地上の火艦士の手記・空飛ぶ歩兵の独白

特別強襲火艦士長フリーダ・クルツの手記 Frida Cruz

私は特別強襲火艦士フリーダ。
この特別な日を祝って手記をつけようと思う。
私が、この素晴らしい成功の日を忘れないように。

私がこの特殊部隊に入ることになった原因は、いくつか挙げることができる。
一番の理由は、私の能力があまり高くなかったからだろう。
もしくは、私の他に有能な艦士候補が多かったからかもしれない。
ただ、計算については一日の長があった。
特に、弾道計算については非凡な艦士候補を差し置いていたはずだ。
しかし、私は耐寒基準と肺機能に問題を抱えていた。肺機能については持病だった。
減圧下での酸素取り込み機能に関する著しい能力不足が露呈した。
艦士に必要な耐寒訓練についていけず、減圧訓練の成績も悪かった。
普通であれば、この時点で私は艦士課程から他部署に回され、憲兵などになっていたかもしれない。
だが、運がよく、私は艦士課程の、火艦士養成クラスに潜り込むことができたのだ。
いや、この火艦士課程に潜り込めたことは、私が彼らの采配に絡めとられたからだったのかもしれない。

私は火艦士課程を終えたが、案の定、身体成績が足を引っ張り、低高度火艦士にならざるを得なかった。
航空艦は天空に近いほど栄誉が増大する傾向にある。高性能艦に見合った高性能の艦士を集めると、自然とそのような傾向が生まれる。
逆に、低空を飛ぶしか脳がない艦には、同じく脳がない人間しか集まらない。
だから、私が低高度火艦士に抜擢されたときの絶望感、恥ずかしさ、他人からもたらされる失望感を思い浮かべたとき、私は自分を殺してしまいたかった。
だが、同時に、私はこの汚辱を雪ぐために、私の命が尽きるまで階段を上り続けようと決意したのがこのときだった。

私は一通りの低高度火艦士課程を修了した。
そこで私と同じような境遇にいる艦士と沢山出会うことになった。
皆、私のように座学は得意でも身体能力で落とされたものだった。
私はその者らと一緒に特別強襲火艦士にスカウトされた。
最近実装された課程であり、まったく詳細は分からなかったが、少なくとも、私たちのような「優秀な落ちこぼれ」を集めた部隊になるということは明らかだった。
少なくとも、私は手当てのよさが目につき、他の低高度火艦士の職よりも名誉ある仕事であるという文句を信じた。

だが、それは間違いだった。いや、入隊したときは間違いに思えた。
私たちが教官に連れられて出会った機体は、あの、強襲揚陸機ドゥルガだったのだ。
強襲揚陸機とは名ばかりで、連邦に押され気味の最近は、航空艦や戦闘機のいる最戦線へはなかなか出せず、前線への物資や人員の輸送に使われるばかりの、戦車兵や歩兵を載せる任務しかしていない機体だった。
誰もが目を疑った。私たちに、軍隊蟻のお守りのためにドゥルガの豆鉄砲を操作しろと宣告されたようなものだったからだ。
最低の気持ちだった。まさか私たちが朽ちた「羽蟻」に乗るとは思わなかったからだ。
火艦士としてのドゥルガはこれ以上ない閑職だった。
これなら、まだ姉妹艦の強襲揚陸艦ガルガノットを紹介してくれた方がましだった。
しかし、私たちはここで勘違いをしていたのだ。

私たちは気落ちしながら、緊張した面持ちの「二階席」のドゥルガ乗務員と挨拶をした。
私は、内心で彼らが私たちを笑っているだろうと思った。
彼らが火艦士のことについて無知であると思いたかったが、それは期待できそうにない。
私たちはいずれも真顔の仮面をつけて、教官がドゥルガについての説明を聞いていた。
教官はあからさまに私たちの鉄扉面を見抜いてにやけていた。
私は、教官が私たちを見下しているのだと思っていたのだが、そうではなかった。
たぶん、私たちの境遇を知っていて、この「羽蟻」の特殊な任務に従事する特殊な火艦士となる私たちが、この機体の仕組みを知ってあっと驚くことについてにやけていたのだろう。
すぐに教官は、この後に私たちの間抜けな顔を見て破顔した。

