ナドノフ建造に至る経緯

 宗主国グランダルト帝国と遥か北方の連邦国家アーキルとその同盟国との戦いが始まり、もう何年が経っただろう。
 

 都市や要地攻略や奪還の報せがもう何度届けられたか数えるのも嫌になってきた。

 それなのにアーキルや同盟国の内で一カ国でもグランダルトの軍門に下ったという報せは90年近く前のパンノニア王国以来、一度も入ってきたことがない。

 もうこの戦争に勝者と敗者が生まれることすら怪しい、だからこそ戦後を睨んで我がネネツも新たな一歩を踏み出す必要性があるだろう。

             ネネツ行政長官、アナスタシア=Y=セニロフの手記より抜粋

 

 

 帝国軍主力戦闘艦と互角ないし負けないレベルの新造艦の建造、それはネネツにとって戦後を見据えた対帝国カードの増強のためのものだ。

 この計画を遂行するにあたり、我がネネツでは喧々諤々の論争が巻き起こった。


「帝国との戦力差は圧倒的です、レスト=リトークス条約で彼らに西部農耕地帯を割譲した我々には自国の食料を完全に自給する術すらないのですよ!」

「だからといってこのまま帝国について行って、我々が何を得られる!?我々は後方の治安維持を押し付けられ、与えられるものは少ない・・・いや、ほとんど無いのだぞ!」

「そもそも我々単独で帝国に抗うことは不可能です!我がネネツ艦隊は帝国の一個方面艦隊・・・いや、前衛偵察艦隊よりも貧弱です。南パンノニアや各属領を巻き込んだとしても各個撃破されるのがオチでしょう・・・。」


 きっかけは偶然入手されたひとつの情報だった。

 「最前線ヒグラート渓谷における帝国と連邦双方の損害に関する報告」、こんなレポートが帝国内務局のミスか何かでネネツへの鋼材発注書類及び巡視命令書類一式の中に紛れ込んでいたのだ。

 そこに書かれた統計は我々にこの戦争に対する疑念を募らせるに足るものだった、帝国連邦共に膨大な数の軍艦、軍用機、陸軍部隊を損耗しており素人目に見ても両国共に相手を屈服させることなど不可能だということが分かった。

 勝利がありえないということは、何時とは分からないがいずれこの戦争は現状維持のまま停戦となるのだろう。

 そうなったとき帝都の権力の亡者達が何を考えるのか・・・、おとなしく内政に励み民を養うというならばそれでいいが、奴らがそんなことを考えるとは思えない。自らの利権を増やすため、適当な理由をつけて我がネネツを取り潰しにかかるだろう。

 そうなった時に唯々諾々と従うわけには行かない。今でこそグランダルトの軍門に下っているが、我々もかつては独立した国家「ヤークロ=ネネツ王国」だったのだから。


「別に帝国を裏切ろうとか、もしもの時に帝都まで進撃しようとかそんな夢を見る暇は無いわ、今計画の艦はあくまでも外交カードの一つ、そこを忘れないで。」

「は、はぁ・・・ではそれに求める性能は如何様になるので?」

「問題はそこなのよ・・・、あまり過大にするとバレた時が怖いし。」


 我がネネツはレスト=リトークス条約においてその所有兵器に20cm以上の砲を搭載することを禁じられている。

 この新型艦にはそれ以上の砲口径、少なくとも帝国戦艦に勝てないでも負けない程度の武装が求められるため、確実にこの条約に反することが予想された。

 ここで欲をかいて30cm以上の砲を搭載し、それが帝都の貴族連中にバレれば好機と見てネネツ取り潰しに動くことは目に見えていた。


「・・・帝国との外交カードを目指すなら、主砲口径28cm、これは譲れません。」

「速力もかなりのものが要求されます、帝国戦艦に打ち負けないためには優速をもって一撃離脱に徹する必要があるでしょう。」

「航空機運用性能、これは不可欠ですな。帝国一個偵察艦隊に匹敵する、15機近い航空機搭載能力が望ましいでしょう。」


上がる意見は全て我が国にとって不可欠であり、そしてそれをすべて満たすにはかなりの苦労が見込まれた。


「・・・そうね、その線で調整しましょう。ここで妥協はできないわ、ギリギリまで強力な艦を目指しましょう。」

「ハッ!」

 

 

 

 

 計画名 (B)CA-0001、そう名付けられたこの艦の建造は苦難の連続だった。少しでも鋼材を節約するため曲線装甲を廃し構造物に直線を多用した。強度の低下は鋼材の高精度加工で乗り切った。

 高速性能を確保するため、高山の低酸素地帯でも効率的に空気を取り込むために大型の煙突を設置した。


 航空機運用能力と砲撃能力の両立のため28cm三連装主砲は艦前方に、航空機整備スペースは後方に設けられた。

 帝国航空機に対処するため、艦体には多量の対空火器を搭載した。

 苦難の連続であったが、この艦はついに帝都の貴族達にバレることなくカルログラードの船渠で完成の目を見ることとなった。


 ネネツ最強の防御力を誇る都市ナドノフから名前を取り、ナドノフ級航空巡洋戦艦「ナノドフ」として就役した艦は、ネネツの誇る高速打撃艦として管区東部の山岳地帯に秘匿されることとなる。







 後、この艦はリューリアでの帝国と連邦の一大決戦の際に政治発言力上昇のために遂にネネツ艦隊総旗艦として出撃し、連邦軍が誇ったアーキリア級戦艦一隻を撃沈。帝国第八管区(ヨダ地区)艦隊と共同で連邦の誇り、帝国最大の脅威であった連邦軍総旗艦クンバカルナを撃沈するという大金星を上げることになるのだが、それはまた別のお話。

最終更新:2015年06月15日 00:00