リューリア、第7艦隊の軌跡

第1次南東地域調査報告書第3項 消息不明であった第7艦隊についての詳細報告

 当時の作戦における第7艦隊の総戦力

第7艦隊艦船 計28隻と15機
旗艦含む戦艦   6隻 旗艦ユィーラシエ、旧式気嚢戦艦アーキリア型兵装機能試験艦シャイナ、改イクリール級重装甲艦ベールケン(副艦)
            装甲戦列艦パールパティ改「パドマーパティ」「アランシュミ」2隻、輸送戦艦キーリャ

巡空艦      8隻 アッダバラーン級重巡空艦マーギニズ、プレケメネス級重巡空艦「ヘルミッペ」「キュレーネ」2隻、グオラツィオン型重巡空艦グランジャータ
            防護巡空艦アポフィス改型「カルラ」「タリマ」「アムナ」「マグア」4隻

駆逐艦      7隻 ククリカン級駆逐艦「リスキラ」「ノバン」「イムース」「トテスニ」4隻、コンスタンティン級駆逐艦マージ(空挺用ヤグラ搭載可能用ガレージ増設型※)1隻
            狙撃特化コンスタンティン級駆逐演習艦「シーマ」「ヘイヘ」(武装を狙撃砲一門のみに改造した第7艦隊専門艦)2隻

防空艦      7隻 戦時急造国境防衛艦対空特化型「2235」「2257」「2259」「2342」「2368」「803」「806」7隻

通信伝達艦    1隻 戦域超長距離通信艦「モノールシス」

重戦闘機     2機 格闘戦闘艇ツタンカン「ボース」「ウィテーム」2機

艦載機     13機 迎撃戦闘機セズレ

※空挺型ヤグラを何と3台も格納できるガレージ付き!その分後部に取り付けられていた主砲を取り外すことになりましたが、砲門の数が増えたので問題ありません!(改修を担当した某社からのメッセージ)

 簡略概要
・第7艦隊は狙撃砲による後方支援を名目に第1艦隊の直援に回された艦隊。元々は首都軍事大学の教導艦隊およびアグレッサー艦隊だったが、作戦の戦力充実のために召集された。

・第1艦隊が近くにいることと前線戦力の充実を図るために各艦隊(主に第4艦隊)に新造艦を根こそぎ奪われたため、ほぼ旧式しか残らなかった模様。戦力の補填のため、旧友を呼び寄せ、座上していた旧式艦を艦隊に組み入れていたことが明らかに。

 

 

 以下より原文


X-n
 我々の艦隊から新鋭艦が次々に引き抜かれていった。非常に悔しいが、前線の戦力の充実のためだ。決められたことは仕方がない。私の教え子たちならどこでもやっていけるだろう。
 私の下で戦えないことを残念だと言ってきた者がいた。私も頼られるようになったものだ。ただ、戦場から一人でも多く生きて帰ってきてほしいから、その術を手渡しただけだというのに。
 私が出来ることがそれしか無い故に。力不足を感じてしまったのは誰にも言うまい。
 その代りに。第1艦隊の直援に回された。教え子を死地に立たせ、私はそれを傍観していろとでも言うつもりなのだろうか。
 しかし、ある意味では幸運なのかもしれない。僅かでも、空を赤く染める戦場から離れられることは嬉しいことだ。それだけ、私の艦隊の教え子達が安全になるということだからだ。
 親元を離れたからには、私は友として信頼するほかない。私の腕は、全てを抱えられない。せめて未来ある若者だけは守りたいものだ。
 弱気なことだが、そもそもの作戦が成功するか怪しいもので、本心を言えば参加したくなかった。負ける戦いに張り切っていくようなものだ。いくら力をつけたとはいえ、わざわざ命を無駄に散らせたくはない。
 だが、ここで座して帰りを待つわけにはいかない。私が出ることで守れる命があるのなら、私はこの命を戦場に明け渡そう。
 とにかく、私はこの第7艦隊を守るために戦うのだ。帝国に勝つためでも、戦果を上げるためでもない。
 一人でも多く、故郷へと帰らせたいものだ。


