暗闇を歩いていた。
手元に灯りがあるというのに、闇がまわりを取り囲んでいる。
光に誘われて何かがやってきているような気がしていた。
慌ててそれを投げ捨てると、頬に生暖かい何かが触れて――
「おい、生きてるか」
はっと目を覚ましたジュラの目の前に、ルランの顔があった。彼の手はジュラの頬に添えられていて、その内側が少しばかりひりひりとしていた。
あまりに起きないものだから幾度か叩かれたのだろうと寝起きでも推察出来た。
「……おはよう、ございます」
強張った身体を伸ばしながら起き上がると、ジュラは机の上の時計(と認識している)に目をやった。
何故か読み取れる旧文明の数字は、ほぼ一日眠っていたことを事実として教えてくれる。
「随分長く眠ってたからな、もしかしたら死んでんじゃねぇかとランツィが心配するもんだから起こしにきたわけさ」
「すいません……自分自身でも分からないくらいに疲れていたみたいで」
申し訳なさそうなジュラを見てか、ルランはどこか気まずい顔をして目を逸らした。
「ああ……休んでいたいならまだ横になってても良いぞ」
「いえ、大丈夫です。たっぷり休めましたし、研究室ではもっと大変な時間配分だった時もありましたから」
そうか、と表情を戻しつつルランがベッドから腰を上げた。
「無理だけはするなよ、今死なれたら色々と不味いからな」
片足を固定されているジュラに手を貸しつつ放たれたその言葉は、どこか含みのあるように感じられた。
「ありがとうございます、ルランさん」
あえてそれに踏み込むことはせず、正直に感謝を伝えることでジュラは部屋での会話を締めくくった。
「ジュラ、腹減ってたりするか?」
廊下を一緒に進みながら、ルランが思い出したように問いかける。
「えっと、まだよく分かりませんが……というより、食べられるものがあるんですか?」
「まぁな。じゃなきゃこんなとこで生きていけないさ」
入り口の広間に出ると、そこに隣接する部屋へとジュラを連れていく。
二つある出入り口の上に、『食堂』と両方の言語で書かれているのが見て取れた。
部屋の中は広間の半分かそれ以上の大きさで、あちらこちらに修繕の痕のある机と椅子が雑多に配置されていた。
丁度食事時なのだろうか、広間よりも人が居るように思えた。
「よぉルラン、坊やも思ったより元気そうじゃないか」
騒がしい食堂でもその声は良く響き、その声の主――ランツィはこちらに来いとばかりに手をこまねいていた。
「もう帰ったのか、随分と早いな」
「例のヤツを優先しているからねぇ、いつもの仕事は手の空いてる奴にしてもらってるのさ」
ジュラを彼女と正対する席に座らせながら雑談を始める。
「それに、メシを腹に詰め込んだらまた一仕事さ。ヘマやらかしたタブカルの分までな……ったく、変に何かが出来ると面倒事押し付けられて参っちゃうね」
「愚痴か? 自慢か?」
「言ってやがれ」
楽しげに笑い合った後、ルランはジュラに目を向けた。
「ジュラ、なんか要望はあるか? 肉が食いたいとか、逆にこれは食いたくないとか」
「いえ、食べられるのであれば何でも」
「そうか、じゃあ少し待ってろ」
「ルラン、あたしのも頼むよ」
「わあったよ」
半ば呆れたような声で答えながらルランは食堂の奥に向かっていった。壁に取り付けられた大型の機械の前に立ち、何やら操作し始めている。
「やぁジュラ君、隣いいかな?」
ジュラの背後からの唐突な呼びかけに飛び上がりそうになりながら振り向くと、傷の処置をしてくれた人物が優しい笑みを浮かべていた。
見慣れないものを乗せたトレーを手にしている。
「あっ、はい。どうぞ」
突っかかりながら答えるが、その時にはもう椅子に座られていた。
きっと駄目だと答えていても関係なかったのだろうと思ったが、どちらにしろ問題は無かった。
「メドゥム、おっちょこちょいの手当ては済んだのか?」
「ああ。一体何をやらかしたのか、随分と情けない格好になっていたね」
「いつも使っていた通路が抜けたんだよ。前から脆くなってたいところだったんだがな、あいつ忘れてやがったのさ」
