空雷戦隊奮闘記

「此度の作戦では作戦空域に存在する帝国の哨戒艦隊を誘引、あるいは撃破することで空挺強襲を敢行する陸軍の障害を排除し、地上支援を行う航空打撃艦隊の空路を確保する! 諸君らの活躍、大いに期待している!」

 そう艦隊司令より訓示を受け、熱い激励を持って送り出されたことを思い返しつつ、私は主操舵輪を握り締めた。視界が完全に砂塵と漆黒に覆われる中、複雑に絡み合う気流の間を縫うようにフネを進ませているのは連邦の誇る空雷戦隊だった。
 旗艦たる重巡空艦に加え、軽巡空艦1隻、駆逐艦4隻と旧式の改装空母1隻からなる典型的な航空遊撃戦隊である。しかし、相手取る帝国の哨戒艦隊は通常、旧式の戦艦を旗艦とした主力艦6隻余りと10隻近い補助艦で構成された大艦隊だ。正面から火蓋を切れば、数、火力共に劣る我々の潰走は必至。で、あるならば――

「転舵右15、上2」
「ヨーソロー、右15、上2」

 灯火管制された非常灯のみが赤く照らす艦橋内部。暗がりの中、艦長より指示された方向へ舵を取る。大丈夫、訓練通りに要求された量、操舵輪を回すだけだ。主操舵輪を握る両腕に力が入る。

「次の回廊変更座標まではまだ時間がある。そう緊張していてはイカンぞ」
「はっ、はい!」
「はは、まあ仕方ないでしょう閣下。前が見えんと言うのはやはり怖いものですからな」

 艦橋に置かれた長机を挟んで、艦長と司令が私に声を掛けてくださった。振り返れば、嫌が応にも巨大な空図が目に入る。そう、空図の中、乱雑に書き込まれた矢印と数字の羅列こそが連邦が帝国に有する最大のアドバンテージだ。

「随伴する軽巡より管制発光信号を確認。風速諸元をそちらに回します。」
 通信員が艦長へと紙の束を渡し、艦長はその情報を元に地図に次々と修正を加えていく。気流は変性するまで時間こそ長いものの、流動的であるため、観測情報を元にどの空間にどの程度の気流回廊が形成されているか予測を行うのだ。

「気流回廊は今回提供された情報からさほど変化はしていないようですな。相変わらず観測隊に予報局はいい仕事をしてくれている」

 だからこそ、この芸当が我々には可能である。――夜間気流内艦隊行動。流れに上手く乗れなければ一瞬で空中分解する程の暴風が吹き荒れる中、夜の闇に紛れて大型艦が隊列を組み行動するのだ。

「しかし夜間強襲に、旧式とはいえ相手方には戦艦がいる、こちらも戦艦を引っ張り出せればよかったのですが…」
「仕方がなかろう。土竜共には艦隊戦のことなど頭から抜け落ちているに違いない。まあ陸さんの支援に1隻引っ張り出せただけ良しとしよう」
「ええ、そうですな。戦艦に華を持たせる為にも必ずや敵艦隊を発見してみせましょう」
「君の幸運に期待しているぞ。艦長」
「お任せ下さい――転舵用意!」

空雷戦隊奮闘記

「転舵左20、下4」
「ヨーソロー、左20、下4」
「第110043気流回廊へ進入するぞ。立っている者は何かに掴まれ!」

 ――いつ味わってもこの感覚だけは慣れないものだな。船体が大きく揺らぎ、軋みを上げる。緊張の一瞬だ。情報が正しくなければそのまま気流に浮かぶ残骸の一部となるだろう。

「各区画点検急げ! 後続はどうか!」

 副長が状況を確認する。船体に損傷があれば次の回廊進入はそれを考慮しなければならないからだ。怠って得る結末は誰だって歓迎出来得るわけがない。

「艦長、特に異常は見当たらないとのことです。後続も問題なく随伴してきています」
「それは良かった。コイツも船渠から出たばかりだからな。そう安々とボロが出てしまっても困る」

 風の波に乗りつつ、機を見て次の波へと飛び移る。大陸のほとんどに広がる大気流回廊群は連邦の縄張りだ。凄まじい勢いで流れる空気の波間を利用することで艦に備え付けられた推進機関の最高速力以上を叩き出す。航続距離は無尽蔵。『神出鬼没の空雷戦隊』と連邦の空中艦隊が各国から評価されるのはその為だ。

「見張り所より敵艦隊見ユとの打電が入りました! 」

 ――来た。遂に捉えたか。風速計と風向計、そして空図だけが頼りの夜間航行は遂に、帝国艦隊を捉えたことで事態は慌ただしく動き出す。

「それは本当なんだろうな! 味方も対地支援でかなりの数の艦隊を出している。これで味方でしたなどとなればお笑いじゃすまないぞ?」
「右舷遠方に発光する物体多数発見とのことです。帝国特有の熱源パターンも確認しました。それに現在我々は作戦中の全艦隊に灯火管制が指示されていますから味方である可能性は限りなく低いかと」

 副長の報告を聞いて、私はすぐさま航路図へ目を巡らせた。ひとしきり見回した後、ある一点で目を留める。ちょうどいい所に低空へ出る回廊があった。今にも舌なめずりせんと獰猛な狩猟者の表情を浮かべる。

「閣下。次の第110482気流回廊から気流より離脱、その速度で持って敵艦へ肉薄砲撃、そして航空隊による雷撃をかけるのはいかがでしょうか」
「そうするしかあるまい。真っ向から平行砲撃戦と言うのは戦艦相手なら自殺志願者と思われても仕方ない。次の回廊で飛行隊も上げるぞ。比較的ゆるい風速だから艦載機も抜けられるはずだ。」
「了解です。直ちに準備にかかります。――転舵用意! 右15! 下2!」
「ヨーソロー! 右15! 下2!」