X-1
 第4艦隊のやつらがパールパティ級を二隻とも返しに来た。何はともあれ、嬉しいことに変わりはない。
 お帰り、パドマーパティ、アランシュミ。私の友よ。
 今日は作戦開始前日。返ってきた隊員たちと共に最後の宴会(と言っても全員に行き渡ったたった一杯の酒だけだが)を開き、明日からの作戦の成功を祈った。
 肴も何もない、質素すぎる宴会だったが、皆楽しそうに話し、笑い、明日の奮闘を祈っていた。
 私はそれを眺めているだけにしようと思ったのだが、教え子達と友人はそれを許してはくれなかった。お陰で久しぶりに寝不足になりそうだ。
 宴会もお開きになり、古き友だけが残ったドックで、こんな馬鹿げた作戦で儂らより若い命を散らせてたまるものかと話していた友人を思い出す。
 全くもってその通りだ。今この時に、未来を託せる者達を死なせてどうする。司令部は力に酔い痴れてしまったのか。
 そんな中、私の我が儘のために勢い余って突っ込むほどに急ぎ足で集まってくれた友人には、感謝してもしきれない。そう言うと皆大笑いした。
 お前は馬鹿正直すぎる。もっと気を抜けとまで言われてしまった。皆雛鳥のままでいるわけではない。親が心配していたら、その雛はいつまでも飛べないぞと。
 この恩は、自らのすべきことをしてから返すことにしよう。
 
 
X Day
 ついに作戦が開始された。朝日に並ぶ第1艦隊は、まさに連邦の象徴と言えるほどに美しかった。
 スカイバードの群れの様なその中の、ひときわ大きなその影に、私の教え子達が乗っていると思うと、まるで幻でも見ているかのように錯覚する。
 連邦を担う若人が、あれに乗っているのだ。箱舟の天辺に、全てを見渡すように。あの子は誰よりも素晴らしいセンスを、皆を従わせるカリスマを持っていた。きっと連邦の道標となってくれるだろう。
 私が送り出したとは思えない、たぐいまれな才能を持つ男だった。強いて言うなら、規則に殉じ過ぎるところがあることか。
 そんな大艦隊に付いていく私の艦隊は皆老兵で、若き王に付き従う従者のようだ。
 いいや、乗っている船からすれば、新たな王を支える老王だろうか。そこまで偉くないが、たまには狂言でも言ってみたくなる。このぐらいなら許してくれるだろう。
 しかし、私たちにとってはこれ以上ない役目だ。守り通さねば。

 

X+1
 渓谷を超え、ついに帝国領へ侵入した。国境にあった基地から防衛艦隊がパラパラと出てきたが、この数になすすべもなく墜ちていった。私の艦も一隻(おそらくはバリステア級だ)撃墜した。
 敵とはいえ、無常の念を感じざるを得なかった。彼らは何を思いながら我々に立ち向かったのだろうか?
 戦争で考えることではないことは分かっているが、生憎私はこのような性格だ。誰にも文句は言わせまい。
 私の相棒でもあるクルカのセンドレットも悲しげにしている。クルカも悲しむのか、それとも腹が減っただけなのだろうか? 顎をくすぐってやると、気持ちよさそうな声を上げた。
 どちらにしろ、戦った相手には敬意を表すべきだ。ついさっき、静かな甲板から酒を一杯、大空へ飲ませてきた所だ。
 夜空の二つの月に照らされる第1艦隊はこれまた美しかった。雲海を渡る鯨達、と表現できるかもしれない。


X+2
 今日の午前、我々に新たな仲間が加わった。
 我が艦の近くを皇国のセズレ=テルスが通りがかった。どうやら貰いに来た機体の調子が悪いようで、我が艦に着陸させてほしいと通信を飛ばしてきた。
すぐに許可を出し、セズレ=テルスを飛行甲板に誘導、着陸させた。
 簡単に整備をしたところ、何をどうやったのか、すぐには修理できそうにないそうだ。ここまで飛んでこれたのが奇跡のようだ、と整備兵がぼやいていた。皇国人が難しそうな顔をしたのを覚えている。
 これはチャンスだと思った。噂では皇国人は人とは思えない超人的な能力を持っているらしい。どれをとっても、皇国人には敵うことはない、と。
 真偽はともかく、暫くはユィ―ラシエの中で暮らすことになるだろう。そう伝えるとその皇国人(名前は「ツェッカルト・スレーヴェン・アニューカ」というらしい)は了承してくれた。
 我々の死出の旅に付き合わせてしまうことになったが、彼女自体は気にしていないようだ。狩人らしい、冷静さを失わないその強さは我々が得るべきものの一つだろう。
 僅かな増援(行きずりの仲間と言うべきか)だが、皇国人であるという事実は少しだけ皆を安心させる要素になったようだ。名前が難しかったのだろうか、皆ザカルトと呼んでいる。
 彼女は隊員たちに皇国の面白そうな話をしていた。私も後で聞いてみるとしよう。
 


