「ありふれた悲劇」事件

「ありふれた悲劇」事件

「ありふれた悲劇」事件は、旧正統フォウ王国で散見された原子力事故や薬品災害等の総称である。
同国内の旧文明遺跡に放置されていた、さまざまな有害物質、特に放射性物質や劇薬が盗難により持ち出され、その後の不適切な扱いと知識の欠如によって不特定多数の人間が接触したほか、不適切な廃棄方法によって重大な被害を及ぼした。
しかし、旧文明遺跡の科学的な解明が進んでいなかったこともあり、それを科学的な災害であると認識することができず、多くの事例が呪いや災い、神罰といったような非科学的な事例として扱われた。同国内での科学アカデミーにおいても伝染病であると判断され、「ありふれた悲劇」の一つとして処理された。しかし、パルエ歴501年の事件を機に科学的な人災であると発覚、遡及的に次々と過去の事例が科学的に解明されはじめ、原因の究明に至った。この項では、パルエ歴501年に発生した事件を扱う。


事件の経緯

以下は科学アカデミーのまとめた報告書による


事件の発生

王国A領が発見、所有する旧文明遺跡A'から物品が盗難されたものである。その中には放射性物質が含まれていた。


盗難

パルエ歴501年3月頃、主犯格のBと部下のB'(10名)が、A領と敵対関係にあるC領の情報流出により、旧文明遺跡の噂を聞きつけて侵入。A領は王室派の協調派であったために、積極的な旧文明遺跡への単独関与は避けていた。しかし、警備に十分な予算が割かれておらず、11名から構成される集団が侵入したにも関わらず、事件が発覚することはなかった。

パルエ歴501年4月頃、旧文明遺跡A'からの物品盗難がA領の調査によって発覚する。しかし、A領は先進遺物の総目録を作成しておらず、何が盗難の被害を受けたかの脅威度判定をすることが不可能となった。その時点でA領領主は脅威度判定を最高位に指定、結果的にこの判断が事件の終息を早めることとなる。


放射能漏洩

パルエ歴501年5月頃、A領の市場調査によって怪しい物品Wが市場に出回っていることを突き止め、そこから卸売業者Dを特定する。Dは蚤の市でWを仕入れたと主張、アーキル方面に鉄屑として輸出される予定だったことが発覚。アーキル朝の関与が疑われる。

パルエ歴501年5月中旬から下旬、解体したZから暗闇の中で青白く光る粉末Xを取り出したB'はそれを6つの小瓶に詰め、おがくずの緩衝材を入れた木箱に入れて管理していた。粉末Xは下水道に設置されたアジトの中に保管されていたため、B'10名は致命的な被曝を受けることになった。

パルエ歴501年5月下旬、犯罪者捜査記録から、最近のBとB'が関係した事件が減少しており、Bは酒場や娼館での金銭感覚が大きくなっていることが注目される。摘発の結果、BはA'から物品を盗難したことを証言する。しかしB'と物品の扱いで揉めた結果、Bは盗難した物品Zを解体して手に入れた自分の取り分であるWをすぐに蚤の市で売却したことで、B'と仲違いから別行動を取っていた。Wは粉末Xから発せられる放射線を防護する役割があり、それ自体は無害であった。

パルエ歴501年6月上旬、下水道管理者Eが浮浪者を取り締まる最中に5名の腐乱死体を発見する。この5名は粉末に直接触れる作業をしていたB'のメンバーであり、急性放射線障害により死亡していた。Eは遺体を適切に処分せず、めぼしい金品を収奪した後にH川に放流する。この際、Eは暗闇の中で青白く光る物体を発見、粉末Xの入った小瓶を入手した。Eは社宅に帰ると、それを同僚のFに粉末Xを小瓶から出して見せ、手に取らせた。

同日、川の下流に流れ着いた5名の腐乱死体を浮浪者のGが引き上げる。Gは5名の腐乱死体を鳥に食わせることで、その鳥を肥えさせて食べることを計画していたと考えられる。


事件の発覚

2日後、H川下流で魚が大量に死んでいると市民からの通報を受けI警邏官が向かい、そこで大量に死んだ魚を発見する。H川を中心に死んだ鳥類、猫、犬、クルカ等が普段より多く発見していたことを思い出したI警邏官は危険を察知。打ち上がった魚を食べないよう近隣住民に警告をして回る。その警告によって不安になった市民が他の警邏官に通報したことで、盗難された物資による被害を警戒していた警察署からA領上層部に情報が伝達されることとなる。

