空からの視点

00

<新たな生体の接続 確認>

<塩化銀プラグ確認 ok>
<基準電圧 ok>
<神経伝達プロトコル ver2.0 >
<接続安定性 ok>
←<読み取り開始>
<外部読み取り生体脳から ポートD記憶神経盤ダナトウス皮質へ アプローチ開始>
<発火閾値 0.06fg>

<!!エラー 一部の陳述記憶データが損傷している恐れがあります!!>
←<連想記憶データを組み込んだ新しいファイル生成 選択>
<海馬出力処理 進捗率 24 57 98 100>


<記憶ファイルエンコード完了>
<開きますか?>

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01

 胸のすくような青色が、雲の隙間から覗いていた。
私はそれを灰色のホームから見つめている。不思議なことに、「破壊的なまでの懐かしい気持ち」にとらわれた。もちろんそんなはずはない。この都市の空が晴れる日なんていくらでもあるはずだ。先週も、先々週も、それこそ昨日の昼だって。
私は現代を生きる若者なのだから、おじさんやおばさんのように晴れた空を珍しがることはない。懐かしむ理由はもっとない。

<大人たちが言うには、首都インダストラリーゼ ―昔風にすると帝都―  は、50年前まではそれは酷いありさまだったらしい。教科書の解説を参照すると、産業塔がいくつも地面にそそり立ち、人々は工業プラントと共に地面に廃棄物を捨てながら生活し、居住区にゴミの地平が迫ってくると上に向かって増築し……… を繰り返していた。とある。大気には煤煙が充満していたため人々は公害に悩まされ、身勝手な貴族たちはこぞって、風上のノイエラントに金に飽かせて建てた立派な別荘に引っ込んでいた。らしい。
らしいとか、とあるとか、さっきから私の歯切れが悪いのは、遠い昔に過ぎ去った時代のことを述べているからだ。産業廃棄物まみれだった地面は山から削ってきた土で覆われ、
所によりコンクリートで被覆されている。産業塔は、記念として残された一本を除きすべて撤去され、残されたその一本は旧時代を弔う墓標のような面をして、赤茶色の錆をまとって都のはずれにそびえている。だが、それも老朽化が激しいためにもうじき撤去されるという>

 そう、煤煙が空を流れていた時代は遠い昔に去った。それこそ、私がここに生まれてくるよりもずっと前のことだ。

気づいたら列車が来ていた。縦に四分の一回転して入口を開いた扉を通り、人工筋肉とアーキル製の電子頭脳によって自動化された(私はなぜかこういうことに詳しいし凝っている)機械に個人札を通したら乗車完了となる。運よく今日は備え付けの座席に座ることができた。そのまま電気列車は動き出す。他の駅に寄り道しながらも一路、終点のセントラーゼへ。私の通う学校のある街へ。



02

 学校の日課が終わった。今日はもっぱら歴史の授業であった。

<678年の矢挫作戦の失敗、世界に降り注いだ破滅、クランダルト帝国で起きた革命、そして現政府の成立。破滅を経て生き残った人々を少しでも守るための政治的、衛生的に清浄な国へ生まれ変わったクランダルト>

歴史の授業で使っている教科書の、質の悪い白黒写真が急に鮮明に、極彩色で見えたと思った瞬間に私の意識はどこかの上空にいた。鳥になって空を飛んでいるようだ。眼下になにかの列が見える。耳障りな電子音と共に目を凝らすと、それは戦車のようだった。驚くほどにはっきりと見える緑色の戦車の車列。そこに乗っている人まで見えそうになったところで私は飛び起きた。どうやら夢を見ていたらしい。周りの人々の視線が痛かった。

 朝通ったルートを逆にたどって、私は帰宅した。母は破滅の際に他界、父は脳生体技術の研究者で、物心つく前に遠い場所に引っ越してしまったらしいので、帰っても私は一人だ。帰りに買ってきた健康的な生体の煮込みものをパンと一緒に食べようと思って、棚の上にあるそれを取ろうとしたところ、棚の隙間に落ちているなにかが目に入った。何かのメモのようだ。とってみるとそれはほこりまみれで、食事にほこりがつかないように、慌てて別のところへと持っていった。
 開こうとするが、なぜだか開いてはいけない気がした。しかし私はそれを感じながらもメモを開くことにした。
 そこに書いてあったこととは

《自立偵察機ファルシリア生体頭脳 大脳記録をロード》

その瞬間、私は空を飛んでいた。

眼下には入り組んだ渓谷が霞み、旧時代の空中艦が群れをなしているのが見える。今ならわかる。あれは戦艦、あれは駆逐艦。連邦のものだ。


心には、あるべきところに還った安心感だけが残った。



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03

<ファイル 終了>

<ファルシリア 5番機のデータも読み込みますか?>
←<読み込み 中止>
←<データ消去 選択>
<本当に消去しますか?>
←<はい 選択>



<脳記録媒体との通信を終了します>
最終更新:2016年11月29日 23:29