かみさまがいた頃のお話

龍の子のお話

これは、とある森の国に龍のかみさまがいた頃のお話です。

とある森の国では、お空に龍のかみさまが佇んでいました。
そして、かみさまは森の国の民をたいそう気にかけていました。
なぜなら、森の国の民はかみさまが作ったものだからです。
森の国の民だけではありません。
その森を作り、動物を作り、人を作りました。
そして、かみさまは人を特に気に入り、地上に降りて、姿を隠したまま人と交わりました。
かみさまは自分の体と人の体を合わせた形の生き物を地上に産み落とし、空に帰っていきました。
人はその生き物をかみさまからの贈り物だとよろこびました。

手と足の生えたかみさまの子は、人の言葉をよく理解し、人と共に暮らしました。
人はかみさまの子を龍の子と呼びました。
龍の子は、智恵はあるけれど力が弱い人を助けるにはどうすればいいか、考え始めました。
ついに龍の子は、足を痛めた人を見つけると、人を背負ってあげました。
そのとき、龍の子は人が必要としているものに気がつきました。
足の速さでは、人は龍の子にはまったくかなわなかったのです。
それ以来、龍の子は人を何人も背負って運びました。
人を運んでいるうちに、人が苦労して運んでいる荷物も運ぶようになりました。
しかし、人の苦労を背負うかわりに、龍の子は傷ついていきました。
小さい人間が通るための道を龍の子が通るたびに、枝がその体を傷つけました。
人はそれを見て、自分が助けられたように、龍の子を助けたいと思いました。
そこで、人は自分の手を使って布を織り、動物の皮をなめし、龍の子に着せてあげました。
他にも、人は龍の子のために道を広げ、足を怪我しないように石ころを取り除きました。
龍の子はそれを喜び、さらに活発に、人のために働きました。

そうして助け合っているうちに、龍の子と人は恋仲になりました。
でも、龍の子と人は交わることはありましたが、子を成すことはありませんでした。
暮らしているうちに、龍の子には龍の子の、人には人の才があると気がついたからです。
なかには、かみさまの力を得ようとして無理やり龍の子を手籠めにしようとした悪党もいました。
そのたび、かみさまは人に雨と雷の力を与え、悪党を打ち滅ぼさせました。
しかし、何度滅ぼしても、かみさまの力を得ようとするものは現れました。
かみさまはついに怒りました。
かみさまは、龍の子と人が恋仲になるということはこころよく思っていました。
しかし、かみさまの力を得ようとする人は、いつも龍の子を物のように扱っていたのです。
悪党はいつも、龍の子と人が子を成せるということだけを気にかけ、かみさまの力を得るということだけに使おうとしたのです。

かみさまは、かみさまになりかわろうとする人の反逆に怒り、そして嘆きました。
そして、悪党のためだけに、龍の子と人を引き離すことを悩みました。
考えたかみさまは、龍の子に人の子を成すことを禁じました。
すると悪党は龍の子を捨て、ちりぢりに逃げて、戻ってくることはありませんでした。
子を成せないと気づいたとたん、悪党にとっては龍の子に価値がなくなったからです。
隠れていた悪党も、それに気づくと、森の国を去っていきました。
これこそが、かみさまが考えた策でした。
たしかに、かみさまは龍の子が人の子を成せないようにしました。
でも、同時に、龍の子をつうじて、人が龍の力を得るようにしたのです。
龍の子と人が交わることで、人は龍の子を通じてかみさまの力を少しずつ手に入れたのです。
その力は、それを聞きつけて帰ってきた悪党を追い払うに十分なものでした。
龍の子は人を乗せ、戦場をどこまでも駆け抜けました。
人はそんな龍の子に皮の鎧を与え、鞍をつけ、自分は槍と剣を持って悪党を蹴散らしました。
その様子を見たかみさまは安心して、森の国を龍の子と人に任せました。
かくして、森の国では、龍のかみさまが見守るなか、龍の子と人は幸せに暮らしました。


