エルカ・セルデ(旧姓ガルゼラル・セルデ)の復元された検閲記録

旧兵器との戦闘で雪崩れに巻き込まれた自分は、気が付くとどこかの施設のベッドの上にいた。
頭は動いた、見回すと機械の中に取り込まれてしまったようになっていた。
状況を確認しようとして動こうとしたが、思うように動けなかった。首を起こしてみたが、右腕と右足が無かった。
恐らく雪崩れで氷の裂け目に滑落したのだろう、その時に腕と足を失ったとすれば説明がつく。
命があっただけよかったと思うべきだろう。
目の焦点が合うにつれて、自分の左目にモノクルがかかっていることに気が付いた。
改めて周りを見回すと、白い部屋に自分はいるらしい。周りを機械に囲まれてはいるが、おそらく自分以外はいないのだろう。
医療設備から見てここが現代の施設ではないことははっきりわかる。自分は滑落して「生きている遺跡」に連れてこられたのだろう。
機械から様々な音が鳴っている。そして機械から管が伸びていて、自分につながっている。少なくともこれらは旧兵器ではないだろう。
口と鼻には管が体の中まで入っている。腕には管が刺さっている。下半身の感覚はないが、尿が流れ出る感覚だけはある。
機械には文字が書いてあった。【おそらく古代の北方から東海にかけての言語だろう文字が書かれていた。】
【しかし、刻印なのだろう金属らしきプレートは他の言語だ。この文字は自分の知識では読み解けない。】
【見方によってはパルエ中部から北部のすべての文字に似ているような気がする】
こんな機会に囲まれて、何をされているかわからない状況であっても、旧兵器がいないことが何よりも心強かった。
どうにか動こうとしたが、何かの機械の音が騒がしくなり、再び眠りに落ちてしまった。

 

目が覚めると、今度は旧兵器がいた。
目を閉じて音を聞いていたが、どうやらすぐに危害を加えるつもりではないようだった。
しかし、起きていたことに気付いたのか、ふいに自分の周りの機械を取り外し始めた。
右手足がない自分は逃げられないことに気付き、そして旧兵器が自分に何をするのか分からなかったので恐怖した。
それでも逃げ出せるように少し抵抗したが、それを感じ取ったのか、周りの機械が自分を締め上げ始めた。
この施設にいる旧兵器は、外にいる物と違ってしっかり整備がされているようだった。
平面を移動するのに特化した一軸二輪の外輪型、その車台に乗っている胴体と腕。
しかし、胴体と腕には柔らかそうなシートがかぶせてあり、腕と手は機械であるのに硬くなさそうな雰囲気を感じる。
よく二輪で立っていられるものだと思った。
抵抗できない自分の目に、旧兵器は何か透明な物を入れていった。されたことはそれだけだったが、目に異物が入っている感覚はとても気持ちが悪かった。
自分は何をされたのだろうか、恐怖だった。モノクルは没収された。こんなものよりモノクルのほうが国の解析班が重宝するだろうに。
抵抗すると再び周りの機械が自分を締め上げた。このまま締め上げられたらと思うと自分は死ぬことを恐怖した。
そして、旧兵器がやはり自分に危害を加えるようなことをしなかったので、その部分だけは感謝した。
旧兵器によってベッドごとどこかに運ばれた。何か大きな円形の機械があり、その下で少しの時間を過ごした。
そのあとは、おそらく最初にいた部屋に戻された。
生きている先進遺物だらけのこの施設は、自分には何かわからないものばかりだが、これを持ち帰れば技術の進歩に貢献できると確信した。
帰らなければ、その忠誠心が自分をこの現実離れした空間で繋ぎ止めていた。

 

再び起きると拘束具はなく、周りの機械も撤去されていた。
この状況から、自分がある程度は重篤の危機から回復していると思った。現代の医療知識から考えればの話だが。
身体を確かめるためにゆっくりと起き上がる。腹筋は軽快に動作してくれた。
自分についている機械は、すべてベッドについているものから伸びているものだ。
あとは、管が尿道に入っていて、自然にベッドの横についている袋に流れている。
体を確認したが、右手足が無いこと以外は別段どこも悪くないように思える。
【左腕に刺青が無い。消した跡も見当たらない。どうやって消したのだろうか、不安を覚える。】
右手足は綺麗に切断され、そこから自然治癒で盛り上がっている典型的な傷跡だ。
自然治癒するほどの期間は経っていないはずだ。だとすれば、この施設で行われた治療のせいなのだろうか。
左目が違和感を覚えた。切断面を細かく見るような、まるで毛穴まで見通す感覚に襲われた。
目が本来しない行為に混乱した。とても不思議な感覚だ。
恐らく旧兵器に入れられた何かのせいだろう。
突然、左目だけ何か見えるようになった。小さな虫が視界を飛び交うと、目の焦点がそれにつられて動く。
そして、見ているうちに虫は遠くに飛んでいくようだ。それを目で追うと、遠くにいるはずの虫の足に花粉がついている様子がよく分かった。
この先進異物は視界を強化するものであるらしいことは分かった。
見ようとするものに先に焦点が合う。よく見ようとすればよく見える。あいまいだが、そうとしか言いようがない。
目の端にあって、ぼやけてしか見えないものも意識すれば見える。
しかし、目の端を見ようとしなければ見えないようになっている。本当に不思議だ。
左目だけ見える文字や記号があり、そこに意識して目の焦点を合わせると様々な機能を展開できるらしい。
そこで様々な誘導に従って日記を付けられるようになった。
【文字を書くことを意識して目を動かすと文字が生成される仕組みのようだ。】
【最初は汚い文字を書いていたが、この先進遺物が学習しているのか字の形が整っていった。】
【素晴らしいものだ、水分を吸って劣化する紙も滲むインクに悩まされることも、書字板のろうを交換する必要もない。】
【手始めに周りの機械に書かれている文字を写していこう、分からない文字は特に必要だ。】
≪≫
この状況を残せるのは幸運だった。
なんとしても脱出してこの資料を持ち帰らなければ。
左目が何かを訴えている。白い壁に書かれた文字に目が吸い寄せられていくようだ。
本当に壁に文字が書かれているわけではない。左目を閉じればそれは消え去る。
両目で見ると、右目でも見えているような感覚だ。
壁に書かれていた文字は知っている。極地探索隊の基礎座学、学術古代言語だ。
しかも、とても簡単な文章で、自分の体調について質問してきた。
意識ははっきりしているかとか、息苦しくないかとか、欠損個所は痛むかとか、そんなものだった。
【左目を通して壁に文字を書けるようだ。質問に答えていったが、本能的に現代王国語を書いてしまっていたことに気が付いた。】
【それなのに、それが当たり前であるかのように同じ現代王国語で詳しい質問を返してきた。これは非常事態だ。】
【考えたくはないが、旧兵器の側に王国の情報が漏れている可能性がある】
【とにかく上の指示を仰がなければ、脱出しなければ。できれば本物の紙にこの施設であったことを書き残しておきたい。】

 

左目のこれで遊んでいるうちに寝てしまったようだ。だが、これでこの左目の機能が分かった。
やはり、この先進遺物は視覚を強化するようなものであるらしい。
他にも、壁に文字を書いたり、空間に文字を浮かせることもできることが判明した。
説明書(書物ではないが)によると、この視覚を共有する、つまり壁に書いた文字などを共有することもできるらしい。
あいにく、自分以外には旧兵器しかこれを共有できる者はいないだろう。
むしろ、この内容を見られているのではないかという不安が未だにあるが、この体験を記憶だけで留めておくのは難しい。
最初は、これはいいものだと思ったが、もう紙や書字板が恋しくなってきた。
いったんこれは忘れよう。【旧兵器が我々の言語を理解してしまっている時点で、もうどうしようもないと思った方が合理的だ】
そんな考えをしていると、また左目が違和感を感じた。もう、この違和感は壁かどこかに新たな書き込みがあったときのものだ。
そこには、驚くべきことに、義手と義足は必要かといったことが書かれていた。
すぐに肯定すると、どんな型の物が良いかと聞いてきた。本当の機械腕から、人間同様の精巧な腕もあるらしい。
ただ、自分の元の腕を元通りにしてくれという願いは届かなかった。同じものの復元は不可能であるらしい。
何を選ぶかと言われ、自分は運動に耐える精巧な人間らしい腕を選んだ。
≪≫
機械の腕は握力などが強く兵士向けだが、これでは精密作業は難しいという判断だ。
不満であれば、後でまた変更することが可能だという言質も取ることができた。
そして、この技術を持ち帰ることができることが一番大きい。脱出する手助けをしてくれて、しかも技術も持たせてくれる。
【ここまで旧兵器が人間に親切であると、今まで極地探索部隊が出し続けている被害の数々が馬鹿らしくなってくる。】
今回は旧兵器と区別をつけるために、この施設を運営する意思ある機械を「彼ら」と称しておこう。
本当は、「彼ら」はただの機械で、それを人間が操っているのだと思いたい。
まだ誰かがこの施設を運営していて、遠くから「彼ら」を操っているのだと信じていたかった。
だが、「彼ら」に何者かと問いかけても、帰ってくるのは途方もない番号と記号のの羅列だけだったことが、その考えを打ち砕いた。
今ここで義肢の装着ができるということには衝撃を受けた。しかも切断面の脂肪を削って装着するらしい。
それを聞いてとても不安になったが、早く脱出するためにはこれを選ぶしかなかった。
最終的に「彼ら」と合意し、例の二輪の旧兵器が三台入ってきて、自分を伸縮性のあるベルトで拘束し始めた。
拘束しながら、自分をベッドごとどこかへ移動させ始めた。
そして、そのうちの一台が筒についた管を鼻に差し込み始めた。
奥に挿入される前にガスが噴出し、それを吸った瞬間意識がもうろうとし始めた。
おそらく幻覚剤の一種だったのだろう。
普通ならこういったものでは意識を失わせるような処置をするはずだが、このガスはもうろうとするだけで、それだけだった。
顔さえ動かせなかったが、何かを削るような音がして、それが切断面の表面を削り取っているのだということは理解できた。
痛みはまったくなく、感覚も存在しない、自分がベッドに横たわっていることすら感じ取れない、宙に浮いたような感覚だった。
【なんだか、ハレル先輩と酒を飲んだときのふわふわが思い出された。】
誰かが肩を優しく抑えてくれている。

