届かぬ願い、届いた想い

「なんだこりゃ……すげぇな」
「ああ、こいつは……旧時代の遺跡の中でも最大級じゃないか…?」
 口々に思いをつぶやく我々の眼前には、地下に広がった大都市、通称メガストラクチャが広がっていた。先人たちがこの場所へ向かって旅立ち、そしてついには帰ってこれなかった場所。私が所属するパンドーラ隊第19紀3班はついにその場所、眠りについた都市群へとたどり着いたのだった。
 大小の配管が壁を這い回り、底の方は水没してはいるが、まるで前からそのままだったかのように静寂をたたえている。昔はどんな姿だったのだろうと、私は想像を膨らませる。


 父も、こんな場所へ来たのだろうか?


 私の父、ラスター・ミステリエスは、パンドーラ隊の部隊員として旧市街地へと進発し、それっきり行方が分からなくなっているのだそうだ。というのも、父が旅立ったのは私が小さい頃で、物心がつき始めたばかりだったから、どんな人かは色あせた記憶の中にしかなかった。でも、温かく、たくましいゴツゴツとした手と、優しい言葉は何があっても忘れることはなかった。私は、そんな父が大好きだったし、父が所属しているパンドーラ隊にあこがれを抱いていた。
連邦立大学を卒業した私は、すぐさま軍に志願し、パンドーラ隊へと配属させてほしいと頼み込んだ。面接官は驚いた顔をして言った。パンドーラ隊に行きたいという人なんて久しぶりだ、と。その人の名前を尋ねたが、答えてはくれなかった。
その後の検査で優秀な結果を残した私は、無事にパンドーラ隊の第19紀3班の探索兵として編入されることになった。今回の探索任務が初めての進発だった。ガチガチに緊張していた私を支えてくれたのは、同じく第19紀3班に配属された同年代のオット・ラヂラル銃士兵だった。こいつとはすぐ友人になれたし、班のみんなともオットのおかげで打ち解けることができた。私にとって、オットは親友であり、恩人でもある大切な人物だ。


「おい、ミーラ、口空きっぱなしだぞ」
後ろから彼の明るい声が届く。いつも通り少しふざけたような口調だ、と私は微笑む。きっと彼は、この景色も「すごい」の一言で済ましてしまいそうだ。
「こんなものを見て開けずにいられるかよ、オット。資料でしか旧市街を見たことなかったんだ。当たり前の反応だろうが」
「そうだな。メガストラクチャ、こんなに広いところだと思わなかった」
 しばらくはその景色に圧倒されていたが、ふと我に返った隊長の声によって、直ちに野営準備が始められた。しばらくはここを拠点に探索をすることになるだろう。

私は、もう一度地下の大都市、メガストラクチャを見渡した。
 一本にまっすぐ伸びた広い回廊の壁は、一面に機械が張り巡らされており、端の方は闇の中に吸い込まれているかのように真っ暗だった。こんな広いのに反対側が見えるのは、ところどころに光っている照明や機械のおかげだろう。独特の青緑の光は、静かにこの空間を照らしていた。


 地下では、太陽の傾きや気温で時間を測れないため、シフトに分かれて活動を行う。基本的に8時間交代で、睡眠は5,6時間程度。残りの時間は、危険がない程度に自由に過ごすことができる。
私は、その時間を突き出た見張り台からメガストラクチャを眺めることで過ごした。オットが一緒に飲もうと誘ってくれた時以外は、これぐらいしかやることがないのだ。隣には小さい頃から一緒に過ごしていたクルカ、クーダが同じく手すりに乗っかって周りを見ている。父も、クルカと一緒に旧市街を眺めたのだろうか?とぼんやり考えた。

クーダは飽きたのか、下の湖に泳ぎに行った。もう一匹クルカのポイミがいるが、そいつは誰かのカバンの中ですやすや眠っている。私はただ一人、我々以外生命が存在しないであろう街並みを眺め続けた。

しばらくして、交代の声がかかった。私は下で泳ぎ回っているであろうクーダに大声で呼びかけた後、眠っているポイミをむんずとつかみ上げた。ピュキキャー、と抗議の声を上げるが、そのまま引きずり、任務へと向かった。