それから、私たちはこの「羽蟻」の説明を受けて特殊性に気が付くと、すぐに、この不毛な蟻同士の地上戦が変わるかもしれないということに考えが回るようになった。
もしかしたら、私たちが戦争を変える英雄の一列に並べるかもしれない。
新しい分類であったために一種の賭けであったが、下手に階段を上るよりもはるかに効率が良いように思えた。
ただ、非凡な私たちを頼ってスカウトされたのだということを噛みしめた。

最終的に、私がこの5艦ある「火羽」の一番艦を任される火艦士長になった。
特別強襲部隊「火羽」一番艦火艦士長、クルツ家のフリーダ、それが私だった。
「火羽」はドゥルガを改造して作られた特務艦である。
ドゥルガの、強襲揚陸艦としての本来の任務を果たすために作られた。
だが、ドゥルガには明らかに火力が足りなかった。
ガルガノットが実装されたことを思えばそれは明らかで、ガルガノットがいる今、この朽ちた「羽蟻」は豪華な小型輸送艦という評価を受けさえしていた。
それを覆すための改修が「火羽」には行われた。
つまり、火力を増強させることにしたのだ。それも大幅に。
だが、誰がドゥルガの輸送区画に210mm砲をつけると予見できただろうか。
いつもドゥルガが運搬していたであろう戦車よりも長砲身の210mm砲を改造し、車輪と装甲をの代わりに大掛かりな駐退復座機を、輸送区画の床に取り付けたものが鎮座していた。
戦術としては、「火羽」で敵歩兵の近くに乗り付けて、ドゥルガに設置された「主砲」で敵を打ち払うのだ。
そうして改修された「火羽」は、地面に設置していれば、輸送区画である「一階席」は一基の固定砲であり、それを支えるに十分な弾薬庫を備え、「二階席」の指揮を加えれば立派な砲兵火点と化していた。

後で聞いた話だが、この「空を飛ぶ砲兵」に私たち艦士が呼ばれる理由も判明した。
この企画は、あの優秀なテクノクラートの一角が企画し、各部署で獲得予算増大のために争われ、最終的に、「艦上あるいは艦内で行われる艦の運用上必要な操作は艦士が行う」ということで決着がついたのだという。
だから、「優秀な落ちこぼれ」がかき集められたのだ。
私たちは、少なくとも高高度にたいする耐性がないという理由を除けば優秀であり、その制限さえなければ優秀な部隊となる素質があった。
また、そのような身体的な不利も、私たちを採用したテクノクラートの厚い支援のおかげで、微力ながら改善され始めていた。
そして、私たちが所属する部隊の優秀さは、合同訓練の段階から証明され始めた。

合同訓練は陸軍の強襲部隊と行われた。
特別強襲低高度空挺歩兵、一般的に降下強襲兵と呼ばれる彼らだ。
ガルガノットに登場している彼らはとても優秀であり、共同演習の初期は彼らの主導によって「火羽」は適切な方法で振り回されていたといっても過言ではない。
だが、指揮系統上、実践では私たちが彼らを指揮し、確固たる決定のもとに導かねばならないため、教官は特に、私に発破をかけた。
降下強襲兵は、分類でいえばちぐはぐだ。
陸軍部隊を輸送するのとは違い、「二階席」は空軍、「一階席」は陸軍で構成された戦闘部隊だからだ。
空軍も陸戦隊を持ってはいるが、「火羽」の指揮に入る部隊は教官の伝手で集められた陸軍出身者の部隊だということで、にわかに心配していたのだが、それは杞憂だと演習が始まってから悟るようになった。
この演習のとき、教官が持っている写真に、ドゥルガを背景に連邦戦車と一緒に映っている、戦車を陸揚げしている教官の若い姿があったのを見て、この人が陸軍出身だということに驚いたことも、忘れずにいるべきだろう。