 

とても眠く、だるい気分が続き、書く気力を失ってそのまま眠ってしまった。
あの後は、鼻から管を抜かれて、意識は回復してきた。
義肢が装着されると、痛みはないが接合面が熱く感じた。
恐らく肩を抑えていたのは旧兵器だったのだろう、幻覚剤と書いたが、本当に幻覚を見たのかもしれない。
接合が終わると、血と肉片で汚れた体を別の部屋で洗われた。
ただし、濡らした布やサウナではない、何か粘つくものをかけられ、固まったら剥がされた。
本当に、先進遺物の技術は現代からかけ離れている。まったく原理も価値観もわからない。
そのあとは、おそらく元の部屋に戻されて、【粉末の入った水溶性包装を飲まされ】寝てしまった。
そして今日、起きて義肢の出来を見ると、見事に繋がっていた。
接合部は皮膚と癒着していた、少しだけ義肢を動かすと皮膚が機械の腕に引っ張られる感覚があった。
癒着している光景はとても不気味だ。筋肉組織や、骨まで癒着しているような気がする。
なぜなら、口内炎のような痛みが削り取っただろう部分から感じ取れるからだ。
この痛みは【恐らく飲まされた水溶性包装が痛み止めだったのだろう、】耐えられないほどではないが気になって今日は眠れそうにない。
説明ではすぐに義肢を使って活動できるようになるだろう。
明日には脱出経路を調べ始めることができると思うと、展望は明るい。
ところで、義肢は青白い色をしているのだが、見ると自分の腕のような気がした。
気のせいではなく、肌の色が青白かった義肢についていた。
すぐにその原因が判明した。左目の先進遺物が自分の記憶を読み取ったのだろうか、肌色を義肢に映し出していたようだ。
【左腕にあったはずの刺青を思い浮かべると、それは左腕に現れた。】
【つまり、これは記憶を覗くようなものであるらしいことが分かった。】
ただ、まがい物の腕が、自分の腕のように感じられた。これはとても自分を安心させた。
義肢の色は自分の腕や足の色を真似て左目が見せているようだった。
それまでは自分の心を安定させるために様々なことを試した。
その中で意義があったのは、自分の部屋の白い壁を自分の覚えているような、駐屯地の宿舎の木目にできたということだ。
さらに、壁に窓を作り、外の吹雪の風景を再現できた。
これまでは左目の中の時計だろう物が時刻を知らせてくれていたが、自分にとっては雪の色を見たほうが性に合っている。

 

痛みはだんだんと引いてきていて、ある程度無視ができるようになった。
起き抜けに「彼ら」は体調を聞いてきたので、良好だと答えておいた。
さらに、腕と足の具合を試すための部屋も獲得することができた。
長期間運動をしないと筋肉が衰えてしまうこともあり、脱出する前には体を鍛えておかなくてはならない。
感動だ、自分の足で地面に立つことができた。義足も足裏の感覚が分かる。
足裏で感じ取れるということが重要だ。義足を付けた人間は接合部で圧を感じるというが、これは足裏で直に感じることができる。
義手も同じように、左手で触っても感覚が分かる。さすがに産毛までは無かったが。
一歩踏み出すごとに、自分が歩いているという感覚を実感できる。
ただ、足は歩く程度の負荷でも、癒着しただろう接合部がきしんで痛むような感覚があった。
肉離れから回復している最中のような痛みだ、自覚はするがいくらでも無視できる。
義肢の重さは、反対の四肢と同じ重量にしているらしい、違和感は特に感じない。
しかし、左半身は生身なので、右の義肢と比べて筋肉が衰えている感覚があった。
一通り感覚を確認してから、内履きだろうか、を履いて旧兵器の先導で部屋に向かった。
その部屋まで来ると両開き扉を旧兵器が押して、開けた状態で待機していた。
中には様々な器具が設置されていて、どのように動かせばいいのかわからないものばかりだ。
てっきり、走り込みができる空間でも提供してくれるものだと思っていたのだが。
もちろん、走るための空間もあったが、それよりも分からない器具のほうがよく目立った。
しかし、この器具類は確実に人間用の物だろう、つまり、この施設は人間が使う施設だったことが推測できる。
≪≫
【ところで、左目が義肢に幻影を映し出したように、ここでも左目が幻影を映し出したようだ。】
【後ろを振り返ると「自分」が歩いてきた。】
【「自分」は自分に軽く挨拶をすると、さっさと器具のほうに歩いて行ってしまった。】
【たぶん「自分」がこの器具を動かすことで説明してくれるのだろう。】
自分は旧兵器に導かれて、ガラス張りの部屋へ向かった。
そこで、義肢にパッチをを張り付けられてしばらく待っている間、初めて食事を経験した。
そういえば、何も食べていないはずなのにどうやって必要な栄養を取っていたのだろうか。
小便は頻繁に出たが、大便は自分の意識のあるうちでしたことが無かった。
ともあれ、初めての食事だ、食べ方は左目が文字で教えてくれる。
何かの固形物がいくつかと、瓶に入った何かの飲み物だった。
飲み物はおそらく炭酸水だ、【久しぶりに飲んだ。】
現代技術ではありえないほど炭酸が封入されている、飲んだ端から酸性と分かる気体が食道を戻ってくる。
とても惜しいが、仕方なしに瓶を振って気を抜いてしまった。
これが普通の炭酸水なのだろうか、それともこれは医療用で消毒するために炭酸をできる限り封入しているのだろうか。
≪≫
固形物を食べると、何かの味がした。量は少ないが、食べてしまうと久しぶりの満腹感で気力が湧いてきた。
【そして、器具を使って運動している「自分」を見た。】
【「自分」にも旧兵器がついていて、それが「自分」を支援している光景だ、今の自分のように。】
【満腹感が過ぎたあたりで運動を開始する、「自分」が器具を使っているのを見て真似ようと思った。】
【しかし、器具の前に来ると、左目が器具について注釈を入れてくれるので、別段その必要はなかった。】
どこを鍛える器具で、どこをどう持って、どういう風に、どれくらい動かすと効率が良いのか、細かく注釈をつけてくれた。
効率なんて考えたこともなかった、たくさん鍛えればたくさん鍛えられるのではないのか。
体を鍛える効率なんて考えたこともなかった。
とにかく、今は効率とやらに従って筋肉をつけることにする。
分かった、この大量の器具は、効率とやらを最大限に生かすために作られたものなのだろう。
すぐに筋肉が心地よくきしんでいる、それは義肢も同じだ。
負荷に接合部が痛むが、それも心地よく、左目はむしろ義肢の負荷を推奨しているようだった。
走り込みを行う機械もあったが、やはり自分の足で本物の地面を蹴って進む方がいいに決まっている。
それだけは譲れなかった。

 

起きたが、義肢の調子は万全だ。
朝食も食べた、とても甘い焼き菓子だった。
変な器具で歯を磨くということもした。
ぬるい水で口をすすぐというのは、実は初めてだ。
とても熱いか、井戸から汲んだ氷水でしかやったことがなかった。
体温と同じくらいの水を口に入れるのは、行軍中の飲尿を思い出させる。
左目が違和感を訴え、権限内での自由行動が可能だと「彼ら」に言われた。
あとは、「管理者」とやらになってほしいとも言われた。
施設の責任者という意味だろうか、だが、これで何が起きるかわからない。
保留だ、「彼ら」もそれを了承してくれた。
自由行動ということは、施設を歩いて回れるし、それを知ってか知らずか「彼ら」は黙認しているということだ。
着替えをする。普段は薄い布一枚だが、これで生活できるのだからこの施設は温度管理をしているはずだ。
天井から風が吹いている、とても弱い風だ。
おそらくこれらが施設の温度管理をしているのだろう、未知の技術だ。
運動着に着替えた。昨日も運動する前に着替えたが、これはいいものだ。
伸縮するゴム状の上下で、下はふともも、上は肩を覆うくらい、首にもかかる。
発汗する部位を正確に抑え、それでいて動きを阻害するものではない。
保温効果があるのか、外側は冷たいにもかかわらず皮膚との接着面は暖かい。
もし、全身をこれで覆えたら脱出したときに生存性の向上に役立ちそうだ。
≪≫
没収されただろう装備も取り返さなければならない。
もしかしたら、この施設にゴミらしきものがひとつも転がっていないことから、旧兵器がすべて処分してしまったという可能性もあるが。
もしそうなら、屑籠を漁りに行くまでだ。
「彼ら」に聞いても、要領を得ない回答が返ってくるだけだった。
旧兵器は自分の後ろをついてくる。
昨日は運動室に連れて行くから先導していたのだろう。
今回は自由行動だから旧兵器の仕事は自分の監視と追尾だけなのだろうか。
扉は運動室の前後に動くものではなく、両横開きだ。
近づくと勝手に扉が動いて道を開けてくれる。
ドアボーイは失職だな、可哀想に。
≪≫
どこまで行っても明かりはついている、電灯のような熱い光ではない。
電灯がないところは暗いということはない、全体的に明るい。
いや違う、左目が暗い部分を明るく調整してくれているようだ。
右目は裸眼なのに、左目に騙されてしまうのは先進遺物が素晴らしい性能であるということを再確認させた。
光量の自動調節する機能は、雪上では暴走するかもしれない。
左目にこれを入れたまま脱出するのであれば、この先進遺物の機能を一層熟知しておかなければならない。
目玉さえ凍るような風雪の中で、これが機能してくれるかどうかわからないが。
少なくとも、扱い方を熟知しなければ無事に脱出した後も、味方との合流は不可能になるだろう。
≪≫
扉が開かない場所がある、おそらく自分の権限とやらでは侵入不可なのだろう。
施設内の地図を作ろうかと思ったが、自分の頭の中で覚えられる限りは描かないでおこう。
このささやかな抵抗が意味のあるものだと思いたいところだ。
【施設を探索していると、また「自分」と出会った。】
【自分がいたような部屋にいて、自分を追ってきているような旧兵器が隣にいた。】
【今度の「自分」は自分に何を見せてくれるのだろうか。】
【そう思ったが、「自分」は旧兵器と何か話してるばかりだ。】
【旧兵器と積極的に会話をしろということだろうか。】
【しかし、旧兵器はやはり発声機関を持っていないようだ。】
【実際に、「自分」が話している旧兵器は棒立ちのままだ。】
【だが、「自分」は楽しそうだ。】
【待て、待てまてまて。】
【嘘だ。嘘だ。】