 取り付けられた大中小3つの操舵輪が素早く回わされ、それに数瞬遅れて船体もゆっくりと進路を取る。先頭の重巡空艦に合わせて続々と単縦陣を取りつつ後に続く航空遊撃戦隊。

「第110482気流回廊へ進入する! 衝撃に備えろ! 進入した後『飛行隊発進用意セヨ』と空母へ打電! 本艦も戦闘態勢に入る!」
「了解!」

 通信兵が自分の持ち場へと慌しく戻っていく。その直後、ぐわんと艦が揺れた。金属が歪み、悲鳴を上げる。艦が体勢を取り戻す間もなく私は叫ぶ。

「点検はどうか!」

 ははは。怯えたら負けだ。戦争とは笑顔でやらねば勝てないものだと我々は本能的に知っている。

「異常なしとのことです!」
「よし、よし! よし! 駆逐艦2隻と飛行隊を1部隊残す! 残りは敵艦隊に吶喊するぞ!空母に飛行隊発進を打電しろ!」
「了解!直ちに!」

熱に浮かされた様に騒がしくなった旗艦とは裏腹に、改装空母では粛々と艦載機を気流回廊へと浮かべていた。

「こちら第4飛行隊。雷装にて出撃用意が整った。発艦許可をくれ」
『了解、第4飛行隊発艦せよ』

 暗色迷彩を施された機体に、指示灯によって鈍く金属色に輝く航空魚雷を一本腹に抱えた艦載攻撃機達が続々と留められていた甲板より浮かび上がり、気流回廊へとその姿を並べてゆく。

 その機影は大きく分けて三つに分かれた。

 対小型機戦闘を主眼に開発された、小口径の連発銃を艦首に揃えた制空戦闘機。
 対艦戦闘も考慮に入れ、無誘導の中型爆弾を搭載し大口径の連発銃を構えた戦闘攻撃機。
 そして機体の全長ほどもある大型の対主力艦航空魚雷を抱え、自衛用に小口径の連発銃を少々積んだ対艦雷撃機。

『第1飛行隊は我々に直轄だ。他の飛行隊は旗艦に指揮権を移譲する』
『Gel Da“了解”』

 いずれも旧式推進機関によって航行する、浮遊機関のみで航行可能な今世代機より遅れた存在ではあったが、軒を連ねる飛行士達は幾戦を戦い抜いてきた猛者揃いだった。
 誰かが呟く。回転羽根で飛ぶ快感を味わった者は回転羽根無しには飛ぶことはできないのだと。誰かが頷く。空気を押し分けて進むこの醍醐味に引かれてここまで来たと。

『やれやれ、後は対空哨戒でもしつつ余生を過ごそうと思っていたのだが』
『若造共は陸さんの対地支援の艦隊防空に当たるんだと。で、俺たちの出番と言うわけだ』

 翼端に灯る航空灯と旗艦からの発光信号を頼りに続々と飛行隊は空中艦隊の後ろに列を成してゆく。夜間で、さらに気流内で推力の小さい艦載機で持って編隊を組めるのは彼らの技量あってのものである。

 一方、先頭をひた進む旗艦、重巡空艦では着々と突撃準備が済みつつあった。

「不要危険物投棄! 一会戦分でいい! 後は全部廃棄だ!」
「主砲は再度点検を行え! 魚雷発射管も行うように!」
「艦長。見張り所より敵艦隊の詳細です。こちらを」

 次々と指示を与える艦長に、縦横無尽に艦内を走り回る通信兵より幾枚かの資料を手渡された。艦長はそれを一瞥し、顔を歪めた。その顔色に気づいた司令が疑問を投げかける。

「艦長、どうかしたかね? 何か不測の事態でも?」

 苦虫を噛み潰した表情でもって司令へ振り返った艦長は、先刻手渡された資料を司令へ回した。それは連邦軍に広く配布されている帝国艦種一覧だった。その中より抜き出された数種の艦影の横に現像された写真が貼り付けてある。
 艦長がひどく気分を害したのはその中の一情報、帝国の比較的新しく就役した戦艦、その戦闘力と航行速度から『巡空戦艦』と呼ばれ恐れられる高性能艦が、何故かこんな偏狭地の哨戒任務についていると言う事実であった。

「……巡空戦艦が哨戒についていたのか」
「……まさかこちらの情報が漏れているのでは。でなければこんな処に運用費用の嵩むデカブツを送り込んでくる筈がない!」
「情報漏洩があったとしても増援が間に合う距離ではない! 慌てるな艦長。君が怯えてしまっては兵に影響する。誤算と言うものは誰にでもある」
「しかし……ッ!」

 ――ああ、何故何故何故! 何故こんな処に新型戦艦がいる! 母なるパルエは我等を見放したもうたか!
 こちらにはまともに戦艦と撃ち合える数も攻撃力も防御力もない。通常通り、旧式の戦艦ならば対抗出来たものをこれでは......。錯乱しかける艦長の脳内に、冷水が一粒降りかかった。――いや、少し待て……そうか! まだアレがあった!

「副長。艦首魚雷は何を用意している」
「艦首魚雷ですか?通常通り時限信管の榴散弾頭装備高速魚雷を装填しておりますが」
「大型魚雷に切り替えだ。発射管8門全てに徹鋼弾頭装備大型魚雷を装填しろ」
「はっ……は? 大型魚雷は威力こそ高いですが低速の上、一斉射分しか用意されていませんが」

 一瞬呆けた副長の声に艦長は凄惨な笑みで持って答えた。

「――雷撃だよ。本艦は敵巡空戦艦に近接雷撃戦を仕掛ける!」
最終更新:2014年05月05日 21:26