地上の火艦士の独白

特別強襲火艦士長フリーダ・クルツの独白 Frida Cruz

 

私は特別強襲火艦士フリーダ。

この日を呪って、怨嗟を吐露しようと思う。

私が、この喪失の日を忘れないように。

 

よくあることを、私は失念していた。

見知った顔がいなくなる。

私の記憶にある顔が、ふと、ある日を境に私の瞳に映らなくなる。

 

よくあることだった。

ただ、私は彼らを詳しく知らなかった。

だから、ただの「よくあること」だった。

彼らは旧友ではなかった。

 

私たちはいつも一緒だった。

観測兵も、装填手も、砲手も。

立ち位置が変わっても、彼らはいつまでもそこにいた。

箱のなかには、変わらない日常があった。

 

だが、降下強襲兵は違った。

私たちとは違い、変わっていく日常があった。

今になって団結式の機密写真を紐解いても、なにも覆らないというのに。

「よくあること」が、私の心臓を突き崩そうとしていた。

 

私は、戦友を得た。

旧友とは違う、戦地で初めて結ばれた絆。

ネバ。

私の大切な戦友だった。

ラプーン

私の尊敬する教官だった。

 

箱の中にいた私は、それが変わらないものだと思っていた。

ネバは変わらないと思っていた。

ラプーンも変わらないと思っていた。

同じ箱にいるのだから、変わることがないのだと思っていた。

 

大きな間違いだった。

彼らの箱は、安寧が築いたものではなかった。

見えざる手によって無造作にかき回されて、掬われていく。

彼らはそれに抗う術を持たなかった。

 

ついに、二人の番が訪れただけなのだ。

簡単な事実が、今やっと理解できた。

ただそれだけのはずなのに。

私は、それが信じられずにいた。

 

 

二人は帰ってこなかった。

ガルガノットごと撃墜されてしまった。

生存しているのか、戦死しているのかもわからない。

彼らは全員「行方不明」になった。

彼らの得意な、拠点制圧任務に行ったきり。

二人の乗った機体は帰ってこなかった。

そうなってから初めて、彼らが「死亡」扱いで処理されないことを知った。

考えてみれば当然のこと。

これは秘密作戦なのだ。

そこで誰が死んだなどと報告書を作れば、事態は簡単に露呈してしまう。

我々は敵にとって「見えない敵」でなければいけないのだ。

誓約は降下強襲兵にも適用される。

彼らはどこかほかの戦場で、ありきたりな「行方不明者」になっていく。

死ぬことは許されない。

死んでも、我が国は絶対に認めない。

たとえ捕虜になったとしても、帝国が彼らを認知することはない。

ここに集ったことすら、秘密作戦の闇に溶けていく。

私にわかることは「戦友ともう二度と会うことができない」ということだ。

ラプーンもネバも、たとえ捕虜になったとしても口を割ることはしないだろう。

救出部隊を持たない我々では、零れ落ちたものを引き上げることはできないのだ。

おかしいな。

私は二人が捕虜になったことを前提で物を考えている。

なんという楽観主義者の希望的観測だろうか。

墜落した強襲揚陸艦の死傷率の統計を知らない私でもないだろうに。

 

 

私の、初めての戦友だった。

私の、初めての師匠だった。

戦場で初めて出会った、運命の人だった。

私の初陣で「ありがとう」と言ってくれた人だった。

 

経験が増すほどに、私は確執について知るようになった。

二人も、確執は嫌というほど知っているはずだった。

それなのに、二人は私に優しくしてくれた。

人の血を見ない特等席にいることで私を誹謗しなかった。

私の指示で何人が助かったかを言うだけだった。

私が確執に侵されて傲慢になったときも、二人は私を見捨てなかった。

辛抱強く、確執を融和することに心血を注いでいた。

 