 

【結論から言うと、「自分」は幻影ではなかった。】
【つまり、「自分」はエルカ・セルデだった。】
【何を言っているのかわからない。】
【何が起きているのかもわからない。】
【「自分」は自分と同じエルカ・セルデだった。】
【右目で見ても消えなかった。】
【右目で見ても左腕の入れ墨が消えなかった。】
【しかも、自分と違って義肢でもなかった。】
【じゃあ、自分は誰なのだろうか。】
【例えば、自分は、自分が、自分が、自分で、クソったれ。】

 

起きた。
【整理しよう。】
【まず、食事だ。】
【今日は焼いた魚の脂の匂いがする何かだ。】
【味は好みだ、自分は王国南東部の生まれなので、魚臭いのが好きなのだが。】
【そうだ、新鮮な魚臭い魚をシェフが調理してくれて、それを食べるのが好きだった。】
【潮の匂いが満ちるガルゼラルの港風が好きだった、今思えばあの生臭い臭いが大好きだった。】
【父と母と兄はそれぞれ料理に対するこだわりが違って、いつもシェフに細かい文句をつけていた。】
【父は酒と合う肉料理が好きで、いつもシェフたちに蔵から出した酒を飲ませては、これと合う料理を作れと言っていた。】
【母は食が細いのに濃い味の料理が好きで、酒臭い魚醤が大好きで、シェフたちに理想の魚醤とはこうあるべきと常々言っていた。】
【兄は食べられるものは何でも好きで、でも魚ばかり食べる生活は嫌で、新鮮な野菜をもっと多くしてくれと愚痴を言っていた。】
【覚えている、自分はガルゼラルを覚えている。】
≪≫
【自分がエルカに来て、そこで父上と母上と姉上は自分に厳しく接してくれた。】
【罰を求める自分に、罰を与えてくれた。】
【父上は銃をくれた、父上を守るための盾。】
【母上は弾をくれた、自分を守るための術。】
【姉上は刺青をくれた、悪意に立ち向かう覚悟。】
【覚えている、自分はエルカも覚えている。】
≪≫
【なら何を迷う必要がある。】
【自分は、エルカ・セルデだ。】
【よし、落ち着いた。】
【今度は取り乱さない。】
【極地探索ではよくあることだ、割り切れ。】
【「自分」がいるということは、少なくとも何か目的があるはずだ。】
【旧兵器か「彼ら」の思惑が。】
【それが読めないことは問題だが、まぁそれはいい。】
【もしかしたら、自分を二人に分裂させることで、もう一人から頭の中の情報を抜き取っているのかもしれないとだけは思っておこう。】
【右目で自分の左腕を見ると、やはり刺青はなかった。】
【これがどういうことか、薄々気がついてはいるが、今は考えない。】
さて、今日は探索を休んで「彼ら」にこの施設のことを聞いてみようか。
探索中も律儀に分からないところに注釈をつけてくれたから、権限の範囲内で答えてくれるだろう。
【もしかしたら自分と「自分」のことを知っているかもしれない。】
【分からなかった、自分のことは記号と数字でしか認識していないらしい。】
【俗称を設定できるらしいが、余計なお世話だ。】
【「自分」のことも聞いたが、その権限はないと帰ってきた。「管理者」になれば権限がもらえるのだろうか。】
この施設のことが分かった。
【「3号小型炉直結変電舎併設特化】医療設備【兼任32型159号機械警備連隊第3駐屯地併設特化医療設備」】である。
もしかしたらこの調子ならこの施設の見取り図をくれるかもしれないと思い、相談したがもらえなった。
自分が落ちてきた時の装備はどこかと聞いたが、無いと言われた。
 ここから出す気がないか、使えなくなって処分されてしまったと考えるのが妥当だろう。
【もしくは、「自分」の装備だから自分には返却できない、とか。】
他にも聞いたが、詳しいところはあまり要領を得ない。
権限がないの一点張りだ、やはり「管理者」になるしかないのだろうか。
次の探索で何も有効な策が見つからなかったら、他にどうしようもなくなってしまう。
【それに、「管理者」になれば自分たちの謎も分かるかもしれない。】
やるしかない。

 

体調は良好。
義肢も問題なし。
落ち着いている。
今日の朝食は何かの味だった、悪い気はしない。
しかし、毎日一食だと腹の調子が悪くなる。
「彼ら」に食事の無心をしてみたが、これ以上は摂ることができない旨の回答が返ってきた。
激しい運動をすれば別の食事を出してくれるらしいが、先日の運動で食事が追加されなかったということから察しが付く。
つまり、今食べているこの食料はとても栄養価が高いものなのだろう。
快適な環境下での人間一日分の栄養をこれで摂れるということは、極地探索に用いられた場合では。
この少しばかり大きい三乗体が二つ半か。
食料のためだけに大掛かりな設備を持ち込んでいるような状態が改善されるといいが。
唯一の問題は、この、明らかに常温もしくは冷温に適した食料を凍温下に出したら凍るだろうということだ。
持ち帰るものの一つはこれだな。
≪≫
今日、手掛かりを見つけることができなければ、「管理者」とやらになるしかないだろう。
何かに巻き込まれてしまう前に、脱出のための装備を集める、出口を見つける、食料も集める。
これが最優先事項だ。
脱出するにあたって、一日3個は必要だから、25個は持っていきたい。
酒も必要だ、この際燃料用アルコールでも構わない。
そういえば、自分の装備品にいい酒を入れてあったな、あれが戻ってくれば嬉しい。
固形燃料、信号銃、このゴムスーツ、防水毛皮、ブーツ、リュック、雪板、雪靴は材料があれば自作できる。
自分が捜索した限り、階段などは見つからなかった。
この施設は横に広い可能性がある。
横に広いということは、出口はこの階層にあるかもしれない。
自分は雪の中のクラックから滑落して運び込まれた。
ということは、出口が雪で埋まっているかもしれない。
「彼ら」に頼めば削岩機でも貸してくれはしないだろうか。
そんなことをしなくてもいいじゃないか。
「管理者」とやらになれば、「彼ら」に命令できるのではないか。
少なくとも、この閉塞感を打開するにはいい機会だ。
「管理者」という文字が正しければ、侵入できなかった部屋にも入ることができるだろう。
ところで、今「管理者」が不在ということは、それまで「管理人」がいたということの裏返しだ。
「彼ら」は「管理者」ではないのだから、人間が管理していたという仮説を立てることが可能だ。
それに、この設備が旧兵器のためだけにあるとは思えない。
修理設備ではなく医療設備と説明されたからには、人間が居住していたことは確かだ。
旧兵器を整備する人間が住んでいたのかもしれないし、全身義肢の、自分のような機械人間が住んでいたのかもしれない。
一つだけ確実なことは、食料が出るということであって、人類と同じように消化器官を持つものがいたということなのでは。
消化器官といえば、一日一食で済むからだろう、排便の機会が減っている。
とても不思議なことに、この食事には不要なものが少ないようで、排便というには、便ではない。
この施設の食料を食べてから常に観察していたが、毎回、大便としての傾向はあるものの、大便特有の悪臭には程遠く、量も少ない。
便器は水洗座式のそれだが、現代の技術よりも改善されている。
特に、少量の水で排水されるということと、電熱器が内蔵されているのか、便座が温かいということ。
あとは、温水で尻を洗浄してくれる、尻に付着した水を拭くために柔らかい紙を使用するということだろうか。
この紙は水と一緒に排出してもいいということが判明した。
尻を拭いた紙を捨てるために屑籠を捨てるというのは、この施設では常識ではなかったということだ。
それと、温水が尻にあたる羞恥心とくすぐったさに耐えるということがこの施設では常識だったのだろう。
≪≫
【勇気を出して、また「自分」の部屋へ行った。】
【「自分」は旧兵器と何か楽しいおしゃべりに興じているようだった。】
【自分に付いて来る旧兵器と同じなので、発声機関はないはずだが。】
【文字で返しているのかもしれないが、とても仲睦まじい雰囲気だ。】
【とはいっても、旧兵器は棒立ちで何の反応もしていない。】
【「自分」の左腕には刺青があった、右目でも確認した。】
【自分にはない、どういうことなのだろうか。】
【自分は別人であるとしても、なぜ自分は自分の記憶を持っているのだろうか。】
【例えば旧兵器に脳を切り取られて別人に移し替えられたのかもしれない。】
【それなら、この部屋の中でよりにもよって旧兵器と楽しく話をしている、異常な「自分」の説明も付く。】
【他にも、旧兵器に対しての敵意だけを取り除いて、脳を移し替えて機密を漏洩させるためにこうしているのかもしれない。】
【だが、「自分」が話している内容は、今頃はどんな花が咲くのかとか、どんな形かとか、機密でも何でもない、貴族のお嬢様が執事にでも聞くような内容だった。】
【別段、暗号で会話しているようには見えないし、そもそも旧兵器は発声機関がないので会話として成立していない。】
【機密の漏洩現場なのだとしても、自分に付いて来た旧兵器はただ後ろで見守っているだけだ。】
【どういう状況なのだ。】
【見せつけることで自分の気を動転させて、優位に立とうとでもいうのだろうか。】
【分からない、わからない。】
【「自分」と接触する勇気まではなかった、「自分」に何を言われるのか分からなく、それが怖い。】
【少なくとも、自分の姿を確認して、自分が誰であるかの確認をしなければ。】
【今、自分が自分である証拠は、青白い義肢しかない。】
≪≫
【まず、自分の部屋に戻ってきて鏡を要求した。】
【すると、旧兵器が自分に向き直り、直後に左目が違和感を感じた。】
【左目には自分の姿が映っていた、自分が動くと旧兵器は自分を追いかけ、左目は自分の姿を映し出す。】
【つまり、旧兵器の眼を左目が乗っ取っている状態状態であることが確認できた。】
【これを上手く使えば脱出まで優位に立ち回れるかもしれない。】
【鏡に映った自分は、自分だ、自分のよく知る身体と精神を持つエルカ・セルデだ。】
【右半身が青白い義肢で、左腕に刺青が無いだけの、自分だ。】
【では、あの「自分」は何だ。】
【自分が、自分の記憶を持った別人ではなかったことに安堵すると同時に、自分が誰であるかの確証は、さらに曖昧になってしまった。】
【未だ答えは見つからない。】

