バセン隷区 機械式戦闘車両開発記録

クランダルト帝国バセン隷区 ガリ都長サミーラ氏の日記より抜粋  ”秘匿名称機型家畜の飼育および繁殖研究に関する個人的記録”


618年15月の記録
 今年は激動の年だった。年初めから連邦の攻勢が予測され領内全域戒厳令が下され、こんな辺境でも統治艦隊がひっきりなしに飛び交っていた。そして忘れもしない2か月前、黄緑の艦隊が我が領土上空に忽然と現れた。見間違えることもない連邦国籍印。だが彼らは、バセンを爆撃も占領もすることなく飛び去って行った。それからの混乱。帝国駐留艦隊の全滅、帝国の行政官の退任と世代交代、そして驚くべきことに友邦ネネツに降伏した奴ら――第六連邦艦隊だ。我々市民は降伏した連邦艦にあっけなく撃沈された帝国艦の救助と、彼らへの食料供出でてんてこ舞いだった。その混乱もひとまず落ち着いてきたこの年末。我々ガリ自治官は、ある決断を下した。――だがまずは、新任のクランダルト人行政官をどうにかしなければ。

 

 どんなやつかと思っていたが、前行政官にもましてやる気のなさそうな こんな田舎に派遣される貴族なぞ出世ルートから外れたお方だった。クランダルティンの価値観では閑職もいいところだろう。同情する。
 おかげであっさり買収することができてしまった。バセン統治艦隊壊滅の責任をなすり付けられてこの地で軟禁状態に置かれている前任の行政官が本国に悪態を……もとい説得してくれたおかげで、もともと統治政策に熱意のない彼はすぐに折れたんだ。「ああもういい、何があっても俺は知らんからな! 勝手にしろ!」と。

 これで第一関門は突破された。いつまでもクランダルトに隷属しているつもりはない。このバセン隷区の大計画は、最初の一歩を歩みだした。

 

 待ちに待った、かの”機型家畜”を搭載したネネツのフリゲートは、定刻通り朝焼けのガリ泊地に到着した。今計画を知るのは私を含め各自治体の関係者や、消防団のトップ、工場関係者など数十人。ほぼ全員が、厳重に梱包され搬出される機型家畜を緊張の面持ちで見つめていた。

 機型家畜――またの名を、アーキル連邦軍豆戦車”ダッカー”。我が国を悠々とび抜けて行った艦隊が所有していた車両だ。彼らが南の地で降伏したことにより、この鉄の家畜は友邦ネネツの手に渡った。総勢12両――そのうちの2両が、友邦の手により我が国に無償貸与されたのだ。建前上、「ネネツ軍による敵性兵器の山岳地性能研究」という名目で。
 だが我々は、この鉄馬をミーレインペリウムと叫びながら使い潰すつもりはない。なんとかして技術を導入し、この機械兵器の力を我が国のものにする。当然クランダルトにバレればただでは済まない。最悪連邦に通ずる裏切者として丸ごと滅ぼされてしまうかもしれない。だが私は、この鉄馬に全バセン民の命をかけるだけの価値があると断言する。大空を舞う神聖なスカイバードを冒涜するクランダルトへの、切り札として。

 さあ、午後から早速試験走行の時間だ。北の駿馬よ、その実力を見せてくれ!

 

 ――まさか、連邦の機械技術というものがあれほど異質だったとは。
 まず問題として、我々の側に機械というものが何なのか理解できている人間が少なすぎる。農務庁官に燃料の調達を頼んでいたのはいいが、なんとミィミ用の飼料を持ってくるとは思わなかった。乾燥した草の芽で金属が動くわけがないだろう。そう突っ込んでもなお、農務長官はピンと来ない顔をしている。それどころか、他の関係者も多くが首をひねっていた。
 仕方がないのでクランダルトのダック軽戦車を触ったことのある工場長にひとっ走りさせて台所からオイル製品を持ってこさせた。農務長官曰く、「油なんか飲ませて、こいつ下痢しないんですか!?」

 だが、一度油を得た機型家畜の走りは見事だった。ビロードのように滑らかに動く鉄革を足に巻いて、地面の凹凸をものともせず駆け抜けた。まるで息切れを知らず、汗もかかず。発砲しても、反動で暴れることもなければ止めているときに啼いて場所を知られることもない。時おり尻から油を漏らすが、それは動物も糞便を出す点で同じだ。まったく皆が唸る出来だった。誰も空恐ろしくて口にはしないが、こいつらの群れが波のようにクランダルトに襲い掛かり、ダック軽戦車やゼクセルシエを吹き飛ばす姿を夢想したことだろう。

 未知の機械技術は、我々にこれほど圧倒的な印象をもたらすものなのか。私は人ごとのようにひとり納得して、頷いた。だが、感動するだけではダメだ。我々はこの超技術を、我が物にしようとしているのだ。

 耳目省にばれる前にやれるだけやって既成事実を作ってしまわなければならない。時間はない。明日にでも車両の分解と徹底的な研究を開始してもらおう。発注したのは隷区いちの金属加工能力を持つミルメ家具工場だ。……隷区いちといっても所詮小さな町工場。たまに受注する戦車の修理は、エンジンなど触らせてもらえず椅子やタイヤ軸の調整ぐらい、普段は鍋やカマドぐらいしか作ったことのない彼らに、どこまで歯が立つだろうか。

