英雄の憂鬱

 ゲノラグル地区に潜伏していた反拡大政策を唱える退役軍人ホセイドらによる地区艦隊の乗っ取り事件が発生。
ホセイド率いる帝国兵21名は停泊中の艦隊旗艦 ガルエ級駆逐艦"グノラゲリエ"を制圧。ホセイドの呼びかけに対して、乗組員の大半が地元出身者であった指揮下の艦は追従、反乱に要した時間は半刻もかからなかった。ホセイドらは首尾よく地区艦隊を掌握し、連邦・帝国の旧式艦をかき集め帝国からの独立を宣言した。
これに呼応し各辺境で待機していたどこから引っ張ってきたのかわからない旧式空中艦も、赤く染め上げたガルエ級駆逐艦を指揮する帝国軍人のキシリアによりホセイドの地区艦隊と合流した。  ―アーキル連邦国内誌 週刊ズミクス紙より抜粋―


これが反乱軍によるグノラグル中立地区創設のあらましである。

焼け残ったスクラップブックの焦げた記事の一部を読んでいた私は深いため息をつく。
崩れた天井から差し込む日を見上げ、また溜息。炭化し傾いた柱を避けつつ、穴の開いた煉瓦の壁から外へ出る。

外では焼けて倒壊しかけの家を倒すために柱に括り付けたロープを兵士たちが掛け声と共に引っ張っていた。瓦礫を載せたトラックが騒音を上げつつ前を通り過ぎる。
私を待っていた何人かの兵士が僕を認め、クランダルト式敬礼をするが慌ててアーキル式敬礼に変える。無理もない、つい最近まで彼らは帝国兵だったのだ。慣れるまでまだ時間がかかるだろう。
額の汗を拭いつつ、片手をあげて彼らの敬礼に応える。
羨望の眼差しが痛い。

私は「英雄」として彼らに認識されている。
反乱首謀者にしてグノラグル地区を解放した英雄、それが私に与えられたホセイドという軍人像だ。
彼らが思っているのは虚像であり、羨望の眼差しを向ける相手を間違えている。だが、それを指摘することはない。「英雄」を辞めることはもはや手中を離れたことなのだ。

停めてあった偵察車改め指揮車に取り付けてある無線機を手に取る。
ピーピーガーガーと耳障りな演奏を奏でる無線機に闘魂を注入すると、わずかだが雑音が大人しくなった。
この手に限る。

<やー、どうだね>

受話器の向こうから呑気な声がする。

<先日より弾着位置が近いねー。じゃ、お仕事がんばってね>

こちらから掛けたのに一方的に切られてしまった。
報告するまでもないか。彼女は「上」から見えているのだから。
地区の中心地からゆっくり動き出した軍艦、ガルエ級駆逐艦グラノゲリエ。かつて帝国艦としてゲノラグル地区で睨みを利かせていた旧式ながらも使い勝手のいい古参は、反乱軍総旗艦となった今もゲノラグルの空を見守っている。
その体は彼女の趣味によって帝国軍艦標準色の赤より、より紅く、朱く塗り替えられている。
無線の主、彼女こそ「ホセイドに呼応し、各地の反乱分子を束ねて合流した」帝国軍人、キシリアだ。現在、グラノゲリエ艦長を務めている。

彼女はこれから浸透した帝国野砲部隊の掃除に向かうのだろう。
グノラグル地区を占領してからというもの、度々帝国による砲撃が行われている。
一時期、軍艦を用いた空中戦を仕掛けてきたこともあったが、散々にやられてからは地上部隊によるゲリラ戦法に切り替えたようだ。
それも我々の早期哨戒によって地区中心部まで砲撃が届かず目立った効果を出せないでいる。

普段の掃討には第一紀世代の旧式戦闘機バルソナを使っていたが、今回の掃討戦は大規模かつ徹底して行うようだ。
夜間強襲艦ラーヴァナに付き従う形で駆強襲艇コアテラが数艇、グラノガリエに続いている。

