ナノ・フリアスの手記

【ナノ・フリアス操艦士見習いの手記、622年序盤】

悲しい出来事があった。
ジッタが死んだ。
革命に巻き込まれて死んだ。
ジッタが何か悪いことをしたわけじゃない。
でも死んだ。
戦場でもないところで。

ジッタは僕の同期で、機艦士見習いだった。
でも、彼女は慢性的な気管支炎だった。
子供のころから「鉱山」労働者だったジッタは、よく粉塵を吸い込んでいたらしい。
幸いなことに、肺の疾患はそうでもなかった。
だから、気管支炎の治療のために、ジッタは月に一度はテクノクラートに顔を出していた。
いや、ジッタは、書類上はテクノクラートの社員で、こちらに出向していることになっていた。
ジッタは軍属ではなかったが、晴れて機艦士になった暁には、軍属として艦艇に配属される予定だった。
テクノクラートとは、そういう契約だったらしい。

あの革命で、ジッタはテクノクラートの社員として、帰還命令が出ていた。
ジッタだけではない。多くはなかったが、けして少なくない数がテクノクラートへ帰る予定だった。
そこで、ジッタは死んだ。
反逆者が紛れ込んでいて、近衛騎士団が対処しようとした結果、120人が全員死んだらしい。
ジッタはその一人だった。

ジッタが死んだ後、テクノクラートから籍が外れる前に、軍の主催で共同葬が行われた。
遺体はそこになく、共同葬は静かだった。
悲しみの声が聞こえたのはそこだけだった。
すぐに、テクノクラートの崩壊に巻き込まれずに済んだとか、障害者のお守りをしなくて済んだとか、そんな声が聞こえてきた。
でも、それも仕方ないのかもしれなかった。
革命の後、近衛騎士団への戦力の一極集中が起きるだろうと予測された。
さらに、今上皇帝は戦争自体に反対と目されているようだった。
軍部は急速な軍縮に晒されるだろう。
だから、人員整理をしなければいけない。
そこに、運よくテクノクラートから出向してくる障害者が死んでくれた。
テクノクラートがなくなれば契約もなくなる120人を、誰が養えばいいのだろうかと思っている矢先に。
自前で治療費を調達できない貧乏人より、貴族が優先されるのは仕方ない。
でも、120人の、戦友の死を喜べるほど、僕は冷たくはなれなかった。


【ナノ・フリアス操艦士の手記、623年序盤】

急激な軍縮が進んで、ここに残る同期も減ってきた。
多くは異動、もしくは民間のほうに行った。
いや、すべてが近衛騎士団とアカデミーに吸収されたというべきだろうか。
軍部の血を吸って、吸った血を近衛に吐き出しているのだから当然か。

テクノクラートの代わりに、近衛騎士団も出資するアカデミーの人間が送られてきた。
アカデミーはテクノクラートとは違って、軍縮に関する技術を提供するために配置されたものらしい。
今にしてみれば、軍縮を開始するために軍への予算流入が増えるという結果になったことは、軍にとっては喜ばしいことだったのかもしれない。
アカデミーの支援と引き換えに、近衛騎士団の介入で、好戦派は主要な部分から追放された。
同期が減っていくのは、それが原因だった。

僕も例外ではなかった。
僕はかろうじて操艦士となることができた。
でも、革命以来、和平派のエリートたちが出世するようになってから、僕もそのままではいられなかった。
僕に不利な方向で、軍縮は続いていた。
僕は身の振りかたを考えた。
そして、僕はアカデミーの教導隊に配属されることを選んだ。
軍の教導隊ではないことが鍵だった。
僕のような新参者が軍の教導隊に志願しても門前払いだろう。
しかし、アカデミーの教導隊は、名前とは裏腹に、技術指導官の役割だった。
アカデミーの教導隊は、アカデミーの技術実証機を乗り回して報告書を提出する仕事だ。
一応、軍属として名が残ることになった。
僕はジッタのように、軍への出向をすることになった。

アカデミーで任された艦は立派なものだった。
最近納入されたのがありありと分かる、ぴかぴかのグレーヒェン工廠の戦闘艦。
軍から引き抜かれてきたらしいリーリ・ダルド艦士長と、ニコラス・テス・オルベラ機艦士長もあきれていた。
ここにきて思い知らされた。
確かに、全体的な軍縮は進んでいる。
しかし、近衛騎士団に近い所は、不遇の反動もあって、とんでもない軍拡が起きているのだろう。
軍縮で放逐される人材を片端から引き抜いているのかもしれない。
それを、グレーヒェンの新造艦が物語っていた。

とはいえ、急激な軍拡に内容が追いついていないようだった。
僕たちが配属された教導隊ですることは、今のところ、機関室に付けられた機関補助装置の試験をすることだけだった。