 

619年1月の記録

「こんなの……無理ですぜ、ダンナ。二週間頑張ってみたものの、配管や金属卵が所狭しと並んでいて、どこが動けばどう変わるのか理解するだけで精いっぱい。こんな複雑なの量産どころか、設計図の引き方すら皆目見当もつきません」
 工場長は力なく首を振った。私は何も言えず、唇を噛みしめるしかなかった。彼らの努力は本物だ。年末年始の休みも返上し、昼夜たがわず調査を続けた。それでも……所詮バセンの機械工作力はこの程度だったのか。落胆する私に、工場長はさらに続ける。
「それと……この機型家畜、天ぷら油ばかり食わせてたら腹を下しましてね。1号車は走行不可能で、2号車もこれ以上自走させないようにさせています。エサが悪かったんですかな」
 私は工場長に、バセンで手に入る動物脂や植物油で走行させられないかと訪ねたが、回答は芳しいものでは無かった。エンジン構造が不明でどれほど有効なのか未知数な上、たとえ可能だとしても数十両配備しただけで隷区内で供給不足になってしまうほどの消費だという。

 身体の構造も、食わせるエサも分からない。計画ははやくも暗礁に乗り上げてしまった。我々はうまく駆けあって、高い機械技術を持つパンノニア自治国の技術者を招聘することに決定した。クランダルティンにばれずに、という条件付きで。耳目省の奴らをうまく捌いて、はるか離れたパンノニアにメッセンジャーを送ることは、果たして可能なのだろうか。

 


 朗報だ。定期連絡でこの話を聞いた友邦ネネツが、かの国での機型家畜研究記録と、関与していた連邦人捕虜の技術者を提供してくれることになったのだ。持つべきものは友人か。ネネツはパンノニアほどの機械開発力は無いが、金属と造船が盛んな工業国だ。少なくとも、茶と薬草と採石業で食いつないでる我が隷区よりよっぽど力になるだろう。

 


2月の記録

 今日、ネネツと連邦の技術者がミルメ工場にやって来た。1号車を見て連邦人達は、彼らの言葉でなにか呆れたようにつぶやき、苦笑した。通訳曰く、「あのダッカーがエンジン焼きつくって、なんちゅうオイルで走らせたんだよ……」
 彼らからのアドバイスで、ある程度のことが分かった。食用油じゃ十数キロ走っただけで火を噴いてしまう。必要なのは、鉱物油。帝国が最重要物資として調達を厳正に管理している新種の燃料だ。立地が悪くてわが国では手に入らない。ネネツ国内ではわずかに調達できるらしいが、やはり帝国本国が厳正に管理しており、密輸は非常に危険な上供給が安定しない。

 燃料問題もさることながら、ネネツが製図した機型家畜の設計図を手にする段階になって、工場関係者は皆目を回してしまった。この精度と大きさの膨大な機械部品をバセン人が手作業で組み上げるのはとても不可能だ、と。よしんばできたとして、一両組み上げるのに莫大な時間と資金が必要になってしまう。その上、設計能力もなく我々が手をつけられるレベルまで設計をデチューンすることすら難しいという。

 私はネネツ人技師に、あなた方の国では生産できますかと聞いた。高精度高耐久のトランスミッションと、金属履帯のコピーが難関だが設計変更次第で何とかなりそうだと。ネネツ人技師は続いて訪ねた。我が国での生産が安定したら、バセンに譲渡しますよと。
 だが、私はその申し出をありがたく辞退した。我々が生き残り続けるには、バセン民族が未来まで存続するためには、何としてでも帝国と対峙できる技術の芽を育まなければならない。友邦といえど、その技術にただ乗りしているようだと、100年後バセンという領域は存在しない。そこまで言葉を続けると、ある連邦人捕虜が口を挟んできた。

「面白いじゃねぇか。その気概、気にいった。これまで俺たちは田舎の属国の暇つぶしに付き合わされてるんかと思ったが、確かな戦略と覚悟、盟主国への意思があるのは確かみてぇだ。悪くねぇ。お前らが良ければ手を貸してやる。我々の知る技術を、お前らに供与し、教育し、そしてお前らでも作れるダッカーを一緒に考えてみようじゃねぇか!」


 一体だれがこの熱い申し出を断ることができようか。私は頬を伝う涙を拭うこともせず、彼らの両手をしっかりと握りしめた。その時彼らに、連邦人などと呼ぶなといわれたので彼らの所属を尋ねると、皆ザイリーグ人で軽巡エータカリナーエの内燃機関士や整備士であるという。

 


 私はその日のうちに、その捕虜たち計6人をバセンに移送する書類文書の手続きを終わらせた。彼らがバセン所属になった瞬間、この親切な捕虜たちを帝国の法律で”強制徴用”し、ミルメ工場の労働者に任命させた。

 


3月の記録

 ザイリーグ人の彼らが言うには、工作能力の低さはなによりマザーマシン、すなわち工作機械が無いからだとのことだ。そう言われて、そうか、動物が動物を生むのと同じく、機械で機械を作るものなのかと目から鱗が落ちたものだ。彼らは呆れていたが、これまでの我々の常識は、技師がハンマーを叩いて鉄板を曲げていくことがすなわち機械工作だったから仕方ない。ネネツから導入できないか打診してみる。

