『砂の双星』

 『砂の双星』 著 mo56

 

 土埃が激しく吹き荒ぶ視界では、数m先を見る事すら困難を極める。
   迂闊に目を見開けば、舞荒ぶ埃が目に入り込み、その異物感と熱を持ってして視力を奪われてしまう。
   だが、その荒野の地にて育った者にとって、舞い立つ粉塵と霧は同義の物と言える。
   今まさにその粉塵に包まれながらも、小さな丘の上に身を低くして粉塵の先を見通そうとする、鬼の角のように盛り上がった二つの土塊がそれである。

 「・・・見よ、弟よ」

 片方の塊が低く屈んだ姿勢を微動だにしないままに、隣の塊へ話しかけた。
   その言葉の返答代わりに、喋る塊の片方が僅かに蠢き、全身に被っている砂埃を少し墜としながら喋る土塊は言葉を続ける。

 「あれが、帝国の新型戦車だ・・・三台はいる」

 二つの塊の遙か前方に舞荒ぶ粉塵には、確かに日光の影となって、戦車の影が朧気に映し出されている。
   過酷な砂漠地帯で主に構成されているアナンサラドの領地に、帝国戦車の姿があること自体が一種の悪巫山戯の様にも思えたが、現に二つの塊が見ている景色には、小さなオアシスを囲むようにして設置されたバリケード群と幾つかの堡塁、そして、その中で色の派手な輸送機からゆっくりと降ろされている戦車の姿であった。
   その様子を一通り眺め、輸送機がゆったりと東の空へ飛び去っていく様を見てから、喋る塊へ隣の塊が、ようやく沈黙を破り口を開いた。

 「違うぞ、姉よ。 四台だ、もう一台出てくる。 戦車小隊だ」

 そう姉と呼んだ砂山へ訂正すると、二つの塊は数歩後ろに下がる形で、自身の体に積もらせた埃を払いつつ、丘の影へ引き下がる。
   埃が払われると、中からアナンサラド民族衣装を纏った人間が二人が現れた。

 「空輸の間隔が随分と短いな・・・、次は大凡二日後か・・・」

 埃を払い、幾重にも巻いた布の隙間から、岩砂漠の土の様な鈍い光を放つ黄色い両眼を覗かせ、ソレは弟と呼んだ方を見た。
   二人とも、迷彩も兼ねた防塵と日射を遮るための厚手の衣服を着込み、背中にはアーキル連邦より供与されたリデル機関銃を、自身の装いと同様に幾重にも布で巻いている。
   ただでさえ、埃が少しでも入り込むと動作不良を起こす機関銃を背負うのは、非常に苦心することであり、下手をすれば埃など入らなくても動作不良を起こすために、更に始末が悪い。

 「なにせ、新型戦車だ。 それだけ連中も早く、カノッサへ運びたいのだろう。 旧式のダックとは訳が違うぞ、姉よ」

 布を幾重にも巻いた機関銃を背中から腰に回した、弟はそう呻くように良いながら、姉とよく似た黄色い両眼で丘の向こうを見据えた。

 「あの報告書は本物だったらしい」

 「高い金を払って情報部から仕入れた情報だからな、本物でないと困る」

 弟の方が丘の頂点から僅かに頭部だけを出して、前方に目を走らせると、すぐに姉が彼の横へ頭を出して同様の姿勢を取った。
   二人の瞳はよく似ているが、その声音まで酷似している。

 「ダックとは随分と違う形をしている、連中も学習しているらしい・・・あれは、回転砲塔だろう」

 「だが、所詮、生き物だ。 この様な環境で動き回れるわけも無い。 放っておけばカノッサへ運ばれる筈だ」

 二人の声音と微動だにしない様子から、どちらがどう喋っているのかわからないまでに、この両者は姿形も似ていた。

 「半年前よりも、集積基地の防御が厚くなっている・・・やはり、重要度が増したらしい」

 「しかし、対空砲ばかりだ。 地上部隊への備えが薄い」

 「無理も無い。 この地域はアーキル地上軍の支援も薄い。 我々のみの戦力では恐るるに足らぬと判断する、誰でも」

 「迂闊に此方の戦車を、前進させなかったのは賢明だったな」

 二人はそう囁き合ってから、再び身を引いて丘の後ろに隠れた。
   その際に、辺りを舞荒んでいた粉塵がある程度の落ち着きを見せ、強い日光が差し込んでくる。
   これ以上の丘からの偵察は、発見の危険性を多分に孕むことを判断し、二人は丘の下まで静かに駆け降りると、今まで頭部を厚く包んでいたフードを取っ払った。
   途端に、二人の顔が陽の下に晒されたが、それでも両者の違いを見分けるには至難の業といえた。
   黒く焼けた肌の中に、一層の輝きを放つ両眼は言わずもがなで、更にその肌よりも黒い髪は砂のように流れるような光沢を持ち、長く伸ばされている。
   姉である『ギノガ・アッブバァリ』は口元を黒い垂れ布で覆っていて、弟の『バノガ・アッブバァリ』も同様の装いであった。
   二人はアナンサラド陸軍の双子の『戦車長』であった。

