リューリア、第三艦隊の軌跡 沈黙の空中艦編

”戦艦ノイギリェの探索によって発見された音声記録盤の情報書き起こし、および乗組員の消息についての報告”――パルエ歴694年 執筆責任者:第12代セズレーン隊師団長 カイ・シャルタン

前文:692年、地元領民から万年雲の禁足地と呼ばれていた旧異常気象地帯探査中に朽ち果てた2隻の旧式戦艦を発見。調査の結果、618年のリューリア会戦時に消息不明となっていた連邦軍戦艦”ノイギリェ”および帝国軍戦艦”バルデン”と判明。2度の残骸内調査によって、我々はノイギリェ残骸中の携帯蓄音機から多数の音声記録盤を発見した。
アーキル政府および関係者の持つ記録を参照した結果、間違いなく艦長イルマーズ大佐の肉声によるものであると確認し、その内容は当時の戦闘を記録した貴重な一次資料と判断。
その全音声記録を添付した磁気蛋白テープへコピーし、また文章による抄録の書き起こしという形で、ここに報告する。

 

以下、音声データ書き起こし

 

――あぁ、私だ。イルマーズだ。まぁ分かるだろう。私は生まれつき弱視で、筆記による記録は情報が確実かどうか、保証できない。ノートを外れて机に書き込んでることがたまにあってな(わずかに笑う)。もうすぐ重大なリューリア作戦が決行される。音声記録という形で戦闘経過を報告することにしたのを許してくれ。最も帰投後には、我が秘書が文章報告という形にしてくれるだろう。……悪い、手間をかけさせる。


――今日はセーラ月【彼の出身都市にある古い暦の言い方】、26日。割り当てられた所属艦は、一応、全艦揃った。今はエヴェ・メトン基地だ。バクトル提督殿は第三艦隊侵攻開始時間まで、空中補給訓練することを決定なすった。だがあと5日だぜ? 我が艦隊は小型艦が多い。隻数の3分の1は、都市防衛用の軽戦闘艇とその支援艦だ。拠点迎撃戦ならまだしも……(ため息) まぁ、いいさ。旗艦たる我が艦こそしっかりやらんとな。

【略】

――29日目。(舌打ちし、ため息)こりゃ、ラドサ【アーキル料理名、罵倒か】だな。小型艇を中心に接触事故等トラブルが頻発している。民間船頼りの補給物資は誤配送だらけだ。我が艦に搭載予定のユーフーは、未だに2機届いていない。ホルス艇は1艇余分にあるんだがどういうことだ。
(数秒沈黙)
 まぁ、要するに昨日一昨日の状況と変わりなし、だ。文句ばかり言うのは報告書としてどうなんだ。艦隊司令部の方々には、第三艦隊の陰の薄さを揶揄する声があったと聞いた。折角なんで今日は、第三艦隊の構成と任務について、少し話そうと思う。
(数秒沈黙)
 もともと、連邦結成期から存在している第三艦隊は訓練・実験艦隊だった。第七艦隊制定後は、戦術研究任務に移ったが、結局それも急ごしらえの第八艦隊の任務に統合され、我々は広大な砂漠に点在する拠点の局地防衛を任された。まぁここまではご存知の方ばかりだろう。所属艦は、主に3つに分けられる。拠点防衛のために配置された小型艇とその支援艦、広域遊撃や後方浸透の巡空艦群と索敵艦、そして戦術研究時代から存在していた旧演習艦である、このノイギリェだ。
 いずれの艦も古参だったり、量産しそこなったような中古と珍品、そして小型ボートで埋め合わせただけの艦隊だが、これが我々の総力なんだ。(数秒沈黙) まぁ空母はないが、我が艦以下重巡群にユーフーを多数載せられる航空艦が多い。自衛ぐらいはできるだろうさ。配機が間に合えばな。(ため息) 乗組員の国籍も一致しておらず、通信や統率も良くない。しかも手狭な舟艇ではそもそも長距離進軍が不可能だ。応急措置として、艦隊型輸送艦を改装して駆逐母艦や舟艇母艦を整備した。おかげで小型艦群の居住性には、ある程度自信がある。防御力は無いが。
(数秒沈黙)
 我々の艦、ノイギリェについて。ノイギリェは、一度見たら忘れられないと評判の、帝国艦研究艦だ。鹵獲した帝国式63.8センチ臼砲4門と、帝国軽巡の備砲をコピー生産した14センチ速射砲、それからガルエ級に載せられているのと同じ16センチ砲に、筋肉挙動をなるべく真似た連邦製扇対空砲を備えている。使ってる主砲も同じなら射程も帝国艦並みに短かった、が……先代の艦長が間接砲撃法を開発してからは、連邦重巡並に伸びるようになった。まぁ間接射じゃ貫通力を乗せられないから、そんな珍砲術使ってるのは大口径榴弾を撃つノイギリェだけだがな。
 足周りでも工夫されている。帝国艦独特の挙動を真似するために緊急用以外の機械式推進を廃し、大型浮遊機関と大出力の内燃発電装置を前後に搭載したことが、この艦の外見を決めた。この艦は徹底的に帝国戦艦に似せた、訓練研究用の実験兵器なんだ。敵艦と艦隊戦したこともほぼない。だから本当のところは、戦艦じゃない。最も、グレーヒェン級やなんかが就役した今じゃ、帝国戦艦のコピーとして見ても既に旧式だがな(わずかに笑う)。
 最近のノイギリェは、重巡を引き連れてよく第七艦隊とで合同訓練をしていた。機会があればことあるごとに、個艦機動研究と称してユィーラシエとサシの勝負をしている。今のところ、奴との戦果は2勝2敗だ。実は、本来なら昨日第七艦隊と最後の訓練戦をすることになっていたんだが、作戦の予定が繰り上がって出来なかった。アーデムの親父と決着を付けるまでは、死ねないな(苦笑)。
 あぁそう、訓練のために我が艦には特殊な装備を実験的に搭載している。そのひとつが中央指令室だ。なにせ煙突が煙たくて艦橋からまともに外が見えんだろう。艦内には被弾検出装置が各所に点在していて、訓練時に砲弾――模擬弾を食らうと、最寄りの兵士が即座に被害推定箇所の記されたスイッチを押す。すると、中央司令室のボードに纏められた、ノイギリェの全身が描かれたパネルに、ランプが付くんだ。「何番のこの部分に被弾しました、この兵装が使用不能です」ってな。逆に、敵を見つけた時も同じだ。反対側に置かれた2面パネルの中心にノイギリェや友軍艦の模型が置いてあって、艦各部の観測要員が見つけた仮想敵艦は、この大きなパネル……艦隊早見盤に設置される。距離と速度の情報も、観測要員が持つボタンの数字でやりとりするんだ。
 すべての情報が、ノイギリェの中央指揮室に集められる。艦中央部、重装甲に覆われた頭脳区画だ。ここですべての戦闘情報がまとめられ、司令部や研究員が各艦の挙動を判定し、訓練を評価する。第七艦隊の訓練艦にも存在しない、我が艦唯一のシステムだ。他の艦長によると艦橋から直接目視するのに比べてどうも使いにくいようだが……少なくとも、ほとんど見えない私にとっては、ひやりとしていて機関音の響くこっちの方が落ち着いていい。一応、光学伝達で周りの様子も見えるしな。
(数秒沈黙)まぁ、こんなところか。所属艦の中で一番伝統があって大きい、というだけで第三艦隊の旗艦をやってるのだが、こんな珍品で主力の一翼を担って挑まなければならないリューリア作戦というものは、なかなかに面白い。


【略】


――さて、今日は第三艦隊のリューリア作戦開始日だそうだ。予定より1日早い、何かと予定の繰り上げが続いてる。昨日の晩クンバカルナから正式な出撃命令が届けられた。現在午前4時。2時間後にエベ・メトンの泊地を出ろとさ。さぁて、今から私は……(欠伸と伸びをするような声)このあったかい布団から抜け出して顔を洗い、中央司令室に訓示しに行かねば……
 ああ、そうだ。このリューリア作戦の経緯を性格に伝えるため、これから先この蓄音機は常に携帯して、私が戦闘室にいる時は録音しっぱなしにしようと思う。替えの録音盤も沢山仕込んでおいたから大丈夫だ。


【この後録音は一旦停止し、中央司令室に入室する直前から始まる】

【約2分半無言。イルマーズ氏の足音、次に中央司令室と思われる扉を開く音が収録されていた】

――0500。おはようございます、バクトル提督。
(バクトル司令官)うん、おはよう。(彼女はアナンサラド訛りである)
――ノイギリェ中央司令室、全員揃っているか?【司令室各要員の返事】よし、いいな。
(バクトル司令官)ただいまより、リューリア作戦を開始する。0600から出撃を始めろとの命令だけど、発進作業でいきなり遅延しないよう今から抜錨させておこう。全艦に通達。
(通信手)了解、全艦に通達。艦隊抜錨用意。
――わかりました。ノイギリェ、抜錨用意。

【略 通常の抜錨手順】

(報告)ノイギリェ、地上との接続離れました。現在平衡浮遊状態です。
――他の艦はどうか?(数秒沈黙、おそらく艦隊早見盤の各艦の模型を触ってそれぞれの状態を確認している)……何隻かはまだか。高度50メルトで待機。
(バクトル司令官)ね、早めにもやい放っといてよかったでしょう。全艦抜錨済み次第高度半レウコまで上昇、ノイギリェを先頭とした錐形陣を組んで前進。速力100テルミタルで方位165度へ向かい、第一艦隊と合流する。合流まで4日あまり、各艦で物資の再配置を行っておこう。小型艇の大型艦接舷訓練も兼ねて。
――結局一部の積み荷は、本来の艦にちゃんと配送できずじまいましたからね。
(バクトル司令官)やっぱり無責任な民間に任せたらダメだね(ため息)。


【略 南下中、特筆すべき事件は起こっていない】


(出撃より4日目)

(報告)第一煙突見張りより報告。遠方約30ゲイアス、クンバカルナ視認しました!
――やっと第一艦隊と合流か。物資配置のたびに足を止めてたら結局4日もかかってしまった(ため息)。
(バクトル司令官)半日遅れたが、まぁ大丈夫でしょう。第一艦隊に、第三艦隊が合流したことを遅延理由も含めて通達しといてくれ。
――第七艦隊もちゃんといるか? ユィーラシエは見えるか聞いてくれないか?
【通信要員は第一艦隊に連絡。十数秒】
(報告)第七艦隊は視認できず。
(通信手)電波状況も良くないようです。おそらく、我が艦から見て反対側に広く陣取っているからかと。ノイギリェの司令官殿にことづけがあればクンバカルナに中継していただきましょうか?
――そうか。いや、いい。親父さんも分かっているだろう、変に禍根を残しては、な。
(バクトル司令官)クンバカルナの通信手はいちいち余計な一言を付け加えるから……士気に影響するから罷免要求を出すって話になってたぐらいなんだ。
(通信手)第一艦隊より返信です。『第一艦隊司令部了解、第三艦隊と無事合流できたことを嬉しく思う。三個艦隊が協力すれば我々は無敵である。第七艦隊はノスギア山脈近傍、第一艦隊左下方遠距離で援護に就いている。第三艦隊には右前方15ゲイアスの位置で全路警戒に従事せよ。……遅いから砂漠で干からびてるのかと思ってた。……グランアーキリア』以上です。
(バクトル司令官)リューリアまでにクビにならなかったのは連邦軍痛恨のミスだ。ここは大人の対応で、よろしくね。
【苦笑、ため息の声。続いて袋から第一、第七艦隊の模型を取り出し、艦隊早見盤に配置していく音】
――ユィーラシエは反対方向で援護狙撃、我が艦隊は真正面で露払いか。悪くないな。
(バクトル司令官)全艦2重盤形陣に切り替え、加速して第一艦隊前方に向かえ。

 

【略】

(出撃より8日目)
(報告)共振艦、敵艦捕捉! データまとめます! ガレオーネ級旧式戦艦1、以下旧式巡5、駆逐艦・哨戒艦12、砲艦7、グランヴィナス十数機! 距離10ゲイアス、前下方!
【新たに帝国艦模型を早見盤に配置する音】
(バクトル司令官)属領の支配艦隊にしては豪華だな。地方貴族なりに、リューリアの話を聞いて準備してたということか。どっちにしろ戦艦以外大した敵じゃない。31・33の重巡戦隊を突っ込ませて蹴散らせ。第32戦隊はユーフー隊発艦させて制空と敵艦妨害! 敵戦艦は我が艦が正面から向き合う。その間に駆逐隊と魚雷艇で飽和攻撃。全魚雷艇緊急発進命令!
――分かりました。ノイギリェ、緩降下速力一杯! 敵ガレオーネ級戦艦に食い付き、目視照準下で右反航砲戦を敢行する! 1、3、4番主砲および右舷副砲・両用砲群射撃用意! 弾種榴弾!
【機械音、不明瞭な各部署への命令声、加速する浮遊機関と発動機の轟音がしばらく続く】
――目標射程に入り次第撃ち方始め!
(報告)敵艦、発砲!
――この距離じゃまだ届かん。焦りすぎだ、練度低いな。
【背景騒音に混ざってわずかな風切り音】
(報告)敵砲弾、我が艦のはるか遠方に落下。
(報告)距離2.5ゲイアス、我が艦射程内に敵戦艦捉えました!
(砲雷長)撃て!
【爆音3回】
――弾尾曳光を見逃すなよ。
(報告)曳光、敵戦艦後方1000メルトを通過!
(砲雷長)次弾射角前方に修正、反航だから思い切り取ってくれ。装填急げ!
【風切り音 帝国側戦艦の次弾が飛来する】
――さっきより近いが、大丈夫。奴らは下手糞だ。右に2度変針、最接近距離を副砲射程内にしろ。主砲だけじゃ連射が遅い、副砲も生かして叩きのめす。
(報告)次弾装填完了!
(砲雷長)撃て!
【爆音3回】
(報告)弾尾曳光、目標中央3発中1発敵艦により遮蔽……近遠近、夾叉!
――2斉射で夾叉とはさすが優秀だ、撃ち続けろ!