龍の子と人のお話

これは、かみさまを従えた人がいた頃のお話です。

とある森の国では、龍の子と人が住んでいました。
龍の子と森の人はお互いに助け合い、森の国を大きくしてきました。
途中で何度も戦争がありましたが、そのたびに二人でそれを退けてきました。
なによりも、龍の子を人が駆って、その足でもって戦争を勝ち抜いてきました。
そして、戦勝の祭りはいっそう激しく、踏み鳴らされる足と、ポッパ太鼓の音が響き渡りました。

しかし、そんな森の国も、ついに滅びのときを迎えようとしていました。
かみさまを従えた人がやってきたのです。
彼は空からやってきました。
龍の子と人は戸惑いました。
龍の子は大地を駆け抜けることはできました。
人は道具を作ることはできました。
でも、飛ぶことだけはできなかったからです。
鳥ですら大地なくしては飛ぶことはできません。
空を泳ぐように飛ぶことができるのは、かみさまだけでした。
ですから、二人はその日まで、空はかみさまのものだと思っていたのです。
まさか、空から人がやってくるとは思わなかったのでしょう。
それでも、たしかに人がかみさまを従えて、空からやってきたのです。

二人は悩みました。
彼は人なのか、それともかみさまなのか。
かみさまは空を飛びますが、空を飛ぶものがかみさまであるかどうか。
しかし、それほど多く悩んでいる時間があるわけでもありませんでした。
かみさまを従えた人は、かみさまの力を使って森の国を焼きはじめました。
二人は考えることをやめました。
そして、彼がどちらであろうと、森の国を守ることに変わりはありませんでした。
かみさまに立ち向かうものがどうなったか、おとぎ話を知らなかったわけではありません。
それでも、かみさまを従えた人の前に躍り出る決心をしたのです。
戦いに身を投じ、手傷を負わせることすら叶わず、ついにひどく傷つきました。
二人がもつれるように倒れて気絶したのを見て、彼は満足して森の国を焼きに戻っていきました。
再び二人が目を覚ましたとき、遠くに夜の青と、森の焼ける赤を認めました。
初めて深手を負って、二人は自分たちが初めて負けたのだと気づきました。
ついに負けて、森の国を守れなかったということに気づいたとき、頬を涙がつたいました。
二人はお互いが同じように泣いているのを見て、そこに立ち尽くしました。
そして、火のついたポッパが跳ね回り、枯れ草を焼き尽くしても、そこに佇んで泣いていました。
夜の青が朝の青に変わるまで、二人は泣きました。

朝の青はすぐに灰色に染まりました。
夜には空で寝ていた彼が、朝になって再び森の国を焼き始めたのです。
ひとしきり泣き終えた二人は、森の国を捨てて逃げることを決意しました。
二人の力ではどうしようもないということもありました。
しかし、それだけでは二人の足はすくんで動けなかったでしょう。
灰色の空の隙間に、二人はかみさまを見た気がしたのです。
そしてすぐに気づいたのです。
かみさまを従えた人が空にいたとして、かみさまが空にいないことにはならない、と。
今の二人にはそれだけで十分でした。
ただし、逃げることはそう簡単ではありませんでした。
かみさまを従えた人が空から見ているからです。
二人は森の影を縫って逃げ回りました。
途中、憤った彼によって森を焼かれ、そのたびに傷つきました。
そのたびに二人はお互いをはげまし、まだ焼かれていない森を走りました。
いつの間にか、彼は森の人を追いかけるのに飽きて、どこかへ行ってしまいました。
しかし、森のなかからはそれが見えません。
どちらにせよ、衝動につき動かされている二人には関係のないことでした。

森の終わりには平原が広がっていました。
そこで、初めて二人は空を見ました。
いつのまにか灰色の空は遠くにあり、見上げれば朝の青が広がっていました。
緑の平原と青がどこまでも続く水平線を二人は歩いていきました。
すぐに歩みは止まりました、二人は国の本当の終わりを目撃したからです。
一面の平原に綱に結ばれた杭が一面に現れたのです。
杭と綱の向こうは海の匂いがしました。
その目の前まで来て、これ以上逃げる場所が無くなってしまった二人は立ち尽くしました。
どうしようかと悩んでいるうちに、水平線の向こうから青い服の人が現れました。
青い服を着た海の人は、慌てているようでした。
少しの間迷ってから、海の人は綱を飛び越えました。
それを見た二人は、安心したからか、血の気が失せてぐらつきました。
海の人は倒れかけた森の人を支えて踏ん張りました。
肩を借りた森の人は起きたことが分かると泣き出しました。
龍の子は倒れたまま、二度と起き上がることがなかったからです。
そして、自分が龍の子を支えてやれなかったことに涙しました。
倒れた龍の子にすがりついて泣いている間、海の人は草原の綱を外し、杭を抜きました。
ひとしきり杭を抜き終わると、海の人は森の人に肩を貸しました。
森を背にして草原を歩きはじめた二人は、綱と杭のあった場所を超えていきました。
かくして、森の人はいっぺんに大切なものを二つ失いました。
そのかわり、肩を貸して一緒に歩いてくれる人を得たのでした。


