遺跡攻略隊小隊長の手記

今回の成果は、かなり大きなものになった。

「復旧」技術の最先端をゆく、空中浮遊機関を無傷のまま鹵獲することに成功したからだ。

ただ、他にもっと大きな成果もあったのだが、それは事故によって実物を喪失してしまった。

今となっては、不思議な経験を書き記して、当事者たる自分たちでもそれが事実だったのだと思い出すことしかできないだろう。

 

我々、アーキル遺跡攻略隊第_____部隊は__時頃、未探索地域攻略のために__侵入孔から侵入した。

__侵入孔は人がやっと通れるほどの小さな通路であるために、大型機材を持ち込むことはできず、拠点構築もできずに攻略の展望が見込めない地域である。

ただ、これは野心家の集まる_____部隊には、危険に見合った見返りのある、うってつけの仕事だった。

 

地上では戦争が勃発したこともあり、「復旧」技術の需要は留まるところを知らない。

しまいには、一介の考古学者が予算を求めて遺跡攻略隊に接触してくるくらいだ。

軍内部でも、考古学者の攻勢に耐えられなくなってきたのか、考古学者を遺跡へ案内する一方で、考古学に一日の長がある軍人を優遇して遺跡へ送り込むようになってきた。

さいわいなことに、俺たちの部隊は前線に行くことが多く、考古学者が寄ってくる隙もないので、うるさい注文に煩わされるようなこともない。

うちにも考古学者を兼ねた軍人はいるが、_____は雑草煙草中毒者で、暇さえあれば雑草をむしって飯盒で燻して、紙で巻いて火を付けて、煙を吐き出している無口なやつだ。

奴の飯盒で飯を食ったことがあるが、燻した雑草の味がして食えたものじゃないのだけはやめてほしいが。

 

機材が持ち込めないので、今回は電灯を使うことができない。

電灯のための電気を作るには機材がいるからだ。

当然ながら、昔ながらの方法で攻略していくことになった。

燃料自体は液体なので、いくらでも遺跡に持ち込むことができる。

ランタンの世話になるのだが、なんで奴はランタンを使うと言われても雑草煙草をふかしているんだ。

中毒者に聞いてみたら惰性と答えたので、やはり中毒なのだろう。

 

古き良き明るさのなかで、俺たちは奥へと進んでいった。

ランタンの動作は快調であり、灯が瞬くこと以外に不安な要素は一切なかった。

あまりにも好調すぎる光量で逆に不安になるほどだったが、_____の雑草煙草の反応もなく、瘴気に巻かれるようなことにはならなさそうだった。

旧兵器にも遭遇しないというのはどういう冗談だろうか。

命の危機から遠ざかるのはいいことだが、宝を守る敵がいないという状況には、宝そのものが存在しないという未来も垣間見えてしまい、嫌になってくるものだ。

 

困難の先に宝があるという希望もなく、ただ細く長く崩れた洞窟のなかを歩いているのでは、そのうち発狂してしまうかもしれない。

そう思い始めた矢先に、広間に突き当たった。

かなりの大部屋であり、瘴気の心配をしたが、ランタンも、率先して下に降りていった奴の煙草も無反応だった。

_____も考古学者の端くれだ。

瘴気の確認も兼ねて偵察をするということを言いながら、危険がないのをわかっていて、「復旧」技術を誰よりも先に目に焼き付けようとしたのだろう。

 

_____の話は興味深いものだった。

たとえ、声をかけたが放心しており、一方を凝視している状態だったとしても。

魂を抜かれてしまったのかと思ったが、肩を叩くと正気に戻ったので安心した。

遺跡は人の魂を吸い取っていくところだ。

特に、電灯もない暗闇のなかでは、闇に精神を持っていかれてしまうものもいる。

心配していたが、慌てて俺に事の顛末を話そうとしている_____の様子を見て、一気に雰囲気は弛緩していった。

だが、それも束の間のこと。

青く光るものがいたという話だった。

細長く青白いものが目の前の段差にはまって横たわっていたらしい。

奴の考古学者譲りの悪い癖で、危険がなさそうだと思うと火に飛び込む虫のようにふらふらと近付いてしまうのだ。

それで、大きい音がしたと思ったらその怪物は洞窟へと走り去ってしまった。

大蛇のようなものが急に動いて、残ったのは風だけだったそうだ。

_____はその後、俺たちが見つけるまでその場で呆然と立ち尽くしていた、というわけだ。

 

夢物語のようだったが、奴が嘘を言ったこともないし、虚言癖があるわけでもない。

とすれば、話は事実だったのだろう。

_____が、怪物が消えていった穴を指すと、たしかに洞窟があった。

正確には洞窟ではない。

人工的なトンネルだった。

弛緩した空気が一気に緊張感によって収縮していく。

悪寒が駆け上がるとともに、今までこの未探索地域で見ていなかった旧兵器の影がちらつき、_____を引きずってその場から退避することを選択した。

 

それは旧兵器の偵察機だったのか、攻撃機だったのか。

安全な場所で、_____隊の皆で_____から事情を聞き出したが、答えが出ることはなかった。

俺たちの知見でも、奴の見たという大蛇のような怪物になど出会ったこともない。

唯一、聞いていて似ているものといえば、神の御姿だろう。

青白く光り、胴が長いことは見事に当てはまる。

もしかしたら、神は地底に迷い込まれているのかもしれない。

それか、地上で繰り広げられる惨状に目を覆いたくなって、空で起きる惨状に耐えかねて、人のいない遺跡に逃げ込まれたのかも。

冗談交じりで考えをちらつかせると、奴は真っ向から否定した。

生物的なものではなく、明らかに「考古学」的な人工物であることを強調してきた。

形状は四角柱ないし六角柱であり、等間隔に人工的な節目があるものだったそうだ。

 

しかしながら、動くものを感知して起動したのか、定期的に巡回しているのかもわからないとあっては対策の立てようもない。

トンネルのなかに入ることも考えたが、旧兵器の仕掛けた罠の可能性もあるし、なにより大蛇に轢殺される危険の方が大きかった。

ただ、奴が殺されなかったという観点から推察するに、_____の見た大蛇は好戦的なものではなさそうだということは推測できた。

偵察機や警報機だったという考察もできるが、図体が大きいもので偵察をするようなことは少ないはずで、仲間を呼びに行ったというわけではないと判断した。

加えて、大蛇は掘られた通路しか進めないという直感が働いており、ここにいれば、また大蛇は戻ってくるだろうとさえ思っていた。

 

結局、廃材を積んで小拠点を作り、奴と俺で青白い物体の偵察も含めて拠点の防衛に当たることになった。

他のものは、地形図を作るために未探索部分を潰している最中である。

触覚を除いた四感で得られる限りのことを頭のなかで処理していると、嗅覚が異常を訴えた。

原因は、奴が俺の横で雑草煙草を吸い始めたからだった。

歩哨のときは酸欠の心配もないし、嗅覚がつぶれて不利になるので雑草煙草を吸う道理もないのだが、_____は雑草煙草中毒なので、いつでも、どこでも吸っている。

奴のおかげで酸欠の危機を免れたことは何度もあるが、その何倍も、煙草のせいで危機に遭遇していた。

 

考古学者としての功績を煙草が原因の始末書でチャラにしてしまっていて、それでもポケットからおもむろに煙草を取り出しては火を付けている_____は、はっきり言って異常だ。

邪魔だから消せと告げたが、いろいろな理由を付けては、消さないのが毎度のことだったので、俺はそれ以上言わなかった。

奴はいつものように、眼の端で俺を捉えながら、唇で煙草の先を揺らして灰を自分の靴の上に落とすだけだった。

 

