プロジェクト679の軌跡

 戦闘空母「アドミラーレ=セニロフ」。
 

 かつてネネツ繁栄の時代の礎を築いた長官の名を冠するこの船は、プロジェクト679型と呼ばれた戦闘空母群唯一の現存艦である。
 

 プロジェクト679型。大国からは中途半端、どっちつかず等と誹りを受けながらも対旧兵器作戦である「目覚め作戦」においてグレードシタデル攻防戦、東都上陸援護戦などで勇名を馳せたこの戦船はどのように建造されたのか。
 

 これは、祖国の未来のために尽力した者たちの記録である。
 

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 大陸歴644年の南北停戦以降、連邦は解体され、帝国は支配領域にあった国家が次々独立する等南北の超大国の影響力は大幅に減じたかに思われた。
 

 しかし、実態は違った。
 

 連邦は旧構成国を経済的・文化的に支配する構造を構築。正統アーキル連合とアーキル同盟に二分されたとは言え、北半球において大国としての地位を譲ることはなかった。
 

 帝国も旧植民諸国を軍事・経済両面において凌駕しているという利点を駆使し、ノイエラント条約機構を策定。南半球諸国の纏め役という名目で支配体制を再構築していった。
 

 南北融和など机上の空論、再度世界は南北冷戦という新たな火種を灯すことになると思われた。
 

 だが、それを快く思わない者たちがいた。
 

 連邦影響下からの離脱を模索する大陸西岸の技術立国、メルパゼル共和国。
 

 旧連邦構成国であるが、南北停戦以後は連邦の解体に伴い完全独立。元来連邦の経済体制(チョコレート経済とか舐めてんの?)や軍事体制(何で戦艦温存してんの?何のための主力艦隊なの?)に対し不満を覚えていたこともあり、連邦が新たな枠組みとして復活していく中でも加盟を拒否していた。
 

 落ちぶれた嘗ての超大国、南北双方からの圧力を受ける、統一パンノニア共和国。
 

 北は連邦、南は帝国という分断の時代を越え、ついに念願の統一を果たした古の大国。しかし、新秩序形成への混乱期に正統アーキル連合に北の工業地帯の一部を占領(火事場ドロ)され、南は帝国からのノイエラント条約機構へ加盟するよう要請(強要)されるなど、嘗ての栄華は見る影もない状態だった。
 

 そして、帝国依存からの脱却を願う極南の王国、ヤークロ=ネネツ王国。
 

 悲願であった外ネネツ地域(未回収のネネツ)を回収し、帝国の自治管区という軛から解放された小国であったが、この国もまた帝国のノイエラント条約機構加盟要請(という名の脅迫)を受けており、軍事技術の帝国依存も何としてでも廃せねばならないと悪戦苦闘していた。
 

 大国の圧力を受けていた三国。
 

 現状のままではいずれまた南北どちらかの陣営に吸収されることは必至。
 

 各国共に、打開策を模索していた。
 

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 切っ掛けは一つの不運な出来事だった。
 

 

「船長!流されてます、このままでは旧兵器出没地帯に突入しますよ!?」
 

「クソッタレ!取舵!取舵一杯だ!」
 

 統一歴675年半ば、バセン領内、エゲル山脈。
 

 パンノニア船籍中型巡空輸送船「コーポリス」は、ネネツからパンノニアへの鉱石輸送ルート上で大規模な砂嵐に遭遇しコースをエゲル山脈寄りに変更。
 

「ダメです!風速が強すぎます!」
 

 強風に流され、旧兵器出没地帯へと近付いていた。
 

「右舷!旧兵器ッ!!」
 

「チクショウ!全員衝撃に備えr」
 

その瞬間、旧兵器から放たれた弾幕が商船を絡め取った。


 

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 「コーポリス」沈没の第一報は、一時停泊を予定していたバセン公国首都ガリにいつまでたっても現れない「コーポリス」探索に出ていたバセン空軍からの緊急電だった。
 

『我、第2索敵梯団、目標確認。目標ハ大破、着底状態。』
 

 発見された位置、船体の損傷程度などから「コーポリス」沈没の原因は旧兵器による攻撃が原因と断定された。
 

 これに各国は慄いた。
 

 ようやく平和を手にしたはずだったのにまだ驚異が残っていた、と。


 事態を重く見た各国政府は次々と退役していた空中艦を再就役させ、対旧兵器戦術研究統合アカデミーが次々と設立された。


 だが、大国はまだしも中小国には軍備において様々な課題が残されていた。

 

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「我が国の技術では旧兵器に有効打を与えるだけの決戦兵器開発など無理だ!」


 ネネツでは造船や軍事の関係者が連日に渡り連絡会を開催していたが、対旧兵器戦略に有効と思われる技術開発はネネツには荷が重かった。


「帝国から新たな生体器官を仕入れるのはダメだろう、ノイエラント条約機構加盟をより強硬に迫って来るのは目に見えている。」


「ではどうしろと!?我が国には戦略級大型艦用生体器官を生産する技術も設備も無いのですよ!」


「大口径主砲はヴォールドヴェーダ以来の技術で高精度化が進んでいるが、中小口径砲の精度は並の上がいいところだ、これをなんとかせねばならない!」


 喧々諤々たる連絡会であったが、何日たっても回答を見出すことは出来ないでいた。


「せめて、誘導弾でもあれば・・・」

 

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「突然大型艦を建造しろと言われても・・・」


 メル=パゼル軍は議会が議決した対旧兵器艦隊整備計画に盛り込まれた大型航空母艦建造の技術をどこから導入するかで悩んでいた。


「アーキルは無しだ、浮遊機関とセットで購入するとしても吹っ掛けてくるのは目に見えている。」


「それに、正統と同盟どちらのアーキルも加盟を要求してくるでしょう。」


「断るのは無理ではないだろうが、そうなれば大型艦技術導入は断られるはず。」


 旧来からの迎撃戦に適した小型艦、航空隊重視思想がここにきて足を引っ張っていた。


「せめて、建造技術だけでも・・・」

 

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「我々一国だけで、各国新鋭主力艦と肩を並べる艦を建造するのは難しい。」


 統一パンノニアは分断時代から各国に引き離されてきた技術開発競争に再参入することを望んでいた。


「大型艦の建造は無理ではないでしょうが、極めて難しいものになるでしょう。」


「北は大型航空機重視、南はかつての帝国からの制限で艦艇建造技術に余裕がないのだからな・・・。」


「生体器官と発動機を同期させる技術はあっても、その生体器官を仕入れる先がありません・・・。」


 分断時代の傷跡や帝国・連邦双方への不信がパンノニアの技術的躍進に大きな足かせとなっていた。


「せめて、味方さえ居てくれれば・・・」

 

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最終更新:2016年04月02日 23:44