X+3
 複数回の戦闘があったが、どれも問題なく敵を殲滅することが出来た。作戦通り、敵を逐次突破することが出来ている。
 順調に戦果を上げつつ侵攻できているためか、総旗艦は、あの若造は各艦隊に分散し各個撃破するという命令を下した。
 相手を過小評価すべきではない、慎重になるべきだと私は抗議したが、彼の心には届かず、ついには通信を切られてしまった。話の流れからするに多分切ったのは通信士のあの坊主だ。
 その後秘匿通信で文面が送られてきたのを見るに、第4艦隊と第6艦隊のあのやんちゃ兄弟の働きかけがあったようで、自分自身もある程度納得したので決定したようだ。
 私たちに帝国は敵うまい、貴方が付いてるのだから大丈夫だと色々言ってきたが、漠然とした不安は無くなることはなかった。やはり敵を過小評価するのはいただけない。
 とにかく、無駄に死んでいくことが無いよう、祈るしかない。私が教えたことを彼らはしっかりと成し遂げてくれるはずだ。私が信用しなければ。

 

X+4
 後方にいるせいか、あれっきり敵艦の姿が見えない。戦闘をしないで済むことに喜びを感じるべきか、前線で戦う彼らを心配するべきか。どちらも間違いではないだろう。
 だが、それは若人が抱くべき疑問だ。私のような老兵が考えることではない。
 そうとはいえ、この旧式艦の集まりでは、前線の足手まといになるしかないだろう。歯痒さだけが心に残る。
 こんなところにいたって何にもならない。だが、今できることは数えるほどもない。この現状に、自らの無力感を悔やむばかりだ。

 

X+5
 まったくと言っていいほど何も起こらない。短い平穏の時間というものだろう。
 暇というのもあったので、今日は艦内を散歩することにした。こんな老船に乗る物は皆年季の入ったものばかりだが、若い男女を見かけることも少なくない。彼らはまだ修了過程を終えたばかりの雛鳥だ。これから新しい艦に配置というところでこの作戦が発動したことで、この艦に残ることになった。こんな古びた戦艦に乗っている彼らは訓練兵の中でも優秀な成績を残していることもあって、今回の作戦にもあまり気後れすることなく仕事をこなしている。
 その若者の隊員たちがザカルトを取り巻き、色々と話をしているのが見えた。もうすでに打ち解けているようだ。彼らの緊張をほぐしてくれていることに感謝しなくてはな。
 そのまま艦内を下り、狙撃砲がある主砲室へ向かった。艦の中央を大きく占領している巨大な頼もしい砲身が三つあるここは、広い部屋の中に心地の良い狭苦しさを感じさせてくれる。
 私はこの狙撃砲のある部屋が好きだ。狭い艦長室よりも、この広く頼りがいのある主砲室にいたいくらいに。私も昔は狙撃砲手に憧れていたものだ。見えぬ地平線の向こうの敵を狙い撃つ、その姿に魅了された若い時代が懐かしいものである。

 