それが起きたのは、3日目の自由時間だった。クーダはまだ泳ぎに行かず私と街を眺め、ポイミは相変わらずカバンの中に潜りこんでいた。いつもと違ったのは、隣にオットがいることだった。
「おまえさぁ、よく飽きないよな。こんな変わらないもの見続けて」
オットは街を見たまま、私に話しかけてきた。
「そんなことないさ、確かに何も変わらないけど、それがいいんだ」
「なんでだ?変わらないもの見ててもつまらないじゃないか」
「そうでもないぞ、オット。前の文明が滅びた後、この場所は何も変わらず、時が止まったままになってる。いくら朽ち果て、ボロボロになっていたとしても、ここは変化することがない。ここから人がいなくなったとき、この場所の時間は止まった。どんな人が住んで、何を食べて、どんな風に過ごしていたか、ここにはその記憶がその時のまましっかりと刻まれている。それを想像するのが楽しいのさ」
「んなこと言ってもよ、俺にはさっぱりだぜ。お前ちとロマンチストすぎやしないか?」
「ははは、そうかもしれないな」
 オットとそんな話をしていた時、微かに何かが聞こえた。遠すぎて私には何か分からなかったが、耳がいいオットは分かったらしい、私に尋ねてきた。
「……なあ、クルカの声、聞こえなかったか?」
「分からない。確かに何か聞こえた気がするが、クルカの鳴き声かまでは分からない」
 しばらくして、もう一度何かが聞こえた、瞬間、隣にいたクーダがぴょんこと飛び跳ね、ピキャーピキャーと何かを伝えたそうにしていた。
「クーダ?どうした、何か分かったのか?」
 私の問いに、クーダはうなずくそぶりを見せ、街の向こう側へと飛んで行った。よく分からなかったが、向こうに何かがあるのだろう。私は双眼鏡を取り出し、クーダが飛んで行った方を見つめた。
 その先には、微かに、本当に微かだったが、定期的な発光信号があった。最初は機械の光だと思った。でも、そうじゃなかった。その光は、見覚えがある、明るい黄色だった。
「おい、何か見えたか?」
オットの声に、私はただ、双眼鏡で確かめてみろ、一番太いパイプのそばだと答えた。
「なんだよ、教えてくれてもかまわないじゃないか……どこだ……あれか?確かに、一定の周期で発光してるように見えるが……おい、あの色。もしかして!」
 オットが驚愕の声を上げた。そして、それが私の疑念を確証に変えた。

 あれは、パンドーラ隊の発光信号だ。意味は、「応答セヨ」。単純なパターンだったが、すぐに気づくことができなかった。信じられなかった、の方が正しいかもしれない。
「おいオット!発光器!早く持ってこい!」
私はオットに怒鳴り、班全員に聞こえる大声で叫んだ。
「みんな!パンドーラ隊の発光信号だ!向こう側に発光信号を確認!」
 その場にいたものはすべて、私のもとへと駆け寄ってきた。人ごみの中から伸びてきたオットの手から発光器を奪うように取り上げ、返答を送った。
『コチラ、パンドーラ隊第19紀3班。応答セヨ』
『確認シタ。コチラパンドーラ隊第8紀5班分隊デアル。ワレワレハメガストラクチャノ対岸ヘノ移動ニ成功シタモノノ、物資欠乏。救援ハ可能カ?』
 私は隊長に指示を仰ぐと、腕組みをして少しの時間思案した後、隊長は何も言わずに頷いた。私はそれを発光信号に変換する。
『コチラモ物資ニ余裕ガ無イガ、多少ナリノ食料ヲ譲渡ス。シバシ待タレヨ』
『了解シタ。ココデ待機スル』
 発光信号でのやり取りが終わった後の、私たちの行動は素早かった。向こう側への渡り方を早く知りたかったからというのもあるだろうが、全滅したと思われた第8紀の部隊がまだ生存していたこと、そして、大先輩でもある彼らが助けを求めているという事実が、行動の素早さと焦りを生み出したからだろう。残っている食料の中で最良のものを選び出し、向こう側への渡り方と探索報告をこちらに送るようにと書いた書類と返信用の紙とペンとを二つの包みにして、戻ってきたクーダと鞄から引きずり出したポイミに括り付けた。
ポイミは不機嫌になっていたが、終わったらカバンの中に入ってていいぞと話すと、途端にいうことを聞くようになった。それに対して、クーダはなぜか反抗することもなく、まるで早く届けたいとでもいうようにピィピィと張り切っていた。
「いいか、頼んだぞ二匹とも。必ず届けてくれ!」
 私が叫ぶと、一斉に2匹は向こうへと飛び立って行った。特にクーダは異常なほどの速さで。一体何がクーダをそうさせているのだろうか?



 数十分が経った頃、ク―ダたちが戻ってきた。
しかし、戻ってきたクルカは2匹ではなく、3匹になっていた。クーダと寄り添うように飛ぶクルカには、左のヒレに大きな傷があった。
 私は、その傷に見覚えがあった。小さい頃に、父が連れてきた傷ついたクルカ。確か名前は、ホーピャだったか。その名前を呼ぶと、そのクルカはまっすぐ私のもとへ飛んできて、私の胸元へと飛び込んできた。その人懐っこさもホーピャのものだった。まるで再会を喜んでいるかのように、クーダもピャッピャッと声を上げている。
「ミーラ、このクルカのこと知ってるのか?」
「ああ、私の父によく懐いていたクルカだ。私の父もパンドーラ隊に所属していてね、一緒にホーピャもついて……いっ…て………」
「お、おいどうした?」
心配したのだろう、オットが声をかけてくれたが、それに答える余裕はなかった。
 ホーピャが向こうにいた。ということは、私の父も……?まさか、そんな……。
 顔をこすりつけてくるホーピャを見つめていると、何か手紙のようなものがぶら下がっていることに気が付いた。対岸の行き方が書かれた文書は今隊長が読み上げている。それなら、これは一体?
私はホーピャからそれを取り、読んでみた。そこには、懐かしい、角ばった文字が書かれていた――――――――――