【この後3分間、彼我ともに命中弾なし】

(砲雷長)5斉射め、撃て!
【爆音3回】
(報告)敵戦艦に命中!(数人、喝采の声)
(報告)敵一番砲塔消滅、循環器破断し艦首部崩落。生体翼に大穴、前方に傾斜しています。
――敵艦は姿勢をやられてこっちをうまく照準できないはずだ。しばらく主砲は止むぞ!
(報告)続いて副砲射程圏内に入りました!
――好機だ、16センチ砲・14センチ砲撃ちまくれ!
【この後連続的に発砲音】
(報告)副砲弾2発命中! 敵艦炎上、血液大量漏洩!
【直後、爆裂音と振動】
――被害報告! 今のは副砲弾だな?
(報告)艦後部32番区画に被弾。おそらく軟鉄弾でしょう、被害軽微です。
――ならよし。続けろ。
【砲戦継続、副砲さらに敵艦に命中】
(報告)敵戦艦大破し行き足止まりました。さらに友軍雷撃艦艇群が大挙して突入。空雷多数の弾影、壮観です。
(報告)敵戦艦、各部に空雷連続命中! 艦体複数に分裂して落下してゆきます……
――勝負ついたな。他はどうだ?
(報告)重巡戦隊、敵軽艦艇群を圧倒。敵艦複数撃沈しました。航空機戦も同様。付近の空域に脅威となりえる存在は絶無です。一部の残存艦は逃走した他、包囲され退路を断たれた数隻の艦艇が、青旗を揚げて降伏の意を示しています。鹵獲しますか?
(バクトル司令官)我々はあくまで第一艦隊の前衛やからな。捕虜を取るかの判断は後続に任せよう。

【各部署・各艦からの情報伝達と舟艇回収、艦隊陣形の再編が行われる】

――被害のまとめです。要撃艇314喪失、重巡ペネメン、コルオル、ペトラパテネ、ダーハ小破。艦載機ユーフー4機未帰還、1機大破破棄。以上。敵艦は戦艦1、旧式巡2、小型艦6撃沈確実。砲艦2隻降伏、第一艦隊の捕虜となり艦は自沈。残存艦は損傷しつつ、西方に撤退を始めたようです。
(バクトル司令官)うん、まぁよくやった。でも正直こんな序盤で第一艦隊まで突っかかってくるとは思わなかったから面倒だ。帝国なら一旦引いてリューリアかガルーデアあたりの内地で艦隊決戦するだろうとみんな思っていたのだが……(ため息)よほど自分の領地が惜しかったか。
――まぁ、都合よく相手が動いてくれるわけやないってことでしょう。
(バクトル司令官)だな。あの程度の戦力なら我々の敵じゃないが……生き残りに迂回されて後方の補給艦隊や物資集積地、ひいてはがら空きの連邦都市が脅かされる可能性もある。第三艦隊は追撃したい。その旨を第一艦隊に伝えてくれ。
(通信手)了解。第一艦隊司令部に追撃許可、取ります。
【数分間のやり取り】
(通信手)『第三艦隊による追撃を許可する。敵部隊の撤退した西方に向かい、敵残存艦全てを確実に仕留め祖国と後続の部隊を死守せよ。任務達成後、ポイント”キロン”で会合。会合日時および識別信号は規定通りのものを使うべし。……ノイギリェは砂遊びしてるうちにまた遅刻しそうだけど、次は置いてくよ……グランアーキリア』以上です。
(バクトル司令官)よし、申し出たからには確実に奴らのとどめを刺そう。全艦に下令。第二球形陣に移行し面舵いっぱい、方位270に転進、最大艦隊戦速で追撃に移る。キロンポイントと言えば帝都直前の会合地点だったな。連邦と帝国の全兵力が集結する、艦隊決戦想定場所か……クンバカルナ通信手のガキが言ってたように、何があっても遅刻することは許されない。さっき逃げた奴らを確実に捕捉し、絶対に殲滅し、必ず時間内に戻ってくるんだ。行くぞ!


【略 以降、夜まで陣形変更と変針に費やされる】


(出撃より9日目)

――おはよう諸君。追撃戦頑張ろう。
(バクトル司令官)おはようね。
――逃走する敵艦の追撃、間に合いそうですか?
(バクトル司令官)間に合いそうじゃなくて間に合わせるんだよ(笑い声)。まぁ、不安に思うのは分かる。敵さんの艦隊速度は100テルミタル、一方我々はどれだけ絞っても90がせいぜいだ。しかも、居住性の悪い旧式駆逐艦をいちいち止めて補給することも考えたら”表定速度”はもっと落ちる。敵艦が我々と同じような旧式や損傷艦持ちやから最大速度が大差ない、ということを勘案しないと追いつける見込みは無い。
――最悪、西部の第六艦隊の援護を受けることを考えてはどうでしょう。
(バクトル司令官)うん、それも考えてた。(数秒沈黙)ところで、これ飲む?
――いただきます。(飲み物をすする音)ん、何でしょう。シーバじゃないですね。
(バクトル司令官)クドゥス茶だよ。うちの母親がアナンサラド出身でね、子供のころはシーバよりこいつを良く飲んだんだ。
――確かに、シーバのような渋みや苦みが少ないから子供にも飲みやすいでしょう。アナンサラドと言えば……

【以下、他愛もない雑談のため約30分割愛】

(報告)共振艦より入電、敵艦3隻捕捉!
(バクトル司令官)よし、攻撃に移る。艦種は何?
【数秒間通信】
(報告)光学観測により判明。損傷したガルエ級2、砲艦1が前方の渓谷を隠れるように飛行しているとのことです。他の航空機や艦艇の存在は皆無。
(バクトル司令官)共振艦のいる第三艦隊に追撃されたのが運の尽きだったな。31戦隊ウラクシオン級からユーフー全機発艦! 対艦砲を生体機関に叩きこんで成仏させてやれ!
――我が艦からも出しますか?
(バクトル司令官)あぁ。出してくれ。
――了解。航空科、ノイギリェユーフー隊全機発艦!
【交信雑音の中、しばらくして航空格納庫が開く音、続いて航空機のエンジン音】
(報告)全ユーフー隊、発艦しました。編隊を組みながら共振艦の放つ誘導音波に乗り、緩降下していきます。
【艦隊早見盤にある、ユーフー隊と思われる模型が移動させられる摩擦音が、わずかに聞こえる】
(バクトル司令官)合わせて36機のユーフー、72発の対艦砲弾だ。決めてくれるか……
【艦内雑音だけが響く。沈黙。司令室の皆は、早見盤上でガルエ級に群れるユーフーに見入っていたと思われる】
(報告)戦果確認機及び共振艦より入電。敵艦3隻の反応次々と消失。やりました! 我が方の被害もありません!
【小さな歓声とため息】
――まずはやったな。帰還したユーフーのパイロットには高級シーバの粉をやろう。
(バクトル司令官)とはいえ、大破してまともに動けなかった落伍艦にとどめを刺しただけだ。追撃戦はこれからだぞ……と言いたいところだが、艦隊補給艦の会合地点が近いな。やみくもに速度上げても低速艦の機関に負担かけるだけだし、第三戦速で会合地点まで行っても見つけられなかったら一旦停止しよう。


【略】


(出撃より11日目)

(報告)共振艦、敵中規模艦隊を捕捉!
(バクトル司令官)何だって! 追撃していた奴らと同じ部隊か?
(報告)一部の艦の共振波紋が前回の観測と一致します。間違いなく追撃していた艦隊です。が……
(バクトル司令官)が、何だ。
(報告)艦隊規模、明らかに増大しています。この先にある属領都市で再編・応急修理を済ませて再び立ち向かってきたのではないかと。
――ただやみくもに逃げだしていた訳じゃないんだな。やるじゃないか、勇気は褒めてやる。相手の規模は?
(報告)共振艦の光学観測情報入りました。ガレオーネ級旧式戦艦1、改ジグラート級軽空母1、ジグラート級旧式巡3、フレイア級軽巡2、ガルエ級・ナラート級旧式駆逐艦9!
(バクトル司令官)個艦の性能はともかく、規模的には弱くはない敵だな。放置していると他艦隊の後方に回りこんで攪乱されたり、南方の連邦都市を襲いかねない。それに第六艦隊の補給艦ももうじきここに来る。全艦まともに動けなくなるまで殴り倒すぞ! 重巡戦隊は艦載機を放ってからジグラート級を数で押し倒せ、駆逐艦は舟艇母艦を護衛しつつ敵駆逐艦の頭抑えろ。ガレオーネ級はノイギリェが担当、ユーフー隊は軽空母の艦載機をブロックしてくれ、艦載機の爆弾や榴弾砲は脅威だ。余裕があれば敵戦艦の艦橋狙撃!
――ノイギリェ、敵戦艦に向かいます。航空隊は全機発艦。ノイギリェ周囲をカバーして敵艦載機を近づけるな!
【早見盤に模型を並べる音と、艦隊戦準備の命令の声。しばらくして航空機発進音】
――彼我の配置は……(数秒沈黙、おそらくセットされた模型を触って配置を確認している)こうか。敵空母から高度を200メルトほど昇って上からかぶられないようにしろ。1、2、4番主砲および副砲群、左同航砲戦準備! 機銃および3番砲塔、防空戦闘用意!
(砲雷長)了解、全火器射撃用意! 1、2、4番主砲は弾種榴弾、左舷副砲は徹甲弾装填。3番主砲と右舷副砲は対空用の焼夷散弾を。敵戦闘機の接近を感知したら、砲側の判断で撃ってよし!
――今回は同航戦で、雷撃支援も少ない。我が主砲の連射速度は遅いが、ありがたいことに、向こうの方が装甲は薄い。両舷全速、全砲射程内に入り次第射撃開始。前回と同じく距離を目いっぱい詰めて火力全開で殴りあうぞ!
【響く機関音。徐々に周囲の発砲音は増加し、航空機のエンジン音も聞こえる】
(報告)主砲射程圏内に入りました!
(砲雷長)主砲、撃て!
【爆音3回】
(報告)弾尾曳光、全て敵艦によって遮蔽。敵艦遠方に落ちました。
(砲雷長)仰角を1.5°落として修正射。装填!
(報告)敵艦発砲炎!
――今回の敵さんは落ち着いてトリガーを引いてるみたいだな。
【比較的大きな風切り音】
――おいおい今のは近くなかったか?
(報告)本艦の前方、推定400メルトを通過!
――うまいな。
【この後、装填完了し発砲。以下2斉射、いずれも夾叉を逃す】
(砲雷長)次弾装填、急げ!
――発砲するごとに毎回言わなくても、装填手は分かってる。
(砲雷長)なかなか遅いから、何も言わないとどうもホントに装填しているのか不安になって……
――その気持ちは分かる。だが命令は簡潔に。戦闘中は特にな。
(砲雷長)了解しました。
(報告)敵艦、発砲炎!
【爆音と振動】
――ついにやられた、榴弾か! 被害報告急げ!
【電子音。おそらく被害表示盤のランプが付いたのだと思われる】
――これは……左舷バルジ中央部か。2番副砲大破、左舷主翼破孔多数……だがまだいけるさ!
【爆音3回】
(報告)我が方の砲撃、夾叉! と同時に、副砲射程圏内に入りました!
――よし、火力全開で殴り返せ。ここからが旧式戦艦同士の戦いって奴だ!
【連続的に副砲発砲音】
(報告)副砲、敵艦下部金属骨格に命中するも被害軽微。
(報告)敵艦発砲炎!
【爆音と振動】
――まずい、魚雷発射管に命中したか?
(報告)魚雷装甲区画に命中、内部四\および発射管は無事ですが一番砲塔衝撃波により砲塔旋回装置損傷、射撃不能!
(砲雷長)クソ、火力が一気に2/3に減ってしまった。だが大丈夫、こっちは64センチ榴弾だ。一発でも当てれば互角以上に引き込めるんだ……!
【爆音2回】
(報告)近遠。夾叉なれど命中無し!
(報告)敵発砲炎!
【爆音】
――今度は4番副砲のランプが消えた!
(報告)後部煙突根本付近に直撃! 4番副砲および左舷搭載艇大破!
【爆音】
――今のは?
(報告)対空3番主砲です。ユーフー隊の迎撃を抜けたグランビア3機が右舷より接近、主砲対空射を行いました。残存2機、艦橋に真っすぐ突っ込んできます!
――ええいミニクルカごときが戦艦戦の邪魔するな! 扇対空砲右に向かって弾幕張れ! 艦橋を守るんだ!
【一呼吸置いて、太鼓を叩くような連続的な発砲音。3秒後、小さな爆発音】
(報告)1機撃墜、さらに1機突っ込んできます!
【爆発音2回】
――大丈夫か!? (数秒沈黙)被弾箇所は艦橋じゃないな、後部垂直尾翼に赤ランプが付いている。
(報告)艦橋より情報。最後の1機は操縦席が潰され、主を失った生体機が迷走して尾翼に突っ込んだようです。
――そうか、まあいい。前部及び下部垂直尾翼に歯車合わせ。今後そちらで回頭を制御する。
【爆発音】
(報告)後部甲板装甲部に被弾、火災発生! 延焼次第では、4番砲塔も炙られて射撃不能になります!
――砲雷長、不安を煽って申し訳ないが、そろそろ命中決めないとヤバいぞ。
(砲雷長)ですな。なに、ユィーラシエとの演習ではいつもここからでしたでしょう。
(報告)2番4番主砲、装填完了!
(砲雷長)次こそは……撃て!
【爆音2回】
(報告)敵艦前右舷生体機関に命中! 生体機関大きくえぐられ、破断して落下していきます!
(砲雷長)よし!
――さすがはアンタだ。反撃と行こうじゃないか!
(報告)敵生体部分に大量出血、止まりません! 敵艦右に傾斜、速度落ちます!
【爆音】
(報告)6番煙突に被弾! 排煙逆流、機関出力緊急カットします! 我が艦も速度低下!
――敵さんも半身大破でやるじゃないか。この調子じゃよくて相撃ちかもしれん。
(砲雷長)こんなところで領主貴族どものオンボロ戦艦と心中したかぁない。もう一撃当てれば粉みじんだ、全力で効力射だ!
――いや主砲は間に合わない。砲雷長、生体機関の破断部分に副砲弾を叩きこめるか?
(砲雷長)この距離なら直接照準で叩きこめますが、どういうおつもりで?
――やってくれ。弾種は焼夷榴弾。
(砲雷長)了解。1番3番副砲、焼夷榴弾装填! 撃て!
【発砲音2回】
(報告)敵艦生体損傷部に2発命中! 炎上なれど効果なしの模様。
(砲雷長)失敗ですか?
――いや、待て……(数秒沈黙)おそらく。
(報告)生体部に延焼していきます……(数秒)なっ、敵艦、生体機関次々と破裂! 轟沈していきます!
――よし、やった! 我々の勝利だ!
【艦内歓声】
――さすが砲雷長、決めてくれたな。
(バクトル司令官)周囲に敵艦なし。何隻か撃ち漏らしてまた逃げて行ったが……ともかく、戦闘終了だ。
――お疲れ様です。(数秒無言。おそらく被害掲示盤に見入っている)複数の備砲と空力翼に被弾、今回のダメージは大きいぞ。詳細な被害報告急げ!
(報告)左舷2番4番副砲、大破。砲手生存者無し。以降射撃不能です。
(報告)尾部垂直尾翼、根本部2割を残して破断、喪失。回頭制御は下部垂直翼に切り替え安定しています。
(報告)後部甲板火災、消火中。搭載真水使用量、推定3パーセントで消火完了する見込みです。4番砲塔への影響はなし。
(報告)航空隊より連絡あり。3番テスぺ機が撃墜された模様。残存機4機の健在は確認されました。
(報告)1番主砲塔、砲塔旋回装置修理始めます。技術的問題は少なく、修理成功次第再び射撃可能になると思われます。
(報告)後部煙突の応急修理完了次第、全力航行可能になります。
【以下、細部の被害報告と対応の命令が数十分続く】
――こんなものか。
(バクトル司令官)お疲れさん。途中からの逆転は見事だったぞ。今回のガレオーネ級に乗ってた貴族様は腕前が良かったし、改装もされてたみたいだね。
――ええ。主砲は、原型と違って榴弾が発射できるように換装されていたようです。
(バクトル司令官)金持ち領主のための、旧式艦性能向上型というやつか……
――帝国旧式艦の性能向上型は、590年代から見られるようになりましたね。前線に近かったり資金はあるが新型を導入するほどの余裕もない地方貴族艦隊に、ちらほら混ざっているようです。旧式艦と言えど油断できません。(数秒無言)あ、砲雷長ご苦労だった。当てろと命令して当てたところは見事だったな。
(砲雷長)あぁ、艦長お疲れ様です。当てたのは砲手の方ですよ……(数秒沈黙)しかし、艦長。なぜ敵艦は被弾後時間差で轟沈したんでしょう?
――ショック死さ。
(砲雷長)ショック死、ですか?
――そう。生体機関の一部が砲撃でもがれるとするだろ。擬人視すれば、腕の一本ぐらい持ってかれたようなもんだ。帝国の生体機関士は被弾するとすぐ鎮痛剤を生体に打ち込む。被弾後のさっきのガレオーネ級は、いわば腕一本取れてモルヒネでごまかしつつ走り続けてた状態だ。
 その上で、生体機関破断部に焼夷榴弾を撃ち込むのはどういう状態か分かるか? ちぎれた腕の断面から赤く焼けた金属棒をねじ込むようなもんだ。鎮痛剤が効いてくる前に撃ち込めば、あまりの激痛で神経系の接続が破壊されてショック死する。生体機関の肉は統制を失って、信じられないほどぶるぶる震えながら破裂していくんだよ。
(砲雷長)うえ……なかなかえげつない攻撃法ですね。さすが、艦長お詳しいですね。
――私は四半世紀の間この艦に居続けている。帝国艦に関する論文を沢山書いたおかげで、敵の構造や弱点だけはいくらでもしゃべれるぞ。要は頭でっかちだな(笑い声)。
(砲雷長)いえ。その知識を、たった今生かせました。
(バクトル司令官)さすが、私が配属される前。戦術研究の権威と言われた、第三艦隊ノイギリェの艦長だね。(数秒沈黙)さて、敵味方の戦果だが。こちらはノイギリェ以下、多数の艦艇が損傷を受けたが喪失した艦はいない。邀撃艇2隻、ユーフー6機を失ったがな。一方敵は……戦艦と、旧式巡空艦全部、艦載機ほぼ全てに駆逐艦3隻を失って戦闘は終了した。つまるところ、残る軽空母の本体とフレイア級2、駆逐艦7隻は損傷しつつも逃げおおせたってこと。
【艦内ざわめき】
(バクトル司令官)総旗艦から受けた命令は、すべての敵艦を確実に撃破すること。この空域から敵艦はいなくなった。補給艦隊とも無事合流して、ここで安全に補給できるはず。我々は2回の戦闘でかなりの弾薬を失い、補給が必要な状態だ。だが、やらねばならないことは残っている。あまり時間は無いが……補給を優先するか、追撃を優先するか。この場で皆の意見を聞いて決めたい。
【以下、第三艦隊司令部およびノイギリェ指導部は10分間議論を行う】
(バクトル司令官)よし、それで決まりとしよう。第32戦隊トラペゾンド座乗のドロネス提督に連絡。トラペゾンドは第33戦隊および31、32、34駆逐隊と共振艦プロブアルス、駆逐母艦シャルイェハ、雷撃母艦ファフロツキらとその搭載艇。これらを引き連れてドロネス小艦隊を臨時編成、本隊所属艦から直接補給を受けたのち、分離して先ほど逃走した帝国軽空母部隊の追撃および殲滅を命令する。5日後にこの位置に帰還し、我が艦隊との連絡を待て。目標はカラの軽空母と低火力のフレイア級2隻に手負いの駆逐艦。圧倒できるだろう。各艦、ドロネス小艦隊に物資を受け渡してやれ。彼らに補給艦隊と合流して供給を受ける暇はない。
(通信手)了解しました。【バクトル司令官の命令を復唱し、連絡】
――我が艦からも糧食と内燃機用の燃料を。右舷艦載艇にドラム缶を満載してトラペゾンドに受け渡してくれ。
【以下数時間、各艦入り乱れてドロネス小艦隊に物資譲渡を行う】