私たちの戦闘目標は、敵の斥候や歩兵隊を撃破することである。
これまでの強襲機は圧倒的優位な上空から悠々と襲撃をかけられたのだが、敵の航空勢力の増大によって、降下歩兵と強襲機だけでは維持しきれない。
大規模な運用をすれば余計に作戦を露呈してしまい、対策を取られてしまう。
それを防ぐために、あえて「火羽」は陸に降りてから砲を発射する。
メル=パゼル製無線機を持った兵士がいたとしても、この攻撃方法では、帝国の陸軍砲兵隊が近くにいるという報告しかできないはずだ。
そこに降下強襲兵が効率的に襲撃をかけ、ある時は降下強襲兵のみで、ある時はガルガノットと併せて、波状的に攻勢を仕掛けることで、散り散りになった敵歩兵隊を撃破する。
敵はのろまな砲兵隊だけでも撃破しようとしてくるかもしれないが、そこに「火羽」はもういない。

どうやったらこのようなゲリラ戦術を考えつくのだろうかと驚嘆したが、この教官がドゥルガに乗った陸軍戦車隊だったらしいことと、訓練学校時代の座学で、あのときに連邦を酷く苦しめた戦車隊がいると聞いたことを思い出し、もしやとは思った。
たしかに、最初期の戦い方ならば、強襲揚陸機を使って戦車隊を降ろし、戦車隊が敵の部隊を叩いてまた強襲揚陸機に戻ってくるという戦い方が革新的な方法であり、敵も酷い目に遭わせられただろう。
しかし、戦争が高速化するとともに、その手法では戦車隊の陸上での足の遅さが改善されないまま、彼らが前線で食われる事例が後を絶たず、ドゥルガは戦車隊の前線への輸送を断念し、今ではガルガノットに強襲揚陸機の座まで奪われ、ただの輸送機としての余生を送っている。
それを再び蘇らせるために協力しているのが、この教官なのだろう。

そして、初陣はやって来た。
5機の「火羽」と、降下強襲兵を載せたガルガノット3機が前哨基地で待機していたところ、戦闘によって不時着に至ったクライプティア級駆逐艦の乗員を救出せよと命令が下された。
皆の士気は十分だった。
また、この頃は墜落した乗員を追い詰める部隊が連邦にいるという情報もあり、早急な対応を求められた。
そして、案の定、私たちが彼らを見つけたときには、彼らは26人しか残っていなかった。
皆を率いてきた給仕長エルデの話では、最初の生存者は60名弱いたのだが、人狩り部隊に襲われ続け、このような有様になってしまったのだという。
また、火艦士長ガルドと数名が負傷者を看護するために、人狩り部隊がまだ追ってくる最前線に残ったらしい。
それを救出しなければならなかった。
仕方なく、降下強襲兵の載るガルガノットを一つ空け、それを使って彼らの後方移送を行った。
ガルガノットは残り2機になり、空けたガルガノットに搭乗していた降下強襲兵は分散して残ったガルガノットに載ってもらうことになった。
彼らはそれがいつものことであるかのように班を振り分け、最初から2機しかなかったかのように乗り込んでいった。
これを見て、私は彼らが陸の人間でありながらとても有能であるということを再認識することになった。
彼らが非常時に見せる言動や態度は、あの教官のそれを思わせ、それが非常に頼もしく思えた。

ガルガノットから降りて先行偵察を行った降下強襲兵ネバからの情報が入り、ガルドが留まっただろう岩場には、敵の人狩り部隊が拠点を作っているところだった。
偵察した限りでは15人程度が作業に従事しているとのことだったが、作業が終わってしまえば偵察機はおろか、偵察兵が遠目から見た程度では敵拠点だと気づくことは出来ず、連邦兵士のゲリラ戦の有力な拠点になってしまっていただろうということを聞いた。
ただ、ネバの話では、彼らが人狩り部隊であろうとなかろうと、偵察兵であるならば、拠点を作るだけ作って隠蔽しておき、随時利用するにとどめるのが定石であるらしい。
つまり、早いうちに叩かなければ、彼らは少人数ゆえ、簡単に砂の中に消えてしまい、逆に私たちが強襲揚陸機で隠れた彼らを深追いすれば、逆にこちらの存在を報告されてしまうだろう。
私たちの唯一の弱点ともいえる、対空兵器のない部隊としての立ち回りを要求されることになった。
ただ、早急に殲滅戦を実行すること以外は、単純にして基本的なことだった。
「火羽」が準備砲撃をして先手を打ち、ガルガノットが強襲し、降下強襲兵がとどめを刺す。
あの岩場が深く掘られており、砦となっているというのなら話は別だが、この短期間でそれができるとも思えず、また、ガルド以下十数名を救出するためには作戦を前倒しせざるを得なかった。

