似たもの同士

 今に見えなくなりそうな砂漠の道路上をヨタヨタと年季の入った乗り合いバスが走行している。改造車だろうか、革靴のようなバスには小ぶりの客室が乗っかっており、はがれた塗装の下から溶接跡が見えた。また、行商も兼ねているらしく、大量の日用雑貨が乱暴に車体へ括り付けられていることからより一層その走りを不安定なものとさせている。満載した雑貨と対照的に客が一人、砂除けの白布と地味な色の民族衣装を巻き付けており、よれた軍帽と柱に固定した小銃が無ければ、その幼い顔つきから子供と思ったかもしれない。新兵はペンを走らせ、日記を書いているようだ。

『・ぎは、・、あンクト慰問合唱団によるアーキル軍歌メドレーでs。』車内ラジオがノイズ交じりにアナウンスをすると、ふと顔をあげ、ラジオを聴きながらぼんやり、つぶやいた。

「連邦のちゃんねる・・・。」。

おや、という顔をすると鼻息まじりに、恰幅の良い運転士が「・・そうさ。」と返す。

「何です?」

「初めて喋ったな。そうさ、ちや・んねる、さ。」わざわざ振り向き、やけに間延びした声で発音した運転士の顔がニヤついている。僅かになまりを聞き取ったのだろう。

新兵は姿勢を正して答える。「故国の放送より局も『チャンネル』も多いと聞いています。だからニュースも楽しみです。」

ち、と毒づいてから「こっちの言葉うまいんだな、姉ちゃんの部屋から盗み聞きでもしたのか?」

「姉はいません。両親も。自分は孤児です。国立兵学校で2年、連邦の練兵場で2週間の基本教練をやっていたら補充要請が来たんで、こっちに。」
(蛮人と呼ばないあたり、この仕事も長いのかも)など、異邦人である運転士について考えを巡らしていると、ダイヤルがまわされてチャンネルが切り替わった。

「お望みのニュースだ、耳かっぽじってよぉく聞くんだな。」

 

 

《本日午後、連邦軍兵站管理局の定期記者会見に於いてダーロン副局長は「現在、連日の戦闘で連邦の所有するすべての工廠の稼働率は限界ギリギリであり、軍民一体となった生産体制がより必要とされている。」との声明を発表しました。これに対して、アーキリア統一労働組合側も「賃金向上という継続的な対話が必要とされる問題があるものの、協力する体制は揺るがない。」と概ね首肯する旨を発表しました。しかしながら、アーキリア自由首都放送が調べたところによりますと、いくつかの大手民営工場で生産速度が間に合わないと判断して、中小に生産を委託した部品の多くで機能不全が発見されたことが判明しました。そのうち、空中艦船の機関室で使用されるメーターなどの機器類の76%に機能不全、機関銃・砲の銃身部に48%の仕様違いが前線において発覚しており、ところによっては軍と民営工場の間でトラブルが多発しているとのことで、連邦警察と軍警察双方が調査を開始したことが、判明しました。次のニュースです、7日の・・・》

 

「どこもかしこも戦争、戦争、加えてケチな軍人ども。」地図上では連邦領だが、ドブルジャを抜けてなお、偉大なる砂の王国はその民を手放したがらないようだ。絡みつくような砂が吹き付けられるフロントガラスを睨みつつ、いまいましげに運転士がぼやく。

「・・・。」

「ま、お前みてぇなガキは軍人って柄じゃねぇだろうさ、ははは。」
はは、と弱々しい笑みを返すと話し相手ができたことが嬉しかったのか、終点まで彼の話が尽きることはなく、あげくに土産と称する品とラオデギアに住むという家族宛の手紙まで預けられる始末であった。

 【その後、バスは第38国境監視塔で警備隊向けに中古の防砂ゴーグルや菓子類を売ったあと、終点の14番オアシスという場所に到着した。そこに着くまでに運転士と打ち解けていた(一方的だけど)僕は皇国産の胃腸薬やら自家製の燻製(何の肉だか聞き忘れた)をもらうことが出来た。手紙は着いた先の基地で出せばいいだろう。今僕が日記を書いているのは連邦軍の兵站管理局が運営する鉄道だが、狭い!灰だらけ!よく止まる!本当にこんなモノで目的地にたどり着くのだろうか・・。心配である。心配と言えばこの命令書、印刷ではなく手書きって・・工場から納入された装備の管理要員が足りないからと練兵場からバス停まで行くように言われて、バス停で待っていた連邦軍人から細部で変更があったと紙質の古い命令書を渡されたのだけど。国外で行う倉庫整理とは何なのだろうか。ひどく心配である。基地司令の印があるから大丈夫とは思う。たしか行先は、パンドーラ。聞きなれないが、連邦の言葉だからだろう。】ここまで書いたところで、思い出したように新兵は日記の最終ページを開く。持ち物に名前を書き忘れていたようだ。

 蛮人、ガキ、といった周囲で囁かれる声を流しつつ、丁寧にペンを走らせる彼の名は、ハウゼイ・ソレンアール。アナンサラド王国から派遣された数合わせの補充要員である。これから体験する騒動を彼はまだ、知らない。

最終更新:2016年08月31日 16:22