【ナノ・フリアス操艦士の手記、623年中盤】

大変なことになった。
今上皇帝が何者かによって暗殺されかけた。
軍では久しぶりに、グレーヒェンに追い出された好戦派がざわついている。
でも、僕たちはアカデミー所属なので、最後までお呼びがかかることはないとは思う。
一番驚いたのは、622年にアーキルとの停戦合意がなされていたことだった。
又聞きなので正確なことは分からず、近衛騎士団筋からの情報と軍本部筋の情報が交錯している。
総合すれば、622年に非公式の停戦合意をしたはずだが、アーキルの手先が暗殺団を送り込んできたという話だった。
停戦合意なんてまったく知らされていなかった。
少なくとも、僕の周りはこの前まで、戦場に行く人々で溢れかえっていた。
もしかしたら、新しい今上皇帝の時勢になった622年の、あの騒ぎの裏には、敵との和解があったのかもしれない。

僕のいる教導隊も慌ただしくなった。
せっかくの新造艦だったけど、様々な機材を入れるために装甲板が容赦なく切り出された。
和平派からせっつかれているのか、機関補助装置の試験と調整はとんでもない早さで行われている。
これがあれば、機関室に詰める乗員を削減できるという目算なのだろう。
懲罰開戦は近い。

機関補助装置の出来は、素晴らしいものだった。
内容は簡単だ。
従来は、操艦士の指示で機艦士が器官を調整し、艦の方角や速度を決める。
しかし、機艦士の仕事は膨大だ。
器官の内面的な調整だけではなく、外装翼の調整もしなければならない。
戦闘機動ともなれば、機艦士は二つの腕では足りないとまでいわれるほど、忙殺されてしまう。
その芸術家のような機艦士の仕事を代替するために配備されようとしているのが、この機関補助装置だった。

リーリ艦士長の計画に従って僕たちが艦を指揮し、ニコラス機艦士長が人を配して艦を繰る。
この命令系統の中で、ニコラス機艦士長は情報を聞けども、外の様子が見えないのだ。
巡行機動ならばそれでもいい、だが、戦闘機動ともなれば、器官に被弾し、外装翼は剥がれ、それを計算に入れてニコラス機艦士長は艦を動かさなければいけなくなる。
情報を聞いて動くしかない機艦士は、戦闘艦の中では職人気質で、そのために尊敬されていた。

そんなニコラス機艦士長も、この機関補助装置が導入された艦を操ってみて、拍子抜けするほどだったらしい。
簡単すぎる、そんな顔だった。
操艦士が指揮すると、それに連動して、機艦士の操作なしに外装翼が動き出すのだ。
ニコラス機艦士長が器官の調整を終わらせて、それに同期させるように外装翼を調整し始めたら、もう機関補助装置が外装翼を所定の場所に向けている、というわけだ。
ただ、ニコラス機艦士長の職人気質な目には、外装翼の調整が完璧ではないように映ったらしい、機関補助装置の出した答えから、微調整を繰り返していた。
これではっきりしたが、機関補助装置は大型艦にとってとても大きい利点をもたらすものであることが実証された。
まず、機艦士の負担を軽減し、人員の削減ができる。
そして、操艦士の指示から素早く実行に移せるため、機動の反映が早くなること。
最後に、この機関補助装置は外が見えているようだということ。
実際は、器官と繋がっているために艦の状況が分かっているということなのだろう。
どちらにせよ、人間にはなかなか達成しえないことを、簡単にできてしまうのだ。

機関補助装置は、今はまだ、外装翼の操作くらいの簡単なことしかできないらしいが、経験の蓄積で、ゆくゆくは艦の操作すべてを代替できる一大システムになるらしい。
企業の大げさな受け売りで、アカデミーはそんなことを全く信じてはいなかったが、僕は、リーリ艦士長や、ニコラス機艦士長と同じように、艦から人が消える日のことを考えていた。


【ナノ・フリアス操艦士の手記、623年終盤】

ついに懲罰開戦が始まった。
グレーヒェンが筆頭に、好戦派も勝ち馬に乗って出かけて行った。
教導隊にお呼びはかからなかった。
いや、機関補助装置の実演をするために、合同演習に参加はした。
それだけだった。
機関補助装置を引き渡した相手はグレーヒェンの協賛貴族の艦だった。
急な軍拡に追いつかないグレーヒェン派の一部は、このようにして人材不足を補っていた。
好戦派から引き抜くにしても、謀反でもされたらたまらないのだろう。
貧乏になった好戦派も、機艦士だけは手放したくなかったようだ。
その結果、彼らは人材の補填に機関補助装置をいくつか買っていった。