【データ破損】


(出撃より13日目)

――補給艦隊との会合予定日からもう2日経ってるのに、まだ見えないか……
(バクトル司令官)主任務の追撃戦はドロネス小艦隊に任せてるとはいえ、本隊がこんな僻地で遊兵となってるのはもったいないな。だが各艦の弾薬は残り半分程度。艦隊決戦に挑むにはちょっと不安が残る。
――なぜ姿が見えない? 第六艦隊が護衛しているはずだからまさか撃破されたことは無いだろうが……
(バクトル司令官)でも、ドロネス小艦隊を回収するまであと3日あるから。それまで待とう。
【注:この時第三艦隊が合流を目指していた第六艦隊補給船団は、別位置で敵艦隊の襲撃を受け応戦していた】
(通信手)共振艦、浮遊機関反応と内燃機の音波を検知。これは……(共振艦と通信)第六艦隊です! ユットザイリーグ以下戦闘艦艇多数、健在です!
(バクトル司令官)あぁ、良かった、補給船の護衛よ。一旦合流しよう!
――向こうは共振艦が居ないから、発光信号で連絡してくれ。第六艦隊に向かって、”我第三艦隊、合流ト補給ヲ求ム”と、向こうが気付くまで連続でな。
(砲雷長)一息つけますね……
【バクトル司令官が伸びをする声】
(報告)共振艦、50隻以上の敵大艦隊捕捉! 敵方おそらくこちらを見つけていませんが、我が方と第六艦隊の間を通り抜けるコースです!
――なんてこった、補給どころじゃねぇ!
(バクトル司令官)第六艦隊に緊急連絡、発光、無線に戦闘旗掲揚。あらゆる手段を用いて彼らに敵接近を知らせろ。 全艦艦隊戦用意! 高度を上げてから速度乗せて襲い掛かれ。第六艦隊と合わせて規模は同程度だ、先制すれば勝てる。
【機関音】
【早見盤に多数の駒が積まれ、動かされていく音】
(バクトル司令官)艦隊転舵、柱縦陣に組みなおし緩降下で敵艦隊を捉える。第六艦隊と合わせて同時突入だ。
(報告)第六艦隊も転舵し上昇を開始。(数秒沈黙)……補給船はどうも、いないようですね。
(バクトル司令官)撃沈されたとは思えない、別位置で切り離したんじゃない? いい、それは後。ユーフー隊全機発艦させろ!
――ノイギリェユーフー隊、発艦だ。
(バクトル司令官)敵さんもこっちに気付いたな。二手に分かれて、二艦隊を別々に迎撃か。第三艦隊はこの、20隻余りの目標群1と交戦。規模の大きい目標群2は有力な第六艦隊に任せよう。ここにいる【おそらく早見盤上の帝国艦模型を指さしたと思われる】敵戦列艦隊とやりあうよ! 戦術研究家殿、どう思う?
――帝国の第2世代戦艦3隻か、装甲は薄いが大口径榴弾を満載した奴らです。ノイギリェ1隻では対応できかねます。緩降下で速度を乗せた31、32戦隊の重巡5隻で遠距離から引き撃ちして、撃ち勝てるかどうかは……(数秒沈黙)微妙なところです。
(バクトル司令官)やるしかない。33と36の駆逐戦隊は母艦を護衛しつつ、敵の中小艦を空雷の斉射で抑えてくれ。35駆逐戦隊は新型駆逐艦でまとめとるからいい任務を与えてやる。敵戦艦に突進、空雷で仕留めろ!
――今回の敵は手強いぞ。艦首空雷および重墳進弾、全発射管装填。目標帝国戦艦。一撃撃ち込んでから同航右砲戦を挑む!
(バクトル司令官)重巡群もノイギリェに続け。
――敵戦艦に接近のち、敵戦艦の射程1.5ゲイアス以遠で左に回頭。距離を保ったまま引き撃ちを行いアウトレンジで敵艦を削る。削り切れないうちに敵艦の射程内に入られたら終りだぞ……!
【雑音多数】
――前部固定空雷発射管1~6番および重墳進空雷筒1~12番、目標敵戦艦未来位置! 扇状斉射始め!
(砲雷長)撃ち方始め!
【艦首空雷発射音が連続】
――進行方向修正、右15度回頭。左砲戦用意!
(砲雷長)1、2、4番主砲塔射撃用意。弾種榴弾、目標敵先頭の戦艦!
(バクトル司令官)ノイギリェ追従の重巡に命令。全艦先頭の戦艦を照準、1隻づつ集中攻撃して敵の火力を確実に減らす!
――ノイギリェほどじゃないが、奴も40~50センチクラスの大口径榴弾持ちだ。食らったら終りだぞ。だが直射しか知らない奴らだ、こちらの射程ぎりぎりで撃ち込む。遠距離砲戦では命中率は落ちるが、先に当てた方が勝ちなんだ。追いつかれるまでが勝負だ!
(報告)光学測距より、距離2.5ゲイアス。射程内に入りました。
(砲雷長)撃て!
【爆音3回】
(報告)主砲弾、敵艦後方遠距離を通過。
(砲雷長)前方に修正。
(報告)後続の重巡群も発砲を開始しました。命中弾は無し。
(報告)敵戦艦隊、左に回頭しました。射程を詰めようと追いかけてくる形に。
――あちらの速力はブーストで110テルミタル。こちらは降下加速で100は出ているが……(数秒沈黙)追いつかれるまでの時間は約12分だ。その間に我が艦が可能な砲撃回数はせいぜい9斉射27発。決めてくれ、砲雷長。
(砲雷長)了解!
(報告)装填完了!
(砲雷長)敵戦艦に向けて、当たるまで撃ちまくれ!
【爆音3回】
(報告)弾尾曳光、敵艦の手前後方を通過。遠弾です。
【イルマーズ大佐および砲雷長、沈黙を続ける】
(報告)空雷通過推定時間まもなく……(数秒)敵2番艦に1発命中!
――よし! その1発だけか?
【数秒沈黙】
(報告)空雷通過推定時間を過ぎました。命中は1発だけの模様。敵2番艦は左舷副砲塔1基大破炎上なれど安定して航行中。
――まずは敵火力を削ったとはいえ、我が艦と重巡達であれだけ放って命中1発か。やはり遠距離雷撃戦は好ましい戦術とは言えないな。狙撃砲の方がまだましかもしれない。
【爆音3回】
(報告)弾尾曳光すべて敵艦に遮蔽。遠弾。重巡群も命中弾はまだ無しです。
【沈黙。以下6斉射、命中皆無】
(報告)……弾尾曳光、敵艦に遮蔽。3発遠弾。
(砲雷長)重巡5隻とも命中まだ無しだと? いくらなんでも運が悪すぎだ!
――いや、ひょっとすると。
(バクトル司令官)何か?
――横滑りです。敵艦は進行方向軸を艦首からずらして、我が方の射線を回避しているのかもしれません。連邦がやる予測砲撃は敵の艦首を進行方向とみなして撃ち込むやり方です。横滑りすれば理論上すべて回避できる。
(砲雷長)昔ノイギリェが実験したという、アレですか。ですが全速で飛行中に艦首をずらすとなると、竜骨への負担や砲撃照準に問題が生じて実用的ではないという結論が出たのでは?
――奴らはまだ砲撃を始めていない。それに帝国艦の推力中心は生体部分だ、浮遊機関のノイギリェとは微妙に違う。不可能とは言いきれない。ここまで徹底的にハズレとなると、横滑りしている可能性は捨てきれない。
(砲雷長)なら、相当な手練れでしょうね。
――照準変更。砲雷長、横滑りを念頭に予測射撃を行おう。
(砲雷長)了解! 全主砲照準変更、敵艦進行方向より2度手前に散布界の中心を設定! これでどこまで近づくか……
【しばらくして爆音3回】
(報告)近々遠、夾叉しました!
(砲雷長)ドンピシャ!
――よし、そのまま全力撃ち方! 後続の重巡にも情報送れ!
【連続して砲撃音】
(報告)重巡5隻、相次いで発砲。敵1番戦艦に命中弾2! 1番砲塔大破、火災発生!
(バクトル司令官)流石だ、戦術研究家!
【爆音3回】
(報告)わが主砲弾、敵戦艦中央部に直撃! 弾薬に次々誘爆!
【歓声】
(報告)敵1番戦艦、艦体真っ二つに切断され轟沈しました!
――照準変更、敵2番戦艦照準!
(バクトル司令官)重巡にも通達、2番艦に全力で撃ち込め!
――だが、そろそろ時間だぞ……
(報告)敵戦艦2隻、発砲!
――射程圏に入られた、タイムリミットだ。
【風切り音】
(報告)敵弾、重巡ペネメンをかすめました!
(バクトル司令官)初弾で、うまい奴らだ。こっちも早く撃ち返せ!
(砲雷長)現在、2番艦に照準変更中。射撃可能になるまであと75秒です。
――クロスレンジ戦になってしまったな。35駆の雷撃支援はまだでしょうか?
(バクトル司令官)戦艦の護衛に妨害されて突入できていない。同数以上のクライプティア級だ、敵戦艦への突入は期待できない。
【爆発音】
(報告)重巡ペネメン、上部構造に直撃弾!
【さらに爆発音】
(報告)ペネメン、主砲すべてをやられ戦闘不能。後続のコルオルおよびギベリンに敵戦艦の砲撃が集中!
――まだか!
(報告)主砲照準および装填……(数秒沈黙)完了しました!
(砲雷長)全力撃ち方!
【爆音3回】
(報告)敵2番艦手前遠弾!
(砲雷長)照準修正、次弾装填、急げ!
【爆音】
(報告)コルオル、ギベリン相次いで被弾。ギベリン弾薬が誘爆し艦体断裂、高度急速に低下中!
(報告)コルオル大破炎上、舵損傷。戦列を離れ迷走を始めました!
(報告)後続のウラクシオン・アヴィドメガス、コルオル回避のため砲撃止みます!
【風切り音】
(報告)我が艦至近を砲弾通過、狙われています!
――重巡を守れ! 撃ち返せ!
【爆音3回】
(報告)敵2番戦艦に命中、循環空冷器より後部の艦上構造物粉砕! されど砲戦を続行の模様!
――むっ……
(報告)アヴィドメガス被弾、反動でコルオルに追突しその場に停滞! 艦橋大破し通信切れました!
――このままでは重巡が全滅してしまう。右に舵を切れ、ノイギリェ接近して全砲で撃ち倒す!
【爆発音】
――ぐわっ……【船体がきしむ音】1番砲のランプが切れた!
(報告)1番砲塔大破、射撃不能! 前部探照灯粉砕!
【爆音】
(報告)重巡ウラクシオン、機関に被弾! 行き足止まります!
(バクトル司令官)駄目だ、守るべき重巡が全滅してしまった!
――畜生!
(バクトル司令官)これ以上戦えない、撤退だ! 駆逐戦隊に下令、敵護衛艦との戦闘を中止し煙幕を張って離脱せよ! 我が艦も!
――いやこちらの艦隊速力の方が遅い、離脱は不可能です! 目前の戦艦2隻を倒して、敵の方から後退してもらわねば……
(バクトル司令官)できるというのか?
――砲雷長、距離は?
(砲雷長)直射可能距離です。
――なら大丈夫! 2隻に2発だ、当てれば勝てる。砲雷長決めてくれ!
(砲雷長)2番主砲照準そのまま、4番主砲敵3番艦に直接照準、完了次第発砲!
(バクトル司令官)それが当たる前に主砲か機関周りに食らったら終りだ。身を隠せ!
――煙幕なら得意だ! 内燃機関室、発電ボイラを不完全燃焼させて黒煙展張!
【爆音1回】
(報告)敵2番戦艦基部に命中!後部生体機関が根本から脱落し転覆墜落していきます!
(報告)敵3番戦艦発砲炎!
(砲雷長)もう一撃、撃て!
【爆音1回】
――総員衝撃に備えよ!
【大規模な爆発音】
【悲鳴、雑音多数】

