後日談、あるいは帝国兵士の手記

ここはどこだ。
ここは草と木ばかりで、わけが分からない。
こんな湿地帯の中で戦うものじゃない。
だが、上層部が、ここが攻略できないと北進できないなんてぬかしやがる。
そのせいで、俺たちは泥まみれだ。
敵もいないが、味方も見つからない。
飯も、まともなものは食っていない。
そのうち毒草を食って泡を吹いて倒れているかもしれないと思うと。
考えたくもない。


遺書代わりだ。
誰でもいい、この手帳を見つけてくれ。
こんな、誰もいないところで朽ちていきたくはない。
たとえ、すべてが朽ちて、泥の中に埋まっても、この手帳さえあれば、俺たちが誰だから分かってくれるだろう。
いや、ここに誰がいたかくらいは分かってくれるだろう。
そうならないことを信じてはいるが。
だから、俺たちがこんな場所にいる経緯を記しておく。
バロウの奴、俺が手帳を持っていると分かると泣きついてきやがった。
遺書を書く手帳を墜落でどこかに無くしてしまったらしい。

俺はアゾリウス、相棒はバロウ。
クランダルト帝国軍、歩兵。
カノッサ湿地帯の、どこか分からない地点にて。
機密につき、日付は記すことができない。

俺たちは強襲揚陸艦に乗って、カノッサ湿地帯のどこかに運ばれていた。
鬱蒼とした木々の中では、我々の戦術が活かせないことは分かっていた。
だが、戦線の拡大のために無茶をすると思ったものだ。
その結果が、泥に埋まった兵器の群れだ。

想定した戦果が上がらないことに憤った上層部は、何を血迷ったんだろうか。
強襲揚陸艦で後方基地を直接叩くという作戦を立案しやがった。
前線で補給線の切断をしても、敵はどこからともなく弾薬を補給してくる。
それがわが軍の北進の妨げになっている。
きっと、後方基地には潤沢な物資が揃っていて、常に余分に配給されているのだろう。
だから、一時的に枝葉の補給線を切断しても、弾薬が尽きないのだ。
上層部はそう考え、木を根元から切ることを思いついた。

問題は、後方基地がどこにあるかということだ。
巧妙に偽装されて、どこにあるのかも分からないのに、直接叩けるだろうか。
はっきり言って無理だ。
だが、低空侵入する強襲揚陸艦なら見つけられるだろうという話で、作戦が立案された。
つまり、俺たちが低空で飛行して基地を見つけ次第、ということだ。
頭がおかしいんじゃないのか。
さすがに、連邦の艦が出張っているときに出撃するような状況は避けられた。
ただ、そうなると時期が限られるうえに、悪天候の状況が増える。
その悪い条件が重なった奇襲の経験はないはずだ。
ただの思いつきのような作戦だということは分かっているはずだ。
それでも、実行するのかと。

俺たちは嫌だと言ったんだ。
ただでさえ敵地への低速での低空侵入。
護衛もほとんどない。
結果はご覧の通りだ。

俺たちは低速低空で敵地に侵入したために敵の対空網に引っかかってしまった。
木々の間から火線が見える、と伝声管から聞こえてきた。
だが、視認しても明確な目印がないために座標の特定が遅れる。
結局、旋回してまた探している間に、同じ砲から何回も攻撃を受けることになった。
さいわいなことに、敵も木の中から撃ってきているから、命中はさほどしなかった。
だが、それを見つけて苦労して森の中に撃ち込んでも、撃破したかの確認が取れない。
対空砲のあるだろう場所の、周囲の木を全部切り倒そう、と冗談を飛ばして笑っていた。
もちろん、そんなことをすれば弾薬がすぐになくなってしまう。
だが、そんなことを言わなければいけないほど、すべては木の中に隠匿されていた。
分かることは、その地点からは、攻撃されなくなったということだけだ。

とても不安だった。もしかしたら、あの対空砲が生きているかもしれない。
通り過ぎたときに、帰るときに、また撃たれるかもしれない。
次こそは、当たるかもしれない。
それが、とても不安だった。

予感は的中した。
対空砲を二つか三つも潰した後、四つ目の対空砲に撃たれた。
俺は、あれが大型対艦砲だと思っている。
直撃はしなかった、直撃したらここで手帳にこんなことを書いてはいない。
だが、すさまじい爆風と破片が艦を叩いた。
誰かが伝声管を通して、あそこに煙が、と言ったのは覚えている。
たぶん、対艦砲が発する煙だろう。
今までは煙もすべて森の中に隠れてしまっていたから。
初めて、大きい砲に撃たれたのだと気づいた。
他の艦が無事であればいいんだが、ここにいてはすべてが分からない。