 

 ネネツ製の生体工作機が搬入され、ザイリーグ人の技師に見せてみたが誰も気持ち悪がって使いたがらない。生体機の使い方も分からないそうだ。我々も分からない。機型家畜計画のため仕方なく輸入したのだが、実のところバセン人はこんな生命を愚弄するような物品を使いたくないのだ。
 なんにせよこれでやっていることは帝国と変わらない。それでは意味がない。どうにかして北半球の全機械式工作機を手に入れたい。パンノニアなら保有しているだろうか、適当なものを密輸できないだろうか。検討を始める。

 

4月の記録


 極めて貴重な北部パンノニア製の旋盤やボール盤、フライス盤を、多大な苦労とともに南パンノニアとネネツを経由して入手することができた。迂回輸出と密輸の事務処理なら任せていただきたい。
 見慣れた北半球製の機械を手にしたザイリーグ人技師たちは、早速ミルメ工場の技師に工作技術を熱心に指導している。われら自治政府の各部署も防諜や理想的な代用燃料の研究、必要な資材資金を秘密裏に集める会計仕事など、自らの担当する仕事を一生懸命にやっている。これまで技術の高さに手も足も出ず硬直していた計画が、一気に動きだした。

 

 ザイリーグ人曰く、入手できた工作機械は北パンノニアで相当昔に使われていた骨董品といい、しかもオリジナルの潤滑油や電源も手に入らず、それらをバセンで調達するところから始めなければならなかった。これでは理想的な工作精度を出せるか保障できないという。だが今手にあるのはこれだけだから、これでやるしかあるまい。幸運なことに、機型家畜は精度の悪い工作所でも作れるように設計されているから何とかなるかもしれないとのこと。

 


 農務課の人間が主体となって、バセン区内に生息する植物や動物から入手できる油で潤滑油に近い性質のものを探している。その間、主に残った2号車を使ってバセン式設計図の引き直しを行うために、現在の我々で製造が困難な点をリストアップしていく。

 


5月の記録

 走行試験で2号車が横転し、履帯を破損してしまった。分解調査されている1号車の履帯を持ってきて繋げ、何とかなったものの、クランダルティンにとってすら未知である履帯技術を我々が物にできるだろうか。装輪式に改造することも視野に入れた方が良いかもしれない。

 

 今日、かねてより計画していた、たたら場――製鉄所のミルメ工場敷地内への移設作業が完了した。これは本国政府の手続きを得た正当な移設だが、おかげでたたら場で製造した機型家畜用の構造板を工場まで長距離輸送するという、防諜上危険な行為をしなくて済む。我々は本気で機型家畜を完全国内生産してみせるつもりだ。

 

6月の記録

 農務課の担当者が、川藻の浮きを絞って精製した油が旋盤の潤滑油として使えそうだという報告をかけてきた。電源は帝国式のバッテリーを変圧させれば使用できることも判明。ザイリーグ人技師もこれで最低限以上の工作はできるといっている。でかした!
 いよいよ工作機械の稼働が始まる。ただ工作機械をフルに使うにはかなりの量の潤滑油をストックしておかなければならない。川辺の集落の人間に勅令を出して、人海戦術で川藻を大量に収穫させる。市民や耳目省の連中にはまぁ、新しい香料の研究とでも言っておこう。

 

 ミルメ工場の工員たちは多大な熱意と不屈の精神で未知の機械への挑戦を続け、工作機械を使った金属切断・切削・加工の腕をめきめきと伸ばしているという。今日工房を覗きに行ったら、ミルメ工場の社章を模した金属プレートを掲げていた。彼らが練習で削って作ったものだ。すでに機型家畜を構成するかんたんな部品はいくつか製造できるようになったという。大破した1号車のエンジンも、ゆっくりと修理が進む。

 

 暖かい日が増えてきた。バセンで雪解けも本格的に進んでいる。すでに地面はぬかるみになっており、 機型家畜の足回りもずぶずぶだ。ザイリーグ人技師は、装輪式に改造してもこれじゃまともに走れないぞと言っている。春から夏の間まともに動かせないのでは使いものにならない。履帯装置の開発は何としてもしなければならないようだ。だが、パンノニアやネネツにも履帯技術を知る技師は居ない。ザイリーグ人技師たちも、もともと船舶整備兵だ。戦車の足まわりは専門外で、誰にも頼れない。
 天におわすスカイバードは我々に、本国に叛逆する意思を見せるのならこのぐらい乗り越えてみせろとでも言っているのだろうか。

 

7月の記録

 機型家畜足まわりの技術について、各部署の責任者との会議で走行方式の決定。以下のいずれの形式にするかが争点となった。
1.技術保持のためあくまで完全コピーを目指し、大量に連なる履帯部品をすべて手作業で作る。
2.量産の手間を考え、代替となる素材で履帯を開発する。
3.春季の行動は不可能と割り切り、量産車は帝国の旧式戦車と同じく装輪式で完成させる。