 

 そもそも、こんな地に帝国戦車が存在すること自体がごく希な事象なのである。
   アーキル軍の戦車ならまだしも、帝国生体器官兵器は、大凡この様な熱く埃の多い地域の活動には向いておらず、おまけに生体器官を維持するための資源や物資も乏しい。
   それに加え、アナンサラドの様な広大で過酷な環境の領土に攻め入る必要など皆無と言って良いほどに無く、況してや都市部ですら無い、この岩砂漠地帯にポツンと奇跡のように存在している帝国軍前哨基地は異様な存在であった。
   だが、その様な根本的な状況も、戦火の動きによって大いに変わりつつある。
   それはアナンサラド自体とは関係ないのであるが、『カノッサ』地域での戦闘がそれに起因している。
   カノッサ湿地帯において起きた大規模な戦闘は泥沼の様相を呈し、帝国軍はそのカノッサへの地上部隊増強のために、比較的警戒の薄い輸送ルートとして、このアナンサラド領土の突端とも言えるあの辺境の前哨基地を選んだのである。
   普段は差して帝国軍とも大規模な戦闘を交えるわけでも無い、アナンサラド地上軍でも、自分らの庭からカノッサへ兵器を送られる様子を指を咥えて傍観する訳にはいかず、地上部隊をこの前哨基地へと送り込んだ次第だった。
   そして、その地上部隊である、この双子に与えられた任務と言えば、『アナンサラド兵士として、国土を死守せよ』との明瞭ではあるが、意味する物があまりにも多岐に渡る物であり、その内容の一つにアーキル連邦軍から信頼もなければ支持もされない、アナンサラド地上軍の地位を幾らか高める事も孕んでいる。
   本来ならアーキル軍の支援が無ければ、領土に侵入してきた帝国軍部隊を追い払うどころか、迎撃する事すら困難な実情であるのに、そんな中で僅かにでもアナンサラドを大国から重視して貰う為には、矛盾してはいるが、戦果を挙げる他に無い。

 その為に、送り込まれた訳ではあるのだが、双子の所属する地上部隊と言うのは内状を言ってしまえば、『形だけ』という意味合いが更に強くなる物だ。

 『戦車部隊』とアーキルへ送る書類には明記されているらしいが、部隊と言っても戦車は『一両』しかないし、況してやあの珍妙な兵器を『戦車』として数えていいのかも怪しい。

 だが、国が生産した戦車はソレしか無く、またあれ以外を戦車と呼ばない国民も少なくない。 

 アナンサラドが重視される為には、アナンサラド製の戦車を用いて戦果を挙げることが望ましいことは双子でも判る。
   だが、この戦車で帝国軍と一戦を交えるのは、出来る限り避けたいところであった。

 『砂上戦車ボンバフンザ』と名称があるソレは、戦車と形容していいのか、対帝国連合に従軍経験があり、各国の戦車を見聞した事もある双子には甚だ疑問だった。

 大凡、戦車という単語を聞いて大半の者が思い浮かべる図と、ボンバフンザはあまりにも差がある。

 その外観とは簡単に説明するとすれば、『動き回転する巨大なテント』であり、部族同士の衝突が激しかった時代の名残もあるのか周囲には幾本もの槍を側面装甲上部に備えている。 これで飛び道具が弓矢しか無い等と言えば、あまりにもお粗末であるが、幸いなことに円状側面部に48もの膨大な数の機関銃を備え、円状天井部には16門の50mm榴弾砲を備えている。

 言い方を良くすれば『移動要塞』とも形容出来ないことも無いが、幾ら16門の砲を持っていようと装甲も火力共にボンバフンザより強力な帝国戦車と正面から立ち回るには分が悪い。
  しかも、この土地にはある程度の丘があり、身を隠す事は出来るのだが、身を守るにはお粗末なまでに障害物や建造物が無に等しい。
  対戦車戦闘を学ぶ為に、双子は数年間、対帝国連合に従軍し、学び経験した事があるが、その貴重な経験と知識は祖国へ立ち戻ってから憂鬱な現状を再認識させる事しか出来なかった。

 

 「姉よ、何か手はあるか?」

 「対空砲座が、地上目標をも狙えるようならば、ゲル一台だけでは難なく破壊されてしまうであろうな」

 丘の下でギノガはそう弟へ静かに囁きながら、衣服の懐から革で作られた水筒を取り出すと、先に弟に手渡して飲ましてから、今度は己が静かに弟から受け取って水を含んだ。
   そして、その飲み口を丁寧に拭ってから、再び懐へしまい込む。