問い詰めたこともあった。

ランタンを使えばいいと言えば、_____はランタンを無くしたと言ったことさえある。

持ってはいるのだろう。

だが、虚偽報告を含み、上長の指示を無視して煙草を吸うのだから、奴がいままでどんな始末書を書いてきたか察せられるというものだ。

いや、察せられるだけでは済まない。

無意味に煙草をふかしていて、嗅覚型旧兵器に察知されて何日も追い回されたときは、確実に奴のせいだった。

当時はなにで察知してきているのかわからなかったが、奴が逃げるときもずっと吸い続けていた煙草の臭いに反応して追いかけてきたのだと結論が出たときには、ぶん殴りそうになった。

生き残ったのが不思議なくらいだ。

予備を巻かずにいた_____の煙草が切れてくれなければ、死んでいただろう。

始末書を提出させて禁煙処分にしたが、奴には意味がなかった。

 

空間異常が起きている場所に行くのは専ら奴の仕事としているが、俺は、一度安全が確保されてしまえば_____を拠点の歩哨に付けることにしていた。

動き回られると、嗅覚型旧兵器の悪夢がよみがえってくるからだ。

問題児は目の届くところに置いておくに限る。

奴は、煙草を吸う理由をでっちあげて、俺がなにも言わないうちから口癖のようにいいわけのような独り言を口ずさんでいた。

近くに炎があると煙草の火の味がわからなくなるんだ。

暗闇が深いほど目の前の、草の焼けていく茜色が綺麗でいいんだ。

たいていそんなところだった。

煙草をやめられない精神病者なのだが、俺は_____が煙草以外で始末書を書いたところを見ていないので、ますますどう遇していいのかわからなくなっていた。

 

最初の一本を吸いきって、湿気た端を灰ごと吹き飛ばしながら、奴は俺に話しかけてきた。

俺に率先して報告する事象は、すなわち奴の興味に直結している。

誰かに伝えたい、と思える出来事だったのだろう。

このときばかりは、俺たちが普段から軍人だと思っている_____から、学者先生の悪い癖が垣間見えて複雑な気分になってしまう。

唇に唾液の水分で張り付いた灰を残しながら、奴の口調には隠し切れない興奮が漂っていた。

 

間違いなく空中浮遊機関だった。

_____は断言した。

煙草中毒者であっても酔っ払いではない奴の言葉は非常に重かった。

考古学者特有の執着による熱弁は、奴が空中浮遊機関に強い情念を注いでいることが明らかなものだった。

いや、奴は地上の熱波を追い続けているだけで、今はそれが空中浮遊機関というだけなのだろう。

ただ、息を吹きかけられて燃え上がる焚火のように熱っぽく話しながら、次の煙草を取り出すことも忘れて必死に言葉を吐き出す姿からは、奴の見た事実を話しているのだということも感じられていた。

 

奴の主観も合わさって、俺の客観が事実を連想させていく。

ここにあるトンネルは横へと円柱状に彫られており、底の部分が若干平らになっていること以外はなんの変哲もないものだ。

今いる空間に面している場所はトンネルの底から一段高い場所に足場があった。

_____が見たというそれを、トンネルに沿って移動させるための措置なのか、それともまた別の理由かはわからない。

しかし、このトンネルをなにかが動いているということは明らかだ。

どういう仕掛けで動いているのか。

トンネルに仕掛けがあるようには思えない。

常識的に考えれば、底の部分が平らなことを考慮して車輪状のものを転がしているとみるべきだ。

ところが、この底面はわだちの痕跡どころか、車輪の擦れた傷すら見当たらない。

車輪でないとすれば、必然的に超常的なものという可能性が高まっていく。

青白く光っていたとすれば、超常的な物体は、空中浮遊機関であるかもしれない。

 

_____が自身の考察をあらかた吐き出し終えた後、俺が関心を歩哨に移していると、奴は新しい雑草煙草を押し付けて、いつものことを聞いてきた。

子供みたいに、暇になると地上であったことを聞いてくる。

まるで、奴が自発的に吐き出した話の見返りを求めるかのように。

話で足りないと感じたら横目で見ながら雑草煙草をおまけで付けてくれる。

俺は吸わないし雑草煙草なんて吸いたくないといつも言っているのにだ。

奴のなかでは雑草煙草が便宜に値するものだと思っているのだろう。

それでいて、奴は「大切なものを渡したのだから話してくれるのは当然」といった顔をしてくる。

遺跡にこもりすぎて感覚がおかしくなっていることに気付けていないのだろう。

 

いつまでも終わらない気がしたので、仕方なく話はした。

食いつきがよかったのは、やはり_____の関心事である考古学に関しての話題だった。

奴の情報源は俺たちからの又聞きしかないわけだから、地上の雑多な情報にはどうしても疎くなってしまう。

最近俺たちがよく口にしている「復旧」という言葉の意味を_____が知ったのも、たった今のことだ。

最近の考古学者たちの合言葉のような口癖が、いつの間にか市井の子供まで口にするようになっていたらしい。

ついには遺跡攻略隊のお偉いさんが取り入れ始めたらしく、今や急速に標語として普及しつつある。

推測のような話を、奴は横目から興奮とともに目を輝かせながら聞いていた。

本当に、子供みたいだ。

煙草を無心に吸っているときの顔とは大違いで、かわいらしいものだ。

「そうか、そんなことが」なんて冷静を装っていても、呼吸が乱れて煙草の吸い方が荒くなり、無駄に炎を出して煙を楽しむことができていないようだった。

地上へのあこがれからだろうか、それとも焦りからだろうか。

 

皆が帰ってきたが、状況は芳しくなかった。

得点の高そうなものはなく、広間のなかのすべてが持ち出されてしまったかのように、がらんとしていたそうだ。

また、広間から他へ延びる通路はすべて崩落していたらしい。

運よく地図を入手することはできたらしいが、どうやら広間の裏側にもう一つの空間があることが判明し、裏側へ行く道を探さなければいけなくなった。

無理にでもそうしなければ、この空間は他の隊に食われてしまうだろう。

機材で穴を広げられて、電灯と発電機を持ち込んで、巣を作られて。

じっくりと攻略されていくだろう。

少なくとも機動力しかない俺たちにはできない芸当だ。

だからこそ、野心家の集まりならば限界まで進んでいくべきだ。

幸いにも、旧兵器もまったく見当たらないために、皆の意欲は高まっている。

だが、俺にとってはそれこそ回避したい嫌な状況だった。

宝の山が目の前にあるはずで、危機はどこにも見当たらない。

恐怖心を持つ必要はなく、人は勇敢になる。

いいことのはずだ。

だが、勇敢さは時間とともに無茶、無理へと変わっていくことも俺は知っている。

裏側が安全だと誰が保証してくれる。

機材も持ち込めない俺たちが、どうやって瓦礫を撤去できる。

大型旧兵器にどう立ち向かえばいい。

この広間の安寧が、そこにもまだあるだろうか。

 

最終的に、興奮気味の_____隊を落ち着かせるため、計画を練らせて、一日を終了することにした。

地図を分析すれば、目の前にあるトンネルが環状線構造になっていることはすぐにわかった。

トンネルに沿って進んでいけば裏側に出られるだろう。

結論を急いて、一気に場が沸騰した。

俺は立場上、この雰囲気に逆行せねばならない。

最悪の想定をすれば、それに悪意があろうとなかろうと、空中浮遊機関の大蛇がトンネルのなかの俺たちを跳ね飛ばす可能性があった。

全員で入って全員が殉職。

最悪の結末を避ける必要があった。

 

だが、今回は簡単に皆を説得することができた。

_____の煙草が赤熱するたびに、空間に漂う熱気を奪ったからだ。

熱を帯びた空間のなかで、俺と奴は瞬時に利害が一致していた。

俺は皆を止めたい。

奴は空中浮遊機関が見たい。

あれだけ興奮していたはずだが、さすがに大蛇に轢殺される趣味はないようだ。

話術が得意とはいえないが、奴の話に耳を傾けないものはいない。

「トンネルに近付いたとき、煙草の味が悪くなった」

_____の嘘が炸裂し、たったそれだけで場の雰囲気に氷点下の危機感が吹き込まれた。

煙に巻くような発言が、議論の方向を強制的に捻じ曲げていく。

 