 1の場合、膨大な手間がかかってしまう。限られた人的資源と本国にばれない規模を考えると、一両完成させるのに優に一年以上はかかる計算だ。これでは、機型家畜の群れなど夢物語である。2の場合、うまくいけば大幅な手間を省略できるかもしれないが、どんな素材を使えばいいのか見当がつかない。3ではもっと悪く、接地圧も高く安定して速度も出せなくなる。機型家畜が別物になってしまう。旧来の帝国と同じでは、彼らを超えることはできない。
 まぁ最悪、エンジン含めて開発に失敗したのなら体格の近いミィミに外板を被せて戦車とすることになるのだろうが。それではこれまでと何も変わらないな。

 我々は、ゆくゆくはクランダルトからの技術的な自立を考えてこの計画を進めている。いずれの計画も一長一短で、会議は平行線のままだった。

 

 ザイリーグ人技師に相談してみたところ、アーキルでは戦車に金属ではなくゴムを履かせて走らせた実験をしたことがあるという。彼らも詳しくは分からないようだが。ゴムならヤマミドリの卵を硬化剤で固めたものを使っている。北半球の植物性ゴムとどれほど性質が違うかは分からないが、検討してみるだけの価値はありそうだ。今月度の会計予算から、実験に使えるだけの量のヤマミドリ調達費を捻出させる。かなりの量になる、調達はしばらくかかりそうだ。

 


8月の記録

 小さな部品加工の習得と平行して、車体外板のような大きな部品を接合する研究も進んでいる。リベットというクギのようなものをガンガン叩く音が工房中に鳴り響く。今日工房に顔を出すと、ゆっくりとだが動き回る機型家畜がいて驚いた。もう試作一号が完成したのか、と思いきや「きゅう」と鳴く。ミィミに車体外板を被せて歩かせていただけだった。
 おそらく、機型家畜量産の最大のネックは機械式駆動系だろう。車体や武装はそろっても、足まわりの生産がはかどらないことになりそうだ。もし開発に失敗したなら、いつものヘイテやミィミに足になってもらうことになりそうだ。

 


 そろそろ量産後の運用と本国への言い訳も考え始めた方が良いだろうか。それは取らぬ茶葉の商談というやつだろうか。

 


9月の記録

 今日は連邦製25ミリ対戦車銃コピー品の試射を行った。本格的な機械工作が軌道に乗ってきたミルメ工場で生産された、バセンの新世代兵器第一号である。まずは数少ないストックであるオリジナル弾薬で、次に国産銃弾を使用。すでに爆薬の調達と生産も始まっている。
 結果。オリジナルは距離300mでダック210と同等の正面装甲板をゆうゆう貫通、国産品は同100mでほぼ貫通。オリジナル弾は100mでダンヒ改型の正面装甲板を確実に貫通、国産弾は同じ条件で五割貫通。静止時距離500mまでは命中を期待できる弾道精度を発揮。素晴らしい!

 これだけの能力があれば帝国戦車とやりあえる。たとえ機型家畜の量産に失敗したとしても、わがヘイテ・スミルダ戦闘馬の主武器として搭載すれば、これまで手も足も出なかった帝国戦車に一矢報いることができる。もう、一方的になぶられることは無くなるのだ。これまで圧倒的だった帝国重兵器群が、まずは対処できる相手になったと思われる。これはバセンにとって、大きな進歩である。
 すぐさまミルメ工場に25ミリ銃の量産を命令。生産ラインが安定すれば月4~6挺は固い。それに使用する弾薬の製造も。こちらもある程度生産できればいい。国産出来ればひとまずは目標達成だから、不足分をネネツから輸入してもいいだろう。弾頭に使用される金属の質を高める研究も継続させる。連邦製の強化徹甲弾と、国産品の鉛弾とは貫通力に大きな差がある。

 

10月の記録

 移ろいゆく季節とともに、我がバセン工員達もめきめきと技術を蓄えている。彼らから、国産エンジン第一号の運転試験を行うとの連絡が入った。ついに”人造筋肉”、エンジンを完成させるところまで来たのだ。
 ダッカーのトラクトルエンジンをベースに小型化した、単気筒6馬力のエンジンだ。当機は唸り声を上げて、高速回転を続けていた。試験運転の結果は上々。さすが信頼性の高いトラクトルエンジン、北半球に比べればはるかに甘い工作精度でもしっかり設計出力を達成したと、ザイリーグ技師も唸っていた。ということは、機械製品としては完全に成功したということだろう。これを大型化して4気筒まとめれば、ついに機型家畜の心臓となるエンジンが完成するのだ。
 と同時に、使いつぶしても構わない実験装置が完成したことになる。ネネツから密輸したストックの燃料は極めて限られている。この第一号エンジンを使って、自給可能な代用燃料の研究を始めさせる。

 

 エンジンが完成したことで、1号車の損傷エンジンも完全に修理が完了し、二号車とともに試験走行に供されることになった。走行試験だけではない、代用履帯の研究にも使用される予定だ。主武装は完成し量産準備中、エンジンの開発は大詰めを迎え、履帯と代用燃料は本格的な研究が始まっている。その他、トランスミッション等動力部の研究も順調。外板である車体装甲と内装はすでに二両分が完成している。途方もない大計画だと思っていた機型家畜量産が、いよいよ現実味を帯びてきた。