 「帝国戦車も脅威ではないか」

 その姉の様子を眺めながら、弟のバノガは静かに岩へ腰を掛けながら言い、姉も弟の言葉に耳を傾けながら、その対にあった岩に腰を下ろした。

 「あんな物は、所詮お荷物に過ぎん。 搭乗員も含めて輸送しているかどうかは確かめられぬし、仮に動くとしてもこの場ではトーチカが4つに増えただけだと思えばいいだろう。 ・・・新型戦車の事については、誰にも言わぬ方が良い。 変に気負いさせてはならぬからな」

 「我々だけで攻撃するには、随分と厳しいな。 いっそのこと戦車がカノッサに運ばれるまで放置しておけば、この攻撃作戦の意義すら無くなる」

 「私もそれで構わないと思っているが・・・ただ、『ケリズ』がそれを良しとはしないだろうな」

 「・・・部族に縛られるのは、難儀よな」

 二人はそう静かに語ると、口元を覆った布を同じ調子に蠢かせながら低く笑った。

 

 二人が丘を幾つも越えた急拵えの野営地に戻った際には、その『ケリズ』がキーゼと呼ばれる陸鳥に跨がった姿勢のままに、二人を出迎えてくれた。
   彼は二人と同じように肌が焼けた生粋のアナンサラド人であるが、二人が陰気な雰囲気を常に醸し出しているのとは対照的に、太陽の様に若く明るく、また熱っ苦しい。

 「どうだ? 今にも始められそうか?」

 等と、快活な表情で二人を馬上から問い質した。
   それに対して、これから遠足でも始めるつもりかと、嘲るように二人はそろった調子にくぐもった笑いを上げたが、すぐに声音を低く落ち着いたものに戻し

 「・・・族長殿、戦はそう、遠乗りの様にはすぐに始められませぬ」

 「左様。入念な準備が必要でありまして、それは前進するにも、後退するにも同様であります」

 先にギノガは落ち着き払った調子に、恭しく馬上の彼へ頭を下げながら言い、それに続いてバノガが姉と同様に畏まって言葉を付け足した。

 「騎兵は既に準備が整っている! 貴様等の支度があまりに鈍いのなら、騎兵隊だけでも蛮族共を追い散らすまでよ!」

 そう彼は陰気な二人を追い散らすように喚くと、キーゼの尻を素早く叩いて、勢いよく野営地の方へ走り去ってしまった。
   その様子を彼が完全に見えなくなるまで、二人は見送り、そして、お互いの顔を見やった。 

 「姉よ。随分と元気がよろしいな、族長殿は」

 「なに、空元気に過ぎぬよ。実際は己だけで動ける御仁ではない」

 お互いの視線を交わしながら、二人は静かに野営地へと向かって歩いていく。
   双子の属する戦車隊には『騎兵部隊』も随行している。
   機動性と展開性に掛けてはそれなりの力を有していたが、それも遙か昔の話であり、現在は近代的な銃火の前に為す術も無い。
   それでも、アナンサラド地上軍において、古くからの慣習であるのか、それとも上層部の考え方が依然として変わっていないのか、騎兵部隊は多く現存しており、『ケリズ』はその一騎兵部隊の隊長であり、また身分は双子よりも遙かに高い、それなりの勢力のある部族長であった。
   何もその様な者が最前線の攻撃任務になど就く必要は無かったかもしれないが、それが実現してしまったのは、若く学も薄い彼がアナンサラド軍の名誉と地位の向上という聞こえのよろしい謳い文句に靡いてしまった、成れの果てとも言える。
   実情としては若き部族長としてのプライドと、地上軍の地位向上を望んでいるのであろうが、そこへ実際の騎兵部隊の戦力如何による板挟みに寄るものだろう。
   双子のように実戦経験があれば、まだ彼も現実的に後方に引き下がったであろうが、何分無知というものは時に人に根拠も無い勇気を与えるものだと、双子は呆れかえっていた。

 

 

 野営地へ辿り着いた際には、既に時刻は夕暮れへと近付いていた。
   どう策を講じるかは、野営地に戻るまでの間に深く話し込んでいた甲斐もあり、野営地の中央テントと思われるほどに巨大なボンバフンザの隣にある、それより少々小さい円形テントにてそれを示し合わせる事となった。
   内部には折り畳みがしやすく、持ち出しやすい、動物性の骨を脚としているテーブルが置かれ、それを囲むように革の椅子が幾つか置かれている。
  その椅子に腰掛けている者が何人もいるが、勘違いして欲しくないのが、このテントにいる者は全てボンバフンザの搭乗員に過ぎないと言うことである。