奴が煙草の味を言うとき、皆は_____が吉兆の先見を捉えていると瞬時に気付くのだ。

雑草煙草が隊を救ってきた場面は少なくない。

そのために、皆は奴の煙草の味の評価をどこかで待ち望んでいるのだ。

味が悪ければ悪いことが起きる、良ければその逆のことが起きるはずだ、と。

奴の言葉を聞いて、次の行動の積極性を変化させていくものもいる。

隊全体が煙草を占いの道具と認識してしまっているために、奴の不用意な発言で方向性を大きく変えてしまうことまであるほどだ。

奴が煙草を吸い続けているうちは、皆の行動選択の比重が酸欠を察知するためだけの雑草煙草に偏っていくようで、俺は_____が心底嫌いだった。

ただ、このときだけは、空気を察知する煙草が「空間」そのものを俺の望むものへと支配してくれたので、感謝するしかなかった。

 

最終的に、目論見通りトンネルへの徒歩での侵入は危険だという結論に達した。

では、裏側へはどうやって行くか。

答えは簡単だ。

まず、奴の見たという、洞窟を這う大蛇を確認してから決める。

駄目なら尻尾を巻いて帰る。

行けるならとことん行く。

日和見な結論になるが、大蛇の情報が少なすぎて、今はこう言うほかなかった。

そして、皆は期待の目を_____に向けるのだ。

奴が煙草の味をいいとさえ言ってくれれば、皆を止めている首輪が外れてしまう。

いや、本当は皆どこかで首輪を外してもらいたがっているのだ。

奴の煙草の味が、獲物へ駆け出すための、ご主人様の持つ笛になりつつある。

俺はそれが許せない。

けして、奴の影響力が根深いことへの嫉妬ではない。

雑草で巻いた煙草の感想一つで隊員が命を簡単に投げ出せるような環境にたいして、俺は怒りを向けていた。

_____が煙草の感想をベラベラ喋るような奴でなくてよかったと思う。

でなければ、とっくに_____隊は瓦解していただろう。

 

睡眠を妨害されるのはたまったもんじゃない。

寝ている間に叩き起こされるのはとても機嫌が悪くなる。

起こした相手にたいしてもそうだし、自分が寝ている間にひっ迫した事態がすぐそこまで迫っているという事実にたいしても。

トンネル前に張り付かせていた歩哨が、寝ている俺の肩を銃床で軽く叩いてきた。

無礼を承知の行動は、明らかな緊急事態が起きていることを暗に示しており、眠気は吹き飛んでしまった。

歩哨は、起き上がった俺に笛を握らせて一緒に付いてくるように促していた。

 

理由はすぐに判明した。

歩哨に案内されて目的の場所まで行くと、瓦礫で作った障害物の銃眼の先を、もう一人の歩哨が笛を歯でくわえながら見ているところだった。

唇でくわえていないのは、事態が急変したときに反射で吹いてしまわないようにするためだろう。

銃眼から青い光が差していると思って、歩哨がなにを見ていたのかと覗けば、目の前に大蛇が鎮座しており、心臓が締め上げられるようだった。

目をそらしてからもう一度見れば、大蛇が大きすぎて遠近感を一瞬喪失していただけで、もう一度見ればはるか数十歩の距離だと目測を修正することになった。

それでも、一瞬でも目測を誤るほど、大きかった。

奴の言う通り、四角形ないし六角形で長く、人工的な節があり、青白く光る機体。

人間三人分の身長で届くかという高さのトンネルを目一杯使った設計をされており、敵であればどう考えても俺たちの敵う相手ではない。

ただ、外見から判断するのは危険だが、武装はないように思えた。

これは果たして旧兵器だろうか。

それとも、考古学的価値のある旧文明の遺産だろうか。

どうしてこの場所で停止しているのだろうか。

笛を鳴らすべきだが、鳴らせばこれは反撃し、逃走してしまわないだろうか。

笛を鳴らせば皆起きる。

危険がすぐそこにあるという合図だからだ。

だが、笛によって敵にもこちらの状況を露見してしまう。

どうやら、俺でも試案が巡る案件にたいして、歩哨は状況判断を俺に一任することにしたようだ。

起き抜けに持たされた笛は、「俺の判断でいかようにも」という全面的な委任だったらしい。

 

俺はまず_____を起こすことにした。

奴が見たものは奴にしかわからないからだ。

奴の寝ぼけた顔も、青白い光を見てすぐに吹き飛んでしまった。

「あれだよ」と端的に答えた_____は、すぐに雑草煙草を口にくわえたが、火を付けることも忘れて、目元が潤んでいた。

神秘的で感動的な光景が広がっており、奴が最初の邂逅で吸い寄せられていったのも理解することができるほどのものだった。

奴にとっても、隊にとっても大当たりである。

鉄塊ではない、生きている「復旧」技術の大蛇が鎮座しているという、生涯で二度とないかもしれないほどの幸運に、体が静かに震えていた。

 

笛が吹かれることはなかった。

刺激しなければあちらが動くことがないという、俺の判断によるものだ。

風に小波が揺られるような速度で睡眠中の隊員は起こされていき、退路確保と小拠点撤収と、偵察とに分類されて持ち場へ動いていく。

足音もしないのに、銃眼から見ている俺の後ろに気配が集結し、人口密度によって気温が上昇していくのを感じていた。

しかし、不安もあった。

大蛇の動きがないのが不気味だった。

歩哨の話では、横開きの扉が開いて、タラップが足場へとせり出してそれきり動きがないというので、なにかを待っているのだろうとは考察することができた。

 

なにを待っているのか。

_____の予測では、おそらく「人」か「物」を待っているのだということだった。

いつ読んだかもわからない、奴の古い知識が、大蛇を輸送機関に分類した。

扉の大きさからして、おそらくは物資ではなく、人員を輸送するためのものなのだろう。

こういうものは、車列、いや列車と言えばいいのだろうか。

環状線構造を考えれば、広大な広場の外周を、人を乗せて周回するためのもの。

だが、乗るための「人」は、俺たちを除けば誰もいない。

「人」を待っているのだとすれば、人が乗らなければ動くことはないはずだった。

 

悠長に物事を進めていた俺だったが、失念していることがあった。

奴が最初に列車に出会ったとき、列車はトンネルへと走り去ってしまったのだ。

理由はわからない。

だが、常識的に考えれば、遺跡といえど列車にも時刻表というものがあってしかるべきなのだ。

地上でも時刻表があるのだから、遺跡にないわけがない。

誰を列車に向かわせるか考えているうちに、列車は静かにトンネルへと走り去ってしまう。

音もせず、巨体が動いたときの風が、俺たちの額の汗を撫でていった。

 

列車を見れていないものたちは心底悔しがっていた。

神秘的な光景がそこにあったのに、みすみす逃してしまったなんて、と。

奴も同様に、次はいつ来るかわからない列車を行かせてしまったせいで、緊張の糸がほどけて、いつも通りに雑草煙草を不味そうに吸っていた。

_____の煙に呼応するように、隊員の不満も高まっていく。

列車が環状線を動いているとすれば、徒歩でトンネルに入ることは不可能と確定した。

轢殺される危険性が証明されてしまったからだ。

生きている機械を相手に深追いをすれば、こちらが分断されてしまうというのは、血とともに体に染みついた教訓である。

では、裏側への移動手段はどうすべきか。

当然ながら、帰ってきたあの列車に乗るしかあるまい。

そして、列車が中立なのか、それとも敵対なのかがわからなければ、俺には列車への乗車を決断することができなかった。

 

