リューリア、第六艦隊の軌跡

アーキル連邦軍第六艦隊 ザイリーグ軍管区担当艦隊

ザイリーグ軍管区総旗艦ユット・ザイリーグ
直属 グラン・ザイリーガ

ザイリーグ地方南部艦隊
第一カノッサ戦線(司令官ダマーハン)
旗艦・装甲狙撃艦"ミネルグ"
重巡グオラツィオン級1隻 ”アルジレオ”
軽巡メルケール級1隻 ”エータカリナーエ”
第20空雷駆逐隊
軽巡ソルテガ級1隻 ”クルイニェ”
駆逐艦セテカー級4隻

第二カノッサ戦線
旗艦・戦艦アルゲバル級"アケルナル"
重巡アッダーバラーン級1隻
重巡プレケメネス級2隻
軽巡シリオン級1隻

第三カノッサ戦線
旗艦・軽空母トゥラーヤ級"ポルクス"
軽巡メリア級1隻
空防艦1隻

東部方面艦隊 対テルスタリ・パンノニア戦線
旗艦・戦艦ザイリーグ級"ジプシィ・ハバル"
重巡アッダーバラーン級1隻 プレケメネス級1隻
第19空雷駆逐隊
重駆逐艦ゴーダ級1隻
駆逐艦シマロン級2隻
駆逐艦コンスタンティン級2隻

中央即応艦隊
旗艦・重巡アッダーバラーン級"アウサル"
軽巡トリプラ級"トリプラ"
第16/17/18空雷駆逐隊
軽巡メルケール級1隻
軽巡メリア級2隻
駆逐艦コンスタンティン級3隻
軽駆逐艦フロリテラ級2隻
駆逐艦セテカー級2隻
駆逐艦ククリカン級2隻
軽駆逐艦ルト級2隻

北部艦隊 対フォウ戦線
旗艦・防護巡空艦"アポフィス"
第12管区警備隊
駆逐艦クリヴナ級2隻
空雷艇3艇

西域警備府(メルパゼルとの国境警備)
第6管区警備隊
軽巡トリプラ級"シレット"
国境防衛艦2隻
空雷艇1艇

東域警備府(アーキルとの国境警備)
第4管区警備隊
空雷艇1艇
重国境防衛艦1隻”ウジャート”+警備艇ホルス数隻
パノラマノラ1隻(予備役)

特別派遣
アーキル本国より 特務分遣艦隊
航巡オケアノス級"オケアノス"
第2空雷戦隊派遣
艦隊護衛艦グリア級1隻
高速駆逐艦ヴァナラ級2隻

以上
戦艦級4、空母2、重巡8、軽巡級12、駆逐艦27、それ以下12

その他艦隊と共用する補給艦隊(商船徴用)や付属の仮装巡空艦を含む

第六艦隊の任務は第二およびそれにつなぐ第四艦隊の後衛と、補給船団の護衛だ。帝国領内に侵入した艦隊の後方から襲撃してくる帝国残存を掃討・敵領土の奪還をして回る。地上攻撃・航空戦にも気を使わなければならない。
第二艦隊がこじ開けた穴を第四艦隊の直進で決定的なものにし、第五艦隊の航空戦力とともに補給を連れた第六艦隊が通過場所を制圧し、各戦線を平定するというのが、当初予定された作戦行動である。

Xday
我が艦、ユット・ザイリーグがザイリーグ領内の大ドックを出た。いよいよ作戦開始だ。隣にグラン・ザイリーガが並び、二隻でオアシス都市をぐるりと一周した。ザイリーグ市民たちから大きな歓声と勇気をもらう。後衛とはいえ、全力を持って課せられた任務に当たる覚悟だ。必ず成功させねば。

X+1
会合地点にて、かつての第六艦隊総旗艦であったミネルグをはじめとする各艦と合流。第二艦隊はすでに戦闘を開始している。彼らは10日も前にここを通った。第六艦隊は全艦隊のしんがりだ。
だが民間から徴用した補給艦数隻が居ない、連絡も来ていない。置いていくこともできないので、会合地点で待機する。

X+3
2日遅れで補給艦隊と合流。徴用船舶が多く、ハライタ持ちの船も多くいきなり予定に遅れをきたした。第四艦隊はすでにしびれをきたして先行している。急いで後を追うべきだ。