I警邏官は最後に浮浪者にたいして警告をするため、浮浪者がよく集まる溜まり場を訪れた。浮浪者の一団に声をかけると、魚を食べていた浮浪者たちは驚いて逃げ始めた。その中で足取りがおぼつかない浮浪者Gが取り残され、I警邏官は浮浪者Gを取り押さえた。そこへ駆けつけた応援の警邏官とともに浮浪者Gから事情聴取を行い、5体の水没した腐乱死体を発見する。浮浪者Gはこれが川の上流から流れてきたものだと主張した。この5名の腐乱死体は警察署の付近に存在する広場に収容された。浮浪者Gは重要参考人として警察署内の留置場に隔離された。

翌日、これらの情報を統括した警察署が捜査本部を結成、警邏官への情報伝達を行った。しかし、盗難物品の絞り込みが不完全だったため、盗難物品に素手で触らないという注意喚起しか共有されなかった。

腐乱死体を発見した場所から上流に遡って捜査を開始。最終的に、魚の死骸と鳥類等の死骸の情報を元にB'のいた下水道のアジトを突き止めた。

アジトでは行方不明だったB'の残り5名が腐乱死体で発見された。また、アジトで保管されていた青白く発光する粉末Xの入った小瓶を5つ押収したが、うち2つは瓶の内壁が青白く発光しているのみで、洗い流された跡があった。5つの小瓶は全て警察署内の鋼鉄製の金庫に格納された。5名の腐乱死体は警察署付近の広場に収容された。


二次被害

翌日、死んで打ち上げられていた魚を解剖した結果、粉末Xが確認されたことによって、B'のうち誰かが粉末Xを川に流した可能性が高まり、アジトより下流域での漁業が制限された。しかし、密漁に関しては取り締まりの指示が遅れたため、結果的に多くのA領領民が密漁者の獲った魚を摂取していた。幸いにも、川に流された多くの粉末Xはアジト近くの魚が食べ、急性放射線障害で死んでいたことによって、魚介による副次被害は最小限に抑えられた。回収された魚は警察署の付近に存在する広場に収容された。

死んで打ち上げられていた魚は警邏官が回収をしたが、警邏官の警告を無視して急性放射線障害で死んだ魚を摂取した浮浪者集団への聞き取り調査によって、全員が何らかの症状を訴えていることが確認され、警察署内の留置場で一時的に隔離された。

警邏官による光る粉に注意する旨の警告が下水管理業者Eに届いたのは、死んだ鳥類等を摂取して体調不良を訴えた浮浪者が警邏官に連行された翌日、他の浮浪者集団と話をしたときである。怖くなったEはその日の勤務を切り上げて社宅に帰った。社宅ではEの同僚Fが倒れており、Fを介抱しようとした際、EはFの口元に粉末Xが付着していることを目視する。粉末Xが何らかの異常事態を引き起こしていると考えたEは社宅を飛び出し、近くの2人組の警邏官を呼び止める。事情を聞いたJ警邏官はK警邏官とともにEの社宅へ突入し、J警邏官は粉末Xの入った小瓶を押収、K警邏官は意識不明のFを背負い、Eと警察署の広場へ向かった。


三次被害

広場前に到着したJ警邏官はK警邏官と別れた後、粉末をコートの胸内ポケットに入れてEと警察署へ向かった。警邏官が押収した物品は基本的に肩掛けカバンに入れることが規定だが、EがJ警邏官に今回の事件の治療に関する賄賂を渡しており、賄賂を胸内ポケットに入れると同時に粉末Xの入った小瓶も入れてしまった。幸いにも、この行動によってK警邏官は直接の急激な被曝を免れた。Eを警察署内の留置場に隔離した後、自派閥の上官Lの元へ赴き、粉末Xの入った小瓶に関する取引を行い、胸内ポケットに粉末Xの入った小瓶を忍ばせたまま帰宅した。

K警邏官はFを背負い警察署付近の広場に到着すると、そこには収容されたB’10名と死んだ魚を検分しているI警邏官がいた。K警邏官はFをI警邏官に引き渡した。K警邏官は次の指示があるまでI警邏官とともに死骸の検分を行っていた。


四次被害

警察署内で隔離されていた浮浪者集団が相次いで変死していることが判明する。しかし、重要参考人として別室で隔離されていた浮浪者Gは変死していなかった。直後の聞き取りで浮浪者Gは他の浮浪者と違い、死んだ魚を摂取していないことが分かった。このことから捜査本部は、今回の盗難物品は体内に侵入することで威力を発揮する毒物であると判断した。