結果的に言えば、作戦は大成功で幕を閉じた。
敵の人狩り部隊は有効な反撃が打てず、砲撃に続いて突入したガルガノットの降下強襲兵に成すすべもなく倒れていったと聞いた。
中には、私たちの砲撃によって昏倒したままネバにとどめを刺された連邦兵士もいたらしい。
残念ながらガルドや負傷兵は卑劣にも彼らによって殺されてしまっていたが、彼らの遺品を回収できたことだけでもできたことを喜ぼう。
そして、回収された遺品の中から、人狩り部隊のことを記した日記が見つかった。
私は「火羽」の「二階席」の司令からそれの一部を見せてもらった。
そこには、簡潔に、彼らが受けた被害のいくつかが書かれていた。
私はそれを見て、私たちがここに現れなければ、あの給仕長エルデたちも彼らに殲滅させられていたのだろうということを、まざまざと思い知らされるようになった。
ネバには感謝された。
準備砲撃があるおかげで敵が浮足立ち、抵抗の準備が遅れるために易々と敵拠点に侵入、殲滅ができたらしい。
初めての戦場で興奮したからだろうか、私はネバが歩兵上がりであるにもかかわらず、逆に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
助けた艦士よりも、戦友に感謝されることがこれほど嬉しいことだとは思わなかった。

今はこの職を天職だと思っている。
最初はどうなるかと思ったが、うまくやっていけそうだ。



特別強襲低高度空挺歩兵ネバの独白 Neva

蟻と呼ばれる人たちを知ってるか。
行軍する歩兵は蟻みたいだろう。
目標に向かって、あっちへこっちへ曲がりながら歩いていく蟻の行列に。

羽蟻と呼ばれる人を知ってるかい。
私たちのことだ。
巷では歩兵をよく運ぶドゥルガを「羽蟻」と呼ぶらしいけど、それとは違う。
私たちは空軍の陸戦隊とは違って、蟻に羽が生えただけの存在だ。
空を飛んで戦う蟻、だから羽蟻さ。

「火羽」はいい発想だ。
この「火羽」があれば蟻はおおいに助かるだろう。
正しい使い方をされれば。
まぁ、5機しかないから、正しい使い方はされないだろう。
「火羽」の初陣がこれだもの。
彼らは、いや、火艦士長フリーダ・クルツは知らされてはいないだろう。
あの「火羽」部隊は墜落した空軍の乗務員を救出するために設立されたということを。
いや、知っていても彼女には関係がないか。
彼女は蟻ではなく、空軍の火艦士だから。

ラプーンは寂しそうだった。
ラプーンは「空飛ぶ砲兵」の再建を願った。
でも、昔の砲兵隊を知るラプーンが望んだのは、蟻の盾になる戦車兵だった。
今の「火羽」が皆に何と呼ばれているのかは知っているぞ。
「地上の火艦士隊」
絶対的優位な場所から砲弾を撃ち込み続けるという戦術は、まさに火艦士の仕事だろう。
あの渓谷での戦いの当事者であるラプーンからすれば、最善の策とは言えないだろう。

蟻を守ってみせる。
それがラプーンの口癖だった。
だから、「火羽」の戦術教官に志願したのだろう。
新部隊を任せるには、ラプーンは十分な功績を残していた。
私から見ても、彼はとても尊敬できる人物だった。
昔の空軍と陸軍の激しい対立の中で、強襲揚陸艦の「二階席」と「一階席」が和解し、共同戦線を張れるようになったのは、ラプーンの功績であることは、彼と触れた人物ならば誰でも知っている。
そして、今でも陸戦隊の力を借りずに、強襲揚陸艦との協力体制がとられている。
その人脈によって、今回の「火羽」を軸に構成された部隊が円滑に組織されたのだ。