X+6
案の定補給船舶らはたびたびエンストを起こし、帝国領へ直進する第四艦隊にどんどん離される。仕方がないので旧式低速の中小艦に護衛を任せて主力だけで追いかけることにする。すでに帝国領空地域に入っており、補給船を失うリスクがあるが……仕方がない。

X+7
輸送艦を切り離す前に各艦補給をした結果、丸一日潰れてしまった。その間に第二艦隊と第四艦隊が合流に失敗したという情報を入手した。真っ先に突出した第二艦隊は消耗しているはず。急いで第二艦隊と合流すべきである。

X+8
先鋒のアーキリアがやられた。舵故障で撤退とのこと。穴埋めのために東部艦隊から戦艦ジプシィ・ハバルと重巡シャウラの編入を依頼され、承諾。東部艦隊の旗艦を重巡プルケリマに変更する。第五艦隊のエアカバーのもと最短距離を出力全開で向かわせる。この地域の帝国大型艦は一通り制圧済みなので、彼らならたどり着けるだろう。

X+9
うすうす感づいてはいたが、やはり八個艦隊が大陸中に広がって連携するというのは難しいようだ。各艦隊との連絡がとぎれとぎれで、計画のようにいかない。無線は天候に左右されあてにならず、連絡機はたびたび撃墜されて情報網は分断されつつある。
第六艦隊の戦闘自体は、帝国地方艦隊の生き残りに散発的に襲われるがそのたびに返り討ちにし、ほぼ一方的なものに終わっている。だが前線の艦隊は大丈夫だろうか。第二艦隊は撤退する帝国艦隊を追って散開しているかもしれない。

X+10
合流に成功して帰って来たシャウラ艦載機の報告で、第二艦隊は想像以上の被害を負っていることが判明した。複数の戦隊に分散して戦っているという。我々第六艦隊は第二艦隊に合流して戦線の立て直しを図る。突出する形になった第四艦隊ともなんとか連絡を確立して行動を共にしなければ。
ちなみに、撤退したオールドレディは後方の我が補給艦隊に合流できたようだ。我が艦は彼女とクンバカルナとの通信を傍受した。

X+11
いいニュースとこの上なく悪いニュースがあった。いいニュースは……東方空域で戦闘していた第一・三・七・八艦隊との連絡に成功、状況が判明した。これも第五艦隊が大量に連絡機を放ったからだ。
悪いニュースは……クンバカルナが奇襲を受け、轟沈した。未知の新型戦艦に体当たりされたらしい。
この奇襲により各艦隊は掻き乱され、第七艦隊は所属艦を失い壊滅。我々と第八艦隊を除く各艦隊とも被害は増加の一途をたどり、第一艦隊も撤退を決意。この作戦は、失敗だ。
だが我々の戦いはこれからだ。健在な我々は、撤退する友軍を援護しなければならない。東部方面にアウサル以下即応艦隊を分派して救援に当たる。第五艦隊のエアカバーは来なかったので、軽空母メインの第三戦線を同行させた他、グラン・ザイリーガの搭載機も何機か抽出した。ザイリーガ艦載機は作戦開始の時点で数が足りてなかったので不安である。

X+12
各艦とも再編成して、撤退戦に備えるつもりだ。第四艦隊を除いて。あのバカは「せっかく第二艦隊が上げた戦果を無駄にしてはならない」と多大な出血とともに突進を続けている。だれかあのバカを止めてくれ。せめて補給を受けろ。
とにかく、第五艦隊は我々が現在担当する西部空域支援のために前進してくれるとのことだ。第三艦隊の数少ない生き残りであるトラペゾンド分隊は、西すなわち我々の方に転進した。帝国艦を追撃しているようだ。補給艦隊が全滅した第八艦隊も西進している。多分というか、まぁ間違いなく東部空域は崩壊している。現在地点まで分離していた補給艦隊を前進させ、撤退してきた友軍艦を迎えさせる。我々主力はこれより最前線まで移動する。