議論が停滞し始めたとき、_____の顔がちらと見えた。

奴はそのとき、煙草を吸っていなかった。

そこで、俺は皆と同じ思い違いをしていることに気が付き、発想が貧弱だったことを反省せねばならなかった。

なぜ裏側に行く必要があるのか。

問うと、当然ながら「今、成果が出ていないから」という答えが返ってくる。

では、成果とはなにか。

「復旧」技術を発見、確保することのはずだ。

では、あの列車はどういったものか。

ここで初めて、奴が口を開いて「空中浮遊機関だ」と答えた。

本当に、こういうときだけ_____は一言で流れを変えていくのが上手い。

隊員に動揺が広がるとともに、話題は空中浮遊機関のことで飽和してしまった。

誰も裏側のことを口にするものがいなくなってしまうほどに。

列車すべてが生きている「復旧」技術とすれば、確保できれば莫大な見返りを約束されたようなものだ。

裏側より先に、あの列車を確保すべき。

結論はすぐに出る。

見返りが大きければ、人は勇敢になる。

英雄として死ねるなら、死をもいとわないのだ。

次に列車が来たときの突撃志願もすぐに一杯になった。

たとえ手が出せなかったとしても、巨大な空中浮遊機関を確保したとあれば、それだけでも食うに困らないだろう。

少数の殉職を許容できれば、の話だが。

 

列車を待つ間は、とても暇なものだった。

飯を食って、身辺整理をして、銃の手入れをして。

通路の瓦礫を崩そうとしてみたり、崩した瓦礫で障害物を作ったり。

荷物持ちの賭け事をやっているものもいれば、危険のない広間を歩きながら煙草をふかしている_____もいた。

 

そして、ついにそのときはやってきた。

列車が俺たちの元へ帰ってきたのだ。

それも、長い時間を置かずに、まるで俺たちが待っているのを察していたかのように。

どういう原理で時刻表が作成されているのかわからないが、少なくとも環状線を周回する速度がとても速いことはわかった。

もしかすると、この列車は一つだけではなく、トンネルのなかに同型機がひしめいているのかもしれないが、そうであれば逆に手柄を増やすいい機会といえた。

 

拍子抜けなことに、志願者は無傷で帰ってきた。

やったことといえば、近付いて、手を触れてみて、列車の側面にインクで_____隊の数字を書いて、青白い光を背に受けながら悠々と帰ってきたことくらいだった。

外傷はもちろん、内傷もなし。

次の志願者は勇敢だった。

段差から降りて、列車の下に潜り込んでいく。

その雄姿を見た_____は後を追うように駆け出して、段差を下りていった。

命令違反だが、空中浮遊機関に一番詳しいのは奴しかいない。

安全と見れば、危険を顧みずに突っ込んでいくのが_____らしいところだ。

そして、二人して列車の下から這い出して、悠々と帰ってきた。

奴は炎にあてられた子供のように、寒い室温にもかかわらず額に玉のような汗を浮かべており、興奮が熱狂へと変わっていくのがはっきりとわかるものだった。

 

開いている扉を前に、俺は列車に乗るべきか非常に迷うことになった。

旧兵器ではないという確率は高まっていくが、トンネルのなかが本当に酸欠状態だったら死んでしまうことになる。

列車への乗車を志願したのは、こともあろうに_____だった。

我慢ができない、という顔をしていたことは今でも覚えている。

早く未知を知りたい、今知りたい。

そんな悪い癖が発症していて、手に負えなかった。

挙句、「今日の煙草はいい味だ」なんて俺にだけうそぶきやがる。

占いの効力の限界は自分がよく知っているくせに。

 

これだから嫌なんだ。

ただでさえ奴への好感度は低いのに、一気に下がることになった。

_____が積極的に乗るなら俺も俺も、となるに決まっている。

危険な任務だというのに、奴が乗り気なら安全だと刷り込まれてしまったものたちを抑える身にもなってくれ。

公平を期して、乗せるのは奴だけにした。

そのほうが、_____は自由気ままに調査できるだろうし、殉職するにも一人だけで済む。

奴に死なれるのは新兵十人を失うより痛いのだが、そういう気苦労をわかってくれない_____にはうんざりする。

最低限、条件は付けておくことには成功した。

列車に乗ったら、俺たちの元に帰ってくるまで降車するな。

不用意に触ったり開けたりするな。

煙草を吸うな。

これだけでも、奴の生存確率が上がると信じたかった。

 

長く感じる時間を過ごしていると、奴が行ったトンネルの反対方向から列車が音もなく滑り込んでくる。

扉が開くと、光に包まれながら奴が手を振って立っており、キザな演出を見ているようだった。

次の瞬間、大歓声が奴を包み、皆は列車から一歩を踏み出して段差の上へと降りていく_____を勇者として迎え入れるべく、皆列車へと駆け寄っていく。

俺を除いて、伝説の占い師の帰還を喜ぶ民衆のような雰囲気になっていた。

ただ、俺は逆に、_____が、知らない場所で奇跡を目の当たりにして宗教者になってしまう瞬間に居合わせてしまったような気分にもさせられた。

冷静なものが見さえすれば、奴の上気した頬からは、誰よりも興奮しているのは奴自身だということがすぐにわかってしまうのだ。

 

皆の興奮の吐息が冷めやらぬうちに、迫り来る隊員を押し退けた_____は俺に報告をし始めた。

特に危険なものがなかったことに始まり、裏側にも停車場所があって停車したことや、俺たちが他に列車を見なかったことから、列車は一機のみであるということが判明していく。

興味深かったのは、奴の体感では物理法則が魔法によって捻じ曲げられているようだったという感想だ。

窓がないために外の様子がわからないが、心なしか加減速の際に慣性力が失われているような感覚を味わったというもの。

_____がお熱だったのはそういうことだ。

血が騒ぐのだろう。

考古学的に言い直せば、「慣性力とは逆方向の力が的確に加わることにより、慣性力を無力化してしまう物理現象」がそこにあったということである。

あの列車における、上記の物理現象を発生させると考えられる要因はいくつか考えることができた。

「復旧」技術のいずれかが、慣性力を無効化しているはずだった。

 

慣性力消失についての所見は別途に、_____の名前で提出したが、この時点では、列車が空中を走行するだけのものではないということが判明したことを驚いていた。

空中浮遊機関のほかになにか別の機械が入っていて、それが動力を生み出すとともに慣性力を殺しているのだと推測していた。

奴でさえ、空中浮遊する機関の用途は浮遊にあると考えており、機関が生み出す副次的な効果など考えてもいなかったほどだ。

列車を解剖してみれば、なかにあったのは空中浮遊機関だけという結果に、当時の俺たちは奇跡を見失った顔をしていたはずだ。

考え直せば、俺たちが自分勝手に奇跡を見失っていただけだったのだが。

 

俺は列車への_____隊の半数を乗車させることにした。

全員で行って全員で死ぬことはないからだ。

半数置いておけば、裏側に行ったものが帰ってこなかったときに報告ができる。

逆に、裏側で成果があったときには、この列車を使って物資を裏側から送り付けることになる。

その際の物資搬出は彼らに任せるので、裏側に行ったものは気兼ねなく搬入作業を行える。

安全性と収穫量を含めた、合理的な判断といえた。

俺と奴は当然、裏側へ行く。

自惚れでなく、陣頭指揮は俺でなければ執れないし、なにより_____を冷静な観点から首輪につないでおけるのは俺しかいないのだ。

また、奴の考古学者としての知識は、未探索地域にはぜひ欲しいもので、雑草煙草というふりを承知で、連れていくことにした。

 

列車のなかは外見の青白い光とは打って変わって、優しく着色された白色のような光で満ちていた。

椅子は真中から背中合わせに二つで一対といった様子で、乗車口の部分以外の通路部分はすべて同じ構成で形成されていた。

外側に窓はなく、すべて直線的な壁で構成されており、外側の足元はなにか大きめのものを格納するための空間となっているようだった。

それ以外は、怪しい文字の書かれた金属製の札が、蓋や壁や天井に貼ってあるくらいだ。

奴が解読できる簡単なものでも、非常とか警報とかの語句であり、赤や黄色に着色された金属板から、触れてはいけないものなのだと察することができた。

_____は考古学者らしく、後学と報告のために見つけた文字を書き留めているようだったが、果たしてその努力の成果が奴に帰ってくることはあるだろうか。

俺は、知識を養分のように吸い上げられているだけの_____に、報告の見返りは得られていないように思っていた。

 