 

【データ欠損】

 

【20秒間、雑音多数】

【録音が明瞭になる。以下約5分間、生活雑音】

(バクトル司令官)おい、居るか?
【扉を叩く音】
――提督、いますよ。どうぞ。
(バクトル司令官)失礼するわ。(ため息)何度来てもあなたの艦長室は、良い木の匂いがするな。
――視覚が弱いと、他の感覚が研ぎ澄まされるんでしてね。木の匂いは落ち着きます。
(バクトル司令官)あぁ、そう言えば……それは、蓄音機かい? いつも持ち歩いてるわね。ひょっとして今も録音しているの?
――いえいえ(笑い声)、でも修理はしてました。
【注:なぜ彼が録音しているかと聞かれて否定したのかは不明。おそらく修理後意図せず録音スイッチが入ってしまったと考えられる】
(バクトル司令官)ならいいか……いやね、これからどうしようか、帝国兵器の専門家に相談しようと思ってな。
――専門家だなんて、そんな。(苦笑)
(バクトル司令官)現有戦力は、中破したこのノイギリェ以下、共振艦ウーラジェト、要撃母艦2隻。フリゲートフレンヒレと、駆逐艦2隻。あとは邀撃艇9艇だけだ。敵戦艦3隻と引き換えに、重巡と旧式駆逐艦が全滅。艦載機も収容しきれずノイギリェで回収できた5機を除いては第六艦隊の方へ退避させた。……(数秒沈黙)君は第六艦隊へ合流を目指すべきだったと思っているか?
――結果論では。ですがあの時は、移動してドロネス小艦隊を見捨てるわけにもいかなかった。仕方ありません。
(バクトル司令官)ドロネス小艦隊は結局戻ってこなかった。どこへ行ったんだろうね……【注:この言葉より現在は出撃16日目以降だと思われる】
――予定外の事態で追撃を延長している、あるいはより強大な敵艦隊に捕捉され撃破された。といったところでしょうか。ですが、もはや我々の戦力は分離当時のドロネス小艦隊より小規模。
(バクトル司令官)残念ながら単独での作戦継続はほとんど不可能よ。はやく友軍艦隊に合流したいところだ。
――いちばん問題なのが、我がノイギリェの弾薬不足です。演習艦でもともと装弾数が少ない上連続戦闘で、主砲弾なぞ数発しか残っていません。合流したところで、戦闘継続は不可能です。他の艦艇はどうでしょうか?
(バクトル司令官)少ないが、まだ一戦くらいは……
――ノイギリェの弾薬は帝国規格です。補給するには、雇った補給船を見つけるかさもなければエヴァ・メトン基地まで戻るしかありません。
(数秒沈黙)これほど予定外の行動を続けてしまったら、補給船団とのランデブーも難しいな。電離層の調子か、通信もうまくゆかない。航空重巡が全滅したおかげで連絡機を飛ばすこともできない。手詰まりだ、撤退が現実味を帯びてきた……
【双方数秒沈黙】
――いえ。補給船や基地に帰投しなくても、ノイギリェの弾薬補給はできるかもしれません。
(バクトル司令官)本当? しかし、どうやって。
――敵から奪うんです。
(バクトル司令官)帝国仕様だけにか。だが可能なの? どこに行けばいい?
【雑音。地図を開く音か】
――ええと、ここですね。基地のマークがあるでしょう。帝国空軍が保有する小規模前線基地、”グラン・バルカ”です。現在はスルクフィル近傍の兵站基地として運営されているはず。帝国は基本属国内にノイギリェと同じ63.8センチ要塞砲を配備しています。ここを制圧すれば、集積されている砲弾を鹵獲できるはずです。
(バクトル司令官)……艦隊戦編成の空中艦で揚陸して基地制圧かい。無茶苦茶だな(笑い声)。
――やはり、無理でしょうか。
(バクトル司令官)いや……考えてみよう。我々はあまりにも小規模過ぎる、どうせこのまま撤退しても生きて帰れる保証はない。この基地で弾薬補給して、会合地点で7個艦隊と合流した方がよっぽど安全だ。早速基地制圧戦術について研究を始めよう。ありがとう、まだ戦えることが分かって良かった。
――いえいえ。
【バクトル司令官が立ち上がり、歩く音】
(バクトル司令官)あ、そうだ。君。
――なんでしょう。
(バクトル司令官)君の目から見て、リューリアの勝率はどの程度だと思うかい?
(数秒沈黙)
――途中で各艦隊が各個撃破されてなければ、五分五分です。確かに無茶過ぎる作戦に思えますが、帝国軍のうちまともに艦隊戦ができる艦を考慮すると総合的な戦力は互角。いまだに数の上では帝国が圧倒していますが、領地維持や旧式艦過ぎて艦隊戦に使えない艦はかなり多い。その上で航空戦力はグランビアやグランヴィナスに対しセズレを保有する連邦優位。我々は連邦一丸で作戦に当たっていますが、帝国側は属領や貴族が力を持っており求心力は連邦より低いと思われます。よって士気の面でも我々が優位。以上を考えると連邦に利があるようですが、構成や戦力がはっきり分かっていない近衛艦隊の不安要素がありあす。帝国の国力を考えると、超グレーヒェン級戦艦を複数保有している可能性も十分。
(バクトル司令官)ユット・ザイリーグ並の戦艦が複数か。厄介だな。
――あるいは、クンバカルナ並の可能性すら。さすがに10隻なんているわけないでしょう、数のアーキエリン級で撃ち合って互角程度のはず。どちらにせよ、近衛艦隊とそれに従順な貴族艦隊のみの構成なら、八艦隊の総力でまずは対処できる相手でしょう。
(バクトル司令官)勝機はあると見ていいか。安心した。
――最も不安なのは、各個撃破です。八艦隊がバラバラに進撃することで、途中の帝国属領を抑える戦力を叩き潰し属領の武装蜂起を狙った進撃ですが。逆に帝国の散発的な迎撃を受けて1個艦隊ごとのダメージが蓄積してしまうと、合流しても勝てないほどにうち減らされる可能性があります。そこまで行かずとも、合流に間に合わなかったり士気が低下して戦力乗数低下する恐れが。
 この戦いはぎりぎりなのです。少しでも連邦優位の要素が無くなると、帝国領で艦隊決戦に敗北し総崩れしかねません。特に帝国属領艦隊が撤退せずに、不利に関わらず我々に立ち向かってきたということは、艦隊決戦エリアまで無事に進撃できる可能性が想定より低くなっています。
(バクトル司令官)要するに! 大ダメージを負った我々第三艦隊は大きなハンデを背負っているってことだ。撤退することは帝国に敗北することを意味する。これ以上の被害も認められない。第一艦隊以下と合流し帝国を打ち負かすために、我々はバルカ基地を襲撃して弾薬を確保しなければならない。それ以外に選択肢は無い。……そういうことだな。
――そうですね。必ず成功させて、皆と合流しましょう。

 

【データ欠損】


(推定出撃より20日目)