X+13
悪いことは立て続けに起こるものだ。補給を求めてやって来た第三艦隊の発光パルスを地平線に認めた直後、帝国反抗艦隊に鉢合わせしてしまった。結果第三艦隊とははぐれ、また我々ザイリーグ艦隊も初の大規模艦隊戦を経験した。何とか追い払えたものの、無視できないダメージを受けた。皆つらそうな表情である。やっと帝国と殴り合いができたと喜ぶダマーハン以外は。
午後、はぐれた第三艦隊の支援のために航空機を多数発艦させた結果、航空戦が生起。いたずらに航空戦力を減らすだけだった。結局、第三艦隊はほとんど壊滅したそうだという情報が、本艦に着艦した第三艦隊連絡機によってもたらされた。そのユーフーは我々の航空隊に編入した。

X+14
艦載機が少ないことが裏目に出た。こう数を減らされては連絡に出すことも難しい。直援と前方偵察でいっぱいいっぱいだ。第四艦隊の様子がよく分からない。ロクなことにはなっていない気がするが、第四艦隊の進撃方向に向かって東部艦隊から抽出した駆逐艦数隻を扇状に展開させてみる。
午後、我々は議論の結果第五艦隊への合流を試みることになった。多量の空母を擁する彼らから、航空機の補充を受けたい。帝国の空襲が激しい。

X+15
現状まとめ。第一艦隊、潰走。第二艦隊、分散・旗艦撤退。第三艦隊、ほぼ壊滅。第四艦隊、第五艦隊、消息不明。第七艦隊、壊滅。第八艦隊、我が艦隊と合流に成功。
東部方面に派遣した艦隊の半分は、第八艦隊という手土産を持って帰って来た(軽空母達は行方不明、貴重な航空戦力なのに。クソ)。旗艦がダマーハンとけんかしていた。とにかく、これで態勢を立て直そう。後方に置いてきた補給船団まで後退することにする。ひょっとしたら、他の艦隊も我が補給船団を発見して合流できるかもしれない。第八艦隊が途中で拾った他部隊の戦闘機隊を編入して、一時的に航空戦力は回復した。
午後、帝国の中堅艦隊と会敵した。敗軍とはいえ、こちらは戦艦七隻からなる主力二個艦隊。敵戦艦二隻を撃沈して辛勝したが、貴重な戦艦アカーナルと巡空艦数隻を失ったうえ夜戦で分断作戦に乗ってしまい第八艦隊とはぐれてしまった。
それから、昨日偵察に出した駆逐艦もいっこうに帰ってこない。東部艦隊は重巡一隻になってしまったので、第二戦線に統合する。

X+16
夜戦で炎上漂流していた空母ザイリーガが沈んだ。残存機を我が艦と航巡オケアノスに収容する。第八艦隊はどこだろうか。燃料弾薬はまだまだあるものの、補給が受けられず食料不足と士気低下が酷い。損傷艦艇の応急修理もしたいので、補給艦隊に合流することを第一義とする。
午後。おかしい、補給船団がどこにもいない。彼らには途中で補給を求める友軍を見つけたらそちらに向かえと命令していた。どこかで第五艦隊や第四艦隊と合流したのかもしれない。……が、所詮は徴用商船を武装船舶や国境防衛艦、パノラマノラで護衛した艦隊だ。全滅も否定できない。

X+17
艦隊の治安が悪化している。命令不服従やサボタージュが横行。はじめの食料備蓄は三週間分、帝国の攻撃をやり過ごしながら撤退すると微妙に持たない計算になる。節制を続けよう。
索敵機を派遣したいが、連日の航空戦でかなり消耗している。残存機は旧式機や他部隊機合わせて十数機足らず。空母がやられた今、なるべく温存したい。駆逐艦を偵察に派遣する手もないことは無いがリスクが大きすぎる。この前の駆逐艦達はついぞ戻ってこなかった。
午後。第五艦隊の飛行隊が編隊でふらふらと飛んでいたので収容した。彼らの情報によって、第四および第五艦隊の旗艦が沈没したことが判明。西部戦線の旗艦級は壊滅だ。ただただ心細い。おとといはぐれたヂットランドは無事でいてくれ。

第六艦隊の残存艦艇
旗艦ユット・ザイリーグ
第一カノッサ戦線 戦艦ミネルグ以下軽巡1、駆逐艦6
第二カノッサ戦線 重巡ミンタカ以下重巡2、軽巡1
中央即応艦隊 重巡アウサル以下軽巡2、駆逐艦7
特務分遣隊 航巡オケアノス以下艦隊護衛艦2、駆逐艦1
警備府所属 軽巡シレット以下防護巡洋艦1、軽駆逐艦1