「そうかい、それは大変だったね」
答えつつメドゥムはトレーの上の銀色の包装紙を開き、中身をトレーの上にざらざらと広げた。
薄い茶色の立方体の固形物で、一つの大きさは親指の爪ほどだ。
「あの、それは?」
ジュラが問いかけると、それを口に放り込みながらメドゥムが答える。
「固形肉って呼んでいる食料さ。けっこう美味しいよ」
かりかりと小気味よい音を立てながらジュラの手に幾つかの固形肉を渡す。ほんの少しの躊躇の後、ジュラは思い切って口に含んだ。
「…………!」
ジュラが想像していたよりも味は悪くなかった。軽い力で噛み砕くことができ、口全体に濃厚な旨みや香りが広がるのを感じる。確かに肉に似た味だ。
「……とても美味しいです、メドゥムさん」
「そう、良かった。もっと食べるかい?」
「お前さぁ、たまにはちゃんと飯食っとけよ。それ嗜好品みてぇなモンだろ?」
ランツィが口を挟んできたが、いつの間にか手には固形肉がつままれている。
「別にエネルギーになればどれだって一緒だよ。含まれる成分もどれもほぼ同じだし」
「毎日それだけしか食ってないっていうのが可笑しいんだよ。この偏食家が」
「君だって焦げ砂糖菓子モドキを愛食しているじゃないか、偏食家呼ばわりは非道い」
「あれは別だろうが! 一緒にすんじゃねぇ!」
どちらも固形肉を一気に掴み口に運びながら話すので、あっという間にトレーの上から姿を消してしまった。
もう少しだけ貰おうと考えていたジュラには取る隙すら無いほどの速さだった。
メドゥムが二つ目の固形肉を開けたのと同時に、三人分のトレーを持ってルランが戻ってきた。
「待たせたな。ほれ」
ジュラの前にトレーが置かれる。
長方形に窪んだところにそれぞれ、半固体状の真っ白なものに、薄い黄色の板状のもの、口の開いた紙製の直方体の箱に銀色の包装のされた何かが配膳されていた。
他二つも似たようなものだったが、ランツィのものには銀色の包装が二つ、ルランは板の代わりに濃緑色のペーストが盛り付けられていた。
「これは……何でしょう?」
そんなジュラの疑問は当然のもので、彼の眼には到底料理には見えないものだった……連邦の糧食が料理に見えるのかどうかも十分疑問なものではあるが。
「白いのが塩っぽい味のするなにか、板のヤツは結構香ばしいなにかで、飲み物は少し甘い味がする。残りはデザートみたいなもんだ」
「随分と曖昧な説明ですね」
ジュラが少し呆れたような顔をするが、ルランは肩をすくめるだけだった。
「あいにく文字なんて読めないからな。食えるものだってことしか説明できねぇよ」
慣れればあのクソ不味い連邦メシよりいけるよ、とランツィが付け加える。
ここの飯に慣れたら最後、あんなのは食えなくなる、と。
「そういうこった。まずは食ってみろって」
促されるがまま付属するスプーンを取り白いペーストを掬い上げた。真っ白な麦ミールにも見えなくはない。
意を決して口に突っ込む。
……まず感じたのは、煮詰めたミールよりも柔らかい食感と、それ以上に食欲の失せるような無機質じみた匂いだった。
ジュラの語彙力では『壁の原材料』としか表現できないように思われたが、即座に彼はそれを撤回することになった。
「……何なんです、これ」
想像通りと言いたげな笑顔のルランに向けてジュラが尋ねる。
現在の彼の舌は、程よい塩気に支えられたほのかな甘みを享受していた。
先程の固形肉ほどに味は強くないものの、だからこそ幾らでも食べられそうな気がする。
「他の奴と合わせて食うともっと旨いぞ」
ルランがそう言いながらもう一つのペーストと白濁したそれとを混ぜ合わせていた。薄く色付いたそれを口に運び、得も言えぬ表情を浮かべる。
「ホントよくそんなゲテモノ食ってられるよな」
そう呟くランツィは、ぱきぱきと音を立てながら板を齧っていた。倣ってジュラもかじりつくと、今度は濃く強い旨みが香ばしい風味と相まって口の中に広がった。