最近は、この艦に載せている機関補助装置に性能制限解除が行われることになった。
今までは指示によって外装翼の制御を任せていただけだったが、これからは指示によらずとも外装翼を制御できるようにするらしい。
僕が聞いた限り、アカデミーの説明はそれだけだったが、ニコラス機艦士長の経験からくる予測を聞くと、それだけではないことが分かってきた。
曰く、外装翼を機関補助装置が勝手に動かせるということは、器官と機関補助装置が密接に関係しているからこそできることである、ということだった。
僕が、それだけでは分からないというと、ニコラス機艦士長はこういった。
「この技術だけではあまり意味がないだろうが、この技術は他の技術と組み合わせるために伸ばした手である」
この技術だけではあまり意味がないというのは、たぶん、機関補助装置自体が複雑な機動を計算できるはずもないから、機関補助装置が外装翼を勝手に動かせる範囲は、艦が巡航している時までだろう。
この機関補助装置のみでは戦闘機動を補えないというニコラス機艦士長の判断は、固い職人頭とはいえ、僕も支持できる。
僕もこの装置と一年間付き合ってきたわけだから、経験則からそう思える。
他の技術と組み合わせるために。
企業人間がする積極的な受け売りのわけが見えてきたようだ。
この機関補助装置を足掛かりに、他の補助装置と組み合わせることで、さらに艦の性能を上げようという試みなのだろう。

艦が、いや、戦争が、人の手から離れていく。
僕も含めて、皆はそれを恐れているのかもしれない。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、626年序盤】

僕は操艦士長になった。
なぜか、艦士長より早く、聞こえてしまったからだ。
艦士長だけではない。この艦の誰よりも先に、僕が。
でも、艦長は祝ってくれた。
これでさらに艦をうまく操れるようになるな、と。
そのお祝いとして、僕は操艦士長になった。

例の声は、ジッタにとてもよく似た声で聞こえてきた。
涙が出てきたが、そういうものなのだろうか。
リーリ艦士長に聞いてみたいけど、怖くて当分は聞けそうにない。
声だけでも、彼女の声が聞けたのは何年ぶりだったろうか。

機関補助装置は段階を踏みつつ、進歩してきている。
最初はよちよち歩きだった新米の僕と一緒に、熟練兵になる過程を踏んでいるようだった。
今は、ニコラス機艦士長の調整なしに最適な外装翼の角度を導き出せるようになっていた。
ニコラス機艦士長は、根気強く行っていた外装翼の修正について、やっと分かってくれたか、というようなことを言っていた。
今では、和解を終えた孫と好々爺の関係を見ているようだ。
企業側としては、あまり職人技を詰め込みすぎないでほしいという要望だった。
なんでも、今後はこの機に搭載された機関補助装置を中心点として、量産品に「学習」させる計画があるらしい。
そこに偏屈な職人芸を偏って教えると、偏った結果が量産されてしまうのだとか。
たしかに、これは艦にこびりつく職人主義をこそげ取るために導入されたような節があるわけだし、企業側がそういうのも理のある話だ。
ただ、あの二人がそれに同意するとは、僕には思えないな。

計画としては、これからは本格的に合同演習に参加していくらしい。
実戦形式のデータは必ず欲しいのだと、アカデミーからも念を押された。
最近積み始めた、他の計測器や、それに連動する制御盤の効果を確かめたいのだとか。
それはアカデミー側の意図で、企業側はそれに相乗りして、機関補助装置の柔軟性を高めるために実戦形式のデータが欲しく、双方の利害が合致したのだろう。
そんなリーリ艦士長の思慮の一方、僕には目の前に増えていく制御盤と、それを操る操艦士を制御するので精一杯だ。

実証機に積まれた機材の分だけ、説明書が山のように積まれていく。
艦を制御しきれなくなるというのは、こういう状況をいうのだろう。
どこに何が繋がっているのか分からなくなってきた。
これを経験すると、機関が勝手にすべてやってくれるという機関補助装置は、夢のような装置に思えてくる。

夢といえば、最近は彼女の声が夢の中でも聞こえてくる。
一点に集中するとその夢を見るというけれど、ついに僕にもきたみたいだ。
夢の中でも僕は艦の操艦士として、操艦士長じゃないところが滑稽なのだが、制御盤と格闘している。
制御盤を睨みながら操作をしているうちに、何を制御していたのだか、わけが分からなくなってくる。
そこに、彼女の声が聞こえてきて、すべてを導いてくれて、すべてが解決して目が覚める。
もちろん、現実の僕は操艦士長なので制御盤とのにらめっこはないし、彼女の声が制御盤の操作に手を貸してくれるといったこともない。
でも、艦の声が聞けるということはそういうことなのだという先人の武勇伝を見返すと、あながち嘘ではないのかもしれない。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、626年中盤】

合同演習に参加したが、機関にとって特に良いことや悪いことはなかった。
とはいえ、これから回数を重ねていけば、何か良いことが起こってくれるのかもしれない。
実戦形式のデータを取るために、さらに計測機器が艦に追加されていく。
艦士としての仕事はそのままに、出力されたデータを運ぶ仕事が増えていく。
来年には、機関補助装置がニコラス機艦士長の手を離れるかもしれない。
ニコラス機艦士長は、機関補助装置が自分の思う以上に動いているのを見て、満足気だった。
戦闘機動ではまだまだニコラス機艦士長の指示や操作がはるかに上回っている。
しかし、曰く、巡行時の操作は、寝ていてもいいとさえ言わしめた。
多くの機艦士を束ねる機艦士長が、たった一つの機関補助装置に、巡行時だけでも業務を委託してもいいという言葉は、言質としてはとても重く映った。