 

11月の記録

 国産トラクトルエンジンのコピー品が遂に完成した。だが代用燃料の開発に苦労している。なんせ鉱物油の成分分析なぞ我々にはできない。ただひたすら、油に似た液体に様々な薬品を添加して試作エンジンで耐久試験し、一番長く走れるものを探るという泥臭いやり方で、使用に耐える燃料を研究するしかない。エンジンの生産を開始させていおいて、それを動かす飯を用意してやれないとは、機型家畜たちがかわいそうだ。ひとまず今は、他国からの供与や帝国軍の基地から失敬したわずかな燃料をやりくりして稼働させることにする。
 機型家畜そのものはまだ未完成だが、エンジンが自前で調達できるようになって大きく変わるものがある。電気だ。パンノニアから輸入した機械式発電機が稼働を始めたおかげで、筋電発電機からおさらばできる。
 燃料問題が未解決とはいえ、この発電事業が成功したら、バセンという地域は南半球では初めて生体に頼らない電気を使う国になるだろう。一般家庭も、油ランプとおさらばだ。火事の犠牲者も大幅に減少するだろう。それだけではない、三等属領のバセンが機械技術のインフラをモノにした。このことは、血なまぐさい生体技術に拒否感を持っている帝国属国の同志達に大いなる福音となるはずだ。

 

12月の記録

 試作履帯一号が完成。大量のヤマミドリの卵から白身を精製し、硬化剤などの薬品を添加し、加熱して型を取ることでゴム製履帯が完成する。だが試験走行では早々と引きちぎれてしまった。ただでさえ強度不足であるうえ、走行中に摩擦熱で加熱して溶けてしまったのだ。これでは到底実戦に耐えられない。そのうえ一両あたり2000個ものヤマミドリの卵を使ってしまうので市場の価格は高騰。これでは量産なんてした日には、ヤマミドリが全滅し国民が飢えてしまう。ふりだしに戻った。

 

 悲報。エンジン部門で長時間駆動試験を行っていた技術者一人が死亡。ザイリーグ技師の注意を知らず閉所で動かし続けていたため、ガス中毒になったという。この上なく悲しいことだが、この計画は極秘。家族に死亡理由すら教えられない……
 彼の分まで、この計画は完遂してみせる。工員たちには改めて安全管理を徹底させる。

 

13月の記録

 設計、製造、完成、破損。ゴム履帯も駆動装置もこの連続だ。ひとつひとつ心をこめて作った部品は、短ければたった数分の試験で破壊される。使用に耐える燃料の開発も難航している。やはり三等属国の我々に北半球の技術は難しすぎたのだろうか、という諦観の空気が関係者たちの間で漂っている。自力で帝国戦車を破壊できる機関砲を作った、立派なエンジンも製造した。ここまでできたのだから我々はきっと切り抜けられるはずだ、と私は励ますが……

 


15月の記録

 エンジン部門の工員たちから連絡が入る。朗報だ。長きにおける試行錯誤を経て、ついに信頼のおける駆動伝達装置が完成した。エンジンに繋いでの稼働のべ300時間、ギアチェンジ1000回の耐久試験に見事耐えきった。熱意に燃えるわがバセン工員と、優秀なザイリーグ人技師は、ネネツやパンノニアですら苦闘する機械装置を見事作ってみせたのだ。犠牲者を出したにもかかわらず……彼らの心情を思うと、私は目頭が熱くなった。
 とにかくこれで履帯以外の機型家畜一匹分の全部品がすべて揃った。履帯と燃料を調達する目途はいまだ立たない。だが、少なくとも装輪式戦車は完成したも同然だ。旧来の帝国には並んだ。燃料もネネツからの横流しでしばらくは持つ。我々はついに、ここまで来たのだ。

 

 試製ア式機型家畜、ついに完成! 履帯を履いていないため大きい駆動輪転で直接地面を蹴って走るが、ともかくも1台の”戦車”が、我々の目の前にあったのだ。すでに量産されていた25ミリ銃を備え、鉱石油を食らい時速40キロを超える速度で走ってみせた。その姿は、かのダック210より頼もしい。坂道に差し掛かってもスムーズに変速し登坂していく。1年もの年月と我々が出しうる全ての力をかけた機型家畜が、ついに実ったのだった。試験場を走り回るその雄姿に関係者は皆感涙し、私も恥ずかしながら男泣きしてしまった。これが我々、バセン隷区という属国の真の実力というものなのだ。
 とはいえ、地面がカチカチに凍っている真冬だからこうもうまく走れるのだ。あと3~4か月もすれば地面が溶けてずぶずぶになり、装輪式であるこの試製家畜では走れなくなるだろう。それではクランダルティンのダック軽戦車には勝てても、新鋭の浮遊戦車にはただの的になる。化学部門の人々は、いまだ燃料とゴム履帯の開発に執念を燃やしている。

 