 

昨日も施設を探し回ったが、脱出する方法が見つからなかった。
部屋の裏に空調穴があるらしいが、人間が入れる隙間は無さそうだった。
だから、「管理者」になるしか脱出の手立ては無いと思える。
手詰まりだったので、「管理者」になることで事態が悪化するとは考え難い。
【一番の問題は、もし自分が旧兵器の先兵で、脱出後に国に対して危害を加えるということが考えられる。】
【だから、「管理者」になって、脱出が不可能になるということを心配する必要はない。】
【その時は、脱出不能になったと嘆くのではなく、脱出を拒んだと思うようにしよう。】
「彼ら」に「管理者」になると伝えた。
すぐに「仮管理者」なるものとして登録された。
左目に管理者の項目が追加されたが、そこに視線を合わせても反応はない。
先に「管理者」として正式に登録する必要があるらしく、「仮管理者」の権限で新しく扉がいくつか解放されていることが通知された。
行動範囲が広がったわけだが、これが良く行くか悪く行くか。
≪≫
管理室を発見したが、探索を続行。
だが、やはり空き部屋がほとんどを占めていて、有用なものは見つからなかった。
「管理者」権限が必要な部屋がほとんどだ。
管理室で「管理者」として正式登録すれば開くという旨の文字が左目に流れてくる。
どうしても管理室で事を終えないといけないらしい。
管理室は簡素な部屋だ、壁に近い部分に椅子といくつかの画面と文字の入力装置が設置されている。
椅子に座ると勝手に画面が動き出し、古代文字が表示され始めた。
いくつかの固有名詞らしき文字が分からないが、意味は伝わってくる。
つまり、管理者として登録することに同意するか、という長い文章だ。
秘匿義務や、管理者としての心得らしきものは出てくるが、どうやら「管理者」というのは、現代の意味と同じであるらしい。
入力装置を使おうとしたが、これも左目と同期しているらしく、使い慣れない装置を使わずとも承認されたようだ。
とはいっても、この左目も使い慣れない装置なのだが。
結局、この左目に入れられた装置は眼球と癒着してしまったようで、取り外すことはできなかった。
ただ、これといって不自由はせず、機能を停止することもできるので、便利ではある。
「管理者」権限の移譲が完了したようだ、左目の管理者の項目が使えるようになっている。
考察する。
「管理者」の権限があるならば、多少の無茶はできるのではないか。
少なくとも、情報を閲覧するだけで隣の旧兵器が攻撃してくるようなことはない、はずだ。
もし、そんなことが起きた時のために、扉の閉鎖をすべて解くのはやめておこう。
絶対に外に旧兵器を出すことだけは阻止せねば。
そんなことを考えている間に、眼球の形状から個人認証をしているようだ。
眼球にも指紋のように個人差があるのだろうか。
目の色くらいなら誰でもわかるが、それ以上は分からない。
素晴らしい技術だ、危険を冒して脱出する価値はあるといえる。
情報を閲覧する。
相変わらず固有名詞については分からないものだらけだ。
閲覧に留めているから致命的な失敗をしていないだけで、英雄気取りで弄ると旧兵器が飛び出してくる羽目になるだろう。
脱出して、戻ってくるのであれば、王宮に安置されている『偉大なる対訳辞書』を引きずり出す価値はある。
そもそも、生きている遺跡なんて一兵隊の手におえるようなものではない。
【いくつか、特にこの施設の情報について探りを入れていると、左目に違和感を感じた。】
【管理者の項目を選ぶと、文章が打ち込まれていった。】
【文章の差出人は前管理者からだった。】
【要約すると、お前が誰かは知りはしないが、この施設を正しく使ってくれということ、そのために管理者権限を譲渡する、というものだった】
【他には、やはり固有名詞が怪しいが、「計画」が未完了の場合は、再起動してほしいこと、人類の最後の希望かもしれないということが書かれていた。】
【「計画」について検索したが、どうやら完了していたようだ。】
【それにしても、文章だけだが前管理者なる、人の痕跡に出会えたことはとても嬉しい。】
【前管理者のつけた記録をさかのぼると、「計画」についての記述が出現した。】
【旧人類の複製だろうか、を定期的に放出して地上を再生させる計画だったらしい。】
【履歴を見つけた、複製は不良品だろうか、を除いて全て放出済み、不良品は破棄されていた。】
【複製というのは、人間のような旧兵器を放出したのだろうか。】
【『王国戦争史』には、人型の旧兵器との戦闘も稀に発生していることが記載されている。】
【もしかしたら、それだろうか。】
≪≫
【帰還した複製個体がいたようだ、つい最近の履歴として記録されている。】
【この施設の「計画」が稼働し始めたのはずっと前であるはずなのに、なぜ最近に帰還個体がいるのか。】
【それは遺伝符丁なる技術で、複製個体の末裔でも識別が可能であるらしい。】
【しかし、生殖能力を持つ旧兵器というのは、王国の長い歴史の中でも見当たらない。】
【帰還した個体は調整室にて調整中であるらしい。】
【重大なことが判明した。】
【施設の見取り図を取り寄せたところ、この帰還個体は「自分」に当たらるらしい。】
【つまり、「自分」は複製個体の末裔であるということだろうか。】
【履歴の解読をしたが、少なくとも「自分」の祖先である第一世代個体は王国史以前の、神話の時代に及ぶだろうということは誰が見ても明らかだ。】
【そして、「自分」の調整、復元できない身体部品を複製から切り出したとある。】
【つまり、どういうことかというと、整理をすると。】
【この施設が「計画」を稼働させ、複製個体なる旧兵器、ではない、本当の「複製人間」を放出したと考えるのが妥当だろう。】
【そして今、「自分」が偶然滑落した場所が、偶然その施設で、収容されて。】
【「自分」の欠損した右腕と右足を復元するために、「自分」から自分を複製した。】
【ということなのだろうか。】
【どこから話していいのかが分からない、あまりにも突飛で規模が大きい話だからだ。】
【少なくとも、旧人類の医療技術が突出しているということは確実であり。】
【旧人類の倫理観の底が知れない、恐ろしい、人間をもう一人、思考すら、生殖能力すら複製できるということだからだ。】
【そして、「複製人間」の複製として自分が製造されたのであれば、複製の制限はないと考えていいのだろうか。】
【それとも、「複製人間」とはいえ、世代交代をするとまた複製できるようになるのだろうか。】
【どちらにしても、恐ろしいことだ。】
【「複製人間」である自分と、「複製人間の末裔」である「自分」を比較して考察しよう。】
【肉体的特徴はすべて複製されている、足の青筋と特徴的なふくらみも再現されている。】
【人為的な特徴は複製されていない、左腕の刺青が存在しないからだ。】
【自分から切り出された身体部品の補填に使われたのは、精巧に製造されてるとはいえ、義肢だった。】
【つまり、複製には技術的あるいは倫理的な制限があるはずだ。】
【問題はこれだ、記憶も複製されている、あるいは、覚えていると勘違いさせられている。】
【左目よりも問題だ、自分が「覚えている」と刷り込まれているのかもしれない。】
【夢魔召喚論争だ、証拠が出せない。】
【自分はどうすればいいのだ。】
【脱出しなければ。】
【脱出してはいけない。】
【「自分」は不発弾だ。】
【自分は雷管の叩かれた大型銃弾だ。】
【もし、「複製人間」が一人でも王宮に存在したということになれば、王国史が砕け散る。】
【もし、「複製人間」の技術が流出すれば、王国の倫理観が崩壊する。】
【よりにもよって、あの忌まわしい帝国の倫理観をここで掘り返してしまった。】
【エルカ家がこんな北の僻地にありながら協力派に属している理由が分かった気がする。】
【「ありふれた悲劇」のような、悲惨な事件を掘り返すことが怖かったんだ。】
【もう、自分が人間でないということがどうでもよくなってしまった。】
【王国が滅びるか、生き残るかの判断が、自分にかかっているという大事なんだ。】
【考えすぎだろうか、しかし、生きている遺跡、先進的な技術、帝国の技術、複製人間。】
≪≫
今日やったことは、扉をいくつか解除しただけに終わった。
考えることが増えたからだろうか、吐き気がしてくる。
今日出された食料は、魚の味がしたが、いくらか残してしまった。
炭酸水は吐き戻してしまった、仕方なく、炭酸をすべて抜いて飲んだ。
無理をしてでも飲もうと思ったが、胃が受け付けない。
床に吐いた物は、旧兵器が粉を振りかけて、固形物にして片付けていった。