操艦士として操艦するにあたって、彼女の声のとおりに指示を出せば、円滑に事が運ぶようになった。
言うとおりにといっても、こちらもよく考えて指示を出さなければいけないのだ。
彼女の声は魔法のようだが、魔法ではない、そこを抑えて指示を出す。
だが、彼女の声のおかげで、とても仕事が楽になった。
リーリ艦士長には申し訳ないのだが、今は僕だけが、彼女の声を聞くことができる。
そのため、リーリ艦士長は僕に細かな指示を出さなくなった。
声が聞こえるということも含めて、リーリ艦士長は僕に全幅の信頼を置いてくれているのだ。
とは言いすぎだが、今はリーリ艦士長が細かな指示を出すよりも、僕が操艦を指示したほうが、効率は良いという判断なのだろう。
今は、一日の長に甘えさせてもらおう。

今年までには、戦闘機動の本格的なデータ取得、外装翼破損想定機動、器官制限機動などの試験が行われる予定だ。
機関補助装置がどこまでその機能を果たしていくのだろうか。
今では、忙しい中でも、皆が機関補助装置に親しみを感じている。
よく情報を吸収して、徐々に効率を高めていく様子は、新しく配属された新兵を見ているようだとは二人の言だ。
僕に新兵が付いてくるようになるのは、いつになるのだろうか。
役職上では、僕は艦内ではいっぱしの上役なのだが、それでもまだ二人に比べれば吹けば飛ぶようだ。
追いつこうと走ってみても、飛んでいく彼らにはまったく追いつけそうにはない。
飯の数にとはよく言ったものだと思う。
もしかしたら、こんな僻地に僕以上の新兵が入ってくることなんて、ないだろうな。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、626年終盤】

リーリ艦士長も彼女の声が聞こえるようになったらしい。
これで艦の動きはさらに良くなると思う。
僕に先を越された分、その差を埋めようと燃えているみたいだ。
でもおかしいな、僕はリーリ艦士長と反目しているような気がする。
もちろん、リーリ艦士長と表立って対立しているわけでもないし、艦の運用で意見が対立しているわけでもない。
でも、リーリ艦士長の言動と僕の言動が合わないのだ。
言動が合わないというが、正確には違う。
細かいことなのだが、同じように彼女の声が聞こえているはずなのに、指示が合わない。
彼女がこうしてほしいと言っているのだから、それに合わせた機動を指示する。
しかし、なぜか同じ機動を指示しているはずなのに、子細な内容が食い違う。
気持ちよく操艦することができないでいる。
外装翼破損想定機動の評定を見れば明らかだ。
僕とニコラス機艦士長が踏ん張って艦を曲げようとしている中で、リーリ艦士長だけは飄々としていて、的確に艦を曲げてみせた。
僕はその時に初めてリーリ艦士長との地力の差を思い知った。
艦を曲げることは僕にもできるが、「艦が」曲がるような錯覚を他の艦士に持たせるのは、僕にはとてもできない芸当だった。
リーリ艦士長は、彼女の声を聞いただけだというけれど、同じ声を聞いている僕が同じことをできないという事実の前には、乾いた笑いしか出てこない。
とにかく、リーリ艦士長と僕の間で何か聞こえるものに差が出ているのではないかという疑問がはっきりと浮かび上がった。

それを思い切って聞いてみたら、リーリ艦士長には身に覚えのあることらしい。
生体器官を二つ積んでいる艦は、二つの異なった声が聞こえるといった事例もあるそうだ。
でもおかしいな、この艦の生体器官は一つのはずなのだが。
ありえない話だが、二重人格者なんていうことは、ないよね。
もしかして、リーリ艦士長はまだ彼女の声が聞こえて日が浅いから、聞こえかたが違ったりするのだろうか。
いや、おおかた、僕のほうが艦士になって日が浅いものだから、艦士長との思考力の差が顕著に出てしまっているということなのだろう。
後者であれば、僕はもっと努力をしなければならない。

合同演習に参加する頻度が徐々に増えてきている。
最初はおっかなびっくりデータを取得していたのだが、今では計測器も統一化されるようになった。
最初はあんなに狭かった通路も、今は天井に配線がまとめられているだけになった。
実証艦というふうな艦内も、ここまで物が片付けられてしまえば、戦闘艦と何ら変わらなくなってきた。
ただ、相変わらずの場所もある。
この艦の心臓部である機関室は、機関補助装置があるのでずっと狭いままだ。
しかも、ニコラス機艦士長によれば、また何か追加されるらしい。
今年中にはできなかった、器官制限機動のための装置か何かだろう。