620年1月の記録

 残るふたつの課題のうち、ひとつは解決しそうだ。オコジョの糞を大量に集め特定の土地に埋めて発酵させる。できた液状の糞と木炭を合わせてボイラーで燻し、出たガスを冷却し4種類の薬品とホシマツの根からとれた油を混ぜ、さらに葡萄酒から精製したアルコールで割ることで、採算性があり、かつ十分な使用に耐えられる液体燃料が手に入ることが分かったのだ。このような複雑な過程を何のヒントなく発明したとは、まさに研究員の執念の結果と言えよう。
 機型家畜の計画も大詰めだ。車体はすでに量産体制に入りつつある。帝国本国に対する建前も用意した。農業用トラクターの研究品、と。買収したクランダルト人行政官は、ただ苦笑し力なく首を振るだけだった。

 

 代用燃料を発明したら、あとは早かった。前述の過程で作られた代用燃料に川藻から採れた潤滑油を一定の割合で混ぜ、さらにケムノキの樹液を発酵させたものの中に注入させることによって、南半球で最も強靭なゴムが生まれることが分かったのだ。型を取って、履帯を製造。オリジナルダッカーに履かせて走行試験した結果、金属履帯には及ばないもののバセンの山岳地帯で200キロを超える長距離走行が可能となった。

 完全な機型家畜が、ついに完成した。オリジナルのエンジン、オリジナルの武装、オリジナルのフレームにオリジナルの燃料を飲ませた機型家畜、いや”バセニダッカー”は、時速50キロでバセンの山岳地帯を走り抜け、ダック軽戦車を模した目標を破壊してみせた。もはや何も言うことは無い。
 計画完遂! 我々バセン人の技術的勝利だ!

 


 だが我々は、これからが正念場だ。帝国に軍備を厳しく制限されてからは、軍事組織は警察と民兵ぐらいになってしまっている。海外に習って戦車部隊を動かせる近代的な部隊を極秘裏に創設しなければ。まずはネネツやパンノニア、ザイリーグの関係者を招聘する手続きを、あぁダッカーの量産命令とそのための予算を組む必要もあるし、いやそのまえに弾薬と燃料か……
 まだまだ仕事が山積みだ。だが、いつの日にかこの経験が、我々バセン人が独力で機械技術をモノにしたという経験が、バセンの独立を守り抜き、帝国の属国となっている国を勇気づけることを願って……

 

 

 

 そして、その日は意外と早くやって来た。

 

 

 

621年 15月30日

 リューリアが終わってから帝国内の情勢がなにやらきな臭いことになっていたと思っていたが、ついに起こりえる最悪の事態が起こってしまった。クーデターだ。だが、お高く止まっている宮廷貴族らによる蜂起ではない。その逆だ。帝国を私物化している貴族に対し近衛騎士団がついに我慢の限界に達し、帝都の軍港を発破したのだ!
 腐敗した宮廷貴族は逃走し、友邦ネネツ自治区に強行侵入を始めた。結果ネネツと宮廷貴族の間で軍事衝突が始まってしまった。我々は何をするにもネネツの技術におんぶにだっこだった。こんな時何とかして協力してやりたいが、資源もなく金もなく軍事力もない。ほとんどできることがないのは、最下級属国の悲しいところだ。
 ……我々バセンの民は何があってもネネツの味方なのだ。帝国に掌握されている鉱石油で苦労しているんじゃないかと思い、定期運航の輸送艇でドラム缶30本の代用燃料を無償供与してやった。なけなしの協力だ。だが、これで我々も巻き込まれるかな。

 


31日

 ネネツは侵入してきた宮廷貴族艦隊を追い払ったようだ。だが、帝都は今無秩序状態。クランダルティンは完全に統制が無くなったといえるだろう。一番まずいのは、我がバセン地区を領地としているのが、宮廷貴族側のデシュタイヤ家なのだ。彼らは特に我々を搾取し、暴虐を強いてきた。だがリューリア戦で戦闘艦の半数を失い、今回のクーデターでは空中艦は皆帝都に出向いたのか、今のところ動きがない。だが駆逐艦や砲艦がいなくなっても、奴らは陸上戦力を持っている。そして奴らの性格を考えるに、恐らく……来るだろう。

  市内全域に戒厳令を下命。緊急事態マニュアルに沿って、バセン流防衛計画を発動。我々は庁舎を捨て、市街地を見下ろせる山の中腹にある聖空鯨神殿に移動することにする。クランダルティンめ、来るなら来い。

 


622年 1月1日

 異様に静かな正月だ。例年なら参拝客でごった返す神殿も、戒厳令のおかげで人っ子一人見当たらず、おかげで自治政府関係者は広々と使えている。バセン史上最悪の正月だが、あるいは……今年がバセン最後の年になるかもしれない。

 

 思った通りだ。来やがった。デシュタイヤ家の紋章が入った帝国襲撃艦隊だ。ドゥルガ級揚陸艦4隻に、護衛のラーヴァナ2艇とバルソナ3機だ。ガルエ級やフレイア級、ジグラート級は見当たらない。やはり帝都に出動しているのか?
 ガリ上空まで傷ひとつつかず進空したデシュタイヤ艦隊から、拡声器で以下のような主張がなされた。あまりの大声は山脈にこだまし、山の中腹に建つ神殿内でも直接聞こえるほどだった。

”ネネツ隷区の私軍どもは恐れ多くも帝国の艦隊に攻撃を加え、皇帝陛下の御身に危害を加えようとした。大逆賊たる属国ネネツに天誅を加えるとともに、ネネツ隷区に対し過度に協力的な態度を取っていたバセン隷区を滅亡させる”

 滅亡させると断言した。我々に選択肢はない。かつての我々なら絶望し、あらゆる屈辱的な条件を付けてでも保身に走っただろう。

 だが今は違う。敵に艦隊戦力がほとんど無く、陸戦を仕掛けてくるのなら……!