 先程のケリズが率いる騎兵隊の者は一人もおらず、テント内にいるのはボンバフンザの側面防御を構成する48もある機銃の、それぞれの射手達を各8つ毎に纏める射手が6人と、その6人を取りまとめる射手長が一人。
   それに加え、16門の50mm榴弾砲を放つ砲兵達を各4つ毎に管理する砲手長が4人である。
   これだけでも、テント内には双子を含め、13人も押し込められいる状況なのだが、それにまだ加えて、今度はボンバフンザ内においての地上要員に当たる60名の一個小隊を率いる班長等で、テント内が賑わっている。
   いわばボンバフンザが一両動くと言うことは一個小隊に加え、小規模な砲隊も纏めて動くという事であり、その人数は下手をすれば小さな部族の総員という事にもなる。
   テント内は大人数の熱気によって、夜間の寒さにも耐えられるのではないかと錯覚させるほどに暑苦しかったが、それを制するようにギノガがテーブルの端を大きく叩いて、一同を静かにさせた。

 「・・・敵の防御は堅牢であり、またそれを突破し、破壊するには、総員の一糸乱れぬ連携が必要である」

 双子は依然として口元を垂れ布で覆っているために、ギノガの声の覇気を伺うには少し難があったが、それでも彼女が鋭く目をテント内の人物等に目を走らせれば、彼等は忠実な面持ちを持ってそれに答える。

 「我等は少数であるが、用いる火砲の数は十分だ。 よって、ギアラ族の暴動騒ぎを鎮圧した時のように、ゲルから複数の火砲を一度外し、それを広域に渡って配置する」

 ギノガが策の説明を始める中、バノガは広いテーブルへ、先程の偵察の際に見知った情報を記した、地形図を取り出しテーブル上に広げてみせる。

 「大まかにはゲルに搭載された榴弾砲と機銃を半分外し、榴弾砲2門と4つの機銃を備えた班を4つ編成する。 各班は地図に記された地点に配置し、作戦を決行する際には一斉に敵前哨基地へ砲撃及び、掃射を行う。 目標は前哨基地に設置された対空砲座を第一目標、次に機銃銃座を第二目標として破壊するんだ」

 淡々とした口調でギノガは指示を出しながら、指先で地形図を指し示す。

 「攻撃開始の合図はどうする?」

 その際に砲手長の一人が、腕を組んだままに此方へ問いかけてきた。
   このテント内にいるボンバフンザ搭乗員全てが、双子とは旧知の仲であり、表だった階級はあれど部隊内に置いては皆同様の権利と地位にある。

 「騎兵が後方に付いた際を見計らって、照明弾を飛ばす。 それが合図だ」

 バノガが姉の隣でそう決まった手順を話すと、一同は改まって地図を眺める。

 「つまり、騎兵達の出番は用意しないと?」

 「無論だ。 此方の砲撃やら掃射の巻き添えを食らってしまっては、流石に可哀想であるからな」

 砲手長の問いにバノガが続けて答えると、砲手長は皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 「戦争は我々がやる」

 「地獄は我々が引き受ける」

 双子は交互に言葉を一同へ放ち、最期には二人共自然に声音が揃って

 「いつも通りだ」

 そう事も無げに言って見せて、作戦会議を終えた。 

 

 速やかにボンバフンザに搭載された装備が降ろされ始めた。
   16門の榴弾砲は8門に減らされ、キーザに引かせる事になった。
   機銃はその凡そ半数の24丁が、ボンバフンザから降りた歩兵班の手で分けて移動させられる。
   本来なら戦車から砲を降ろす作業を素早く行うのは、困難な事であるが、このボンバフンザにとってそれは容易な事であった。
   何故なら、この戦車はまさにテントそのものと同様に『分解』が出来るのである。
   通常のボンバフンザの乗員は36人に及ぶが、そこから半数の砲手と機銃射手が減り、歩兵班に投入編成されるに当たって、搭乗員は24人にまで減った。
   最大で96人程の人員を乗せられる車両は、搭載した火器も降ろされ、より軽量になる。

 「随分と軽くなった。 いっそ、槍も降ろすべきか」

 「投げ槍として、騎兵達に渡しておくか?」

 双子は指示を出しながら、その軽量化される様子を眺めながらそう囁き合った。

 「それは良い考えだ。 前に出て貰うつもりは無いが、捨てる訳にもいかぬ」

 「槍も降ろせば、更に速力が上がるやもしれぬな」

 双子がそう囁いている際にも、作業は素早く進み、辺りは夜の帳が落ちて砂漠地帯の環境独特の強い冷え込みに襲われ始めていた。
   ボンバフンザ搭乗員及び、臨時編成の歩兵達は、皆厚手の軍服を身に纏い、寒さに耐えねばならない。
   各々の軍服には形は似通っていても、模様に統一性は見られなかった。
   皆それぞれの部族の紋章を持っており、それを丁寧に軍服に織り込んである。
   その様子はさながら、賑やかな異国祭りめいた派手さがあったが、これより行うことはそう愉快な事でも無かった。
   そして、ある程度の槍もボンバフンザの側面から素早く撤去し終えたところで、ケリズが複数の騎兵を率いて此方の様子を伺いに来た。