さすがに、意図的に器官を弱体化させるなんて芸当は相当難しい。
あの、暴れる器官を何度も御してきたであろうニコラス機艦士長でさえ、平時の器官に鎮静剤を打ち込んだことは皆無なのだ。
考えれば当たり前なのだが。
それを実現させるために、器官にたいして部分的に麻酔をかけたり、酩酊させたりするような装置が導入されるのだろう。
それを追加するにあたって、機関室の隔壁を溶断して、隣の区画を潰してまで導入するのだとか。
そうなると、どうせ外殻に穴をあけて突っ込むだろうということで、当分は休暇になるはずだ。
休暇はどこに行こうか。

いや、休暇中はずっと艦で生活していよう。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、627年序盤】

今日は良い気分だった。
僕の能力をすべて絞り出せたという気がする。
僕なりに彼女をうまく導けたという感じだった。
そうじゃないな、僕が彼女に導かれたのだろう。
今回だけは、リーリ艦士長よりもうまく操艦できたと信じている。
もしかしたら、これが僕にとっての得意分野なのかもしれない。
でも、信じられないな。
器官制限機動はリーリ艦士長の苦手分野だったなんて。
当たり前か、艦に致命傷を受けるような経験をした、最前線の人間なんて、ここにはいないのだし。
また、徐々に器官へかける麻酔を強くしていったとはいえ、誰も経験したことはなかっただろうから。

今回の一件で、ニコラス機艦士長と仲が深まった気がする。
最近はもっぱら、機関補助装置の調子のよさにニコラス機艦士長の気分も比例しているのが目に見えていた。
そんな機艦士長が、機関補助装置をリーリ艦士長よりもうまく使いこなしているらしい僕を高く評価してくれているのだ。
不思議なことだ、僕が僕なりに操艦すると、ニコラス機艦士長の気分も晴れやかになっている。
リーリ艦士長ではだめなのかと聞いたが、途端に苦笑いになったところを見るに、二人の気持ちよさの接点はあまり近くないようだ。

企業の要請では、これからは機関補助装置の全力展開を目指して活動していくそうだ。
資金繰りに目途がついたのだろうか。
この個体は、例の「学習」計画のプラットフォームとして活用されるらしい。
まだまだ忙しくなりそうだ。
僕たちは笑っていられるが、外では懲罰開戦が続いていることを忘れそうになる。
またグレーヒェン派が買っていくのだろうか。
それとも、今度は、人材を放出してしまった旧派閥が買っていくのだろうか。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、628年序盤】

後で飲みながら聞いた話だが、去年のあの時、リーリ艦士長は彼女の声が聞こえなくなったそうだ。
考えてみれば、器官を酩酊させているのだから、そういったことが起きてもおかしくはない。
でも、僕はその時もちゃんと彼女の声を聞いていたのだ。
もしかすると、これが人間の持つ適性なのかもしれない。
若者はいいなと言い残して、いつのまにかリーリ艦士長は机に墜落していた。
その後は、墜落したリーリ艦士長の隣で、やっと酒が回ってきたらしいニコラス機艦士長から、お前は艦の声が聞こえていると言われてしまった。
当然ニコラス機艦士長は彼女の声が聞こえないのだから、艦の声が聞こえるというのは、機関をうまく御しているという誉め言葉なのだろう。

そこからは、ニコラス機艦士長の愚痴が始まった、機艦士時代から積もりに積もった話をされた。
なんでも、機艦士ほど艦で振り回される人間はいないのだとか。
艦に振り回されるわけじゃない、というのが話の核心だった。
艦士というのは、空軍に入ってから、艦という巨大な一枚岩を維持することを目的として、根本では統一的な教育を施されるものだ。
その中でも機艦士というのは、艦の心臓部である機関室を任されるものだから、特に細心の注意を払わねばならない。
上官への服従はもとより、機関の扱いかた、器官の注視、自分が機械になったと思わせるほど正確に実績を積み上げるのだ。
ただ、その教育が問題だとニコラス機艦士長は言う。
機艦士は操艦に直接繋がるため、操艦士を伝って艦士長にまで繋がる。
その線が完璧に作動すれば、艦は十分な機動を確立するはずである。
軍での教育は、それを重点的に鍛え上げ、機艦士を養成する。
だが、軍を出ると、それが無に帰す瞬間が現れ、必ず機艦士を悩ませるのだという。
何を隠そう、「彼女」の声のことである。
軍は、いや、我が国は、「彼女」を認知していない。
しかし、現場に出れば、必ず誰かは、「彼女」に寄り添われるのだ。
問題は、その誰かが、艦士長と操艦士に非常に偏っているということだ。
空軍の不文律という伝統が、そこにはあった。
僕があの時、軍学校出たての身ながらも操艦士長に抜擢されたのは、その伝統が働いていたのだ。
「彼女」の声を聞くことができれば、艦の性能を十二分に発揮することができる。
それがどういうわけか、機艦士には、そういった話は出てこない。
完全に叩き上げの世界で、芸術家のような偏屈な人々の巣窟だとまで言われているのに。
なぜなら、機艦士ほど「彼女」に嫌われている職業もなく、そのために下克上も何も起きないのだ。
ニコラス機艦士長曰く、100年も前なら、「彼女」の声が聞ける機艦士もいただろうと。
だが、今は、機関の発達で器官を無理やり抑え込めるようになってしまった。
一介の機艦士から見れば、自分たちの負担が減る革新的な出来事だと喜ぶべき出来事だっただろう。
その弊害で、機艦士は艦の中で抜きんでて、艦に嫌われる存在となったらしい。