(報告)偵察のユーフーより入電。バルカ基地、前方2ゲイアスに地図記載通り存在。施設、弾薬庫の位置も変化ありません。探照灯が複数、高射砲と対空機銃からの応戦を受けていますが、空中の敵は存在しない模様!
――想定通りだ。こんな大艦隊戦中に、地方の小基地を守る飛行機は残っていないだろう。空からの目が存在しないなら、接地ぎりぎりの我々は砂丘の陰だ。まだ捕捉されていないはずだ。
(バクトル司令官)ようし、”エルデアの津波作戦”間もなく開始だ。この作戦はここノイギリェの中央司令室がどれだけ状況把握できるかに成功がかかっている。しつこいかもしれないが、ここにいる皆にもう一度作戦概要を説明しておく。
 総戦力はこれだけ【早見盤に駒を並べていく音】。陸戦兵力は各艦から抽出した空兵隊2個中隊、360人。車両は艦載ダッカー8両にディスガイア2両、クレメント1両、それからノイギリェ主砲用の弾薬運搬車に対艦砲を載せた急造の「ユーフー対戦車自走砲」4両【駒を置く音】。これらとデサント兵で装甲車中隊を編成する。陸で火力支援に当たるのは駆逐艦ネアルールから陸揚げした10センチ榴弾砲4基【駒を置く音】。これらはもともと野砲の転用でコンスタンティン級に載せたものだから、地上に置いても問題なく使えるはず。小火器しか持たない空兵隊に代わって火力投射に当たれ。
 上空で支援に当たるのはノイギリェのユーフー5機と、機銃と煙幕砲を装備したホルス艇1隻【駒を置く音】。さらに弾着観測と偵察、必要に応じて改造対空爆雷で対地爆撃を行う邀撃艇9艇だ。作戦目的は弾薬を強奪すること。空中艦の砲撃支援は加害半径が広すぎてすぎて、弾薬庫ごと基地を吹き飛ばしてしまうから使えない。編成に関して、質問は?
【数秒無言】
(バクトル司令官)無いなら続ける。作戦開始と同時にユーフー隊および観測艇が低空高速侵入し、機銃掃射で高射砲を黙らせる。飛行体が存在した場合はこれも撃破し、制空権を確保せよ。次にこの場所から装甲車中隊が地上を進撃。基地外郭の城塞に到達するのを確認し次第、砲兵部隊の徹甲榴弾で城塞を破壊し、ホルス艇の支援のもと装甲車をなだれ込ませる。敵防衛線を破り次第、空中艦が基地上空に覆いかぶさり接地し、空兵隊2個中隊を上陸させる。基地真上に陣取った共振艦の精密測定によって敵生体兵器を確実に捕捉し、戦車戦および空中火力と火砲の支援で各個撃破。基地制圧が済み次第、車両と人力を用いて弾薬をノイギリェ下部搬入口から搬入。夜明け前にはすべて終わらせて撤収する。
 本作戦の最大の特徴は、すべての情報が無線機を通じてここに集結され、ここで戦況が解析され、すべての命令がここから出されることだ。陸・空、歩兵・砲兵・戦車兵、飛行機・艦艇の区別なく、バルカ基地で起こっている戦闘はすべて、この中央司令室の早見盤上で再現される。ここの意思伝達に不調をきたせば、すべての部隊が戦えなくなって総崩れだ。いいな! 以上、質問は?
【数秒無言】
(報告)ただいま装甲中隊、全車の陸揚げおよび戦闘準備完了しました。
(バクトル司令官)よし、それでは。エルデアの津波作戦、開始します!
――作戦開始! ユーフーおよび襲撃艇全隊に告ぐ。バルカ基地に全速侵入し高射砲、対空機銃、探照灯を破壊せよ!
(通信手)全艦全部隊に告ぐ、エルデアの津波作戦開始。装甲車中隊はバルカ基地に向かって全力進撃を開始せよ!
(バクトル司令官)野砲隊は射撃用意につけ。全部隊に通達、無線機は機能しているか?
(装甲隊)こちら中隊長車クレメント、明瞭に聞こえます。
(ユーフー隊)ユーフー、ノイギリェ1番レメア機、通信に問題なし。
(砲兵)10榴砲兵隊も同じく。さすが演習艦隊だけあって、いい無線機を積んでましたね。
(要撃艇)こちら隊長艇311。ですな、まさか我が隊がこんな艦載無線機を弄ることになるとは。
――メルパゼルの最新機材だ。小型連絡機用なんで、艦隊戦にはあまり生かせなかったがな。無線の電池が切れる前に決着を付けなきゃならんが、少なくとも夜明けまでは持つ。
【盤面上の駒を動かす音】
(ユーフー隊)こちら戦闘機隊、バルカ基地上空に侵入。盛大な花火の歓迎だ、礼をかましてくるよ!
【無線の向こうから複数の発砲・爆発音】
――ユーフー隊、交戦開始だ。対空砲の制圧をよりによって数機の戦闘機に任せるとは、我ながら無茶苦茶だ。
(要撃艇)邀撃艇9隻も無事侵入した。空対地爆雷投下用意!
――ユーフー隊、高速照準の効かない高射砲を叩いてくれ。要撃艇隊はある程度耐久力がある、対空機銃潰しを頼む。
(2隊)了解!
【しばらく、爆発音と銃撃音が無線の向こうから聞こえる】
(ユーフー隊)2号機および5号機相次いで被撃墜! 2号機はパイロットの脱出を確認。駐屯の歩兵が動き出してきて軽火器まで対空射撃している、面倒だ!
(バクトル司令官)パイロットはあとの地上部隊で回収する、いったんユーフー隊引け。ノイギリェまで戻って弾薬補給、再出撃だ。要撃艇対空歩兵に突っ込んで砲爆撃してやれ。弾薬庫だけは誤爆するなよ!
(要撃艇)了解、焼け!
【連続して発砲・爆発音が続く】
(要撃艇)機銃座と兵舎、基地の1番および3番地点周辺を制圧破壊。ですが一部の対空火器が、おそらく城塞外郭トーチカ内に残存しています。現在我々への攻撃は減少しているが……
――高射砲を制圧しないと艦艇が近寄れないぞ。
(バクトル司令官)装甲中隊、距離は。
(装甲隊)基地を守る壁が見えてきた。もう数分だ、内部から煙が立ち上ってる。
(バクトル司令官)そろそろだな。砲雷長、ノイギリェで計算した照準データを砲兵隊に送れ。
(砲雷長)了解。間接射の数値、砲兵に送ります。
(バクトル司令官)榴弾砲、城塞部に照準、射撃始め! 要撃艇隊および装甲中隊、無線を野砲隊に接続して弾着観測支援を!
【注:アーキル陸軍においてこれまで間接射撃の経験はほとんどなく、陸上砲が見えないほどの遠距離に間接砲撃を行ったのはおそらくこれが初である。おそらくノイギリェの砲戦術を生かした即興の応用技術だと思われる】
(砲兵)全野砲照準、完了! 艦隊式の遠距離地対地砲撃を食らわせてやる、撃て!
【発砲音4回】
(砲雷長)弾着、今!
(要撃艇)弾着確認。城壁を挟んで、近近遠近。夾叉!
(バクトル司令官)さすがノイギリェの弾道計算機は優秀だな。全力撃ち方だ!
(砲兵)効力射、始めます!
【発砲音4回】
(装甲隊)直撃!(無線機の向こうで歓声)
(バクトル司令官)装甲中隊、城壁内部に侵入できそうか?
(装甲隊)駄目だ意外と硬い、しこたま撃ち込んでください! お前らも徹甲弾装填、城塞に戦車砲撃ち込め!
【多数の発砲音続く】
(装甲隊)よしいいぞ、手前のカベは大破して崩れ去った、車両侵入可能です!
(バクトル司令官)車両侵入可能。要撃艇、城塞内部の偵察観測と火力投射を継続! 装甲中隊付きのホルス艇は破壊した城塞周辺に煙幕を展張、走行中隊の侵入を悟らせるな!
(要撃艇)第一要撃艇隊はこの高度で旋回観測、第二第三艇隊は砲爆撃を続けろ! こちらの方がよっぽど数少ないんだ、奴らに反撃する暇を与えるな!
(ホルス)こちら空中支援のホルス艇、煙幕撃ちます。催涙煙幕だ、誰も近寄れまい!
【煙幕砲射出音】
(装甲隊)順調だ、車両隊全車侵入開始! デサント兵降車、戦車周囲に展開して援護開始しろ。お前らガスマスク付けろよ、涙とゲロが止まらなくなるぞ。基地裏手とはいえ敵地ど真ん中に突っ込むんだ、全周警戒!
(ホルス)少数の敵歩兵を捕捉、駆逐します。
【断続的に機銃掃射音】
(ホルス)ホルス艇より装甲隊に、周囲に敵影なし。基地奥に進撃可能です!
(バクトル司令官)よし、まずは……(数秒沈黙)装甲中隊、そこから地図6番の格納庫沿いに前進し地点16-4まで進出。
【注:グラン・バルカ基地の見取り図と陸上部隊の移動推定図は別添資料を参照されたし】
(バクトル司令官)そこの角から兵舎が見えるはずだ。敵兵が中に潜んでいる可能性がある。空からは見づらいだろうから注意ろ。ホルス艇煙幕張って、装甲中隊その中を一気に通過しろ!
(ホルス)了解、ホルス艇移動して煙幕張りま……【銃撃爆発音】
(バクトル司令官)おい、ホルス艇どうした!? ホルス艇、応答しろ!
(装甲隊)こちら装甲中隊、地点16-4の兵舎から対空ロケットを受けたホルスが撃墜された! あれじゃ助からねぇ、火だるまだ!
――なんてこった! 走行中隊の空からの目がなくなったぞ! 要撃艇を代わりに出して支援させましょう!
(バクトル司令官)駄目だ、要撃艇はでかすぎる。ホルスの代わりに飛ばしたらいい的だし地上部隊の位置がばれてしまう。しょうがない、装甲中隊。地点16を全速力で射撃しつつ突破してくれ! 残存高射砲の制圧と被撃墜パイロットの救助のためには、そこを迂回できない!
(装甲隊)クソ、船乗りに難儀な仕事だぜ。……お前ら角のところから30メートル丸裸になる、覚悟決めろ! ディスガイア、ユーフー自走砲、兵舎の窓で目についたやつ片っ端から機銃掃射で割っていけ! 随伴歩兵はダッカーを盾にしつつ、ありったけの銃器で弾幕張れ! 砲手! 榴弾装填、敵のマズルフラッシュ見たらそこに一発、あとは適当に機銃掃射だ! 行くぞ!
【エンジン音、銃砲撃音、爆発音、叫び声が数十秒続く】
(装甲隊)装甲車隊、とりあえず向かいの施設の陰に走り込みました。だが被害ゼロじゃない。後ろ見ると3人が倒れてるし、ダッカー7号車がグレネード食らって各坐炎上中! 残骸の陰で2名が釘付けになっている!
(バクトル司令官)被害なく救助できそうか?
(装甲隊)救助は当然するが……敵は兵舎から擲弾を撃ち込んできてます。我々の装甲厚じゃ万全とは言えないな。
(バクトル司令官)歩兵2名はいったん置いて行け。地点19に墜落したパイロットの救助、次いでその先の高射砲陣地を蹂躙!
(装甲隊)なっ、ふたりを見捨ててひとりを助けると!?
(バクトル司令官)ふたりを助けようとしてお前らが全滅したら、基地制圧ができなくなって第三艦隊は全滅するんだぞ!
【戦場の喧騒の中、数秒沈黙】
(装甲隊)分かった、戦車隊前進。パイロットの救助および高射砲陣地の破壊を優先する。
【バクトル司令官のため息、舌打ち。次いで机を叩く音】
(バクトル司令官)残存高射砲はその1基で間違いないんだな。
(要撃艇)絶対の保証はありませんが、事前の偵察情報と侵入時の迎撃を考えるにあれで最後かと。
(バクトル司令官)よし、ここまでは順調だ……(数秒沈黙)駆逐艦ネアルール、ケルヴァルに下令。城塞手前まで進出し低空待機。最後の高射砲を撃破次第、城塞中央広場、地点24-51まで進出し陸戦隊を揚陸せよ!
(報告)駆逐艦2隻、前進を開始。
――よし、では我々も動きますか。共振艦ウーラジェトに発光信号で追従を命令。ノイギリェ、前進原速!
【機関音】
(報告)ユーフー隊、接近して着艦を求めています。
――もちろん着艦許可だ。応急修理してる暇もない、弾薬と燃料だけ入れたら即再出撃!
【航空機のエンジン音がかすかに聞こえる】
(装甲隊)パイロットを救助、そして高射砲を砲撃で撃破しました!
(要撃艇)高射砲の撃破を確認。榴弾で景気よくふっとんだな!
(バクトル司令官)ありがとう、そこまでやれば上々だ。全艦基地上空に侵入、空兵隊降ろせ!
――上陸する前に聞いておきたい。帝国兵の状態はどうだ?
(装甲隊)兵舎やトーチカに引きこもり中です。たまに銃撃音が聞こえますが、道路は驚くほど静かです。こもった帝国兵をいちいちあぶり出して制圧していく必要はないでしょう、駆逐艦が入れるなら艦砲の接射でまるごと吹き飛ばしてしまえばいい。
――敵車両はいないか?
(装甲隊)見当たりませんね。敵陣深く入りましたが、重火器には襲われませんでした。リューリアの戦いで全部出払ってるんでは?
――だといいが。それは航空機や警備艇がいない理由にはなっても、敵戦車がいない理由にはならない。なんにせよ、注意してくれ。
(装甲隊)分かりました。今は養液タンクの陰で、奴らには見つかっていません。
(報告)ユーフー隊、補給完了しました。再出撃します。
――ユーフー隊は駆逐艦2隻の護衛を頼む。
【しばらく比較的静か】
(報告)空兵隊を積載した駆逐艦2隻、城壁を超えて内部に侵入します。
(バクトル司令官)全部隊に尋ねる。異常なしか?
(要撃艇)暗闇と煙で地上はよく見えませんが、対空砲はすべて止んでる。静かな空です。
(装甲隊)同じく、ありませんよ。ただたまに銃撃が聞こえる、置いて来たふたりを一刻も早く助けたい。
(バクトル司令官)すまない、陸上部隊を揚げるまでは待っててくれ。
(砲兵)何の問題なく、砂漠に砲が4門。射撃用意は万端ですが、ちょっと心細いですね。
(バクトル司令官)駆逐艦、問題ないか? なければ揚陸地点確認のため照明弾あげろ。
(報告)駆逐艦ネアルール、1発発砲。照明弾です。
【数秒沈黙】
(ユーフー隊)待て、僚機が何か見たと言っている。あれは……
(バクトル司令官)なんだ?
(ユーフー隊)しまった、城塞上に偽装された自走対空――【金属音、通信途絶】
――どうした、ユーフー隊応答してくれ!
【遠方で爆音】
(バクトル司令官)今のは!?
(報告)しまっ、駆逐艦ネアルール、弾薬庫に高射砲の直撃を受けて爆沈!
(バクトル司令官)やられた!
――守備隊の奴らこうなることを予想してやがったのか!
(報告)駆逐艦ケルヴァル、浮遊機関に被弾し着底! 搭載空兵隊、雪崩うつように上陸してゆきます。
(バクトル司令官)上陸じゃない、これは脱出だ……(数秒沈黙)一個中隊180人、士気は最低状態で戦闘開始だぞ。
(装甲隊)遠方で銃撃音多数聞こえる! 空兵隊が襲われているみたいだ!
(バクトル司令官)全速力で救援に向かえ、地点20-4から12へ土手をショートカットして行け。
(装甲隊)了解! 全速で走るぞ、もう一戦だ!
(バクトル司令官)要撃艇どこの何の高射砲が撃ったのか分かるか?
(要撃艇)今、分かりました。エマーリアンクラスを改造した超重自走対空砲です! 1両だけだが艦砲クラスの高射砲に連装機関砲、対空散弾発射機まで豪勢に揃えてやがる。一瞬で駆逐艦2隻とユーフーの隊長機をやりやがった。それから両隣に2両のゼクセルシエだな。強力すぎる機甲小隊だ。
(バクトル司令官)要撃艇、爆撃でやれないか。
(要撃艇)勘弁してください近づいたらこっちがやられます! 現在2隻の着底地点へ向け移動中、このままいくと空兵隊を蜂の巣にしたあと装甲中隊とカチ合います!
(装甲隊)砲兵で叩いてくれ。艦砲持ちのエマーリアンには逆立ちしても勝てない。
(バクトル司令官)とのことだが。
(砲兵)無理だ、移動目標に間接射撃はできません。最悪弾薬庫に誤射してあたり一帯吹っ飛ばしてしまう!
(バクトル司令官)たった1両に……(ため息)手詰まり、だ……
【以下数秒、沈黙】
――提督。我がノイギリェで強行突入しましょう。
(バクトル司令官)船底に艦砲クラスを叩きこんでくる奴相手だ。駆逐艦の二の舞ではないか。
――ノイギリェの質量なら、一撃程度は耐えられるでしょう。エルデアの津波作戦を成功させるには、我々が生き残るには。これしかありません。
(バクトル司令官)これしかないか……(数秒沈黙)よし。やってくれ。
――了解! ノイギリェ第一戦速、城壁すれすれを通過し、通り抜きざまに下部16センチ掃射砲で敵超対空戦車を撃ち抜く!
(バクトル司令官)各部隊に通達。その場で自衛戦闘を続けろ、最大の脅威たる敵対空砲は旗艦ノイギリェが直々に成敗しに行く!
――砲雷長、今回も頼んだぞ。
(砲雷長)任されました。下部16センチ掃射砲射撃用意、前方指向、弾種徹甲榴弾。確実に当てろ、奴に空兵隊がどんどん削られている。外したあと反転して戻ってくるのは間に合わない!
(報告)城塞、目前です!
――アップトリム30度、クレーン先端が城塞を通過と同時に艦首水平、回頭15度、基地の外まで原速水平直進飛行で突破だ。途中敵対空戦車の真上を通過するからその時に、当ててくれ。
(バクトル司令官)十中八九、装甲の薄い艦底に喰らって浮遊機関をやられる。流石のノイギリェも年貢の納め時かもしれないぞ。
(報告)敵対空戦車、目視確認!
(砲雷長)撃つな! 確実に当てられる距離になってからだ!
――近いぞ。そろそろ来るぞ!
(報告)敵、発砲!
(砲雷長)撃て!
【砲撃音】
【爆音、振動】
(バクトル司令官)やられた! 被害は……(数秒沈黙、おそらく被害盤を見ている)無いのか?
(要撃艇)敵対空戦車、大破炎上! やりました!
――よし! 我がノイギリェは無敵だ!
【歓声】
(装甲隊)あとはゼクセルシエ2両か。任せてもらおう。ユーフー対戦車自走砲の出番だ、ダッカーを囮にして追撃させ、側面を撃ち抜け!
――空兵隊、いち小隊を地点16-4に向かえ。孤立した2名を救助するんだ。
【戦闘音、ノイズ多数】

【データ欠損】


(報告)バルカ基地、全域ほぼ制圧できました。空兵隊と車両群が、弾薬倉庫でノイギリェと互換性のある主砲および副砲弾を発見。搬送を開始します。
――みんな、本当によくやってくれた。おかげで我が艦はまだ戦える。
(バクトル司令官)本当にありがとう……!
【歓声と拍手】
(バクトル司令官)駆逐艦2隻が沈み、残存艦は4隻と6艇にまで撃ち減らされてしまったが。ともかく、我が戦艦はまだ残っている。低空からの着底だったため、駆逐艦乗員の生存者も少なくない。ともかく今は、物資を積みこもう。弾薬だけじゃなくて食料も詰めるだけ持っていこう。夜明けとともにこの基地を離脱する。朝食には期待してくれ、な。
【笑い声】
(バクトル司令官)全艦全乗組員に通達。我々は基地を脱出後、第一艦隊との会合地点に向け南進を続ける。今回の勝利は、連邦の手にする栄冠の序章に過ぎない。豪華な食事は、前夜祭だ。皆で帝国との艦隊決戦に勝利し、連邦に凱旋しよう!
【大歓声】