 「夜襲を仕掛けるつもりか」

 彼も此方と同じように部族の紋章を織り込んだ軍服を着込んで、昼間と同じように馬上から話しかけてきた。

 「左様。 我等の隊が攻撃を引き受けます故、族長殿にはご武運をお祈りして頂きたく・・・」

 ギノガはケリズに対して恭しく頭を下げたが、周囲が暗くなり始めたとはいえ、彼の気にくわなそうな顔はよく見えた。

 「それは・・・後ろで見ていろという事か? 南の蛮族共を前にして、引き下がっていろと言うのか? 貴様、我を愚弄するつもりか!」

 彼は周囲の冷気を払うかのような勢いで喚き立てた。
   蔑ろにされるのはさぞ嫌な物だろうが、戦の矢面に立つと言うことがどういう事であるのか、この馬上の馬鹿には経験がないらしかった。

 「決して、その様な意図があっての事ではございません。 ただ、族長たるものご自身の手を汚すことは・・・」

 馬上から幾らか怒声をギノガに浴びせられたが、彼女はそれに対して忍耐強く謙った。
   だが、それでもケリズの機嫌は更に悪くなり、挙げ句の果てにそれは罵声へと変わった。

 「黙れ! 貴様等の様な卑しい身分の者共から、指図を受けるつもりはない! それとも、帝国の新型戦車に臆したのか?! あの様なナマモノなど、精鋭騎兵にとって敵ではない! 小賢しい知恵ばかり回りよって・・・幾ら戦の経験があろうとも、下民は下民よ!」

 彼はそう喚き立てると、まず自身等から騎兵突撃を行うと叫んで、騎兵集団の野営地の方へと走り去っていった。
   その様子を昼間のように見送っていた双子であったが、唯一の違いはバノガが腰に差した拳銃へ手を伸ばして、背中を見せたケリズへ構えようとした事であった。

 その動きを見て取ったギノガが咄嗟に、手で制しなかったら、彼は無防備な族長の背中へ鉛玉を撃ち込んでいた所であった。

 「姉よ、何故、止める。 この場なら、流れ弾と誤魔化せた」

 バノガはごくごく低い声で垂れ布の内から囁いた。
   内心は激情に揺り動かされていても、この双子の動きは常に静かだった。

 「見誤るな、弟。 我等の敵は何処にもおらぬ。 あの、族長どころか、帝国すら敵では無いのだ」

 ギノガがそう静かに諭した時には、バノガは手にしていた拳銃を素早く静かに腰に戻していた。

 「任務だ。 任務しか、我々にはない。 対帝国連合の時とて、我等には任務しかなかった。 今とて同じよ」

 彼女はそう囁くと、背を向けて用意の整ったボンバフンザへと歩き始めた。
   囁きを聞いたバノガは何も言わずに、ただ瞳を一旦静かに閉じてから、姉の後を追った。

 

 巨大なテントと良く形の似た砂上戦車ボンバフンザの内部は、中央の巨大な動力装置である『天上遊星歯車発動機』を覆うようにして構成されている。
   どの国にも見られぬような不思議な形状をしたその発動機は、アナンサラドの誇るべき技術であり、巨大で重たいこの不可思議なテントを縦横無尽に走行させる力を持っている。
   そして、その発動機に沿うようにして、円状的な三段の高さに分けられた3つの足場が設置されている。
   最も下部の足場はそれぞれの側面装甲に開けられた銃眼から、飛び出した機銃の為であり、天上に近い二段目の足場は榴弾砲を操作する砲手達の為の足場であり、そして、最期の最上部は戦車長たる双子が左右に立って別れ指揮を出す足場である。
   発動機の中央部からそびえ立つ煙突は、ボンバフンザの中央を貫いて、今まさに白煙を立てはじめ、異形たるテントは今まさに動き出そうとしていた。

 

 「・・・姉よ、先は浅はかな真似をした。 すまぬ」

 ボンバフンザが動き出す前にある程度の発動機に対する暖気作業が行われる際、バノガはゲルの指揮台にて、姉へ静かに囁いた。
    弟の謝罪を耳に聞き入れながらも、彼女は丘の向こうを暫く眺めたままであったが、ふと気付いたように垂れ布を蠢かせる。

