返信

 返信が来たのは、リゼイと雑談を交わしていたときだった。

「ハーブさん?」

 にわかに途切れた会話にリゼイが疑問符を浮かべてくる。

「ああ、御免。ただのデータのノイズだったよ」

 そう言って誤魔化すが、彼女に嘘がどれだけ通じるのか怪しいところだ。

「それで、その。ネタルフィー? だっけ。どんな人なんだい?」

「私もまだ直に会ったわけではありませんが、きっとハーブさんと気が合うと思うんです。彼も彼で色々と苦労しているようでしたし、お互いにいい話し相手になると思います」

 私たちが居るのはリゼイに割り当てられている部屋の中で、新しく取り付けられた駆動部品のテスト走行ついでに昨日の人物について話を聞くことにしたのだ。

「どこに居るんだい? 一度会ってみたいなぁ」

「残念ながら、難しいかもしれません。彼が居る場所はとても危険ですから」

「危険? どんな風に」

 リゼイがデータを送信してくる。音声無しの動画データだ。

「サン=テルスタリ皇国と呼ばれる国家です、大陸中央部の。そこに彼は居ますが……今現在一番危険な場所と言って過言では無い地域になります。森の中では私でも危ない目に遭いそうで」

 画面にはどこかの自然林が、そして複数人の原住民が写っていた。撮影者は倒れているのか、視点の高さは地面と変わらなかった。

「リゼイが危ないって言う場所じゃ、むやみやたらに近寄れないね」

 視点がもがくように揺れ動く。わずかに機械の身体が映り込んだ。特徴から自然環境を観察するためのボットか何かだろうと推察する。原住民らは敵に対するそれ……ある種の敬意すら感じる眼差しをしているが、それ以外に行動を起こす気配はしなかった。

「自然が色濃く残っている場所です……今はどうなっているか、分かりませんが」

「何かあるのかい?」
「ええ、ありました。話すと長くなるのでまた今度にしましょう」

 エネルギーが切れてきたのか、映像にノイズが走り出す。絶え間なく動いていた視点もぐったりと動かなくなる。色褪せてきたその緑は、それでもなお美しく――――そして、映像は終わった。

「……この映像は、何時のなんだい?」

「私が目覚めて数十年後のものです。現在からはまた数十年前のものになりますね。僅かに生き残って、自然を見守り続ける役目を果たしてくれた子たちの最後の一匹の見た景色です……あそこの民族がよく写っているのは、それが一番でしたから」

 動画データを巻き戻し、人物が写り込む場所をトリミングする。未開的な服装だ。手にしているのも原始的な武器や道具だし、どことなく野蛮そうなイメージが先行してしまうのは仕方ないところだろう。

「まさかとは思うけど、今もこんな人たちが沢山いるのかい?」

「数は減ってるかもしれませんが、今なお残っていると思いますよ」

「……本当に行くのは危なそうだ」

 そう思ったのは、まとめて送られてきた他のデータを平行して視聴していたからだ。娯楽映画か何かだと説明されたら鵜呑みにしてしまいそうな生物がわさわさ出てきた。大体のものが研究育成中に閲覧したものに似ているものの、中には生体兵器かなにかかと疑いたくなる図体をしているものすらある。変に行けばスクラップ状態まっしぐらとしか思えなくなった。

「大丈夫ですよ、全ての場所が危険なわけでは無いですから……」

「リゼイ、ハーブ! そこにいるわね!」

 リゼイが饒舌になり始めた頃、邪魔者(と伝えるにはあまりにも強大な存在だ)が私たちの空間にやってきた。もう少し静かに話してもらえないかとうんざりするが、彼女に対抗するすべは私には無い。

「アルサ主任、何かありましたか?」

 動じることも無くリゼイが応答する。入ってきた女性は今にも僕を持ち上げてぶん投げようとするのではと思えるほどに溌剌としている。

「あったのよ! 色々と見つかったのよ!」
「落ち着いてください、研究所の皆さんが集まってきますよ」

 リゼイがたしなめるも聞く耳持たずの様相である。何をしでかすのかと内心恐ろしくてたまらなかった。

「と、に、か、く! 近いうちにここを出るから準備しといて! いいわね!」

 そんな私の心配は杞憂のようで、入ってきたときのままの勢いでアルサはこの場を後にしていった。外で誰かが犠牲になった音が書類のばらまかれた音とともに響く。有能な女性であることは間違いないのだが、やはり一種の幼児性を持ち合わせているものなのだろうか。

「……いい時間ですし、そろそろ戻らないとこの部屋に籠もる羽目になりますよ」

 リゼイが思いついたように口にする。確かにそろそろ一般職員も活動を始める時間帯だ。何故私が機密事項になっているのか分からないが、なんであれ規則には従うことに越したことは無い。

「君と一緒なら構わないんだけどね」

「そばに居られるときはずっと一緒に居るじゃないですか、ちゃんとお部屋に戻ってください」

 このやりとりもそろそろ二桁になるだろうか。まだまだ未知の世界だが、理解者が傍に居てくれるだけで随分と心強いものだと痛み入る。
 それに、もう一人のあの人とも会話できると分かった。それで私の心は持ちきりだ。

「分かったよ。また後で、リゼイ」

「はい。次に会うのはアルサさんに呼ばれてになりそうですね」

 短めの別れの挨拶をして、彼女の部屋を後にした。

 早く自分の部屋の外部アクセス端末に繋がりたいと、朝夕の判断が出来ない地下の廊下を進んでいく。こっそり文通をしていると知ったらリゼイは驚くだろうか。

 そんな悪戯心も、彼女への遠回しの好意なのだろうかと、少しだけ悩んでみた。
 無意味な議題だと分かってても、やはり意中の相手に関する悩みは格別なものだ。

最終更新:2017年06月01日 22:13