【略、しばらく物資補給と展開した陸戦部隊の回収を行う】

(バクトル司令官)艦長、最後のは見事だったな。さすがノイギリェだ。しかし疑問なのが、なぜ艦底に高射砲弾の直撃を受けてかすり傷ひとつなかったかということだ。
――我が艦は強烈な生体機関の動きを模造する帝国艦実験艦。十二分に頑丈なんですよ。ただでさえ今と違って工学理論が未熟だったころの旧式設計です。我がノイギリェの全応力がかかる船底だけは、必要以上、極めて頑強に造られています。我が艦の底板なら、アーキエリン級の直射を受けても弾くでしょう。超重戦車の砲弾ごとき、屁でもない。
(バクトル司令官)ノイギリェだからこそ、か……正直、第三艦隊の旗艦がこんな変な見た目の旧式艦なのはどうかと思っていたわ。より新しいペネメン級重巡の方がマシでは? ってね。だが、あんたがこの艦に乗り続ける理由が分かったのよ。ノイギリェに乗っている限り死なない。この艦はとびきり頑丈で、凶悪なパンチを繰り出せる。それに乗組員も、ベテラン揃い。
――運が良かったんですよ。
(バクトル司令官)それだけじゃないわ、ノイギリェを動かす人間が生き生きとしている。
――ノイギリェは……彼女は、生きていますからね。
(バクトル司令官)生きている?
――ええ。帝国艦の艦長は、自分の乗る生体艦の息遣い、精神を感じられるといいます。私も感じるのです。ノイギリェは、撃破した帝国戦艦の残骸を調査して造られた戦艦。生体機関は存在しなくても、タービンが浮遊機関に電気を送って動いていても、ノイギリェの魂は今も、確かに生きているのです。この鋼鉄の肉体に。当然、沈むはずはないでしょう?
【数秒無言】
(バクトル司令官)良い話だ。クドゥス茶、飲むかい?
――いただきます。


【データ欠損】

(推定出撃より24日目)

(報告)共振艦より連絡。前方20ゲイアスに敵小艦隊捕捉。構成不明。12番小艦隊と命名。
――また敵艦か。回避する。
(バクトル司令官)盤面上に敵だらけだ。まるで敵艦隊の網の目をかいくぐるようだね。
――ノイギリェの中央指令室と共振艦の索敵能力がなければ、とうに捕捉されて袋叩きにされていましたさ。このあたりは第二艦隊と第四艦隊が突破したエリアだ。彼らに散らされたり迎撃に上がって来た敵艦隊だらけなんだろう。
(バクトル司令官)今は夜間だからいいけど。日の出後にこれ以上敵艦が増えると、回避ルートすらうまく策定出来なくなるぞ。バルカ基地から西海岸沿いにショートカットするのは果たして正解だったのか。
――敵泊地の少ない防空網の盲点を突くルートもありますが、それじゃ間に合いませんからな。
(バクトル司令官)うん、これが最善策さ。
――艦橋、煙突部観測員。何か見えるか?
(報告)西方に真っ暗なオシデント海。周辺の空中に雲が5分です。北の空にアルゲ・クメグが見えています!
――南半球の奥深くまで来たのは初めてだ(笑い声)。雲に隠れることも考えよう。音波探針儀で雲の位置と大きさを報告、艦隊早見盤に載せていってくれ。
(報告)了解しました。
(報告)先ほど捕捉した12番、進路我が方。真っすぐ接近してきます。
(バクトル司令官)回避しよう。回頭方位90、順次回頭。
――回頭方位90。
(報告)回頭方位90。フレンヒレ、ウーラジェト、ケーララおよび要撃艇6隻続きます。
(バクトル司令官)高度を落として、だな。ここの雲に沿って移動しよう。地点85にある雲の中で小休止し12番小艦隊をやり過ごしたのち、高度を戻して直進。
(報告)12番、進路修正。我が方の位置に向かいます。
――12番の変針方向に回頭してしまったってことか。
(バクトル司令官)もう一度、変針だ(ため息)。回頭方位330。
――回頭方位330。
(バクトル司令官)いったん地点65まで戻ろう。
【約2分間、機関音のみ】
(報告)12番、ふたたび変針。正確に我が艦隊と衝突コースをとっています。
(バクトル司令官)珍しいこともあるのだな。変針……
――いや。これは……(数秒沈黙)ひょっとして12番、こちらの位置が分かっている?
(バクトル司令官)まさか、敵艦も共振艦のような連邦探知艦を保有しているというのか?
――そのような情報はありませんが。いえ、まだ分かりません。変針しましょう。
(バクトル司令官)分かった。回頭方位115
――回頭方位115。どうだ……?
【約1分間、機関音のみ】
(報告)12番、また回頭。高度まで一致、第三艦隊の進路をぴったりとっています。あと10分で衝突コース!
【ざわめき】
(バクトル司令官)この暗闇で、連邦艦の位置がはっきり分かるというのか。こちらこそ共振艦でしか捉えていないのに。なぜだ、艦長?
――理由は不明ですが、暗闇でも目が見えるよう肉体改造された兵士でも乗っているのでしょうか……(数秒沈黙)回避不能の可能性は高いでしょう。幸運なことに、相手は数隻程度の小規模部隊です。
(バクトル司令官)戦う、か。こちらもノイギリェ以下嚮導フリゲートと舟艇母艦、共振艦が1隻づつしかいない。今後の艦隊決戦を考えると、これ以上の消耗は許されない。大きな雲を盾にして奇襲しよう。生体機関は結露を嫌うから、雲の中には入ってこようとしない。だよね?
――ええ。もっとも、結露で機器にダメージが入るのは連邦艦も同じですがね。
(バクトル司令官)ここ……非戦闘艦のケーララとウーラジェトは地点43にある大きな雲の中で待機。ノイギリェとフレンヒレ、要撃艇9隻は雲に突入したのち、雲の陰に隠れて待機、12番小艦隊をおびき寄せます。帝国艦は雲の切れ間に姿を現すはずなので、探照灯照射と同時に事前に照準を合わせておいた砲雷撃の雨を食らわせて撃破します。
――了解、雲に突入します。機関出力落とせ、稼働部の防氷ヒーター作動させろ。12番小艦隊の艦種や隻数はわからないか?
(報告)共振艦より、おそらく大型艦2隻の模様。
――大型艦2隻だと? 護衛無しとは珍しいな。あるいは先の第二艦隊や第四艦隊との戦闘で護衛艦を失ったのかもしれない。どちらにせよ、油断するな。火力で言えばこちらの方が寡兵だ、正面から挑むと撃ち負ける。
(報告)雲に突入します。
【雲に入り、振動音が発生】
(バクトル司令官)夜間雲中だ、各艦距離をよく確認してくれ。目視に頼れない。音響員、機関反響音で測距を確実に。
(音響員)各艦の推進音を捕捉。全艦艇追従しています。
(バクトル司令官)よろしい。(数秒沈黙)要撃艇全艇に命令。待機位置につき次第、射出爆雷および対艦空雷を要撃艇母艦から受領してくれ。敵は雲の切れ間を通過する、姿を現した瞬間ありったけの火力を撃ち込んでやれ。一瞬の飽和攻撃で反撃する暇なく沈める。
――これで要撃艇の弾薬を使いきることになります。
(バクトル司令官)仕方ない。まぁ会合地点で第六艦隊の補給船団と合流できれば大丈夫だろう。
――補給する余裕があれば、ですが。
(報告)ノイギリェ、雲から離脱します。
――追従全艦が雲から出次第、この雲との相対速度をゼロにする。機関出力落とせ。いきなり止めるなよ、雲から出てきたフレンヒレが追突するぞ。
(報告)全艦雲を抜け停止しました。要撃艇6艇、要撃艇母艦について弾薬調達に入ります。
(バクトル司令官)敵12番小艦隊はどうか?
(報告)雲をすり抜けながら、速力80テルミタルを維持し我が方に真っすぐ直進してきます。この距離ですと、あと10分で接触。
(バクトル司令官)時間がない。要撃艇、弾薬取得急げ。共振艦は雲に入って隠れてくれ。以降の連絡は発光信号から無線に切り替えろ。ノイギリェとフレンヒレは砲戦用意。艦隊から方位60に存在する空道に全砲の照準合わせ。彼我の位置を考えると、敵はここを抜けると考える。
――ノイギリェの1番砲は大破して使えないから、側部と後部の主砲を生かそう。空道に尻を向けるんだ。方位300に艦首合わせ。2、3、4番主砲砲撃用意!
(砲雷長)2、3、4番主砲空道に照準、砲撃用意。弾種榴弾。艦尾両用砲、下部掃射砲空道に照準、弾種徹甲弾。
(報告)要撃艇攻撃準備完了! 突撃配置につきます。
(報告)間もなく敵艦2隻、来ます!
――射撃用意……!
(バクトル司令官)早まるなよ、目視してから撃つんだ。
【数秒の沈黙】
(報告)敵艦、空道より出現ー!
(バクトル司令官)全艦攻撃開始!
――撃て!
【爆音3回】
【空雷発射音、発砲音多数 続いて爆裂音】
(バクトル司令官)やった! 敵艦、黒煙に包まれている!
――状況報告、それから艦種は分かるか?
(報告)敵、アルバレステア級戦闘巡空艦! これは……(数秒沈黙)直撃弾多数、左部生体機関欠損脱落、船体破孔多数、艦橋破砕、艦上構造物大破炎上、下部生体機関液体漏出……
(報告)複数に断裂して急速に落下してゆきます。酷いありさまだな……
――まずは1隻。次、来るぞ! 次弾装填急げ!
(砲雷長)装填急げ! 照準そのまま……

【10秒以上沈黙】

(バクトル司令官)待て、まだ来ないのか?
――勘付かれたか、迂回されたらまずい。共振艦に連絡、敵大型艦もう1隻の測距情報更新を!
(通信手)共振艦より緊急救援電!
――なに?
【遠方の爆発音】
(バクトル司令官)どうした? 何があった!?
(通信手)共振艦ウーラジェト、通信途絶!
――やられたのか!? 敵艦は一体……
【爆音、悲鳴】
【振動音、ノイズ多数】
(報告)敵艦、雲の中より現れ……(不明瞭)フレンヒレ、体当たりを食らい両断轟沈しました……(ノイズ多数)我が艦パゼリアエンジンに砲弾直撃、脱落……(不明瞭)
(報告)要撃艇母艦炎上し急速降下中、要撃艇複数の炎上も確認!
――浮遊機関出力一杯、全速離脱する! 我が艦だけでも!
(バクトル司令官)なんてことだ、なんてことだ……

【爆音、雑音多数】

【データ欠損】

(報告)現在、敵艦との距離は3ゲイアス。彼我ともに射程外ですが、まるで我が艦にロープを結んだかのように、敵艦はぴったりくっついてきます。
(バクトル司令官)ついにノイギリェ以外全滅してしまった……(ため息)こちらの手の内が完全に読まれているようだった。あの戦艦は何物か、分かるかい?
――あの独特な砲配置と形状は、間違いなく戦艦”バルデン”です。バルデン級1番艦、2番艦には”ナイジーラ”が……その連邦語読みをもじったのが、”ノイギリェ”。
(バクトル司令官)なに?
――奴はノイギリェのモデルとなった艦ですよ。正確には撃沈したかの2番艦を分解し、徹底的に調査し、新たに連邦艦として組み直したのが、この”ノイギリェ”です。
(バクトル司令官)【しばらく考えを巡らすように唸る】うん、そうだったのか。知らなかった……
――我が艦はバルデンのコピーだ。性能は同等、いや。バルデンも十分ロートルだ、性能向上改修を受けている可能性が高い。奴は我が艦の居場所がはっきりと判っていた。雲の中で隠れていたウーラジェトを一撃で葬り、奇襲するはずだった我々の“裏を掻いて”雲の中から飛び出してきたんだ。正体不明の索敵能力に加え、雲中の生体を見事御している。練度は間違いなく高い。速力も同等以上なので振り切ることも難しい。むう……
(バクトル司令官)勝機はありそうか?
――(ため息)厳しい戦いになりそうです。……(約10秒間思考)そうですね、雲や地形を最大限生かしましょうか。我が艦と同じ64センチ砲を持っている相手です。当てた方が勝ち、喰らった方が負け。簡単な話ですよ。
(バクトル司令官)よし。やってくれよ、1対1の戦いだ、以降の戦闘指揮はすべて君に任せる!
――了解しました! 取り舵とれ、回頭方位30。陸上奥地へ向かう!
(報告)取り舵、回頭方位30了解!
――速力100から90まで落とせ、4番主砲砲撃戦用意! 後方のバルデンに引き撃ちしつつ時間を稼ぎ、ゲリラ戦に向いた地形を探す!
(砲雷長)了解! 4番主砲砲戦用意、弾種榴弾装填! 1門だけだが間接射だ! 射程に入り次第撃ち方始め!
――バクトル提督殿、帝国領地図で現在地を把握していただきたい。なるべく詳細な地理情報が欲しいのです。
(バクトル司令官)分かった。現在位置と航路を計算、記録しておこう。
(報告)敵艦後方距離2.5ゲイアス。射程圏内に入りました!
(砲雷長)撃て! 弾薬はたっぷりある、初弾から全力撃ち方だ!
【爆音1回】
(報告)バルデン、1番砲塔の発砲炎を確認!
【風切り音】
――近い!
(報告)我が砲弾、敵の向こう側を通過。
(報告)敵弾、我が艦右前方を通過。
――ノイギリェと同等の主砲射程だ。奴らも間接射撃の技術を知っていたとはな。戦艦バルデンの戦闘能力は、次女ノイギリェと比べて互角かそれ以上か!
(砲雷長)史上最大の姉妹喧嘩ですな!
――なんにせよ射程に入った、速度を100まで上げろ。
(報告)機関出力一杯。パゼリアエンジン脱落のため、最大速度が若干低下しています。
――構わん。主砲装填装置に改良を加えていないのなら、バルデン主砲の次段装填時間はノイギリェと同じ82秒だ。
【爆音1回】
(報告)敵艦発砲!
――みろ、連射は同じか。
【風切り音】
(報告)我が方砲撃、遠弾です。
(報告)敵砲弾、我が艦後方を通過。
(砲雷長)一発づつの間接射撃じゃそうそう当たらない。このままじゃらちが明きませんよ。どう戦うおつもりで?
――地形を利用してゲリラ戦を敢行する。提督、何か面白そうな地形はございませんか?
(バクトル司令官)この辺は平原ばかりだが……(数秒沈黙)1ヵ所あった。面白そうだけど、ゲリラ戦に向いた地形かは保証しかねるぞ?
――見せてください……“万年雲の禁足地”?
(バクトル司令官)この山地とその周辺には……常時濃密な霧が立ち込めていて、どんな人間も一度入ったら出てこられない、だとさ。おとぎ話の魔界みたいなところと書いてある。どこまで本当かは分からないけどね。
――濃霧地帯か。よし、そこへ向かいます。回頭方位45、前方50レウコだ!
【爆音1回】
(報告)遠弾!
【風切り音】
(報告)敵弾遠方を通過!
――戦いはこれからだぞ、バルデン。