人のお話

これは、新しいかみさまが現れた頃のお話です。

新しいかみさまは地の底からやってきました。
そして、人々に向けてこう言い放ちました。
我に従えば、地を支配することたやすく、この世のすべてを手にすること造作なし、と。
人々はこれを喜び、新しいかみさまを称えるために、喜び勇んで地の底へ潜っていきました。
地の底で人々は新しいかみさまの墓を見つけると、それの一部を掘り起こして持ち帰りました。
地上に出た新しいかみさまは、自分の体に日の光が当たるのを喜びました。
それに気をよくした新しいかみさまは、自分の一部が地上に持ち出されるたびに、人々に力を授けました。
なかでも人が喜んだのは、空を飛ぶことでした。
最初は鳥のように、地上でもがいているだけでした。
それでも人々の喜ぶ姿を見て、新しいかみさまはいい気になりました。
ついに、褒賞として、人々が永遠に空を飛べるようにしたのです。
人々は自分の足が地面から離れていくことに恐怖しました。
ただ、すぐにその恐怖は歓喜に変わったことでしょう。

新しいかみさまは野蛮だったわけではありません。
口では尊大なことを言ってはいても、人々を戦乱に導くようなことはしませんでした。
しかし、新しいかみさまが喜ぶ反面、人々には野望がありました。
それは世界の秩序を解明するという、壮大なものでした。
空を飛びたいと願ったのも、その一つだったのです。
あるいは、先にそれがあったのかもしれません。
もしくは、なににもかえがたく、焦がれていたのかもしれません。
かみさまを従えた人が現れたときに、その想いは一層激しくなりました。
それは願いとなり、人々が空を飛ぶ原動力の一助となるはずでした。
確かに一助にはなったでしょう。
人々は空を飛び続けているうちに、それが世界の秩序を解明することであると気づいてしまったのです。
その瞬間に、極限まで高めた集中力で、人々は空を飛ぶことに専念しました。
世界の姿をこの目でしかと見渡せるようになるその日まで、と。
その働きによって、人々は限りなく目的を果たしました。
やがて、人々は新しいかみさまの名前を呼ばなくなりました。
あるいは、人々はそれを科学と呼びました。
かみさまのことを考えていた人々は考古学者と呼ばれるようになりました。

科学を従えて、人々は地上にいながら、空を征服できる夢を見出しました。
ついにそれは叶い、人々は龍のかみさまと同じ空を飛べるようになったのです。
空は限りがなく、手を伸ばすだけでは届かなかった青と白の織り成す世界が横に広がります。
さながら、空の草原とも、空に浮かぶ海とも言えたでしょう。
そして最後に地上を見渡して、龍のかみさまと同じになったのだと思いました。
龍のかみさまがしていたように、東から西までを見渡します。
次に南から北を見て、真下を見て、水平線をぐるりと見て、満足しました。
ただ、気分だけは同じになりましたが、本当はそうであるはずがありません。
ひとしきり地上を見渡したあと、龍のかみさまが佇んでいることに気づきました。
地上を見ている龍のかみさまは、とても奇麗な眼をしていました。
どのような宝石にも勝る光の輝きを放つ、あまねく地のすべてを見渡すにふさわしい眼でした。
少なくとも、人々がそれを認めるには十分だったのです。
人々はその奇麗な眼を見て、とっさに自分の目を見ようとしました。
二つの意味で、これほど愚かしいこともないことでしょう。
それに気づいた人々は、再び龍のかみさまのいた方へ振り返りました。
そこにあったのは、龍がただ一匹、空を泳いでいるだけの光景でした。