大型艦の多くは無事で、弾薬の残りもまだ多いことは救いか。補給艦隊護衛に低速艦を切り離したおかげで、軽快に動き回れる。

X+18
昨日回収した飛行隊のおかげで、航空戦力は回復した。我が艦の格納庫は、セズレからフォイレ、ギズレッツァにオクタヴィアまで、さながら飛行機の展覧会のようだ。だがその語感とは全く逆なことに、艦内の空気は深海のごとくである。ともかく午後からは航空索敵を実施してみる。
午後の航空偵察で、やはり補給船団は壊滅しているようだった。どの空域にも補給艦は残っていない。残存艦も一路連邦領土目指し逃げているはずである。食料調達のめどが立たなくなってしまった。
追記:墜落したと思われた偵察戦闘機がぼろぼろになって帰ってきた。帝国のものとみられる駆逐隊に包囲されている第八艦隊を目撃し、直後グランビアの攻撃を受けたという。想定していたルートの先には帝国艦隊が跳梁跋扈している。予定通りの撤退は極めて危険になった。東部から迂回することにする。

X+21
前回の日記から3日。このあいだ面倒なことが起こっていて、書く時間がなかった。
作戦開始から19日目の早朝、自室で茶を飲んでいるところ突然爆発音がした。帝国機の奇襲ではなく、我が将兵による攻撃だった。反乱だ。艦内いたるところで銃撃戦が起こり、ユット・ザイリーグは機能不全に陥った。
どうにか艦橋にたどり着くと、大きな衝撃が連続で響いた。我が艦の隣にいたミネルグが、副砲で我が艦を砲撃していたのだった。ダマーハン艦隊によるクーデターであった。あの野郎……
細かいことはのちのちまとめる。結果から言うと、解決に3日もかかった。撤退戦でこの遅れは、致命的かもしれない。

七番砲塔は命令を聞いたので、ミネルグのリボルバー式副砲を止めるために、副砲機関部を七番砲塔に狙撃させた。あくまで自衛のための措置、ミネルグを黙らせるだけのつもりだったが、副砲機関部を損傷したミネルグは異常振動に見舞われ爆沈してしまった。何てこった。ダマーハンは脳筋だが、無能ではない。惜しいことをしてしまった。
ミネルグからの砲撃がなくなったことで、艦内の陸戦隊による反乱兵制圧を開始した。彼らはダマーハン率いる第一戦線の兵士が侵入してきたものの他、そそのかされて蜂起した我が艦の乗組員もいたから面倒だった。またダマーハンに呼応して蜂起した同分隊の駆逐艦四隻は、ミネルグの発砲を妨害しようとした重巡アウサルを空雷で撃沈してしまったが、すぐさま航巡オケアノスに砲撃と接舷乗艦で制圧された。艦内の反乱が制圧され、相応の処分を下すまでに二日。館内通路の一区画をも奪い合うような壮絶な内乱になってしまった。私はその間自室には帰れず、艦橋で指揮を下した。
艦隊を再編成する。旗艦のなくなった第一戦線を解体し、再び蜂起しないよう残る軽巡と駆逐艦を半分に分け別の戦隊に編入させた。アウサルが沈んだ中央艦隊は、旗艦が軽巡になってしまっている。戦艦は我が艦のみになってしまった。航空戦力のある特務分隊を我が艦の直衛に、第二戦線を火力支援として運用。空雷戦隊の中央艦隊を前衛に、旧式の警備府所属艦を後衛にまわす。
再編成したところで、反乱兵だけ人員が減った我が艦はこのままでは機能不全になってしまっている。いまだに帝国による断続的な襲撃は続いている。だから説得を重ねて反乱兵の一部を復帰させる必要が出てきた。

