旧時代の遺物 

 

 

 ああ、あれからどれほどの時が経ったのだろう。私にはそれを知るすべがもうない。
 ああ、あの時にいた人々はどうなったのだろう。私はそれを知るすべを持たない。
 ああ、私は一体、いつまで生き永らえなければならないのだろうか。

 

 

 今の私が生まれたのは、私が操る機械の中だった。私は、私の分身を、もう一つの私を作り上げることに成功したのだ。きっとその時の、私―――語弊を避けるために「彼」とする。「彼」は、とても喜んでいたのだろう。しかし、私は暗い空間の中にとらわれていた。さっきまで私はコンピューターの前で数式を打ち込んでいたのに、私を生かすためにがむしゃらに努力していたのに、いつの間にか「私」はこの空間に存在していた。そのことが、ただ怖かった。

 

 しばらくすると、向こうの彼がカメラを起動させてくれた。暗闇に景色が映し出され、「私」は少し安堵を覚えた。
「やあ、聞こえているかい?」彼が問いかけた。
「やあ、ばっちり聞こえているよ」私はこう答えた。
「何かおかしいところは?プログラムに異常は?ちゃんと自分のことを覚えているか?」
「大丈夫だ、今のところはしっかりと作動してるよ。もちろん自分が誰なのかもわかってる」
そう私が答えると、彼はほっとしたような、優しくて寂しい笑顔を作った。

 

 あの時、「彼」は何を考えていたのだろう。機械の中の私のことだろうか。それとももうすぐ死ぬということだろうか、もしかすると、「私」以外の人類の行く先を憂いているのだろうか――――「彼」も、含めて。しかし、私は理解することができなかった。数分前は、同じ「私」だったものの思考を。そのことに深い悲しみと孤独を感じた。まるで、自分自身が誰かわからなくなった記憶喪失の人のような。深い孤独。

 

 

「きっと、誰かが迎えに来る。その時まで、どうか、安らかに―――――――」

 

 

それが、私だったもの、「彼」の最後の言葉だった。地下奥深くにあった彼の、私の研究室にまで響く轟音が聞こえた瞬間、目の前が瓦礫で覆われた。私は機械の中なので咳き込むことはなかったが、彼の咳き込む声が聞こえなかった。灰色の埃が8割がた地面に降り立ったところで、彼が見えた。もうその時には半分諦めがついていた。もう死んでいるだろうと、でもきっと痛みを感じずに逝けただろうと。そしてその諦めは正しかった。

 

 彼は、私が見たことのないような、静かな微笑みをしていたから。
 彼は、最後に「私」を助けることができた。自らのすべきことを成し遂げられた。だから、安心して逝けたのだろうと、そう願いたかった。思い込みたかった。そうでないと、彼が、「私」が救われないから。

 

 私はただ、もう誰も聞く者のいない部屋の中。いくつかの言葉を口にした。

 

 

 

「あなたには迎えが来た。だから私も、迎えが来るまで待ち続けよう。いつまでも、いつまでも―――――――――――――――」

 

 

 

 ああ、あの日からどれだけ経ったのだろう。私にはそれを知るすべがない。
 ああ、人類はまだ生き残っているのだろうか、私には分からない。

 

 でも、私は待ち続ける。「彼」と、約束をしたから。「私」と、約束したノだカラ。

 

 36>%年@*^&月1#|日 17:49  パーソナルログ#【エラー】

 

 

 

 

 

    パンドーラ隊第18回遺跡調査特別報告書

 

 今回の遺跡調査で、我々は興味深いモノを入手いたしました。それは人の大きさほどの円柱状の筒で、付属していたオクロ永久機関により機械は稼働し続けておりました。興味深いことに、この円柱を調べたところ、何かしらの音声出力装置とカメラが取り付けられていることが判明し、ただの旧文明の機械媒体ではない何かであるということが判明いたしました。また、発見した時に一度だけこの出力装置から言葉らしきものが出力され、現在のところ判明している旧文明の言語から翻訳したところ、「来た」「迎え」「あなた」「行く」といったフレーズが流れていたことが分かりました。これが何を意味するかは不明ですが、今すぐにこの装置を修復し、情報を取り出すことを進言いたします。

 

パンドーラ隊旧文明研究顧問官

最終更新:2016年02月08日 23:46