 わが息子へ

こちらにクーダが来た時、まさかと思った。二度と会うことができないと思っていた。もしかすると、これは夢で、いまにも目が覚めて、少なくなった仲間と共に出口を求めてさまよう現実に引き戻されてしまうのではないかと不安になった。でも、そんなことはどうでもいいんだ。
ミーラ、立派に育ったな。もう一度息子と会うことができて、私はとても幸せだ。
お母さんは元気にしているかい?私が帰らないことで、不安がっているのだとしたら、必ず生き残って、お母さんを支えてあげるんだ。父さんにはもうできないことだから、お前に託すしかない。頼んだぞ。
正直に話そう。父さんはもう長くはもたない。仲間たちももう限界に達しつつある。もしかすると、二度と地上に出ることはないかもしれない。でも、ミーラ、お前が生きていてくれさえすれば、父さんはお前の中でずっと生き続けることができるんだ。だから、父さんのためにも、生き延びておくれ。もちろん、お母さんのためにも。
長い放浪の中、お前との思い出が私を奮い立たせ、生きるための希望を持たせてくれた。でも、お前とはもっと楽しい思い出を作りたかった。こんな父さんですまなかったな。
ああ、もっとお前の近くに行きたい、お前を抱きしめたい。でも、それは叶うことのない願いだろう。だから、父さんからの最後のお願いだ。
ミーラ、父さんのために、手紙を書いてくれ。それが最後の、父さんからのお願いだ。
ミーラ、お前は強い。自信をもって、胸を張って、精一杯、生き抜いてくれ。

        あなたの父親、ラスター・ミステリエスより




 何も、言えなかった。言葉にできなかった。こんなにも、悲しく、それでいて、愛情を感じたことはなかった。私の想いは、涙となり、父からの手紙の中に吸い込まれていった。
 私は、隊長からペンと紙をもらい、父への手紙を書いた。もう二度と会うことがないだろう、一番尊敬している父へ、今の想いを書きなぐった。最後の方は、涙と手の震えで文字が滅茶苦茶になってしまった。オットや皆は、私の周りでそっと見守っていてくれた。
 私は、父親への、最後の言葉を書き終えた。


 ホーピュが飛んでいき、もう1時間が経とうとしていた。私は、まだ乾ききらない瞳で、父親がいるであろう、パイプの陰を見続けていた。もう行ってしまったのだろうか、という認めたくない思いを抱きながら。
 すると、ホーピュが見えた。父親からの、最後のメッセージを携え、こちらへ飛んできた。

「ありがとう、愛しき息子よ。父さんは、いつまでも、見守り続けるよ」

 私は、何も言わずに、その手紙を見つめ続けた。今声をかけたら、この別れが無駄になってしまうような気がした。ただ静かに、パンドーラ隊第19紀3班は彼らの無事の帰還を祈った。










まだ、夢のような気がしてならなかった。ホーピュが反応し、向かった先にいたパンドーラ隊に発光信号をおくったら、クーダがこちらに来たことも、息子にあてた手紙のことも、自分が流した涙も。
しかし、手元の紙が、現実だったことを教えてくれる。それは、二度と会うことはないと思っていた、最愛の息子からの手紙だった。




  私の最愛の父へ

まさか、ここで父さんと会うとは思ってもいませんでした。私は、あなたが入隊したパンドーラ隊に入り、あなたの通ってきた道をたどれば、いつかは会えると信じていました。
父さんに話したいことが山ほどあるはずなのに、何を書けばいいか分からない、頭の中がいっぱいで、言葉が出てこないんだ。これが最後なのに。とても悔しい。だけど、迷ってる暇もないことは分かってる。だから、会った時に言おうとしていたことを書くことにするよ。
父さん。僕は、父さんの温かい手が好きだった。優しい言葉が好きだった。父さんは、僕の、自慢の父親だ。

今度は、自分で道を切り開いていく番だ。

またいつか、どこかで会えることを信じてる。

    大切な思い出を、ありがとう。

              あなたの大切な息子、ミーラ・ミステリエスより




 私は誇らしかった。私の息子が、ここまで逞しくなったことを見ることができた。もう、何も恐れることはない。今はただ、太陽の下、乾いた風が吹く地上で、息子とまた会うために歩き続けるだけだ。



 私は、この世で一番の、幸せ者だ。
最終更新:2016年03月21日 03:21