 

起きた、血を出した。
生理不順だ、吐き気や食欲不振はそれに伴うものだったのだろう。
【恐るべきことに生理が来てしまった、つまり「複製人間」であっても生殖能力が存在するということである。】
【これで、「自分」が「複製人間の末裔」であるという可能性が高くなってきた。】
【どうやって脱出するかを考えるよりも、脱出していいのだろうかと考えてしまう。】
【自分ではなく、「自分」を脱出させれば、少なくとも倫理観の崩壊は免れるのではないか。】
【自分は偽物のエルカ・セルデであるのだから、本物の「自分」が脱出すれば、少なくとも事態は悪化しないのではないか。】
【少なくとも、この施設の医療技術を応用できれば、衛生面の進歩が望めるのではないか。】
【身体を洗浄するゲルのようなもの、あれが入手できるなら、王国軍の活動範囲が南に広がるだろう。】
【脱出しないという考えは無いように思える。】
気分は晴れないが、そう思うと少し楽になった。
血で汚れてしまった、義肢を接合した時のように、またあのゲルで身体を洗浄してもらおう。
今日の食料はよくわからない味だった、不味くはないが。
≪≫
管理室でいくつかの扉を解除した、相変わらず旧兵器が襲ってくるようなことはない。
左目で施設の見取り図を見ながら探索を続ける、地図を持つようなことがないので、作業をするときは重宝する。
上階と下階への階段と昇降機を見つけた。
昇降機は老朽化を考えて使用しなかったが、原理は浮遊機関を使用しているらしい。
上手くいけば、この昇降機から浮遊機関の原理を解明できるかもしれない。
王国にとっては、是非とも欲しい技術だ。
地下で作業用重量機械を発見した、これは内燃機関を使ったものだろうか。
とても進化しているとはいえ、現代の技術がいくつか使われている物を見ると心が安らぐ。
この重機を搬入する搬入路があるはずだ、それを探さなければ。
搬入路を見つけたが、雪が折り重なってできた氷に塞がれている。
重機を使えば穴をあけられるだろうか。
「彼ら」に相談すると、重機の使用方法の情報が送られてきた。
何のことはない、左目で工程を設計して操作できるという。
手を使って、内燃機関の調子を確かめながら操作するということもないのか。
≪≫
工程を設定し、起動したが、重機の起動に失敗した。
延々と使われていない重機だ、さすがに無理があった。
しかし、自己診断とやらで修理が必要な個所が判明した。
内燃機関と油圧系の修理が必要のようだ。
また「彼ら」に相談したが、修理も機械任せでやってもらえるらしい。
修理を要請すると、浮遊機関で造られた台車(浮いているので車ではないが)がやってきて、重機をどこかへ持って行ってしまった。
重機の分析に時間がかかるらしく、左目に新たに表示された修理完了までの予定は未定と出ている。
【その間に装備を探そう、「自分」のための装備だが。】
【問題は、「自分」があそこまで旧兵器に親しく話している理由を解明しなければ。】
【もしかしたら、本当に洗脳されてしまっているのかもしれない】
【もしそうであった場合、自分はどうすればいいのだろうか。】
【とにかく、説得を試みなければならない。】
管理室に戻って、扉の解除を広げる。
旧兵器は敵対しないと考えて良いだろう。
脱出経路を整えた瞬間に襲ってくるということも考えられるが、それをするくらいなら「自分」が滑落してきた穴から這い上がったほうが簡単だろう。
回収された「自分」の履歴を調べたところ、滑落地点は発見できた。
斜めに切り立った形状から、本来は旧兵器や大型機械の搬入口であったらしい。
そこから脱出できないかと向かってみたが、昇降機は完全に壊れているうえに、瘴気が滞留していて、脱出は不可能と判断した。
【「自分」が滑落してきた映像が管理室で確認できた。】
【現代技術からは考えられない詳細な映像に映った「自分」の負傷を見て気分が悪くなる。】
【右腕と右足が完全に擦り切れていた、腰骨ごと砕けたのか、左足は大腿骨の根元から違う方向を向いていた。】
【左腕は骨が皮膚から突き出し、左肩が脱臼、右耳は擦り切れ、頬骨が露出、顎骨が左方へ脱臼。】
【臀部が全体的に脂肪部位まで露出、肩甲骨が一部露出、胴体は血まみれでよく分からなかった。】
【致死的な重傷を受けていながら、それを完全に回復させる医療技術があることは明白である。】
【しかし、あの旧兵器への敵意のなさは異常だ、痛みで気がおかしくなってしまったのではないか。】
【もしくは、洗脳されてしまったかだが。】

 