単体だと少し強すぎるから、きっと白いのと合わせて食べるものなんだろうなと推察を始める。
「で、進捗はどうだ?」
にわかに口調を変えたルランがランツィに問いかけると、彼女も比較的真剣な面立ちになった。
「おおよそ六割ってとこさ。痕跡、物資、生存者、いつもの以外は全部ナシだ」
「随分速いな、アイツの怪我ってお前のせいじゃねぇのか?」
「急げっつったのは誰だったけな?」
どうしてこうも喧嘩腰になるのかと疑問に思いながらジュラは食事を進める。紙製の箱の中には液体が詰められているらしく、口に残る甘味と清涼感が特徴的だった。
「情報も無しにやれっつうのが無理な話なんだよ、どうにかしてくれルラン」
「あいつの巡回路だってそこまで広くなかったはずだろ、どうして見つからない?」
「……残っているのはクソ危険な場所だけなんだよ。リスクの方が高すぎる」
ランツィのその言葉は、先程のよりもずっと小さい声だった。が、そう言った瞬間に二人の顔が少し沈んだように見られた。
「ああ、『巣』しか残ってねぇと」
「誰かの怪我のせいでその周辺すらも探せてないがな」
ルランが確認するように呟くと、メドゥムと視線を合わせた。
「なぁ、ジュラの怪我はもう大丈夫だよな」
「……問題はないと思うけど。どうかな、ジュラ君」
口の中のものを先程の液体で流し込み、慌てて答える。
「はい、おかげさまでなんとか」
「なら、そのギプスを外してもらえ……食い終わってからでいいからな。ランツィ、持ってくるモンとかあるか?」
「もしあたしの思ってる方に行くんだったら、C-3-5にガラクタを集めてあるよ」
それを聞くと、ルランはそれが返事なのかも分からない声を発しながらトレーの上に残っていたものを数秒とかからず口に突っ込み、何処かへと去っていってしまった。
「……ジュラ、気ぃつけて行って来いよ」
そう呟くランツィの表情は、ジュラには読み取れない深いなにかが滲み出していた。
食事(と呼んでいいのかはジュラには判断しかねたが)を終え、医務室にて無用となったギプスを外し、ルランとランツィに見守られながら準備を終えると、ジュラは外部へと続く扉の前に立った。
「先ずは収集した物資の場所まで行く、何も思い出せないようならそれを持って帰って終いだ」
初めて出会った時よりも幾らか重装備になったルランがジュラの肩に手を置く。
その表情は彼らしい気楽さで満ち満ちていたが、ジュラにはそれが思いやりからきていることをそれとなく悟った。
「何があっても俺より前に出るな、絶対に離れるな、好奇心はかなぐり捨てろ、いいな?」
「はい、頑張ります」
最後のひとつは難しいぞと思いながら頷くと、ルランがカードを押し付け、外界とを隔離している扉を開く。
二人がここにやって来た時と変わらず、静寂と旧すぎるノスタルジーに支配されている空間がそこにはあった。
まずルランが先立って足を踏み出し、その三歩後ろをぴったりとジュラが付いて行った。
「探索時のルールその一」
静かにルランが喋り始めたが、足音のみの空間には大きく響くようだった。
「『見知らぬ道を往くときは、全てに注意を差し向けよ』ですね」
ジュラが少し自慢げに答えると、ルランが目線を彼に向けてくる。
「変わって無いのか、呆れたな」
「どうしてです? 昔も今も変わらなく重要な事だと思うんですけど」
ジュラが疑問符を頭の上に浮かべると、ルランは目を前に戻した。
「確かに重要だが、それだけじゃあ足りねぇ」
苦労して潜り抜けた瓦礫のある十字路を、今回は右へと曲がった。
「一度、いや何度でも通った道にも細心の注意を払うべきだ。慢心は結果的にであれ死を引き寄せる。気を抜くことはどうぞ殺してくれと言っているようなもんさ」
例えば、という声と共にルランが足を止めた。
「ジュラ、この道に何が見える?」
「はい?」
何が見えるんだ、と言われるがまま、ジュラはルランの背中から前を覗き見る。
二人が持っているライトの他には僅かに生き残っている電灯が灯るだけであるこの通路は、一見して可笑しいものは見つけられない。