衝撃で頭を叩きつけた。
それで目がぼやけていたが、赤い色が収容区画に広がっていた。
何人か、破片を食らったのだろう。
そう思っているうちに艦が傾いた。
左舷へと、衝撃で固定を逃れた物が転がっていった。
伝声管は、確か、舵が西に流れる、と言っていた。

俺は、撃たれた瞬間に艦が墜落しなかったことが奇跡だと思っていた。
だが、それも長くは続かなかった。
左への傾斜が回復せず、舵も制御できず、艦の調子は落ち続ける。
二階席は、着陸場所を探そうとしていた。
一階席の俺たちは祈るしかなかった。
長い間飛んでいたように思える。
だが、ついに機体の左爪が、木か地面を捉えた振動が伝わってきた。

前に、操艦士に聞いたことがある。
緩降下の緊急着陸で片方の爪が先についたときは、操艦士は三回試されるのだという。
突破できなければ、そこで乗員の命運が尽きる。
まず、先についた片足が潰れてそのまま横転するかどうか。
次に、復元機動でその片足を跳躍させる際に失敗して逆の方向に横転するかどうか。
最後に、復元機動でついたもう一方の片足が潰れて横転するかどうか。
平地でさえそれだ、と奴は言った。
もっと悪い状況なら、その状況でそれを成せる操艦士は、なかなかいないだろう。
頭の中を、その言葉がよぎった。
そして、今乗っている操艦士は、そう答えた奴だったことを思い出した。
奴に、それができるのかを聞いておけば、肝を冷やす必要はなかったのに。
そんなことを考えていた。

操艦士は優秀だった。
左舷から振動が伝わって、瞬間的に浮遊感があり、右舷から振動が伝わった。
そして、両舷から振動が伝わってきた。
収容区画の扉が、なぎ倒される木によって打楽器のような音を立てていたが、そのときになると、もう心配はしていなかった。
奴は試練に打ち勝ったのだ。

だが、そこで命運が尽きた。
いきなり収容区画が回転した。
物が一気にどこかへ飛んでいって、壁やら床やら天井やらを跳ね回った。
固定された物もすっ飛んでいった。
確実にあれで死んだ奴もいただろう。

完全に機体が止まってから、俺はやっと思考を再開した。
そのときは何が起こったのか分からなかった。
操艦士は試練には打ち勝ったはずだ。
なぜ、こうなっているのか。
そこで、俺は収容区画が上下逆になっていることに気づいた。
天井が床に、床が天井になっていた。

天井に足をつけて、生きている奴を探した。
だが、ほとんどは跳ね回った物に潰されていた。
唯一、左肩から右胸にかけて、一直線に青あざをつけたバロウを助け出した。
跳ねたパイプが直撃したのだろう。
運がいいやつだ、広い範囲に同時に当たったから、衝撃が分散したんだ。
骨にも異常はなかった、死ぬほど痛がってはいたが。

収容区画はひしゃげていたが、出入り口が一つでも生きていたことは幸いだった。
苦労して床までよじ登って、非常口から外に出た俺たちは何が起きたかを知った。
知ってはいたが、機体が完全に転覆していた。
知らなかったのは、二階席が消滅していたことだ。
文字通り、あるはずの艦橋と、艦橋の横にある器官が、あるべき場所に存在していなかった。
最初は、二階席が潰れたのかと思っていた。
現実はもっと深刻だった。
そうではなく、一階席と二階席の接続部から機体が折れていた。
二階席は木をなぎ倒して、もっと先に落ちていた。
器官二つと、艦橋一つが泣き別れになって、三つの部品になって転がっていた。
器官が垂れ流す液体に混じって、人の赤い血が流れ続けていた。
誰も助けることはできなかった。

状況を把握しようとして、バロウを木陰に寄せて、俺は地面に残った傷跡を辿った。
なぜ、機体は転覆したのか。
答えはすぐに見つかった。
まったく、乾いた笑いが出てしまった。
それまでは土が続いていたのに。
途中から、一枚の岩が地面から露出していた。
それも、機体が擦ったところだけだ。
つまり、土が岩を覆い隠していたのだ。
それも、とても大きい一枚の岩だった。
機体は爪で地面を掻きながら減速していき、土から岩を掘り出した。
その岩を前爪が掴んで、重心が高いこともあって前転したのだろう。
どうりで、艦橋前面がひしゃげていたわけだ。
機体が前転して、艦橋前面が地面に叩きつけられて、その勢いで接合部から千切れ飛んだ。
完全な、不運だった。
機体が隠れた岩を掴みさえしていなければ、多くの命が助かっただろうに。