彼は、蟻を守るためには強襲揚陸艦との協力が必要不可欠だと考えていた。
それを実戦で確信し、戦車隊を直接最前線へ送り込む手法を提案した。
最初はそれでよかった、アーキルの歩兵を圧倒し、戦車を好き放題に打ちのめしていた。
その最たるものがあの有名な「渓谷の戦い」だろう。
だが、戦線が拡大し、最新兵器を手にしたアーキルによる反攻作戦が盛り上がると、戦線を押されて必然的にその戦法が使えなくなってしまっていた。
最後は、砲兵や戦車兵を降ろすのは、よくて前哨基地までだ。
しかし、味方の蟻は基地のはるか向こうにいる、砲兵は基地の要であるからそこで待機していればいいが、のろまな戦車兵はどうやって前線まで彼らを助けに行けばいいというのだ。

もはや、戦車隊は蟻を守れなくなってしまった。
今は私たち羽蟻が出血しながら、蟻を助けている。
それをラプーンは知っていた。
悲しんでいた、戦車兵が蟻を助けられないことを。
だがらこそ、戦車の代わりに、蟻を守ってくれる部隊を作ろうとしたのだろうか。
私たちは、彼の苦悩を知っていて、ラプーンに付き従った。
しかし、現実はそう上手くはいかなかった。
「火羽」は空軍資本の企画であり、ラプーンの思惑通りには進まなかった。

「火羽」に選ばれた火艦士は、誰もが優秀だった。
優秀すぎた。
空軍兵士の吹き溜まりをラプーンが懐柔したことを根に持たれてしまったのだろうか。
とにかく、連れてこられた彼らは上昇志向の強い、「気高い火艦士」が選抜されたようだ。
ただ、ラプーンとは反対に、それならそれで私はよかった。
彼らはとても優秀であるから、その一点に尽きた。
「火艦士」として火を囲んで初陣の勝利に酔いしれている彼らを見て、ラプーンは複雑な心境だっただろう。
私は、彼らが最期まで「火艦士」として生き、「気高い火艦士」として死ぬだろうことが、「火羽」の火艦士長フリーダと話していて気付いてしまった。
彼女のせいだけではないのかもしれない。
空軍の企画では、この「火羽」の目的は、あくまで「歩兵を守る」ことではなく、「不時着した艦士」を救出するということだと、彼らにはきつく説明されているだろうから。
その副目標として、先行して敵の小拠点や偵察隊を潰して回るということを設定している。
明らかに、艦隊戦でもアーキルに追いつかれていることが漏れ聞こえてきそうなものだ。
そのため、空軍上層部が「火羽」の実績のために仕事を割り振るほど、彼らは「火艦士」として成長していくだろう。

私は酔っぱらったラプーンに、父と娘ほども年齢が離れているにもかかわらず、泣きつかれてしまった。
自分が求めたのは歩兵を守ってくれる部隊だというのに、歩兵を守ってくれそうにはない、「歩兵の盾」はもう時代遅れなのかもしれない、と。
私はどう慰めたのかと思って、小拠点を潰してくれる「火羽」のおかげで蟻はおおいに助かっているよ、と言った。
それに、火力不足の羽蟻が「火羽」を得ることで、こちらも助かるのだと言い、ラプーンには、もっと「火羽」部隊を増産することをそれとなく頼んでおいた。
ラプーンは顔を赤くしながらそれに頷いていたが、展望はそれほど明るくないことは私自身が分かっていることだった。
なぜなら、「火羽」は大規模運用されず、必然的に「火羽」は増産されない。
対空機すらない今のままでは、強襲揚陸艦を中心とした部隊では運用方法が限られる。
特に、「火羽」の運用における本質は敵の情報網を欺くことだ。
地上から間接砲撃を受けていると敵を欺瞞すること。
ただの強襲機が空から地上を撃とうものなら、すぐにアーキルの戦闘機が撃墜しに来るだろう。
しかし、それが砲兵の関節射撃であるとすれば、それはアーキル陸軍の獲物だろう。
その命令系統の隙間に降下強襲兵、アーキルから見ればただの歩兵が入り込んで敵を錯乱状態にさせるのだ。
必要であれば、ガルガノットを投入して短時間にことを収め、すぐに逃げ出す。
つまり、「火羽」が露見することは、あってはならない。
そうして、「火羽」は部隊の露呈を恐れて大規模運用されず、「火羽」が大規模に増産されることはない。
少数精鋭部隊の仕事は、たくさんいる蟻を助けることではなく、「火羽」が助けるに値する仕事だけとなる。