X+22
私は決断をした。我々はこれより帝国領ネネツ自治管区に向かい、降伏する。
帝国艦隊から散発的に航空攻撃を受けている。我々は帝国艦隊によってほぼ包囲されていることは間違いないだろう。反乱制圧中、我が艦隊は迷走して帝国領奥深くへ入り込んでしまった。これから本国への撤退は、可能だとは思えない。食料も着きそうだ。おまけに同士討ちで不信感が募り、連携して行動が取れない。生還が絶望的になったために誰もが粗暴になっている。このままでは撃沈して死ぬか、帝国の捕虜になって気味の悪い生肉を食わされる。食料の奪い合いは激しく、艦内で捕まえたクルカの肉が高値で取引されたり賭けに出されたりしている。連邦への忠誠心などもはや存在せず、アーキルなんてくそくらえだと国旗が尻拭き布にされている始末だ。規律もなにもあったもんじゃない。
だからネネツへ向かうのだ。帝国艦隊は我々の退路を断つ位置に陣取っているだろう。そこで全速で南下する。帝国の追撃から時間稼ぎになるはずだ。我々は生き残る。我々ザイリーグ人はアーキルの元へと帰らず、新天地ネネツへ向かう。ネネツはクランダルティンの傀儡だが、帝国に対する敵愾心も持っていると聞く。敵の敵は友といえよう。アーキル人の軍艦を手土産にすれば、豪華な捕虜生活が待っている。捕虜交換事業もやっている。一生ザイリーグに帰れないということもないだろう。それに、ネネツは川魚がうまいそうだ。お前ら魚というものを食べたことはあるか? 私は諸島連合に行ったときに食べた。今お前らが口にしているクルカの干し肉より数段階うまいぞ。生き残ってネネツへ行こう。そのために、不味い飯でクランダルティンの軍艦と戦おう。みんなでネネツにたどり着いたら、そこでお魚パーティーだ!
たしか残存艦の将兵に向けてこんな演説をしたと思う。演説が終わると、信じられないほどの高揚感になっていた。反乱を起こした兵士たちも、感動した、ぜひ我々も一緒に戦わせてくれと言ってくるぐらいだった。飯で釣るのはすこぶるよく効く。

風向きが変わった。

X+24
帝国の目をくらますために我々は高速でノスギア山脈に向かった。帝国の生体機関は高地に弱い。風が強く過酷な山岳地帯なら、帝国兵器、特に小型の航空機の脅威は弱まる。明日までには到着するだろう。
午後。距離感を狂わす巨大な山脈が見えてきた。予定通りに進んでいる。山脈付近で、小艦隊に何度か出会った。この地域の属領艦隊だろうか。出会うたびに前衛の空雷戦隊が瞬殺してゆく。士気は良好、まるでザイリーグを出た時のように。

X+25
高地に入ってから、目を見張るような風景に皆心を奪われている。われわれザイリーグ人は砂漠育ちだ。巨大山脈の織りなす壮大な絶景を、皆生まれて初めて見たのだろう。山脈の頂に積もった万年雪、地方属領民の高地村落と風車、段丘状に広がった茶畑。低空飛行する艦隊のすぐ下を南半球のヘンな動物が駆け抜け、その近くで遊ぶ子供たちが、我々のことも知らず無邪気に手を振っている。……実は集落を爆撃・占領して食料を強奪するとか立てこもるという計画もあったのだが、誰もそんな気はしなくなっていた。彼らも、我々と同じ属国民なのだ。
午後。計画が遅れだす。主に防護巡空艦アポフィスの仕業だ。もともと奴は王国との国境警戒という閑職に配置されていた超がつくほどの旧式艦である。総力戦だ、ということで腐っても巡空艦であるアポフィスも招集されたが、機関まわりに問題を抱えている欠陥艦だった。本作戦前には可能な限りの整備を行ってエンジン不調を払拭したかに見えたが、高地まで来てぶり返したようだ。

X+26
標高4000近くのところをひたすら南下する。食料の残りがまずい。司令官である私ですら、朝起きたら塩と麦粉をひとつまみ舐めて、昼唾液で溶けるだけの無味飴を噛み砕き、夜はチヨコと捕まえた焼きクルカみたいな状態だ。だが士気は下がるどころか、ひもじさに反比例して熱気は艦隊を包んでいる。
急ぐために低速艦はエンジン全開で巡航している。アポフィスだけでなくぼつぼつ故障する艦が目立ち始めた。いっそネネツの艦に出くわしたらいいのに。