よくある遺跡の一場面、という感想しか出てこなかった。
「……特に危険なものは見当たりません。何かあるんですか?」
「いいや、なんにもない」
肩透かしを食らったような心境のジュラに、ルランが説明を始める。
「だがな、この光景を『ただの通路』と見ちゃあいけないんだ、あいつらは何をしでかすかも分からない。少なくともここにいる奴等は凶暴で狡猾だからな」
「はぁ……凶暴で、狡猾ですか」
「俺も別の遺跡に行ったことがあるし、そこで旧兵器ともやりあったことがある。どちらにしろ厄介な奴らなのは変わりないが、ここいらのは更に危険なんだ」
仄暗い通路を数度曲がったのちに、上下の階層に向かう事の出来る、つまりは『使える』階段のある区画に出た。
主要な通路では無かったらしく、二人並んで上ることが出来る程度の規模だ。
「…………やっぱり仕掛けてやがるな」
そう言ったルランの視線をなぞっていくと、今度はジュラも何があるのか察することが出来た。
ジュラに確証がある訳では無かったが、成る程これまでの通路をしっかり観察しておけば辛うじて気付ける変化がある。
「あれですか、あの足元の瓦礫の中の……」
「ご名答、ジャンクトラップだ」
「ジャンクトラップ? 旧文明の兵器じゃないんですか?」
そう問いかけるが、ルランは応える様子も怖気づく様子も無く小さな瓦礫の一山に近づいていった。恐怖心と抗いながら、ジュラも音も立てないよう後に続く。
「良く観察しておけ、分かるか……周囲の瓦礫はカムフラージュだ。中には高機能爆薬とレーザーワイヤー、振動感知装置がワンセットずつ、前を通るか、解除しようと振動を与えればその時点でボカンさ」
暗がりの中にあるそれは、確かな違和感を持っていて、その瓦礫に埋もれるように高度な電子機器が顔をのぞかせているのが見て取れる
……僅かにだが空気中の塵に赤くレーザー光が反射しているのも。
「回収できれば再利用できそうですね」
意図して出した言葉ではなかったが、ルランが僅かに噴き出すしぐさを見せた。
「どうかしてるぜ、まったく」
一瞬の間だけジュラに視線を合わせてそう言うが、本人は全く分からないようだ。
「残念だが回収はしない。無力化するだけだ」
「どうしてです? 何かあるんですか?」
「ああ、『ここを通ったのがバレる』のさ」
ジュラがその言葉に思考を巡らせているのをまた横目に見て、ルランは腰にぶら下げていたものを手に取った。
手にした部分から伸びたコードは、電圧注意のシールが雑に貼られた箱型の物体に繋がっている。一列の発光部分はバッテリーの残量表示だろうか。
「バレるって、旧兵器にですか」
「ご名答」
決して揺らさないよう、触れることなく何かを探し出す。瓦礫の隙間を一つ一つ探して見つけたのは、それこそ知識が無ければ見つけられないような接続口だった。
形状はルランの持つそれと合致しそうだとジュラは思い当たる。
「このタイプの接続口は軍用民間用通して使われているから、覚えて損はねぇぞ……一瞬だけ電流を通して回路を焼き切る。よく見ておけ」
そう言うが早いか、寸分たがわぬ正確さで一気にコードを差し込んだ。
反射で思わず飛び退いてしまったジュラだったが、彼の尻餅の音が響くばかりだった。
「……ジュラ、何やってんだ?」
「ご、ごめんなさい」
僅かに黒煙が昇るジャンクトラップは、もう既に役目を果たせないことを知らせていた。
立ち上がりながらルランの腰に目をやると、先程の光る表示が一目盛分消えているのが見えた。やはりバッテリーのようだ。
「ここを上に行ったら、そろそろ目的地だ、気張ってけ」
先程のトラップ以外に仕掛けられているものは無いようで、ルランは先に階段を上り始めた。
もう爆発しないと分かっていても、ジュラはトラップの仕掛けられた一段を飛ばして後を追いかけた。
「そう言えば、ランツィさんの言っていた『C』がどうのこうのって、一体何なんですか?」
階段を上り切り、もう一つ見つけたトラップを無力化した後に、ジュラが尋ねた。