そして、俺たちは今、森と泥の中を歩いて迷っている。
西に流れていくということは聞いていたから、味方と合流するには南に行けばいい。
敵に会うためには東に行けばいい。
だが、方角が分からない。
太陽の位置からある程度の方角は分かるが、正確な位置が分からない。
とりあえず、俺たちは南東に行くことにした。

非常食は潰れなかったので大丈夫だが、心が細くなっていく。
このまま誰にも会えないのではないか。
バロウがいなかったら、非常に厳しい状況だっただろう。
もうすぐ夜がくる、雨の気配もする。
夜はともかく、雨は雨水を利用できるので嬉しいことだ。


バロウの遺書、墜落した状況は書いたからあとは勝手に書け、俺は寝る。
俺はバロウ、エルナンド・バロウ。
運よく生き残ったよ、今のところ、だけど。
他に乗ってたのは全員死んじゃったよ。
悲しくなってくるから、名前は出さないけどね。
彼らを地面に埋めてやりたかったけど、できなかったよ。
一刻も早く墜落地点から離れる必要があったんだ。
敵が来ちゃうし、野生動物に囲まれると思うと、埋葬している時間はなかったんだ。
野生動物は怖いよ。
この辺りには、エウル=ノア国でよく見かける龍騎がいるらしいんだよね。
凶暴らしいから、尻をかじられないか心配だよ。
だから、彼らを袋に入れて、収容区画に詰め込んで、俺たちは逃げてきたんだ。
そうすれば、最悪でも死んだ器官が食われて終わりだから。
龍騎も、金属までは食えないだろうさ。

もし俺が死んだら、なんだけど。
この手帳を拾った人は、クランダルト帝国の郊外にいるベラおばあちゃんに届けてよ。
郊外のベラおばあちゃんっていえば、誰でも知ってるから。
それで、これを受け取ったベラおばあちゃんは、都市部にいる俺の親兄弟を呼び寄せてよ。
ベラおばあちゃんの家で、この手帳が返ってきたことを喜んでよ。
息子が、孫が帰ってきたって。
それで俺は満足だからさ。
そうだ、ビトーの家族にも知らせてやってよ。
都市鉱山近くのビトーなら、彼しかいないだろうから。
それで見つからなかったら、無口のビトー・アゾリウスって言えば分かる人がいるよ。
あ、でも無口って言うのは最後の手段にしてね。
彼はこれ言われると怒るから、わざわざ生き返ってくるかもしれない。

こんなことを書いてると、あざが痛くなってくるよ。
死ぬ、ということに敏感になっているんだろうね。
あんまり考えたくないけど、状況がそうさせてくれないよ。
でも、この痛みのおかげで夜の見張り役が終わるまで寝ずに済みそうだよ。
あくびはいくらでも出るけどね。


俺が起きるころにはバロウは寝こけていたが、こんな状況では仕方がない。
俺たちは再び南東へ進むことにした。
幸いにも、敵には出会っていない。
不幸にも、味方に出会えていない。
獣の鳴き声と、日の光を遮る木々を風が揺らす音が聞こえるだけだ。
時節、川のせせらぎと濁流の中間のような音も聞こえる。


俺の仮眠が終わってまた歩き出したんだけど、妙なものを見つけたよ。
岩場が多くなったと思ったら、洞窟が見つかったんだ。
相当古いものなんじゃないかな。
手入れもされてないし、石畳はあるけどひびだらけで、何個も割れてるし。
大昔のエウル=ノア人がここに住んでたとかかもね。
それで、今はビトーが洞窟に入って中を見て回ってる。
酸欠で倒れないか心配してるところだよ。
彼に倒れられると、一人で帰るのは寂しくなっちゃうからね。
そういえば、さっき手帳にあれを書いたから、ビトーに怒られちゃったよ。
書くくらい許してくれないのかな。
でも、消されなかったよ、消すのがめんどくさいからって理由だったけど。
彼も相当、精神的に疲れているみたいだ。
書いてるうちに、帰ってきた。
また仮眠が取れそうだな。