列車が扉を閉めて動き始めたらしく、小さく低い音が聞こえてくる。

だが、おかしいこともある。

奴の言う通り、確かに慣性の法則が働いていないようだった。

普通であれば、加速すれば後ろに、減速すれば前に移動するのが慣性というものだ。

だが、立っている俺でさえ、少しも感じることはできなかった。

本当にこの列車は動いているのかも怪しく、実は止まっていて、扉が開いたらもう半数とご対面、なんてことになるかもしれない。

それくらい静かに、なにも起きることなく、外を見て判断することもできないために、皆不安がっていた。

先にそれを経験した_____を除いては。

いや、奴が列車に最初に乗ったときに不安を経験したのかは怪しいところだ。

このときと同様に、ずっと目を輝かせていたかもしれない。

 

_____と、どこに空中浮遊機関が格納されているのか検討しているうちに、列車の唸り声が聞こえなくなってきた。

停車するのではないだろうか。

経験済みの奴がなにか言ってくれればいいのに、_____は「緊急」と書かれた赤い押しボタンを押そうか迷っているところだった。

不用意に触れるな、という言い付けは守っているようだ。

押したくてうずうずしている_____は、これが停止装置の場合は列車の確保に使えるのではないかと上申してきた。

自爆装置だったら俺たち全員吹き飛ぶのだが。

言わなかったが、俺の視線に負けて、奴は空いていた席にどかっと腰を下ろした。

本当に、考古学者っていうのは、軍人生活が長くなってもこうなのだろうか。

 

しかし、奴の行動で俺は思わぬ発見をすることになった。

壁に塵やほこりが付着していることに気が付いたのだ。

手を当てるとべったり取れるくらいのほこりだぞ。

明らかにこれは、とても長い年月が経っているという理由だけで起こり得るものではなかった。

壁に塵やほこりが堆積するなんて、物理法則を無視している。

まるでこの壁が床であるかのように、ほこりが付着していたのだ。

俺が混乱している最中、_____はこそげ取れたほこりで真っ黒になった手を見て、なにか考えているようだった。

そして、奴は突然、俺と同じように同じように壁に手を付いて手を真黒にすると、ポケットから手拭いを取り出した。

手を拭くのかと思ったがそうではなかった。

壁に押し付けたのだ。

奴の行動によって車内は騒然となった。

手拭いは見事に壁に張り付いて、落ちてくることはなかった。

 

列車の扉が開くまで、実験という名のお遊びの場が作られた。

壁になにが張り付いて、なにが張り付かないのかを、皆手持ちの物品で試していた。

半分真面目に、もう半分では笑いながら。

俺ですら、笑いが出そうになるほどだった。

皆、空中浮遊機関の他に、このような作用を発生させる遺物が列車に格納されていると勘付いたからだ。

空中浮遊機関、慣性無効化装置、重力偏向装置。

確保できれば、教本に乗るほどの偉業になるはず。

誰もが、転がり込んできた莫大な幸運を前に笑うしかなくなっていた。

 

壁には様々な材質、大きさ、形状ものが張り付けられた。

鉄兜、帽子、拳銃、拳銃弾。

鉄球、鉛筆、繊維紙、皮紙。

羽、爪、布、磁石、瓦礫の欠片。

なんでも貼り付けることができる。

明らかに重力異常だと結論付けるに十分であり、磁力による作用、静電引力による作用とは異なった物理現象が存在することをまざまざと見せつけられることになった。

少なくとも、引力めいたものはあると思うのだが、この壁は、まるで壁が床であるかのようなふるまいを見せており、実演はできても原理を解明できるものは皆無だった。

_____も、既存の科学理論で説明できるものではないと悟ったようで、椅子に座りながら、下唇を噛んで壁を見ているだけだった。

 

人間を張り付かせることができるのではないか、と周りが騒ぎ始めたとき、俺と_____は重力偏向作用がこの列車で利用されている目的について考えていた。

当たり前のようだが、列車の乗客のための機能だろう。

手荷物を壁に貼り付けておけば、楽々と椅子に座ることができるはずだ。

しかし、この設計では人を詰め込むことはできないはずだ。

詰め込もうとしても、椅子に一人、通路に一人、それで終わりだ。

列車自体の目的が旅客であれば、一番効率がいい荷物の詰め込み方は天井のはずだ。

旧文明人が俺たちの倍の身長であったら話は別なのだが。

つまり、列車の目的は旅客ではないということになる。

あるいは、高級旅客車両なのかもしれない。

環状線の高級旅客車両なんてあるだろうか。

この車両の目的がうまく当てはまらなかった。

通常の旅客車両ではなさそうだが、輸送車両ではある。

環状線構造であり、地図を見た限りだと環状線だけで完結しているようだ。

さすがにそれだけは嘘だと判断できた。

列車を導入する際の搬入路は当然ながらトンネルにトンネルをつなげて持ってくる方が確実だからだ。

とはいえ、この列車は環状線から出ていく様子もなく、一つの編成だけで環状線を回っている。

 

考えが停滞し始めたとき、答えはいとも簡単に表れた。

扉の向こうに、当時は言葉では言い表せない光景が広がっていたからだ。

冷静に書くとすれば、宝物庫と呼ぶべきものだった。

旧文明人がいたら、骨董品展示会と呼んでいただろうか。

誰もが口を開いたまま、声を発することができずにいた。

稼働していないながらも、ほぼ無傷の施設が裏側には広がっていた。

表側との通路が崩落していたのも、裏側を隠して保存するためなのではないかと思ってしまうほどに。

この施設はなにを目的として作られたのだろうか。

なにかの展示物が詰め込まれており、俺たちの知見では理解できないものから、かろうじて理解できそうなものまで、ときには美術品の類も存在している。

ただ、皆展示物よりも、展示物の台座に意識が向いていた。

台座の上には、ガラスとは違う、柔らかく透明なガラスの囲いがあり、展示物は囲いによって外部の塵やほこりと遮断されている。

よくわからない物品よりも、明らかに有用性が確認できるものであり、誰もがまずこれを持ち帰ろうと言い出したほどだ。

囲いは簡単に外すことができ、たやすく持ち上げることができる。

たやすく、という部分が_____隊の関心事だった。

同じ厚さの本物のガラスであれば、同じ作業に人が二人ないし三人は必要である。

空中浮遊機関ほどではないが、あきらかに、柔らかいガラスは「復旧」技術を端的に表していた。

 

他の隊が柔らかいガラスを先に報告していないように、と祈りながらも、俺たちにはそれをはるかに上回る成果があることで、隊員の雰囲気が乱れることはなかった。

いつもなら早く報告をと焦って、いらぬ失敗をするものだ。

今回ばかりは、誰もが落ち着き払っている。

空中浮遊機関の実物を、稼働品で確保しているのだから。

加えて、慣性無効化装置や重力偏向装置まで付いているとあれば、なにも恐れるものはない。

余裕があるために、裏側の探索も一通りしてしまうことになった。

邪魔な展示物は列車のなかに押し込めて、表側の隊員に回収させてしまえば、探索もしやすくなるだろう。

皆、行けるところまで行く、を実行に移そうとしていた。

 

ただ、やはり列車が発車すると、裏側に取り残された俺たちは孤独を感じてしまう。

列車が帰ってこないのではないか、と不安になってしまうのだ。

そのために、列車が動くときに吐き出す風を一番に感じて、_____が「列車が来た」と発する大声だけが、だんだんと重苦しくなっていく雰囲気を打破してくれるものだった。