I警邏官とK警邏官は浮浪者集団の変死死体を留置場から広場に移し終えると業務を終了し、警察署内に設置された仮設サウナを訪れた。そこでK警邏官はI警邏官の手首内側が内出血を引き起こしていることを目視。すぐ捜査本部に報告した。

警察署内で同じように手の周りに内出血を起こしている者を捜索した結果、粉末Xに直接触れたEの手全体が内出血を引き起こしていることが判明する。この時点では同様な内出血症状を起こした警邏官が存在するか捜索するために全員が行動しており、翌日になるまで盗難物質に関する脅威内容の更新が行われなかった。

翌日、留置場内で浮浪者Gが様々な症状を訴える。主な内容は手首内側の内出血、内腿からの内出血、脱毛等が報告された。追加調査により、浮浪者GはB’の腐乱死体に触れる、死んで打ち上げられた魚を獲る、腐乱死体をカラスに食べさせるなどをしていたが、それらを摂取していないことが判明する。この事例を鑑みて、粉末Xの影響は体内に侵入する以外に、皮膚から吸収される可能性が示唆され、警邏官に共有された。

留置場で変死した浮浪者集団が変死したことで、他に変死した浮浪者集団がないか捜索令が出される。捜索の結果、死んで打ち上げられた魚を摂取した浮浪者集団が見つかり、同じように変死死体で発見され、警察署の付近に存在する広場に収容された。

別地点で特務部によって尋問されていたBからの情報をまとめた報告書が作成され、粉末Xのみが今回の物品盗難事件における重要な物質である旨が確定情報となる。粉末Xが小分けされた小瓶は6つであることが確定し、残りの一つの発見を急務とする旨を捜査本部が発表する。

上官Lは姿を見せないJ警邏官を不審に思い、J警邏官の自宅へ赴いた。J警邏官は自宅に帰ると警邏官の姿のまま椅子に座って仮眠をとっていた。LがJ警邏官を起こそうとしたところ、J警邏官は口元から血を流して死亡していることが確認される。J警邏官は胸部に放射線を強く受けたことによって、胸部を中心とした内出血を引き起こし、結果的に気道内内出血の末に呼吸困難で死亡したとみられる。その後、Lは警察署に戻ったがJ警邏官が死亡していることを報告しなかった。


五次被害

翌日、到着した特務部と科学アカデミーが派遣した人員により、粉末Xが放射性物質であることが明らかにされる。特にH川の付近で活動した警邏官の隔離が推奨され、顕著な内出血症状を訴えたI警邏官、E、浮浪者Gと、粉末Xの入った小瓶の押収に関与した14名を回収。また、金庫に格納されていた小瓶5つ、警察署付近の広場に収容されていたB’、F、浮浪者集団の死体、魚、鳥類、猫、犬、クルカ等を回収した。

事態が収束に向かう傾向を示し捜査本部が落ち着くと、Eと関与した警邏官の記録が存在しないことが判明する。警邏官への聞き取り調査によってK警邏官が関与していることが分かり、そこから残り1つの小瓶をJ警邏官が保持したままである可能性にたどり着く。また、Eの社宅に粉末Xが残留したままであることを、J警邏官が報告していないことが判明する。

翌日、特務部によって再編成された捜査本部が警邏隊の再配置を開始。特務部と科学アカデミー職員の指導によって粉末Xへの暴露へ細心の注意が払われたが、J警邏官の自宅でJ警邏官を収容する際、J警邏官の胸内ポケットに入っていた粉末Xの入った小瓶が不意に暴露し、特務部の職員が短時間ながら被曝した。収容、回収自体は無事に完了した。

Eの社宅に踏み込んだ警邏官らが床に散らばっている粉末Xを発見する。彼らは指導に従ってできる限り粉末の吸引や接触を避けるよう対策をしており、取り扱う粉末Xも少量だったために大量の被曝を免れた。

その後、特務部と科学アカデミーにおける、当時としては徹底した被曝量調査が行われ、新たに40人の警邏官が回収されることとなった。粉末Xの流出したH川の監視も行われたが、新たに魚の死骸が打ち上げられる現象は発生しなかった。

その後一週間の調査でめぼしい被害が出なかったため、捜査本部は事件が終息したと判断して解散された。捜査本部解散後の実質的な権限は特務部に移行。他に残留した粉末Xが残っているとされたが、降雨によってほとんどがH川に流出してしまい回収が困難になったこと、降雨で薄まった粉末Xが魚や鳥類に及ぼす被害はごく小規模であることを鑑みて、H側下流域での漁業等が引き続き制限されるに留まった。