結論から言って、驚くべき事実が判明した。
この洞窟は底が浅く、すぐに最奥にたどり着くことができた。
苔だらけで、手入れもなっていない洞窟だ。
この洞窟が作られたのは、何百年も前のことだろう。
ただ、その洞窟に、最奥からびっしりと、弾薬が集積されていた。
つまり、この洞窟は、弾薬集積所だったのだ。
敵がなぜ貧弱な補給線で弾薬を補充できるかが分かった。
敵はずっと前から、このカノッサ湿地帯を戦場にする気でいたんだ。
おそらく、こういった洞窟がいたるところにあるのだろう。
そして、片端からそれに弾薬を詰め込んでいるのだ。
前線に物資が届かなくなれば、そこから弾薬を拾ってくるという寸法だ。
緊急回避的な運用法で、弾薬の質も悪くなるだろうが、補給は確かに途切れないはずだ。
まいった。
明らかに、この戦場自体が、敵の設定した戦線なのだ。
戦闘は突発的、偶発的な遭遇戦の体を装ってはいる。
しかし、敵はそれに加えて、完全な補給線をあらかじめ構築していたのだ。

あの洞窟の弾薬はまだ、使われていないようだった。
それどころか、510年や511年製の刻印がされた共和国製の弾薬が鎮座していた。
旧式の共和国製野砲も、油が剥げて、錆びついたまま置かれている。
全部、最終受領印を見ると、512年になっていた。
今が何年だと思っているんだ。
いつからこんなところに置いていたんだ。
これでは、現代と規格が合っているか分からない弾薬すらあるだろう。
そもそも、この弾薬は火がつくのかも怪しいだろう。
しかし、敵の念の入れよう、執念は痛いほど分かった。
この洞窟は、爆破しなければいけない。
敵がこれに手をつける前に。
そして、この事実を知らせなければいけない。
確実に、伝えなければならない。
このままでは、わが軍は負けてしまうだろう。


俺が仮眠をしてる間に、ビトーはあの洞窟が弾薬集積所だと分かったみたい。
それで、今は爆薬を洞窟内に配置している最中。
俺は、見張りの最中。
ビトーは爆薬の設置が上手いんだよね。
今回みたいな洞窟だと、設置は難易度が高い。
入り口だけに仕掛けると、爆発の際に起きた落盤で奥まで火が回らない可能性がある。
奥だけに仕掛けると、奥の圧力だけ高まって、火のついていない弾薬を外に吐き出しちゃう。
俺はそれでもいいと思うんだけど、完全に使えなくするのがビトーの仕事だから。
俺なら洞窟の入り口だけ爆破しちゃうけどね。
教官もそれでいいって言ってたし。

すごい発見をしちゃった。
洞窟の石畳だけど、これ石板だ。
石畳の片方だけ妙に丸くなっているなと思って、興味半分でひっくり返したんだ。
そしたら、ご丁寧に文字らしきものがびっしりと彫り込まれてた。
まさか、ここに敷いてある石畳が全部そうなのか。
状況から考えて、間違いないでしょ。
カノッサ湿地帯には、彫った石版を石畳にして足踏みにする文化でもあったんだろうか。
普通はないと思うけど。

順当に考えればすぐに思い当たる、当然のことを忘れていた。
この石板は、本来は洞窟の中にあったとしたら、どうだろう。
石板は、洞窟の中で祀られていて、ひび割れてもいなかった。
それを、この弾薬の搬入のために洞窟から持ち出した。
搬入する足場の確保のために、石板を石畳としたとすれば。
とても合理的な考え方だと思うね。
この石板の学術的な価値を無視すれば、の話だけど。
弾薬の集積と引き換えに、彼らはこの石板を石畳にしてしまったのか。
この石板の価値が分からないから、この判断が正しいのか分からない。
でも、一枚か、半分に割れた片割れくらいなら、剥がして持って帰ってもいいかもしれない。
ビトーは重いからやめろと言うだろうけどね。
俺たちがここでこの洞窟を爆破したときの、貴重な証拠になると思うんだ。

相変わらず、ビトーの爆破は美しいね。
表現するのであれば、何に例えようか。
そうだな、あの洞窟は噴進弾に見立てよう。
あの洞窟の入り口は噴射進弾の尻で、中の弾薬が燃料だ。
推進剤に火がついて推進力とともに煙が立ち込める。
次の瞬間、噴進弾の尻から火が噴出するのと同じような光景がそこで起きた。
爆発も落盤もなかった。
そして、弾薬が生焼けで洞窟から吐き出されるようなこともなかった。
全てが洞窟の中で燃えて、炎が洞窟をから吹き出し続けてたよ。
あまりにも効率的に、爆発もせずに長時間燃えているんで、石畳の石板が少し融けているくらいだった。
これなら、敵にも悟られずに洞窟を爆破できる。
煙は立ち込めるけど、ここは泥炭層みたいだから、泥炭層の火災程度にしか見られないかも。
ビトーが生きていてよかったよ。
俺じゃ、盛大に爆破して敵に見つかってたろうから。
あれ、でも盛大に爆破すれば味方にも気づいてもらえるんじゃないかな。
そうでなくても、敵に見つかって捕虜になれる可能性も出てくるよね。
ここで何かの要因で死ぬよりは幾分か検討する余地はあると思う。
次に弾薬集積所の洞窟があったら提案してみるよ。