起きた。
今日の食料は肉の味だ、舌の上で溶ける脂が美味い。
ただ、乾物が無いので顎の力が落ちてきたような気がする。
酒を一滴も飲まなかった日がこんなに続くと、それだけで体調が悪くなっている気がしてくる。
体調が悪いのは生理のせいでもある、またベッドが血まみれになってしまった。
また身体を洗浄することになった。
旧兵器が汚れたベッドを片付けて、新しいものに替えてくれるとはいえ、やはり生理用品が欲しいところではある。
仕方ないので便所に設置されていた紙を丸めて生理用品の代わりにした。
義肢は今日もよく動いてくれる。
【左腕の刺青は無い。】
【今日は、「自分」を説得、いや、まず「自分」に面と向かって話し合おう。】
管理室へ行って、また扉を解放した。
相変わらず旧兵器が襲ってくることはない、戦闘用旧兵器はいないのかもしれない。
ただ、執事のように自分を追ってくる旧兵器が豹変するということも視野に入れなければ。
どうするか。
扉をすべて解放した。
これでまた脱出に一歩近づいたわけだが、危険度も増すだろう。
今は「管理者」という肩書に甘えさせてもらおう。
扉はすべて開放したはずだが、一部の区画で開放されていないようだ。
そこに向かってみたが、「ありふれた悲劇」事件で報告された状況が再現されていた。
ここには近づかないでおこう、管理者権限をもってしても扉の開放も出来ていないということは、つまりそういうことなのだろう。
≪≫
【「自分」の部屋に来た。】
【「自分」はいなかった、自分の知っている自分の行動として考えられることは。】
【することがなくなった時、自分は足腰を鍛えに行くことが多い。】
【ということは、あの大きな部屋で走り込みをしているのだろうか。】
【部屋にはいくつかの棚が新しく設置されていた。】
【棚にはスキットルが置いてあった、中身は酒だ、「自分」が持ってきたものだ。】
【探しに行こうと部屋を出ると「自分」と鉢合わせした。】
【「自分」は、「自分」の装備品を装備していた。】
【「自分」の装備すべてだ。】
【自分の知る限り、「自分」は装備品を重りとして負荷をかけて足腰を鍛えていたのだろう。】
【それにしても、防寒着は滑落したときに一緒に千切れていたはずだが、直したのだろうか、つぎはぎだらけになっていた。】
【そうか、自分が「彼ら」に装備品のことを聞いた時に無いと言われたのは、「自分」の装備だったからなのだろう。】
【「自分」に挨拶された、これで二回目だ。】
【「自分」は、自分と対面しても驚かないどころか、友人に挨拶するように自然なものだった。】
【「自分」は自分のことを旧兵器に知らされているのだろうか、それとも自分を正確に認識できていないだけなのだろうか。】
【ただ、それを除けば「自分」は自分の知っている普段通りに見える。】
【「自分」付きの旧兵器が後を追って部屋に入ってきたが、「自分」は関心を持たないようにしているようだ。】
【以前見た、旧兵器と楽しそうにおしゃべりをしているお嬢様とは全く違う様相だ。】
【どうしてここまで違っているのだろうか。】
【「自分」は装備品を脱いで棚に掛け始めた、心なしか自分より足が太いように感じる。】
【身体が暑いのだろう、裸になりベッドの脇の机に置いてあった瓶から炭酸水をグラスに入れて飲み始めた。】
【恐らく、自分と同じように出かける前に瓶の蓋を開けておいて、炭酸を抜いておいたのだろう。】
【すべて飲み終わると旧兵器が瓶とグラスを下げていった。】
【自分より旧兵器を使いこなしているといってもいいのだろうか。】
【いや、むしろ、この感覚は、隊長が傍若無人に振る舞うそれと似ている。】
【ああ、そういえば、「自分」はやっと隊長になったのだ。】
【もしかすると、「自分」は自分を部下の一人だと思っているのだろうか、自分をいないものとして扱っていても、その振る舞いでも違和感はないか。】
【いや、自分を信用していないのかもしれない、だから挨拶だけで、旧兵器と同じように関心を持たないようにしているのだろうか。】
【今度は背負子の中から日記を出して、日記をつけ始めた。】
【あれは、自分が中隊の45代隊長になったお祝いにもらった日記帳だ。】
【表紙裏に雪の結晶の付いた、特別製だ。】
【使おうと思って、結局使わずに抱えていたが、「自分」は今使っている。】
【旧兵器に読まれているかもしれない左目に書いている自分よりも、明らかに機密保持の面では優れていた。】
【やはり、「自分」は「自分」だった。】
【自分が見たときに旧兵器と楽しそうに話していたのは、何か、自分では考え付かない戦術的な面があったのだろう。】
【装備品もあり、脱出路の確保も進んでいる、「自分」と話をして、「自分」に脱出してもらおう。】
【「自分」は日記を書き終えたのだろう、旧兵器が持ってきた炭酸水入りの瓶の蓋を開けてからベッドに横になった。】
【仮眠だろうか、少なくとも自分の経験則では仮眠をとるだろう。】
【三時間から四時間ほどの仮眠だろう。】
【これ以上観察しても得るものは無いように思える。】
【「自分」が起きる頃にまた来よう。】
≪≫
気が付くと、重機の修理までにかかる予定時間が表示されていた。
しかし、自分は掘削重機の修理を依頼したはずだが、依頼はすべての重機の修理となっていた。
おかしいと気付いた、すべての重機の修理が同時に行われていたからだ。
おそらく、依頼の仕方が悪かったのだろう、これを直してくれないかと「彼ら」に頼んだからだ。
ただ、あの駐機場には大小合わせて十機は重機があったはずだ。
それをすべて同時進行で修理をしているとすれば、ここはとても大きな工業施設が隣接しているのではないかと考えた。
自分の管理者権限では修理区画には入れなかったので、想像するしかない。
このままでは脱出に使う時間が増えてしまう、掘削重機を優先的に修理するように設定した。
あとは、掘削重機の補助重機と思われるものに順次優先度を設定した。
【設定に手間取ってしまった、もう3時間だ。】
【「自分」の部屋へ戻ると、「自分」はまだ寝ていた。】
【「自分」はいつもこんな寝顔をしていたのかと、貴重な経験をしている。】
【左腕を右手で庇って寝ている、刺青を入れた頃の癖が抜けていないのだろう。】
≪≫
【「自分」が起きた。】
【精神的に不安定なのだろうか、しきりに周りを見ている。】
【自分のことは、まるで見えていないかのようだ。】
【「自分」付きの旧兵器が炭酸水を伴ってやってきた。】
【すると「自分」は安心したような表情になり、ベッドから立ち上がって旧兵器に向かって行った。】
【そして、旧兵器の目の前でにっこりと笑い、朝の挨拶をして、旧兵器と何かを話し始めた。】
【これだ、自分が以前に見た「自分」はこれだ。】
【親しげに話している姿は、さながら家族のように見える。】
【まさか、旧兵器に色仕掛けを仕掛けて機密情報を取り出そうという魂胆があるわけでもないだろうに。】
【分からなくなってきた。】
【会話の内容で、この「自分」が何者かが判明してきた。】
【これは幼少期の「自分」だ。】
【ガルゼラル家にいた頃の、幼いセルデだ。】
【どうして「自分」は急にガルゼラル家のセルデになってしまったのだろうか。】
【自分もガルゼラルを覚えているから、幼少期の「自分」の真似はできるが、これはどう見ても真似で済むことではない。】
【完全に、「自分」は幼少期の思考をしている。】
【話し方も内容も、知性とは無縁の、たわいもない口調で会話している。】
【いくつか分かったことがある。】
【「自分」付きの旧兵器は、「自分」に言わせれば、とおさまであるらしい。】
【そして、自分に急に気が付いたと思ったら、自分はにいさまであるということになったようだ。】
【にいさまとして話しかけられたが、はぐらかした。】
【そうすると、「自分」はすぐにとおさまに向き直って、また何かを話し始めた。】
【ガルゼラルの頃の「自分」は、確かに父とよく話していたし、兄は忙しそうにしていたからあまり話しかけなかった。】
【だから、ずっと父親っ子だった記憶はある。】
【結論として、「自分」は人格が分裂している。】
【いつそうなったのかは分からないが、おそらく滑落したときに頭をひどく強打したからではないかと推測する。】
【大抵、こういう不具合は一時的なものだ。】
【そうであってほしい。】
【この施設の医療技術では脳機能を回復させることはできないかと「彼ら」に聞いたが、それはできないらしい。】
【ぼろきれのような「自分」を回復させることはできるのに、肝心な所で使えない技術だ。】
【これでは、このように不安定な「自分」を脱出させたところで、部隊と合流できるまでの生存性は皆無となってしまう。】
【よく考えれば。】
【自分の脳を「自分」に移植してしまえば。】
【いや、そんなことをしてしまえば、あの帝国と同じではないか。】
【それに、自分は、本物の、エルカ・セルデでは、ないのだ。】
【本物の「自分」が、脱出しないと、意味がないのだ。】
【だから、どうしても「自分」に脱出してほしい。】
【どうすればいいだろうか、「彼ら」に聞いたが、あまり良い回答は得られなかった。】
【「自分」が、「自分」であるうちに説得すれば言うことを聞いてくれないだろうか。】
【精神病患者特有の、見たくないものは見えないようにしているようにも思える。】
【ガルゼラル・セルデの時は、特にその傾向が強い。】
【幼児退行もそうであるが、その「自分」の左腕の刺青をまったく忘れているようだ。】
【刺青に関心がない「自分」は、自分より「自分」では無いように思える。】
【自分は、その刺青があって初めて自分なのだ。】
【幼児退行してしまった「自分」には難しいことなのかもしれないが。】

 