【データ欠損】


(報告)敵艦、砲撃!
【風切り音】
(報告)敵弾、艦橋左至近を通過しました!
(バクトル司令官)そろそろ近くなってきたぞ。目下はすでに雲海だ、もういいんじゃないか?
――ダウントリム45度、浮遊機関出力半分カット、垂直翼エアブレーキ展開! 急降下で禁足地に突っ込むぞ、総員捕まれ!
【急加速による風切り音、艦体がきしむ音】
(報告)雲海に……突入しました!
(バクトル司令官)うぉっ、大丈夫か?
――帝国艦と同等の機動力を発揮できる設計なので大丈夫です、舌噛みますよ! 航海科現在高度を読んでくれ。
(報告)現在高度1500メルト……1200メルト……
(バクトル司令官)山地の標高は600メルトだ、引き上げろ!
――いえ、まだです!
(報告)1000メルト……900メルト……
(バクトル司令官)墜落する!
――まだ……
(報告)700メルト!
――艦首一杯まで引き上げろ!
【艦体がきしむ音】
――現在速度は?
(報告)155テルミタル、空中分解寸前です!
――エアブレーキ開いたまま水平飛行を続けて40まで一気に落としてくれ。濃霧が立ち込めた山岳地を航行する、目視戦闘は不可能だ。音響員増強しろ、周囲の地形を耳だけで判断するんだ。
(音響員)了解しました! 探針音打ちますか?
――駄目だ。バルデンにこっちの位置を知らせることになるぞ。機関音の反響で地形を観測してくれ。艦橋監視員、周囲の視界はどの程度だ?
(報告)こちら艦橋、全面真っ白です。艦側面、主翼灯すら見えません。
――慎重に行こう。バルデンは捕捉できるか?
(音響員)生体鳴、聞こえます。後方推定1500メルト、急降下からの艦首引き上げで速度を落としているところのようです。
――さすが奴だ。急降下からの引き上げに失敗して山肌に激突することを狙ったが、うまく頭を上げたな。
(バクトル司令官)禁足地内部の地図は存在していないぞ。以後地形情報無し、すべて音響頼りで暗闇の山地飛び抜くことになる。
――どうです、こういうのも。なかなかスリルがあっていいでしょう。
(バクトル司令官)まぁね。
――バルデンはこちらを見失っているはずだ、身を隠して一撃離脱を……
【発砲音】
【音響員の悲鳴】
【爆発音】
――どうした!?
(報告)敵艦発砲、我が艦至近に弾着!
(バクトル司令官)視界ゼロなんだぞ……こちらの位置が分かるというのか!?
(報告)音響員、聴音器で発砲音をもろに聞いたため全員ノックアウトです……鼓膜がやられて、耳から血が……
――くそ、彼らを医務室に連れて行け。
(バクトル司令官)音響員全員が倒れたのか! 周りの状況が分からなくなるぞ、どうする!
――ご安心を。私が索敵する。(雑音、おそらくイルマーズがヘッドホンを装着した)
(バクトル司令官)艦長!
――大丈夫、敵の発砲は直前の装填音で把握できます。注意していれば発砲直前にスイッチを切って耳をやられることはありません。
(バクトル司令官)ひとりで地形把握と索敵の両方を?
――なに、目が悪い分耳は良いんでして。おそらくバルデンも聴音器で索敵しているはずだ、一度距離を取って体制を立て直そう。……前方、推定位置50-16に渓谷ありだ。多分向こう側まで続いている。通過するか……砲雷長!
(砲雷長)はい。
――私は周囲捜索と戦術に集中する。細かな艦の運用はあんたに任せるよ。
(砲雷長)任せてください。
――まずは回頭方位25、トリム水平だ。渓谷を抜けるぞ。……ん?
(バクトル司令官)どうした?
――敵艦空雷発射音、来るぞ!
(砲雷長)魚雷回避します。
――艦尾より空雷3接近。アップトリム一杯、キャパシタ解放、浮遊機関出力を緊急上昇させろ!
(砲雷長)了解。艦、急上昇!
【艦体がきしむ音】
――空雷後方より接近……最接近まであと10……3、2、1、ゼロ!
【空雷飛翔音】
――空雷下方を通過。
【爆発音】
(報告)監視員より、前方の渓谷基部に敵空雷3発命中。
――残響捕捉した。渓谷がどんどん崩れていくようだ、通り抜けるのは無理だ。いったん高度850まで上昇させて渓谷上部をパスする。
(砲雷長)了解、850までアップトリム20度で固定。
(バクトル司令官)艦長。こっちが追われていて相手は追いかけてくる。こっちは攻撃できず、バルデンの艦首空雷に常時狙われていることになる。追い込まれるぞ。
――仕切り直しだ。4番主砲、発砲用意!
(砲雷長)4番主砲発砲用意! 目標は……?
――どこでもいい。音響だけで敵艦に砲弾を当てるのはほとんど不可能だ。64センチ砲発射の爆音で、しばらく空気を掻き乱して音響測距を妨害するんだ。
(砲雷長)なるほど。4番主砲、空を狙え。準備でき次第発砲!
【爆音】
――よし、相手の耳を封じられるのはせいぜい20秒だぞ。機関一杯、地点51-19で停止、岩場に着底して発動機を止めろ! こちらが放つ音を小さくするんだ!
(砲雷長)了解、回頭方位90。今の速度で4秒直進して機関停止、惰性でゆっくり着底させろ。
【くぐもるような音、おそらく着底】
(報告)ノイギリェ、岩肌の草地に着底しました。機関停止。
――これで相手が同じことをしていない限り、相手の出す音の方が大きいから先に捕捉出来るはずだ。浮遊機関への給電を蓄電池に切り替え。いつでも離陸できるようにしておけ。
(砲雷長)給電を開始します。蓄電池残量、2時間です。
(バクトル司令官)敵艦はどこにいるか、そろそろ分からないか?
――空気が静かになってきました。高精度で索敵可能です。敵生体鳴は……ん?
(バクトル司令官)どうした?
――我が艦直上、至近に生体鳴。
(バクトル司令官)何だと?
【爆発音】
(砲雷長)艦橋に被害ランプが付いた!
(報告)艦橋、砲撃を受け粉砕! バルデン、我が艦の真上、ゼロ距離です!
――敵の掃射砲に撃ち込まれたんだ、なぜこちらの位置が完全に分かっている!
【衝突音、船体のきしむ音】
(バクトル司令官)まずい、のしかかられた。このままじゃノイギリェはバルデンの重量で圧潰してしまうぞ!
――浮遊機関一杯、離脱急げ!
(砲雷長)バルデンの艦体が煙突に突き刺さっています、身動き取れません!
――内燃機関再始動、煙突から煙で生体機関を炙ってやれ。扇対空砲真上のバルデンの腹を撃ち抜け!
(砲雷長)扇対空砲全力射、内燃機再始動急げ。
【対空砲の連続した銃撃音】
【爆発音】
(報告)敵掃射砲再び発砲! 対空砲座壊滅、艦橋基部から大破脱落!
(報告)バルデンのしかかったまま圧力を強めています、艦体にかかる負荷、さらに増大!
【艦体きしむ音、構造の破断音】
(バクトル司令官)抜け出せないとぺちゃんこだぞ。
――浮遊機関上昇一杯だ。
(砲雷長)これ以上無理です!
――ならベクトル反転、真下に向かって最大出力! 総員衝撃に備えよ!
(砲雷長)なっ……了解しました!
【振動、金属を引きずる音】
【岩盤崩壊音】
(報告)直下の傾斜地が重量に耐えられず崩壊。岩雪崩です! ノイギリェ、バルデンを載せたまま滑落を開始!
――前方岩肌に空雷を撃てるだけ撃ち込め! 反動と爆発の衝撃でバルデンを引き剥がして離脱!
(砲雷長)空雷全弾発射!
【空雷発射音、ほぼ同時に爆発音】
――後退一杯!
【斜面崩壊音、爆発音連続、金属がこすれる音】
(報告)バルデン、一番煙突より滑り落ちました。離脱成功!
【ため息と拍手】
【遠ざかっていく雪崩音】
――ひとまずは危機を離脱した。が……(数秒沈黙)まだ生体鳴が聞こえる。バルデンは岩雪崩に飲みこまれることもなく健在だ。
【数秒間沈黙】
――被害報告。
(報告)我が艦、艦橋および扇対空砲大破。
――奴ら艦橋を潰して大混乱だと思っているかもしれないが、残念ながらノイギリェの艦橋はただの監視所だ。我が艦の戦闘に支障は出ない。それだけか?
(報告)煙突6本とも損傷。排気が不調となり内燃機の全力運転が不可能です。
――排煙が逆流して艦内を痛める可能性がある、機関をもう一度停止させろ。動力を蓄電池に切り替え、2時間以内に決着をつけてやる。
【機関音停止】
(バクトル司令官)しかし、なんでバルデンはこちらの位置がはっきり分かってるんだろう。音響以外にも何か使っているのではないか? 電探の可能性は。
――可能性は皆無ではありませんが……ふたつの理由からありえないと思われます。ひとつは電波が生体機関に悪影響を与えること、もうひとつはこれほど入り組んだ地形では電探がまともに機能しないこと。
(バクトル司令官)なんだ、一体どうやってるというんだ……
【沈黙が続く。機関が停止しているため非常に静か】
――敵艦、空雷発射音捕捉!
(砲雷長)見つかったか!
――取り舵一杯で回避!
(砲雷長)取り舵一杯!
――空雷……(数秒沈黙)接近せず。
(バクトル司令官)接近せず?
――我が艦の後方数百メルトを通過。我が艦を狙ったもんじゃない。
【爆発音】
――着弾、推定地点50-16、かな。
(バクトル司令官)50-16と言えば、先ほどの空雷回避地点だ。渓谷が崩れたところの。
【沈黙】
(バクトル司令官)まるで意味がない射撃だ。一体なぜ?
(砲雷長)誤射? ノイギリェを誤認したのか?
――敵艦、後方1レウコを方位320に向かって飛行中、おそらくこちらを見つけていない。
(バクトル司令官)それも不思議だな。今の今までこちらを追いつめていたのに、急にこちらを見失ったのか?

【沈黙】

【指を鳴らす音】
――そうか、熱だ。バルデンは熱が見えるんだ。タービン機関を止めて排熱が止まったから、奴はこっちを見失ったんだ。
(バクトル司令官)そんなことができるのか?
――クルカは熱が見えるっていう話があるでしょう。帝国の生体技術なら、それを応用した観測装置を造れる可能性があります。夜間でも濃霧でも、連邦艦だけが搭載する内燃機の熱を確実に捕捉することができるとしたら。これは最強の索敵装置です。
(砲雷長)その仮説が本当なら、さっきの誤射は……
――いちど空雷が炸裂して炎上していた岩場だ。その熱を誤認したんだろう。
(砲雷長)なるほど。
――現在我々が優位だ。敵が見失っているうちに決着をつけたい。回頭反転方位270、艦首空雷全弾装填!
(砲雷長)了解! 回頭方位270、艦首全空雷発射用意よし!
――方位270から左右2度づつ指向、空雷扇状射撃発射始め!
(砲雷長)発射管1番から6番、全弾放て!
【空雷連続発射音】
(砲雷長)弾着まで、15秒!
――方角は大丈夫だ。バルデンに真っすぐ向かっている。
(砲雷長)空雷、バルデンとの進路交差まで3、2、1……
【遠方で爆発音2回】
(砲雷長)空雷命中!
【歓声】
(砲雷長)空雷、次発装填!
――爆発音で空気が掻き乱された、しばらくソナーが使えない。バルデンの設計を考えると空雷2発で撃沈は無理だろう。そして今の発射で空雷の飛来角が分かる、我々の位置もばれたと考えろ!
(バクトル司令官)今度はこっちが見失って向こうがこちらを見つけたということだな。
――できれば敵観測の妨害をしてやりたいところだが……
(バクトル司令官)デコイを放つのはどう?
――デコイ、ですか?
(バクトル司令官)バルデンは熱を感知するんだろう。ノイギリェの代わりに何か激しく燃え盛るものを飛ばして、囮に使うんだ。
――いい案です。航空科、ユーフー発進の用意。ユーフーには誰も乗せず操縦席に可燃物を満載したドラム缶を置いておけ。ユーフーに火を付けたのち直進飛行モード、速度40で射出する!
(砲雷長)艦載機の着火と射出用意、急げ!
――射出用意、前方に放て! ノイギリェ全速後退!
(砲雷長)全速後進、了解!
(報告)火達磨のユーフー射出しました。真っすぐ直進していきます。
【ユーフーのエンジン音、だんだん遠ざかってゆく】
(バクトル司令官)前進していると見せかけてバックして敵の目を欺くわけか。
(砲雷長)バルデン、かかってくれるか……?