提案するまでもなかったね。
これはビトーの手帳だから、返せば中身を見られちゃうでしょ。
それで、どうなの。


人が目の前にいるのにそこまで書く必要はあるのか。
俺は聾唖者ではないんだから、言えば分かる。

次の洞窟が見つかったら、考えておく。


また夜がきたよ。
ビトーは仮眠中、俺は見張り。
何を書こうか、遺書は書いちゃったし。
今日で非常食の肉缶を食べきっちゃったんだよね。
肉吐き機もないし、その辺の草を食べるわけにもいかないし。
敵はどうやって食料を調達しているんだろうね。
敵の食料には毒が入っているとは聞いているけど、彼らはそれを食っているんだよね。
まさかとは思うけど、食料は現地調達とは言わないよね。
そのへんの草を食って死ぬ確率の方が高いんじゃないかな。
敵が現地調達しているとしても、知識のない俺たちが食っていいもんじゃないね。
そんな、たわいもないことを推測するのはやめたよ。
より完全な缶詰があると思うことにしとこうか。
仮に、敵がそこら辺の草を食っていたとすれば、このへんは敵の痕跡は見当たらないかな。
野生動物が食ったような跡しかないからね。
いや、それはそれで怖いかな。
ビトーが寝ている間は、俺が見張ってないと、俺のせいになっちゃうよ。

しかしね、まさか敵がこんなに用意周到だとは思わなかったよ。
ビトーから聞いたけど、旧式野砲まであったそうじゃないか。
何十年も、誰も出入りしていないようだったし。
これじゃ、こっちがいくら力押ししても跳ね返されるわけだよ。
ビトーが危機感を持ったのも分かる。
俺たちを、あてもない後方基地を見つけて撃破する任務につけるくらいだから。
こっちにまともな作戦がないってことを意味しているよね。
戦況は互角なのだから、悪くはないと言い訳できる。
だが、わが軍の目標はこの土地の突破なのだから、戦略で負けてるんだよね。
どうしたもんか。
少なくとも。俺たちが生きて帰らなきゃ、この事実は伝えられないままになっちゃう。


今日もまた、南東へ。
バロウの奴は眠そうだ。
俺が休憩中に、手帳に書き込んでいるときは、寝ている姿しか見ていない。
だが、それも仕方ない。
俺の夜の睡眠の犠牲になっているんだから。
だが、それでも肝が太いのはバロウの特技だ。
それに俺は助けられている。
一人では、死んでいただろう。

そのかわり、バロウは飯をよく食う。
バロウが飯をたらふく食うから、こっちは餓死しかけている。
冗談だ。
いずれにせよ、今日で非常食は終わりだ。
たとえ敵の保存食でも、あれば食わなければ先は長くないだろう。
この生えている草を食べるのは最終手段だ。
カノッサ湿地帯の植生については一通り覚えてはいる。
だが、そこで教わったのは、拠点のあった南部のものに限られる。
あの地点と、今いる場所では、植生が明らかに違っている。
同じように見える植物でも、水質のために毒が混入することもある。
まずい状況だ。
弾薬集積所を爆破している場合ではない。
そうなると、今度洞窟に集積されている弾薬を見つけときの行動は、自然と決まってくる
やはり、盛大に爆破するしかないだろう。
そして、誰でもいい、見つけてさえくれれば。
一度の作戦中に二度も弾薬集積所を見つけるような幸運は、なかなか訪れないと思うが。
この際、弾薬でなくていい。
ただの物資集積所でもいいから、飯を補給したい。
弾は食えないからな。
リュックの中に入っている爆薬が食えたら、どれだけいいことか。
だが、捨てるにしても地面を掘っている時間が惜しい。
野ざらしで捨てていいのなら、今にも放り出したいとバロウが言っていた。
先に放りだすべきは、先の洞窟で回収した石板の破片だと思うがな。
石というのは、とても重いんだ。


