘り起こした無傷に近い旧文明の物資を使って発展してきた国家であり、新技術の発掘には困らない立場にあった。アーキル連邦としては当時の浮遊機関の改良や新技術によるグランタルト帝国への対抗は急務であり、必然的にフォウ王国の北部遺跡地帯にスパイを送り込むことが決定されたのであった。
 アーキル連邦のスパイに対してフォウ王国はあらゆる手段で対抗策を練っていた。それは半ば成功していたように見えたが、結果として徴兵、募兵制度の欠陥を突かれてフォウ王国軍の中でスパイを育ててしまう結果となった。約半世紀に渡ってフォウ王国軍に巣食ったスパイは軍事資料を持ち出したり極地探索隊からの情報をアーキル連邦へ横流ししたりはしたものの、破壊工作や欺瞞情報の拡散などはしなかった。これはアーキル連邦がフォウ王国を対グランダルト帝国の切り札として重要視し、スパイの工作によってフォウ王国軍の衰退を危惧していたためである。
 しかしフォウ王国も綿密な調査の末に少しずつ軍内部のスパイの排除を開始し、同時にアーキル連邦に対して欺瞞情報の放出を始めた。スパイに間違った情報を同時に持たせ、情報の正確性を落とすことにより、内通者排除まで遅滞戦術を展開したのである。

 以下の文章は当時、秘匿文書であった審問書類である。ハレルという、エルカ・セルデ(極地探索隊所属)と恋仲にあった野戦郵便局勤務のスパイに対して、旧文明遺跡を発見して帰還したエルカ・セルデが内通の容疑で審問にかけられている場面の意訳である。
 このの秘匿審問は、

王室派――――― A
貴族派――――― B
独占派――――― C
協力派――――― D
エルカ・セルデ E.S
書記ファル・ティ F.T

の6人と特務部の出した付き人によって行われた。


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C及びDが入室、着席。
Bが入室、着席。
Aが入室、着席。
E.Sが車椅子で入場、位置に付く。


A:これよりESの1回目の審問を始める。各位この審問について異議があればこれを速やかに申し立てる事。無ければ沈黙を以て審問の開始とする。
(一同沈黙)
A:ではES、君はこの審問についてこの場の全員及び全ての神に誓って偽りの無い発言する事を誓うか。沈黙を以て契約とする。
(ES沈黙)
A:では書記官、君はこの審問についてこの場の全員及び全ての神に誓って文字を以て欺かない事を誓うか。血をインクに落とし誓約の文言を記す事で契約とする。


私、FT書記官は血の誓約に従い、己の血のインクで書き続ける限り嘘偽りなく、全てを明確に記録する事を誓う。
誓いが破られた場合、己の更なる血を以て全ての神に報いることになるであろう。


(各秘書官が私、F.T書記官の誓約を確認する)
A:よし、堅苦しい事は終わりだ。ではESの審問を始める。まずは貴族派代表のBから発言を許す。
(一同緊迫した雰囲気を少々和らげる。)