その話だけでは、それが艦で振り回されるということと、どう繋がるのか分からなかった。
だが、次の話を聞いて得心がいった。
話は続く、嫌われたのならそれはそれでいい、と。
機関を通してしか器官に触れることができなくなっただけならば、それでもよかった。
そうであればそれなりの対処で、機艦士は芸術家といわれるまでに技術を確立した。
それで十分に艦を動かすことができる。
そこまでした努力を、艦士長と操艦士長は軽く飛び越えていく。
声を聞く力があれば、艦を十二分以上に操ることができる。
その、表向きは経験則といわれ、裏では不文律の伝統にまで昇華されている魔法の力。
それによって艦が動かされている時、機艦士はその力に屈するしかないのだという。
機艦士は機関としか繋がれないゆえに、リーリ艦士長が器官を動かしている時、それが聞こえないニコラス機艦士長の手を、艦が離れていってしまうような気分になるらしい。
必死の思いで機関にしがみついて、時には、自分はここにいるぞと大声で叫びたくなることもあるようだ。
結果的に、艦に振り回されるのではなく、艦で一番振り回される存在になっているということだった。

そこまで言って、ニコラス機艦士長は僕の話題を始めた。
さすがに深酒が過ぎて、その時の内容をあまり覚えていない。
でも、僕は彼女の声を聞けるのに、ニコラス機艦士長に通じた操艦をするというのだ。
とにかくニコラス機艦士長は、機艦士の立場から、今の艦士長よりも僕を信頼しているようなことを話していたと思う。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、630年序盤】

最近、幻聴が聞こえるようになった。
彼女の声なら四年前から聞いているが、それとは別に何かが僕の頭の中で混線しているような気がする。
思えば、頭の不調と、言っていいのかは分からないが、そういった類のものは去年から始まっていたような気がする。
去年あたりから機関補助装置の調子が悪くなって、企業やアカデミーに出頭したり、報告書を倍ほど書かされたりし続けたからかもしれない。
僕たちは何もしていないのに、なぜ僕たちが始末書紛いの書類を書き続けなくてはならないのだろうか。
ニコラス機艦士長は機関補助装置に思い入れが深かったので、わざわざ企業側に乗り込んで調子を聞きに行くほどの徹底抗戦ぶりだったのだが。
それでも、機関補助装置の調子は戻らずに、ニコラス機艦士長は直接の当事者ということで報告書を僕のさらに二倍は書かされている。
企業側の思惑としては、「学習」計画のプラットフォームが壊れては困るので、当事者にあれを無理に動かさないようお達しを出したつもりなのだろう。
それなら新しい機関補助装置を持って来いとニコラス機艦士長が怒鳴っていたのを聞いたことがある。
その提案については、ニコラス機艦士長が怒鳴っても無しのつぶてであるのを見れば、企業側も相当苦しい状況なのだなというのが嫌でも分かってしまう。
まるで、この機関補助装置が一点物で、壊れたら替えが聞かないというのを、アカデミーには黙っているみたいだ。
そんな状態で、最近は真新しいデータも取っていないのに、調子だけ落ちていくというのが、厄介なものだ。
おかげで、普通に働いているだけで報告書の量が増えていく。
言い訳に使う文言の構文ばかりが頭をめぐっている。

僕とニコラス機艦士長が書類と悪戦苦闘している間に、リーリ艦士長は僕たちの机の隣をすり抜けていく。
僕と同じ量の書類を書いているはずなのだが、僕がやっと半分というところで、リーリ艦士長は書き込まれた紙の束を抱えている。
艦士長という職業に従事しているのは伊達ではないなと思わされる。
それに、機関補助装置が不調になっている間は、リーリ艦士長はとても輝いている。
ここ数か月は特に、艦士長の操艦指示の手管に舌を巻きっぱなしだ。
器官制限機動の時だけは僕も何とか挽回できるけど、それ以外だともう追いつけない。
やっぱりというか、リーリ艦士長が一番彼女と親和性が高いようだ、むくれてしまいそうになる。
僕もニコラス機艦士長みたいに、リーリ艦士長に振り回される身になったみたいだ。

ああ、また頭が痛い。
幻聴が聞こえる。
体調が崩れた時には悪夢まで見てしまいそうだ。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、630年終盤】