X+6
 艦内の空気が悪くなりつつある。どれもこれも調子に乗った第1艦隊の通信手のせいだ。からかいにも程度というものがあるだろうに、あの未熟者は。
 何が「ビビりのユィーラシエちゃんは逃げる準備が出来たかな?」だ。正直に言ってしまうと、反吐が出る。老兵は疎まれて当然だが、この艦には血気盛んな若者もいることを忘れて欲しくない。いきり立った若者を抑えるのにどれだけの労力が必要なのか、分からないものだろうか。
 センドレットもギャピーギャピ―と怒りの声を立てて艦長室を飛び回っている。五月蠅くて仕方ないが、その怒りはよく分かるので収まるまで放っておくことにしよう。
  この際反乱を起こして3門ある狙撃砲をクンバカルナの艦橋にぶち当ててやろうかと考えた。もし私が命ずれば船員たちは粛々と準備を始めてしまうだろうから、言えるわけがないのだが。それに、恐らくはあの通信士の馬鹿が勝手にしたことだ。この苛立ちは彼個人に当てるべきだろう。
まったく、私らしくなく、頭に血が上ってしまった。仲間内で戦うなんてやるのは頭が筋肉でできていて、何も考えずに敵をぶちのめそうと考える、そんな大馬鹿者しかいないだろう。いてほしくもないが、心当たりがあるのが残念だ。
 ダマーハン、やらかしてくれるなよ、あのやんちゃ坊主。
 頭は切れるし有能だが、やり方が良くないことに気づいてはくれないものだろうか。そうすればもっと価値のある人物になるだろうに。
 しかし、絶対に曲げないだろうな、あの男は。そういう男だ。

 

X+7
 今日は暇だったので、ザカルトのもとへ行ってみた。彼女は快く私との会話を歓迎してくれた。彼女も一度私と話をしてみたかったらしい。曰く、「隊員たちが口々に貴方のことを褒め称えるので、どんな人物なのか見てみたかった」らしい。私も尊敬されるようになったということなのだろうか。
 彼女はいろいろな事を話してくれた。平民出身で、連邦軍には家族の生活費と外の世界を見てみたかったから志願したということ、連邦兵から呼ばれるザカルトという略された名前のせいでちょくちょく男と間違われること(彼女には言えないがかなりの男前である、そして美人だ)、皇国の暮らしは私には合わなかったこと。
 話してるうちに彼女の人物像が見えてきた。任務に従順で、それでなお上官にはっきりと意見を言うことのできる気の強さ、兵士にするにはうってつけの存在だ。それに……
 いいや、やめておこう。誰に読まれるかもわからないものに書いておくものではない。
 もう寝なければ。体が持たない。

 

X+8
 今日は何かあったのか、総旗艦長が私個人に当てて通信を飛ばしてきた。話を聞いてみると、果たしてこの作戦が成功するのか不安になってきたというのだ。今更と言いたいところだが、それ以上に彼が弱音を吐いてきたことに驚きを隠せなかった。どんなに厳しい訓練にも耐えてきた彼とは思えない程に弱弱しい声だった。
 彼は沢山のことを打ち明けてきた。自分が連邦を担える人材なのか不安な事、話を全く聞いてくれない艦隊司令達から舐められていないのではないのかという事(誰のことかは言わずもがなという雰囲気だが)、他にも覚えきれない程の愚痴を私にぶちまけてきた。見えない所で彼も苦悩しているのだ。
 私が出来たのは、その愚痴を聞いてやり、彼の気持ちを軽くしてやることと、僅かな希望を抱かせることだけだった。こういうことはしばしばあったために慣れているが、彼のような人物から相談を持ち掛けられたのはそうそうない。彼のような性格の人物にどう当たるべきか実際のところよく分かっていない。
 彼は通信機の向こうで少し酒を煽っているらしく、愚痴の内容がだんだんと重要性を失っていったのを覚えている。やれ戦闘糧食が不味いだの、やれ通信士の馬鹿が詩集を押し付けてくるだの、ガリナスのおっさんは馬鹿としか言えない、第5のあいつは気が合わない、通信士の奴が五月蠅い、飯が不味い……兎に角、彼の中に溜まっていたものが止め処なく溢れてきていた。
 彼の気が済んだのが深夜を優に超えた頃なのだから、彼が溜めていた鬱憤の多さが窺える。こんな場所でなければ、何処かでもっと相談に乗ってやりたいところだが、生憎ここは戦場だ。連邦のトップがこれ以上乱れていてはいけない。
 彼も十分に発散出来たようで、最後に感謝の言葉を残して通信を切った。

 