人々は空で起きたの出来事を話し始めました。
空の青さが変わらないことや、空は寒いという体験談を話しました。
最後に、一匹の龍のこともつけ加えて。
龍の話は、たいそうな人気を博しました。
空に龍を見つければ幸運な一日を送れると、ありがたがられる程度には。
かくして、人は空を飛んだかわりに、かみさまを見失いました。


人形のお話

これは、人形のかみさまが現れた頃のお話です。

ある人形は砂漠の荒野を歩いていました。
どうして自分がここにいるのかは分かりません。
ただ一つの使命を帯びていました。
そして、その使命を果たすために、人形には特別な力が与えられていました。
人形には、考える力がありました。
ただ、なんのためにそれが与えられたのか、人形には分かりませんでした。
六日間歩いても、十日間歩いても、その答えは出ませんでした。
初めて人に出会ったときでさえ、答えが分からない、という答えしか出ませんでした。

人々は人の形をしたなにかを見て、足がすくみました。
人の形をした機械を見て、後ずさりをしました。
意思疎通が出来そうな人形を見て、銃を向けました。
ただ、怖かっただけなのです。

人形は怖いとは感じませんでした。
そのときは、考える力を、怖いと考えることに使わなかったからです。
なによりも、使命が特別な力を凌駕しました。
人形にとって使命は何にも優先される絶対事項なのです。
すぐに人形は人々の誤解を解き、快く迎えられました。

どちらも打算を多分に含んだ、取引の関係でした。
人々は人形をかみさまだと思いました。
意思疎通のできるかみさまですから、当然ながら、破格にたいしては破格の待遇が用意されました。
人形もその待遇を甘んじて受け入れました。
かみさまとして遇されることで、使命を効率的に達成できると思ったからです。
同時に、人々が人形に触りたがることも許しました。
人形にとって使命は何にも優先される絶対事項なのです。
それが達成されるのであれば、すべてを許容できるという判断でした。

ただ、人形が初めてこの世界を見たとき、技術水準があまりにも低すぎるというのが率直な感想でした。
そして、なにもかもがちぐはぐでした。
例えば、人々は地の底から持ち出した磁気記録媒体を、あろうことか都市部の送電線に使っていました。
それくらい、世界はちぐはぐになっていたのです。
そういった事実を、自分の待遇の向上と引き換えに教えては、小遣い稼ぎのようなことをしていました。
そして技術研究所へ着くと、そこでまた、技術のちぐはぐさに戸惑ったのでした。
しかし、人々へ教えることを諦めるということは、人形の考えにありませんでした。
人形にとって使命は何にも優先される絶対事項なのです。

人々は人形のかみさまによって開かれる技術に驚きました。
考古学者がさんざん馬鹿にしていた錬金術を見せられているようでした。
それどころか、自分たちがまるで錬金術師であるかのような気分になりました。
ただ、人形のかみさまはそれを見て、難しい顔をしたり、考え込んだり、微笑んだりしていました。

人形にとって使命は何にも優先される絶対事項なのです。
しかし、それは容易なことではありませんでした。
ちぐはぐゆえに、基幹から使い方が誤っていたり、ある部品が調達できなかったり、この技術が土台から消え去っていたりと、問題は山積していきました。
どんなことを教えても人々からは感謝されました。
自分たちの知りえなかった部分を補完してくれる存在だったからです。
失敗作を生み出しながら変な方向に突き進んでいく人々を見て、人形は嬉しくなりました。
人形にとって使命は何にも優先される絶対事項なのです。
そのはずでした。
でも、人形は人々を見て、自分の考える力が喜びに使われるのを知覚していました。

人々は人形のかみさまが言うように、次々と新技術を開発していました。
とはいっても、失敗の方が多くはありましたが。
失敗作を見て笑う人形のかみさまは、とても気さくでした。
始まりは、独り言のような世間話を聞かれてしまったことでした。
いつもは独りで研究をしているような人々の集まりでしたから、人形のかみさまがいることを失念していたのです。
しかし、人形のかみさまは、そのたわいもない世間話に興味を持ったのです。
人々がどれだけ過去の叡智を求めているとしても、人形のかみさまが世間話に耳を傾けている間は、穏やかな時間が流れていました。