なぜ此方が彼方と良好な関係を築けているのだろうか。

確執を持つもの同士が、ここでは一体となって任務を遂行している。

此方が圧倒的な有利を保持しているのに、この場では彼方と互角の関係なのだろうか。

不思議に思うこともあった。

互角なのではない。

本当は、彼方が圧倒的に不利であったのだ。

それを互角にさせていたのは、二人の尽力と献身あってこそだった。

ラプーン。

彼は、此方と彼方を最初につないだ英雄だった。

彼無くして、此方と彼方が手を結ぶことはできなかっただろう。

ネバ。

彼女は、此方の人間である私に差し伸べられた「手」だった。

彼女がいなければ、私は旧態とした確執の虜囚となっていただろう。

今になって、やっとわかった。

此方と彼方が互角の関係である理由。

私の精神が、二人を崇敬して止まないのだ。

二人は、私をかしずかせる力を持っていた。

私に対してだけではない。

此方も、彼方も。

戦場にいるものに膝を付かせ、頭を垂れさせる不思議な力があった。

それでいて、二人はその力を己の誇示には使わなかった。

力場のようなものが私を包んで、いつの間にか私は二人と「戦友」になっていた。

 

二人は天と地を結ぶ、戦場にかける橋だった。

確執を壊し、強襲揚陸艦を運用するために生まれてきたかのような逸材。

それは、たった一人の戦車兵であり。

たった一人の、羽の生えた蟻だった。

ただの男と女がいなくなっただけで、状況は大きく傾いた。

橋が無くなれば、あとは分断が待っている。

此方と彼方は深く長い溝を認識して、一気に険悪になった。

確執を止められる人間はいない。

皮肉かな、止められていた状況が異常だったのかもしれない。

陰謀が吹き荒れ、確執が私にも吹き込んでくる。

彼方は、我々がなにか仕掛けを打って彼らを殺したのだと言う。

此方は、そんなことはないといいつつ、口がにやけている。

隙間風が入るたびに、心が冷えていく。

最初から、仲間割れが本望だったかのようだ。

彼方の悪意をすべて把握することはできない。

だが、私は此方側なので、此方の悪意が筒抜けになってしまう。

私の上官は、心底、喜んでいるだろう。

陰謀にせよ、偶然にせよ、二人がいなくなったことを。

地力では此方が上なのだ。

関係が弾けてしまえば、此方は彼方を簡単に制圧できるだろう。

なにせ、我々は空を飛べるのだ。

それがヒグラート渓谷より深く広くとも関係ない。

功績はすべて此方のものになり、決着がつく

彼方も、気付いている。

関係の破綻は、再び彼方にとって混沌の時代をもたらすのだと。

でも、もう止められる人がいない。

両陣営から崇拝と尊敬を集め得る存在は、もういない。

いなくなってしまったんだ。

二人もいたのに、二人とも。

 

二人が時節見せる憂鬱な顔。

いざこざを中和してみせた後に見せる数瞬の変化だった。

私が確執に手を引かれているとき、よく二人はそんな顔をしていた。

今は、私がこんな顔をしている。

彼らは減っていく。

我々とは違って。

意味するものは、理解者が減っていくということ。

集団における鋼の絆は、彼方には存在しない概念なのだ。

それらを束ねるには、終わりのない努力を要する。

だが、二人は「ながえ」と「手綱」であり、彼らと共に「くびき」を負う存在だった。

尊敬を得るために用いた、「くびき」を負うという宿命。

二人が消えれば、彼方はつなぐ術を失ってしまうのだ。

憂鬱な顔にもなる。

人が倒れていく戦場で、倒れることを許されない存在となってしまったのだから。

橋、ながえ、手綱、くびき。

その日が来て、初めて二人の立場を理解してしまった。

私の上官は、二人が消えれば此方が有利になることを知っていた。

「我々」は、二人にいなくなってほしかった。

だから、「行方不明」のなかに二人の名前が挙がっているのを見て、こうして笑っている。

私は、彼らのようにうまく笑えているだろうか。

 