退路のない閉鎖空間というものは、必要ないと普段は思っている電灯が欲しくなってしまう。

壁に、床に、展示物に文字が書かれていたり掘られていたりして、それらの意味がわからず、ランタンでははっきり照らすこともできない。

旧文明人の呪詛であったなら、俺たちは呪いを受けるかもしれない。

信心深いものでなくとも、盗掘者として活動していると自覚のあるものは、この不安を常に抱えている。

罪の意識を感じないのは、文字のある場所に連れてくると、ランタンを片手に壁や床にかじりついて解読しようとしている、奴のような考古学者くらいだろう。

いつからだろうか。

暗い広間においては、ランタンよりも科学のほうが明るく感じられて、心細くなったものは_____のそばに固まるようになっていたのを思い出した。

ただ、旧兵器を撃退するのは、考古学者にはできやしない。

罪を許容するのが考古学者とすれば、罰を跳ね除けるのは俺たちの仕事だ。

 

裏側の最奥で、俺たちはもう一つの空中浮遊機関を見つけた。

輪切りにされた青白く光る円形のものが、透明なガラス──これも本物のガラスではないのだろう──のような管の断面のなかで、ただ浮かんでいるだけだった。

ただ、かなり大きいもので、横幅は三人が手を広げたくらいあるものだ。

_____は断面の構造をみて、すぐにどのようなものか見当がついたようだ。

あの列車に似ている。

言われてみれば、この断面を円柱状に伸ばしていけば、あの列車とトンネルのようになるだろう。

ただし、この輪切りの円のなかに、空中浮遊機関と思われる機械しか入っていないことを鑑みるに、列車として洗練される前の構造物なのかもしれない。

俺はさらに意見を求めようとしたが、奴はもう誰の話も聞いてはいなかった。

危ないものかもしれないのに、断面を遮る透明なガラスに両手を当てて、発光体に吸い込まれてしまいそうなほど、空中浮遊機関の内臓と思われる部分を凝視していた。

 

発見の報告と、実物の確保。

どちらが成果になるかを比較すれば、当然ながら実物の確保だろう。

確保の基準が厳しいのが辛いところだ。

動き続けている列車は確保できていないので、確保物の成果に入らない。

たいていは、そういったものは発見の報告をして後人に任せるのだ。

悔しいことに、発見の報告によって、後から来た機材持ちに確保されて成果を上書きされてしまうのは制度の不備としか言いようがない。

それを俺たちの成果として数えるためには、手続きを要する。

研究所設立申請書。

審査を通れば、遺跡の場所を研究所として活用することができる。

旧兵器がいないこと、崩落の危険性がないこと、研究に値する物品が保管されていること。

ここは最高なことに、すべてに適っていた。

瓦礫は撤去する必要があるが、それだけだ。

研究所と認定されれば研究者が植民されるので、遺跡自体が「研究所」として扱われる。

加えて、申請をした_____隊は「研究所を寄贈した」ので、「研究者のために実物を確保した」と認定されるのだ。

研究所は研究をする場所なのだから、たとえ列車が「研究所」内を走り回っていても問題はない。

重要な遺跡を研究所に転換する施策だが、今回の俺たちみたいな、機材なしの連中には重宝されている制度だった。

 

むしろ、最近はお偉いさんが積極的に研究所設立申請を活用するように命令をしているくらいだ。

なにがあったのかと思えば、有翼系過激派集団が地上へ持ち出された「復旧」技術を強奪する事件が多発しているらしい。

あの、完全無欠なミテルヴィア「帝国」が滅びてしまった反動かもしれない。

我が国の土着ともいえる有翼系組織の急激な拡大によって、制御不能な過激派集団が出てくることは、ある意味では自然な流れだろう。

地下にまでは潜ってこないのは、素直に憲兵たちの働きを評価したいところだ。

生き埋めになって死ぬのだけは嫌だからな。

 

_____隊にどれだけ給金を支給できるかと考えを巡らせながら、止め方もわからない列車と、巨大すぎて持ち帰れない断面図の二つを抱えた_____隊は、確保できた小物から地上へ搬出することにした。

列車のなかの構造のせいで、物資を輸送するにはとても不向きだということが判明した。

やはり、この列車は人員を輸送するためのものだろう。

物資とともに押し込められた車内で_____と顔を見合わせながら、お互いにそんなことを考えていたに違いない。

人口密度の上昇と持ち出した物資の圧迫によって、奴は非常に気だるげな表情をしていた。

恵まれた輸送環境に喜んだ皆が、ゴミでもなんでも持って帰れば少しは点数になるだろう、という浅はかな魂胆で列車に片端からものを詰め込んでいった結果、「_____隊の総意」で窮屈さにあえぐことになっていたのだ。

このとき、奴から目を離さなければよかったのに、と今でも思っている。

持ち出せる大きさではない空中浮遊機関の断面図を放置して、青白い断面に手を当てている_____を引きはがして列車に乗せてしまったからだろうか。

いつの間にか、奴の煙草中毒が手を動かしていた。

俺が臭いで気付いたときには、車内に煙が立ち込めていくところだった。

 

その後は、なにが起きたのかわからない。

わかることは、おそらく_____の雑草煙草が原因で列車は壊れてしまったということだけだ。

もしくは、重量物を乗せすぎて、長年稼働していた空中浮遊機関を瞬間的に酷使してしまったからかもしれない。

急に車内の光が明滅したかと思えば、列車がガタガタと大きく振動し始めた。

いや、俺たちが振動を感知することはなかった。

列車がガタガタと激しい音を立てて、列車が分解している最中なのではないかと怖い思いをしただけだ。

壁の部分から金属の擦れる音が聞こえてくることから、列車の側面が外壁に接触しているのだと推測はすることしかできない。

とても怖かったが、外で起きているだろう緊急事態とは対照的に、列車のなかにいた俺たちがなにも被害を被っていないせいで、冷静な状況で恐怖を感じてしまい、過呼吸になる隊員も現れていた。

 

先ほどは、「なにが起きたのかわからない」と書いたが、訂正しよう。

この次に起きた出来事は、どのような原理でそうなったのか説明できない。

起きたことを、ただ言葉のままに伝え、書き連ねることしかできないのだ。

少なくとも、巨大な空中浮遊機関を全損させて得た経験として考えれば、大赤字であることは確実だろう。

それでも、_____にとっては、損失を補って興奮できる体験だったことは明らかだ。

こんな地下深くまで来ている貧相な考古学者の身でありながら、どれだけ高名な学者よりも先に空中浮遊機関の真理の一端を体験した人物なのかもしれないからだ。

あり得ないこととは思うが、奴がこれを狙って事故を引き起こしたのだとしても、俺は完全に否定することは難しいだろう。

 

まず、列車の急停車にもかかわらず、投げ出される隊員は皆無であった。

慣性の相殺は事故の際にも有意義に働いており、詰め込まれた車内で物や人が押し潰されたり、足が宙に浮いて吹き飛ばされたりしたものはおらず、実際に起きた事故の度合いに比べれば、現代基準で考えれば奇跡であると断言できるものだった。

もっとも、外の様子がわからないあの時点では、俺も含めて皆、列車が壁にちょっと擦れて緊急停止しただけだと思っていた。

 

慣性の相殺を体験しただけでもすごいことなのだが、次に起きたことはさらに皆を驚愕させた。

車両の進行方向の右側の席から悲鳴のような「浸水」という金切り声が聞こえてきた。

浸水。

彼らが浸水、と言う理由がよくわからなかった。

ここに浸水をするような要素がどこにあるだろうか。

安定した空間で突如として水が湧き上がったとは到底思えなかった。

左側にいた俺たちは混乱していたが、浸水、という言葉は確かに右側の隊員たちの言いたいことをはっきりと伝えるものだった。

集団幻覚による発狂かもしれないと思い、「溺れる」とか「助けて」とかわめく右側を落ち着かせようと一喝しようとした俺だったが、息を吸った瞬間に彼らの言っていることが瞬時に理解できてしまった。