 「…いや、どちらかと言えば、あの時、お前に撃たせておけば良かったやもしれぬ」

 彼女はそう静かに言い放つと、弟の方へ振り向いた。
   彼の瞳に疑問と狼狽の色が浮かんだ。

 「・・・それは、どういう意味で?」

 「文字通りの意味だ。 奴は撃ち殺した方が良かったのだ。 先程から、少々引っ掛かっていたのだが・・・奴は何故さっき、『帝国の新型戦車』等と言った?」

 姉の発した言葉に、弟は思わず目を剥いた。
   先程は侮辱の言葉に気が向いてしまったが、思い直せば、お飾り同然の騎兵である族長等にその様な事は知らされていないのだ。
   戦車についての情報は、このボンバフンザの搭乗員でも知らぬし、況してやボンバフンザ以外の『戦車』という物について知っている者すら双子を除いて、皆無と言っていい。
   無用の混乱を避けるために、帝国戦車の存在については双子にしか情報部から知らされていなかった。
   それを踏まえ、族長の言動と騎兵が先に突撃すると言った事象を繋げる事で、双子はお互いに言葉を交わすこと無く、その単語へ行き着いた。

 「・・・奴は売国奴か。 しかし、動機は何か?」

 「騎兵隊に居残っていても仕方無いのだろうよ。 現存しているとはいえ、近々騎兵隊の大幅縮小が行われると聞いた。 最早、部族の騎兵が国の中央にすり寄る様な慣習を、上層部は止めたいのだろう」

 「あの無学な奴が、帝国語や文化に明るいとは思えぬが・・・」

 「他人の才能など、他人に見抜ける物ではないのだ、弟よ。 況してや、他を裏切るまでの才能ならば、そう簡単に見抜かれては困るだろう」

 双子はそれでも静かに囁き合いながらも、発動機の暖気が済んだ事を知らされると、即座に指揮台に備えられた伝声管に声を通した。

 「・・・騎兵共に遅れを取っては成らぬ。 砲撃と同時に我等も後を追う」

 その指示に対して、搭乗員達は畏まった返事ではなく、ボンバフンザが力強く発動機から唸りを響かせることでそれに答えた。
   既に辺りは二つ月明かりが朧気に差し込んでいた。

 

 実際の所、ケリズが売国奴である事について、確固とした証拠は無かった。
   だが、基地から離れた4点からの急襲砲撃で、大方決着が付きそうな作戦において、敢えて先に騎兵突撃を行うという、愚行に走ろうと言うこと自体が、その証拠とも言えた。
   奴は大方、敵基地へ危機が迫っていることを先に知らせ、空ばかりに警戒を向けて居るであろう対空砲座の俯角を此方へ下げるつもりなのだ。
   急襲性を無くした真っ向からの撃ち合いと成れば、此方の勝ち目は無い。
   そう読んだ双子は、即座にボンバフンザを騎兵隊の後方へ付けた。
   大幅に搭乗員と装備を下ろした機体は非常に軽く、キーゼの速力を遙かに上回るほどの勢いで騎兵隊を発見すると即座に背後へ張り付いた。
   これには先頭をきって走るケリズが、遠くより大きく手を振って此方に下がるようにと、指示を出そうとする。
   しかし、ボンバフンザの中央から生えている煙突の脇から、『援護する』と旗信号を示し出せば、向こうは黙り込んでしまった。
   指揮台から双子は夜の砂漠を眺め、前方を必死に走っている騎兵隊を見下ろしながら、バノガが静かに姉へ問いかけた。

 「・・・四点に分かれた砲班はどうする? 既に地点で備えているぞ」

 「構うことは無い。 砲撃合図は出す。 砲火の中を進み、壊し尽くすまでよ」

 弟の問いに対し、姉は目元に僅かな微笑を浮かべて答えた。
   その瞳には明らかに狂気が宿っている事を弟は感じとったが、姉がこう言い出せばもう止まることは無い。
   姉の意思が機体に伝わったのか、ボンバフンザの速力はより増して、キーゼ騎兵隊を軽く追い越し始めていた。
   夜の砂漠を狂った双子を乗せて、砂上戦車が疾走する。
   傍から見ればそれは、夜鬼を率いた魔物の様にも見える。

 

 敵前哨基地が朧気に前方に見えた時になって、疾走するボンバフンザを必死の思いで追い抜いたケリズは何事かを叫んでいた。
   既に何振り構ってはいられないといった様子か、正気を無くしたのか、それは確かにアナンサラドの言葉では無かった。
   それを聞いた周囲の者には、族長の気が触れたかと恐れ戦いたが、それを遠くに聞いたボンバフンザの指揮台から聞いた双子には、その叫びが何を意味するかよくわかった。
   対帝国連合に従軍していた際には、毎日の様に聞いた帝国捕虜の怨嗟の叫びと、それはよく似ていた。