X+28
出くわしたのはネネツ艦ではなく、精強なる帝国本国艦隊だった。最後尾にいた駆逐艦ゴレブカとファエトンが数機の帝国戦闘機に立て続けに撃沈された。グランツェルだ。こちらも新型機である(が、拾いものである)オクタヴィアとギズレッツァを出すと、損害を恐れたのか空戦せずに逃げて行った。
数時間後、いよいよ帝国の主力艦隊が現れた。戦艦一隻、空母一隻、護衛の空雷戦隊が十隻。我が艦は最大の脅威である戦艦に、巡洋艦達は空母と撃ちあい、空雷戦隊が突撃した。
だが今回の敵は、西部空域で戦った帝国艦とはレベルが違っていた。敵戦艦のうちの一隻は、接近してくるとクンバカルナと肩を並べるほどの巨艦であることが分かった。砲門数は我が艦の27門に勝るとも劣らない。繰り出される多数のジャブは強烈で、本艦の砲塔二つが瞬く間に破壊された。重巡二隻は再発艦したグランツェルに艦橋を潰され、衝突し身もだえしている。敵護衛艦の練度も高い。我が駆逐艦は、次々に炎上していった。
結局この戦いは惨敗に終わった。貴重な残存戦力である重巡アルニラム、アルニタクの二隻、軽巡二隻、駆逐艦四隻。これらが溶けるような速さで失われ、航空隊も壊滅した。戦力喪失による再編成を行い、残るすべての分隊をひとつにまとめて、護衛艦隊とした。オケアノスが護衛艦隊の旗艦になった。その理由は、アーキル本国艦にもかかわらず裏切りに近いこの逃避行にためらわずついてきた、その忠誠心をたたえてのことだった。彼女らには苦労をさせる。
離脱時に空雷を斉射し、敵艦隊が混乱しているうちに煙幕を張ってどうにか離脱した。現在アポフィスやエンジン損傷艦に錨を撃ち込み曳航してまで最大速度で南下を続けているが、いずれあの化け物戦艦に追いつかれるだろう。
奴には通常交戦距離でユット・ザイリーグの長32センチ砲が全く通用しない。沈めるには接射するか、生体部分に榴弾を当て続けるか。どちらにしろ非現実的だ。
奴らのスピードではこの夜じゅうに追いつかれるだろう。その時が我々の最後だ。部下たちは不味い飯を食わされ続けた怒りを、せいぜいあいつらに叩きつけてやろうとみな躍起になっている。だが、彼らと対峙して果たして何人生き残れるだろうか? 飢えた戦友達を引きまわしここまで来ておきながら……非常に悔しい。
現在の残存艦艇
旗艦ユット・ザイリーグ(中破)
護衛艦隊 航巡オケアノス(中破)以下、防護巡洋艦アポフィス(小破)。軽巡3隻・艦隊護衛艦1隻(全艦損傷)。駆逐艦7隻(全艦損傷)。残る大破艦は帝国艦隊から距離をとって乗組員を移乗させると、自沈させざるを得なかった。