 

 次に聞こえたのは爆音だった。ラーヴァナの対地墳進砲が庁舎や周辺の市街地、農場を次々と焼き払ってゆく。疎開し遅れた市民がまだいれば犠牲は免れないだろう。だが帝国軍が圧倒的火力に物を言わせている間はじっとしているしかない。


 弾切れになるまで一通り焼き払い、行政都ガリの一辺が更地になったところで揚陸艦がのっそりと着陸し、その腹の中から次々と帝国兵や戦車が湧いて出てきた。
 ここまでは予想通り。いくら滅ぼすといっても、大型艦を除いたデシュタイヤ家のみの戦力では国土すべての居住地を焼き払うことはできない。おそらく行政都のガリを吹き飛ばし、私兵を投入して行政やインフラ、都の市民を完全に掌握、そのまま警察や自治組織を滅ぼしてデシュタイヤ家が直接国土を支配してしまうつもりだろう。もちろん、そのような狼藉を許すはずがない。今の我々は、違うのだ。

 帝国軍の動きは神殿から望遠鏡で完全に把握されている。庁舎の残骸中に舞い降りた奴らは、手際よく周囲のがれきを踏み固めて展開し、あるいは物資を揚陸し、混乱して暴れる家畜達を射殺し、土嚢を積み、鉄条網を張り、あれよという間に橋頭保を確保してしまった。彼らはなおも展開を続け、ほとんど瓦礫の山となった市街地の大半をすぐに占拠してしまった。瓦礫の中から貴重品を略奪する帝国兵の姿が見える。これほど入念に準備された帝国軍の防衛陣地を破ることは、連邦軍でも難しいだろう。我々は、これからそれに挑戦するのだ。武者震いがする。いよいよ、という時になって、私は神殿地下に終結したバセン軍精鋭部隊にこう演説した。

 

「……我々は、これまで隷属を強いられてきた。250年間だ! クランダルティンは我々を好き勝手に搾取し、略奪し、必要に応じて国民を徴用していった。天におわす偉大なる生命を愚弄する彼らに、我々は何ひとつ対抗することができなかった。そして、できない存在だと誰もが思っている。帝国の属領として最下級の隷属区、ただ薬草と嗜好品を輸出するだけの土地として、誰も気にも掛けない存在だ。だが今、我々は、我々がそうでないことを知っている。君たちの持っているそれが、その証拠だ。250年前、我々の先祖がこの神殿で最後の祈りを済ませ突撃し、散って行った……今とまったく同じ状況だ。だが、かつてとは違う。我々はついに勝利するのだ。君たちには、英霊達の守護があるだろう。これより、我々バセン人による、バセン人のための帝作戦を始める。窮鼠猫をかみ殺すという諺を教えてやれ!」


 神殿から出撃した第一および第二装甲戦象突撃隊は25ミリ銃を装備したヘイテ・スミルダ戦闘馬36騎からなっている。彼らは速度が遅いので、先行して帝国軍の占領陣地近くにある針葉樹林帯まで進出し待機。神殿の屋上には飛行種に騎乗した空中騎兵がやはり待機する。そして今回の作戦の肝であり、我々の自信の源である、精鋭装甲騎馬襲撃隊がついに神殿から出撃した。


 すなわち、バセニダッカー14両からなる機械化戦車中隊である。


 がっちり凍り付いた-20度の雪原を、ダッカー達は猛スピードで駆け下りてゆく。まるで雪滑りの如くだ。地表の凹凸で次々ジャンプする豆戦車たちだが、我々が執念で開発した硬化ゴムの履帯やサスペンションはどれひとつ壊れない。ヘイテ・スミルダが歩いて30分掛かった山の小道を、わずか6分で駆け抜けると、そのままの速度で森林を突破し、帝国兵の目前に躍り出た!
 驚愕する帝国兵を体当たりで蹴散らし、防衛線に穴を開ける。そこに戦象突撃隊が突破をかける。ダッカーに不足する制圧力を補うヘイテ・スミルダは連発銃の掃射で周囲を圧倒。息つく暇なく弾幕を浴びせた。
 だが、帝国兵も戦象相手に戦う準備はしていたようだ。対原生生物用の毒液や酸が詰まった携行墳進弾、動物の嫌がる爆音手投げ弾を次々と射ち放ち、突破された後方で第二梯団が戦列を組みなおしつつあった。我ら戦象たちは次々と暴れてひっくり返り、あるいは酸に神経をやられて痙攣し始めた。落下した騎兵には、銃弾や銃剣がつるべ打ちされてゆく。その惨状に私は目を覆った……