 「姉よ、ついに羽目を外してしまったようだ」

 「みっとも無い奴だ。 我等を化け物と言っておるぞ」

 双子はそれをクスクスと垂れ布の中から笑みを零して眺め、伝声管へ口を近づけた。

 「照明弾を放ち、このまま前進し、敵前哨基地を攻撃する。 恐れるな、普段とさして変わらぬ」

 そう双子が指示を下せば、双子の立っている周囲の天幕が一斉に開き、そこから数を減らした8門の榴弾砲が姿を現した。
   そして、その内の一つが鋭い砲声を上げると、照明弾が打ち上げられ、数秒の間を置いて激しい音と閃光が夜空を照らし、まるで太陽が出現したかのような刹那的な明るさで、基地を照らし始めた。
   その強い光に呼応するが如く、基地をぐるりと囲む4点の位置から砲声が一斉に轟く。
   本来ならば、砲兵班の移動など敵の偵察に発見されていようものだが、アナンサラドの地上戦力の存在など意識していない帝国軍の油断と、ケリズの様な内通者に頼り切っていた脆弱な信頼関係が大きな仇となっていたのだ。
   急襲砲撃は確実に、先の命令通りに対空砲座を潰していき、弾薬に引火したのか、敵前哨基地はさながら活火山のように激しく噴火しているような有様だった。
   そして、その噴火する前哨基地へと、ボンバフンザは依然として化け物じみた速力で突進していく。
   砲撃によって、蜂の巣を突いた様な騒ぎで混乱している敵部隊の前に、この異様な戦車が全速力で突っ込んでくる様が容易に想像できるだろうか。

 今までに見たことも無いような凶悪な悪夢の様なソレは、とてつもない現実味を持って敵兵へ襲い掛かっていく。
   既に前進するボンバフンザの回りに騎兵はいなかった。
   皆、この砲撃の嵐と機銃掃射の凄惨な様に恐れ入ってしまい、近代戦の経験の無い騎兵達では、恐れを成して蜘蛛の子を散らす様に逃げ出してしまっていた。
   だが、唯一としてボンバフンザの側面を、しつこく追従している騎兵が一騎いる。
   それは勿論、ケリズ族長に違いなかったが、既に彼は騎兵突撃を行うための部下すら失い、危機が迫っているとの基地への報告をするタイミングすら失い、哀れな程に自暴自棄になって突っ込んでいるに過ぎなかった。
   これに対して、バノガは指揮台の上から哀れな騎兵を見下ろしていたが、すぐに姉から周囲に気を回せとの叱責が飛び、哀れな騎兵から目を逸らした。
   ボンバフンザが砲撃で破壊されたバリケードを突破した際には、既に此方の出番は無い程までに破壊し尽くされ炎上していた。
   カノッサへ送るための物資集積地でもあった敵基地には、多量の爆薬も運び込まれていたらしく、砲撃で爆薬に引火し倉庫と思われる物は片っ端から爆発し残骸となっている。

 各対空砲座は最初の砲撃で破壊し尽くされ、既に基地は半ば廃墟と化している。
   高いボンバフンザの指揮台の上からでも、硝煙の香りと肉や血が焼ける臭いが鼻腔に刺さり、双子の口元を覆った垂れ布程度では防ぎようも無い。

 だが、双子は冷静な面持ちを崩さずしきりに周囲の様子を、半分ずつに交互に分担して探っていた。

 「姉よ、鎧袖一触よな」

 「油断するな、戦車が・・・見当たらぬぞ」

 目元に一瞬勝利の笑みを浮かべようとした弟を、姉が一蹴した。
   敵基地には炎上する砲台や倉庫などで溢れかえっていたが、それでもその中から、昼間に偵察した際のあのボンバフンザ程では無いが、特徴的な外観を持った帝国戦車はまだ見当たらない。

 「倉庫に入れたまま、倉庫ごと纏めて砲撃されたのではないか? 生体戦車では、この地の夜にも耐えられぬ」

 「弟よ、確かに生き物故に軟弱だが、それ故に強靱な個体が存在することを、お前は忘れたのでは無いか?」

 双子がそう囁き合いながら、周囲に目を配ると、炎に包まれる倉庫と思わしき一つから、爆音と共に扉を打ち破って、黒煙に包まれた巨大な物が飛び出してきた。
   それは鉄の獣と形容するに相応しい化け物であった。
   帝国の誇りであろう朱色の塗装は焼け焦げて落ち、前部の楔形装甲は夜の闇に溶け込むために塗装し直したのかと疑われるまでに黒く焼き焦げていた。

 「・・・真打ちは遅れてくるモノよな」

 「目標12時方向、回転進法を作動せよ」

 ギノガは此方へ砲塔を向けようとする帝国戦車を悠然と見やった。
   この惨状の中、勇敢にも立ち向かおうとする様は敵ながら見事と言いたいところであったが、その様な事はお前の墓を作ってから言ってやるとでも言いたい気分だった。
   そんな姉の傍らでバノガは素早く伝声管に組み付いて、指示を飛ばす。
  