ラーヴァナとコアテラは形が似ているため、親鳥についていく小鳥のようだ。
生体エンヂンがかつて神と崇められたスカイバードでなければ、微笑ましい光景だったろうに。

視察を終え、指揮車に乗り込むと運転席の若い兵士がビックンと姿勢を正す。どことなく怯えた雰囲気を醸し出す彼に、ひどく申し訳なくなる。彼はキシリアが連れてきた(彼女談:拾ってきた)のだが、その風貌が私の男心をくすぐるものだった。
顔の半分を仮面で隠し、その瞳はスカイバードの如く深紅に輝き、憂いを帯びた端整な顔は幼少の頃、愛読していた騎士物語の主人公のようだった。
あの時の私はどうかしていたのかもしれない・・・。只者でない雰囲気の彼にかつて夢見た男の憧れ、物語の主人公のような特別な存在に見えたのだろう。乗り気でない彼に組手を申し込み、開始と同時にブン投げた。

結果から言うと、一撃でノックダウンさせてしまった。
あまりの手応えの無さに唖然としている私に、「彼、軍人じゃないから」と遅めの忠告をキシリアからされた。気絶から醒めた彼に何度も頭を下げたのは言うまでもない。
それからというもの、若干距離を置かれている。

無理もない。
私だって体格のいい男がいきなり迫り、興奮気味に組手を申し込んできて、しかも手加減抜きにブン投げてきたら同じような態度をとるだろう。本当に申し訳ないことをした。
キシリア曰く、施設に監禁されていた実験体ということだが、何の実験だったのか教えてくれなかった。彼の見た目を買い、私の護衛兼秘書を務めてもらっている。見た目に反し、戦闘はからっきしなので現在進行形で特訓中。
実験の副作用か、自分の名前も思い出せないと語った彼に一時的だがアフマルという名前を与えている。いつの日か本名を取り戻すまでの繋ぎだ。

アフマルの運転する隣で一人、物思いに耽る。
事の起こりは半年前に遡る。



現役だったころ、会計等を一手に引き受けていたせいで引継ぎがなかなか進まず、退役してしばらく経ったというのに地区本部に出入りしていた。本部のまだ留まっていて欲しいという意図が感じられたが、断れない性格が災いした。

この日もコルピという豆を煎った「シーバ」という飲み物、悪名高い連邦チョコを溶かしたような(そもそもアレは溶けるのだろうか)泥色の液体を啜り、一息つきながら遅くまで仕事をしていた。大人の味とでもいうのだろうか。舌に残る苦みが癖になる。希少糖を入れたものは「シッシーバ」または「シシバ」と呼ばれ、甘いもの好きに人気だ。塩を入れたものは「エッシーバ」または「エシバ」と呼ぶが、これがなかなかに合うのだ。嗜好品としても人気の高いこの飲み物は懐に余裕のある士官たちのステータスとなっている。この飲み物は眠気を抑える効果があり、古くは豆ではなく葉を噛んでいた。
私はコルピ豆本来の香りを楽しむ。夜中の作業にはこれが一番いい。

雨が窓を叩くのを、湯気をたてるカップを片手に眺める。
仕事はもうすぐ終わるがこのまま帰ってはずぶ濡れは免れない。当直室を借りようか。
窓に映る自分をぼんやり眺めていると、出入り口に誰かが佇んでいた。それを認識するのにしばらくかかった。

カップを落としそうになったのを辛うじて防ぎ、慌てて振り返る。

「ここの責任者は君かな?」

雫の垂れるレインコートの人物はそう私に尋ねた。
一目で軍人であることは分かった。背丈は私の胸ほどであろうか。左頬には大きな傷跡が走り、その目は鋭く獣のようだった。それでいて声は見た目と反して柔らかかった。

「いえ、違います」

私はそう答えた。
たしかにほとんどの部署の責任者のような立場だが、私の上には上司がいる。すなわち、地区指令だ。

「急ぎの用だ。ベンゼ指令の許可は取ってある。君がカギの管理をしているのだろう、ホセイド君?」

そう言って彼女(この時ようやく女性だと分かった)が手帳をかざす。
紅い手帳。その表紙にはクランダルト帝国の紋章が金色に輝いていた。

「て、帝都特務委員でしたか!とんだ無礼を・・・こ、コートを預かります」

「かまわん。すぐに発つのでな。それより君に任務だ」

「はっ」

「この地の囚人を帝都まで護送する。収容所のカギはどれかな」

帝都特務委員。
それは皇帝直属の影の組織。彼らは皇帝に反する者、無能な指揮官、敗北主義者を粛清する背後に立つ者。彼らが配属された艦は墓場より静かになるといわれ、一度目を付けたターゲットは必ず葬る暗殺のプロと噂されている。
ベンゼ指令がどんな顔をしたか想像するに余りある。ご愁傷様です。

とにかく、変な因縁を付けられる前に指示に従おう。
特務委員の彼女にはしばし待ってもらい、キーケースを取りに行く。鍵の管理を任されたとはいえ、その全てを把握しているわけではない。もっとも、関わりたくなかったという本音もある。これ以上退役が延びるのは避けたい一心だった。

「こちらです」

「ご苦労」

カギを受け取り、彼女は踵を返す。
これで任務完了・・・・ん?