 そこにバセニダッカーが突進した。彼ら鋼鉄の駿馬には酸も毒も効きやしない。帝国の対生物武器をすべてはじき返し、小銃弾も甲冑のシュルツェンを積んで強化した装甲には有効打とならず。犠牲となったヘイテや騎兵の怒りを代弁するかのごとく、帝国兵を思う存分追い散らしている。
 1両のダッカーが至近距離の爆発で吹き飛ばされた。戦象や鉄馬たちに大口径砲が襲い掛かる。ついに帝国軍は戦車を持ち出したようだ。しかし装輪式のダック軽戦車は雪に嵌まり、まともに動けず照準も装填もままならないうちに距離を詰められ、いずれも25ミリ銃で撃破された。

「いいぞ、よくやった!」
 思わず私は叫んだ。我に返って周りを見回すと、自治政府関係者たちは皆高揚した表情でバセン軍の活躍を見守っている。

 さらに1両のダッカーが破壊される。近接支援にやって来たバルソナの襲撃だ。しかし2撃目に挑む前に、部隊に2両いた機型家畜雌型――もとい、対空型ダッカーの9ミリ機銃弾が襲い掛かり、まもなく血を吹き散らした。

 そのころ神殿の屋上から発進した空中騎兵達は、ラーヴァナの艦橋に襲い掛かり飛び乗って白兵戦を挑みつつある。一通りガリを焼き払って弾切れに近いラーヴァナに肉薄することは、さほど困難ではなかった。それに今、発砲すれば地上の帝国兵を誤射してしまうだろう。

 すべてのバルソナを撃墜しダック軽戦車を鉄くずに変えたダッカー達は、帝国兵を蹴散らし、鉄条網を踏み潰し、いよいよ帝国軍の築いた橋頭保に突入。あとはもう、有効な重火器を持たない帝国兵はなすすべなく、一方的な蹂躙になった。まもなく侵攻部隊拠点の揚陸艦まで、25ミリ銃と空中騎兵の手投げ弾による爆撃にさらされることになった。

 

…………
……

 望遠鏡と聴音機で一部始終を見た我々は、ただ見事な手際に息を飲むだけだった。
 ダッカーが揚陸艦間近にまで手をかけた時点で、旗艦と思われた1隻のドゥルガ級が、なんと下部を切り捨ててさっさと逃走してしまった。それを見て士気が壊滅したのか戦線は全面で総崩れとなり、帝国兵たちはすべての重装備や物資を放棄して遁走。残る3隻の揚陸艦に生き残りの兵士がそそくさと乗りこみ、元来た方へと逃げ帰っていったのだ。

 


1月2日

 ガリ市街戦は我々の圧勝で終わった。ひとまず安心と行きたいところだが、そうはいかない。たかが属国にボロ負けしたとあっては、貴族のメンツが立たないだろう。こうなってしまえば、デシュタイヤ家は確実に我々を滅ぼしに来る。それこそ行政都を占領するどころではなく、デシュタイヤ家の持つ全艦隊火力ですべての居住地を焼き払いかねない。
 それでも、我々には対抗策がある。発掘した光子砲を搭載したミィミと、虎の子の武装工作艦ウルスラグナがガリに到着した。この艦にも光子砲が搭載されている。威力は未知数だが、帝国の地方艦隊ぐらいなら、吹き飛ばしてしまえるはずだ……!

 


1月3日

 おかしい。まだ来ない。

 


1月4日

 ネネツから連絡の艦隊が来た。旧連邦軽巡エータカリナーエもいる。2年前ダッカー開発で世話になった整備兵らとも再開を果たし、彼ら連絡員に話を聞いて、初めて状況が分かった。
 近衛艦隊が、勝利したのだ。デシュタイヤ家の艦隊含む宮廷艦隊はいずれも帝都の大艦隊戦で敗北し、皇帝の死去が露見。皇帝艦インペリウムはネネツ艦隊(と、留守番を命じられてたのに無断でついてきたエータカリナーエ以下旧連邦艦)が遠距離狙撃で無力化。皇女が即位し、帝国の体制が大きく変わってしまったのだった。当然デシュタイヤ家もすべての権威を剥奪され、バセンが滅ぼされる恐れも金輪際なくなった。

 こうして我々の長い正月休みは終わったのだった。

 

 

 

 のちに、この”ガリの戦い”は外ネネツ会戦、帝都攻防戦、オージアン艦隊決戦、パンノニアの陽動戦と並んで、帝作戦の5大戦闘のひとつとされた。特に工業力もない最貧自治区が自力で未知の技術体系をモノにし、戦車部隊を配備し、帝国軍と正面から戦って独力で勝利したことは、南半球諸国の教科書に記述されるほどの歴史的な事件とされた。また、バセンの戦いが帝国属領民を勇気づけ、600年代半ばに次々と独立する精神的な支えとなったことは特記事項といえる。南北停戦後は多数の中古ダッカーが技術とともに南半球に流れたため、バセンの技術的優位は一時的なものに終わったが、700年現在、ガリにある博物館には国産ダッカーが一番の場所に展示されている。また、以上の経緯からアーキルやザイリーグからのバセン旅行者も多い他、一部機械企業が研修旅行にガリ博物館を訪れたりもしている。ミルメ工場のしたことはデッドコピーなのだが、パルエ史上最も想定された運用法でダッカーを扱い帝国軍に最大の打撃を与えたとして、マグラダ工廠はミルメ工場とバセン防衛軍を表彰したという逸話も残っている。

最終更新:2016年11月14日 19:27