いやはや、幸運というのはあるもんだね。
獣道を辿っていたら、同じような洞窟を見つけたよ。
ご丁寧に、石板を転用した石畳が入り口にあるところまで同じときた。
そして、中身は案の定、というわけ。
俺は、ビトーが中を調べてる間に、砕けた石畳を剥がして持って帰ろうとしてるところ。
重厚な造りの石板だから、重いったらないよ。
これが砕けているっていうんだから、ここにも弾薬が沢山あるんだろうね。


ビトーの話だと、洞窟の中は奥までとても長かったみたいだ。
自然の洞窟ではなく、やはり掘られたものだという見解になった。
それで、これを爆破するんだけど、考えてみてほしい。
さっきの洞窟の十五倍か二十倍は弾薬が保管されているらしいことが分かった。
目算で、もっといえば洞窟の長さの比較で割り出したんだけどさ。
あれの二十倍に達する弾薬に火をつけたら、子供でも何が起きるかは分かる。
何もしなくても、岩場が全部吹き飛ぶだろう。
爆破する条件は揃っているね。
問題は、これを爆破したらどれだけ被害が及ぶか、だよ。
上に乗っている岩が吹き飛んだら、当然、重力の関係で落ちてくる。
それがどこまで飛ぶか、未知数だね。
野積みの弾薬ならこんな心配はしなくていい。
屋根が脆く作ってある弾薬庫であれば、屋根が飛ぶだけで済む。
でも、この洞窟の中にある弾薬は、こう例えることができる。
先込め式銃の銃身に装填された火薬そのもの、と。
それも、銃身の奥から口まで火薬であふれかえっている。
極めつけは、その銃身は鋼鉄ではなく、ただの石だ。
火をつけてみろよ、俺は嫌だね。
近づきたくもない。
そこで、今はビトーが、爆破する前までに、どこまで逃げればいいかを計算してる。
頭の中で計算ができるってすごいと思うよ、ビトー。
俺は絶対に無理だ。
そんなことを書いていたら、ビトーの姿がどこにもない。
たぶん、逃げる道の選定でもしにいったんだろう。
俺は彼が帰ってくるまで、木陰で仮眠をとるよ。
木陰といっても、木の上なんだけどさ。
これなら、野生動物に襲われる心配もないかな。
欠点を挙げるなら、背骨に木の幹が当たって睡眠には適さないってくらいだ。


結果から書こう。
俺たちは無事だが、散々な目にあった。
導火線が足りなかった。
かなり危なかった。
まさか、火薬の力を抑えるために、こんなに苦労することになるとは思わなかった。
それに、その試みは半分くらい失敗していた。
危うく、俺のせいで死ぬところだった。

まず、この弾薬をすべて起爆すると危ないことは分かっていた。
岩場を吹き飛ばすにしてもだ。
爆発を何回かに分散させる必要があった。
そのために導火線を敷いていったんだが。
洞窟が長すぎて、導火線が足りなくなった。
それを補うために、洞窟内の火薬を使って導火線を延長させた。
古い火薬は安定性が低いので、火の回りが早くなる。
それを見越して計算したが、予想より火薬が不安定になっていたらしい。
燃焼速度が速すぎて、洞窟の奥まで火が回って、一気に中の弾薬が誘爆したんだろう。
そのとき、俺たちはまだ逃げている最中だった。
これでも十分な退避時間を確保していたはずなんだがな。
背中で衝撃波を感じて、その風に煽られて、たたらを踏んだ。
足が止まって、後ろを振り返ると、灰色の煙が遠くから空に上がっていた。
その煙に紛れて、小さい何かが宙を舞っているのが分かった。
バロウと目が合って、俺たちはすぐに、木の陰に伏せた。
俺の失敗の結果はすぐにやってきた。
最初は小石が木に当たり、地面の石に跳ねる音が聞こえた。
すぐに大きな岩が、俺の横を通り過ぎていった。
伏せる俺の横にある木が、二本まとめて、水平に飛んできた岩になぎ倒されて折れた。
根本は残ったが、そこに上から降ってきた大岩が、周りの地面ごと木の残骸を巻き込んで埋まった。
俺はその大岩が押しのけた泥をかぶった。
バロウは運のいい野郎だ、図体がでかいのに泥すら食らわなかった。
それにしても、大きな散弾銃で撃たれ、投石機で一斉攻撃を食らっているみたいだった。
戦争してるみたいだ、とバロウは冗談めかしたが、まさにその通りだ。
敵とまともに戦っていないのに、死にかけているとは滑稽だ。
しかし、これで敵の戦力も落ちただろうか。
いや、あの洞窟の弾薬も使われている形跡がなさそうだった。
それに、同じように512年に運び込まれたものが多く見つかった。
本当に、あの弾薬の山はなんのためにあそこに隠匿されていたのか。
意図が読めない。
ただ、俺たちの狼煙代わりになってくれたということは確かだ。
あの煙の量なら、嫌でも誰の眼にも入るはずだ。
願わくば、次に会う人間が味方であるように。