X+29
この文章を書いているということは、我々はあの帝国艦隊に勝ったのだ。やったぞ、やってやったぞ。まだ手が震えている。ことの次第はこうだ。
全艦灯りを完全に消し、工作した山の尾根に沿って隠れゲリラ戦を敢行したのだ。目を見張る活躍をしたのが駆逐艦達だ。谷底低くに陣取り、帝国艦特有の生体鳴を捕捉次第砲撃を開始した。生き残りの連邦艦が破れかぶれの反撃に出たと考えた帝国艦隊は、回避機動をとる駆逐艦を狙うために高度を下げる。次の瞬間、谷底にワイヤーで張り巡らされていた爆薬にかかり敵護衛艦3隻は瞬く間に炎に包まれた。その結果、70度近い急高配の斜面の底で爆発が起きたのだ。斜面が岩雪崩を起こし、我々の駆逐艦オルヤトとともに敵艦もう1隻を飲み込んだ。
続いて奴らの背後の峰から現れたのは、オケアノス以下巡空艦たちだ。即座に敵巨大戦艦の正確な一撃が軽巡クルイニェを葬ったが、残る6隻の巡空艦は巨大戦艦を素通りし、同じ数だけ残る敵の護衛艦にタイマンの決闘を敢行した。彼らの戦いは壮絶だった。各々1隻に焦点を絞り、自分より格上の技量を持つ帝国艦と互角の殴り合いを演じて見せたのだ。6隻全艦だ。移動ではあれだけ足を引っ張ったアポフィスも、砲撃戦では戦闘艦としての誇りを抱いて帝国の精鋭相手に対等に撃ち合っていた。
乱戦に持ち込まれては重砲で照準をつけるのは難しい。艦隊後方で谷底から浮上して体制を立て直そうとした巨大戦艦は、斜面を滑るように降りてきた大戦艦に襲われた。
そう、我がユット・ザイリーグだ。尾根に隠れた我が艦は、夜陰に乗じて巨大戦艦の左舷上空から突っ込み、狙撃砲で一撃を与えたあと、数メートル上空を高速で通過しつつ爆弾倉を開いて巨大戦艦を”絨毯爆撃”した。投下したのは1トン爆弾20発だ。榴弾で装甲は破れないが、内部に収納してある生体部分に衝撃波でダメージを与えることになる。徹甲弾が刃物による刺突なら、榴弾は鈍器で体を強打するようなものだ。ダメージはむしろ大きい。さらに我が艦は敵艦をすり抜けざまに、航海長の機転で錨を投下。敵の艦橋を粉砕し、主砲塔ひとつを捉えて引き倒した。
我が艦の錨によって捕らわれた巨大戦艦と我が艦は引き寄せられ、そのまますり鉢状の渓谷でもんどりうって暴れた。敵戦艦の方が大きいので、まるで我が艦の方が砲丸投げの砲丸のように振り回された。お互いが持てる全火砲で相手を狙い、100メートル程度の至近距離からの砲撃が繰り返された。我が艦の艦体は遠心力でミシミシと音を立て、巨大戦艦の砲撃で下部艦橋は崩落し、左舷の装備品はひとつ残らず鉄くずとなった。艦橋にいてなお、大爆発の衝撃はまるで頭を殴られ続けているようだった。だが一方で、我が艦による榴弾砲撃も次々と巨大戦艦の表面で炸裂していた。多くは分厚い装甲の表面を焦がしただけだったが、ボディーブローのように生体部分に当たった榴弾は内臓に大ダメージを与える。これは一発の威力ではなく、手数の多さが物を言う。ユット・ザイリーグの生き残っていた上部主砲5基15門から繰り出される連打は、巨大戦艦の砲撃よりも連射が効く。ダメージが蓄積されていくたびに、我が艦のどこかから構造材が破断する崩壊音が聞こえ、敵艦は次々と発作を起こした生体機関によって痙攣を起こしていった。我が艦が先に解体されるか、敵艦の命が先に絶えるか、その勝負になった。敵味方ともに榴弾で殴り続けているので、谷底はまるで花火大会のごとくまばゆい光に照らされていた。そこに巨大な鋼や肉体が、いくつも落下し積もってゆく。
何度目かになる斉射で、敵巨大戦艦の錨が掛かっていた砲塔が基部から引き抜かれ、轟音と火花を散らせて峰に叩きつけられた。敵戦艦は船体がくの字に曲がり、生体部分をぶるぶると振るわせながら、そのまま地面に倒れ伏した。それでも敵戦艦は生きている。健在な火砲は火を噴き、生体にはすぐさま薬剤が打たれ強制再始動されつつあった。とどめをささねばならない。我が艦は巨大戦艦が浮上を開始する前に、下部主砲の俯角を最大に引き下げ、巨大戦艦に真っすぐ向かった。
敵の兵士はこの上ない恐怖を味わっただろう。そして離脱を命令したはずだ。敵巨大戦艦がわずかに浮上を始めたと同時に、我が艦は深夜の大気に火花を散らせ巨大戦艦に馬乗りになった。無類の強さを誇った装甲にぴったりとくっついていたのは、ユット・ザイリーグの下部32センチ砲6門だった。
我が艦は停止し、その瞬間艦橋から音が消える。艦長が撃て、と言うと、足元から突き上げる衝撃破が全身を揺らした。我が艦の32センチ徹甲弾は接射で装甲を貫き、敵巨大戦艦を串刺しにした。
我が艦は、生き残った。

