ヴォールドヴェーダ艦 建造に至るエピソード

 

フライトグライド アナザーノベル 「小さな戦艦の巨人司令官」外伝エピソード1

【通商破壊戦艦「ヴォールドヴェーダ」 建造に至るエピソード】

 


 ヤークロ=ネネツ王国が帝国の自治区となり、世界各国で空中艦の建造が活況となってしばらくした549年のこと。
 大陸の南北で競って空中艦の建造が行われはじめていた当時、ネネツ技術陣が進歩し続ける帝国軍艦業界への視察旅行を行った。
 
 軍港として整備され、小型艦や航空機の建造を開始していたカルログラード地区では、空中艦技術先進国である帝国の技術を吸収し、帝国本国からの受注を獲得するために躍起になっていた。
 
 レスト=リトークス条約によって自治領自身の軍備は制限されているが、パルエ一ともいわれるネネツの精錬技術は、宗主国である帝国のそれを軽く凌駕する。
 その技術向上は、南北膠着状態の打破を狙う帝国軍首脳陣にとっては必須。
 帝国軍の強い後押しもあり、監視付きではあったが帝国内の各工廠や設計局の視察が許可されたのだ。
 
 この視察に同行し、後に天才と謳われた若き設計者ヴォールドヴェーダ卿は、グレーヒェン工廠はじめ、複数の民間工廠でも多数の軍艦建造を行い始めていることに強い衝撃を受けたという。
 
「鋼材の下請けや旧式艦レベルのままでは、技術面で差が開くばかり。なんとしても独自技術による新型軍艦建造を行わなくては!」
 
 その後、彼は幾度と行われた帝国本国との技術者交流を経て、設計者として腕を磨いていく。
 

 そして、561年。軍港として整備なったカルログラード工廠の主席監督官となった彼は、ある一つの船の建造を提案する。
 高速化する連邦艦への対応が今後必要と読んだ彼は、帝国軍への売り込みを目的に、献上品の一つとして一隻の戦艦を設計・建造した。
 それが高速戦艦「ヴォールドヴェーダ」だった。
 艦名は、監督・設計主任を務めたヴォールド卿自身の名を冠して命名され、彼自身の傑作となる。
 
 砲身のある大口径の38センチ連装砲、帝国とは違う曲線と直線を合わせた独特な船体構造と強靭な衝角。
 自治領技術陣の技術と知識の粋を集めて建造された本艦は、帝国の基礎生体技術と見事に融合し、既存戦艦に引けを取らない高性能艦として生まれ、後のグレーヒェン工廠にも大きく影響したとされる。
 
 ここで問題となるのがレスト=リトークス条約だが、帝国への「献上品」であり「輸出兵器」であるという理由をうまく利用した。
 彼の目的は、これを契機に本国から戦艦建造の受注を取り付け、官民合わせた技術レベルの向上を果たす。
 そう、あくまでネネツの技術向上で、艦隊保有ではなかった処に、彼の技術者としての流儀の本質があった。
 
 
 

 しかし、宗主国である帝国、そして軍の反応は、彼の期待したものと正反対のものとなった。
 
 後に「彼は本気になりすぎた」と言われることになる戦艦ヴォールドヴェーダの性能は、逆に帝国上層部に疑念を抱かせる結果を生んでしまったのだ。
 
 大口径かつ射撃精度の良い主砲。それを小型の強靭な船体に収めた戦艦としての能力。
 それらは当時の帝国軍が求めていたものそのままでもあった。
 が、それを一自治領であるはずの小国が作ってしまった。主人であるはずの帝国よりも先にその能力を得た。
 それはまだまだ帝国議会に根強い各自治区への疑念が残っている頃の性能としては非常にまずかった。
 
 議会ではこれを口実に、ネネツに再侵攻して取りつぶしすることも本気で検討、議論されたという。
 しかし、その直後に連邦との衝突が激しさを増したこと、レスト=リトークス条約の改訂と追加条項をネネツが受け入れたことにより、再侵攻は回避されることになった。
 

 もちろん、ヴォールドヴェーダ級戦艦として量産を狙っていたネネツとヴォールド卿にとっては目論みがハズレにハズレた結果となった。技術向上どころか、逆に制限条約を新たに結ばされたという結果となってしまったのだ。しかも当のヴォールドヴェーダは「通商破壊戦艦」として運用され、前線のさらに奥に入り込むこの任務では、早いうちに撃沈されるであろうことを誰もが予測したのだった。
 
 この連絡を受けたカルログラード技術陣、中でもヴォールド卿はおおいに落胆し、責任を取り長官を辞職、失踪したという。
 しかし、この決定がネネツにとって逆に幸運をもたらした。
 
 帝国は、合法的に「献上品」として受け取った以上、格納庫で眠らせるわけにもいかないので運用することを決めた。
 そのことでこの艦のそれにまつわる装備の製造は芋づる式に認めざるえなくなった。なにしろ、この艦の砲身交換を行うことができるのはネネツの「カルログラード工廠」のみだ。帝国とは規格も違うため砲塔乗せ換えも不可能。それであるからこそ、損耗率の高い通商破壊戦艦として運用し、早々に葬り去るつもりでいた。
 
 しかし、帝国上層部の予想に反し、ヴォールドヴェーダは生き残り続けた。
 発掘兵器である浮遊機関を搭載する連邦軍艦に対しては、主砲精度の良さは利点にならないが、遠距離からの商船団の襲撃にはその性能を如何なく発揮した。
 さらに護衛艦との戦闘には十分な威力を与えて初陣から敵船団を壊滅させる戦果を挙げたほどだ。
 
 これにより主砲はほぼ2~4回の出撃ごとに約100発の耐用射撃限度を超え、主砲交換が必要になり入渠する。
 それはつまり、ネネツで例外的に規制外の主砲製造を行うことが合法的に可能となったのだ。
 
 最初にこの発注が帝国から届いたとき、工廠の一室で大歓声が上がったという。
 このサイクルは、なんと30年にわたり継続し、ネネツの大口径火砲の製造技術の継承を続ける口実となっている。
 
 惜しむべくは、この結果を一番望み、喜んだであろうヴォールド卿自身には全く届いていないということであろう。
 
 
 
 そして、これらで培われ続けた技術が、ネネツの秘匿戦艦「ナドノフ」建造に大きく貢献することになるのは、しばらく後の話である。
 
 
 
最終更新:2015年12月01日 02:45