日が落ちて雨が降り出しそうな時間帯に敵の基地を見つけた。
俺たち飢餓寸前の状況だったために、敵の基地から食料でも拝借できると思った。
おそらく中規模な駐屯地だろうと予測した。
だが、それはすぐに、中規模な駐屯地だったと言い直すことになった。
そこは放棄されて、草が敷地内に生い茂る場所だった。
宿舎の中に、誰かが回収し忘れた小箱一つだけ取り残されていた。
その中からメル=パゼル共和国の国章をかたどった縫い物が出てきた。
ここは共和国軍の駐屯地だったのだろうか。
そんなことはどうでもいい、飯がない。
縫い物は食えない、これでは餓死してしまう。
この駐屯地の周りに生えている草を食べるしかないのか。
降り始めた雨を飲んで飢えをしのぐ時間くらいはある。
床板を剥がしてでも食い物を見つけるぞ。


とりあえず、餓死したり、毒草を食ったりする場面は避けられたね。
俺が雨水を溜めて、それで汗の染みた革ベルトを煮ていたら、ビトーが帰ってきた。
彼は蓋が閉じた小さい缶詰と、蓋が開いた大きい缶づめを抱えていた。
板で塞がれた地下倉庫が見つかったらしい。
撤収するときに掘り起こすのを忘れたか、またここに戻ってくるつもりだったんだろう。
そのおかげで、ベルトを食わずに済んでよかったよ。
それで、缶詰を開けたんだけど、普通に食えそうなものが出てきたよ。
基地の所在からして、メル=パゼル製のものだろうね。
中は痛んではいたけど、腐っておらず、保存状態は良好だった。
ところで、開いている缶の中身はなんだったと思う。
発酵食品だったんだよ。
泥みたいな液体で、試しにフォークを突っ込んだら、何かに刺さったんだよね。
それを引き上げると、浸透圧で干からびた何かの根菜と、その根菜の葉が刺さってのさ。
の生ごみなんじゃないかとビトーは言ったけど、あんないい香りの生ごみがあってたまるかよ。
それに、フォークで中をかきまわしたけど、虫一匹入っていないようだったし。
それは、保管場所が衛生面でこれ以上なく適していたということも示しているんだ。
ビトーはやめろと言って口をつけなかったけど、俺は食った。
とても美味かったよ。
この味を知らずに、缶詰だけを食ってるビトーはわびしいもんだよ、ほんと。
ただ、根菜が漬けてあった汁を飲むのはやめた。
飲み干したら底に何か張りついていました、なんて嫌でしょ。
見ない方が美味しく食えるもんさ。

考えたんだけどさ、敵は、ここに戻ってくるつもりだったんだよね。
あの洞窟の中の弾薬も、戻ってきて使うつもりだったんだよね。
たぶん、この基地から洞窟へ持って行ったんだろうから。
でも、この基地の惨状が示すとおり、敵は戻ってこなかったんだ。
だとすれば、ここは忘れられた土地なのかもしれないよ。
忘れられた土地と、忘れられた基地と、忘れられた洞窟と、忘れられた弾薬ね。
それに、忘れられた食料。
いつか帰ってくるつもりで、そのいつかがやってきても、敵は戻ってこないんだから。
ここで戦争するということを敵は忘れていたのではないかな。
最初に彼らと接触したときに、彼らは慌てて戦略を立てたのかもしれない。
そして、そのまま、この湿地帯で戦うことはずいぶんなかった。
そのため、戦略の大半は忘れられてしまっているんじゃないだろうか。
昔の戦略を引っ張ってきて、慌てて見当がついてる洞窟から弾薬を引っ張っているんじゃないか。
そんなずさんな計画で俺たちを食い止めているんだったら、大したもんだと思うけどね。
ただ、そう考えなければ、あの最大級だろう洞窟の弾薬が使われないわけないし、前哨基地の残骸が草だらけになっているはずがない。
用意は周到に、しかしそれは半分も生かされていないとみた。
ビトーは深刻そうにしてるけど、俺は楽観的な立ち位置かな。
だって、さっさと負けてしまうような準備がされていて、なお互角なんだから。
戦争が長引くことの是非を問わなければ、だけど。
それにしても、屋根のある場所で寝られるんだから、俺だけ見張り番ってのはどうなのさ。
俺だって夜は寝たいよ。
夜食に缶を開けて食ってもいいんなら、夜に寝るのを我慢するけどさ。