声が聞こえた。
声が聞こえてしまった。
それも、明確に。
幻聴だと思っていたのに。
今でははっきりと聞こえる。

これは誰の声だ。
お前は誰だ。
誰なんだ。
頭が痛い、酒を飲みすぎた時みたいだ。
吐きそうだ。

たすけて、誰かたけて。
たすけてジッタ。
僕を守って。
この声から僕を守ってくれ。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、631年序盤】

体調が安定した。
吐き気はだいぶ収まった。
頭痛は相変わらず収まらない。
久しぶりに頭痛薬の世話になる。
テクノクラートの頭痛薬が欲しい。
相性はよかったのに、今は闇市にも流通していない。
それが僕をまた苦しめる。
頭痛が収まったら、今度は胸と喉が痛くなる。
動悸が激しい。
あまりの痛さに涙が出てくる。
それでも、この声はずっと聞こえている。
艦にいるうちはずっと聞こえてくる。

この声はなんだろうか。
考え込むと目の前がぐるぐるする。
答えを阻むように目の前が明滅してくる。
今は何よりもジッタの声だけが頼りだ。

二人には迷惑をかけてしまうな。
突然、貧血のようにふらふらになって、壁にもたれかかるなんて、悪い冗談みたいだ。
お見舞いに高い薬までもらってしまうし、一つや二つの借りどころではない。


【ナノ・フリアス操艦士長の手記、631年中盤】

あれからずっと、二つの声を聞きながら生活している。
一つはジッタの声、もう一つは誰だか分からない彼女の声。
頭痛や吐き気はだいぶましになったけれど、時々、思考が泥酔したみたいになる。
そういう時は、必ず二つの声が聞こえている。
僕とジッタを引き剥がそうとするように、彼女の声が混線する。
ジッタはそれに抵抗するけど、時には主導権を奪われてしまう。
それだけならまだいい。
だけど、混線している間は、僕の体の調子がおかしくなる。
汗は噴き出すし、目は回ってくるし、ひどい時には泥酔と貧血と腹痛が重なって襲ってくるようだ。
そんな状態だから、僕の操艦の指示も一貫性がなくなる。
結果的には上手くいっているだけで、その内容は酷くばらばらだ。
ジッタの声が聞こえない時や、混線している時は、体調も含めてすべてが最悪だ。
なんであんな声が聞こえるようになってしまったのだろうか。

もしかしたら。
嫌な考えが頭をよぎる。
もしかしたら。

いや。
焦らずにやろう。
ゆっくりやろう。


【ナノ・フリアス アカデミー教導隊所属 操艦士長 06311320】

これから書くことは、すべてが、僕の手記を基にした推論であり、ただの世迷言である。
そうでなければ、僕は殺されてしまうか、精神病院の世話になることだろう。

声のことから書いてしまおう。
彼女の声は、どちらがどちらだったのかについて。
結論からいえば、ジッタは彼女ではない。
いや、こう書いてしまおうか、ジッタは「彼女」ではない。
この考えに至った時は、思考が空転しかけて、繋がった瞬間に胃の中身が空になった。
今なら、こうして書く余力がある程度には、分別が付いている
むしろ、今のうちに書いてしまわなければ、心が折れて、もう二度と書けなくなってしまいそうだ。
僕は最初、彼女の声を「彼女」の声だと思い込んだ。
個人差があるという思い込みに逃げて、ジッタの声を「彼女」の声だと信じ込んだ。
ジッタはジッタでしかなかったのに、僕が心の安寧を図るために幻想を抱いた。
実際は全く違ったのだ。
機関補助装置、あれの中身は人間だ。
人間で、僕のジッタだ。
確証があるわけじゃない、でも、今から振り返ってみれば、はっきりと分かるんだ。
ジッタが僕に語り掛けていたということが。

話を戻そう。
それで、僕に話しかけているもう一つの声、これが「彼女」だ。
なぜ、前者がジッタで、後者が「彼女」だと判明したかについて。
僕が艦で誰よりも早く声を聞いた時、それだけであればそれが「彼女」なのだろうと誰もが思っただろう。
実際、艦の性能は向上していて、帰納的にはそれが是とされたはずだ。
しかし、リーリ艦士長が「彼女」の声を聞いてから齟齬が出始めた。
僕とリーリ艦士長の経験の差だと思っていたが、あれは二人して別の声に耳を傾けていたからだったのだ。
ニコラス機艦士長の言葉を借りれば、リーリ艦士長は器官の声を聞いていた。
それに対して、僕は、機関の、いや、機関補助装置の、ジッタの声を聞いていたということになる。
それを証明することはできる。
外装翼と機関補助装置は深い関係にあることはもう分かっているが、外装翼破損想定機動の件を見返せば、僕はリーリ艦士長にまったく及んでいなかったことが分かる。
これは、僕が「彼女」の声を聞いていなかったから、と言い換えることができる。
反対に、器官制限機動の時は、僕のほうがリーリ艦士長を圧倒していた。
これは、器官が弱体化して、リーリ艦士長が「彼女」の声を甘受できなくなり、相対的にジッタを含めた機関が優位性を確立したからだと推測できる。
その過程で、ニコラス機艦士長と親和性が高まったのも、僕自身が、リーリ艦士長とは違って、機関の動きに近い動きを指示していたからだとすれば説明も付く。