B:ではまずESにいくつか確認を取りたい。貴様はその姓が示す通りエルカ家の身分で良いのだな?
ES:・・・はい、その通りです。私はエルカ家のセルデです。
B:しかし、私の頭にある限りでは、貴様はガルゼラル家のセルデであったような気がしたんだがね。そこを説明していただけるかな?
(ESは長く沈黙し、下唇を噛む)
B:はっきり答えたまえ、沈黙は貴様の不利にしかならない。それとも堪えられない事情でも?
ES:・・・私の位置していたガルゼラル家は、私が7歳の時に皆亡くなりました。
B:おおそうであったな、すっかり忘れていたよ。一家全員8名が貴様を除いて謎の死を遂げたのであったね。
ES:はい、その通りです。私を除いて家族はいなくなりました。
B:しかし災難であったな、よもや貴様だけが生き残るとはな。おかげで家族殺しの不名誉を長い間受けていたそうじゃないか。
ES:・・・はい、その通りです。
B:当然そのまま家督を継げるわけもなく、家族殺しを匿ってくれる親族もいなかった。
(ESは少し俯く)
B:それで、半ば懲罰的に北限に位置するエルカ家の縁を頼って養子となった。
ES:・・・その通りです。
B:しかし北限の力主であるエルカ家の当主、ハデダンからは家族殺しとして一層厳しい懲罰を受けた。
(ESは俯いたまま答えず)
B:家族として暖かく扱われず8年間過ごし、16で勘当同然に放り出され極地偵察部隊に配属される。
B:そんな貴様がここまでしぶとく生きて帰れたものだな。
(ESは俯いたままだが息を整えた)
ES:・・・いいえ、その資料にはいくつか間違いがあります。
(Bは少し驚く)
B:ほ、ほう。ではどこが間違っているのかね、正確に話したまえ。
ES:まず、匿ってくれる親族は一つありました。ここで話すことはできませんけれども。
B:それでは最初にした契約を反故にするというのかね?
ES:いいえ、しかし私はこの親族と先に血と肉の契約を結びましたので、私から話すことはできません。
(ESは秘書に左腕をまくらせ、二の腕の刻印を見せた)
B:ぐぅ、では他の間違いを話したまえ。
ES:エルカ家の当主、ハデダン様から厳しい懲罰を受けましたが、ハデダン様は私を家族同様に愛してくださいました。
B:それはそれは、相当特殊なな趣味を持っているようだな。
ES:どう捕えられても構いませんが、ハデダン様から受けた恩寵とエルカ家の皆様への御恩は忘れようもありません。
B:ふ、ふん。それはそれは家族揃って特殊な性癖で。他には?
ES:最後に、16歳の時に極地偵察部隊に配属されたのは、ハデダン様が北限で生き残る全てを叩き込んでくださり、独り立ちができると判断なされたからです。
B:貴様の主観だけなら幾らでも語れる。ふん、では次の確認だ。貴様は先進遺物の発掘については貴族派に属しているな?
ES:その通りです。
B:それでは貴様はもちろん独占派に属しているだろうな?
ES:それは・・・
(ESは少々狼狽える)
A:そこまでだ。
(言葉と同時にAが立ち上がる)
B:なぜだ、まだ質問は―
A:それは明らかに誘導尋問である。速やかにやめていただきたい。
B:そうか、では本人の口から聞こうではないか。
ES:私は・・・エルカ家が協力派なのでそれに従うのみです。
B:クソが、独占派と言っておけばいいものを。
(Aは着席する)
A:そうそう貴族派の思惑通りには進めてはやらん。
B:そうかいそうかい。


