ヒグラートの奇跡

発 連邦艦隊総司令部

宛 ザイリーグ軍管区

ヒグラート南岸敵根拠地隊ニ対シ威力偵察任務ヲ下令。
クリィト第二艦隊ヲ主軸トシ敵集積地方面強襲偵察ヲ敢行セヨ。

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「旗艦抜錨、続いて空母ラスターテ抜錨しました!」

「よろしい、本艦も抜錨する。錨揚げ!旗艦後方につくぞ!」

「錨揚げ!了解!」


艦隊司令部からの命令に基づき、我々クリィト第二艦隊は何度目かのヒグラート方面での強行威力偵察任務を遂行すべく、その日も出撃した。


「艦長、基地気象班からです。どうにも風が匂う、と。」

「ここの所気流は安定しているが・・・まあ警戒するに越したことは無い。観測に留意するよう伝えておけ。」

「ハッ!」


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進撃の道中、特筆するべき事象もなく我々はヒグラート渓谷上空へ到達。

崖の内部を縫うように進みながら、渓谷中央部へと達した。


「・・・ッ!!旗艦より信号!敵艦隊!左舷方向距離700!!」

「来たか!!以後無線封止解除!最大戦速上げ舵20!!左咄嗟砲戦用意!!」

「上げ舵20最大戦速!よーそろー!」


この時接敵したのは帝国軍内でも名の知られるヒューメール遠征艦隊だと我々が知ったのは、戦闘終了後のことであった。


「敵艦隊!ガレオーネ級を先頭に突っ込んでくる!」

「阻止砲撃!奴らラスターテを狙ってくるぞ!やらせるな!!」


帝国艦隊は我が方唯一の航空戦力である空母ラスターテの撃沈を企図してか、接敵と同時に吶喊を敢行。

戦闘開始から20分を待たずして、ラスターテは発着機能を喪失。

我々は苦しい戦いを強いられることとなった。


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徐々に不利になってゆく戦況の中、唐突にその報告は届けられた。


「聴音より艦長!上空ジェット気流内部に異常音を聴知!!気流津波発生の恐れ大!!」

「何ィッ!?」


気象班の読みは当たっていた。

過去数年来の気流津波が、今日、まさにこの場所で発生しようとしていた。


「旗艦に通達!気流津波発生の可能性大!至急退避の要有りと判断!帝国艦隊に対しても警告の要有りと認む!」


船乗りとして、空に生きるものとして気流津波は共通の大災害だ。

帝国艦隊に対しても、警告し退避を求める必要があると私は考えていた。


「旗艦より返信!・・・ッ!?て、帝国艦隊に対する警告はその必要を認めず。隷下全艦はヒグラート北岸方面へ退避せよ!以上!」

「な!?彼らを見殺しにする気か!?」


だが、艦隊司令部はそう考えなかったようだった。

帝国軍に気流を知らせることなど利敵行為として到底認めることはできないとし、一刻も早く急速離脱することを隷下の艦艇に通達してきた。


「・・・彼らとて、同じ船乗りだ。見殺しにはできんッ!!発光信号で帝国艦隊に警告文を送れ!」

「・・・艦隊司令部からの命令に背く事になりますが、よろしいのですね?」

「構わん!人命の救助が最優先だ!」

「・・・分かりました!」


帝国艦隊は旧式艦ばかりだった。

彼女たちは砲戦能力こそ我が方を凌駕しているが、気流津波という大自然の事象を前にしては脆弱と言わざるを得なかった。


「信号旗揚げ!我が方に交戦の意思無し!空雷は全投棄だ!一人分でも多くのスペースを確保しろ!」

「了解しました!」

「第106駆逐隊シュメルクより信号!我れ貴艦の判断を尊重する!救助を支援する!」

「助かる!シュメルクは左へ展開させろ!私は甲板で指揮を執る!後は任せた!」


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艦橋から出ると、異様なほどの静けさが耳を付いた。

軍学校時代、嫌というほど叩き込まれた気流津波の前兆だ。

最早一刻の猶予もなかった。


「接舷急がせろ!救命艇、空雷運搬起重機、縄梯子・・・使えるものは全て使え!!」

「艦長!次席旗艦トリプラより入電!救助に参加するとのこと!同時に旗艦を除く各艦も救助を開始しています!」


こうなれば艦隊戦など関係なかった。

旗艦を除いた各艦は、各々帝国艦に接舷を開始し次々と帝国兵を救助していった。


「まもなく本艦乗員上限を超えます!」

「クソッ!・・・バリステアに残りの乗員を集めるんだ!アンカーを叩き込んで強制曳航する!」

「了解!」


最終的に我が方の艦艇はその腹に目一杯帝国兵を満載し、乗り切れない兵員はバリステア級軽巡に集め我が艦と馬力のあるラスターテで曳航することとした。

これで終わり、と思われたが、自体はそう簡単には行かなかった。


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「か、艦長!!旗艦はこちらに砲撃を!!!」

「何だと!?司令部のクソ野郎共が!!」


旗艦の司令部は我々を見捨てて後退しながら、こちらへ向けて砲撃を叩き込んできたのだ。


「総員!衝撃に備えろ!!」


だが、被弾の衝撃は訪れなかった。


「が、ガレオーネが、盾に・・!!」

「ガレオーネ級より信号!この借りは艦隊の皆に代わって返す 後を頼む、以上!」

「なっ・・!?」


ガレオーネ級は我々の盾となるように艦体を向けつつ、旗艦へ向けて突撃していった。


「返信、貴官のような指揮官と剣を交えられた事、誠に光栄であったと・・・!」

「了解!!」

「全艦へ緊急離脱を開始させろ!」

「分かりました!」


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そして何とか全艦がヒグラート北岸へたどり着いた頃、遂に気流津波が渓谷を襲った。


「警戒より艦長!左舷方向に砂塵を目視!来ます!!」

「メル=パゼル気象庁及びパンノニア大陸航路局の緊急警報受信!波数2!マギノスケール1,4!」

「接触まで180秒と推測!!」

「来るぞ!取舵一杯下げ舵12、最大戦速!流されるなよ!!」

「取舵一杯下げ舵12!最大戦速!よーそろー!」


急速回頭を済ませると同時に一瞬周囲から音が消える、そして・・・。


「総員対衝撃防御!!」

「艦長!旗艦とガレオーネが!!」

「っ!!・・・来るぞ!掴まれ!!!!」


一瞬見えた炎上するアッダバラーン級とガレオーネ級。

だがそれも、時速500kmという猛スピードで渓谷を駆け抜けた気流津波の前に飲み込まれる。

更に一足遅れて、余波の暴風が艦隊残存艦を強かに打ち付けた。


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この一連の流れを、両国は後に第45次ヒグラーテ遭遇戦と呼称した。

連邦クリィト管区2番艦隊司令部は壊滅、帝国ヒュクメール遠征艦隊司令ヒュクメール氏と幕僚陣も行方不明となった。

しかし、至近での気流津波発生にも関わらず人的損害が極めて微小に抑えられたこと。

双頭条約の範囲外で連邦軍と帝国軍が互いの生存のために協力した極めて稀な事例であることを踏まえ、後世においてこの戦いを「ヒグラートの奇跡」と呼称する者は後を絶えない。

最終更新:2017年06月05日 22:13