X+9
 戦況は苦しい状況になってきている。第2艦隊と第4艦隊は合流に失敗し、第2艦隊旗艦の老貴婦人が撤退。どんどん形勢が不利になりつつある。やはり戦力を分散させるべきではなかったのだ。
 私は総旗艦艦長に艦隊の前進と各部隊の集結を進言したが、考えることすらせずに却下された。問題ない、まだ私達は戦える、そう言って通信を切られてしまった。
 私は今、彼が何を考えているのか分からない。彼の自信から前進を続けるのか、それとも単に後戻りが出来ないから進んでいるのか。
 精鋭だからこその慢心に隊員達は苛立ちを隠すのが難しくなってきた。出来るだけ多くの人員を連邦へ返すために来たのに、何も出来ないまま戦況だけが悪化している。焦りや怒りが沸いてきてもおかしくない。
 そんな中でも彼女だけは冷静だった。あくまで第三者だからか、特に不満を言うことなく、今では雑用を手伝ってくれている。ザカルトという呼ばれ方にも慣れてきたようだ。
 彼女が来てから、少しだが確実に士気が上がっている。まるで戦場の女神のようだ。
 そういえば、皇国には巫女のようなものがいると聞いた。知られている皇国の実態は僅かしかない。彼女に尋ねてみてもいいかもしれないな。

 

 

 

X+11
 最悪の状態だ。何よりも最悪な展開だ。
 先日の未明から、東方山脈地帯から帝国の大規模艦隊群が奇襲、総旗艦が敵旗艦の突貫に耐えられずに轟沈。我々の艦隊もそのうちの一つに手籠めにされ、なすが儘にされた。遠距離戦と後方支援を主とする私たちにとって、近距離戦は苦手な部類に入る。あの艦隊、あの突撃脳筋兄弟に負けず劣らずの近距離戦のエキスパートだった。もし国境防衛艦や巡空艦隊、ベールケンの乗員たちが残って戦ってくれなかったら、追撃から逃れることすらできなかっただろう。彼らの犠牲なしに後退することが出来なかったのかと後悔が走るが、今はそんなことで気を病んでいる時間はない。
 彼らの勇猛果敢さに敬意を表し、彼らが生きていることを祈った。それが叶わぬならば、せめて故郷へと還れていることを祈るばかりだ。
 現在の残存戦力は、私の乗るユィ―ラシエとシャイナ、パールバティ級の2隻、通信伝達艦に軽巡が1隻、そして駆逐艦2隻。それと第1艦隊のわずかな生き残りの艦が数隻だけだ。
結局私は彼らを守ってやることが出来なかった。せめて、残されたこの船たちを返さねば。それが彼らへの恩返しになるだろう。
 それにしても、ビビりのユィーラシエちゃん、か。第1艦隊のあの通信士の言うとおりになってしまったな。不甲斐ないことだ。

X+12
 昨日よりも最悪なことが分かった。我々はパンノニア自治国の領内を通り旧兵器の潜む東方方面へと向かう気流の中を通っていた。これが判明したのはついさっきだ。舵が上手く効かず、気流に流されてるのではという疑念から、ジェット気流図を再確認した。その時に判明したのだ。
 このままでは第7艦隊はなすすべなく消滅してしまうだろう。とはいえ、気流に逆らうことは自殺と同義だ。まずはこの気流から抜け出すことを考えねば。
 他の艦隊は、まだ帝国と戦っているのだろうか? 第1艦隊は既に崩壊している。第2艦隊のあの人なら、戦闘に参加できないことに苛立ちながらも確実に連邦領まで後退できるだろう。
 第3艦隊のあいつはどうしているだろう。色々と日程が合わずに出発したと聞いたが、問題なく進撃しているのだろうか。あの旧式艦では帝国艦隊と戦うのは厳しくなっているはずだ。出来るなら撤退していて貰いたいものだ。
 第4艦隊、あの坊主はきっと帝都一路まっしぐらだろう。あいつに何を言っても無駄だ。
 第5艦隊。最後に聞いた雑音まみれの通信から、他の艦隊の支援に回っているらしい。あの若者らしい行動だ。もう少し柔軟に思考が動けばきっと歴史に名を遺す名将になるだろう。
 第6艦隊。確か最新鋭の大型戦艦が旗艦になっていたはずだ。無理な進撃をしなければ無事に撤退は出来るはずだ。あれは連邦にとっても貴重な戦力だ。どうにか連邦領まで戻ってほしいものだ。
 そして第8艦隊。試験艦隊を新編成したこの艦隊だが、指揮するのがあの人物なら何も問題ないだろう。機転の利く、現場の指揮官としては最高の技量を持った人材だ。きっと思いもつかなかった作戦で帝国の度肝を抜いていることだろう。
 しかし、今となってはどこの艦隊とも通信が繋がらない。今現在、どの艦隊が何処にいるのかすらも分からない。だが、相手が帝国ならば、幾らでも対策の立てようはある。
 私は、帝国ではなく旧兵器と戦わなければならない。帝国を対象にした戦法が全く通用しない相手だ。ある程度の戦い方は研究されているものの、まだ実用段階まで成熟していない。
 ただでさえ守りたかったものを守り切れなかった。そして運命は更に私の腕の中から大切なものを奪おうとしているらしい。世界とは残酷なものだ。
 隊員達も不安と恐怖を隠せないようだ。皆不安げに愚痴を漏らし、空気が重い。これまで整然としていたザカルトさえも、僅かに緊張の面立ちをしている。
 私が彼らの不安を煽ってどうする、誰でもない、この私がしっかりしなくてどうするというのだ?
 私はこいつらを必ず帰すと誓ったんだ。迷ってなどいられない。迷ってなどいけないのだ。
 希望を捨ててはいけない。昔から訓練兵に伝えてきたことではないか。