A:では続けて独占派代表のC。
C:はい、ではESにいくつかの質問をします。
ES:はい。
C:単刀直入に言います。あなたの右半身、特に右手と右足についているものは何ですか?
ES:えっと、義手と義足・・・だと思います。
C:そうですかではそれを皆に見せていただきたい。
ES:・・・机に座る事を許していただけますか?
C:私は構いません。異議ののある方はいらっしゃいますか?
(一同沈黙)
(ESの付き人がESを机に座らせ、右腕と右足の包帯を外し掲げる)
(Cはその掲げられた義手と義足を触る)
C:ほう、これは義手とは思えない。人間のものと何ら変わらないではないか。
ES:・・・はい、生体義手と言うそうです。向こうで教えていただきました。
C:向こうとは、例の施設かね?
ES:はい、そうです。
C:それはそれは、これは本当にすごい。繋げ口も継ぎ目が無い。
ES:向こうでの医療は我々が使う医療とはかけ離れていました。
C:見ればわかる、義手も義足も今は動かないのかね?
ES:・・・そのようです。動かそうとしても全く動きません。ですが・・・
C:なんだ?
ES:あまり触らないでいただけると嬉しいです。感覚だけは残っているので。
C:我慢しろ。
ES:・・・分かりました。
(Cは5分ほどESの義手と義足を触り続け、離す)
(付き人がESを抱えて車椅子に座らせる。)
C:この義手、義足をする時に向こうで何か注意は受けたのかね?
ES:はい、強い衝撃と過剰な運動、そして気温の急激な変化には対応できないらしいです。
C:つまり向こうから脱出した際に使えなくなったという事でいいのかね?
ES:そうです。
Cそうか。では次に、報告にあったように君の元の右手と右足を再び繋げ直すことを向こうで確約したのかね?。
ES:はい、しました。向こうで自分の右手と右足を見ましたが、何かの特殊な溶液に漬けることで異常な速度で復元しているようでした。
C:高所から落ちたことで君も少なくとも前進複雑骨折、内臓破裂などになっているはずだが?
ES:それは・・・
C:そう考えると君自身も向こうで先進遺物による治療のようなものを受けた可能性が高い。
ES:私はこれといって手術や何かを受けた記憶はありません。
C:君が眠っている間にしていれば覚えていないだろう。もしくは、気付かないうちに治療を受けているか。
ES:というと何でしょうか?
C:例えば、空気中に何かを散布するとか、食べ物に混ぜ物をするとか。
ES:あまり分からないです・・・。
C:まぁ、そんなことはどうでもいい。君を解体すればとても素晴らしい技術が発掘できるだろうね。
ES:それは・・・王国の為になるのであれば協力はします。
C:殊勝な態度でよろしい。君を拾った部隊が例の施設を見つけたので、君の存在価値はその体だけになったのだよ。
ES:・・・はい。
C:というわけで、君は医療の発展のために犠牲になってもらう事になった。
(ESは唇を噛む)
C:と、言いたいところだが、残念ながらそうもいかないようでね。
ES:それはどういうことでしょうか・・・?
C:例の施設を運営する人物に接触できたらしいのだが、協力と引き換えに君を要求しているそうだ。
(ESは考える仕草をする)
C:何か心当たりでも?
ES:あるといえばあります。
C:できるだけ正確に話しなさい。
ES:向こうで治療を受けたことで、その代金を請求されたのですが払えず、代わりに仕事を請け負う事で代わりとしました。
C:その仕事とは?
ES:私の話す言葉、書く文字、国や地域の詳細などをできるだけ詳しく教える、というものでした。
C:なるほど、他に請け負った仕事は何かあるか?
ES;はい、他の施設との通信をするための手助けをしてほしいと頼まれました。
C:もちろん逃げて帰って来たということは何一つ達成していないのだろう?
ES:話す言葉、書く文字についてはいくらかは教えましたが、国の地域や詳細、他の施設との通信の手助けは避けました。
C:よろしい、君はよく教育された極地探索の兵士のようだ、嬉しいよ。
ES:当然のことです。
C:つまりその人物が君を呼び戻したのはそれを君に完遂させるためであるということで間違いないね?
ES:そう考えるのが妥当だと思います。
C:ふむふむ、では最後の質問だ。協力派とかいう売国奴なんぞ切り捨てて独占派に来ないかね。
ES:・・・それは遠慮させていただきます。
C:そうか?ああ、貴族派の横槍が気に入らないのであればこちらが独自で匿ってもいいがね。
ES:先ほども言わせていただきましたが、エルカ家が協力派なので辞退させていただきます。
C:なんだつまらん、どうせ君はもうすぐ死ぬのにも関わらず来ないとはね。
(ESは突然の自分の死という言葉に驚く)
ES:それはどういうことでしょうか?
C:いやね、誤解させたのならすまないね。生存する価値があると言った手前、君が死ぬわけではない。
ES:ますます訳が分かりません、説明をしていただけるのでしょうか?
C:説明するさ、この審問の終わりになれば嫌でも分かるようになる。
ES:・・・分かりました。