起きた。
生理不順はだいぶ収まってきた。
今日の食料は恐らく肉だった。
「彼ら」に食料のと固形燃料、アルコールの手配を依頼した、もう一度依頼すれば旧兵器が持ってきてくれるだろう。
掘削重機の修理が終わったようだ、これですぐに掘削に着手できるだろう。
先行して掘削重機に命令を出す。
この掘削重機が氷に対応していればいいのだが。
だが、搬入路には排水溝があったので、水を流しながら氷を排出し続ければ効率的に掘削できるだろう。
【水は炭酸水しかないらしいが。】
【もしかすると、この施設が解放されれば、王国の炭酸水産業がここから発展するのではないだろうか。】
【ところで、この炭酸水が入っていた瓶とグラスだが、ガラス製品ではないことが判明した。】
【硬質で、ガラスそっくりな物質ではあるが、剛性と弾性が高く、わずかながら重いはずだ。】
【なぜ剛性と弾性が高いと判明したかというと、実際に瓶とグラスを床に落として割れなかったからだ。】
【瓶はまだ耐えるかもしれないが、硬質な床にグラスを落として割れなかったということに驚愕した。】
【偶然かと思い、何回も机から落としてみたが、割れるどころか、縁が欠けることすらなかった。】
【これも未知の技術による先進遺物なのだろう。】
≪≫
【「自分」の説得はどのようにすればいいだろうか。】
【まず、「自分」は精神病を患っており、人格が分裂していると分析できる。】
【であれば、人格がより「自分」に近い時に話しかけるのがいいだろう。】
【「自分」は中隊長であるから、自分は下の立場で話しかけるのがいいだろう。】
【自分を「自分」だと認識しているそぶりを見せるようであったら、対等に話そう。】
【本当に、「自分」が自分のことを旧兵器が仕掛けた罠だと思っているという可能性は考えておかなければ。】
【説得に失敗した。】
【彼女は本当に自分を認識できていないようだった。】
【兵士として話しかけるときちんと受け答えをしてくれるが、彼女はここが駐屯地の兵舎であるという認識をしていた。】
【自分が、この施設の設備は駐屯地とは違うと言うと、彼女は。】
【彼女は空間を指さして、ここにこれがあるとか、ベッドを指さして、これは隊長室に据え付けてあるものだから特別だとか。】
【最終的に、棚に置いてある彼女の装備品を指さして、これがあるからここは駐屯地だと言っていた。】
【床や壁の違いを指摘しても、彼女には、兵舎の木目と、吹雪のちらつく窓が見えるらしい。】
【そして、お前は新米だから疲れて変なことを口走っているんだろう、と言われて、追い出されてしまった。】
【もしかしたら、自分の左目のように幻影が映し出されて、それで彼女が勘違いしているのかと思ったが。】
【その可能性はすぐに消えてしまった、「管理者」として「彼ら」に問いただしても、答えは治癒以外のことをしていないというものだったからだ。】
【では、なぜ自分に左目を植え付け、人間に近い彼女を飛ばして「管理者」にさせようと画策したのかと聞いた。】
【いかにも合理的な答えが返ってきた、人間であるかないかは関係なく、より意思がある方を「管理者」として選定したのだという。】
【彼女には意思がないのか、そうか。】
【だったら、なぜ彼女から生み出された自分は、「自分」から生み出された自分は、「自分」よりも自分なのだろうか。】
【なぜなんだ。】
【掘削重機の様子を見に行こう、落ち着こう。】
掘削重機は順調に氷の壁を掘り進んでいるようだ。
排水溝から水に浮かんだ氷が流れていく、この調子であれば搬入路が氷で埋まるということはないだろう。
明日には補助重機の修理が完了し、効率が上がるだろう。
≪≫
掘削重機が稼働を停止した、何か不具合があったのだろうか。
不具合ではなかった、氷を削岩する刃で何か別のものを削ったために起きた、破損事故だ。
搬入路の隔壁が実は開いておらず、それに当たったのではないか。
予想に反して、何か別のものとは、隔壁ではなく、旧兵器だった。
我々がよくこの地帯で見る攻撃型旧兵器だった。
それが隔壁のあった場所の手前で氷漬けになっていた。
自分が解放した扉には、この隔壁も含まれていた。
氷漬けの隔壁が開いていたということにも驚くが、問題はそこではない。
命令系統を失い、この施設にに侵入、または帰還したであろう旧兵器が、隔壁を突破できずに待機するうちに雪に覆われて凍ってしまったのだろう。
見取り図から確認すると、搬入路はまだ少ししか掘削できていないのに鉱脈のように旧兵器が折り重なっている。
さいわいにも、旧兵器はまったく稼働する兆候を見せていないが、地上でいまだに稼働している旧兵器は何百年活動しているのか、想像もつかない。
この旧兵器はどうするべきか、うまく解体できれば研究もできるが、そこまで悠長にしていては脱出が遅れてしまう。
「彼ら」に、掘削重機による掘削は耐えられるかと聞くと、刃を差し替えればできるという回答が返ってきた。
では、すべてバラバラにしてしまおう、旧兵器が蘇って危害を加えてくるという心配もない。
ただし、旧兵器の残存武装の暴発や、感電があるかもしれないので、当分は機械任せになるだろう。
こういう時に、機械がすべて自動で行ってくれるということが利点なのだろう。
≪≫
【再び自分の様子を見に行く。】
【案の定、彼女はガルゼラル・セルデになっていた。】
【そして、一度は無視したかと思えば、また自分をにいさまと呼んで慕っている。】
【多少の話をした。】
【やはり、ガルゼラル・セルデは「自分」だという自覚がないようだ。】
【完全な幼児退行といってもいい。】
【ガルゼラル・セルデのときに説得するのは危ないと判断し、負担にならない程度の話に留めた。】
【彼女が書いたであろう、日記が机に置いてあったが、それをガルゼラル・セルデに見せ、覚えはないかと追及した。】
【知らないと答えた、中身を見てせても、自分の字ではない、難しい字は知らないという答えが返ってきた。】
【ガルゼラル・セルデを説得するのは諦めよう。】
【「自分」である時に、左腕の刺青を追及して、思い出させよう。】
【刺青なくして、「自分」ではないのだ、少なくとも、それを思い出してもらいたい。】
【自分もだいぶ参ってきているようだ、焦っている、脱出できると思えばなおさら。】

 


【説得に失敗した。】
【それどころか、致命的な破局を迎えてしまった。】
【自分が説得したのが悪かったのだろうか。】
【自分のわがままだったのだろうか。】

 

起きた。
食料は魚らしき味だ。
生理不順はもう収まった。
掘削重機は旧兵器の層を掘りぬいて、再び氷の壁を削り始めている。
「彼ら」にこの施設の居住区画を聞いて、そこから使えそうなものを拝借した。
このゴム製の衣類と併せて使えば、効果はあるだろう。
古典的な信号銃も見つけた、中の火薬が湿気っていなけrばいいが。
≪≫
【自分の中でも整理がついてきた。】
【記録を残さなければ、それだけが自分に残された道だ。】
【彼女が「自分」である内に説得する予定だった。】
【しかし、やはり彼女の説得には失敗した。】
【そこで、自分はついに彼女の左腕のことを打ち明けた。】
【彼女は刺青なんてどこにもないじゃないかと言っていた。】
【根強く説得したが、やはり気付いてもらえなかった。】
【だから、左腕の刺青がある皮膚をつまんだ。】
【そうすれば、自分は寝ていても、刺青を入れた時の、痛みを思い出して飛び起きるからだ。】
【彼女が寝ているときに左腕を抑えていたのは、左腕に不意の衝撃が加わることを避けるためにしていたのだろう。】
【だから、無意識では刺青のことを知っているのだと確信していた。】
【予測の通り、彼女は自分がするような左腕を刺されたような感覚を感じて悶絶したはずだった。】
【だが、それがいけなかったのか。】
【彼女は、左腕を見て、刺青を認識してしまったのだろう。】
【その意味も。】
【さらに、自分が彼女に、その刺青の意味をはっきりと告げてしまった。】
【彼女は、それを聞いて、とおさまと、にいさまはそこにいるじゃないかと、否定をし始めた。】
【自分は、最初は人格が分裂して、幼児退行を起こしているだけだと判断していた。】
【だが、本当は、彼女は人格が分裂してしまったのではなかったのだろう。】
【おそらく、彼女は。】
【彼女は、幸せなガルゼラル・セルデのまま、育ったもう一人の自分だったのだ。】
【自分の、しあわせを夢に願った、自分の残骸だったのかもしれない。】
【だから、家族は生きていて、彼女は幸せに暮らし、ガルゼラル・セルデのまま、大人になった自分だったのだろう。】
【だから、刺青を入れる必要はなく、ゆえに、認識することもなかったのではないか。】
【今となってはすべてが遅い。】
【刺青を自覚してしまった彼女は、エルカ・セルデを否定した。】
【自分は、彼女にエルカ・セルデを肯定させようとした。】
【ガルゼラルが滅んだことを、とおさまと、にいさまと、かあさまも、みんな死んでしまったことを。】
【一人だけ生き残った罪科から逃れるために、そして復讐のために、自分に掟を刻んだことを。】
【エルカ・セルデとして生きることを、彼女に、自分に強いてしまった。】
【自分は、彼女を、エルカ・セルデとして縛って。】
【それは、刺青を持たない、偽物の自分が、「自分」に向けた嫉妬だったのかもしれない。】
【その左腕に刻まれた刺青によって、エルカ・セルデとしての義務を背負わせた。】
【だから、彼女は、しあわせな彼女は。】
【壊れてしまった。】
【自覚はあったのだろう、無意識にそれを感じないようにしていただけで。】
【彼女は、自分に、とおさまと、にいさまを否定されると、とおさまとにいさまを探し始めた。】
【怖い夢でうなされているように、辺りを見回し、探し始めた。】
【自分は、そんな彼女に刺青を見せて、お前の家族は、みなここにいると、言ってしまった。】
【墓の紋章、家族を弔えなかった者の最後の抵抗。】
【それを彼女に認識させてしまった。】
【家族はもうどこにもいないと、彼女は直面して。】
【奇声を上げて、自分を押しのけて、逃げ出そうとした。】
【自分が押さえようとすると、彼女は、自分を振り払って逃げ出した。】
【装備品の置いてあった棚に頭を打ち付けて、脳震盪を起こしているうちに、彼女は部屋から飛び出した。】
【部屋を出てどちらに行ったのか、検討すらつかなかった。】
【闇雲に辺りを探して、やっと自分は間違いに気が付いた。】
【探し方が悪かった、彼女にも旧兵器が付いていることに気が付いた。】
【だから、「彼ら」に彼女付きの旧兵器の居場所を聞けばよかった。】
【彼女を見つけたが、彼女は、血にまみれていた。】
【大量の出血をしていたことは衝撃だったが、その原因は、もっと衝撃だった。】
【彼女の傷は自傷だったのだ。】
【エルカ・セルデを、いや、家族の死を否定するために。】
【彼女は、自分の歯で、左腕に噛み付いて。】
【自分の歯が折れることも厭わずに、左腕の皮膚を噛み千切っていた。】
【決して狭いとは言えない刺青をすべて噛み千切って、噛み千切れないものは引き千切って。】
【血で服を汚しながら、旧兵器に抱き着いて。】
【とおさま、痛いよ、怪我しちゃった、と泣いていた。】
【彼女が落ち着いたことを確認したのだろう旧兵器は、彼女を電撃で眠らせてから、飛んできた浮遊機関製の担架に乗せられて医務室に運ばれた。】
【自分は、貴重な、先進遺物による治療の風景を、見る勇気はなかった。】
【彼女を見たくなかっただけなのかもしれない。】
【「彼ら」に聞くと、あの程度の傷ならば、二日もあれば完治するだろうと言っていた。】
【命に別状がないことは良かったが。】
【彼女の、心の傷が癒えるかどうかは。】

 