被曝内容[検閲済]

被曝原因は内部被曝と外部被曝に二分される。

特務部と科学アカデミーによって回収された生存者のうち、外部被曝者は一部組織の内出血と壊死が見られた。特にEは手全体が粉末Xに暴露していた時間が長かったため、回収された直後から両手の痛みと酷い内出血を訴えるようになった。科学アカデミーの職員により回復の見込みがないと判断され、両手首は切り落とされることとなった。

当時の技術では内部被曝者に対する処置がほぼ不可能であり、特に外部被曝と並行して内部被曝したI警邏官は最終的に脳内出血により死亡した。さらに、軽度の内部被曝であっても対処が難しく、内出血に関連した死因が多数報告された。


事後処理

A領のA’施設には特務部の査察が入り、事件後まもなくして簡易的な先進遺物の総目録が作成された。しかし、この事件によってA領領主は旧文明遺跡との関わり合いを拒否したため、特務部によってA’施設は閉鎖され、埋め立てられた。

A領警察署は大量の放射能汚染による物的損害と人的被害を受け、施設の移転と人員整理を余儀なくされた。特に、一度に46人の公的な犠牲者を出したことによって通常業務が困難になることが予想されたため、一部の業務は派遣された特務部の人員によって一時的に補填されることとなった。また、一部警邏官の汚職によって被害が拡大する可能性があったため、事態を重く受け止めたA領警察署内では、全警邏官を挙げての反腐敗運動が盛んになり、当面は汚職が減少するだろうとしている。

特務部と科学アカデミーによって回収されたものについては不明である。しかし、特務部と科学アカデミーが放射能汚染された物質の全てを石棺に封入した後、ある旧文明遺跡に格納したとの記録がある。この「物質」には死体も含まれると記述されている。実際、I警邏官を筆頭として、放射能汚染が一定以上の生存者も回収されており、「専門の施設で経過観察が必要である」として、科学アカデミーのいずれかの施設に収容されたと思われる。後年の調査によって、回収された生存者が死亡するたびに石棺を用意し、封入の後に旧文明遺跡に格納されたという資料が発見されている。


隠れた被害

当時の技術では放射性物質の知見が明らかに不足しており、残留した放射性物質は川への流出、さらには大量の水で希釈されたことによって毒性が減衰し、人体に無害なレベルにまで収束したという見解が科学アカデミーの相違であった。しかし、人口調査によって事件後のA領内では一時的な低寿命化が発生したとの見方も存在している。信憑性のない資料が多くを占めるために確証を持つことは難しい。ただし、特務部によって継続調査された報告書によると、元々H川沿いに存在した浮浪者集団は死亡したか災厄を恐れて逃亡し、新しい浮浪者集団が縄張りを作るようになったとしているが、その新たな浮浪者集団が付近の魚を摂取し続けたことによって平均より1割から2割ほど早く死亡しているとする報告書が存在し、20年かけて浮浪者集団の平均寿命は事件発生前と同水準に戻ったとしている。


評価

「被害が判明しない初期段階から脅威度を最高位に設定して即座に報告したことにより、これまで領内で秘密裏に隠蔽されてきた「ありふれた悲劇」事件の露見に貢献したことは評価に値する。しかし、旧文明遺跡への無関心、無警戒からくるA領領主の怠慢が事件の発端であり、領主の在り方としては不適切であると指摘せざるを得ない。皮肉なことであるが、この事件の露見がなければ傲慢な貴族派独占派による暴走によって国家としての被害は多大であっただろうという点から見れば、A領での事件は千金に値する。しかし、最初の一例を出してしまったがゆえに、王家としては王室派協調派のA領に多大なる罰則を与えなければ今後起きる「ありふれた悲劇」事件を取り締まる前例として用を成さないことが明白であり、献身的な身内を切る辛さを味わうものであることは確かだ。」


早見表

A領A'施設
BとB'
C領
D卸売り
E下水管理業者
Fその同僚
G浮浪者
H川
I警邏官
J警邏官
K警邏官
L上官

物品W 解体された無害な物品
物品X 青白く光る粉末
物品Y 汚染されたH川の水(最終的に脅威度が低くなったため、アカデミーの最終報告書から除外される)
物品Z 盗難にあった本体
最終更新:2016年12月04日 13:40