 

X+13
 今日はとても悲しい出来事が起きた。とても悲しいことだ。
 明け方ごろ、気流の中を航行中、突然轟音が鳴り響いたと思った瞬間に隣に並んで進んでいたアランシュミが大爆発を起こし、その残骸は激しい気流に飲まれて砕け散ってしまった。何が起きたのか、理解するのに時間を要した。
 敵の撃ってきたであろう方角を見ると、これまでに見たことがない、恐怖とも畏怖ともいえない感情を湧きあがらせる形状をした艦隊が朝日を浴びてこちらを睨み続けていた。その周辺には帝国艦と同型の空中艦が鎮座していた。
帝国の新しい戦艦だろうか?それともパンノニアの艦か?どちらにしろ、敵には変わりなかった。
 そんなことを考える暇すら与えないようにあの戦艦がもう一度こちらに砲撃してきた。肉眼でも見えるほどのまばゆい光がユィーラシエの目の前を通り過ぎてゆく。
私は直ちに回避行動を支持し、できる限り謎の艦隊から逃れるように舵を取った。
 
 逃げなければ、としか考えられなかった。我々には、彼らに対抗する手段を持ち合わせていなかったのだ。

 
 まだ気流からは抜け出せそうにない。今しがたアランシュミの隊員たちの葬儀を終えたところだ。彼らはこの広い大地のどこかで、きっと眠りについたことだろう。彼らの分まで生き延びなければ。
 アランシュミを操艦していた艦長は、私の旧い友人だった。気難しい奴だったが、私のことをよく理解してくれた、根は優しい人物だった。まだ若かったころには良く飲みに誘い、お互いに訓練の辛さを愚痴りあったものだ。お互いによき仲間として、切磋琢磨したのが懐かしく思い出される。どうか向こう側でこの艦隊の行く先を見守ってほしいものだ。
 もう少しすれば、このジェット気流を抜けられるだろう。そしたらすぐに退艦命令を出し、旧兵器の脅威から出来るだけ引き離そう。きっとこれが最善の選択だ。
一人でも多く、生き残らせなければ。
 空に、スカイバードの群れが見えた。散っていったアランシュミの乗員たちの魂を運びに来たのだろうか。夕焼けの雲海を渡る彼女らは、私たちをどう見ているのだろうか。


