「今でも飲める密造酒」『密造ビジネスに迫る』第三巻四号、マルダル白出版、681年13月2日

今でも飲める密造酒

 

 『密造ビジネスに迫る』は古今東西の様々な密造、密売、密輸事業について研究、取材を行ってきた。本誌第三巻は密造酒についての特集が組まれ、アルコールの成り立ちから税金の仕組み、法の抜け穴までを調査し、本誌に編纂したことは、読者にとっては新しい出来事だろう。

 

 今回、第三巻四号を出版するにあたって、我々はこのマルダル湾沿いに存在する、とある「密造酒」店の調査を決行した。とはいっても、それは合法であり、なんら違法性がないのである。しかし、その店の成り立ちを調査すると、百年以上前の密造酒製造に突き当たるのである。

 

「密造酒」を売る店の歴史とは、いったいどのようなものであるのだろうか。また、それを買い求める客層はどのようなものであるのだろうか。我々は、この酒造所併設酒店「Hall Elsie」を経営するエリーゼ夫人(以降敬称略)との対談に成功した。以下は、その対談を文字に書き起こしたものである。

 

 なお、今回の密造酒の過程に関しては、『密造ビジネスに迫る』第三巻二号で紹介した、500年代のマルダル地方旧ガルゼラル領で発覚した砂糖密輸事件「諸島連合の雪事件」との深い関連性があると思われることを付記しておく。

 

 

カヌイ:こんにちは、本日は『密造ビジネスに迫る』の取材を受けてくださり、ありがとうございます。マルダル白出版のアルカ・カヌイです、よろしくお願いします。

エリーゼ:あらまぁご丁寧に。「Hall Elsie」を経営しているA・エリーゼです。本日はご足労いただきありがとうございます。

カヌイ:いえ、こちらこそ。『密造』という後ろめたい題材の取材であるのに、快く受け入れてくださったエリーゼ夫人に感謝を申し上げます。

エリーゼ:いいのよ、そんなこと。こっちは「密造酒」を売っているのだから。そういう話は歓迎よ。

カヌイ:分かりました。では、本題に入ります。この酒造所兼酒店ですが、建造、つまり営業開始日のことですね、はいつ頃からになるのでしょうか。

エリーゼ:私が伝え聞いているところですと、530年から540年ごろに最初の酒造所が作られたという話ですわ。最初は創始者がこっそり始めた事業ですので、正確には分からないのよ。一応、国の記録では542年に操業許可が出ていることになっているの。

カヌイ:おおよそ150年の歴史があるのですね。その空白の十年あまりの時間は、創業者が密造酒を作っていたという推測ができますが、その点に関してはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。

エリーゼ:あら、そんなこと。まぁ、表向きの発言をしてしまえば、遡及の不可性の関係上、もうあの二人を追及することは出来ないでしょうね。

 

カヌイ:あの二人とは、創業者のことでしょうか。どのような人物だったのですか。

エリーゼ:夫婦よ。A家の初代様ね。ああ、正確には零代様なのだけれど。ハルとエルセールという名前だったわ。もう150年前のご先祖様を私が語るなんておこがましいことだけれど、二人は日記を残していて、その様子からは、悪い印象は受けなかったわ。日記には書いていなかったのだけれど、私の母から、母はまたその母から聞いた話では、二人は酒にはとてもうるさかったらしいわ。その二人が妥協を知らずに作った密造酒は、今でも「密造酒」として店に並べられているという経緯があるのよ。

カヌイ:初代様ではく零代様と言い換えたのはどのような理由なのでしょうか。例えば、Aの家名が付けられたのは、そのハルさんとエルセールさんの次の世代ということなのでしょうか。

エリーゼ:あら、よく知っているじゃない。国が家名を一般市民にも普及させたのは初代様の代からなの。だから、酒造のA家は、零代目のハル・エルセールを数に入れて、私たちで7代目になるわね。まぁ、うちでは彼らを特別視して零代目なんて呼んでいるわけではないのだけれどもね。ただ単に、A家と付く直前に創始者がいた、それだけよ。でも、確かに家名無しの人物が醸造所を経営していたなんて、と当時は思われたかもしれないわね。