なぜ、ジッタが機関補助装置に詰め込まれているのか。
その理由は分からない。
だが、彼女はあの時、死んでいなかったということだけは、はっきり分かった。
あるいは、瀕死の重傷を負った末の、この始末なのかもしれない。
ただ、ジッタが優秀な機艦士だということは、今も変わらず保証できる。
それを殺したのは、誰なのだろうか。
今は無きテクノクラートだろうか、それとも今いるアカデミーだろうか。
それとも、機関補助装置を開発した企業だろうか。
それとも、近衛騎士団。
それとも、この国すべてが僕の敵なのだろうか。
いつまで考えていても仕方ないことだ、諦めよう。

なぜ、ジッタの声が僕に聞こえたのか。
なぜ、今頃になって僕にも「彼女」の声が聞こえるようになったのか。
分からない、僕とジッタは深い関係にあったということだけが接点のはずだ。
そんな、人に通じる機械なんていう不安定性を求めるはずがない。
だから、これは意図せぬことで、僕とジッタは、ある意味で特別な状態に置かれてしまっただけのことなのだろう。
いや、今までに生産されている艦そのものが、人に通じる機械なのだということを見落としていたか。
心当たりは一つだけある。
ジッタの調子が最近おかしいことだ。
ニコラス機艦士長の手厚い看護もむなしく、弱り切っている。
運が良いことに、「彼女」は機艦士と同化していた僕に救いの手を差し伸べてくれるらしい。
あるいは、異物を排除するために、根本的な部分を切り崩しにかかった結果の混線なのか。

「学習」計画が滞っているということについて。
狂気が再現されないのはとても善いことだ。

正直、ここまでこんなことを書き綴っている僕は狂っている、と思う。
冷静な評論を書き立てていないと、どうにかなってしまいそうだ。
そして、ここまで推論を立てたうえで、僕はどうすれば良いのだろうか。
どうもできはしない。
この、吐き気のするような邪悪さと、体調不良の両方に、じっと耐えていることしかできはしない。
この地獄はいつ終わるのだろうか。
逆だ、自分はこの地獄に、好き好んで、いつまで浸かっているつもりなのだろうか。
皮肉なことに、ジッタだけが僕をこの地獄に縛り付けている一本の糸なんだ。
彼女のせいで逃げられないと、そう言えたら、どれだけ楽だろうか。

僕は、僕の信じたい真実を虚構だと蹴り飛ばしてまで、この虚構を演じなければいけないのか。


【ナノ・フリアスの手記】

悲しい出来事があった。
ジッタが死んだ。
衰弱死だった。
ジッタは精一杯、やることはやった。
そして死んだ。
戦場ではないが、艦の中で。
リーリ艦士長とニコラス機艦士長と、僕に看取られて静かに息を引き取った。
僕だけがそれを知っていたから、二人が機関室から出て行った後、独りで泣いた。

ジッタは僕の同期で、立派な機艦士だった。

ジッタが死んだ後、僕は彼女の軍歴を刻んだ錫の延べ棒を作った。
作って、一通り眺めてから、僕はそれを近くの水路に投げ込んだ。
タグは急な流れの中を歌いながら滑っていき、やがて歌声は遠くなっていった。
それきり、水路は静かになった。

嬉しい出来事があった。
戦争が終わった。
いや、戦争が終ろうとしている。
たぶんこちらが勝つのだろう。
あるいは、前帝の遺品を整理する時間ができただけなのかもしれない。
とにかく、また軍縮が始まるだろうともっぱらの噂になった。
残念なことに、あの企業はその煽りを受けて倒産したし、艦に積まれた機材は差し押さえの対象になった。
アカデミー側も、これ以上戦争の役には立たないだろうという裁定を下すと、この教導隊を解散するという裁定を下すのは早かった。
教導隊に支給されていた艦は、グレーヒェン工廠に返却された。
僕たちをそのまま雇ってくれないかと期待したが、そんなことはなかった。
この分だと、僕以外の皆は年金生活かな。
僕は軍歴が短くて若いから、どこかで働かないといけないな。
まだ軍に僕の入る余地が残っていればいいのだけど。
リーリ艦士長には、彼女の声を聞いた経験があることを押していけば引く手あまただろうと言われた。
僕のために推薦状まで書いてくれるらしい。
でも、こんな軍人の大放出が起きそうな時期にそれだけで食っていけるかどうかは、僕には分からないな。
少なくとも、僕はまた一人で歩きださなければいけないのだ。


【戦争文化博物館に寄贈された錫の細工物】

ジッタ 622-633
姿なけれど優秀な機艦士
僕を支えし最大の友
そして僕の愛した人
唯一君が悪かった所を挙げるなら
僕に墓碑の言葉を考えさせたこと
最終更新:2017年08月05日 18:40