Orbitta Parle: 原初の揺籃

プロローグ

銅色の地平線。直上の太陽はか弱く、両輪の駆動音は気味が悪いほど響かない。背後はるかまで伸びた轍のあと、控えめに舞う砂埃が哀愁を誘う。

パルエとは違った重力特性に慣れないメロカは、トレーラーの運転に注意しつつ計器類に目をやり、ついでバックミラーに視線を泳がせた。トレーラーの荷台に詰め込まれているのはほとんどが若い地質学者たちだ。ある者は居眠りし、ある者はピチューチカのゲームの相手をしている。クルツもいる。6年前、一緒にルーンまで飛んだ気難しい中年研究者は、打ち出した論文を酸素マスク越しにぶつぶつとなぞっていた。

居眠りしていた研究者のあくびにつられてか、ピチューチカがくぱっと大口を開ける。滴るよだれは、対戦相手の機転によってすんでのところでコンピューターを直撃せずに済んだ。

それをメロカははっ、と鼻で笑う。ナビゲーションの画面はほぼ直下を示していた。

「このあたりか」

飽きるほど見慣れた惑星ウィトカの原風景、アッ=ゲーバール高原の地質調査は、いつも通りボーリング装置をいじりクリスタル式透過器を設置するだけで終わるだけのはずだった。

「ついたぞ、学者さんら」

「おお、感謝する……お前ら、荷物を持て。酸素ボンベの供給率は目盛り4以下にしておけ」

クルツは停止した車両の荷台を身軽にまたいで飛び降りる。数人の若い研究者――クルツが研究所で教えていた弟子達である――もそそくさと準備を始める。牽引していた台車からなにやら装置を取り出してもたもた組み立て、くすんだ大地にやっと立て掛けた。どうも堆積層を掘り進める掘削機のようだ。クルツは掘削機に配線がつながった手元の携帯装置の目盛り盤を調節している。メロカはその様子を運転席に座ってぼーっと眺めていた。弟子の行動は、たびたびクルツの苛立たしいような突っ込みを引き起こす。ウィトカに開拓護衛兵として降り立ってパルエ時間で2か月、原生生物と言えば低地湿地帯に水草とウィトカウオぐらいしかいないこの星で戦闘など起こるわけがなく、やることといえば車両を運転し学者を運んでよく分からない操作を眺めるぐらいだ。もう決まりきったルーチンになっていた。たびたびクルツ達のドライバーもしている。クルツの弟子へのクソ真面目な振る舞いは、戦車兵時代のメロカの上官を思いだして何とも面倒な気分になる。

「ピー……ヤ!」

ピチューチカもメロカのそばに来て運転席の周りで遊んでいる。しばらくうろうろしていると、また荷台に戻って酸素チューブを咥えた。標高の高いアッ=ゲーバール高地の気圧はパルエの3割に満たず、酸素濃度はさらに低い。宇宙服こそ必要ないものの、原生生物との接触に備えた事前の混合ワクチン接種と、ノスギア登山のような防護服や酸素マスクが必要だ。クルカは頑丈なので保温腹巻と酸素チューブをたまに咥えるだけで行動できている。ピチューチカは次第に、地面の下が気になっているように鼻先を地に付けては、掘削機の周りをぐるぐる回りはじめた。

「なんだピチカ、財宝でも埋まってるのを見つけたか?」

メロカの軽口に誰も反応せず、クルツは相変わらず何か機材を指さしながら弟子に解説を垂れていた。弟子の一人がクルツの指示を聞いてレバーをゆっくりと倒すと、掘削機が回転を始め岩盤を砕き始めた。突然の音に驚いたか、ピチューチカはその弟子に飛び込んでいくとレバーを目いっぱいはたいた。

「うわっ!」

ピチカやめろよ、というメロカの声はオーバーブーストされた掘削機の轟音に掻き消されてしまう。最大出力で稼働を始めた掘削機はたちまち装置の限界まで地を穿ち、1メートルほど堆積層を掘った掘削機は、ある異音を数秒放ったのち緊急停止された。

「あぁもうなんてこった。クルカに装置をダメにされるところだったぞ、ちゃんと繋いどいてくれよ」

クルツはピチューチカの尻尾をわしづかんでメロカに放り投げた。

メロカは顔面をひっ捕まえて「申し訳ない。これまでこんなことは無くて、空気が薄いから暴れないと思ったてたんだがな」今度からはやはり、ボラッタの時のように紐に繋いでおこうと考えていた。

「先生」助手のひとりが叫ぶ。「掘削機の反応が違いました。何か土中に埋まってるようです」

 名物ウィトカウオの干物を奥歯で噛みながら、電算機を叩いていたクルツは半身を動かした。

「これは……確かに岩じゃない、金属体だな。カプセルのような建造物か……」クルツは助手の肩越しに土中探針儀のスコープに写った荒い画面を見た。「あるいは、船舶か車両の類かもしれないな。何にせよ面白い発見だ。メロカ、惑星工兵隊と建造物捜索チームの派遣を要請してくれ」

 

 

 

原初の揺籃

 

長くなってきたので再編しました。

ウィトカの遭難者
惑星パルエ、759年
めざすは深宇宙
ルスランの初陣
724番への降下
忘れ去られた遺跡
船殻の外へ
ファーストコンタクト
原初の揺籃
【公開できないサブタイトル】
エピローグ

 

 

 

最終更新:2022年10月12日 01:58