カヌイ:王国で現存する昔ながらの醸造所、いわゆる老舗のほとんどが、創始者も家名付きの、由緒正しい貴族階級であったと記憶しています。家名無しでいきなり酒造を始めるには厳しい環境であったのではないでしょうか。

エリーゼ:そうなの。だからハルとエルセールは十年もの歳月を酒の密造に費やしたのではないかと思ったの。

カヌイ:実際には違うと。

エリーゼ:日記を読めばわかるのだけれど、二人は何か上の方とつながりがあったらしいのよ。家名無しの庶民が密造酒を作るにしても、器具は自作できるとして、その材料がなかなか手に入らないでしょう。まして500年代前半なんて糖類が手に入らないでしょう。密造酒に詳しいのであれば、その辺りは国の歴史と踏まえて予習はしているでしょう。

カヌイ:そうですね、500年代の、それも前半ともなれば、対立中の諸島連合から上質な砂糖を輸入することは出来ないはずです。あ、待ってください。

エリーゼ:気付いたのかしら、このおかしい事実に。

カヌイ:えっと、この「密造酒」は蒸留酒であり、酒造の方法を変えずに現代も作り続けているのですよね。

エリーゼ;そうね、加えて、この蒸留酒は加水してすら60度もあるわ。そして、詳しいレシピは言えないのだけれど、この蒸留酒はかなり上質な砂糖を使っているわ。

カヌイ:つまり、ハルさんとエルセールさんが何らかの手段を使って、砂糖を手に入れて、それを酒造に使い込んだということでしょうか。

エリーゼ:相当狂っていると思わないかしら。当時からこの質の蒸留酒を製造していたという事実もそうなのだけれど。当時は貴族の口にしか入らないとさえ言われる砂糖を手に入れることができ、それを酒のために惜しげもなく使う。そんな昔話を聞いたとき、私は、零代様がどこかの成金だったのかとさえ思ったわ。そうでなければ話が合わないもの。でも、ハルは郵便局員、エルセールはやせっぽちで穏やかな一児の母だったらしいの。

 

カヌイ:驚きました。ハルさんとエルセールさんが、まさか密造酒製造だけではなく、密輸ともつながりがあったのかもしれないということに。だから、先ほど遡及の不可性を語られたのですね。話を戻しまして、さすがに、そのような上質な砂糖を使うとなれば廉価販売は出来ませんよね。では、その密造の十年は、自分たちが飲むために作っていたということでいいのでしょうか。先ほどの話でも、二人は、酒にはうるさかったと聞いております。

エリーゼ:それがまた変わっていてね。日記を見ても、酒が甘いだとか、質が良すぎるだとかの文字が飛び交うのよ。笑っちゃうわよね。

カヌイ:それは、お二人は辛い酒で、質が悪い酒を求めていたということなのでしょうか。

エリーゼ:質が悪い酒だけど、質は良い酒。どんな言葉遊びなのかと思ったのだけれど、うちの秘蔵酒を飲めばたちどころに、嫌でもわかってしまうわ。後で一杯どうぞ。

カヌイ:ありがとうございます。ぜひいただきます。

(この秘蔵酒を飲んだときのことを後に話すのはとてもつらい経験になった。鼻と舌と喉がその上質さと酷さを覚えているというのに、言葉にして表すことができない味というものを初めて経験したからだ。)

エリーゼ:まぁ、秘蔵酒は別に秘蔵というわけでもないのよね。一般販売をしていないだけで、今でも軍人さんが買いに来るのよ。

カヌイ:それは、どのような意味なのでしょうか。

エリーゼ:深く読もうとすれば、ハルとエルセール、もしくは二人の作った密造酒が軍人さんと関係あるのでしょうね。初代様の話らしいけど、子供の頃に姿勢や身なりが良い好々爺が何人も店に来て、遊んでもらったらしいわ。それが軍人さんだったとすれば、零代様の代から軍人さんと深いつながりがあったのではないかしら。むしろ、そう考える方が、砂糖の密輸なんかと関連付けて考えることができるわ。