起きた。
食料は、味なんてわからない。
掘削重機は順調に掘り進んでいる。
あとは、氷層から雪の層に切り替わったところで爆破すれば、上の雪は雪崩れてくれるだろう。
「彼ら」に依頼した装備品も揃えてもらった。
≪≫
【彼女の様子を見に行った。】
【もし、まだチャンスがあれば、と思ったからだ。】
【だが、それは無意味だった。】
【彼女は、幼いガルゼラル・セルデとして、そこに鎮座していた。】
【自分を見ると、顔を恐怖に歪めて、とおさまを呼んだ。】
【とおさまである旧兵器がそこにいることに気が付くと、彼女は、とおさまで自分を遮るように、とおさまの後ろに回った。】
【明らかに、まるで野生の動物のように自分を警戒しているようだった、】
【これを見て、自分はこれ以上の説得を諦めた。】
【もしかしたら、幼児退行から戻っている時間帯があるのではないかと思い、管理室でずっと彼女を見ていた。】
【しかし、それも徒労に終わった。】
【自分が見ていた彼女であれば、装備品を持って、足腰を鍛えに出かけるはずだからだ。】
【しかし、まったくそのそぶりを見せず、とおさまと会話をして、うとうととして、眠ってしまった。】
【日記もまったくつけている様子がない、装備品も目には映っていないようだ。】
【彼女の左腕には、傷が最初から無いようにに思える。】
【それは、この先進遺物のおかげではあるが、同時に、刺青も消えてしまっていた。】
【刺青の部分だけ噛み千切って、刺青をなかったことにしたのだろう。】
【これで、彼女は、永遠にしあわせな、少女ガルゼラル・セルデとなってしまった。】
【どう説得したところで、左腕の確かな証拠がなくなってしまったことには、彼女に自覚させるすべは無い。】
【自分に刻んだ、覚悟と痛みを、それを超える覚悟と痛みで、塗り潰してしまった。】
【どうすればいいのだろうか。】
【この世に、エルカ・セルデは、いなくなってしまった。】
【エルカ・セルデは死んでしまった。】
【自分が、殺してしまった。】
【どうすればいいのだろうか。】
【自分が、彼女の代わりに、脱出すればいいのだろうか。】
【この先進異物を報告するには、それしかないように思える。】
【だが、自分は王国の火種だ。】
【そうだ、報告した後、人知れず自殺してしまえばいい。】
【そうすれば、倫理観は闇の中だ、それがいい。】
【だが。】
【エルカ・セルデではない自分は、彼女のように、しあわせな道を選びたかったのではないだろうか。】
【できれば、自分は。】
【エルカ・セルデの偽物だと思った自分は、誰でもない、新しい誰かになりたかったのかもしれない。】
【自分は「自分」ではない、だが、「自分」への義務感を持っていたのは、本当は自分だったのだ。】
【自分を、否定したくはなかった。】
【自分は、「自分」であり、自分でありたかった。】
【だが、「自分」は、もういない。】
≪≫
【彼女が寝ている間に、彼女の部屋から装備品を持ち去った。】
【せめて、この事実を報告するまでは、エルカ・セルデでいさせてほしい。】
【彼女の付けていた日記を見た。】
【内容は、彼女が中隊長になってから起きた出来事を記載したものだった。】
【彼女は、日記を付けるという、柄にもないことをしていた。】
【自分は、日記など付けないからだ。】
【では、なぜこんな日記を、今さらになって書き始めたのか。】
【彼女も、自分の記憶と戦っていたのかもしれない。】
【エルカ・セルデとして、自分の願望の姿と。】
【今となっては、もう、分からない。】
【スキットルの中の酒は、まったく手が付けられていなかった。】
【もしかしたら、エルカ・セルデではない、しあわせな自分は、酒を飲まない自分だったのかもしれない。】
もうすることがないので、明日に備えて、もう寝よう。

 

起きた。
掘削重機は本調子になったようで、すぐに氷の層を破って雪の層に当たった。
ここからは、爆発物を使っていくので、現場で作業を観察しているのは無理だろう。
掘削重機に任せよう。
【これが最後だ。】
【彼女の部屋へ向かった。】
【話し合いたいわけではない。】
【お別れを言いにきた。】
【彼女は、怖がって、一言も聞いてくれなかっただろう。】
【それでいい、自分の勝手なのだから。】
やり残したことは他にないだろうか。
戦利品、装備品、体調、どれを取っても異常がないように思える。
【「自分」は、もういないが、自分が許されて、自殺しないで済むのだったら、どうしよう。】
【自分は、誰として生きていけばいいのだろうか。】
【死にたくないばかりに、そんなことを考えてしまう。】
【死ねば、楽になるのに、死にたくないと考えてしまう。】
【誰でもない自分は、一体、誰なのか。】
【自分は、どういう人間になりたかったのだろうか。】
【彼女は、「自分」を放り投げて、しあわせな少女を選んだ。】
【では、誰でもない自分は。】
【自分は、「自分」でなくていいではないか。】
【なぜ、こんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。】
【「自分」は死んでしまったのだから、自分が「自分」の振りをする必要はないのだ。】
【その必要があるのは、この施設での出来事を報告し終えるまでだ。】
【それ以降は、自殺なり、新しい道を考えるなりすればいい。】
【自分は、自分になればいい。】
【そう思えば、気も楽になる。】
【「自分」にはならないと決めたのであれば、決意が揺らがないうちに呪いをかけてしまおう。】
【初めて呪いを刻むなんて、二度もできる経験じゃないのに。】
【左の二の腕、家族に誓って自分に自罰の呪いをかける場合は。】
【三角形の三辺に接点を置く円だ。】
≪≫
どうやら、安いんでいる間に搬入路から雪が取り除かれたようだ。
左目から外の光が見える、爆破を旧兵器に察知されなかったのは行幸だ。
それとも、遠隔操作で動く重機だから見逃されたのだろうか。
いずれにせよ、これで脱出は可能になった。
明日、準備が整い次第行動開始する。
今日の食料は野菜と肉のスープのような味がした。

 


【寝ている彼女に別れを告げてきた。】
【昨日、決別したつもりだったんだが。】
脱出開始。
搬入路は整備されており、人間が昇降できる階段も上まで揃っていた。
この区画の電源が回復したのか、雪が搬入路の床に降り積もるということはなく、床に触れるとずぐ水となり下に流れていく。
久しぶりの冷たい空気が肺を満たす。
肺を痛めると知りながら深呼吸をしてしまった。
滑落した場所とはずいぶん別の場所に出てしまったようだ。
ここから本隊に合流するには道に出なければならない。
補給部隊の活動経路にたどり着くには、少なくとも旧兵器の活動範囲と思われる場所を一つは通らなければならない。
また、食料が圧縮できたとは言っても、今日から数えて七日で辿りつ泣かなければ、自分は動けなくなってしまうだろう。
それに、この義肢のこともある、まさかこの、施設で無補給で活動できていた義肢が給電式だとは思わなかった。
この施設の動力炉と同じような永久機関を搭載しているものとばかり思っていた。
通電する様子はまったく見ていないのだが、これも未知の技術だ。
「彼ら」に聞いたが、これより適切な義肢はないのだという。
だから、あまり激しい運動をして義肢を消耗させることだけは避けたい。
食料がなくなったり、義肢が動かなくなれば、その時点で賭けに出るしかない。
できるならば、それは避けたいところだ。

 

頭が痛い、肺が凍りそうだ。
食料は量が取れないことについては承知していたが、燃料に使う木材が足りないとは思わなかった。
だが、しぶとく生きている。
東に向かっているはずだったが、旧兵器の鎮座している区画を南に迂回するうちに、また別の旧兵器と出会ってしまった。
それを迂回するために、今度は西へ。
体に張り付くようにして防寒の役目を果たしてくれているゴム製の衣類のおかげだろうか、旧兵器に見付かりにくくなっている気がする。

 

旧兵器がいないから、今日は火を沢山焚ける。
普通の義肢なら、接合部が凍結してしまうような寒さだが、これはまったく凍りもしない。
むしろ、接合部が融合して自分の血を吸っているのか、義肢に温かみさえ感じる。
弾薬の信管で作ったトラップに旧兵器が引っ掛かり、東へ進めるようになった。
このまま進めば補給線にたどり着けるはずだ。

 

風の音に紛れて連続した銃声が聞こえた。
旧兵器が何かと戦っている音だ。
しばらく伏せていると聞こえなくなった。
どちらがやられたのだろうか。
安全策を取って南へ。
ここにも旧兵器。
今日はここで夜を明かそう。

 

左目が義肢の限界を知らせ始めた。
食料もあと二日だ。
足を早めて東へ。
東へ。

 

義肢がついに動かなくなった。
動かなくなる前に雪洞を作成できてよかった。
ここからは賭けだ。
補給線は、半日もゆっくり歩けばたどり着ける距離だと思ったが、昨日焦ったのがまずかったか。
火を焚きながら、信号銃と、火薬弾を使って呼び続ける。
信号銃を使ったところでさっそく旧兵器が引っ掛かった。
敵を探しているようだが、こちらの経験則が優っている。
旧兵器が離れていく。
信号銃二発目、残りは三発。
また今度は旧兵器は来なかった。
三発目、不発。
四発目、釣果なし。
最後の一発は、最後の手段だ。
一発目、釣果なし。
二発目、旧兵器が釣れた。
野郎、やたらめったら撃ってきやがる。
敵を炙り出そうとしているようだが、もう自分は動けない。
さんざん弾を吐き出して帰っていった。
三発目、なし。
四発目、なし。
五発目、不発。
六発目、旧兵器。
今度は当たりを付けてきたようだが、やはり見当違いの場所を撃っている。
やったぞ、旧兵器が暴れていることに気付いたどこかの中隊がやってきた。
弾切れの旧兵器に対して上手く立ち回って、打ち倒した。
最後の信号弾。
よし、気付いた、これで帰ることができる。
この集団は見覚えがある。
先輩たちじゃないか、なぜここにいるのだろうか。

最終更新:2016年08月16日 13:59