【数秒間の静寂】

――捉えた! 敵艦、艦首空雷装填音! 来るぞ、こちらも射撃用意だ!
(砲雷長)艦首重墳進弾射撃用意よし。
――敵艦空雷発射、燃焼音4発! 位置特定、地点25-35だ!
【遠方に空雷燃焼音】
――敵空雷、ユーフーに向かって飛行。地点25-35にむけ回頭、扇状に艦首墳進弾発射管1、3、5、7、9、11番発射始め!
(砲雷長)回頭方位120、艦首墳進弾奇数番装填よし! ……回頭よし、撃て!
【墳進弾の連続射出音】
(砲雷長)弾着まで6秒……!
(バクトル司令官)やはり墳進弾は速いな。当たるか……?
【遠方で爆発音1回】
(報告)墳進弾1発命中!
(バクトル司令官)よし!
――アップトリム15度、高度を上げて敵のカウンターをやり過ごす。
(砲雷長)了解、アップ15度!
――爆発の雑音により敵艦を失踪。しばらくは不明だ。ロケットで飛ぶ墳進弾は弾速が速いが威力が低い。今の一撃にも耐えたでしょう。空雷装填を急げ。
(バクトル司令官)向こうの空雷はどんな物だ?
――大型のロケット砲ですが、ヘ式推進器を用いた生体推進空雷の存在も示唆されています。こちらの空雷は浮遊機関を用いて挙動を真似たもの。やはり能力はほぼ同じですよ。

【数秒間静寂】

【断続的な金切り声のような音】
(バクトル司令官)なんだ、これは?
(砲雷長)誰が叫んでるんだ、静かにしてくれ。
――待ってくれ。これは外から……(数秒沈黙)雑音の中より空雷馳走音! 急速接近、キャパシタ解放、浮遊機関出力ブースト! トリム水平で急速浮上!
 【至近に風切り音】
――空雷2発、我が艦の下方数メルトを通過!
(バクトル司令官)熱は放ってないはずだ。なぜこちらの場所が分かったんだ!?
【断続的な金切り声のような音】
(砲雷長)変な悲鳴上げやがって、だからうるさいってんだろう。 指令室内で叫んでるやつは誰だ!
――砲雷長違う。これは……
【金切り声のような音】
――これは、バルデンの生体式アクティブソナーの音だ。
(砲雷長)何だって。
(バクトル司令官)索敵方法を切り替えたな。艦長発信源を捕捉できないか?
――音波が渓谷に反響している、まるでコンサートホールで手を叩くようなものです。あちらからは不規則な反射を聞いてこちらを発見できるが、こっちからは岩場に乱反射してどこからくるのか特定できない。
(砲雷長)考えたな……
――再び空雷馳走音だ! 前方から4発、接近! 取り舵一杯で回避!
(砲雷長)取り舵一杯!
【船体のきしむ音】
――駄目だ、間に合わない! 総員衝撃に備えよ!

【爆発音、振動、悲鳴】

(バクトル司令官)ついにもらった!
(報告)36番区画、艦後方、下部砲付近に被雷! 火災発生!
(バクトル司令官)まずい、炎を捕捉されるぞ!
――搭載水を下部砲周辺にぶっ掛けろ! 空雷飛来方向方位210度に回頭、敵艦にカウンターだ! 墳進弾発射筒偶数番の6発を斉射、急げ急げ急げ!
【船体がきしむ音】
(砲雷長)回頭完了、全弾斉射、撃て!
【墳進弾の複数発射音】
――敵艦主砲旋回音……来る!
【発砲音3回】
【風切り音】
――砲弾至近を通過、火災の熱を発見されたんだ。82秒で、次の64センチ砲弾が飛んでくるぞ! それまでに火災を消せ!
(砲雷長)戦闘機動中の戦艦の火災を1分ちょっとで消すなんて不可能です!
――機関室に命令。ボイラ用2番真水タンクの底、33番区画の場所を爆薬で吹っ飛ばせ。真下が火災発生位置だ、36番区画ごと火災を流し出すんだ。1分以内に!
(砲雷長)了解、機関科に33区画の爆破を命令します!
(バクトル司令官)自爆して緊急消火とは。真水を大量に失えばタービン機関が動かせなくなるぞ。
――こうなりゃヤケです。電池残量、残り知らせろ。
(砲雷長)蓄電池残り15分!
――それまでに決める。
【爆発音】
(報告)36区画、鎮火しました。と同時に掃射砲、同弾薬庫、下部兵員室6番および便所きわめて景気よく流出!
(バクトル司令官)敵艦主砲の次弾までに何とか間に合ったか。
――敵生体鳴捕捉、近い! 距離400メルトだ。これで決めよう。回頭方位55度。空雷は次発装填終わってるな。
(砲雷長)回頭方位55度。装填完了済みです。
【金切り声のような音】
――今のでバルデンもこちらを見つけたな? だが半歩遅かった、全空雷斉射!
(砲雷長)空雷全弾、発射します!
【空雷発射音】
――敵艦も空雷を発射した! 前進強速、ダウントリム10度。敵の腹の下を潜り抜ける形で回避する!
【艦体がきしむ音】
――ぎりぎりだ、こするぞ!
【爆発音6回】
【風切り音】
(報告)空雷6発全弾、敵艦に命中! 敵空雷は回避しました!
――分かっている。バルデン構造材の圧潰音捕捉。急速に沈降中、面舵で回避! 衝突するぞ!
【金属がこすれる音】
【悲鳴】
――引き上げろ!
【艦体がきしむ音】
(バクトル司令官)思い切り地面にこすってしまった、艦底装甲板から下の部分をごっそり持っていかれたぞ!
(報告)前下部垂直翼、下部中央垂直翼およびクレーン、航空艤装全損。左主翼および尾翼欠損脱落、です。
(砲雷長)電池残量ほぼ無し。失速墜落まで数分もありません!
――前方に岩場の壁だ。翼を失いすぎて回避できない、浮上も不可能! 墳進弾2発撃って叩き割れ!
(砲雷長)墳進弾、撃ちます!
【墳進弾発射音2回】
【爆発音】
――岩場を超えたところが盆地になってる、何とかそこまで……(雑音)軟着陸を……
(砲雷長)電池切れです(雑音)……間に合いません!

【全電源停止音】

【浮遊機関停止音】

【艦体接触音】

【悲鳴、衝撃、爆発】

 

【データ欠損】

 

【多数の雑音、火災の音】
【数人が叫ぶ声】
(砲雷長)艦長、艦長!
――砲雷長か……(うめき声)よかった、無事だったのか……
(砲雷長)艦長! いま救出します、お待ちを!
――いやいい。私は……(咳き込む)もう無理みたいだな。【注:ノイギリェ残骸から発見された遺体より、このときイルマーズ大佐は腹部を鉄筋に貫かれ頭蓋骨折していたと思われる】
(砲雷長)そんな!
――出た時から、覚悟はできていたよ……治療器具は私じゃなくて助かる生存者に使ってくれ……葉巻を持ってたら何本かくれないか?
(砲雷長)は、はい……ここに。
【火擦り棒の着火音】
――それより今の状態を、教えてくれ。
(砲雷長)艦長……(鼻をすする)艦は墳進弾で発破した岩場をくぐり抜ける直前に、電池切れによって浮遊機関が停止したと思われます。浮力を失ったノイギリェは底面を岩場に強打し、6番煙突付近で断裂。艦前方部はそのまま盆地に滑り込み、しばらく転がって停止した、とみられます。
――そうか……(苦しそうに咳き込む)ふう……葉巻が染みる。生存者は? バクトル司令官は無事か?
(砲雷長)30人程度の無事は確認できました。彼らに艦内の捜索と重傷者の治療をさせていますが、かなりの高所から墜落した衝撃で、半数以上が……その……悲壮な状態です。バクトル司令官も、やはり……(数秒沈黙)断裂した艦尾部分の生存者は分かりません。おそらくここから数百メルト以上は離れていると……
――そうか。ついにノイギリェも力尽きたか……
(砲雷長)残念ながら……
――周囲の状況は……(咳き込み)どうだ、脱出できそうか。
(砲雷長)数人の武装した偵察隊を、艦尾の落下したと推測される方に向かわせてみたが……ひとりを除いてすぐに戻って来ました。周囲には多数の獰猛な原生動物が生息しており、ひとりが襲われたとのことです。ある兵士曰く、昔商売で渡航したテルスタリ皇国の原生林に似ている環境だと。現在はノイギリェの残骸がシェルターになっていますが……
――食料は10日分だ。いや、人員が減っているからもう少しは持つか……(息を吐く)だが、ここにいたところで救助は来ない。脱出できそうか? 地形はどうだ?
(砲雷長)は……ダッカー2両とユーフー自走砲、もとい砲弾運搬車3両は無事でした。負傷者はこれに搭乗させて……小火器の弾薬や砲弾からとりだした爆薬もあります。原生生物ともある程度は戦えると思います。地形ですが、ここは地衣類に覆われた盆地です。周囲には菌類からなる密林も広がっているとのこと。
――厳しい状況だが……(咳き込む)ここにこもっていたところで座して死を待つのみ。
(砲雷長)脱出の必要性は、理解しています。
――残念ながらノイギリェは、リューリア作戦の艦隊決戦に参加できなくなった。しかし、君たちにはまだ任務がある。生き残った30人を呼んで来い。
(砲雷長)了解しました!

【数分間、砲雷長が呼びかける音】
【複数人の足音】

(砲雷長)全員、ここに揃いました!
――よし……(咳き込む)これより諸君らに最後の命令を下す。君たちは、何があっても生き残れ。
 地面の跡をたどっていけば、尾部の残骸にたどり着けるだろう。そこから山の斜面を降りれば、撃沈したバルデンの残骸も見つかるはずだ。これらをシェルターにしつつ、物資があれば調達して、生き残っていればバルデンの兵士とも手を組んで生き残れ。真っすぐ歩いていけば、いつかは雲の禁足地から出られる。
 極めて厳しい旅路になることは分かっている。十数メルト先も見えない濃霧の中、山岳地を歩き続け、キノコの密林を踏破し、岩場を爆薬で開削して脱出できても、帝国領のスクルフィルだ。だが生きている限りは希望もある。希望があればどんなことでもできる。ただ生きているだけではだめだ。君たちは連邦軍第三艦隊の兵士なのだ。撃墜された他の連邦兵を救助したり。この地で諜報活動を続けたり。スクルフィル自治区がクランダルティンから独立するような機運が高まれば、それを応援したり。連邦に戻れる機会があれば戻って祖国や人々のために働いたり。この禁足地から脱出さえできれば、どんなことでもできるのだ。そのために、生き残れ。脱出しろ。いいな、これが第三艦隊の、最後の命令だ。
(砲雷長)……総員、艦長に敬礼!
【数秒間沈黙】
――この艦に残っているもので使えそうなものは全部持っていけ。負傷者の中で助かる見込みのある者はダッカーに載せて、元気なお前らは銃器と爆薬で武装して脱出の用意だ。
(砲雷長)艦長!
――いい、いい。私は助からないのは分かっている。私を治療するだけ無駄だ、もっと助かりそうな奴を治療してくれ……
(生存者)艦長……(嗚咽)
――お前ら、これからも頑張れよ。
(砲雷長)艦長。そういえば、この蓄音機。まだ機能していたんですね。記録のため、持っていきましょうか。
――いや、悪いがこれは……私が生きている限りは身に付けておきたいんだ。40年前に今の秘書から貰ったやつでね、私の声を記録し続けてきた蓄音機なんだよ……すまないな。砲雷長、あとを頼むぞ。
(砲雷長)……了解! 諸君、脱出作戦の立案と物資の集積、負傷者の治療を始めるぞ!

 

【データ破損】

 

――これが、砲雷長にもらった最後の葉巻か。
【深呼吸】
――もうみんな出ていったか……静かになったな。
【静寂】
――パルタ 【彼の妻にして現在の秘書の名】、済まないな。
【静寂】
――もう……胸より下の感覚が全く無くなってる。潮時だな。
【静寂】
――そうだ、もし今後誰かがこの音声盤を……拾ったのなら。伝えておきたいことがある。(息を吐く)あぁ、うまかった葉巻もこれで終わりだ……
【深呼吸】
――私は、第三艦隊旗艦ノイギリェの艦長イルマーズ、階級は大佐。ここまで聞いたのなら分かってるだろうが、第三艦隊本隊のすべての戦いが記録されている。
【咳き込み】
――リューリア作戦の勝敗は私には分からないが……音声の複製を取って、後世の研究に、役立ててくれ。
【静寂】
――私の死体は……妻の隣に埋葬しておいてほしい。この蓄音機も、できれば埋めておいてくれ。パルタとの絆だ。
【うめき声】
――それだけだ。
【数回の呼吸音】


【以下、3時間12分静寂が続く】


【音声記録終了】

 

追記1:第三艦隊が途中分離したドロネス小艦隊の最期も、帝国側の資料によって判明している。ドロネス小艦隊は追撃を続けたのち、本隊との分離から8日後、追撃対象と誤認した帝国貴族ノイガラード艦隊の主力に突入し、全滅した。なおドロネス小艦隊が途中連絡のため分離した、第31駆逐隊所属の駆逐艦”ヴェトナエル”は迷走ののち撤退中の第五艦隊に合流し、無事連邦領に帰還を果たしている。第三艦隊所属艦のうちリューリア作戦で生還したのはこの1隻のみである。

 

追記2:第2回の調査で、ノイギリェ脱出兵士は少なくともバルデン残骸まで到達、生存帝国兵と協力して禁足地からの脱出を挑んでいたことが判明した。
 さらに追跡調査の結果、禁足地周辺のスクルフィル村落に帝国本国と連邦系の人間が計十数人流れついたという噂話が残っているほか、周辺地域の集落に連邦系の人物が居住していたという証言が残されているなど、若干名が脱出に成功し生存していた可能性が示唆されている。しかし70年以上も前のことでそれ以降の足取りは掴めなかった。歴史の表舞台から消え去った彼ら生き残りとその子孫の消息は、現在不明である。

 


追記3:スクルフィル独立に関与した人物目録に、第三艦隊乗員と同じ名前の人物が数人存在するという指摘がなされているが、関連性は不明。

 


追記4:リューリア作戦時の第三艦隊戦力一覧

・旗艦
  戦艦ノイギリェ

・直卒
 共振艦プロブアルス
 共振艦ウーラジェト
 駆逐母艦ヤスラマルタ、シャルイェハ、グラルヤヤ
 雷撃母艦ファフロツキ
 要撃母艦ケーララ、イプスウィッチ

・第31戦隊
 ペネメン級重巡ペネメン、コルオル、ギベリン レイテア観測機6機
・第32戦隊
 ウラクシオン級重巡ウラクシオン、トラペゾンド、アヴィドメガス ユーフー戦闘機36機および補用9機
・第33戦隊
 プレケメネス級重巡ペトラパテネ、ダーハ

・第31駆逐戦隊
 メリア級軽巡コルゲウス
 シマロン級駆逐艦ベラトナジン、ヴェトナエル、ルキオン

・第32駆逐戦隊
 メリア級軽巡アグリッパ
 コンスタンティン改級駆逐艦ネアルール、エシル
 雷撃艇301、302、303、304
・第33駆逐戦隊
 シリオン級軽巡モルケイア
 ルト級駆逐艦ルト、クレトゥルス、サラジーン、ラボエム

・第34駆逐戦隊
 シリオン級軽巡ゴルラント
 ルト級駆逐艦ペルン・ゴリオット、エス・シュアン、ボルドデラム

・第35駆逐戦隊
 スワリン級赴吏艦(嚮導フリゲート)フレンヒレ
 セテカー級駆逐艦メガロケロス、ケルヴァル、ミュール

・第36駆逐戦隊
 スワリン級赴吏艦(嚮導フリゲート)シェットレ
・第1要撃艇隊
 要撃艇311、312、313、314
・第2要撃艇隊
 要撃艇315、316、317、318
・第3要撃艇隊
 要撃艇319、320、321、322

最終更新:2017年03月09日 23:15