人形は教えることの他に、教えられることの喜びを知りました。
人形には、果たすべき使命はあっても成してきた過去はありません。
ですから、自然とそれを求めたとしても不思議ではないでしょう。
人々の話を聞いているうちに、他の話を聞きたくなった人形は、図書館から本を取り寄せてもらうようになりました。
本を読んでいる間にも研究は進んでいきました。
成果になったものは棚に飾られ、成果にならなかったものは山となって床を埋めました。
廃材が床から一掃される頃、人形は初老の男性が倒れたことに気づきました。
次の日は雨が降っていました。
皆は、これは涙ではないと言いました。
人形は、考える力が悲しみに使われることを知覚しました。
そして、雨の雫は頬に刻まれた縦の線に沿って流れ続けました。
「使命は何にも優先される絶対事項」
その言葉は、人形を縛りました。
また、その言葉が人々への呪いとなって、希望の崖に追い立てていることに気がつきました。
人形は、殉教者と従軍司祭という言葉を思い浮かべていました。

人形のかみさまはその日から、かみさまと呼ばれることを嫌がりました。
人形のかみさまは、リゼイと呼ばれることを特に好みました。
その日から、リゼイは人々の話をよく聞くようになりました。
人々の質問にもよく答えました、リゼイの記録から推定されることを述べただけでしたが。
リゼイはよくお忍びで外へ出るようになりました、始末書の量は増えましたが。
そして、人々が研究と実験に熱中する様子を眺めて、独り言を拾っては世間話をしていました。

人形は悩んでいました。
自分が人々に助言をしなくとも、人々は各々の足取りで歩いていくのだと分かりました。
そんな人々に付き添ってもいいと思いはじめました。
それこそ、従軍司祭のように。
しかし、そう思ったとたん、人形はあることに気がつきました。
人々の終着点のことを避けては通れない問題だと認識したのです。
終着点の問題は、人形自身の問題と深くつながることを把握しました。
人形の使命、それは終着点を再現することでした。
それを再現するために、人々に叡智を授けることを目的とされてきました。
しかし、過去の無かった人形には、此方と彼方の天秤を迷う余地が生まれていました。

最後に人形が比べたのは、研究者の今の姿と、以前の終着点での姿でした。
記録しかありませんが、人形は覚えています。
あの追い詰められてよどんだ目を。
たまに技術研究所の人々もそんな目をしていましたが、それは未来を見た暗い目でした。
そんなものとは比べ物にならない目を、人形は知っています。
未来を失った人々の目というのは、冷石な感触がするのだろうと人形は思いました。
人々がそのような目をすることに、それをじかに見ることにたいして、果たして自分は冷静でいられるだろうか、と考えました。
そのとき、人形は生まれて初めて、怖いという感情が思考を占拠したことに気がつきました。
思考の流れのなかを、そんな未来は嫌だ、という考えが反復しました。
そこで、人形は気づいたのです、自分に与えられた特別な力の理由に。
人形は、自分の特別な力が終着点を別のものに変える可能性であると悟ります。
想起された具体的な恐怖は、抗いがたい使命さえも超越する可能性を含んでいました。
あるいは、使命と共存しながらも、終着点を幸せな方向に修正できる可能性でしょうか。

彼女が選んだ選択肢は、保留でした。
激しく悩み、苦しみにあえいで、「暫くの間は現世人類とともに生活する」という選択肢を見出しました。
かくして、人々は未来への案内人と、かみさまのような友人を得たのでした。


これは、かみさまがいなくなった頃のお話です。

人々にはもう恐れる物が無く、畏れる者も無くなりました。

それでも、あの龍はずっと空に佇んでいます。
ただ、空を見上げて、そこに佇む人もいるのでしょう。
ただ、空を見渡して、そこに佇む人もいるのでしょう。

それでも、あの人形はずっとそこにいます。
ただ、人々が争っているときにも、そこにいるのでしょう。
ただ、人々が争っていないときにも、そこにいるのでしょう。
最終更新:2017年09月27日 22:39