彼女はおもむろにポイッとカギを投げた。カギはドア付近にいた仮面の男が受け取り、スッと外へと駆けていった。

「特務委員殿・・・?!なにを」

「あたしはキシリアっていうんだ。よろしくー」

「あ、こちらこそ。・・・いや!何をなさっているんですか!カギ、あ、あの者も特務委員ですか!?」

「まーまー。お、これシーバじゃん。久々の代用豆じゃないやつー」

ポットに入れていたシーバを勝手に注ぎ、希少糖をポンポン投入して美味しそうに飲んだ。
なにが、どうなって、この状況は何だ。急に口調が砕けたぞこの人。
頭に血が昇りすぎたか、立っていられなくなり私は座り込む。

「働きすぎたんだねー。疲れが溜まってんでしょ」

「貴方のせいです」

「そっか。ごめんね」

軽い。
会話の次元がズレているんじゃないか。
もう、ずぶ濡れでもいいから早く帰って寝たい。ここにいると疲れが溜まる一方だ。

「どこいくの?」

外套に手をかけた私に特務委員、キシリアと名乗った彼女が尋ねる。

「帰るんです。貴方の仰るように疲れが溜まっているようなので自宅で休みます」

もう話しかけないでくれ。と大人げない態度をしてしまったが、この時の私は途方もなく疲れていた。

「外に出ないほうがいいと思うなー」

「・・・まだ、なにか」

よほどシーバ(・・・いや、今は希少糖たっぷりのシシバか)が好きなのか、おかわりをしながらキシリアが告げた。

「地区出身が大多数を占めてるとはいっても反対派は少なからずいるんだよね。それの掃除が終わらないと安全じゃないから君はここにいたほうがいいよ。安心したまえ、できる限り生かす方向で収めるよう努力しよう」

何を、言っているんだ。
キシリアの言っていることがわからない。否、理解したくない。彼女の言わんとしていることは「あり得てはならない」

「察しがいいようだ。助かる。いや、そうでなくてはならない。そうでなくては君を選んだ意味がない。君を生かした意味がない」

心を覗き見るような眼差しを向けながら、彼女は楽しそうに告げた。

「ゲノラグル地区は今この時を以てクランダルト帝国より離反する。侵略によって誇りを奪われ圧政を敷かれ、搾取されるだけの存在となった君たちはついに誇りを取り戻したのだ。土地を取り戻したのだ。おめでとう!祝福しよう!未来あるゲノラグル地区に繁栄あれ」

その仕草、動作、口調、どれをとっても仰々しくわざとらしかった。
なにかある。これで終わりではない。そのくらい分かる。
私を置いて急転直下の展開を見せていたゲノラグル地区での出来事はついに私に矛先を向けてきたのだと、そう直感した。

そしてその矛を持って穂先を突き付けてきているのは目の前の女。

「何が望みだ」

「よくぞ聞いてくれた!君には盟主になってもらおうと思う。実はね、これは決定事項なんだ。何故かって?君名義の声明文および呼びかけでこの蜂起がここまで発展したんだ。さすが地元の有力者だよー。あ、黙っててごめんねー。勝手に名義使っちゃってごめんねー」

・・・なん・・・だと?
もう驚かないぞと決めていた矢先にこれか!私が、僕が反乱首謀者だと!?しかもそれは地区にもう流れてしまっている「事実」なんて。事態が僕を置いていきすぎだろう・・・いや、あえてそうしたというべきか。引っ込みをきかせないために、選択肢が一択しかないようにするために。しかしここまで追い込んでおいて、この瞬間まで私の返答をまつということは、「私がそう決断した」という既成事実が欲しいのか。