朝になったが、雨が降っている。
行動するかどうかの判断が分かれるところだ。
弾薬が燃え尽きたのか、雨で消えたのか、煙はどこにも見えなかった。
わが軍はあれを好機とみて、あの場所を目指して攻め込んでくるかもしれない。
それを警戒して、敵がこの地域に兵力を派遣してくるかもしれない。
どちらにせよ、もはや東に逃げるという選択肢はありえない。
あとは、ずっと南に逃げるのみだ。
だが、それをしようにも、雨が俺たちを足止めしている。
多少の雨であればよかったんだが、これはそれを超えている。
夜から降り続く雨で川は増水し、足元は泥と沼に変化してしまっている。
視界は当然悪くなり、太陽も見えないので方角を見失う。
俺たちでさえそう考えるんだから、大規模に構成された部隊は敵味方問わず同じ考えだろう。
結論として、少なくとも雨が降っているうちは、動かない方がいいだろう。
それに、バロウの休む時間が欲しい。
これまでの分、バロウが休息を多めににとり、万全な状態で脱出する必要がある。
そのために、バロウに必要なものは、今日という日を使った休息だ。
つくづく、ここに放棄された施設があってよかったと思う。
雨に晒され続けるのは、俺でも堪える。


まさかこんなことが起きるとは思わなかった。
俺たちは運がいいらしい。

結論から書くと、バロウが書いた遺書は無駄になった。
雨がやみ、夜が訪れ、次の日になった。
そして、南に向けて出発しようとしているところに、奴らが降ってきたんだ。
そう、強襲揚陸艦だ。
幸いなことに、墜落したのは俺たちだけで、他の奴らの機体は、装甲板に擦り傷が増えているくらいだった。
俺たちは喜んだが、奴らは俺たちを見て呆れていた。
奴らは俺たちを助けに来たんじゃない。
洞窟の爆発で発生した大量の煙を追ってここまでやってきたんだ、俺の見立てどおりに。
そして、ついに見つけた後方基地を強襲しようとしていたんだ。
ところが、その基地がここで、出てきたのが俺たち二人だけという。
奴らにしちゃ、笑い話になるかは微妙なところだ。
だが、喜んではいた。
俺たちの機体は西に流れていったが、墜落地点が割り出せなかったらしい。
俺たちだけでも生きていてよかった、と言われた。
それに、場所が分かっているなら遺体の回収もできる、とも。
結局、こいつらはちんけな対空砲を十個も破壊しただけで終わったことになる。
逆に、俺たちは墜落から生存、弾薬集積所を二ヶ所爆破、内一ヶ所は爆破により地形が変更される規模、敵基地を発見占領という、少なく見積もっても大戦果だ。
ただ、これらが戦線に寄与することはないだろう。
俺たちは、この複雑な状況の報告書を書くので忙しくなりそうだ。
損害申請書、報告書と上申書を書く労力と、恩賞が見合わないという事態になりそうだ。
本来なら空軍兵が書くような損害申請書を、俺たちしか生き残りがいないからと、俺たちが書かなきゃいけないのも、多大な疲労を感じさせている。
それなら、撃墜されない方がましだったともいえるだろう。
ため息が出るぜ。
ミーレインペリウム。


やることが全部終わったら、休暇を申請してベラおばあちゃんのところに行こうと思うんだ。
久しぶりに孫の顔を見たら、きっと喜んでくれるだろうね。
今回の出来事は、お茶うけにぴったりだよ。
それに、この重い石板をおばあちゃんの家に飾っておこう。
それで、おばあちゃんの知古に来てもらって、この石板の文字を解読してもらうんだ。
一枚や二枚じゃ何が分かるのかすら、分からないかもしれないけど。
面白い発見があるかもしれないし、何よりおばあちゃんの趣味の一つになるかもね。
でも、休暇を申請する前に、まずはやらなくちゃいけないことがあるから。
ビトーと一緒に、紙の飛び交う戦場へ。
戦死したらごめんね、おばあちゃん。
だから、これは遺書代わりさ。
ミーレインペリウム
最終更新:2017年12月16日 22:28