上手な表現方法が思いつかない俺の言葉で、的確に書き表せればいいのだが。

空気が青くなっていったのだ。

正確には、空間が青く染まっていた。

列車の真ん中を遮る壁から、青い空間が眼前に迫ってきた。

光の関係で壁が青くなったなどというものでは、けっしてない。

青白いなにかが空気に混ざるように、車内に蔓延し始めたのだ。

まさに、車内に水が入り込んだかのように。

 

青い光についてわかるものはおらず、扉を開けようともがいたり、息を止めたりと、皆が各自の判断で生存策を実行し始めた。

そのとき、_____の大声が聞こえた。

「浮遊力の漏出だ」

嬉しそうな、不安そうな声だったが、それだけで意味は十分に理解できた。

青い光を発しているものはたいてい空中浮遊機関に関する「復旧」技術であるという経験則は、たいていのものが意識として持っているものであった。

青白く光るものが空中浮遊機関なのだとすれば、空中浮遊機関の燃料ともいえる浮遊力が青いものであっても、不思議ではない。

これは、空中浮遊機関の浮遊力の源なのだろうか。

おそらくそうであったのだろう。

この瞬間、俺の頭には誰かが書いた報告書のことが思い出されていた。

必ず閲覧するように指定された、破損した空中浮遊機関についての報告書。

稼働中の空中浮遊機関が破損すると、浮遊力を辺り一面にまき散らす現象が確認されている、という内容だった。

浮遊の強度は様々で、体が軽く感じる程度から、天井まで飛んでしまうほどまであるそうだ。

思い出した途端、それがこれなのだと確信するに至った。

ただ、浮遊力そのものが青いという報告はなかったはずだ。

あのときは_____の言葉に釣られてそう思っていたが、冷静に考えられる今では、空中浮遊機関に共鳴しているような状態であれば浮遊力は青くなるのかもしれないと思い返している。

 

少なくとも、青く輝く空気を吸い込んで死んだり病気になったりするものはいなかった。

溺れるのではないかと最後まで息を止めて酸欠で死にそうになった隊員がいたのは笑い話にすべきだろうか。

視界が青く染まっていくなかで、たしかに俺たちは水に溺れていった。

体が宙に浮き始めたのだ。

それだけではなく、天井が地面であるかのように、体が上へと吸い込まれていった。

正確には、上ではなく右側面の天井に近い壁の方角へと引っ張られるのだ。

俺たちは左側にいたので、中央の壁に貼り付けられる格好になった。

まるで水のなかにいて、浮力によって水面のある方向へと押し出されているような感覚だった。

そう、あのときの俺たちは、「空気」という液体のなかにいたといっても過言ではないだろう。

 

人と物が浮き上がる列車のなかで、最初に動きを見せたのは_____だった。

沿岸部のおとぎ話にある魚人やら人魚やらのごとく、青い視界のなかを泳ぎ始めたのだ。

とはいっても、空気の粘性は水に比べれば微々たるものだ。

実際に泳いだわけではなく、壁や天井に手を付けながら、障害物をかきわけて進んでいく。

考古学者の知的探求心のなせることなのか、ずいぶんと頭のめぐりが早いようで、浮遊力の頂点である壁を硬化した水面と見立てれば、反発力で弱い浮遊重力に逆らうことが可能、という話を早口で俺にまくし立てていた。

今なら理解できるが、浮遊力を方向性の違う重力と考えろ、と俺に言っていたんだ。

自然の重力に比べて、あのときの浮遊力による重力は微弱であり、手を壁に押し付けるだけですぐに空中に浮ける、ということだったのだろう。

俺たちは、これからなにかが起きて死ぬんじゃないかと戦々恐々としていたんだぞ。

本当に考古学者ってやつは。

_____の泳ぎ方を真似した俺は、列車のなかを巡ってみたが、どこにも出口が開いていないということを確認したことで落胆してしまった。

今すぐ脱出したいのに、それも叶わないのだ。

結局は、事態が収束するまで、出口のない水槽のなかで空中遊泳をすることだけが、俺たちにできる唯一の手段となってしまっていた。

 

いつまで泳いでいただろうか。

上へ落ちているのか、下へ浮いているのかもわからないまま、俺たちはとりあえず浮遊物している戦利品や装備品をロープで結び始めた。

浮遊力が天地をかき消しても、ロープの長さが変わるわけではない。

結んでおけば、不意の物体の落下に潰されるという事故を減らせると思ったのだ。

俺の不安は杞憂とはならなかった。

_____は手頃な物品を結び終えると、慌てて煙草を吸い始めた。

興奮していたのに煙草を吸っていた理由を聞き出せば、今回だけは科学的な興味によるものだったらしい。

煙は一時的に重力に逆らって上へと進むが、この状態で煙草を吸うとどうなるのだろうか、と。

結果として煙も浮遊力の働く上方向──と言えばいいのだろうか──に進んでいったので、重力とはまた違った力学が働いているのだと奴が狂喜乱舞していたことは覚えている。

水面の下に立っているみたいだ、と大声で叫んだ_____の声が今でも忘れられない。

しかし、奴が引き起こした出来事なのに、奴が一番いい思いをしているのだけは、今でも許すことができそうにない。

 

そんなことをしているうちに、浮遊力の漏出も終わりが見え始めていた。

浮遊するという感覚に慣れ始めたというのに、浮遊という感覚が薄れていくことに気が付いた。

天井を蹴って泳いでいた皆が、次第に水底へと沈んでいくように、ゆっくりと落ちていくのだ。

俺自身も例外ではなく、ついに足が列車の床へと着いてしまった。

いや、正確には床ではなく、左側の下部にある荷物置きのような場所に着地することになった。

なかには戦利品にのしかかられるものもいたが、そのときはまだ押し退けられる程度には浮遊力が残っているようだった。

視覚的にも浮遊力が減少していくことは感じられていた。

目の前に広がる青い世界が消えていったためだ。

幻想の世界は終わりを迎え、やがて現実の色を取り戻していく。

あのとき、俺は夢の終わりをどう捉えていただろうか。

今となっては、もうわからない。

 

床からずれたところに皆が着地しているため、重力が乱れているのだと思いながらも、俺たちはなんとかして列車の扉をこじ開けにかかった。

だが、なんのことはない。

必死に開けようともがいていたのが嘘のように、扉は開いてしまったのだ。

いくつかの扉は変形していて開けることはできなかったが、それでも最終的に見ればほとんどの扉を容易に開くことができた。

ただし、左側の扉は脱出に使えるものではなかった。

扉を開くと、灰色の壁が目に飛び込んできたからだ。

左側の扉すべてにおいて、だ。

上部に隙間はあるものの、ここから這い出そうとして列車が転がったら体は千切れてしまう。

非常時だが、非常時だからこそ、安全な経路から脱出させる必要があった。

右側の扉は無事に開いたようで「安全だ」という声に従って皆が殺到していった。

_____を肩車して尻を押し上げた後に脱出した俺は、この列車がいったいどういった体勢になっていたのかを、このとき初めて知ることになった。

重力がおかしいわけではなかったのだ。

這い上がって周りを見渡すと、列車全体が左へ傾いているのがわかった。

つまり、列車全体が左側に横転し、六角形の車体は、空中浮遊機関のあると思われる底面を横に晒した状態であり、左側の扉から見えた壁は壁ではなく、床だったということだ。

 

居合わせたものは、皆不思議がっていた。

浮遊力の漏出で天地がわからない状態を挟んでいたにせよ、列車が横転する兆候は見当たらなかったためだ。

いつ列車は横転したのか。

浮遊力の漏出で列車ごと浮いていたのだと言うものもいれば、_____のように、最初から横転していたのだというものもいる。

憶測で語ることはできるが、誰も正しいことを証明することなどできはしない。

俺たちが共有すべき事実は一つだけだった。

せっかく見つけた空中浮遊機関は青白い魅力的な力をすべて失っており、ただのガラクタになってしまったということだ。

損失額の大きさゆえに、大乱闘に発展したのは想像に難くないはずだ。

 