   アナンサラド地上軍には対戦車戦闘に対する教本等は、一切存在しない。
   そもそも、戦車といっても、ボンバフンザしか知らないために、その対戦車戦闘とは、そのボンバフンザ同士で戦う際の物となってしまう。
   お互いに機銃を撃ち合っても、装甲板に阻まれて決着の付かないようなソレを制するために、考え出された戦法という物は、どの国にも存在し得ない原始的且つ、強力なものであった。

 『回転進法』を作動させる際には、ボンバフンザの内部にある機銃座にいる者は、皆素早く榴弾砲の足場へと上がらねばならない。
   そうでもしなければ発動機の動力を伝達し、激しく回転する側面機銃部に巻き込まれる事になってしまう。
   ボンバフンザの激しい回転を初めて見たとき、大半の人間は全体が激しく回っているのだと錯覚するが、それは間違いである。
   実際に発動機の動力が伝わって回転するのは槍と機銃が備わった側面部だけだ。

 しかし、どちらにしろ異様な光景には変わり無い。

 現にこの異様な光景を目にした帝国戦車は大きくたじろいだのか、先手をとって、此方に戦車砲を見舞ってきたものの、狙いを大きく外して、砲弾は車両の手前に着弾した。
   途端に火の粉と粉塵がボンバフンザの目の前を覆ったが、それを前にしても双子は怯まず

 「突撃せよ」

 と、揃った調子に伝声管に叫んだ。

 

 凄まじい勢いで舞い上がった粉塵を突き破るように、激しく回転しながら出現したボンバフンザを前にして、帝国戦車兵は何を思ったのであろうか。
   あまりの異常な事態に対し、戦車砲へ次弾を装填する前に、その誇り高い戦車兵は迫り来る異形な魔物に恐れをなしてしまっていた。
   前進はおろか後退すらも出来ずに、固まってしまった戦車へボンバフンザが回転する勢いをそのままに巨体を衝突させる。
   指揮台に乗る双子も含め、榴弾砲足場に避難していた搭乗員も凄まじい衝撃に襲われたが、事前にその備えをしているのと、いきなり突っ込まれた帝国戦車とは、被害の出方が全く違っている。

 凄まじい勢いで突っ込んだボンバフンザは、敵戦車の側面へぶつかり、勢いをそのままに敵戦車を押し込むように横転させた。

 幾ら浮遊できる帝国最新鋭の戦車とはいえ、車体ごとひっくり返されてしまってはどうしようも無く、ナマモノと化すのみだった。

 辺りは依然として砲声と砲撃が行われているが、それはまるで、帝国戦車に打ち勝ったボンバフンザを祝福しているかのように双子は錯覚した。

 

 急襲砲撃によって始まった戦闘は2時間程で決着した。

 言葉の通じぬ相手を降伏させるのには、随分と手間が掛かるように思えたが、帝国戦車をボンバフンザがひっくり返した途端に、それを見ていた生き残りの敵兵達が我先にと両手を挙げ降伏を示してきた。

 それを確認すると、双子は攻撃停止を示すためにもう一度照明弾を打ち上げ、そこからは捕虜の安全が確保された。

 残りの帝国戦車については、砂漠地帯の夜の寒気に耐えきれず、倉庫内に納められていたことが、幸運であり、先の榴弾砲の餌食になった事が後に判明した。

 後に捕虜達へ尋問が行われた際には、彼等は最初から最後まで我々が一体どこの軍であるのか判然としていなかったらしい。

 その点については全くと言っていいほど、アナンサラド地上軍へ意識が回っていないという、作戦上は大いに助けられはしたが、名目上は大変不名誉な事であった。

 「・・・これで、アナンサラドの地上部隊も認知されるだろうな。 姉よ」

 「そうだな・・・、だが、それで二度とはこの車両で、戦車と立ち向かうことは出来なくなるだろうよ。 これからが大事なのだ・・・アナンサラド地上部隊は変わらねばならぬ、より近代的で強力な軍隊に・・・な」

 双子は炎上する基地を前に、ボンバフンザの指揮台の上で囁き合った。

 時代は変わり、部族同士の衝突に使われる程度の装備しか有しない地上軍では、アナンサラドの未来が無いことに二人はよく気付いていた。

 そして、炎上する基地の地面に横たわる一騎兵の死骸がそれを示しているのだと感じとっていた。

 だが、その騎兵の死因とは『回転進法』を行い突撃した際に、どさくさに紛れて双子の手によって轢き殺したと言う事実は、皆には絶対内緒にしておこうと、双子は囁き合った。

最終更新:2017年12月03日 10:56