確かに、中央軍人のキシリアが率いるより地区出身の私が率いたほうが人心掌握も容易いというもの。一体いつから私に目をつけていたんだ。最初から私を反乱に取り込む事を計算に入れて接触してきたと考えていい。


すっかり冷めてしまったシーバを飲み干す。冷たい液体がスルリと体を通り過ぎていく。
空になったカップを置き、紡ぐべく口を開く。

「断ったら、どうする」

「賢明な君は断れない。断る理由がない。断った結末を知っていてなお断るほど君は帝国に命を捧げてはいないからだ。・・・個人的にはどうなってもいいと思っているよ、ホセイド君。君がダメならそれまでだ。私は地下に潜ろう。当然、君は処刑されるだろうがね?だが、そうはしない。そうはさせない。そうだろうホセイド君、君はそこまで愚かではないはずだ。私も愚かではない。みすみす死ぬことはない。みすみす殺させはしない」

あまり焦らさないでくれたまえ。とキシリアが外を眺めている。外では何処からやってきたのか、旧式装甲戦艦ガレオーネがゲノラグル上空を巡航していた。あんなものがグノラゲリエと並走している様をみると、反乱が着々と進んでいることを実感する。


「教えてくれ。ここまでして何を求める。君の口ぶりからして義憤に駆られて帝国に反旗を翻したというわけではないんだろう。何故だ、私まで巻き込んで、何をしようとしているんだキシリア」

私の問いに、キシリアは満面の笑みと共に彼女の真の目的、帝国を敵に回してでも成そうとする彼女の目的を言い放つ。

「更なる戦争のため。混沌とした戦争のためだよ、ホセイド君。帝国と連邦の二大勢力の抗争は長期化している。そんなだらけた戦争にちょっと刺激を加えたくなったんだ。私はね、戦争が好きなんだ。硝煙渦巻く戦場が好きなんだ。理解しがたいだろう?だから私を利用してくれて構わない。祖国の地を復興させるために利用してくれたまえ。私も君達を利用しよう。私は君たちの祖国を守るための戦力となろう。私はそれでいい。それがいい。そこでしか生きられないんだ。キシリアという私は手段のためには、目的を選ばない人種なのだよ、ホセイド君」

狂っている。
彼女は狂っている。
そしてなにより、彼女と手を結ぼうとしている私も、狂っている。

こんなことは正気の沙汰ではない。
帝国に反旗を翻した都市がたどった末路を知らないわけではない。
それでも私は、書面だけの私の言葉を信じて蜂起した人々を、生まれ育った故郷を見捨てることなどできなかった。




それからの数ヶ月はまさに怒涛の一言に尽きた。
まず第一に、地区の安全を守るためアーキリア連邦と外交関係を持つことから始まったのだが、ベンゼ指令以下首脳陣はキシリアの手によって葬られており、外交能力のある者が残っていなかった。キシリアなら可能と思ったが、皺だらけのシャツに羽根のくたびれた軍帽で会議の場に出ようとしたのを見て慌てて止めた。

彼女は軍略と智謀に長けてはいたが、生活面その他諸々にその恩恵が届いていない残念な人だった。
キシリアに任せておけば万事良しと思っていたからそれはもう慌てた。
結局、記録上反乱首謀者の私が連邦との交渉を行う羽目になった。

生活力ゼロでもキシリアは交渉材料をちゃんと持っていた。
収容所には極秘に連邦軍捕虜が収容されていたのだ。「連邦兵士は殺して家畜の餌となる」というのが帝国の公式発表だっただけに、この事実は私にとって非常に助かった。
連邦側もまさか捕虜が生きているとは思わなかった(敵の発表を真に受けてどうすると言いたいが)らしく、帝国の軍事技術研究への手助けも条件に援助することを約束してくれた。さらに私は地区の国境警備を地区軍だけで賄うことを約束する代わりに弾薬等の後方支援も確約もさせた。

正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。
後から聞いた話だが、キシリアが裏でメル=パゼル共和国に情報を流した事が功を奏したらしい。技術探求の塊である共和国は帝国の生体技術に注目しているらしい。連邦と共闘体制にある共和国が技術ほしさに口を出してきたのだろう。
かくして、私の地区の安全を守るという目的とキシリアの混乱を巻き起こすという目的がほぼ同時に動き出した。