私は独りになってしまった。

私は、二人に触れて、おかしくなってしまった。

おかしくされてしまった。

でなければ、こんなにも心が苦しくなるはずがない。

それだけではない。

体がばらばらに分解してしまいそうだ。

置かれている状況と体が完全に融合している。

二人を喪ったことで、一度置かれた環境が崩壊することを恐れてしまっている。

私にとっての天職が、こんなにもあっけなく。

分解する。

二人に毒された私は独りにさせられてしまった。

そして、もう二度とこの環境から逃げることができない体にされてしまった。

テクノクラートが私の体を調整したのであれば。

ラプーンとネバは、私の精神をあっけなく塗り替えてしまった。

此方と彼方の狭間で、私は独りだ。

寂しいよ。

私は、狭間に二人がいたから、そこで安寧としていたのに。

独りになってしまった。

それでも、私はこの環境を維持しなければいけない。

戦友が維持し続け、残した成果を継がねばならない。

誰のためでもなく、この環境でしか生きていけなくなってしまった、私のために。

 

守らなければいけない。

なにを守るというのだろう。

誰を守るというのだろう。

私が守れるというのだろうか。

陰謀と確執に翻弄される、ただ独りの初心な小娘が。

それでも、守らなければいけないのだ。

いつの間にか、私は彼方を見る目が変化していることに気付いていた。

なぜか、私は彼らに母性を感じているのだ。

聞いたことがある。

戦場の親性。

上官と部下という関係において発現し、親と子のような気持ちに至る現象だ。

勘違いなどではない。

私は、心のどこかで、ラプーンとネバが彼らを統率している光景を見続けていた。

仲睦まじい戦友であるのに、親と子の関係のようにも映っていた。

憧れていたのだろうか。

こんな戦場で、父性と母性に触れて、未来のことを考えていたのだろうか。

自分も、将来はこうなりたいと、思っていたのだろうか。

今後は、否応なしに戦場の親性を演じなければいけない。

私は戦友の、友人の遺した子供たちを見捨てることができない。

戦友を喪ったのに、涙を流してしまえば折れてしまう私には、灯に薪の形をした氷をくべることしかできない。

だというのに、心の炎を消す努力をしなければ簡単に焼き尽くされてしまう私は、二人が私に灯したものを完全に鎮火させてしまうこともできないのだ。

肉が剥がれ落ちて、骨までぐずぐずに溶けてしまいそうだ。

私は、いい母親になれるだろうか。

義母の身で、彼らを守れるだろうか。

片親の身で、彼らを手懐けられるだろうか。

どうやって彼らを守ればいいのかが、わからないんだ。

悲しみが染み込んでくる。

「できないことは諦めよう、できることをやろう」

「できないことは、要因の積み重ねで解消される」

二人の言葉が重くのしかかる。

いなくなったものの残した言葉が肩にのしかかっていく。

肉の入った袋を担いだような、生温く体に沈む感覚。

押しつぶされそうだ。

できることをするしかないのに、できることを探すほうが難しい。

戦い抜いた二人分を背負う小娘には、歩き出すことさえままならない。

「くびき」を共に負ってくれる誰かが、私を救ってくれるだろうか。

少なくとも、それは旧友や、上官ではないだろう。

 

裏切りと忠誠の狭間が、私の終の棲家。

もう変えることのできない、私の、フリーダ・クルツの生涯になってしまった。

これから、私はうまくやっていけるのだろうか。

 

 

涙を流そう。

誰にもわからぬように。

涙を流そう。

私でさえ気づかぬように。

涙を流そう。

服を濡らす雫もなく。

涙を流そう。

地を打つ滴もない。

 

涙を流そう。

心臓が握り潰されて。

涙を流そう。

喉が焼けても。

涙を流そう。

嗚咽は頬を伝うのに。

涙を流そう。

私の瞳は乾いていった。

最終更新:2018年07月05日 12:12