帰還民


銃火が飛び交う中を見たことも無い黒色の浮遊機が戦闘機動を行いながら通り過ぎていく。
あの黒色に一機、また一機とアーキル連邦のセズレはその数を減らしていった。
飛行隊を援護するため、グオラツィオン級が進出するも黒色の大型艦により瞬く間に轟沈する。

すでにラオデギアは失われ、
東アノールに戦線を敷いたアーキル連邦は帝国戦線に配備されていた艦隊の限りを集中し縦深を敷いたものの、
黒色の艦隊は鎧袖一触に連邦艦隊を殲滅していった。
あちこちの対空陣地は敵を発見する前に圧倒的な攻撃の光芒を受け、沈黙した。

「新しいの! 腕がない!」
「ここはもう一杯だ! べつの天幕に回してくれ!」
野戦病院に怒声に近い叫びが響く。
それとは別に低く響く呻き声の数々は、天幕のなかに所狭しと寝かされたアーキル連邦軍の傷病兵が漏らす嘆きだった。
俺はその光景を医療台の上に横臥して眺めていた。

「ブラムっ! 次はこいつだ」
俺に近寄った医師が処置具をかき集めながら叫ぶ。
「は、はい!」
若い女の声とともに包帯を山ほど抱えた看護兵が視界の外から現れた。
女子供が総動員されて以来、珍しくも無い十代そこらの兵士だがその姿には俺たちがふがいないばかりにと心が痛む。

「包帯はいい! 止血具だっ!」
医師の怒声が飛ぶ。
「それもありますっ!」
看護兵は抱えた包帯を床にこぼしながら肩に引っさげた医療鞄を医師につきだす。
こんな地獄のなかで、元気なもんだ。

看護兵が俺の顔に手を伸ばす。
布で汗をぬぐってくれているらしい。
「大丈夫ですよ兵隊さん、すぐによくなりますから!」
看護兵は健気な笑顔で俺を励ます。

「よし、始めるぞ。ブラムっ、破片除きっ!」
「はいっ!」
「兵隊さん! 腹に痛みがくるが意識を保てよ!」
医師が切具に火を当てる。
「なぁに、軍のレーションよりはマシだ」

「レーション、でも・・・死ぬやつは、死ぬ」
自分の掠れた声。気道が苦しい。
「冗談が言えるなら大丈夫だな」
医師が治療を始める。

――そうだ、死ぬやつは死ぬ・・・
俺は死ぬのか?

「俺は・・・死ぬのか?」
気がつくと、言葉がでていた。
死ぬかもしれないという恐怖が、俺を支配していた。
「大丈夫です。大丈夫!」
看護兵が俺の手を握り締める。
「大丈夫です! こう見えても私、パンノニアでも、ラオデギアでも生き残ったんですよ! そして今回だって生き残ります!」
「よし、あと少し・・・」
腹の傷み、医師が呟きながら破片を取り除いていく。
「だから兵隊さんも私と一緒なら生き残れます! 私、幸運しょってるんです!」

パンノニア・・・
たしか黒色が最初に攻撃を始めた国だ。
多くのパンノニア人が死んだと聞かされている。

そうか、こいつは・・・

俺は頷く。
たしかにこいつと一緒に居れば生き残れそうだ。
そんな思いが心の奥から湧いてくるような気がした。

いや、これは対抗心だ。
死線の数で小娘に敗けるわけにはいかないという兵士の対抗心だった。
そうだ、生き残る。生き残ってやる。

「いき、のこる・・・」
「そうですよ、兵隊さん! それであいつらやっつけてください!」
「これで最後だっ、兵隊さん、よく耐えたぞっ!」

俺の傷口を睨んでいた医師の眉間から皺が引く。
ようやく破片とりが終わったようだ。
身体から力が抜けるのを感じる。

生き残った・・・のだろうか?

看護兵が、ブラムが俺に微笑む。

そうだ生き残った。

俺はそう思った。

ふと天幕の外に向けた視界に光芒が見えた。
それは一瞬で大きさを増し――

――光りに包まれ、意識が・・・

 

 

 

昼――
暖かい陽光に照らされるなか、私は街道を歩く。
今日は戦勝記念日らしく、あちこちに出店が見える。
国旗がはためき、街中が記念日を祝っている。
家電店にあるテレビからは戦勝記念の番組が流れていた。
「首相演説は、このあと2時からを予定して――」

ブルルっと私のズボンのポケットが震えた。なにかの通知だ。
画面を見ると友人のマーシャから1件のメッセージが届いている。

"今日は暇? 映画でも見に行かない?"

ふむ、一読し返事を送る。

"ごめん、これから家族とパーティ"

返信が来る。

"そっか、じゃあ明日は?"

"大丈夫!"

 

買い物袋を抱え直し、家路を急ぐ――

「遅かったじゃないか、ダニル!」
帰宅そうそう、父さんの急かす声。
「ちょっと散歩してたの!」
「今日は戦勝記念日なんだぞ」

父さんと母さんが出会ったのは戦争中だったらしい。
父さんが兵隊で母さんが看護師で。
その所為で戦勝記念日はいつもうるさい。

「現役だった父さんとは違うの! 私の生まれる前だよ?」
「そうは言うがなぁ・・・」
私は買い物袋からケーキを取り出し、テーブルに置いた。
「それに私の誕生日と一緒だし、なんか損した気分」
私が膨れていると、料理を持った母さんがキッチンから現れる。

早く明日になってマーシャと映画を見に行きたいな。

私はそう思った。

 

「――それでは、プラトス首相の演説です」

「母なる星を離れ、長きに及んだ漂流の日々はもはや過去のものとなりました。
20年前の今日、我々はこの母なる大地を悪しき者たちから取り戻したのです。
我々の建国の意思、自由。なによりも尊き想いと平穏な日常が回復されたのです!
今日という一日を盛大に祝おうではありませんか!

――太陽系人類連合に栄光あれ!」

 

最終更新:2015年08月04日 20:34