カヌイ:さすがに、今は砂糖の密輸に噛んでいたりはしませんよね。そうでなければ厳しい醸造所の認可を継続することはできないでしょうから。

エリーゼ:あら、「密輸はそれが莫大な利益をもたらすために始まる」とは誰の言葉だったかしら。

カヌイ;『密造ビジネスに迫る』の標語ですね。ご購読ありがとうございます。当然、昨今の王国と諸島の仲の良さを見れば、砂糖を密売したところで得るものはありませんよね。邪推を失礼いたしました。

エリーゼ:いいのよ。昔々の密輸がこの「ハルとエルシー」を作ったのだから。

カヌイ:洒落てますね。

エリーゼ:「Hall Elsie」ができたのは初代様の代からなの。初代様も親孝行なものね。わざわざ親の名前を店に付けるなんて。

カヌイ:ところで、「Hall Elsie」は「密造酒」が飲める食事処ということですが。当時はどれほどの規模だったのでしょうか。

エリーゼ:5人も入れば満杯になってしまうほどだったのではないかしら。あの壁にかかっている木炭画があるでしょう。あれが当時の「Hall Elsie」よ。

カヌイ:秘密基地みたいですね。もしかして、軍人さんをもてなす場として初代様が作ったのでしょうか。

エリーゼ;そうね、小さい所だけど秘蔵酒を買いに来る爺様方をゆっくりともてなしたいと考えたらしいわ。そこで、食事処を作って、料理と一緒に秘蔵酒を提供して、という方針になったのだそうよ。もちろん、彼らもあまり暇ではないから、5人も座れる場所があればよかったらしいわ。初代様の日記によると、爺様方は偉い身分の風格を醸してはいたのだそうだけれど、ハルとエルセールが言うように、足が伸び切らないくらいの大きさの小屋を建てれば喜んでくれるという助言に従って、その通りになったらしいわ。

カヌイ:なんとも、その爺様方をよく知り尽くしたお二方ですね。そこからもお二方と軍人さんの関係が伺えます。なるほど、最初は密造の秘蔵酒、それを軍人さんに販売し始めて、秘密基地を作ったということなのでしょうね。

エリーゼ;まさに秘密基地ね。初代様も零代様の意向に従って、あまり大っぴらに「Hall Elsie」を経営することはなかったらしいわ。それに、零代様がいくらつながりを持っているとしても、砂糖は希少ですし。一般に販売できるわけはないですわね。

 

カヌイ:あれ、でもその時までは「密造酒」ではなく秘蔵酒を売っていたわけですよね。「密造酒」が出てきたのはいつ頃になるのでしょうか。

エリーゼ:それは「Hall Elsie」が作られてから15年後くらいしてよ。軍人さんも代替わりして、彼らが子供を連れてきたころね。

カヌイ:さすがに秘蔵酒を子供に提供するのは酷だったのでしょうか。

エリーゼ:ええ、子供とはいっても30は下らない人たちでしたけれど、北部で生活している爺様方とは違って、彼らの子供は王国の南方で従事していらっしゃる方が大勢いて、その味覚の違いで秘蔵酒は受け入れられなかった。その時のハルとエルセールの嘆きは日記に残っているわ。「味覚が違うのか」と書いていたわ。

カヌイ:では、そこから「密造酒」の制作に取り掛かったのですね。

エリーゼ:ええ、ハルとエルセールは最後の力を振り絞るようにして「密造酒」を作り上げ、そのまま天寿を全うした、と店の歴史を振り返れば半ば伝説になっていますの。もっとも、自分たちが楽しむために酒を造る二人だというのは日記から察せられるので、溢れるほど「密造酒」を楽しんでから逝去したのではないかと思うわ。むしろ、酒に溺れて死んだのではないかと心配しちゃう。

カヌイ:それほど零代様のお二方は酒が好きだったのですね。

エリーゼ:とてもね、酒への執着が強かったのはハルの方ね。彼は特務部の出身者だったのよ。その関係で王国中を郵便業務で転々としていたらしいわ。

カヌイ:特務部というと、あの、特務部ですか。

エリーゼ:ええそうよ。でも、何でもないわ。殊に特別なことは何もしない、欠員の穴埋めとして派遣される通常の特務部の一員。笑っちゃうわよね。砂糖の密輸に関わっていると疑われている人物の片方が、よりにもよって特務部にいたのだから。私たちが知りえない特務部の姿を私たちが図り知ることは出来ないけれど、ただの特務部の一員であり、只者ではなかったのでしょうね。