X+14
 今日の夜明け頃、ジェット気流を脱したようで、舵がいう事を聞くようになった。
  それから数時間後に、朽ち果てた帝国艦隊の跡らしきものを発見した。緑に覆われつつあるそれらの形状から、かなり昔に撃沈させられたものだと分かった。我々もいつかはあの帝国艦隊と同じ運命を迎えるのだろう。それを迎えるのは、私だけでいいというのに、現実は無常なものだ。
 周囲の安全を気に掛けつつ、できる限りの乗員を救命艇とシャイナに乗り込ませた。ありったけの食料も詰め込んだ。とても足りるとは思えないが、ないよりかはマシだ。
 旧兵器は、旧時代の機関に反応して攻撃してくる。出撃の少し前に斜め読みした研究資料にそう書いてあったのを思い出した。もしその推論が正しいのなら、シャイナに乗っていれば多少は安全だろう。幾度も改修がされているとはいえ、この船を浮かばせているのは気嚢に溜め込んだガスで、プロペラの動力機関は連邦製の内燃機関だ。旧兵器の優先順位は低くなるはずだ。
 今、艦内にいるのは私と機関長、やられる前にやってやると粋がる狙撃砲砲手のメンバー、そしてよき友人でいてくれたセンドレットだけだ。最低限の人員を残し、この船はシャイナを守る様に周辺を警戒している。
 あれだけ騒がしかった艦内が、恐ろしいほどまでに静かになっていて、少しばかり不安になる。
 だが、彼等を墜とさせるわけにはいかない。この艦が囮になってでも阻止しなくてはならない。私の出来る最後の一仕事だ。
 むしろ相打ちにしてやるつもりだ。大昔のポンコツ兵器なんかに引けを取るか、と息巻いている旧友たちが私を支える太い柱となってくれている。
 近接戦闘が起こった際(あるわけないから必要ないと何度も行ったのだが)のためにパドマーパティが一緒に来ることになった。あの艦の艦長のラニーアもその旧友の一人だ。
 生き残って本国に生還してほしいというのに、先に逝かせるわけにはいかないと聞いてくれない。昔と何も変わらない、強い意志を持っている。ああなったら誰にも止めることができないと私が一番知っている。
 私は彼女の熱意に負け、彼女の、彼女らの意思を尊重することにした。そういえば、艦隊の殿はいつも彼女がやってくれていたな。まだ若い頃に何度か助けられたことを思い出す。いつも私を守る様に帝国と私の艦の間に割り込み、私の艦が彼女を狙う帝国艦を撃ち落としていく。彼女のお陰で私は教導艦隊の艦隊司令という席に座っていると言っても過言ではないのかもしれない。
 これであんたを守るのはおしまい。ラニーアがそう通信を飛ばしてきた。その言葉の重さを感じながら、積み込み作業を終え、少しづつ離れていくシャイナとその取り巻きを見送っている。旧兵器がたむろする南東地域から出来るだけ遠ざけようと、西へ、ノスギア山脈の麓へと飛び行く彼らの旅路に明るい未来があらんことを。
 
 
 これが書き終わったら、これをセンドレットとザカルトと共に、最後に残っている救命艇に乗せる。恐らく我々は生き残れない。せめて、我々が生きた証拠として、この日誌が本国へと届くよう、祈ることにする。

 

我々が、最後まで諦めずに立ち向かったことを、忘れないでほしい。
彼らが生き残って、連邦の光となるよう、祈っている。

     第7艦隊旗艦ユィーラシエ艦長、アーデム・ヴァリシェリアム

 

 

 

 

 追加情報:目覚め作戦終了後に確認された第7艦隊の末路

 数十年後の目覚め作戦終了後の探索作戦にて、レーザーを照射され撃沈したと思われるユィーラシエを発見。その40km東に大口径の実弾によって破壊された旧兵器(残存する船体の部品からメルカヴァと同型のものと判明)が確認された。
 沈没した船体の向きから、ユィーラシエが旧兵器を破壊したことを事実として発表、初めての単艦での旧兵器撃破を成功させた艦として、第7艦隊及びユィ―ラシエをモデルにしたモニュメントが連邦首都軍事大学と南東地域世界首都に設置されることとなった。
 また、ユィーラシエの残骸が発見された地点から西側、リタと呼称される地域においてシャイナと多数の居住区らしきものを発見、調査したところ、第7艦隊の隊員たちが生存していたことが明らかとなった。70年近い時をここで過ごした彼らは皇国人に負けず劣らずのたくましさを身に着けていた。
 リューリア作戦当時の艦隊員はわずか37名となっていたが、残存搭乗員の約3000人程度が総数4500人弱の集落ができるほどになっていたことは連邦だけにとどまらず、パルエ中を驚かせた。
 彼らは、順次本国へ帰還されることになっている。

最終更新:2016年10月29日 22:17