けしてあれが蟻を守ることはない、残念ながら。
蟻を助けるのはこれまで通り、「火」にまかれていない、ただの羽蟻の仕事だ。
これまで通り、無力な羽蟻の仕事だ。
ラプーンはついに泣き出した。
彼の押し殺した嗚咽を抱きながら。私は彼が本当に望んでいるものを簡単に当てることができた。

戦車、歩兵を守る戦車が欲しい。
足が速く、砲弾を跳ね返し、敵を一撃で蹴散らす戦車が欲しい。
新しい戦車が欲しい
それを強襲揚陸艦に載せて、ラプーンと一緒に最前線に運んで欲しい。

ラプーンは、本当に蟻のことを気にかけてくれている。
だから、蟻から羽蟻になった私たちはラプーンに付き従うのだ。
「火」に焼かれてもそれは変わらない。
死ぬまで、私たちは羽蟻だ。

あの初陣の後、艦士が持っていた日記を見つけた。
見つけて、途中でページの端が切り取られていることに気が付いた。
誰が切り取ったのかはすぐに明らかとなった、アーキル兵の一人がそれを持っていたからだ。
そこには、彼の独白が綴られていた。
このアーキル兵はここで死ぬつもりはなく、すぐにほかの部隊と合流するために戻るつもりだったのだろう。
そして、この端書を端書のまま、独白に留めておくつもりだったのだろう。
私は、この独白からアーキル兵たちに課せられた任務の実情を知った。
なるほど、そういうことだったのか。
そう思って、すぐに心が冷めていった。
結局、彼と同じことを考えてしまったからだ。
帝国と連邦が戦い続ける限り帝国兵の捕虜は増え続け、これが正しいのかは知らないし、知る必要はない。
ただ、羽蟻は蟻を助けることも、戦争が続き、私が生きている限りは、まったく変わらないということだけが、一匹の蟻に分かる唯一のことだった。

私はこの日記を「火羽」の指令に渡した。
司令はこれが艦士の日記だと説明されて、すぐにそれを読み始めた。
そして、十秒もしないうちに怒りを露わにし始めた。
司令は怒って、怒った顔は、目だけが笑っていた。
アーキル兵の悪逆非道に怒り、その手法を報告し、連邦の悪性を喧伝できることに喜んだのだろう。
この日記にはきわどいことも書かれてはいるが、指令の目には入っていないようだった。
いや、慣れない地上に降りて可哀想なことに錯乱と闘いながら書いていた、くらいに思っているのかもしれない。
どちらにせよ、彼らは空の英雄として死ぬことができたようだった。

私は、いまだに嗚咽を漏らすラプーンをどうにかしようとして、体を揺らしながら歌を口ずさんだ。

蟻の行軍二本足。
銃火を交えて四つ足。
風に吹かれて体が浮いて。
足をもがれて落ちていく。

渇きに飢えて千鳥足。
せっつかれて皆勇み足。
空に緑の鳥はいて。
茶色の鳥がいなかった。

羽蟻が助けに来てみると。
誰もが血まみれ砂まみれ。
けれど彼らは蟻ではなくて
空から落ちた雛だった。

羽蟻の行軍空を征き。
銃火を交えて二本足。
蟻が逃げ切るその日まで。
羽蟻は助けに来るだろう。

雛を助ける日ばかりで。
蟻を助けた試しなし。
されど我らは羽蟻なり。
鳥にはなれぬ羽蟻ゆえ。
羽蟻は眠りについたまま。
蟻を助けた夢を見る。

羽をもがれて思い出す。
自分が蟻でいたころを。
羽蟻は蟻に逆戻り。

羽蟻の行軍二本足。
銃火を交えて四つ足。
鳥がついばむ砂の上。
蟻を助けた夢を見て。
眠りについて目覚めない。

喜びを叫ぼう、誰にも聞こえるように。
悲しみを口ずさもう、誰にも聞こえぬように。

私はそこで、ラプーンが私の膝の上で眠っていることに気が付いて、口ずさむのをやめた。
そのまま、胸ポケットに入っていた紙切れを取り出して、丸めて火に投げた。
火は紙切れを炭化させ、黒くなった紙片が上昇気流に吹かれて散り散りになった。
最終更新:2017年04月14日 18:43