運がいいことに、研究所設立申請はあっさりと通過してしまった。

大きな成果をガラクタにしてしまったのだから難しいかと思っていたのだが、研究者たちの過大なる賛同によって、研究所として使われることになったそうだ。

軍の上層部からはいい顔をされなかった。

当然だ。

上長は、少し刺激を抑えた俺の報告書を見ただけで、悔しい顔と恨みがましい顔がまぜこぜになっていたほどだ。

空中浮遊機関を丸ごと一つ全損させてしまいました。

確保したのは、点数にもならなそうな小物と、空中浮遊機関だったガラクタと、輪切りになった動くかもわからない空中浮遊機関だけです。

報告書を作り始めて、後悔という言葉の意味を噛みしめた俺にとっても、こんな結末を書いて上に持っていきたくはなかった。

だが、研究者たちはこぞって、俺の無謀ともいえる申請に飛びついた。

「たった今絞めた新鮮な肉と、生きたまま足から吊るされた小鳥があるぞ」

_____に言わせれば、死んでいても無傷な空中浮遊機関なら彼らは飛びつくし、輪切りになって生きているものがあれば、諸々の研究に多大な貢献を及ぼすだろう、という話だった。

私ならそうする、と断言した奴の自身げな表情を見ながら、俺は、奴が地上に出たことが稀なのによく無根拠に断言できるな、と怪しんでいた。

帰ってきた通知書が豪華な装丁だったことで驚かされるとともに、考古学者というのは示し合わせたように常にそういうものなのかと、改めて考えさせられることになった。

嫌味も含めて_____に申請が通ったことを伝えると、奴は「死んだばかりの神を解剖できて、おまけに生きている神の断面図を目の前で見れたなら卒倒するだろうな」なんて冒涜的なことを言いやがったので、気持ち悪さと一緒に、考古学者たちの深淵に半身を漬けてしまったような悪寒にさいなまれた。

生きている空中浮遊機関は分解など怖くてとてもできないが、死んでいるならば安心してバラせるということなのだろう。

それか、生きている空中浮遊機関は大きくなるほど軍人の研究所に接収されてしまうために、飢えた考古学者たちは死肉を漁るしか方法がないのかもしれない。

俺と奴の感性がまったく違うということだけは理解することができた。

考古学者がアーキルで生き残れるのか不安になってくる。

俺の目に映る_____たちは、恐れを知らず、畏れすら亡くした、この世のものではない存在であるような気がしていた。

 

結局、俺は_____の貢献を称えて、奴を地上に出してやることにした。

奴が隣にいるという事実が怖かったからという、ただそれだけの深層心理からかもしれない。

休暇など取りたがらない奴のために、俺は任務を言い渡した。

遺跡攻略隊の、新たな門出の祝宴への参加である。

上等な衣装を一着タダでもらえて、料理も酒も煙草──本物の高級品だ──も一通り体験させてくれるらしい。

また、演説や質問会の場も設けられており、功績を公の場で──誰にも邪魔されずに、邪険にされずに──自慢できる数少ない機会だった。

_____隊内部で誰が出席するかの競争が激しかったのだが、強引に俺の権限で_____を出席させることにした。

代償は俺のポケットマネーだが、まあいい。

問題児が問題を起こさなくなってくれれば、安い出費だ。

とにかく、なんでもいいから奴には休暇を与える必要があった。

俺は、奴自身の問題を根本から解決しようと本気で思っていた。

 

五年はまともに地上に出たことがない、とは_____の言葉だ。

自慢なのか自虐なのかわからないが。

実際に隊内の休暇申請履歴を見ていくと、奴の申請の項目だけ白紙一枚という、空恐ろしい事実が目に付くのだ。

一度だけ、雑草煙草とヤケ酒をやって潰れた_____の本音を聞いたことがある。

奴も_____隊のなかでは相当な野心家で、出世のために遺跡攻略隊に志願してここまで来たらしい。

だが、危険のわりに功績が得られないという有様だったようだ。

部隊を転々としているうちに我が隊へ来たらしいが、成果が得られないことでますます休暇を減らして遺跡探索に没頭するようになったらしい。

雑草煙草を吸い始める原因は、まさにそこにあった。

出世のために心身を犠牲にしたことで、奴は心を壊してしまった。

雑草煙草を吸い始めたときのことは覚えていないと言うが、気が付いたときには、一人で隠れて雑草を飯盒に入れて火にかけて煙を吸っていたのだから、自殺を画策していると思って慌てて止めに入ったことは覚えている。

以降、奴は地下での過度の抑圧から逃れるために、雑草煙草を巻いて吸うのが趣味のようになり、時間がたつほど偏執的な煙草中毒者になっていき、もはや雑草煙草なしでは生きていけない体に作り変えられてしまったのだという。

世間では、そういうものを発狂と表現する。

地下に長居しすぎて、有翼人の加護と縁遠い生活をしていたからだろうな。

 

雑草煙草を吸っていていいことがあったか。

「なにも」

奴の深刻な面がここに集約されていた。

地下の生活にも慣れて功績の一端にかじり付けるようになってきた_____だが、それも雑草煙草が原因の事故や事件ですべて帳消しになっていく。

唯一、継続的に評価できるのは奴が煙草を吸っている間は窒息死の心配をしなくていいということだけだ。

休暇を減らして、心が圧縮されて、煙草を吸って。

その繰り返しの状態が奴の置かれた現状だ。

負の連鎖を断ち切るためには、まず奴に功績を与えて一刻も早く地上に出してやることが必要だった。

今回の奴の功績は、遺跡の踏破に助力したことと、研究所設立申請について最大限に口添えをして成功したことだ。

煙草が原因と思われる事故は、あえてどこにも書くことはなかった。

俺にとっても_____にとっても、これが正常化への唯一の近道だろう。

これで奴が解放されて雑草煙草を捨ててくれることを祈るしかない。

地の底にいる俺の祈りが、神のおわす天体セレネまで届くかは怪しいが。

ああクソ。

奴は今頃、祝宴に参加しているんだろうな。

本当は、俺こそ美味い飯と酒を喉に詰め込みたかったんだぜ。

 

 

追記

誰か最新の無線電信技術を使って、セレネまで大声で祈ってくれないだろうか。

奴め、よりにもよって祝宴の場で功績自慢として雑草煙草のことをぶち上げてきたらしい。

馬鹿野郎が、せっかく昇進と出世の機会を作ってやったのに。

電灯が嫌いな保守層へのウケが良かったとかほざいていたが、俺にとっては「_____が雑草煙草を片手に戻ってきた」というだけで頭を抱えることになってしまった。

祝宴の場で出された煙草はとても吸えたものではなかったらしく、くすねたものを俺に寄越してきたが、目こぼしにしても賄賂にしてもまったく釣り合わない。

本当に、奴をどうやって更生させればいいのだろうか。

無神論者が笑うたびに煙が空を求めて天井を這いずる風景は、まだしばらく続きそうだ。

 

ところで、_____からの報告で、少しばかり面白い話を聞くことができた。

遺跡攻略隊全体の功績が認められたために、隊に対して名付けによる叙勲が行われたらしい。

これからは、数字以外に、固有の部隊名を名乗ることが公式に許されたという。

演目の予定には無かったらしく、知らされていた数少ない関係者以外は驚愕の色を隠すことができていなかったそうだ。

_____から話を聞かされて、きっと俺はそのときの奴のように驚愕の顔をしていたのだろう。

しかも、その肝心な部隊名を俺に教えてくれないというのだから生殺しだ。

いずれ正式な書面で回ってくるというが、そこまで聞かされて待てるわけがないだろう。

ああクソ。

雑草煙草を当分は見逃すことと、部隊名を今知ること。

奴の悪魔的な取引に応じるべきか否か。

どうせ見逃さなくても勝手に吸うんだから、と諦めてしまえば気が楽になるのに。

最終更新:2018年05月16日 17:26