カヌイ:ええと、それで、話の関係からして、ハルさんは各地で酒を買い漁ってエルセールさんと飲んでいた、のでしょうか。

エリーゼ:ああ、ええそうね。最初はそうやって酒を飲んでいたらしいのだけど、諸島連合の雪事件があったころから酒が手に入りづらくなったのよね。日記では、その酒日照りが何年も続いて、ついに頭にきたエルセールが密造酒を作ることを決意したらしいわ。

カヌイ:雪事件というと、旧ガルゼラル領の港を通じて諸島連合から王国へ砂糖が密輸されていたことを告発した事件ですね。

エリーゼ:そうね。その事件をきっかけに、貴族の酒は何倍もの値を付けるようになったわ。みんな共犯だったのね。その最中に、エルセールは砂糖を安く入手した。

カヌイ:あれ、じゃあ密造酒の発案者自体はエルセールさんなんですね。

エリーゼ:そう。そして、どこからか砂糖を引っ張ってきたエルセールは密造酒を作り始めて、秘蔵酒を作って、軍人の爺様方を呼び寄せて、最後は「密造酒」なんて名前の付いた酒まで作って。

カヌイ:もしかして、酒が手に入らなくなって困った軍人の代わりに砂糖を取引して密売していたのでは。

エリーゼ:かもしれないわね。でも、もう調べることは出来ないわ。それを覚えている人はいないでしょうし。知っているかしら。今の貴族の流行は酒よりも炭酸水なのですよ。そのおかげで「密造酒」どころか秘蔵酒の売り上げも落ちているのよ。困ったものね。

カヌイ:カクテルバーでも始めたらいかがですか。炭酸を含んだ酒自体はあるのですから。

エリーゼ:それがねぇ、考えてはいるのだけれど。炭酸水のいい仕入れが見つからないのよねぇ。困ったことだわ。零代様みたいにつながりがあるわけではないし。常連の軍人さんも昔の縁を頼ってくれているだけで、悪いつながりがあるわけではないの。

カヌイ:酒屋というのは需要が安定しているとは言われていますけれど、それでも大変なんですね。

エリーゼ:671年からの北極の一件もあって、保存料としても炭酸水が見直されているのよ。忌々しいことだけど飲酒運転はダメなことで、酒は体から熱を奪うというのも事実ですもの。様々な意味でも500年代には戻れないの。でも、手抜きはしないわよ。これからも魂を込めて酒を作っていくわ。

 

エリーゼ:と、時間みたいね。じゃあ、食事でも。食前酒に「密造酒」をどうぞ。

カヌイ:いただきます。いい匂いですね。それに、舌に残らない。

エリーゼ:それは嬉しいわ。でも、その言葉はハルとエルセールに言ってほしいわね。

カヌイ:ああ、あの棚の一番端の写真、その二人がハルさんとエルセールさんなのですね。

エリーゼ:見るからにどこにでもいる二人でしょう。

カヌイ:郵便局員のハルさんと、やせっぽちのエルセールさんでしたね。

エリーゼ:エルセールは拒食症ぎみの体だったらしいけど、ハルと結婚してからよく物を食べるようになって、それでもこれなのよ。こんな虚弱なお嬢様が密造に関係していたなんて、誰も信じないでしょうね。あの半袖から見える細腕を見なさい。伝説では、あれで三乗1/4メルトはある酒樽[0.25立方メートル、容積を考えて90kgほど]を肩で一個抱えて、もう一個はもう片方の手で転がして酒蔵を行き来していたらしいわ。とんだ化け物よね。

カヌイ:それは、確かに伝説ですね。

エリーゼ:事実は時を経て誇張されるのは世の常ですけれど、A家の7代目の私をして、いったい私の先祖はどうなっているのか、まったく理解が追いつきませんわ。悔しいことに、ここにある秘蔵酒と「密造酒」だけはまったく当時から変わっていないということ。それだけは唯一、ハルとエルセールの変わらない伝説を物語っているの。

最終更新:2017年06月06日 02:51