「ああ、場所のことだ」
ルランが答えながら、腰のポーチから一枚の古ぼけた紙を取り出してジュラに投げ渡した。
「B、とかC、ってのは階層の事だ。深くなるほど文字順は若くなる。我が家があるのがB階層だから、ここはC階層ということになる訳だ」
渡された紙を開くと、ジュラが精いっぱい腕を開いてもまだ余裕があるほどの大きさになった。
書かれている階層は主に三つで、それぞれの階層には新旧様々な付記の痕が見える。
そのせいでジュラには何が何だか理解が及ばない所だったが、中央に走るメガストラクチャからの分岐路のおかげで、それぞれの階層のリンクは分かりやすくなっているのは救いであった。
「ランツィの言ってた二つの数字は地図上の場所のことさ。C-3-5だから、地図でいうとこの場所になる訳だな」
ついでに現在地はここだ、とジュラと並び地図を指で叩く。意外と歩いていた感覚があったものの、こうしてみると案外近いところなんだなとジュラは思った。
自分の体力の無さに少し落胆したのは努めて顔に出さないようにする。
「それまではずっと暗中模索の状態だったんですか?」
「まぁ……地図自体は結構前に見つかったからな。見つける前の状況も状況だったらしいし、手探りだった時期はそれほどでもなかったらしいぜ」
「そうなんですね……そう言えば、ルランさんっていったい何時からここに……」
「ジュラッ! 止まれッ!」
突然の怒号に仰天してしまったのも一因だが、最大の原因は手に余る大きさの地図だった。視界が塞がれ、前にいたルランは左に移動していた。
つまりは、目の前の危険に気づけなかったのだ。
「あぐっ!」
背中に広がる鈍痛の中、ジュラは地面に仰向けになっていることに気が付いた。
その前の記憶は、そこにあるはずの地面に向けて足を伸ばしたところまでだった。
「あー……ランツィの言ってた穴ってここかぁ……」
ジュラがまだ無事だと分かったからか、幾らか表情を柔らかくしたルランが頭を搔いている。
「ジュラぁ、探索時のルールその一、なんだった?」
「……見知らぬ道を往くときは、全てに注意を差し向けよ……ごめんなさいぃ」
「俺が地図を渡したのも悪かったけどよ、もう少し警戒しとけ。俺が居るからって安心できる訳じゃないからな」
「はい、分かりましたです……」
痛みを無視しようと努力しながら上体を起こすと、丁度穴の開いた部分に合わせて即席のクッションの様なものが敷かれているのに気が付く。
恐らくはここに落ちた人物――タブカル、という人物だったか――の二の舞が出ないよう、そのときに作ってくれたものなのだろう。
「ジュラ、俺も降りるから少し離れてろ……あ? なんだ」
何かあったのか、語尾に詰まったルランを見上げる。ジュラを見下ろすために屈んでいた彼は、立ち上がって耳に指をあてていた。
旧文明の機械が彼の耳に付いていることから、あれは通信機なのだろうと結論付けた。
「ルランさん?」
ジュラが声を掛けるが、左手で制止されてしまった。
「今はランツィが言ってた穴の近く……ああ、C-2-3とC-2-4の間の通路だ。それで……ああ……何処だ?」
何やら話が進んでいるが、階層に差があるせいで表情も読みにくくなっている。ジュラはただ傍観しているほかなかった。
「分かった……ジュラを先に返すから迎えを出しとけ。悪いが回収はまた今度だ。以上」
「ル、ルランさん。一体何が」
「悪い、話は後だ」
今度は言葉で質問を遮ると、右太腿に取り付けていたホルスターを外しにかかった。
「銃は使えるな? 地図は読めるな? 一人でベースキャンプまで帰れるな?」
「ちょっと、何が何なんですか!」
「時間がねぇ! 急いで先に戻ってろ!」
語気を強くしたものの、更に強い彼の言葉で圧し潰されてしまった。
「いいか、兎に角急げ! 自分の身は自分で守れ!」
ホルスターを投げ捨てるようにジュラの近くに落とすと、ルランは穴の向こう側へと姿を消してしまった。
何が起きたのかもわからぬまま、ジュラは薄暗がりの中にひとり取り残されていた。