アナンサラドのお魚だよと騙されて魚型のチヨコを買ってしまうワリウネクリアンのパミィは今年で19歳の滑走士。
滑走士というのは、抱きつくタイプの水上スキーマシンに乗る軍人さんのことだ。圧搾空気のジェットを使って水中にも潜れるすぐれもの。
内陸国という概念が未だに理解できない女の子、パミィ。
パルエ大陸も大きめの島か何かだと思っているようだ。
パミィは滑走機の上で魚食って昼寝している間に連邦領に流れ着き、浮遊漁船に魚と一緒に巻き上げられてアーキルへ不本意ながら不法入国してしまう。
「パミィはよくわからない島へ来てしまいました…はぁ…囧」
夕日のラオデギアの海岸で魚を拾いながらとぼとぼ歩くパミィには力を感じません。
そこにやってきた黒服の男たち。無駄にムカつくラオデギ歩きで近づいつきます。
「ヨーェ!メルパン!メルパン!」 「デルガイ!デルメルパン!」
自称パルエ大陸北東部最強マフィア、ラオデギアファミリーです。
「ギッネー、デルメルパン?(メルパゼルっ娘じゃないってのか?)」
「イェゥ、メルパン ヂ グェーグイッシュ。(魚拾うメルパゼル人なんているわけねぇ)」
どうやらまた手当たり次第にナンパをしに来ているようでした。
「あの銀髪パンノニア娘で懲りたでしょうに、ボス!」
「あれはまだヤキ入れが足りなかったのだ。」
「ヤキ入れってデートの代償ガソリン代を奢ることだったんスか」
「うるせぇ!」
ラオデギアのマフィア四人組がパミィそっちのけで盛り上がっています。パミィは彼らの言葉がわかりません。
しばらく見ていると、背の高い一人がパミィに近づいて話しかけてきました。
「おうちは?お、う、ち。…あー、 ディェーバ。お家、どこ?」
「お前馬鹿なんだ、それは王国語だ。」
「そだっけ」
パミィはこの人たちがいい人そうだったのでついていくことにしました。
丁度日没の時間でした。マフィアの乗る黒塗りの三輪車に乗せられるパミィ。
さっきののっぽさんと後部座席に並んで座りました。残りの3人は前部座席でぎゅうぎゅうです。
パスパスとエンジンが始動し、車はラオデキアの街へ吸い込まれていきます。ラオデキアファミリーは悪人ではありません、寂しがり屋な人たちなのです。
「食わねぇのか?」
のっぽが心配そうにパミィを覗き込む。
机の上にはありったけの食べ物とお菓子が広げられていた。
「もうお菓子ないよー!」
「パミィまだ食べない?」
「口に合わないみたいだ。」
パミィはお腹が空いていましたが、魚以外の食べ物は普段食べないので、戸惑っていました。
でも、みんなが見ています。たくさんのお菓子が開封されたまま。
パミィは気まずそうに目の前にあったチヨコに手を伸ばしました…すると!
ドン…ドンドコ…ドン! 煙突の方から音がします。
パミィが暖炉に目をやった時には男たちはすでに銃を構えていました。
「ク、…クランダルティン!?」
「…ィィ!」
声です、騒音に混じって声らしきものが聞こえました。
「…ィュァ! ピィァ! ピュィィィィ!!」 「リティ!」
鳴き声の主はパミィのクルカ、リティでした!
諸島連合の民は、自分の分身とも言えるクルカを持っていて、その間には深い絆があるといいます。
「リティ、こっちよ!」
ダボォ!! リティは煙突をくぐり抜けて沸騰する鍋に落下しました。
「ピーヤ!ビュィァ!ビュビュビュビュ!!」 リティは鍋をひっくり返してしまい、やっと這い出すことができました。
はるばる諸島からやってきたのです。
パミィに抱きつくリティ。
「こいつは、一人ぼっちじゃないんだな。」
「あたし、帰らないと。」「ピュィ!」 パミィはリティを抱きかかえて玄関に体を向けた。
クルカから香る海の香りが彼女をホームシックな気分にさせたのだ。
「これ、もってけ。」 「いくつかやるよ。」 男たちはパミィにお菓子を渡していく。
「これはアナンサラドのお魚だよ。」
精一杯の嘘だった。
どことなく悲しそうなパミィを喜ばせるための苦し紛れの嘘だった。 本当は魚型のチヨコだ。
でも、魚だと騙されているうちは、彼女も幸せでいられるから…。
パミィはアナンサラドのお魚を片手に、男たちの部屋を後にした。 見送りはなかった。
「ボス、また振られましたね」
連邦の夜は、寒かった。
海水の冷たさとはちがう。水着のままの身体に突き刺さる風がイヤだったのです。
パミィはふと夜空を見上げました。星を見て帰り道を割り出そうとしていたのです。
「あっちだね、リティ。」
パミィと一匹のクルカが歩き出して、そのうち見えなくなりました。
翌日。
「おい、大丈夫か、おい。」
「こりゃ、食ったな。」
海岸線の近くに人だかりができていました。
背と背の間からわずかに何かが見えます。 あたりに飛散したゲロと、一匹のクルカに少女でした。
「ボス、やばいっすよ…」 「諸島民にチヨコの耐性があるわけないじゃないですか!」
ラオデキアファミリーは迷いました。助けてあげたいけれど、こんなんじゃカッコ悪いしパミィにあわせる顔がありません。
考えに考えて、ラオデキアファミリーは思い決めました。
ドガガガガッ! 「うぉー!打倒糞クランダルティンー!」
激しく銃を乱射すると、すぐ警察が駆けつけてきました。
「撃ち方やめ!」 「よし、これくらいにしよう!」
「おいニッポ、撃つのをやめろ!ずらかるぞ!」
ラオデキアファミリーは、警察にパミィを保護してもらうつもりだったのです。
通報するのはガラじゃありません。あくまで彼らはパルエ大陸北東部最強のマフィアであったのです。
場面は戻り、ゲロ爆心地。
「こちら警邏78、先ほどの銃乱射の被害者らしき少女とクルカを発見。」
「こいつ軍人だ、ワリウネクルの少尉サマだ。」
「このゲロの範囲には治外法権が発動されている。我々は手を出せない。」
アーキルではよく外国人がゲロを吐いて倒れるのでそんな慣例がある。