A:Cによる審問が終わったので、次は協力派のD。
D:ありがとうございます。では質問を、貴女を回収した部隊により、その施設の位置が特定できたのは先の話で分かりますよね?
ES:はい。
D:貴女をその施設の人物が要求しているというのも分かりますね?
ES:はい。
D:貴女には、あなたを回収した部隊と同伴してあの施設にまた向かってもらいたいのです。
ES:はい、しかしこの体では難しいのではないでしょうか?
D:心配しなくても問題ありません、それに貴女は軍人としてはとても身軽なので最悪担がせても平気でしょう。
ES:・・・そうですね。
D:そこで問題になってくるのは、貴女が軍歴から排除されるということなのですよ。
ES:私を殺す、ということですか?
D:端的に言ってしまえばそうですね、エルカ・セルデという軍人は死んで、考古学者だとかフリーの仕事屋だとかで部隊に付いて行ってもらった方が楽なのですよ。
ES:何が楽であるか、というのはお伺いしてもよろしいでしょうか・・・?
D:それは勿論、生き残った貴女のその不思議な義手義足をメディアから覆い隠したり、BやCのような遺物発掘急進派の宣伝に使われるのを防ぐ目的などですね。
(BとCからヤジが少し飛ぶ)
ES:それをこの議会の方々は納得されているのでしょうか?
D:ええ、今回は貴女とその施設の重要性が高すぎると判断したようで。
ES:そうですか・・・。
D:どの部隊を貴女に付かせるかで揉めた話も聞きたいですか?
ES:いいえ、結構です。
D:聡い貴女ならこんな話を聞かせている理由も理解できますよね?
ES:この身はフォウ王国の物です。
D:軍人では無くなるとしてもその精神に代わりは無い、ですか。
ES:はい。
D:いい軍人を育てましたね先代、ではこれで私めからの審問を終わります。


A:では最後に総括して私がエルカ・セルデに審問をする、心構えはできておるか?
ES:はい、なんなりと。
A:ハレルについて君は知っているかね?
ES:それは、私の部隊にいた野戦郵便局に勤めているハレルのことでしょうか?
A:その通り、実は彼にちょっとした疑惑が持ち上がっておっての。
ES:・・・それは、何でしょうか?
A:彼はアーキル連邦のスパイである。
ES:・・・それは本当の事でしょうか?
A:嘘では無い、残念ながら最近まで尾を掴むことは叶わなかったが、の。
ES:ハレルが極地探索隊の動向を探るために連邦から送り込まれたということでしょうか?
A:当然連邦からもスパイくらいは送り込まれていると予想はしていただろうが、それが彼というのはショックかね?
ES:はい。
A:そして彼と懇意にしていたエルカ・セルデ、君には内通の容疑がかけられているのだよ。
ES:この場は軍機漏洩の罪で私を裁く場でもあるのでしょうか?
A:その通り、君は死の土地から帰還した英雄であると同時に、表沙汰にには出来ない技術、身に覚えのない罪を抱えているのだ。
ES:私は死刑でしょうか?
A:まず間違いないであろう、そしてエルゼールという子女に2つの事をしてもらうことになる。
ES:あの施設の解明以外にもすることはあるのでしょうか?
A:君はハレルという野良犬に対する首輪になってもらう。
ES:それは・・・、内通の容疑で裁かれる私が追って良いものなのでしょうか?
A:裁かれたのはエルカ・セルデであり、彼の手を握って手放さないのはエルゼールという子女である。
ES:・・・ありがとうございます。
A:君が何を思っているのかはあえて聞かないでおくが、こちらの利益あってのことだ。
ES:理由を聞かせてもらってもよろしいでしょうか・・・?
A:その任務に就く君が理由を聞かないでどうする。
ES:はい。
A:極地探索隊と同行するエルゼールにアーキル連邦のスパイである彼が嫁ぐということになる。
ES:はい。
A:そうすると連邦は遺物の情報をハレルから得ようとするであろう、それが狙いである。
ES:分かりました。
A:加えて、数日前に君を装った告白の手紙を彼に出しておいたので返事はすぐ帰ってくるだろう。
ES:・・・ありがとうございます。


A:では他に審問する者が居なければ沈黙を以て審問を終了とする。
(一同沈黙)
A:最終審問を終了し、エルカ・セルデの死亡を最終報告とする、解散。

最終更新:2015年05月30日 00:28