ゲノラグル地区艦隊は帝国標準色の赤より更に赤く塗装し直し、「クズルグレンツァー」と命名された。
この地区の古い言葉で「赤の国境守備兵」を意味する。

そして今に至る。
アフマルが車を停め、助手席のドアを開けたところで物思いから醒める。今日は疲れた。
郊外視察の後、連邦高官との会食、クズルグレンツァーへの補給物資の確認、あとは行政書類の山。面倒なことはすべて押し付けられてしまっている。もっとも、艦隊指揮なんてやったことないからこっちのほうが性に合っている。

先代から受け継いだ名家の名に恥じない立派な造りの屋敷を見上げるように伸びをする。

「アフマル、明日は会議があるからいつもより早めに迎えに来てくれ」

「・・・・・・」

無言で頷き、彼は車をUターンさせ走り去っていった。
ぶっきら棒なのは承知しているが、過去の失態もあってちょっと淋しい。

屋敷に入ると、ちょうど自分の部屋へ戻ろうとする影に出くわす。
皺だらけのシャツ一枚で徘徊していたのは闘争に陶酔し、手段のためなら目的を選ばない狂気の思想の持ち主、キシリアだった。
前かがみになっているのは腕いっぱいに酒と肴を抱えているせいだ。せめてズボンを穿いてほしい・・・。

「おいすー、おつかれー」

「・・・ただいま。もう帰っていたのか」

だらしない姿のまま自室に大量の酒瓶を持ち込もうとする彼女の腕から何本か抜き取り、手伝ってやる。
戻せといってもどうせ聞いてくれないのはもう知っている。

彼女と変な同居生活をするようになったのは、グラノゲリエの副艦長が泣きついてきたからだ。
艦長室を私物化して物が溢れ、雪崩を起したというのだ。
さすがに可哀相になったので私の屋敷に「保護」することになったのだが、服は脱ぎっぱなし、靴のドロを落とさず歩き回る、不摂生な食事、髪は寝癖のまま、下着姿で徘徊するのを目撃した時は彼女と手を組んだ事を後悔しそうになった。

今日も一人で宴を始めるのだろう。
明日は決まって二日酔いになるというのに・・・。

「ここの酒は美味くていけない。あー体に悪い体に悪い」

「自由だな、お前は」

彼女の部屋の前まで来たが、扉の横に陳列してある服の山は私が畳んで置いたものだが、まだ持って入ってくれない。
公の場でも飄々だらだら日向にいるクルカのように微睡んではいるものの、かろうじて軍人としての体裁は保っていた。
が、「軍人」としての役目が終わるとダメ人間へと退化する。あれだけ戦争の話になると目を爛々と光らせ、この世で最も面白いゲームでも説明するかのように言って聞かせ、君もどうだね?と子供のように無邪気に私を泥と血と硝煙の世界へと誘う狂乱の申し子が、目の前で泥に同化するように倒れこむ姿は、思い出した今でも眩暈がしそうだ。

「忙しそうじゃないか。結構結構」

「結構なものか。連邦相手にハッタリをかまし、思わせぶりな態度をとってハッタリをかまし、騙しこんでハッタリをかます。やってることは常に綱渡りだ。胃が痛いよ」

「君には才能がある。男は度胸と崩れぬ虚勢だよホセイド君」

軽くいってくれるよ。と苦笑いしつつ、積み重なった衣類をタンスに収納する。そんな私に見向きもせず、キシリアはテーブル一杯に酒と肴を広げ、どれから食そうか思案している。

「なあ、キシリア」

「この23年物のワインなら心配するに及ばない。私が責任を持って飲み干す」

「それは返せ。・・・ずっと聞きたいことがあったんだ。地区指令を抱き込んだほうがやりやすかっただろう。何故、私だったんだ」

こちらがどれほど真剣な態度をとろうと、目の前の彼女はいつも通り飄々としていた。
私の疑問など、些細な問題だといわんばかりに。


「君ならば私と地獄の窯の底でも一緒に踊ってくれそうな気がした。君となら楽しいダンスが躍れそうだホセイド君」

それが彼女なりの回答だったのだろう。
私はそれ以上聞かなかった。聞いても無駄だろう。キシリアはそんな女だ。

酒に酔った彼女は脱ぎたがりなので、ここで失礼する。
明日もまた面倒を見る日が始まる。

不思議な同棲もまた、しばらく続くのだ。

                             <英雄の憂鬱 Fin>
最終更新:2016年09月28日 19:10