その間、配下の巡空艦や駆逐艦も死闘を繰り広げていた。自由に動けない渓谷内で練度に勝る帝国空雷戦隊相手に奮戦していたが、巨大戦艦の返り血と肉片を浴びた我が艦が照明弾に照らされると、帝国艦は逃走を開始した。戦闘の結果を理解したようだ。逃げて行った帝国艦は、たった3隻のみだった。
オケアノスは大破炎上しながらも敵艦を1隻沈めていた。装甲のうすいアポフィスは驚くことに生き延びており、軽巡シレットとともに撃沈戦果を挙げていた。

最終的に我が艦とオケアノス、アポフィスら軽巡3隻、駆逐艦5隻だけが生き残った。我々は着底した友軍艦の乗組員を救助するとともに、撃沈した帝国艦から捕虜をとった。捕虜の情報から、我が艦が沈めた巨大戦艦は帝国本国艦隊の新型、インペリウム級2番艦「ネイダール・ノイエラント」であることが分かった。奇しくもユット・ザイリーグの設計に影響を与えたグレーヒェンの設計であった。

X+30
我々はネネツ領内への進空に成功した。捕虜による確かな情報だ。ネネツ国境を超えた瞬間、10隻の艦には万歳の声が響き渡った。これで不味い飯から解放される、死なずに済む。安堵と希望が、私の心の中にも広がった。
総員退艦が下され、乗組員は皆アポフィスに移乗した。ぼろぼろになったユット・ザイリーグとも、これでお別れだ。アポフィス以外の艦は、時限爆弾をつけて離され、着底させられる。ネネツはともかく帝国に鹵獲されないためのせめてもの措置だった。
そうこうしているうちに国境警備隊の通報を受けたネネツ艦隊がやってきた。貧相極まりないアポフィスに、来るわ来るわ、駆逐艦や巡空艦にとどまらず空母や航空戦艦までやって来た。多分彼らは、連邦の大艦隊がネネツを襲撃しに来たと思ったのだろう。はたしてそこにいたのはボロ艦1隻、みんな満面の笑みで君たちに降伏すると浮かれていたからネネツ軍はたいそう困惑しているようだった。

こうして、我々の一か月に及ぶ戦いは幕を閉じた。


ネネツ入国 一日目 カルログラードにて
さて、ネネツ政府はこれほど多くの捕虜がいきなりやってきたので対応を考えているらしい。捕虜とはいえ、我々との交渉も乗り気のようである。とりあえず、こうして今も日記を書けている。
これからどうなるかはまだ分からない。だが、この戦闘によって世界は一変するだろう。連邦は主戦力の大半を失った。これから戦術を大きく変える必要がある。アーキリアンたちの求心力は失われ、相対的に同盟諸国や諸島、王国といった第三勢力の発言力が向上しそうだ。
勝ったはずの帝国もそれは同じ。属国を押さえつける戦力は激減しただろうし、近衛艦隊の旗艦1隻が我々に撃沈され、その近衛艦隊にいた一級貴族が大勢戦死したり、我々に捕まりネネツに移送されたのだ。本国内のパワーバランスも大きく変わりそうだ。ネネツはというと、帝国に対して多大な圧力をかけられる立場になったのは間違いない。属国としては明らかに過剰戦力である艦隊に、今回手に入れた多数の捕虜や貴族。彼らが航空戦艦まで保有していることを考えると、自沈させた我々の艦を修復して利用しかねない。その砲が帝国に向かうのなら、彼女たちも本望だろう。
来年のことを言うとクルカに笑われるが、そういう意味では5年後10年後に今のままの帝国や連邦が存在し続けられるか誰にもわからない。機密である彼らの航空戦艦を目撃したおかげで、帝国にも飛ばされずネネツ暮らしだ。我々はここで、この世界の行く末を見届けてやろうと思う。

さて、そろそろノートの紙面がなくなりそうなので筆を置こう。この一冊はさしずめリューリア編ならぬ「大亡命編」といったところだろうか。こうして、我々は壮絶な亡命を成し遂げた。ネネツィアンは案外、我々に友好的だ。アポフィスを手放す、好きに使ってくれというと対価を提示されたので、我々全員に民族料理のフルコースを振る舞えと言ったら見事通った。そう! ネネツの魚料理だ。今日からあの麦ミールやチヨコとはサヨナラなんだ!

 

 

 

 

最終更新:2020年05月06日 22:08